tag:blogger.com,1999:blog-58839277986440687012024-03-14T13:24:05.692+09:00NPO小説「漂着モノログ」舞台は荒川下流某所。漂流・漂着ゴミは川でも深刻。そのゴミをめぐって、様々なストーリーが... NPO小説です。(© monologger)monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comBlogger80125tag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-27133471682339254842008-12-02T12:00:00.002+09:002010-09-09T15:31:16.430+09:0080. 漂着モノがたり<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 展示を見学する客もそこそこいたが、その姿がなくなり、ステージともども片付けが済んだのは十七時過ぎ。その頃までには金森氏、寿<span style="font-size:85%;">(ひさし)</span>ご三代、石島夫妻が、そして辰巳と太平の長身コンビも程なくご退場となった。お相手がいなくなり、つまらないことこの上ない文花ではあるが、おクルマゆえ呑みたくても呑めない。このやるせなさ、どう晴らしたらいいものか。<br /> 河原桜の一隅に祝いの席が設けられるも、宴席世話係のご機嫌があまりよろしくないので、静かなスタートとなる。ともあれ、桜色舞うころ、桜の木の下で、である。櫻さんにとって、絶好のシチュエーションであることに違いない。<br /> ステージのふりかえりは追い追いするとして、まずは、<br /> 「誕生日おめでとう!」<br /> だろう。アコースティック系楽器が手元にあれば話は変わってくるが、バースデイソングはやはり大合唱に限る。<br /> 「皆さん、ありがとう...」<br /> 通常ならこのまま一言頂戴するところだが、事情を知る一団は、発表云々を待つことにして、ひとまずパス。さっさと花見モードに切り替えてしまうのであった。<br /> さすがにケーキは用意できなかったものの、永代<span style="font-size:85%;">(ひさよ)</span>が持ってきた手土産がある。クリームたっぷり系の逸品、櫻が目を輝かさない訳がない。と、おば様も自家製の品とやらを恭しく献上する。<br /> 「やっぱり、桜と来ればこれでしょう」<br /> 「桜餅? うへぇ」<br /> このリアクションに一番驚いたのは、緑ではなく彼氏。好き嫌い情報は云わば基本である。まだまだ知らないことがあった、というのが先ずショックだったようだ。<br /> 「あれ、ダメだったんだっけ?」<br /> 「へへ、葉っぱがちょっと...」<br /> コマツナ、千歳飴、桜餅... 誰しも苦手食品というのがあるものである。葉を取り除いてから、静々と頬張る櫻を見ながら、千歳は今、妙な感慨に耽っている。<br /><br /> スーパーからの差し入れ飲料にはアルコール類も含まれる。このまま飲み進むと、発表がいい加減になってしまう虞があるので、そろそろ始めるのが良さそうだ。文花は気を取り直し、毎度のお節介を打つ。<br /> 「では、宴もたけなわではございますが、ちょっとしたセレモニーをこの辺で。ね、隅田さん?」<br /> 近くではイベント会社関係者の一部が打上げしている程度。花が減った今、辺りは至って静か。そこいらで遊んでいる六月と小梅の声が時々聞こえる程度である。<br /> 千歳は普段よりちょっと良さげなバッグを持って来ていて、ガサゴソ。で、まず出てきたのは金色の仔豚?<br /> 「あ、あれって」<br /> クリスマス専門店で買ってもらったブタコインである。櫻は白いのを付けてニッコリ。<br /> 「ある時、このブタさんと目が合ってピンと来ました。ブタに何とかって言いますが、いや、あの女性<span style="font-size:85%;">(ひと)</span>にはきっと似合うだろうなぁってね。それでご本人の希望を採り入れつつ、本場の人に聞いて調達したのがこちら」<br /> それは白色と淡い桜色の二色の真珠をつないだ首飾り。<br /> 「そのブタさんから、いえ、僕からのプレゼント。改めまして、おめでとう!」<br /> 「謹んでお受けします」<br /> 「?」<br /> 「あ、間違えた。ありがたく頂戴、します」<br /> 彼と彼女でセリフがチグハグ。顔を見ながら思わず吹き出すも、櫻の方はちょっと様子がおかしい。微笑を湛えたその頬を伝うは真珠ほどの大粒の涙。西日が反射して、一瞬煌く。その輝きは真珠の如く、である。<br />ま「ハハ、こりゃ食品トレイ、いやいやバケツが要るワ」<br />さ「いえ、目にゴミが、うぅ」<br />あ「じゃ早速、拾って、調べなきゃ」<br />さ「もうっ! 蒼葉までぇ」<br />は「ホラホラ、櫻姉さん、スマイル、スマイル」<br /> こういう時、彼氏には相応の対処が求められる訳だが、ハンカチ等の代わりに予備の軍手を出しちゃう辺りが、千両役者たる所以である。<br /> 「千ちゃん、ここは笑いをとる場面じゃないと思うけど」<br /> 弥生から突っ込まれるのならわかるが、業平にこう云われちゃ詮方<span style="font-size:85%;">(せんかた)</span>なしである。そうこうしてたら、涙も干<span style="font-size:85%;">(かわ)</span>いたようで、ようやく先の続きに戻る。<br /><br /> 機嫌の良し悪しも何もない。文花はついもらい泣きしていたが、ここで我に返る。<br /> 「じゃ、櫻さん、一言どーぞ」<br /> 実はこれが終わらないと緊張から解放されることはない。今にして思えば、ステージなんて楽々。<br /> 「え、えー...」<br /> それにしても、この緊張感の大きさはいったい? 櫻にしては珍しく言葉が進まない。と、一陣の風、そして、桜吹雪が彼女を後押しする。<br /> 「桜はこの通り散ってまいりましたが、私達は今が満開...」<br /> 次の言葉は、さすがに誰も予想していなかった。<br /> 「結婚します!」<br /> 千歳はピピと来るものがあったが、時すでに遅し。目が真珠、いや点になっている。<br />あ「あれ? プロポーズは?」<br />さ「これぞ千歳流プロセス短縮、なんちゃって」<br /> 夕日が当たっているせいか、単に紅潮しているためかはわからないが、櫻は赤面しつつも、千歳の顔を見遣る。<br />ち「言いそびれちゃったかも知れないけど、異存ありません。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」<br />さ「誕生日祝い=プロポーズ代わり、なんですよ、ね? まぁ、私からも千歳さんにはまた改めて。とびきりいいものを」<br /> 満場の拍手は無論、祝賀の念を込めてのものではあるが、千歳にとってはまた違った聴こえ方が重なる。それは一連の恋愛プロセスの帰着点で、櫻が一発逆転をやってのけたことへの喝采...。<br /> 万々歳ではあるが、ただ苦笑いするしかない千歳である。この際、千歳でも万歳でも何でもよかろう。<br />き「するってぇと、千住の桜が隅田の桜になる訳かい。風流だねぇ」<br />さ「いえ、表向きは別姓のままで、と」<br /> 「千住千歳説は?」 弥生がニコニコしながら尋ねると、<br /> 「千×千かぁ。チョーおめでたい感じすっけど、名前書く度にいろいろ言われそう」 舞恵が冷笑気味に答える。<br /> そのうち、メガだギガだと違う話になってきたが、詩人は努めて冷静。<br />八「漂流する恋、漂着する愛~」<br />ひ「漂着ラブかぁ。それで新作とか?」<br />さ「漂着? いえいえ、これからですヨ」<br />ふ「じゃ二人で漂流でもする気?」<br />さ「人生、川あり干潟あり、なんですの。漂流と漂着の繰り返し、かな。ね、千歳さん♪」<br /> いつもの談議かと思いきや、さりげなく名言めいたものが織り込んである。正にこれから、という文花にとっては、深く重いフレーズ。言葉に詰まるのも無理はない。<br /> 「どったの矢ノ倉? クリームプリンならまだあるわよ」<br /> 「エ? くりくり? ルフロンがどうかした?」<br /> 「あぁ、そっか。気が利きませんで、失礼。今日はアタシが運転したげる。パァっとやんなさいな」<br /> 「そうそう、ツマミもサカナもあるからさ。おふみさん、呑もうぜ」<br /> 「へ? 魚?」<br /> 「魚類が良けりゃ、今から釣ってくっけど」<br /> 冗談だか本気だかよくわからないが、センセのおかげで段々と宴席らしくはなってきた。<br /><br />ひ「ラブストーリーも興味深いけど、こうして皆さんが集まったのって、きれいにしたから、なのか、逆に集まったからキレイになったのか...」<br />ふ「その両方じゃないの?」<br />ひ「どっちにしても、BeautifulもWonderfulも、あとSmilefulも、みんなあるってことよね」<br />は「小梅も言ってましたけど、喜怒哀楽の舞台なんじゃないかって。いろんな表情に出会えるって意味でもその通りだなぁって思います」<br />ふ「喜怒哀楽ねぇ。でもそれって堀之内のこと?」<br />ひ「ま、できるだけ喜と楽で行きたいけど、マップ作る時はやっぱいろいろじゃないとね」<br />さ「学校周辺でやる時とか、声かけてくださいね」<br />ひ「えぇ、卒業生にもゲスト講師として来てもらうつもりだし。総合の授業、今期は楽しくなりそう。これもここに来たおかげで、かな」<br /><br />八「おかげってことじゃ、自分なんかもう何て言ったらいいか。見かけは変わらないスけど、ひとまわり、いやそれ以上かな。とにかく大きくなれた気がします」<br />ち「いやぁ、とにかく宝木さんは縁起者だから。名前の持つ力、そこからの波及効果というか相乗効果も大きかったと思うな」<br />八「ハハ、お宝持ってやってきたって訳にはなかなか行かないスけどね。ま、ゴミもお宝ですし、あと何よりの宝はやっぱこのつながりというか、地域貢献力? 場力<span style="font-size:85%;">(ばぢから)</span>って言った方がいいスかね。だと思いますよ」<br /> 舞恵は何か言いたそうにしていたが、おとなしく傾聴することにした。八広<span style="font-size:85%;">(やつひろ)</span>はその間を拝借して言葉を続ける。視線の先には、その最愛の女性。<br /> 「とにかく、そのお力を借りつつ、さらなる成長、いや持続可能な成長を、と思う次第です。自分でこれなら、って時期が来たら、その時はルフロンと...」<br /> すっかりいい雰囲気になってしまった。こうなってくると、他の男女にも飛び火しそうな予感があったが、空気を変える人物が顔を出してくる。発表を聞いてたかどうかも怪しい。少なくとも今さっきまでは近所の打上げ席に居た。<br /> 同じ木でも、宝でも春でもない。ただ季節外れな冬木氏である。<br /> 「宝木君の話を継ぐなら、いわゆるゴミ問題ってのは人をつなげるためにあるようなとこもあるなぁって。どうです?」<br /> 「出会い系って誰かも言ってたけど、それが目的化しちゃうのはちょっとどうかしら?」<br /> その出会い系のおかげで新たな展開を得た文花だが、思わず異議を唱える。<br /> 「でも、避けるものじゃないってのは言えますよね。前向きに考え、受け止める。とにかく自分の問題として考えてもらう人が増えれば何かが変わっていく、そんな気がするんですよ」<br /> 「ジャーナリズムの原点もその辺のような...」 ここは千歳が同調。<br /> 「そう、情報誌でもね、そういうの打ち出せそうだなって。皆さんのご協力もあってここんとこ評判いいんですよ。で、強力な新人にも来てもらえたことだし、そろそろね。今月・来月あたりはちょいと趣向を変えた記事も出ますけど、硬派なとこもと思ってます」<br /> 諸々の連携が効いてきて、ソーシャルの部分も明確になってきた。協賛の方も引き続き、より広域な枠組みで実現できそうだと言う。だが、今の彼の関心事はズバリこれ。<br /> 「バンド、続けますよね?」<br /> 「まぁ、この藍色バンドもあることだし」<br /> 本日の立役者は悠々としたものである。業平がすっとぼけたことを言うので、話はそのまま脱線。<br />さ「これって、着けてるの忘れちゃいますね。それだけフィットしてたって言うか」<br />や「気が付いたら溶けちゃってたりして? そしたら正しく『Melting Blue』~」<br /> 静物の青は、憂鬱のブルーに通じる。それが溶け出す時、これ即ち自然界にとっては憂いが溶け込むことを指す。だが、溶けるも解けるも同じと考えれば、ブルーは違った見方ができるのではないか。そう、解き放たれる青、である。<br /> 作詞した本人から、その心をいま一度聞いたりなんかしていたら、空のブルーが変化してきた。初音はより鋭く天を観<span style="font-size:85%;">(み)</span>、そして、一同の気を望む。<br /> 「弥生さん、何かブルー入っちゃいました?」<br /> 自分から言っておいて何だが、弥生はその解釈に嵌ってしまったようである。お天気姉さんは、そのブルー加減に真っ先に気が付いた。<br /> 「前にも言ったけど、クリーンアップってさ、本来はなくていい取り組みなんだよね。目処がついたらやっぱり終わっちゃうのかな?」