2008年7月29日火曜日

58. 雪中動静

二月の巻

 季節の分かれ目というのは、期せずして象徴的な出来事があったりする。予測が立っている分、まだいいのかも知れないが、今度のクリーンアップ予定日は、週間予報では「雪」。前日になって、その気配は益々濃厚となる。耐寒だ体感だ、などと暢気なことを言ってられなくなってきた。
 センターの三人は、ランチタイムミーティングを経て、それぞれのツールで明日の案内業務にとりかかる。漂着モノログの掲示板には、「降雪時は、クリーンアップは見合わせ、下見は決行」の旨、掲載され、KanNaのセンター主催行事コーナーにも、同様のおことわり文が一筆付け足される。文花がコツコツと作り上げてきた想定会員向けメールサービスでも、明日から来週にかけての行事案内などが、寒中見舞いを兼ねる形で配信された。商業施設ご関係者には、雪予報が出た時点で冬木から連絡してもらっていたので、失礼がない状態にはなっている(と思われる)。延期の場合の日時について予告しておくのも手だったが、九日の講座参加者の希望や都合に応じて決めた方がよかろう、ということで今回は見送り。あとはとにかく明日になってからである。
 空模様を案じつつも、データカードなどの持ち物を点検する櫻。文花はそれを見て、あるいいものを手渡す。これも明日に備えて、ということらしい。
 「これってやっぱり自家製、ですか?」
 「町内会で準備してたのをおすそ分けしてもらったの。明日は私行けないから、ご挨拶代わりってことで」
 「かしこまりました。でも、屋外でやる分には、ウチもソトもないですねぇ」
 二人が談笑するのを何とはなしに聞いていた千歳だったが、「そうか、節分と言えば...」 こちらも何か思いついたようである。

 そして翌朝は、まさかの大雪!である。堤防上や河川敷は除雪されることはないので、降ったら降っただけ積もる。少なからず歩行者やランナーはいるので、何となく雪分け道のようなものができてはいるが、足取りは重い。河原桜近くに来たところで、不覚にも定刻の十時を回ってしまった。
 千歳がもたついている間に、櫻は一足先に現地に到着。しかし、すでに先客がいたもんだから、姉ながらビックリとなる。
 「な、なんで? 起きたらいないから何処行っちゃったかと思ってたら」
 「雪が降ったら集合、ってことにしといたんだ。ね、小梅ちゃん?」
 「エヘヘ、早起きは何とやら。蒼葉さんに手ほどきを受けたくて。あ、そうそう、いい知らせがあるって話...」
 ケータイつながりではないながら、約束を交わし合って、しっかり実行しているこの二人。微笑ましくていいのだが、そのいい知らせというのが引っかかる。小梅には先に予告が届いていて、姉が蚊帳の外、というのはどういうつもりなんだろか。
 「そうねぇ、教えたいのはヤマヤマだけど、櫻姉が来ちゃったから...」
 「あら、失礼しちゃうわ。いいわよ、一人で下見してっから」
 櫻はブツブツ言いながら、その場を離れる。干潟アクセス通路の方へ行ったのを見届けると、蒼葉は小梅にヒソヒソ話。
 「エーッ! 入選? しかも準大賞...」
 「シー!」
 と、そこへノロノロと千兄さんがやって来た。
 「あれ? お二人だけ?」
 「千兄さま、ちょうどいいところへ」
 今度は小梅をその場に残し、蒼葉は千歳を引っ張り出す。
 「姉さんのことだから、どうせちゃんと決めてないですよね。十四日って、お約束してます?」
 「空けてはあるけど、これと言ってまだ...」
 「やっぱりね。ちなみに十五日のご予定は?」
 「突発的な時事ネタが来なければ、在宅勤務かな」
 「了解。その日も何となく空けておいてもらえるといいことあるかも、です」
 思わせぶりな蒼葉の発言に、久々にソワソワ感が高まる千歳である。小刻みに吐いた息が白く漂うも、そこにセリフはない。音のないスピーチバルーンが浮かぶ図とはこのことだろう。と、そのバルーンを破るように雪球が飛んできた。
 「うひゃ!」
 遠くから誰かさんの笑い声が聞こえる。
 「あらら、蒼葉にぶつけようと思ったのに。それ!」
 次は見事、妹に命中。
 「やったなぁ!」
 描きかけのパステル画を枯れヨシの陰に隠すと、小梅とチームを組んで、蒼葉は逆襲に転じる。下見どころではない。雪合戦の始まりである。
 「キャー! 二人でなんてズルイ!」
 「姉さんにはダーリンがいるでしょ」
 「ダメよ、千歳さんスローだから」
 これを聞いたからには、参戦しない訳にはいかない。
 「こうなったら、誰でもいいや。それっ!」
 不用意に放った一球は、事もあろうに櫻を直撃。
 「ひどーい! 護衛になってないじゃん!」
 これで女性を敵に回すことになった千歳は、三姉妹から総攻撃を受けることになる。
 この時、一人の少年が大きな雪玉を転がしながら、合戦場に近づいていた。逃げ惑う三十男を見つけると、大きなのは放置して、小さいのを拵(こしら)え始める。そして出陣。
 「千さん、ダイジョブ?」
 「おぉ、これは六さん。あ、やべ...」
 息つく暇もありゃしない。千歳はとうに反撃を諦めていたようで、とにかく退散。少年は持ち玉で抵抗を試みるも、呆気なく敗退。
さ「何か、張り合いないし」
あ「姉さん、やり過ぎ」
さ「人のこと言えないっしょ?」
こ「あれ? 先生だ」
 残された大玉の傍には、堀之内先生がいらっしゃった。玉転がしを続けながら、ようやく彼女達のもとにやって来て、
 「まぁまぁ、女性陣が強いのか、男性陣が弱いのか、見てて楽しいけど、とにかく休戦ネ」
 今のところ六人。それぞれ挨拶を交わしてはいるが、手持ち無沙汰でもある。まだ誰か来そうではあるので、揃うまでも一つ余興でも、となる。大玉の上に小玉が乗ったら、
 「顔なしダルマだぁ」
 じゃ済まないので、パーツを探しに行くことに。だが、
 「ちょっと待って六月君。もうちょっとで仕上がるから」
 と画家さんに止められては、仕方ない。立ち往生する少年の隣で、千歳はやっとこさ、雪干潟との対面を果たす。
 「って、漂着? 目立ってるし...」
 降り積もってはいるが、その量の前にはさすがの雪も無力であった。これらを覆い隠すには、さらなる降雪が必要になる、ということか。
 「私もね、ビックリしちゃって。真っ白って訳に行かないのねぇ」
 グランドは辺り一面、白である。それとは対照的な光景が二人の前に広がっている。白が抜けているところは、流木だったり、クーラーボックスだったり。あとは細々した突起物なんかが着雪を拒んでいるのがわかる。マダラ干潟とでも呼ぶべき、不思議な世界。崖地では朽ちたヨシが、なお直立し、侘びの風景を醸し出している。ヨシが目立つこともあって、一望する限りは残念ながら銀世界とは言い難いのである。

(参考情報→降雪後干潟)

 蒼葉はそれでもパステルを走らせていた。白一色なら手間も省けるというものだが、そうなっていないことがかえって刺戟になったようで、むしろ雑多に描こうと努めているように見受ける。小梅は固唾(かたず)を呑んでその描写を見守る。そして、六月はそんな二人の女性を見ているような見ていないような... ドキドキする対象が変移していることがわかってきただけに、余計に胸が高鳴っている。その背後で永代は空気を読んでみる。「そうかそうか、彼もそういう年頃になった訳か」 干潟見物か、単なる雪見か、本日の目的は定かならずも、先生たる者、何よりの目的は教え子の成長を現場で知る、これに限るだろう。つい嬉しくなって、顔なしダルマに向かって話しかけちゃうところが、チャーミングだったりする。

 蒼葉のデッサンはひとまず終了。千歳も記録写真を撮り終えた。
 「じゃ、六さん、気ぃ付けてね」
 待ってましたとばかり、だったが、ここで勢いよく動いてはいけない。聡明な少年はソロソロと旧道を下り始める。残る五人は彼の動きを注視しながらも、同じ方向を見遣っている。と、下流側の崖地に、数羽のカラスが丸くなって留まっているのが発見された。バックが白くない場所にいるのは、バレないようにということだったか。人がガヤガヤいる割には、随分と悠長に構えているものである。
 「彼が近づいても動じないわねぇ」
 「寒くて動けないだけじゃないの?」
 「じゃ試しに雪玉投げてみましょっか?」
 櫻が仕込みを始めたその時である。そのカラスの方向目がけて、白い玉が飛んで行った。
 「ナヌ?」
 二人同時に振り返ると、完全防寒スタイルのルフロン嬢がケラケラやっている。しかも彼女の隣には八広ではなく、冬木。相変わらず人をおどかすのがお上手である。が、驚いている場合ではない。
 この一球で、カラスは退却するも、その啼き声がいけなかった。アーだかカーだかの直後に、
 「キャー!」
 六月を追うように狭いスロープを下りようとしていた小梅は、思わず足を滑らせてしまうことになる。カラスが啼くとろくなことがないのは承知しているが、
 「テヘヘ、すべっ... いけね」
 実姉がここにいないとは云え、禁句を口にしてしまってはそっちの方が禍(わざわい)のもとである。
 「初姉には内緒ね」
 「それより大丈夫?」
 しばらく起き上がれなかった小梅だが、姉様方が手を差し伸べるのを待っていた訳ではない。こういう時は弟分に助けてもらいたかったりするものである。
 「姉御、ホラ」
 「ありがと」
 と、何ともホットな場面を一同は見下ろすことになる。舞恵は頭を掻く仕草をするも、
 「まー、えぇんでないの?」
 シャレで誤魔化すおつもりらしい。だが、
 「ほんと、ビックリくりくり、ルフロンさんなんだから」
 櫻にこう切り返されてはシャレも何もない。

 見下ろす=下見という見方もあるが、やはり現地を踏査しないことには確たるものは得られない。そういう意味で若い二人は実に頼もしい。雪ダルマ用の品を調達しに行っているとは言え、手際は鮮やか。永代は改めて二人の成長ぶりに目を細める。
ひ「で、あのお二人さんはいつもあんな感じ?」
さ「えぇ、自分なりの役割ってのを認識して、自発的に動いてますね」
ち「六月君には教わること多いし、小梅嬢にはとにかく頭が上がらないって言うか...」
さ「千歳さんはいじられてるだけでしょ?」
ひ「まぁ何はともあれ、皆さんのおかげでしょうね。アタシからも感謝申し上げますワ」
 六月はカサの柄、小梅はゴム手袋をそれぞれ発掘して組み合わせたりしている。目鼻は各種フタやキャップで事足りる。ミニバケツが出てきたかと思えば、さらには「ヘヘ、炭だぁ!」
 苦笑する千歳を櫻はつついてみる。
 「ホラ、隅田!って、お呼びですわよ」
 「ハイハイ、六さん、呼んだ?」
 いつしか、冬木も舞恵もマダラ干潟をうろついていて、その斑具合が深化していた。
 「なぁんだ、おすみさん、下りてきちゃったの?」
 「そりゃね、下見に来たんだから」
 「下... そうそう、下見りゃいろいろ出てくるさ。それなんかヘビかと思ったら、ベルトだし」
 「何が隠れてるかわかんないから、スリリングではあるねぇ」
 「エド氏なんざ、栄養ドリンクのビン踏んづけて転びそうになったんよ」
 「やっぱ漂着物は除去しとかないとね」
 「隠しちゃマズイってか」