<br />あ「でも、その目処を立てるのが今度の仕事だとすると、ねぇ」<br /> この件でずっと話し相手をしてきた蒼葉が、そのジレンマを代弁する。<br />や「憂いがなくなるってのよーくわかるんだけど、淋しい気もするんです」<br /> 乙女の感傷に唸ってばかりもいられない。酒の勢いも手伝って、文花はここぞとばかりに逆ツッコミを仕掛ける。<br /> 「エ? 淋しい? そりゃないんじゃないの?」<br /> 「あ...」<br /> かくして、新たな宣誓が。<br /> 「皆さん、特にご両人のおかげで、いい仕事、いい人とめぐり合うことができました。今後ともソリューション志向でガンバリます!」<br /> 拍手が鳴り止んだところで、再びフォローが入る。<br /> 「まぁまぁ、弥生ちゃん。ソリューションもいいけど、程々にね。かつての誰かさんみたいにダーッて突っ走ると倒れちゃうから。ね、櫻... あれ?」<br /> その誰かさんは、緊張から解き放たれてしばらく経ったこともあり、違った意味で倒れ気味。桜に凭れかかりながら、彼に寄り添うようにしている。<br /> 「ま、いいや。これからもあるがまま、つまり、C'est la vie. 自然に取り組みが拡がればいいんじゃないでしょうか」<br />ま「でも、流域画家としては、何か抱負みたいのってあるっしょ?」<br />あ「原色あふれる環境にしたいって、そんな想いはあるし、画業を通じてそれが少しでも実現するなら、と。でもね...」<br /> 木の下に居る二人を見遣りながら、蒼葉は続ける。<br /> 「積もる話の続きをしてからじゃないと、何とも。ね、お兄様、お姉様?」<br />み「フフ、絵でも音でも、とにかく今後が楽しみネ」<br />あ「おば様の文学の方も乞うご期待!ですよね」<br />み「何かこう、小さな世界から大きく広がる云々ってのを見出しちゃったのよねぇ。特に抑制に向けた布石ってのを改めて実感した。あとは愛の力...」<br /> 木の下でダラダラしてる場合ではない。千歳も櫻も上体を起こして、耳を立てる。<br /> 「ミステリーどこじゃないわね。お二人を主役にして書かせてもらうわ。玉野井史上初、純愛路線!」<br /> もう一人の作家先生が口を挟むのよりも早く、業平が反応する。<br /> 「とにかくゴミを拾って、調べて、結ばれたカップルってそうそういないと思う。サクセスストーリーとして紹介すると、クリーンアップももっと活発になるかもね」<br /> 「でもそれって本末顛倒だって、さっきおふみさんも...」<br /> 「いやぁ、出会いがないとか嘆く前にさ、とにかく川だ干潟だ、なんだよ。でなきゃ、こんなステキな女性と会うこともなかった訳だし」<br /> 「Goさんたらぁ」<br /> これがきっかけで、やれ「独身男女に捧ぐ」だ、「漂流 漂着 恋物語」だ、と喧<span style="font-size:85%;">(やかま)</span>しくなる。<br /> 「じゃあ、その純愛ストーリーは『二人の漂着モノがたり』とかでどうです?」<br /> 何故か文花がまとめに入っている。そっちのけ状態の主役の二人は、木の下で再び漂泊の時を過ごすばかり。<br />八「抑制策としても、最大級の対策になりそうスね」<br />ひ「何だかなぁ。これまでの議論の積み重ねが飛ンじゃいそう」<br />ふ「積み重ねてきたから、こうなったとも言えるわね」<br /><br /> 漂泊中の二人のもとに舞恵が近づく。<br /> 「モノログにしろ、モノがたりにしろ、二人で一つ、そんなモノってのもあるわよね。とにかくお二人には感謝感謝」<br /> 「ルフロンも詩人さんねぇ」<br /> 「今度はお絵描きも習うつもり。めざすは総合アーティスト、Art<span style="font-size:85%;">(アール)</span> Le Frontヨ」<br /> 三人が談笑しているところに、小梅と六月が戻ってきた。<br /> 「あら、小梅さん、その袋、何?」<br /> 「エヘヘ、いいもの、です。ネ?」<br /> 「バースデイプレ...」<br /> 余ったレジ袋を活用して何かを拾い集めてきたようだが、中味は不明。小梅は六月の口を塞ぐと、連れ出すように、その場を離れる。<br /> 「あの二人のことだから、また何かしでかすつもりでしょ。まぁ、舞恵からはこちらを。今日のところはお誕生日プレゼント」<br /> 「ありがと! 開けていい?」<br /> 「エコプロだっけ? そん時の資料見せてもらって支店オリジナルで作ってみたのさ」<br /> それは再生プラでできたカード電卓だった。<br /> 「ルフロンからって言うより、貴行からって感じ?」<br /> 「ま、くれぐれも漂流させたりしないように」<br /> 「試してみる価値はありそうだけど?」<br /> この調子で仲良し言い合いが続くと思われたが、緑が割って入る。<br /> 「そっか、須崎の課長殿もカード流しちゃえばいいんだ」<br /> 「そんな、おば様ったら」<br /> 正直なところ笑えない櫻である。<br /> 「拾得者が増えると当行粗品なくなっちゃうから、生分解するカードにそのうち切り替えますワ」<br /> 「あーら、そしたらラブストーリー成立しなくなっちゃうじゃないの」<br /> 奥様とおば様が言い合い出したが最後、周囲は傍観するしかあるまい。櫻は仲裁するのを諦め、ただにこやかに見守っている。<br /><br /> 「まぁまぁ、新著のご相談はまたゆっくり、ね」<br /> 締めに入るつもりではなさそうだったが、文花はそのまま談話発表モードに。いわゆる中締め、ということらしい。<br /> 「これは皆さんにも言えることだけど、それぞれの持ち味を自然に活かしあう、それでもってお互いに高めあう、そんな取り組みを、あ、隅田マネージャーに言わせると、プロセスね、とにかく実体験、勉強させていただきました。ありがとうございます、です。改めてお二人に大きな拍手を...」<br /> 「そんな、私、私達の方こそ」<br /> 「そうですよ、おふみさん」<br /> 「まぁね、それはよーくわかってます。情けは人の為ならずって言うけど、自分でお節介焼いた分、ちゃんとごほうびが届くってね。お互いさまさま」<br /> 一同何となくジーンとなっていて、それが言った本人に倍加されて返ってくるもんだから、どうしても言葉が途切れがちになる。<br /> 「これからも、よろしく、ネ。で、お祝いは...」<br /> 「矢ノ倉、その件、ちょい待ち! 要相談...」<br /> 永代の一喝で、文花はいつもの調子に戻る。<br /> 「あら、センターに農園コーナー作ってそのまま差し上げよっか、とか思ってたんだけど、ダメ? あ、言っちゃった」<br /> 有志によるお祝いはまた別途。おそらくは野菜の詰め合わせか何かがまずは贈られることになりそうだ。<br /><br /> 「なんか、皆さんの話聞いてると面白くってしょーがないんですけど」<br /> 「なんのなんの、石島姉妹もなかなかよ」<br /> 「それは櫻さん効果だと思う。おかげで最近のお姉ちゃん、切り返しがすごくて」<br /> 「そりゃどうも。まぁ、話芸ってのは重要なんよ。あとはパッション、ですよね。ルフロンさん?」<br /> 「Ha-ha, Would you like to study Mae’s English again?」<br /> 「Mae pleasure, なんちって」<br /><br /> この後、英語、フランス語、中国語がしばし混ぜこぜになるも、再び英語に、そして、<br /> 「So, we have a good idea, えー、ご結婚の暁にはですね、荒川特製の夫婦岩を...」<br /> 「ホラね、お姉ちゃん、おかしいんです」<br /> 「やっぱり記念切符かしらん?」<br /> 「そしたら、京王線がいいよ」<br /> 「六月クン、その心は?」<br /> 「桜と千歳がつく駅があるからさ。急行だとひと駅。ヘヘ」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200812/article_2.html">千歳と桜を結ぶ線</a>)<br /><br /> そろそろ暗くなってきたが、宴は終わらない。<br /> 「落ち着いたらまた多摩センター、じゃないやセンターに遊びに」<br /> 「遊び?」<br /> 姉御衆から突っ込まれてタジタジのプレ中学生である。<br /> 「学びに行きます」<br />さ「そう来なくちゃ」<br />ふ「そんな学び盛りの六月君。ご入学を明日に控え、何か決意とかあれば、ぜひ」<br /> 衆目集まるも、彼には緊張も何もあったものではない。眼鏡越しに炯眼<span style="font-size:85%;">(けいがん)</span>キラリ、そして、<br /> 「文集にもちょっと書いたけど、皆がニコニコ、いきいきしてればきっとゴミも、他のいろんな問題とかも減ってくと思う。だからまず自分から元気いっぱい、Go Hey!します」<br /> ご箴言<span style="font-size:85%;">(しんげん)</span>をサラリ、である。<br /> しばらく手を叩いていた清だったが、<br /> 「皆、いいこと言うねぇ。泣けてきたよ」<br /> 止めた手を目頭に当てて、咽<span style="font-size:85%;">(むせ)</span>いでいる。今度ばかりは冗言ではなかったようだ。が、先生からはやはり何かお言葉を頂戴しないことには締まらない。<br /> 「...やっぱ大事なのは現場と実体験ってことかな。それが生きる力を育む。で、その力が川や自然をいきいきさせてく。そして、それがまた人に、ってさ。あと忘れちゃいけないのは自然は人に余計なことを押し付けたりはしない、ってこと。正にあるがまま。で、それをわかってる人はこれが自然と謙虚になる。ま、皆さんはその辺りは弁えてらっしゃるし、こちとら逆に教わったようなもんだから。今後もよろしく頼みます...」<br /><br /> こんな感じで、話が尽きないもんだから、手元にはまだ飲料の残りがチラホラ。容器をしかと回収するためにもここは少しでも飲み進んでおきたいところ。<br /> 「じゃまた、せーので」<br /> 「ハーイ」<br /> 主役の二人の音頭に合わせ、小梅と六月はその袋を高々と放り上げた。「乾杯!」の声が一段と大きく響き、舞い落ちてくる無数の花弁を揺らす。桜のリユース、大成功である。<br /><br /> 仮に人の心の中に何かが漂着した時、それを取り払おうとする心理が無意識にゴミを生むこともあるかも知れない。ゴミも多様なれば、人の動きも多様。目に見えない漂着はおそらく止められまい。人が生きている限りは続くのだろう。<br /> だが、ゴミの放出によって救われるのは一時しのぎというもの。場合によっては悪循環にもなり得る。むしろそんなゴミを片付ける方が、心の中に漂着するものを取り払うことにつながるのではなかろうか。クリーンアップを繰り返すことで元気になる、というのは決して大仰な話ではないのだ。<br /> 岩はあくまでつなぎ役。ご当地ソングやメッセージソングの効果の程も今のところはわからない。だが、現場たる点や面が広がり、人の息遣いが少なからず感じられる場所が増えることで、何らかの抑えは利いてくるだろう。それはやがて、地域、流域へと、じっくりとゆっくりと拡がる。そして内なる漂着が止まる時、目に見える漂流や漂着も止まる...そんな道理もあるのではないか。<br /> それまでは、その都度、リセット、リフレッシュすればいい。スロー&緩やか、とはそういうものである。<br /><br /> 発起人による答辞のような挨拶が歓談の合間から聞こえてくる。再使用された桜吹雪の一部は風に乗り、グランドを越え、干潟に漂着、または川を漂流し始める。<br /> そんな桜花に交じり、ゴミの漂流、漂着も続く。そしてまた新たなストーリーが生まれる。<p align="right">(完) *「ふたたび、○月の巻」に続く?</p></span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/722-732.pdf"><img height="31" alt="漂着モノがたり" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-81775026562483897902008-11-25T12:00:00.002+09:002009-01-05T23:13:26.074+09:0079. 霹靂、残響<span style="font-family:lucida grande;"><br /> アンコールを受けての再入場。だが、オープニングと違って、これといった設定は考えてなかったので、散漫な入り方にならざるを得ない。何となく笑いも起きているようだが、至って温か。そして優しく大きな拍手が包む。<br /> ステージ挨拶に立つのは勿論この女性<span style="font-size:85%;">(ひと)</span>。<br /> 「皆さん、ほんとにありがとうございます。こういうこともあろうかとちゃんと曲の方、用意してますので、ご安心を...」<br /> 一つ年をとったことで、茶目っ気も些か控えめに。それでも古くから櫻を知る人物らを中心に小笑いは起こる。そして話が進むにつれ、その笑いは客席全体へ。カラオケ会でのエピソード、ASSEMBLYの名の由来、重低音志向な理由など、話しようによっちゃ、どれもウケそうなものばかり。本日の主役である以上、このまま延々とスピーチしてもらっても構わないのだが、旅立つ人をいつまでも引き止めていく訳にもいかない。話は途中から一転する。<br /> 「さて、流域サックス奏者の南実さんですが、良き現場指導者であり、掃部先生をも唸らせる実力派研究者でもあります。この程、ご研究の成果が認められて留学されることになり...」<br /> 配置に付いてリラックスしていた六人はこれを聞いて一斉に、<br /> 「ナヌ?」<br /> 空はまだまだ青いので、その名の通り、青天の霹靂<span style="font-size:85%;">(へきれき)</span>に遭ったような状態に陥ることになる。実際に雷でも落ちてきたら、それは嵐を呼ぶ誰かさんのせい? だが、その陽気なルフロンさん、すでに髪にボサボサ観が戻っている。「ポケビ」ではしゃいだせいもあろうが、今受けた衝撃がそのまま髪を走った、ということのようである。<br /><br /> 「中盤でお聴きいただいた『晩夏に捧ぐ』は静かな想い、今からお届けする曲はその逆、と言いますか、前に出る気持ちを書いたものです。実はどちらも南実さんにちょっと関わりがありまして。ネ?」<br /> 留学渡航の件は今明かされたが、この想いにまつわる話はまだ三人の内緒事項。櫻の振りに千歳はドキリとなるも、「という訳で、彼女への感謝と歓送の気持ちを込めて。『届けたい・・・』聴いてください」<br /> 胸をなで下ろしつつ、そのまとめに感服するばかり。<br /><br /> 練習通りということであれば、ドラムがカウントを打って、元気良く始めるパターンになるのだが、半ば放心状態のメンバーの動きは鈍く、しばし間が空くことになる。が、自身の発言でこうなることを見越していた櫻は、ピアノソロで前奏を弾き始めた。時に強く時に柔らかいその旋律に、八人はついうっとり。そして櫻の手が止まり、残響が消え始めた時、思い出したようにカウントが打たれる。ここからはいつも通り。歌姫の声はいつになくよく伸びる。詞に込めた想いと歌唱が今まさに同調、そんな感じである。<br /> 南実にもそれはよく届いているようで、思いの丈をサックスに吹き込んでいるようだ。その演奏、爽快にして壮快。勢いそのままにエンディングに突入するも、最後は蒼葉がウィンドベルをサラリ。動と静を織り交ぜた名曲がこうして完成するのであった。<br /><br /> 「じゃ、南実さんこれ」<br /> 「千兄さん...」<br /> ガーベラ、スプレーマム、ミスカンサスといったところは市販品だが、それにさりげなく地場のスミレとオオジシバリが交ぜてあるところが憎い。<br /> 舞台袖で、花束贈呈の様子を眺めていたシスターズは、<br />こ「あれぇ、櫻さんに渡すんじゃ?」<br />は「そういうことなら、コマツヨイグサにするんだった?」<br />こ「ってまだ咲いてないし」<br /> てな具合。少々面食らうも、ミッションを果たし、それが好い形で完結したことが何より嬉しかった。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200812/article_1.html">地場の花々</a>)<br /><br /> 「南実さんに大きな拍手を」<br /> と櫻が呼びかけている間、南実の手をつい握ってしまうプレゼンター氏である。が、思いがけない彼女の握力にタジタジ。これじゃ拍手も握手もあったものではない。<br /> 櫻からマイクを受け取ると、御礼の言葉もそこそこに曲紹介。<br /> 「テーマは自然の恩返し、というか微笑み返しです」<br /> 目に手を当てながら、南実は千歳にマイクを渡す。<br /><br /> 泣いてちゃいけない。ラストは『Smileful』である。メンバー六人もどことなく俯き加減ではあったが、千歳の「1,2,3…」で目が覚める。俄かにスマイル、南実もえくぼを作る。これは曲の為せる業なんだろう。<br /> 永代はいつもの如く泣いたり笑ったりだったが、今は一緒に口ずさんでいる。「Smilefulぅ!」 どこでどう話が伝わったのか不思議だが、自分の思いつき単語が曲名になっているのがよほど嬉しかったようで、終始ニコニコ。先生の教え子諸君も思わず頬が緩む。客席にスマイルが広がっているのがステージからもわかるので、当曲のシンガーソングライターも至ってにこやか。Wonderful Beautiful Smilefulの順番をつい間違えてしまうが、そのまま笑って誤魔化してしまうのであった。<br /> 「どうも、ありがとう! またお会いしましょう」とのセリフともども演奏は終了。大歓声残る中、『Pocket Beach』ボサノヴァver.が流れる。メンバーはASSEMBLY+Gの順番で並んでステージ前方へ。G氏は、バンドマネージャーを見つけると、その列に加える。そして一礼。<br /> 「こまっちゃーん」に混じって、「おふみさーん!」と聞こえたのはこの時。文花のファンと思しき一行は、何とかつての職場の同僚連中だった。南実の一件で幾許かの動揺はあったが、これでさらに動揺加速? いやいや、事務局長はちゃっかり法人紹介用のリーフレットを手にしていて、それを振って堂々と応えている。が、そのままマイクを渡すと違う展開になってしまう。最後はしっかりバンマスに一言いただくのが順当だろう。<br /> 「スタッフの皆さん、ご協賛いただいた各社・各位の皆様、そしてご来場いただいた皆々様、ありがとうございましたっ!」<br /> 次回のステージは未定だが、この調子だと問合せは必至。スクリーンには関係先のホームページアドレスなどが映っているが、それだけじゃ心許<span style="font-size:85%;">(こころもと)</span>ない気もする。<br /><br /> 知己どうしで雑談する場面もなくはなかったが、メンバーの気はそぞろ。いつしか、higata@メンバーの集会のような格好になっていた。<br /> 「練習とか本番にね、支障が出ちゃマズイと思って」<br /> 伏せていたのには然るべき理由がある。誰もそれを責めたりはしない。女性陣はただ涙目。男性陣も黙々。南実を囲んで静かな時間が流れている。<br />さ「そういう訳で、三人だけの話ってことにしてました。皆さん、ゴメン」<br />ま「それはそうと、歓送会とか、記念品贈呈とか、そういうのは?」<br />み「この後、発っちゃうから」<br /> ここで再び霹靂状態になったのは言うに及ばず。<br /> 「記念品と言えるかどうかだけど、ご依頼の写真は持ってきたから...」<br /> それは蘇我駅で撮ったポートレート。ハガキサイズに伸ばしてあってご丁寧に額入りである。千歳はそれを取り出すと、櫻に託す。<br /> 「ありがと、櫻姉、千兄」<br /> 固い握手を交わす二人。櫻の顔が強<span style="font-size:85%;">(こわ)</span>張っているのは言わずもがな、握力の差を体感したため、である。そのまま、メンバーおよび関係者、シスターズとも。即ち、握手会である。<br /> 「あ、それでね、これを初音さんに」<br /> 「え、ウソ?」<br /> 今度はサックスの受け渡し式。<br /> 「きっと上達すると思う」<br /> 「大事にします。で、とにかく練習して、バンドメンバーに...」<br /> 両親からの入学祝い品がこれで変更となった。楽器現物でなければ、教材、いや教室代か。リードは自分で買えばいい。ともあれ、新メンバーは満場一致で迎え入れられることになる。<br />ま「MをHにとか、この際、なしネ」<br />は「二代目南実とか。それとも、バンド活動中はMをいただいて舞恵にしちゃおっかな」<br />ご「ま、練習が先、かな」<br /><br />ち「そういや出国する時に花束ってもしかして...」<br />さ「あ、逆外来?」<br />み「はぁ、それもそうか。じゃあ...」<br /> 石島姉妹はキョトンとしているが、先の花束は櫻に渡る。<br /> 「大事な発表、聞きたかったけど、これはお誕生日祝いってことで」<br /> 「ハハ、ありがとう」<br /><br />こ「なぁんだ、やっぱ櫻さん用?」<br />は「これぞリユース」<br /> シスターズ納得の帰結である。<br /><br /> 潮時を弁えている研究員は、清や緑との挨拶も至って軽め。名残惜しそうではあったが、最後は努めて快活。<br /> 「現地で新しいアドレス取ったら、皆さんにお知らせします。higata@は継続ってことで」<br /> 少しばかり風が出てきた。舞う花弁が増える中、南実は小走りで駅方面に向かった。これで夕日が照らす時間だったら、また目に何かが沁みることになるが、これ以上の演出は無用。彼女の後姿は常に絵になるのだった。<br /><br /> しんみりした感じ漂う中だが、空気を変えるのは難しいことではない。<br /> 「ところでルフロンさん、またいつものボサボサ調なんですけどぉ?」<br /> 「おっかしいなぁ、ストレートにしたはずなんに...」<br /> 「やっぱ、その方がアーティストぽくていいと思うよ。電撃を表現した感じ...」 一同の笑いとともに、八クンはバチバチ。その衝撃は電気のそれ以上である。</span> <ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/717-721.pdf"><img height="31" alt="霹靂、残響" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/12/80.html">80. 漂着モノがたり</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-31448569843778525122008-11-25T12:00:00.001+09:002009-01-05T23:08:14.446+09:0078. 流域ソングス<span style="font-family:lucida grande;"><br /> ここで帰る組、付近を出歩いて戻ってくる組、午後から来る組、いろいろと出入りが生じる中、メンバーの動きもあわただしいような、そうでないような。<br /> 「リズム隊は早めに配置の確認を。キーボードはその後で。不肖バンマスは、セッティングに立ち会うんで...」<br /> 業平を除いては、ゆっくりお昼をとることも可能ではあるが、どうにも落ち着かない。弁当を用意する手もあったのだが、弁当容器類を拾った後でってのもどうか、ということで見送り。とりあえず、カフェめし店なり、商業施設なり、付近に散らばることになった。<br /> 千歳はビンカン類を手に宅へ戻る。女性三人とご一緒だったが、<br /> 「じゃあ、あたし達はここで」<br /> 「本多ご兄弟と文花さんの軽食、調達して来ますんで。また後ほど」<br /> 二人のじゃまにならないよう、ということもあってか、途中で弥生と蒼葉が抜ける。<br /><br /> 本日主役は歌姫である。千歳宅ですべきことがある。<br /> 「今日は、白の日ですからね。どう?」<br /> 「さすが、お姫様」<br /> デリランチをいただいた後、何やら思わせぶりな会話が少々。リラックスムードなのは結構だが、仕度は早めに、かつお忘れ物のなきよう、である。<br /><br /> 今日こうしてクルマで乗り付けてくることがわかっていたのなら、スーツケースを持って来てもらうには及ばなかった気もするが、その逆を考えると果たしてどうか。充電式掃除機も場所をとったが、トランクにはマニピュレーター用品一式が満載。高性能PCに音源系、リズム系、ミキシング系の機材等々である。そう、これがないとライブが成り立たない。コンパクトとは言ってもスーツケース二つを運搬する余地はなかった。<br /> 冬木はゴミ調べを終えたくらいから、ステージイベントの方にかかりきり。イベント会社関係者と来るべき車両の位置をチェックしたりしていたが、専用の小型トラックはすでに河川敷道路をノロノロと進行中。金森工場と商業施設を経由してきた割に到着は早かった。こうなると業界関係者は昼食も何もあったものではない。惣菜パンを頬張りつつ、取り急ぎ電源オフの状態で機材を並べていた業平についても、やはり食事どころではなくなる。早いとこ機材を組んで、電気系統の点検を済ませないことには、なのである。<br /><br /> 試合が終わって、ひと休み。今は真上から降り注ぐ光線を浴びてジリジリしているグランド地面だったが、熱を遮るように諸処にタタミ大の板が敷かれていく。ASSEMBLYのステージだが、舞台を組み立てるのはさすがに大変なので、ここは一つシンプルに、平坦なステージセットで、となった。<br /> 土台ができたら、次は動力系。目玉ではあるが、訴えるのはむしろ聴覚。必見かつ必聴、とでもしておこう。その音響関係には、予定通り再生エネルギーを補助的に使う試みが盛られる。油化装置→発電機は試行済みだが、未試用の系統がもう一つ。<br /> 賛意と謝意を込めて、おなじみ商業施設が貸し出してくれたのは、何と余ったソーラーパネルである。この日射を少なからず演奏に活かせるなら、こんなに晴れ晴れしいことはないだろう。<br /><br /> 一部行員とランチを済ませてきた八広は、今やすっかり人気者。舞恵は呆れながらもどこか愉しげ。ちょうど、打楽器関係を設置し出したところである。<br /> 「で、奥様がこしらえたアートがこちら」<br /> 持ち込んでいた怪バッグを開けると、ペットボトルや空き缶を括りつけた流木アートが出現。行員各位、これにはビックリ某、である。<br /> 「ただのアートじゃございませんから。叩くとご利益あるかも、よ」<br /><br /> 中堅どころとはいえ、業者の手は込んでいる。ステージの目処がつくとお次はパーテーションと長机を並べ出して、商業施設での新たな取り組み例をパネル展示し始めた。