 蒼葉は上流側で、トレイ状の容器を物色中。冬木は若い二人から心得だか講釈だかを受けている最中である。陸に残るは、三十代の女性二人。
 「ところで櫻さん、隅田さんとはいい線行ってるの?」
 「ヤダなぁ、堀之内先生ったら」
 「矢ノ倉ったら、なかなか教えてくんないのよ」
 「その矢ノ倉さんの方がネタとしては面白いと思いますよ。お話聞いてませんか?」
 うっかり口を滑らせてしまう櫻であった。弥生と文花、どっちを応援したらいいのか決めかねていただけに、これじゃ一方に助け舟を出すようなものか。
 「彼女はお節介をするのは好きでも、されるのは嫌がるだろうから、ま、それとなく聞いてみるワ。それより貴女(アナタ)ンとこよ」
 話を逸らし損なって、さらに答えに窮する櫻である。この手の質問だといつもの機転も利かせようがない。「まぁ、三分(さんぶ)、いや五分(ごぶ)... とにかく春になれば、ハハ」

 クリーンアップはお預けながら、雪ダルマを仕上げる材料はそろう。こうも都合よく現地調達できるとなれば、漂着も悪くない? いやいや今日のところは偶々(たまたま)いいのが見つかったからそう思うだけで、雪を掘ればおそらくいつものゴミ箱状態であろうことは想像に難くない。雪中に埋もれているであろう多くの包装類やプラスチック片は、おそらくパリパリ、ということも十分想起し得る。それらは劣化が進めば、さらに微細化して手で拾い集めるのは至難となろう。クリーンアップすべきは、むしろこういう時!なのかも知れない。悪条件を逆手にとって、そのパリパリごと雪で固めて陸揚げさせてしまう、という手もある。
 千歳はまだ斑になっていない辺りを踏み固め、ブロック状にしたものを枯れ枝ごと持ち上げてみる。「お、いけそう?」 だが、合戦後の軍手はまだ水分を含んでいる故、その上に雪の塊が来れば、冷たいのは当たり前。予備の軍手に替えたところで、結果は目に見えている。あえなく、ひとかたまりを引き揚げたところで断念。彼に追随する者もなし。
 「千歳さんたら、しょうがないわね。暖めて差し上げたいけど、私の手も冷たいからなぁ...」
 よくよく見れば、櫻は撥水素材の手袋をしている。雪球を量産するには都合は良いが、冷たいことには変わらない。こすり合わせながら、息を吐きかけている。本人は寒いんだろうけど、隣人はそうでもない。櫻のそんな仕草に温もりを感じ、つい見入ってしまう千歳であった。
さ「ん?」
ち「やっぱ、体動かさないと寒いなぁって思って」
さ「二人きりならよかったのにね。そしたら...」
 とか言いながら、櫻はおもむろに温湿度計を取り出す。見れば、気温四℃、湿度は何と七十%と来た。乾燥していないのがわかったのはいいとしても、その温度の低さに思わず身震いしてしまう二人である。

(参考情報→2月3日は4℃)

 「雪とか、白いのとか、好きなんだけど、寒いのはねぇ... あら、霰(あられ)?」
 現在時刻、十時四十五分。この刻(とき)まで、何とか小降りを維持していた粉雪は、何やら大きさを増しつつ、水気が多い物質に変化して来た。一同、傘はなくとも帽子なりフードなりで辛うじて濡れずに済んではいるが...。

 蒼葉は、パステルで下書きした上に水彩を施すべく、拾ったトレイにチューブを垂らしてみたり、筆をといてみたりしていたが、どうもしっくり行っていないようだった。そこへこの天からの配剤である。本来なら筆を止めそうなところだが、逆に喜々としているから侮れない。
 「ね、小梅ちゃん、こうやって青とか白とか走らせてみて、そこにこの霙(みぞれ)、かな? ま、空から降ってきたのをそのままなじませると、何か幻想的な感じに...どう?」
 「わぁ... でも、普通ならフニャフニャになりそうだけど、この紙、平気なんですね」
 「ま、雪仕様っていうか、雪景色描く用だから」
 「で、極意はやはり臨場感ですか?」
 「そうね。実際に体感した温度を絵に写すっていうか、空気を閉じ込めるっていうか」
 小梅は、その上物の筆先を見つめる。水分が紙に広がるのが何となくわかるから不思議である。その広がりが止まった瞬間、空気は貼り付く。それと同時に張り詰めた空気が紙面に漲(みなぎ)るのであった。
 そんな空気を察したか、蟹股ながら忍び足で、筆の元の持ち主が現われた。K.K.のおじさんである。
 「おぅ、これは画家のお嬢さん、この天気でご精が出ることで」
 「あ、せ、先生、いつの間に?」
 どうやら気付いていなかったのは、絵描きシスターズだけだった。この雪道をバイクでカタカタ来た訳だが、その音すら耳に入らない没頭ぶりだったのである。
 「てっきり中止だとばかり思ってたら、皆がいたからさ。ほほぉ、白のし潟、いや、そうでもない、か」
 画にインパクトを受けたらしく、釘付けになるも、現実の干潟も似たような色が散らばっているもんだから、言葉を失うしかない。しばらく、遠近を見比べながら唸っていた清だが、ふとあるものが目に留まる。
 「ところで、その盛ってあるのは何だい? お清めかい?」
 「いえ、雪で筆をとくとまた違うんじゃないかと思って」
 「ははぁ、どうりで寒々した色が出てる訳だ。筆にとっちゃ寒稽古ってとこかな」
 「あ、ごめんなさい。大事にしなきゃいけないのに」
 「なんのなんの。春先には生え変わるさ、ハッハッハ」
 小梅も釣られて笑っていたが、末尾が違っていた。「ハッ、クシュン!」

 この間、他の四人は雪ダルマにかかりきり。炭やキャップで顔をアレンジしたり、ストラップバンド片で飾り付けを試みたり、三十代半ばの男女もすっかり童心に帰って、完全な球体に近づけるべく、そこかしことなでまわしている。小梅のクシャミでバケツがずれたが、ともかく完成。ここで、遅まきながらアラサーの二人がやって来た。
 「じゃ、記念に撮りますか」
 「そしたら、あっちの三人も呼ばなくちゃ。おーい!」
 漂着物の中から這い出してきたようなダルマを真ん中にして、八人が並ぶ。最初の撮影係は千歳。次は十月の回同様、永代先生が買って出る。「今回はbeautifulぅ、というよりはwonderful!かしらン」 霙は激しくなっているが、ドラマチックな写真を撮る上では、ここは我慢。
 「ダルマさんも笑ってますからねー。皆さんもマネしてネ。ハイ!」 ワンダフルでスマイルフルな一枚がまた増える。蛇足ながら、そのスマイルのU字を形作っているのは、どっかの手提げ袋に付属していたと思しきプラスチックの取っ手である。とってもいいアイデア、と誰かさんが云ったかどうかは知らない。

2008年7月15日火曜日

57. わたしたち


 浮き沈みは一時的なものだからいいとして、気分の切り替えというのは、日単位ということもあるので案外難しかったりする。今日はどんな顔して彼と会ったらいいものか...足取りが軽いのとは裏腹に、顔には憂いが映る。櫻は一人スタジオに向かっていた。
 年が改まって最初の音楽会。各自、そこそこ練習はしている筈だが、寒い日が続いていたので、動きが鈍っていることが予想される。が、それ以上に出足が鈍いんじゃ話にならない。
 「あれ? 弥生ちゃんにルフロン、まだ二人だけ?」
 「櫻さんこそ、千さんどしたんですか?」
 「何か先に寄り道するとこがあるとかって」
 「あぁ、八クンもそんなようなこと言ってたさ。何か二人で企んでるんでないの?」
 「てことは、Goさんも一緒だったりして?」
 とここで、例の重低音着メロが響く。業平発、弥生着の呼び出しである。案の定、男性三氏はちゃっかり合流していて、しかもランチタイムミーティングをしていたんだそうな。詞と曲を軽く合わせるつもりがついヒートアップ。気が付いたら集合時刻を過ぎていた、とのこと。弥生はケータイ越しに、ツッコミともハニカミともわからないような受け答えをしている。「しょーがないなぁ。どうせまた新曲か何かでおどかそうって魂胆だったんでしょ? ヘヘ、ま、とにかく待ってます。ハーイ」

 本来なら下旬はおいそがしい身ゆえ、出てくるのだってひと苦労だっただろう。だが、このお嬢さんにアタックされてはそうは言っていられまい。いやいや、業平としても楽曲の持つメッセージ性を自覚してきたフシはある。作詞家と激論になった、というのがその証し。
 千歳は仲裁するのに労を要したようで、言葉少な。業平と八広はまだ興奮が収まらないような顔をしているが、機嫌は悪くない。
 「お待たせしやした。さ、詞ができてるのから、行ってみよう!」
 とりあえず、ベース、ドラム、パーカッション、Computer Manipulatorの土台系の方々のテンションは高いので、その四人だけでも十分成り立ちそうではある。櫻は千歳の顔を窺いながらも、うまく声がかけられない。千歳の方もそんな櫻の逡巡を読み取ったか、引き続き黙々としている。以心伝心ならぬ、以沈伝沈? が、そんな沈黙を打ち破るように、一曲目のイントロが流れ始めた。
 「ホレ、櫻姉、出番だぞい!」
 ルフロンはカウベルを叩いて煽る。
 「もぉ、私は牛じゃございませんわよ」
 鍵盤は抜きにして、ひとまずボーカルに専念する櫻。『届けたい・・・』はそう、クールな誰かさんに想いを伝えるところを原点とする曲である。今は、切り替わらない気持ちのモヤモヤを晴らすが為の歌と言っていい。
 そんな櫻の新境地はメンバーをどことなく揺さぶっていた。聞き流す構えだった千歳にもそれは勿論伝わる。曲は軽やかだが、歌声はシリアス。作曲者の意図としては想定外だったが、こんな「届けたい」も時にはいいだろう。
 歌い終わった櫻は幾許(いくばく)か晴れ晴れ。だが、千歳は逆に益々黙りこくってしまうことになる。「こりゃ、歌い方考えないと...」 歌姫は改めて、「伝える」「届ける」ことの難しさを知る。