趣向が異なるのは、その位置づけか。「発生予防策見本市」との題字が控えめに掲げられ、生分解性容器包装プラスチックの利用拡大、店頭でのプラ回収と油化装置の実験状況などが情報誌誌面の拡大コピーとともに配される。<br /> 午前中に拾ったゴミから、代表的な品目を陳列してもよかったのだが、再資源化フローが示しやすいものとして、ペットボトルや[プラ]表示品などが並ぶ。洗ってあるのでリアリティに欠けるきらいはあるが、一応採れたて。その横には参考出品として、東京湾外湾でサンプル回収した品々が置かれる。ギターよりもまずは展示。千歳らしい所作ではあるが、<br /> 「川から海ってのはいいんだけど、いま一つ過程が見えないですよね、これじゃ」<br /> プロセス的に難があった。冬木も思わず首を捻る。<br /> 「どこの出か、ってのをゴミが自己申告してくれりゃいいんだろうけど」<br /> 解説シートも作っては来たのだが、実物を一目した限りでは脈絡がない感じ。結局、今日収集したゴミも袋詰めのまま展示して、「もしかすると荒川からも...」というのを加えることで落着した。<br /> 机上スペースはまだ余裕がある。文花はそれをめざとく見つけると、<br /> 「フリーマガジンが置いてあるなら、当センター発行のがあってもいいわよね」<br /> 二月発行分の残部をちゃっかりクルマに積んでいた事務局長である。しかも新法人の簡易リーフレットのオマケつき。<br /> 陽光は強いが、風は強くない。屋外での展示&配布には打ってつけ。かくして、ステージが開演するまでの間、ちょっとした前座が設けられ、そこそこの反響を得る。オープンなハコモノってのも時にはいいだろう。<br /><br /> あれこれやってたら十四時を回っていた。PAや電気系統を含むステージの準備は概ね整うも、<br /> 「櫻さん、まだ?」<br /> 誰からともなく、主役の不在を問い始める。<br /> 「ま、取り急ぎこちらを」<br /> 冬木が配り出したのは、半年前にも使ったあの藍色の...<br /> 「バンドだけに、ってか」<br /> 「これが噂の」<br /> 舞恵と八広は初めて手にするので、強度を試しながら遊び始める。引っ張っていたら飛び出してしまい、あろうことか、着いたばかりの女性の頭上に。<br /> 「ルフロンたらぁ、何すんのよ」<br /> 「まぁ、櫻姉...」<br /> 笑いが起こる場面の筈が忽ちにして溜息モード。男性のみならず女性メンバーも息を吐いている。<br /> 「この衣装でちゃんと弾けるか、練習してたんですの。遅くなりまして、すみま千さん、でした」<br /> 歌手<span style="font-size:85%;">(カシュ)</span>だから、という訳ではないだろうが、カシュクールのワンピースである。その鮮やかな白、実にドレッシー。<br /><br /> 開演は十五時だが、小ネタを挟むため、リハの時間は三十分程度。チューニングをざっと済ますと、あとはバンマスの指示通り。難しい系の難しい部分を重点的に、である。だが、あんまり念入りに演ると本番と変わらなくなってしまうので、ほんのサワリだけ。<br /> それでも熱は入っていた。従って気付くのが遅れた。河原桜の下、客席となる堤防斜面にはいつしか人、人、人。<br /> センターの関係者と会員各位、情報誌読者、手が空いたチーム榎戸メンバー、十月の回参加者など。トーチャンズ13も揃えば、六月、小梅、初音のクラスメートも来ている模様。カフェめし店常連客に弥生のバイト先スタッフ、さらには、<br /> 「櫻ちゃーん!」<br /> ファンクラブがどうのというのは冗談のつもりだったが、何と応援団がいた。地域振興部署時代の関係各位、老若男女が声をかけ、手を振っている。<br /> 「ハハ、いったいどっから伝わったんだか」<br /> 「スターってのは違うわねぇ。ま、こっちも張り合い出るってもんだワ」<br /> 舞恵としては親衛隊を連れてきたつもりだったが、残念ながら特に声援はなし。その行員連中はじめ、午前中の参加者もボチボチ戻って来た。寿、清、緑の年配トリオの近くには、なんと金森氏まで。油化装置の働きを見届けに来たフシもあるが、春の行楽ついで、ということらしい。髭をさすりながら、寛<span style="font-size:85%;">(くつろ)</span>いでいるご様子。<br /><br /> 十五分前になった。メンバーが一礼して一旦退場すると、代わりにカラオケ大会(課題曲編)でかかった曲の一部が流れ始める。『チェリーブラッサム』『ブルースカイブルー』そして、<br />さ「まぁ『桜の木の下で』...」<br />や「エドさん、やるぅ」<br /> 演出はこんなもんでは終わらない。トラックにくっついてきた宣伝カーは何と大型スクリーン搭載。横断幕代わりに「Go Hey with A S S E M B L Y」と表示され、メンバー名もしっかりローマ字表記で映し出される。冬木がどこまで手を回したのかは不明だが、イベント会社というのはやることが違う。これはもう立派なプロモーション。この際、司会や前振りは無用である。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_10.html">宣伝カーも使いよう</a>)<br /><br /> おそろいで商業施設へ出かけていた石島ファミリーは、BGM中に帰ってきた。元店員が連れてきたのか、スーパー店員も何人か顔を見せる。ちょっとしたミッションを仰せつかっていた姉妹は、その束を二人で大事そうに抱えながら開演を待つ。クラスメートとはちょっと距離を置き、ただただじっとしている。<br /> 桜の木の下の聴衆は百人を軽く超えた。まだまだ増えそうではあるが、そろそろ...<br />さ「何だか、緊張してきちゃった」<br />ち「川の神様がついてるから、大丈夫」<br />ま「何よ、彼氏がついてりゃ、っしょ?」<br /> 照明暗転とかがない分、まだ心穏やかだが、こういう時は”Breathe with breeze”の境地に倣って、深呼吸するに限る。<br />ご「ま、とにかく練習通り」<br />や「Let’s Go!!」<br /> 一人多重コーラスが流れ出したら、開始の合図。文花と太平に見送られ、メンバーはステージへ向かう。ゆっくりと、そして足取り確かに。<br /><br /> 客席からはパラパラと拍手が起こり、その乾いた音がコーラスと重なっていく。配置に付くのは蒼葉を除く八人。前日のリハーサル通り、八広の渋く重いドラムを皮切りにイントロへ。演奏を徐々に厚くしながら、コーラスはフェイドアウト。と、「1,2,3...」の発声とともに、千歳はカッティングギターを鳴らす。ちょっとした歓声。出だしとしてはなかなか良好である。業平のマシンとのシンクロも無難にスタート。つまりここからがやっと本演奏。イントロは必然的に長くなる。<br /><br /><em><span style="color:#999999;">誰かが棄てた不要品<span style="font-size:85%;">(material)</span>たち<br />風に飛び 流れに乗り<br />けれど旅は続かない<br /><br />流れ着くその理由<span style="font-size:85%;">(わけ)</span>は?<br />破片 断片<span style="font-size:85%;">(かけら)</span> 残骸...<br />形をとどめながら発する声<br /><br />波の音はクレッシェンド<br />物音はフォテシモ<br />瞳閉じれば 耳澄ませば<br />聴こえる<br />...<br /></span></em><br /> あまり音合わせはしていなかったが、間奏では南実のサックスが見事に盛り上げる。その一方でスクリーンには、漂着物を映像化したものが静かに流れる。演奏とは別に何かが聴こえてきそうな、そんな気がするから不思議だ。詞を書いたアーティストさんは想いを込めてウィンドベルをなぞる。<br /> つなぎが懸案だったが、事前にPAと打合せしておいたのが利いた。『聴こえる』のラストに向けてもう一度多重コーラスを引用することで、今度は楽器の数を減らすフェイドが可能に。最後は八広のドラムのみが小さく打たれ、収束。そしてコーラスの余韻が残るところを『Melting Blue』のイントロが打ち破る。さらなる歓声、そして拍手。ご年配チームはその音響に驚くも、スクリーンに表示された曲名とテーマを見て納得。メッセージソングとあらばこれくらいの迫力は、と思うのだった。<br /> マシンが繰り出すリズムに生ドラムが同期する。聴衆は何となく肩を揺らし、その分厚いグルーヴに身を委ねているかのよう。歌詞、つまりメッセージは断片的にスクリーンに表れているが、曲そのものを体感することを通じて、漂う、流れる、砕ける、溶ける、といった一連の無常観が仮に伝わるのであれば、ミュージシャンとしてそれは無上の喜びである。<br /> 言葉の重さとは裏腹に、軽やかな歌い回しで千歳は想いを紡いでいく。<br /><br /><em><span style="color:#999999;">行き場のない憂いがある<br />優しく受け止める流れがある<br /><br />溶かしてしまえばそれでいい?<br />ただ拡がるだけ<br />見えなくなればそれでいい?<br />ただ形を変えているだけ<br /><br />今日も何かが注ぎ込まれる<br />でも一瞬<br />三つ数えたら溶けて消えた<br />泡沫<span style="font-size:85%;">(あわ)</span>と油膜<span style="font-size:85%;">(あぶら)</span>を残して<br />...</span></em><br /><br /> 南実と弥生は、楽器を置いてコーラス参加。ボーカル同様、抑えが利いていて心地よい。二曲目にして客席との一体感は高まり、そのまま三曲目へ。マシンと言えどエンディングは凝っている。ダダダで終わる、と、再びミディアムスローな自動演奏が始まる。頭の鍵盤に続き、ドラムとベースが乗っかればあとはOK。『私達』である。<br /> 作詞家としては自信の作でもあったようで、スクリーンにはその言葉の全てが投じられている。四月に入ってからは冬木と同じ職場で仕事をしてた筈だが、その隙にこのように歌詞なり字幕なりを提供していた、という訳である。ボーカリストとしては、表示されているのと違うことは歌えないので、妙なプレッシャーがかかったりするが、対照的にドラマーライター氏は実に軽快かつ重厚にリズムを刻んでいる。<br /><br /><em><span style="color:#999999;">想い一つ 心一つ<br />多くの言葉は要らない<br />ただそこにいる それだけ<br /><br />誰かが口ずさめば<br />誰かが応える<br /><br />Processが重なる<br />Promiseが叶う<br />私達<br />...</span></em><br /><br /> バンドのテーマソングではあるが、そのサウンドは川のうねりに通じるものがある。ギターソロもサックスもアドリブ主体ではあるが、そのうねりにしっかり呼応。流れるような、がしかし、流されない音楽がここにある。<br /><br /> プライベートコンサートのようなものなので、開演前にもこれといったアナウンスはなし。第一部三曲、一気に演奏しきってしまったが、通りがかり客も大勢になっているようなので、ここらでバンドや楽曲の意義などを紹介しておいて悪いことはない。ボーカリストはそのままマイクを手にご挨拶。<br /> 「本日はようこそお越しくださいました。バンド名の意味など詳細はまた改めてご紹介しますが、我々、いや私達、皆、ここ荒川の干潟の一つでクリーンアップをしている面々でして...」<br /> 調査型クリーンアップの手法、これまでの経緯などを話していると、スクリーンには何と十月の回の記録動画が流れてきた。苦笑しつつも、千歳はその心をしかと伝える。そして、<br /> 「おかげ様で今日午前中に行ったクリーンアップで、一巡、つまり十二回分のデータを得ることができました。そのまとめは、センターのwebサイトで近日中に公開する予定、収集した実物なぞはステージ横の展示コーナーにまだありますので、後ほどまた」<br /> 別に巻きを入れる人物がいたりする訳ではないのだが、講演会ではないので一旦切り上げて曲紹介へ。<br /> 「少なくともあと五曲はお届けしたいと思います。スクリーンにも何らかの解説がまた出るとは思いますが、いずれもクリーンアップ関係曲だったり、流域ソングだったり、です。恥ずかしながら、全曲メンバーのオリジナルになります。曲を通して地域環境などに何となく思いを馳せてもらえれば幸いです。最後までどうぞごゆっくり、お楽しみください」<br /> 千歳もさりげなく着替えてはいるが、他のメンバーはクリーンアップスタイルのままなので、誰が主役かは一目瞭然。だが、第二部の最初はこの方。<br /> 「ASSEMBLYのYさんがご当地の呼吸感を歌います。空気を感じながら、リフレッシュしてください」<br /> 客席での人の動きは皆無。拍手とともに、八広のドラムが鳴り響き、ベースが乗る。ベースにしては爽快感たっぷり、歌もその調子。ベース兼ボーカルという物珍しさもさることながら、弥生の情感あふれるパフォーマンスは客を魅了して止まない。マニピュレーターは本番中にもかかわらずクラクラ来ているが、生演奏主体なのでボロを出さずに済んだ。<br /><br /><em><span style="color:#999999;">新しい季節の声が聴こえる<br />拡がる空 飛行機雲<br />昨日までの溜息 Refreshするの<br />深呼吸すると感じる<br />川を渡る風 まるでBreeze<br /><br />時には想いを強く 吹きつけたいけれど<br />きっと緩やかな方がいい この風のように<br /><br />あなたともっと感じていたい<br />誰よりずっと分かち合いたい<br />So, please…<br /></span></em><br /> 偶然にも元スモーカーの二人、冬木と舞恵はお休み。聴衆と同じく、曲とともにリフレッシュしている最中である。<br /> 会場の息遣いが聞こえてくる。さらには、空の、そして空気そのものの、呼吸が感じられる。青空コンサートにピッタリの一曲、『Breathe with breeze』であった。<br /><br /> メドレーではないので、曲間にMCが入る。<br /> 「ありがとうございましたぁ。では続いて、我らが櫻さんの登場です。拍手ーっ!」<br /> 冬木はいま一度、スクリーンに映す画や字のチェックなどをしていて、オフ。MCを手短に終えると弥生は退場。代わりに舞恵が定位置に付く。ちょっとした静寂の後、その曲はキーボードが奏でるピアノの一音から始まった。<br /> リズミカルではあるが、どこか哀愁を帯びたその曲は、『Breathe~』とはまた違った魅力を持つ。歌姫の出で立ちは視覚的に魅せるものがあるが、歌世界が伴うことでその魅惑は増し、ビジュアルを超えた何かを感じさせる。<br /><br /><em><span style="color:#999999;">流れる夏雲<br />降りしきる蝉時雨<br />急かさないで<br /><br />ときめき とまどい<br />揺れるけれど<br />不思議とブレーキがかかる<br /><br />駆け引きは嫌い<br />でも素直になれない<br /><br />変わるもの<br />変わらないもの<br />時は晩夏<br />夕立の音も気付かない<br />...</span></em><br /><br /> 晩夏を詠んだ一曲だが、今、舞台では桜が舞い、降りてくる。夏の雨、時間、降るも経<span style="font-size:85%;">(ふ)</span>るも、思うところは同じ。積もる思慕は解き放たれ、桜花とともに風に乗る。そんな心情がそのまま歌唱に投影されたとあらば、心動かされない筈がない。そこに、それ以上に情を込めたサックスが絡むのである。名演奏とはおそらくこういうのを言うのだろう。<br /> フェイドアウトのようなエンディングが止むと、再び静けさが覆う。が、次の瞬間、ひときわ大きな拍手が沸き起こる。主演と助演の女性二人は、顔を見合わせて気付く。<br /> 「やだなぁ、櫻姉ったら」<br /> 「南実さんもウルウルじゃない」<br /> あんまり目を潤ませると、レンズ落下&コンサート中断とかになってしまうので、ぐっとこらえてMCに入る。<br /> 「どうもありがとうございます。ここからは第三部。三曲続けて、詩人ドラマーさんの詞によるご当地ソング等々をお届けします。一曲目...」<br /> 演出通り、ここからモデルさんが入ってくる。客席は再び騒然。<br /> 「歌はASSEMBLYのAさんです」<br /> マイクは姉から妹に手渡される。<br /> 「『Re-naturation』聴いてください」<br /> ステージには九人全員が揃う。スクリーンには再度、メンバーの名前がディスプレイされ、続いて詞の一部が流れる。<br /><br /><em><span style="color:#999999;">宙はキャンバス<br />空気にも色をつけてみる<br />現われる風景はどこかの記憶<br />引くことも足すこともない世界<br /><br />表情も感情も同じ<br />あるがままでいい<br /><br />いつかきっと時は来る<br />RE-naturation<br /><br />望みつなげば<br />甦る<br />...</span></em><br /><br /> モデルなれどファッションショーに出ることはないので、舞台慣れしていない蒼葉である。多少歌をトチってしまうも、そこはご愛嬌。スティックをすっ飛ばしてあわてるドラマーよりはマシである。<br /> 早打ちの八広が手こずるんだから、やはりそれなりにアップテンポということなんだろう。ほぼメドレー状態で、山場となる『Down Stream』へ。変わり目のドラムが少々もたつくも、再生エネルギー系バッテリーも音<span style="font-size:85%;">(ね)</span>を上げつつあったようで、マシンのリズムも適度に緩む。タメが生じたのはむしろ良かった。<br /><br /><em><span style="color:#999999;">街のざわめきを浮かべ<br />静かにたゆとうstream<br /><br />陽炎の上を鷺がよぎる<br />風が抜け 葦が笑う<br /><br />何事もなかったように<br />重く鈍く<br />海へと押し流す力<br />その拍動<span style="font-size:85%;">(vibration)</span>が響く<br /><br />slow down<br />cool down<br />@ this river’s down stream<br />La la…<br /></span></em><br /> 早々と仕上がった曲なので、歌も演奏も余裕が感じられる。「ラ、ラー...」は蒼葉もコーラスで入り、作詞者としては想定外の彩りが加わる。間奏手前、ドラムからパーカッションへの橋渡しもバッチリ。円熟した観のある楽曲は、今この現場以上に、リアルな音風景を広げる。サックスの好演がより立体感を高めていることもまた確かである。<br /> 第三部三曲目、全体では八曲目、アンコール前ラストである。早いものでもうすぐ十六時。時間も時間だし、ここまでの七曲、小学生諸君には難解な印象もなくはなかった。とするとボチボチ... いや、お子さんを含め、誰一人席を立つことはない。だが、その陽気なナンバーが始まるや否や、その斜面を立ち上がる客がチラホラ。と思った瞬間、予想外の事態が起こった。「ポケビ」になったら、踊り出す客が出てきたのである。Dance Mixなのでアリと言えばアリなのだが、これにはメンバーもビックリ。見れば、中高生関係、十月の学生連中、さらには奥様親衛隊も、である。<br /> 舞恵は早速、カウベルを叩きながら前へ。デュエットの二人も気を良くしてすっかりノリノリ。干潟や河原の元気がこの曲のテーマではあるが、そこに関わる人がこうして元気でイキイキというのが一番だろう。ご当地ソングは大盛況を博した。<br /><br /><em><span style="color:#999999;">緩やかな弧を描き<br />波に洗われるtideland<br />水玉弾けて 虹が架かったら<br />まるで楽園<span style="font-size:85%;">(パラダイス)</span><br /><br />何もかも受け容れて<br />包み込む<br />小さくて大きな<br />Pocket Beach<br />皆の宝物<br />...</span></em><br /><br /> 遠くで引き波が生じているようで、何となくこだましてくるのがわかる。その波が発する波長とは必ずしも合っている訳ではないが、気分はすっかりビーチである。そして、当のビーチでは、ステージ同様、正に上げ潮状態。そろそろピークに達しようとしている。<br /> 業平は間奏をわざと間延びさせ、即興演奏を引き出す。ここからはノリそのままにアドリブの世界。ソロをとる順に、千歳はメンバーを紹介する。「On Guitar エド冬木...」<br /> 特にMC役を買って出ることもなく、淡々と裏方を務めてきたギタリストは、ここ一番でその本領を発揮。目立てるシーンが用意されているのはわかっていたため、セーブしてたというだけかも知れない。この際フライングしようが何をしようが文句はなかろう。「On Drums 宝木”八クン”八広」と振る。<br /> ソロプレイは、次の「On Percussion 奥宮”Le Front”舞恵」と「On Sax 小松南実」まで。「On Bass 桑川弥生」「On Keyboard 千住 櫻」「On Chorus 千住蒼葉」の歌手三人については、リズム隊が演奏を続ける上にフレーズを少々足す程度とした。それでも拍手は間断なく続く。<br /> 「そして、Computer Manipulation 本多Mr. Go Hey!!」<br /> PCとPAではパフォーマンスのしようもないのだが、手を振っただけでちょっとしたどよめきが。彼は何だかんだで人気者<span style="font-size:85%;">(スター)</span>である。<br /> 再生エネルギーがどれだけ寄与したのかは結局のところ不明ながら、少なからず貢献したことは事実。盛り上がり過ぎて、冬木が弦を切ってみたり、ルフロンのお手製楽器が一部壊れたり、といったハプニングはあったが、電流がダウンすることはなく、無事、八曲乗り切った。満潮時刻とほぼ同じくして、予定演目は終了。九人はにこやかに手を挙げ、ひとまずステージを後に。喝采と歓声が今はこだましている。<br /><br /> 帰る客も多少はあったが、立ったままの客も大勢いる。どこからともなく、手を叩く音が鳴り始めると、たちどころにアンコールの手拍子に。<br /> そんな中をそろそろとステージへ進んでいくのはうら若き姉妹。<br />こ「じゃ千兄さま、これ」<br />は「ファンとしては、そのままお渡ししたいとこけど」<br /> 今や姉妹にとっては羨望の千さんか。千歳はテレながらも、<br /> 「正にハナムケ。ありがと」 思わず握手してしまうのであった。</span> <ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/704-716.pdf"><img height="31" alt="流域ソングス" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/11/79.html">79. 霹靂、残響</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-91630112739356051172008-11-18T12:00:00.002+09:002009-01-05T23:07:44.090+09:0077. 全員集合<span style="font-family:lucida grande;font-size:130%;">四月六日の巻<br /></span><br /> 今年の桜はひと味違う。誰彼さんの加速のせいかも知れないが、開花も満開も早かった。そして四月に入ってからはとにかく晴れ続き。<br /> 「こうやって自然に散っていくのって久々に見る気がする」<br /> 「咲き出したと思ったら、雨とか風とかですぐね」<br /> 「今日の佳き日まで、よく持ってくれたわぁ...」<br /> 当の櫻さんもいつもと違う。本日は何につけ、おめでたい。<br /><br /> サクラ花粉はいざ知らず、スギ花粉の飛散は収まった。もうマスクの要る要らないで悩むこともない。彼も彼女も素顔で河原桜界隈を闊歩している。<br /> 始業式だったり入学式だったり、十代の面子にとって今日は一大イベントを明日に控えるドキドキな日でもある。六月も小梅も気持ちがはやるのか、それぞれの姉を連れて、やはり早々とやって来た。<br />は「六月君と言えど緊張するもんなんだねぇ」<br />や「なんのなんの、憧れの小梅先輩と同じ学校に行けるってのが嬉しくてしようがないだけでしょ?」<br />む「まぁね、今夜も眠れないと困るから、クリーンアップで汗かこうって訳さ」<br />こ「六月クンたら」<br /> 姉の冷やかしを軽々と受け流しつつ、その偽らざる心情を語る。すでに中学生の域を超えた観もある。<br /> 「体動かす前から汗かきそう。初姉、今って何℃?」<br /> 「二十℃スね」<br /> 気温の上昇顕著につき、その高温が干潟を正に干乾<span style="font-size:85%;">(ひから)</span>びさせるかの如くとなっているが、本日は大潮。昼に向かっては、ただひたすら干いていくのである。干潟面はこのあと面白いように拡がっていくことになる。<br /><br /> 四人が準備体操などを始めたところで、ようやく櫻と千歳が干潟入り。<br />さ「皆さん、さすが若いわね」<br />や「あっ、本日主役のお二人さん」<br />ち「いや、主役はあくまで櫻さんだって」<br />や「ま、この晴天ですもんね。正にハレ女デー!」<br /> 当地におけるここ一年、第一日曜の天気のことなら、お天気姉さんではなく千歳が知るところ。記憶の限り、ここまで晴れ上がった日はない。誕生日をしっかり快晴にしてしまう、そんなハレ女にホレボレするばかりである。<br /><br /> 定刻の十時前後、文花が本多兄弟を乗せておクルマで来場したのに続き、ぞろぞろと常連メンバーが集まってきた。いきいき環境計画の理事全員、さらに辰巳に永代に、<br /> 「あ、ルフロンさん?」<br /> 確か昨日まではファンキー調だった筈だが、いつの間にかストレートヘア。えらく楚々とした感じなもんだから、一同ビックリくりくり。しかもチームを率いてのご入場である。<br /> 「ね、画伯、これがLe front au prin tempsヨ」<br /> 今しがた着いたばかりの蒼葉をつかまえて、ちょっと自慢げ。