 上の空のような感じではあったが、その歌は『Down Stream』(直訳すると下の流れ)。千歳はギターを鳴らしながら、さらりと歌い上げる。こちらも思うところあったか、もどかしさを押し流すような歌唱で、自作曲ながら本意とは異なる印象を醸してしまうことになる。時々の感情で歌は形を変えるものではあるが、聴き手の共感を得られないことには正に川流れ。掃部清澄先生の著述の心得は、音楽にも通じるところ大なのである。
 「隅田さん、大丈夫スか?」
 「何かこう詞が重く感じてきちゃって」
 それは本人の気の持ちよう。詞は決して悪くないのである。何はともあれ、ここまでの二曲、演奏については仕上がってきたと言っていい。

 詞ができているのを優先となると、前回の四曲目がお次の番となる。だが、肝心の歌い手がいない。
 「蒼葉さん、今日来ないんスね。こないだのディスカッションとかを踏まえて詞書いたんだけど...」
 「何か小梅嬢と絵を観に行くんだとかで」
 「へぇ、それはまた麗しいお話で」
 「まぁ、姉貴が歌って悪いことはないでしょ」
 櫻は歌詞カードを受け取ると、ざっと目を走らせて諳(そらん)んじてみる。
 「いつかきっと、時は来る、Re-Naturation...」
 人の働きかけで自然が本来の姿に戻っていく過程や望みが散りばめられている。その背景にあるのはTo-Beを思い描く画家としての眼差し。詩人らしい詞に、櫻も思わずクラっとなっている。蒼葉が見ても、同じように心動かされたに違いない。八広としては狙い通りだった訳である。
 一曲目とは打って変わって、櫻は朗々と、だが言葉を一つ一つ紡ぐように確かめるように歌っている。表現的に両立しにくそうなところを見事にクリアする歌姫であった。千歳はつい聴き入ってしまって、コードが思うように進行しない。これはスローとは別次元の話である。
 前回の三曲目は、詞が半分できたとこで止まっている。何をテーマにというのが定まっていなかったが、作詞家殿は、バンドのテーマソングというのはどうか、と申す。何でもサビに嵌(はま)る五文字を考えてたら「わたしたち」というのがピタっと来たそうで、そこから途中まで詞を起こしてみたんだとか。激論になったのはどうやらその辺らしく、
 「男衆もいるのに、私達ってのもなぁ」
 「だって本多さん、これと云った想定ってなかったんスよね?」
 「重厚な感じにしてあるのは、メッセージ性を持たせるため、ってことさ。五文字のキーワードだったら、他にも何かあると思うんだけどなぁ」
 まだ決着を見ていなかった。
 「まぁ、とにかく歌ってみるよ。もともとメンバーは女性優位でもあるんだし。ねぇ、櫻さん?」
 「え? 私に聞かれても...」
 冬木は、インタビュー記事のまとめが終わっていないため、休出中。南実は論文の書き足しに追われていて不参加。この二人と蒼葉を合わせた九名がこの曲で言う私達に該当するのだが、櫻にとってのそれは、彼と二人で、を指すことが多い。千歳の何気ない問いかけは、実は櫻にとっては重かった。「千歳さんの私達って、緩やかってこと? 私といる時も同じなのかどうなのか」 私達の解釈をめぐって、揺れる女心がここにある。メッセージ性はさておき、含蓄がある曲になることは間違いなさそうである。
 千歳がメインで歌うとしても、キーワード五文字については皆で声をかぶせればテーマには適う。そんな感触がつかめたところで、あとはhigata@で詰めよう、となった。途中休憩を含め、四曲流して二時間弱。流域ソング、課題提起ミュージック、バンド名は未定なるも、音楽の方向性はおぼろげながら見えている。モチベーションに支えられてか、鈍りを感じさせない演奏が続いた。時間配分も良好である。

 ここからは一部のメンバーには初耳となる一曲。即ち、弥生向けガールポップチューンである。
 「テーマは、現場の空気感というか呼吸というか。とにかく清々しくいこうと思って。詞はまだ途中です」
 極めて規則的なリズムが刻まれるも、ゆったりめ。ベースパートは音源で流した方がしっくり来るとのことで、生ベースはなし。リズムセクションの二人は、そんなリズムを壊さないようにしみじみと叩き、打ち鳴らす。原曲が業平というのがどうにも信じ難い。それだけ弥生がアレンジしまくったということか。編曲のやりとりなんかをしていれば、気心も知れてくるし、情も変化するというもの。弥生の歌い方からして、ラブソングと呼んでも差し支えなさそうである。
 「で、千さんはラブソングって作んないの?」
 清々しいお嬢さんに、毒舌の片鱗はない。せいぜいこんなツッコミが来るくらいである。
 「なくはないけど、内緒」
 「そっか、櫻さんにだけ、ってことか」
 「ま、今日のところはこれをちょっと流してもらえれば」
 千歳がUSBメモリで持って来たのは、新曲、つまりメッセージソングの楽曲データである。「漂うもの、溶けてしまうもの、見向きもされないもの...モノの安直さを問うというか、儚さみたいのをイメージしつつ、業平サウンドに倣ってビートを利かせてみたんだ。詞はこれからだけどね」
 業平のPCに取り込んで、まずはオケだけ流してみる。いきなりの重低音に、さすがの業平もビックリ。「千ちゃん、これって」 聴衆の度肝を抜くには良さそうだが、果たして発表会には間に合うのか、何番目にかかることになるのか、お楽しみの一つである。