<br /> 「直訳すると、春の前? ま、陽気なルフロンってとこかしら?」<br /> 「それはそうと、こちらの方々は?」 リーダーが知らないんだから、他の誰もわかりよう筈なし。<br /> 「あ、そっか、ちゃんと言ってなかった。当行行員有志でございます。拍手!」<br /> 二十代を中心に十人。地域貢献の一環で連れてきたんだとか。<br /> 「ゴミを出さない、流さない、そのために金融機関としてできることは? 環境配慮につながる企業活動とかにお金を廻すことじゃん、てね。とにかく現場・現実・現物を見てもらえば、ふだんの仕事でちょっとでも意識してもらえるかもって。研修みたいなもんよ」<br /> 寿<span style="font-size:85%;">(ひさし)</span>をして奥様と言わしめるだけのことはある。魔法を使ったにしても大した統率力である。<br /> それはさておき、付き人の姿が見えないのが気になる。奥様はチームにレクチャーしていて特に気にするでもない。と、時間を置いて単身、八広が現われた。怪しげなバッグを背負ってるところからもどうも訳アリ。理由はさておき、とにかくよくぞ集まった!である。<br /><br /> 冬木はじきに顔を出す予定。となると、これでhigata@全員集合か? いやいや残念ながら一名不在。<br /> 「ケータイつながらないみたいなんだけど、南実ちゃん、今日来るわよねぇ?」<br /> 「電動車で楽器持って乗って来るのはちょっと、ってことじゃ...」<br /> 他にもいろいろと支度があるに相違ない。真の理由を知るのは、なお千歳と櫻のみである。<br /> 南実の代わりと言っては何だが、登場人物はまだまだ続く。すでにどこぞの試合は始まっているが、トーチャンズについては今日のところはOFF。暇を持て余して、ではないだろうが、監督とご夫人がお見えになる。さらには、寿も三世代で登場。あれよあれよで三十有余人が集結している。<br /><br /> 行員各位には受付台帳に記名してもらうことにし、その間、簡易スピーカーとマイクをセットする。十時十五分、開会。たまには司会進行役を代える手もあったが、<br /> 「櫻姉のマイクパフォーマンス、楽しみにして来たんだから...」とのことで、ルフロンはパス。弥生も蒼葉も素っ気ない。「今日、主役でしょ?」と軽く交わされてしまった。<br /> 「当地での調査、今回でめでたく十二回目を迎えます。一年間の集大成のつもりでひとつよろしくお願いしまーす!」<br /> 十月の回のように大判紙での注意事項説明等はないが、大まかなところは口頭でOK。場慣れしたメンバーが半数を占めているので、まずもって事故等々は起こらないだろう。量の見立てからして、慣れたメンバーをいつものポケビに多く配し、下流側のプチビーチには新参チーム+メンバー数人、という割り振りで臨むことにした。手荷物をクルマに預けたら、いざ、四月の巻!である。<br /><br /> 一望する限り、そこそこの散らかりようではある。だが、お目付け岩の効果か、バーベキュー系は見当たらない。その散乱の要因は、此処ご当地を発生源とするものらしいことがわかってきた。干潟上でどうやって宴に興じるのかは詳細不明ながら、居心地が良くなってきたことは事実。状態のいいレジャーシート、濡れた跡のない仕出し系容器、乾いた感じの生ゴミなんかが放置してあるのは、正に動かぬ証拠である。<br /> 「ここにも岩、置きますか? 環境計画の皆さん」<br /> 「予備調査とやらで拓いたアクセス通路が元で、行楽客を招いてしまったんだとすれば、その道を塞ぐとかしても良さそうですね」<br /> 千歳に悪気はなかったのだが、課長は少々トーンダウン。<br /> 「まぁまぁ、その入口んとこに置きゃいいってことさ、な?」<br /> 以前なら、口撃を受けていたところだが、今は先生に援<span style="font-size:85%;">(たす)</span>けてもらっている。<br /> 「では、夏場に向けて早速...」<br /> 娘二人は頼もしく父を見ている。<br /><br /> 石島夫妻、清、緑はそのまま巡回に出た。寿と舞恵を含む行員チーム、本多兄弟、文花、弥生は下流側へ。<br /> 「ちょいとズレちゃったけど、融資、明日ネ」<br /> 「ほんと、助かります。奥様、女神様」<br /> 「フフ、でも成果がイマイチな場合は、返済時の上乗せ額アップさせてもらうから、お心づもりを」<br /> 「なんのなんの、成果を上積みして、上乗せ分ゼロにさせてもらいますから。ね、弥生さん?」<br /> 「要するにしっかり稼げばいいんでしょ?」<br /> 若手行員はせっせと手を動かし始めているが、引率者はこの通り。これも仕事の一環ということにしておこう。<br /><br /> 「八さん、ルフロンと一緒じゃなくていいの?」<br /> 「え、まぁ、行員連中に、あれが彼氏?とかやられるのもちょっとなぁって思って」<br /> 「逆に一目置かれると思うけど?」<br /> この女性を前にすると、どうしてもドギマギしてしまうのだが、それとこれとは話は別。<br /> 「笑われちゃいそうだけど、ちょびと恥ずかしいってのもあって」<br /> 「一端<span style="font-size:85%;">(いっぱし)</span>の社会人なんだから、堂々としてればいいのよ。彼等よりも、私よりも、かな。とにかく社会経験は豊富なんだし」<br /> 「蒼葉さんにそう言ってもらえると... 何か自信、出てきた」<br /><br /> そんな二人を含め、ポケビには今、石島姉妹、六月、櫻、千歳、永代、辰巳がいる。後から講座受講者や総会参加者も加わったため、そこそこの人数に。干潟はゴミも受け容れるが、人だって同様。拒んだりはしない。退潮は進み、面積がまた広がる。受容するにちょうどいい広さになっている。<br /> 片付けが進むほど、動きやすくなる。効果が実感できると、つい手を拡げたくなってしまうのは人の常か。水際を見遣ると、上陸するか進水するかで迷っているような袋の類がプカプカ。だが、下手に歩を進めれば、軟泥に足を掬われるのは必至。現場を知る男衆は、まだ経験の浅い面々に、手ほどきならぬ足ほどきを施す。この日射があれば乾くのも早そうだし、さらに水際が遠のけば何も案じることはない。安全かつ確実な回収を説く、千歳と八広である。こうした実地指導により、新たな会場を受け持ってもらえる人材が増えることになるなら御の字である。<br /><br /> 「春になるとヨシってのはまたしっかり立つもんですね、先生」<br /> かつての草分け道を閉ざすように、春ヨシが直立している。ここを抜けるとプチビである。<br /> 「そりゃ事務所さんの手入れがいいからだろ?」<br /> 清の予想外のお世辞に湊は転びかけるが、今、目の前にはちゃんと地に足つけてクリーンアップに励む人々がいる。<br /> 「ま、考える葦とはよく言ったもんだけど」<br /> 「ここにいらっしゃる方々は、考えながら動くヨシってとこね、カモンさん」<br /> 行員諸君は、時にディスカッションしながら作業しているようだ。ここでのリーダー、ルフロンは、<br /> 「お金の動きもそうだろうけど、暖かくなって人が元気に動き出すとゴミも増えるっていう訳さ。でも、その元気ってのは否定しきれんから、いかにしてゴミにしにくいモノを作ってもらうかってことに...わかる?」<br /> 本業を通じた社会貢献論とでも言おうか。ボサボサ髪ではない分、説得力もアリアリ。さながら教官といった趣のLe front au prin tempsさんである。<br /><br /> 暖気にさらされていると、ゴミの臭気も漂うところ。だが、干潟が元気になってくれば、川の匂い、いや潮と言ってもいいかも知れない、一面には清々しい香気が立ち込め始めるのである。<br /> 「残る花弁、さらわれる花弁、ムム」<br /> 「Goさん、どしたの? 詩人ぶっちゃって」<br /> 「この年になるとね、こういうの見てると儚くなっちゃって」<br /> 「うら若き乙女を射止めておきながら、何ですか、そりゃ」<br /> 晴天の中、ゆっくりと散っていた桜花は、風に舞い、川面を漂い、ビーチに寄せている。干潟を香り立たせていたのは、花弁のせいでもあった。これぞ春の薫り、恋の花がさらに彩りを添える。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_7.html">散乱するのはゴミか桜か</a>)<br /><br /> 「で、業<span style="font-size:85%;">(Go)</span>氏がとりあえず試作したのがこの充電式掃除機なんですがね」<br /> 「使ってほしい人が来ないんじゃ致し方ないわね」<br /> 「あの花弁、吸ってみますか?」<br /> 「自然物はそのままでいいんですのよ、太平さん」<br /> 無粋ではあったが、何となくほのぼのする会話がもう一つ。そろそろ引き揚げる頃合いとなる。<br /><br /> 目に付くのから取り掛かったため、いつもと順序が異なるポケットビーチ。その名に合わせて、ポケっとしていた訳ではない。広がる干潟を追うように、かつ足場を確認しながらの収集となったため、時間がかかってしまっただけの話である。<br /> 流木、枯れ枝、草束の除去に入ったところで下流側の一行が帰ってきた。<br /> 「あぁ、ちょうどいいや。これ使ってみる?」<br /> 業平が見下ろした先には、姿を現したばかりの紙屑、というよりも粉状に近い紙片。縁起を担いで、まずは本日おめでたい人に試してもらうことにした。<br /> 「そっかそっか、アドバイスした甲斐があったワ。これって、プレゼ...」<br /> うれしいのはわかるが、自分から申告することもあるまい。次には「今日でおいくつ?」なんて具合に聞かれるのがオチ。危ない危ない。掃除機の音でツッコミを遮断する櫻である。<br /> その粉ゴミは面白いように吸い込まれていく。十代姉妹や一部行員なんかも代わる代わる操作し、気が付けば吸殻から何から、見事にクリーンアップしてしまった。<br /><br /> 「あら、あっちもクリーンアップ?」<br /> 「ハハ、走者一掃だな」<br /> 掃除機が止んだと同時に、グランドからは一段と大きい歓声が聞こえ出す。遠くユリカモメの鳴き声が重なる。怖気<span style="font-size:85%;">(おじけ)</span>づくようにカラスは退散。黒い羽を鈍く光らせながら、対岸へ羽ばたいていった。時は十一時近くである。<br /> 上流側を千住姉妹、下流側を本多兄弟、分別教室が始まる。永代はクリーンアップをしながらも、辰巳をつかまえてマップの話で盛り上がっていたが、一段落したところで今度は卒業生にちょっかい。<br /> 「桑川君、ちょっとちょっと」<br /> 「何だよ先生、改まっちゃって」<br /> 正直なところ、恩師と顔を合わせるのは照れくさいものがある。ぶっきらぼうな返事になってしまうのはその反動。<br /> 「エへへ、今日もさ、結構フタ出てきたでしょ? どうするぅ?ってご相談」<br /> 「後輩に譲るつもりだったけど」<br /> 「ひとまず矢ノ倉んとこかな」<br /><br /> 話の流れで、今度はフタ談判に興じることになった。<br /> 「ま、どっちにしても当センターで預かるワ」<br /> 「じゃスーツケースもそのまま置いとこか」<br /> そろそろ集計作業が始まるところだが、女性どうしのお喋りは止まらない。<br /> 「で、その六月君。文集でね、いいこと書いてたわよ」<br /> 「永代先生と泣いて笑った日々、とか?」<br /> 「お姉さんお兄さんに感謝!みたいな」<br /> 「私も入るのかな?」<br /> 「下手するとお母さん世代になっちゃうけど、彼に言わせると超姉御ってとこじゃない? とにかく読んでて思った。『受け止めてくれる人』の存在って大きいんだなぁって」<br /> 「私なんかあの若い二人に環境教育を教わったようなもんだけど」<br /> 「環境教育以上だったンじゃないの? お互いに」<br /> 大船に乗ったような気持ちでここに来ていた、といったところだろうか。だが、いつまでも、という思いもあったようで、卒業文集にはその辺の宣言文も記されていたんだとか。六月も小梅も、勿論二人揃ってでもいいのだが、自分達で会場を持つようになれば、ここポケビからも卒業、ということになる。<br /><br /> 自然の営みというのは、時に象徴的な光景を作り出す。その若い二人の目の前には、枯れたヨシ、その根元から出てきた緑のヨシの芽。<br /> 「ペットボトルがこのままじゃ育たないよね」<br /> 「どうだろ、自力でどかしちゃう気もするけど」<br /> 人の関与は最低限で、とは言ってもやはり放っておけない。<br /> 「せっかく出てきたんだ。どっちも助ける」<br /> 入り江も塞がれ、とっくに見分けはつかなくなっているが、この場所、修復した崖地である。元通りになって、春の息吹もこの通り。六月はようやく安堵の息をつく。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_8.html">春のヨシ</a>)<br /><br /> 天から注ぐ陽光は勢いを増す。気温も二十二度を超えた。陽春の候である。となると、船の往来もなかなか激しいものがある。大きめの貨物船が波を引く。潮が退いているとは云っても、インパクトはそれなり。<br /> 誰かさんがまた「キター!」とかやってたら、ついでにこの女性も来た。大波小波に、<br /> 「あぁ、南実さん!」<br /> 櫻の呼び方はある意味、正統派だが、他の女性からはこれがバラバラ。