 何だかんだで三時間。昨日と同じく、夕暉(せっき)が残る時間に散会となる。だが、六人にはまだ時間がある。ここは一つどこかでお茶でも、となるのが理(ことわり)。
 「あーぁ、舞恵は腹ペコさ。この辺、食事処ってないの?」
 「ハハ、パーカッションは体力使うもんね」
 六曲目で目が覚めたか、ようやく気分転換が図れたようで、今の櫻はにこやか。
 「んじゃ、定食屋さん行きますか。でも、ルフロンさん、全面禁煙じゃツライですよね?」
 「いやいや、弥生ちゃんのリフレッシュソング聴いた後じゃ、吸うに吸えんさ。とにかくメシが先!」
 かくして、男女三組連れ立って、会食の場へ向かうことになる。
 「Goさん、あたしと一緒に歩くのイヤ?」
 「ハハ、そんなことはないけど...」
 デレデレ路線ではないが、ステディ系でもなさそうな弥生のモーションである。割とストレートなのはソリューション志向の為せる業だろうか。間違いないのは、彼女なりにアプローチを考え、実践する段階に入った、ということだろう。

 「よく考えると千歳さんと本多さんが揃ったのって、二週間ぶり?」
 「そうなんだよ。何か前に会ったのが去年のことみたいでさ。まえ、あ、奥宮さんもだよね?」
 「やぁね、おすみさん。まだそんな奥宮だなんて」
 「だって、縁結びの立役者さんだからねぇ。丁重にお呼びしないと」
 「え、縁結びって?」
 「そっか、弥生ちゃんには話してなかった、か」
 「まぁ、この話はR25でないの? ある意味、刺激的だし、櫻姉の名誉のためにも」
 「エーッ、知りたい! Goさんも知ってんの? だったら教えてよ!」
 「ヘヘ、そのうちね」
 日頃のツッコミのお返しという訳ではないが、すっかりいじられている弥生であった。
 「いいわよいいわよ。でもルフロンさん、あたしもお願いすれば、その縁結びってしてくれますかぁ?」
 「いい娘(こ)にしてればね。でもその必要ないんじゃん?」
 「いいえ、ライバルがいますから」
 千歳、櫻は言うに及ばず、業平が食後のお茶を吹き出しかけたのは、無理のないことである。八広は思索に耽(ふけ)っているようで、どこ吹く風の態。
さ「って、そういう話じゃなくて。新年会、どうして来なかったのかなと思って」
ご「不覚にも風邪ひいちゃってね」
ま「そういう時、ひとり身だと困るんでないの?」
ご「まぁ、共同代表が隣で暮らしてるから」
 弥生は吹き出す代わりに、思わず茶をゴクリ。「へ、共同代表? 聞いてないよぉ...」
 業平は専ら実機担当。IT系がどうとか言ってたのは、その共同代表を指すらしい。いったいどんな人物なのか、というか女性だったらどうしよう...弥生は一転して頭を抱えることになる。
 弥生が休止モードになったのを見計らい、舞恵は業平に話を切り出す。縁結びネタということではなさそうだが、耳打ち気味なのが少々気にかかる。
 「ちなみにGoさんとこ、融資ってどうしてる?」
 「特にはね。とにかく今は代表二人でギリギリって感じ。融資があれば、誰か雇えるかもってのはある」
 「ほほぅ、身近なところに顧客がいたさ。じゃ当行の社会的起業融資ってのどう?」
 「な、なんと!」
 「貴社で働きたがってる乙女もいるようだしさ」
 「?」
 どこでどう相談が為されたのかはいざ知らず、弥生の思惑をしっかり読み込んで、希望先にそれとなく伝えてみる。これは立派な橋渡しと言っていい。
 「機械に使ってもいいけど、やっぱ人材よ。有望なのを育てるのもソーシャルビジネスの役目っしょ?」
 起業家たる者、何につけ自立性が問われるところだが、その自立は多様な関わりの中から得られて然り。金融サイドとしては、お金の使い方を通じて、社会をより良くする先導役が期されて然りである。相応の審査は必要になるだろうが、これも何かのご縁。お互いに、いやこの場合は三者にとって三方よし、となればいいのである。

 男性三氏は僕達ではなく『私達』の密談を交わしているようなので、女性三人の方も談話に励むことにする。しっかりデザートを追加注文しているところを見ると、こっちの私達は短時間では済まなそうだ。
 「初姉ってその後、聞いてる?」
 「あんましケータイかけられないから、待つ身です。こないだのメールでは、第二第三に備えてるとかって」
 「ルフロンも会ってない、よね?」
 「今月からは完全オフだって。だから看板メニューのパンケーキもなし」
 「何か、こっちも気が気じゃないわね」
 「まぁ、合格の知らせが来たら、皆でパアッとお祝いするさ。お店だと気遣わせちゃうだろうから、センターでね」
 「その時は多少デコりますかね?」
 「お、その調子。いっそ、そのまま派手にやろうよ。手伝うし」
 「ルフロンさんが飾りつけすると、何かボサボサになりそう」
 「あーぁ、いい娘にしてたと思ったら、また毒づきおって」
 「あ...」
 といった具合に盛り上がっている。舞恵の自作曲の件は、二月三日、クリーンアップ後に千住宅にて、ということで仮決定。弥生も行きたそうな顔をしているが、「その日はちょっとね。クリーンアップは弟に行ってもらいますんで、よろしくです」
 と、ここで業平はひと足先に退席すると言う。「あっ、Goさん、ストップ!」 店の外で弥生は業平をつかまえる。
 「ん? どったの弥生クン」
 「そのぉ、二月の予定なんですけどね。第二木曜日って先約とか...」
 「あぁ、そっかぁ。じゃメールでまた。曲も仕上げないといけないし」
 「とにかく空けといてね♪」

 方や店内に残る四人は、
さ「じゃ、お二人さんとは二十六日ね」
ま「あ、そうそう、その日ね、ちょっとムリかも。おふみさんには、二月には監事さん連れてくから、ってそう伝えといてくださいな」
ち「て、八広氏も?」
八「自分は行くつもりでしたけど...」
 舞恵が咳払いをしているので、どうも行けなさそうである。その理由...今日の新曲とかにヒントがありそうだが、さて? 五人が店を出たのは、十九時過ぎ。大寒イブというだけあって、一段と冷え込んではいるが、寒さは感じない。何人であっても私達。何とも言えない一体感が寒気(かんき)を遠ざけている。

56. 距離


 先週のはプチversionだったため、新年最初の理事会は第三土曜日にずれ込むことになった。そのせいではないんだろうけど、定例、つまり「第三の男」として顔を出していた業平は、今日は出動予定なし。オブザーバーとして理事会に同席してもらう手もあったが、彼の代わりに若い女性が参加することになっている。ただし、オブザーバーとしてではなく、記録係。キーは早打ち、トークは辛口、そうKYさんである。業平が来ないのは、逆KY、つまり空気を読んでのことらしいが、その真意は不明。
 三角形というのは安定的ではあるが、バランスが取れないことには成り立たない。駆け引きの度合いによっては不等辺にもなるし、時には鋭角にもなる。形が整ったとしても、ずっとトライアングルのまま、というのもどうかと思う。いつまでも先延ばしという訳には行かないのだ。
 協議の休憩時間に、蒼葉が千歳に差し入れたリユースペットボトルは、一週間経って、ようやく姉の手元に返って来た。櫻はラベルの識別表示マークを眺めつつ、
 「容器包装は[プラ]って四角で囲ってあって、その下にPETとかって打ってあるでしょ。でもペットボトルの場合は、この三角形。で、プラとは書かれてなくて『1』。何か統一感がないって言うか」
 マークの是非はさておき、ここでの三角形は形が整っていて、うまく資源が循環することを願ってのデザインになっていることは理解できる。当事者三人にしてみれば、バランスも何もないんだろうけど、周囲としてはせめてこんな形状で仲良くやってくれれば、なんて思ってしまうものである。不謹慎かも知れないが、そんな話の延長でこの三角表示が出てきたことが何となくわかる。千歳はとぼけたフリして、前段の[プラ]の話をふくらます。

(参考情報→□と△の並立)

 「そうそう、その容器包装絡みで言えばさ、昨日のCSRインタビューって、どんなでした?」
 「文花さん来てから、ってゆーか、午後に皆さん揃ってから報告した方がいいかなって。ちょっとしたネタだから、先行リリースをご希望の場合は特別料金を頂戴します」
 「恋人にもサービスなし?」
 「ここではあくまで隅田クンですから。って、今、何? 恋人? ま、まだそうか...」
 千歳も出席するつもりでいたのだが、古紙パルプ配合率の偽装問題どうこうで、その波紋が広がりそうになったことを受け、急遽、編集会議だ取材だとなってしまい、やむなく見送り。紙のせいで、とんだ番狂わせとなった訳だが、
 「僕としては素直に表現したつもりだったんだけど。それとも...」
 「え? あ、いいのいいの。そのうち神に誓って何とやらって、そんな間柄に... ヤダ、何言ってんだろ。ハ、ハハ」
 「紙って今、信用ならないからねぇ。誓い空しくってならなきゃいいけど」
 「笑えないんですけどぉ」
 「でも、真面目な話、再生されなかった古紙の行方とか、返品された偽装品の行く末とか、気にならない?」
 「まぁ、せいぜい紙隠しってとこじゃないスか?」
 「製紙業界としては、神頼み?」
 ちょっとしたコントで盛り上がることになる。それにしても神に誓ってって? 彼の机上には残り物の卓上カレンダーが未開封のまま置いてある。その紙ケースには[紙]の識別表示と「R100」の再生紙使用マークが並んで印字されている。いろいろな意味で言葉に詰まる千歳であった。こういう時はとにかく仕事仕事。すると、
 「あ、文花さん、お野菜どうでした?」
 「昨日はやっぱ寒かったのね。ちょっと霜焼け気味だったけど、まぁ何とか。それより、紙よ紙。偽装品じゃないのをちゃんと手配してもらわないと」
 「それって、季刊誌の? あ、でも千歳さんが言うには、きっとカミ隠しに遭って、入手できないだろうって」
 「それ、櫻さんが。偽装発言だ」
 「どっちが言っても似たようなもんでしょ。紙一重よ」
 「たく、この二人は。お寒いこと云ってんのに、アツアツってか」
 「あーぁ、こっちが寒くなって来ちゃった。霜焼けしそう...」
 ここでは三人寄ると何じゃもんじゃになる。これじゃ仕事になりゃしない。

(参考情報→古紙パルプ配合率偽装小噺)