同性からもモテる証拠ではあるが、<br /> 「ハハ、どう挨拶したものやら...」<br /> 毎度のことだが、困っちゃうのであった。<br /><br /> 波が収まるのを見届けると、南実はいいことを提唱する。<br /> 「皆さん、そのぉ、集計途中だとは思うんですが、今ちょうどピークくらいなんで、下りて記念測定しませんか?」<br /> 「なーに? 測定って?」<br /> 印象の違うルフロンに目を見張るも、動じないのが研究員。新たな調査のおつもりか。<br /> 「そうですね、全員、行っちゃいますか」<br /> どれだけの広さになるかを実感するには、これが手っ取り早いんだとか。並び方は二の次。とは言っても、南実はちゃっかり千歳の隣、反対の隣は勿論、櫻。全体的には何となく男女交互になっているんだから、不思議なものである。<br /> 手をつないで干潟を囲む。この人数でほぼ一周、てことはやはりそれ相応の広さなのである。<br />や「これじゃポケットじゃ済まないかもね」<br />ご「っても、タイトル変えられないし」<br />ふ「だいたい四十人だから、アラフォービーチかしらね」<br /> かつてのトライアングルが、今は横一線。真ん中の男は少々ドキドキしているが、至って円満である。<br /> 「はぁ、これはこれは」 遅れ馳せながらタイムリー。冬木がここ一番で顔を出す。自分のケータイで撮影後、千歳デジカメ、南実ケータイ他、手前にいた人々からの撮影依頼が相次ぎちょっとした人気者。これで本人が写らないんじゃ気の毒なので、恩返しとばかり、八広が交代。<br /> 永代はやっぱり一言、「Beantifulぅ」。手をつないだ時点ですでにウルウルしていたが、すっかり感極まっている。「先、生...」 六月はそんな先生が麗しく見えて仕方ない。<br /><br /> 段取りが前後した観はあるが、リセット後の記念撮影はこれで終了。拾い残しがあると、リセットとは言えなくなってしまうが、干潟の端々に及ぶ人の輪を作った以上、目は届いているものと信じたい。<br /> 上流側につき、集計結果をまとめてみたら次のようになった。この数値を年間集計表に足し込めば、一年分のデータとして完結することになる。<br /> ワースト1<span style="font-size:85%;">(2)</span>:プラスチックの袋・破片/三十三、ワースト2<span style="font-size:85%;">(1)</span>:ペットボトル/二十七、同数ワースト2<span style="font-size:85%;">(-)</span>:フタ・キャップ/二十七、ワースト4<span style="font-size:85%;">(3)</span>:食品の包装・容器類/二十五、ワースト5<span style="font-size:85%;">(-)</span>:袋類/二十<span style="font-size:85%;">(*カッコ内は、三月の回の順位)</span>。<br /> 掃除機で吸ってそのままになっている分を数え損なっているためか、前回ワースト4だったタバコの吸殻・フィルターは圏外。ワースト5だった紙片についても、粉々になったものは見届けているので、それをしっかり数えれば上位にランクインする筈。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_9.html">2008.4.6の漂着ゴミ</a>)<br /><br /> 「Goさんがあとでちゃんとカウントすると言っておりますので、今のところは暫定値」<br /> 「え、マジ?」<br /> 機材を披露する度に、何故か予期せぬ手間を増やしてしまう発明家殿である。<br /> 「ちゃんと、手伝いますよ。新入りはちゃんと雑用しないとネ」<br /> ケータイを操るだけがDUOではない。時には二人仲良く手作業ってのもいいだろう。<br /><br /> 雑貨が各種あれば、それに負けじとプラスチック容器の方も多彩である。コンビニ販売品と思しき類が中心だが、推し量るにこれは外形や意匠に競争原理がシフトしていることの表れではないか、となる。「中味での差別化が難しくなる、と今度は、見た目や意外性に訴えざるを得なくなる訳か...」 量は減ったがまだまだ。考察ネタは尽きそうにない。妙な安心感を覚える撮影係なのであった。<br /> 千歳がスクープ系として記録したのは、そんなプラ容器コレクションと、その同類、プラ製寿司桶、高そうな卵の高級パックなど。あとは、浴室用イス、バスケットボール、当地初登場となるタイヤ、といったところ。某上流事務所のゴミ袋がまた出てきたら、イチ押し品になるところだったが、<br /> 「フフ、今日は漂着してなかった?」<br /> 「あったらあったで、使わせてもらうだけ」<br /> 「気を利かせて流してくれたってことかも」<br /> sisters@発、higata@宛で、課長からの正直なコメントが流れたのは数週間前。恥ずかしながら云々というのはお決まりの文句、だが、それとセットでよく出てくる再発防止どうこうという句はなかった。この場合、再発防止ってのは確かに的外れ。流れてしまったものはどうしようもない。せいぜい流れ着いたらお使いください。そんなとこらしい。開き直りという心算はないんだろうけど、河川事務所ではその耐水性・耐久性が話題になったんだそうな。櫻と千歳は皮肉交じりに袋の話をしながら、袋詰めを始めている。<br /><br /> 「別に干潟がどっか行っちゃう訳じゃないんだし」<br /> 「でも、ここでの取り組みって、拡散してって、そのうち手が届かないとこに、なんてことになりそうな」<br /> 「点から面へってね。絵描く時も似たようなもんだから、それはそれでいいと思う」<br /> 「そっか、大作とか?」<br /> 「部分から全体、またはその逆の繰り返し。一枚できたら、今度は連作とかでさらに」<br /> 「イメージ沸いてきた。あたしも頑張ろっ!」<br /> 手作業を終えた弥生と、データ送信を終えた蒼葉が静かに語らう中、本多兄弟は行員一同環視のもと、再資源化関係の雑務に追われる。ワースト1と5は別として、2から4までは要リサイクル系である。慣れているとはいえ、ちとツライ。そこへ更なる資源物が搬入される。<br />ご「何だぁ、カンカン鳴ってると思ったら」<br />む「石が積んである辺りも手が届いたもんだから」<br /> 人の輪にかからなかった、ということは捨て方も巧妙だったんだろう。今となってはカウント外だが、十代トリオは空き缶、といっても飲料缶ではなく、ペットのエサ缶らしきものを拾ってきた。その数、二十有数。十分、ワースト上位品である。<br />ま「ま、お日様、カンカンだし?」<br />み「いくら陽気がいいからって、ねぇ?」<br />き「ともかく五カンじゃ済まねぇな」<br />八「これはゴミステリー的にはどうですか?」<br />み「空っぽな上に、固めて捨ててあったってのがポイント。どっかのアーティストさんが何かを作ろうとして、やめちゃったとか...」<br />ま「ヤダわ、おば様ったら」<br /> 謎は深まるも、とりあえず金属リサイクル行きは決定。漂流漂着品でないことは間違いないので、これも岩頼み。再発防止効果を期するのみである。<br /><br /> 掃除機は粒々も吸い上げてはいたが、もうとりまとめるには及ばない。南実はレクチャーを交えつつ、袋詰めに加わる。石島夫妻立会いのもと、参加者は引き続きステッカー貼りなどをしながら、ふりかえり。各自の体験や所感がその場で共有されることで、現場は息づく。そして今後、新たな場が生まれることで、面としての充実が図られることとなる。<br /> 「ITグリーンマップ、楽しみネ」<br /> 「現場情報の蓄積にもなるかもって、やってるうちに気付いたんだ。ここに行けば、誰かしら何かしらの取り組みがありますよって。環境計画的にもそれが一大テーマだし」<br /> 「こんなものがここに?ってのもいいンでしょ」<br /> 「地域に目を向けてもらうための一歩ですから、そりゃあもちろん」<br /> ここで、辰巳と寿チームの一報が入る。<br /> 「え? ウナギを見た?」<br /> 「えぇ、孫が水辺で」<br /> お孫さんは、手を拡げてその大きさを示している。あいにく証拠画像はないが、環境課の人間も証言してるんだから、間違いなかろう。<br /> 「ま、ウナギだったらいっか。試しに投稿...」<br /> 「なによ矢ノ倉、対象限定なン?」<br /> 「魚の目撃情報はちょっと」<br /> 干潟端では談笑が続くが、定例の拾って調べて...は、ひとまず終了。潮はいつしか上がってきていて、積石は波に洗われている。 もうすぐ正午である。</span> <ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/693-703.pdf"><img height="31" alt="全員集合" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/11/78.html">78. 流域ソングス</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-64103413820346924192008-11-11T12:00:00.003+09:002009-01-05T19:11:08.495+09:0076. 泣いても笑っても<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 日増しに緊張は高まるも、それが心地良く思えてくればしめたもの。だが、そういう時ほど過ぎるのは早い。今日は早くも週末、櫻にとっては誕生日前日である。ここまで来ればもう迷いも何もあるまい。彼女は朝からご機嫌。彼氏も釣られてデレデレ調。これじゃ仕事にならない?と案じたくもなるが、そんな二人を上回るのが今のこの人である。<br /> 「おっはよ! お二人さん。今日もラブラブぅ?」<br /> センターとしても法人としても、元気をテーマに掲げる以上、事務局長が元気なのが何より一番ではあるのだが、いくら何でもテンションが高過ぎる。<br /> 「ふ、文花さん、大丈夫、ですか?」<br /> 「えぇ、そりゃもう、丈夫丈夫、グッジョブ!」<br /> 全然、大丈夫じゃない。<br /> 文花流の萌え~作戦が奏功したようで、兄君とはちょっとイイ感じになってきた。今日は待ちに待ったご来館日である。ハイテンションになるのも無理はない。そのフェミニンルックがversion upしていることからもバレバレ。アカウンタビリティ、即ち透明性が重要、とは言っても、これほどわかりやすい女性もそうそういないだろう。<br /><br /> そして午後早々、弟、兄、新入社員の三人が連れ立ってやって来る。兄弟は申し合わせ通り、スーツケース持参での登場である。<br /> 「まぁまぁ、わざわざおそれいります。太平さん、業平さん...」<br /> 「あーぁ、おふみさんたらまたそんな格好して」<br /> 「いいでしょ、私だってまだまだ若いんだから」<br /> 兄君はすでにボーとなっている。果たしてこれで大事な打合せができるんだろうか。<br /><br />ふ「えっと、DUOのメンテはこれまで時給換算でお支払いしてたけど」<br />ご「仕事となれば、一定額か報酬か、ですかね」<br />や「考えたんですけど、あたし、こっちに来る時は日当とかでいいかなって」<br />た「即戦力だから、試用期間とか要らないんだろうけど、融資があるとは言えしばらくは控えめ給料になっちゃう可能性があるもんで。報酬ってことにすれば、ある程度、まとまった額が入ると思ったんだけど」<br /> 上背がある男が二人座ると、円卓も狭く感じる。だが、話を詰める上ではこの逼迫感は悪くない。見方を変えればラブラブ感も出てきそうだが、打合せ内容からして望むべくもないのである。<br /> ラブラブと言えばカウンターの二人が気になるが、やはりこちらもお預け中。議事録のチェックや役員就任承諾書の点検など、総会後の業務を淡々とこなしている。眠くなりそうな時間帯ながら、スタッフも客もバッチリ起きている訳だ。<br /><br /> 拡大版DUOの話がIT系だとすると、お次は実機系になるだろう。文花は業平に例の見立ての件を振る。<br /> 「そうなんだよねぇ、やってできなくはなさそうだけど...」<br /> 「業<span style="font-size:85%;">(Go)</span>氏、ホラあそこ。再生工場は?」<br /> 「金森さんとこか」<br /> 見学・納品に行ったのが議案発送後だったこともあり、事業計画には特に盛り込まなかったが、フタ集めを当センターでも、で、その加工先・用途の次第では収益の一部を地域還元なんてプランも。<br /> 「そしたら、あのスーツケースでまた往復、かな?」<br /> 空の旅に連れて行ってもらえる日がまた遠のきそうなことだけは確かなようだ。<br /><br />ふ「まだ早いかも知れないけど、お二人さん、今日はこの辺で。クリーンアップで使いそうな機材は私、準備しとくから...」<br />ご「リハーサル会場がもう使えるってことなら、早い方がいいかもね」<br />ち「いいんですか、事務局長?」<br />ふ「ま、明日のライブは考えようでは仕事の一環。代休よ。ガンバッテ!」<br />さ「ありがとうございますっ!」<br /> かくしてバンドマネージャーの計らいで、メンバーの四人はそろってお出かけ。櫻を除いて何かしらの担ぎ物があるので、まるで姫様とそのお付き、のような体裁である。だが、マスターはあくまで業平。