 午後二時。理事七名に、記録係と報告者を迎えて開会。カウンター業務は休止。まずは、昨日のニュースから。
 「で、その会社のCSRご担当者が協議の場に来てたんですよ。だから話は早かったです。物申すのまとめもあったし。あとは、南実さんの頑張りでしょうね。例のフローチャート使って、特にここに働きかけることで抑制につなげては?といった提言がビシバシ。私は専らどんなゴミがどのくらいって報告ベースですね」
 商業施設の本部CSR担当者は、冬木とは旧知の人物。先週、彼の隣にいたのは正にその人だった、という訳だ。あとはショッピングセンター店長、同店の環境対応等の担当者が出たり入ったりで数人程度、というのが先方の陣容。対する聞き手、CSR的にはステイクホルダーとなるが、強いて言えば地域住民として南実、櫻、業平、弥生、遅れて八広が相対した。京と冬木は仲介者として同じテーブルに着く。傍聴者は、チーム冬木から何人か、あとはゴミ減らし協議の場に来ていた市民がチラホラ、とのこと。
ふ「それで櫻さん、フローのどの辺が焦点になったの?」
さ「企業の社会的責任を当てはめやすいのは、今は消費者の安全・安心につながる部分だろうってことで、特に原材料調達と加工・製造のとこでしたかね。もっと遡って、商品企画段階からそうしたニーズをしっかり反映させるべきだろう、とかでも議論になりました。とにかく安全・安心を念頭にしておいて損はない。それは環境負荷削減やゴミ抑制にも適う。リスクの予防は消費者ニーズにも合致する。そんな論調でしたね」
ち「もともとそういうのは進んでる会社だからね。しっかり話し合いができたのは、それだけ理解があった、ということかな」
 千歳としては根掘り葉掘り行きたいところだったが、まずは軽めにとどめた。
さ「えぇ、でも容器包装類については認識が弱かったみたい。そこは業平さんの実証データが、ね?」
 報告事項だが、議事は議事。弥生は昨日の一席がいい社会勉強になったようで、その刺激を持ち込むようにカタカタと記録を打っていたが、ここで音が止まる。
や「はい、Goさん、いや本多さんのスキャンした中に、しっかり同店の直販品も含まれてまして。実物持参だったのがまた物を言ったというか」
 毒舌家らしからぬ持ち上げ方である。にこやかな弥生、分が悪そうな文花。何となく目が合うも、すぐに逸(そ)らしてしまった二人である。
さ「作って売っておしまいじゃいけないっていう認識はちゃんとあった。でも同社の場合、それは衣料品とか限られた自社製品について、だったんですよ。[プラ]類は度外視というかゴミ扱い。紙パックとか食品トレイとか一般的なリサイクルは勿論取り組んでましたが、この件で新たな対象が加わった、そんな見方でしたね」
 「ま、まだまだ出口対策ってとこだぁな」
 清に代弁されてしまっては、千歳の出る幕がない。
 「その容器包装関係ですが、例えばバイオプラに切り替えるとかって話は、自社じゃなくてプラ素材のメーカーと詰めなきゃいけないんだそうです。てな訳で、すぐにできそうなものとして決まったのが...」
 櫻はその結論をホワイトボードに列挙し出した。1.[プラ](識別表示付き限定)の試験回収 2.簡易式油化装置のデモをイベント広場で実施、3.・・・
 「次回の耐寒クリーンアップに、どなたかいらっしゃるかも知れません。その時の状況次第ですが...」 三つ目には、「調査型クリーンアップを試行」と書き足された。
 「店長の裁量が大きいこともありますが、少なくとも当の商業施設に関しては、こんな感じで話がまとまりました。全社的な展開ってことではまだまだ先。その辺の展望についてはエドさんの情報誌に載るかも、あ、ハハ、それは発行されてからのお楽しみ、と。ね、弥生さん?」
 弥生が口を開こうとすると、遮るように文花が話題を転換する。報告終了の締めも何もあったものではない。
 「そりゃそうと、情報誌って言えば、当センターの情報誌、いや季刊誌ね。そろそろ準備しなきゃ」
 紙の問題はさておいて、まずは中味。これまでは特に編集会議なども設けず、櫻のスタイルで筆の随(したが)うまま、というので済んでいたのだが...。
 「今後は『いきいき環境計画』としての編集方針とかも打ち出さないとダメかしら、ね」
 などと事務局長が仰るもんだから、急遽、議事が追加され、櫻もカウンターに戻れなくなってしまった。トピックスとしては、センターと新法人の行事案内など、というのがひとまず決まる。櫻は引き続き板書するも、
 「って、次号が出るのって二月中旬だから、クリーンアップ講座は終わった後ですよね。となると、三月の方の予告ですが、講座名って?」
 ここで緑のおば様がしゃしゃり出る。
 「グリーンマップ講座、でいいんでしょ?」
 「はぁ、クリーンアップにグリーンマップ...」
 今日の千歳は何かと語呂に引っかかる。
 「何か似てるし」
 櫻も今更ながら気付いてみる。
 「まぁ、読者の皆さんにはそこんとこ間違えないように伝えるんですな」
 清の一言に一同同意。残る予告は、設立総会、四月のクリーンアップ、といったところか。
 部会が動き出したら、各種行事が増えていくことになるが、そのためにも今日は部会のデザインをしなければ、となる。こうなると今度は、定款の最終案を固めなきゃ、会員制度も正式にスタートさせなきゃ、と目白押し。この調子だとそのままボードに張り付くことになりそうだったので、櫻は頃合いを見計らってカウンターへ。
 「今日がピーク? それとも...」 遠巻きにやりとりを聞きながら、ちょっぴり物憂げ。同じ場所に居ながら恋人との距離を感じてしまうというのは結構やるせないものである。
 季刊誌の編集体制についても議論は交わされ、作家の両先生に千歳、八広、つまり筆が立つ面々が加勢することで話がついた。これで十二月から二月までの行事報告もバッチリ!と、櫻は安堵の色を浮かべるも、「千歳さんが編集に就くとなると、どうなんだろ? スローな感じならいいけど」とやっぱり一憂してしまうのであった。彼のジャーナリスティックなところに惹かれているのは確かだが、仕事でご一緒、となるとそんな見方も変わってくるかも知れぬ。櫻の憂いを他所(よそ)に、日は傾き、今は辛うじて夕照が残る時分である。 午後五時を過ぎ、議事は漸く、終わった。