しっかりケータイで確認を入れる。<br /> 多重録音だけでも先に、ということで冬木は応じてくれた。<br /> 「そんじゃ、Let’s go hey!」<br /><br /> 絵画展を観に来る客が少なからずいるが、円卓付近は静かなものである。<br /> 「それにしても、矢ノ倉さん、スタッフ帰しちゃうなんて」<br /> 「事務局長ですから。休暇を取らせるのも仕事のうちです」<br /> 「そういうのはやっぱ就業規則できちんと」<br /> 「ハイ、よろしくお願いします」<br /> 労務関係の相談ということだったが、これでは逆手。ちゃっかり二人の時間を作ってしまう文花である。この調子だと規則があってもなくても、自分の恋路が優先されそうではある。<br /><br /> だが、そんな気まぐれ裁量のおかげで、一行は早々とリハーサル会場に到着。当所<span style="font-size:85%;">(こちら)</span>、冬木が斡旋してくれたイベント会社のスタジオである。ここの特長は、置いてある楽器や機材がそのまま移送できること。リハーサル後は専用のトラックに積んで、運び入れてくれるという。面倒見がいいことは、八広の一件で立証済みだが、ここまで来ると大人物。人の評価というのは変わるものだ。<br /> 着くや否や、千歳は缶詰状態に。長丁場も予想されたが、併設のレコーディングセットの性能か、コーラスアレンジャーの力量か、はたまたボーカリストの技量か、とにかく三拍子揃ったようで、一人コーラスによる多重録音は短時間にしてはまぁまぁの仕上がりとなった。<br /> そのオープニングをちょっとした音量で再現していたら、繰上げ召集を受けたリズム隊が登場。<br /> 「おぉ、カッコイイ」<br /> 「ホレ、メンバー入場シーンなんだから、拍手拍手」<br /> 八広はちょっと背筋が曲がっているが、舞恵は手を挙げてシャキシャキ。行進する訳ではないのでさほど気にする必要はなさそうだが、入場リハーサルも少しはやっておいた方が良さそうである。<br /><br /> 「じゃあ、蒼葉さんと小松さんが来る前に、軽く第一部の三曲を。曲順はメーリスで流した通り」<br /> 「あいよ、舞恵はいつでもOK」<br /> 「ドラムは...ちょい待ちで」<br /> とりあえず入場シーンは割愛して、多重コーラスから、ドラム、ベース、パーカッション、ギター、キーボードと重ねていくリハを始める。慣れないセットで少々手こずったが、一度乗っかればこっちのもの。八広の刻みはなかなか快調。それに乗じていきなり名演奏が繰り広げられる。<br /> ライブとなるとフェイドアウトが利かない。『聴こえる』の余韻を保ちつつ、いかに切り替えるか。ドラムの締めが聴かせどころになる。だが、そういう試行は後回し。マニピュレーターはさっさとインパクト系イントロを流す。「よしよし、とにかくつながればOK」 ドラマーはテンポチェンジについていけなかったらしく、ちょっと遅れ気味。一回目はリズムマシン頼りとなる。<br /> 目玉の三曲目は、渋く乾いた感じ。この曲順に難色を示したメンバーもいたが、そのタイトルからして、不協和音を演じてはいけない。で、やってみたらこれが案外良かった。緩急という点でも打ってつけである。<br /><br /> ひと休みして、第二部へ。ここでの二曲は特につなぎを意識することなく、一曲一曲緩やか~でいいので、メンバーも余裕。サックスをどう乗せるかが見えていないが、小編成なりの良さもある。今のままでも十分行けそうである。<br /> 集合時刻には遅れて来るとのことだったので、この女性の出番に合わせて進行していたようなものだ。第三部からは、ASSEMBLYフルメンバーで三曲立て続けの予定。蒼葉はちゃんと合わせてきた。<br /> 駆けつけで一曲ってのはカラオケでもそうそうないだろう。だが、歌姫の妹というだけあって、さらりと歌い上げる。メドレーに近い形で曲は流れ、再びボーカルは千歳に。ここまでの七曲、概ね良好。そして待望の盛り上げ曲へ。<br /> 「七曲目からの流れを考えてのアレンジ。明日はちゃんとつなぎますんで」<br /> 各自ダウンロードして試聴済み。総会のバタバタはあったが、ボーカルのご両人もここ数日間で多少の練習はできている。だが、音合わせは今回が初。どこか肩に力が入っているメンバーである。<br /> リズムマシンのカウント後、八広と舞恵が同時に入る。突飛ではあるが、曲はロケットならぬ『ポケットビーチ』、Dance Mixである。ノリノリだが、まだギクシャク。そんな中、サックス奏者がやっとこさ到着。<br /> 「な、なんだぁ?」<br /> 「あ、こまっつぁん、どう?」<br /> パーカッションをフィーチャーする用になっているので、音風景が南米のようになっている。夏女としては大いに共鳴するところだが、テーマ曲としてこれでよかったのかどうか。<br /> 兎にも角にも練習あるのみ。南実が揃ったところで、改めて第三部の通し。再生、流れ、ビーチ...この連鎖、このグルーヴ感は正に川のうねりに通じる。情景を描きながら、情感を込めながら演奏を繰り返すメンバーであった。<br /><br /> さて、ポケビの新versionでは、間奏にブレイクが入る。<br /> 「ソロっつぅか、アドリブの練習してみよっか」<br /> 「順番は?」 弥生が問うと、<br /> 「ギター、ドラム、パーカッション、ベース...かな?」 先陣を切りたい人がさっさと答える。<br /> こうなるとボーカルの二人の出る幕がなさそうだが、<br /> 「ま、メンバー紹介する係も要るでしょうから」<br /> ひとつ当日のお楽しみ、ということにしておこう。<br /><br /> アンコールの二曲は、軽くおさらいする程度。ただし、鍵盤奏者は物足りなかったか、<br /> 「イントロ、アドリブしていい?」<br /> 何か思うところがあるのだろう。だが、これはアンコールの拍手が鳴り止んでからのちょっとした仕掛けと関係ある話。そしてそれは三人だけの内緒事項。<br /> とりあえずメドが立って、喜んでいるのは五人。残る三人はにこやかながらも心なしかしんみり。泣いても笑っても、もう明日の話なのである。</span><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/688-692.pdf"><img height="31" alt="泣いても笑っても" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/11/77.html">77. 全員集合</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-88920600993443451492008-11-04T12:00:00.004+09:002009-01-05T18:59:31.665+09:0075. 新たなカウントダウン<span style="font-family:lucida grande;font-size:130%;">ふたたび、四月の巻<br /></span><br /><div align="center">(予告編)</div><br /> 低気圧のイタズラで朝から強い風が吹いているが、総会開催を見送らせる程のことはない。今日は特別に千歳も早くから加わって、三人体制で着々と準備に当たる。エイプリル何とかの日ではあるが、至って本気モード。漫談も閑談もない。ただ風の音が聴こえるばかり。いや、そうでもないか。<br /> 「今日、記念日なのにね」<br /> 「まさか一年後にこういうことになるとは思いもよらなかったけどね」<br /> 「あら、私はそんなことなくってよ」<br /> 「へ?」<br /> 「エイプリルフール!」<br /> 一年後もこの通り、櫻にしてやられてしまう隅田クンであった。<br /> 「はいはい、お二人さん、当日資料の点検、まだでしょ?」<br /> 「ふ、文花さん! あ、あれ」<br /> 櫻はここぞとばかりに小作戦を決行。<br /> 「窓の外、ク、クラゲが...」<br /> 「ん?」<br /> 「はは、ひっかかったぁ!」<br /> 「やぁね、レジ袋じゃない」<br /> 「え?」<br /> からかうつもりがこの通り。強風が舞い上げた半透明な一枚がヒラヒラと泳いでいるではないか。<br /> 「痛み分けってとこね。さ、続き続き!」<br /> 「な、なんで...」<br /> 珍しくクラゲのようになっている櫻だった。今日の司会進行、大丈夫だろうか。<br /><br /> 建物三階には大きめの会議室があって、百人は入れる。ここが本日の舞台である。午後からは理事や運営委員も顔を揃え、十四時の開会に向け総力が結集される。三十分前には受付開始。並行して会場のセッティングは進んだ。そして、その時を迎える。<br /> 「ただいまより、特定非営利活動法人『いきいき環境計画』の設立総会を始めさせていただきます。本日は多数お集まりいただき、誠に...」<br /> 主催者人員を含め、七十人は集まっている。センターとしては大入りの部類である。そして、この数とは別にご来賓が招かれている。辰巳の上位上司、櫻がかつてお世話になった地元の長とでも呼ぶべき人物、そして、娘二人から小人物呼ばわりされているあの人、の三氏である。うち、代表してお一人に挨拶に立ってもらう。岩を安置した功あっての抜擢か、いやそればかりではない。<br /> 「本日付けで地域連携を進める部署に異動になりました、河川事務所の石島でございます。環境計画の皆さんにはいつもお世話になり...」<br /> 異動初日、初仕事が総会臨席とは上出来である。これからは地域の、流域の、とにかく広報よりも広聴が最たる務めになる。皆さんのお声を拝聴しないことには仕事にならない、そんな部署。本人の意向かどうかはいざ知らず、お上(かみ)がやるにしてはなかなか粋な人事である。ありきたりではなく、一定の体験(曲折?)に裏打ちされた含蓄ある挨拶になっていることからも適材適所であることがわかる。が、こういういい時に限って、娘達は不在。拍手が盛大だったのが救いである。<br /><br /><div align="center">(本編)</div><br /> 会員総数百五十余りのうち、半数近くが出席。書面参加も加えれば軽く百は超える。二分の一で可のところ、これはもう三分の二ライン。総会成立の要件は余裕で達せられたことになる。その数の確認が司会者から発せられたら、ここからは議案に沿って粛々と、である。が、その前にすべきことがある。一旦、事務局長にバトンタッチ。<br /> 「式次第にもございますが、議長は正会員からの立候補で選出、となります。どなたか、いらっしゃいましたら...」<br /> この集まり具合なら、我も我も、となりそうではある。だが、それでは文花のシナリオが崩れてしまう。出てほしい、されど... 法人運営で悩ましい点の一つだろう。<br /> 予定通り、率先しての挙手はなかったので、ひと呼吸置いてから、一人のご婦人が手を伸ばす。旗を持たせたら、なおよかったが、そこまでの演出は無用。<br /> 「では、玉野井様にお願いします。ご異論なければ皆様、拍手を」<br /> さすがは作家先生であらせられる。咳払い一つで会場は忽ち粛然となった。「緑のおばさん、やるな」 囃し立てたい気持ちを抑え、清はただ溜飲を下げる。機材を担当する千歳も些か硬直気味。プロジェクタのスイッチを押しかけて手を止める。<br /><br /> 雛壇等はないのだが、次第では議長登壇となっている。その壇上、即ち長机からマイクを通して第一声。<br /> 「議事の記録、議事録署名は、議長の裁量で...」<br /> この出だし、文花と打ち合わせた通りなのだが、記録係として想定していた八広は本日が晴れの出勤初日につき、叶わず。公募で加わった理事と運営委員から一人ずつ充てられた。議事録署名人は、公募以前の理事三人、文花、千歳、清が仰せつかる。<br /> 第一号議案スタート、のその時である。見慣れないスーツ姿の女性が会場後方に現われた。<br /> この方も出勤初日なのだが、八広と違っていきなり裁量労働ゆえ、自由が利く。COOと相談、というよりは談判でもして駆けつけてきたんだろう。弥生嬢である。<br /> 「はぁ、間に合ったぁ」<br /> 風のせいで、幾分無造作ヘアになっているが、それはあふれる気鋭ゆえ、と映る。どこかのアーティストさんの場合と大違い。櫻と文花は笑いをこらえながら目配せする。<br /> 女性議長の仕切りに従い、事務局長が説明する。一号:設立趣旨、二号:活動報告、そして議案の三号は、練りに練った事業計画。プレゼン資料の方も気合いが入っている。<br /> 「予めお席に置かせてもらいましたが、当法人のリーフレット案もあわせてご覧ください。あと、簡単ではありますが、環境情報サイト”KanNa”とITツールβ版のチラシもご用意しましたので、そちらも...」<br /> スクリーンには、そのリーフレットにあるのとほぼ同じ図、模式図や体制図が映し出される。事業の三つの柱、その相関関係、部会の位置付け案に、理事の分担案、言うなればTo-Beモデルのお披露目である。議案にも勿論載ってはいるが、この日に向け、さらなる視覚<span style="font-size:85%;">(visual)</span>化を施し、より磨きをかけてあるのでインパクトは十分。独壇場とはこのことか、今ここに登壇しているのは文花その人である。<br /> が、話せば話すほど、こみ上げてくるものがある。名月の日に団子をいただきながら、に始まり、そのデザインを巡っては大いに議論もした。干潟端で一人作図なんかもしたっけか... 自らの歩みを振り返ることになる訳だから、感極まるのは当然。どうも声の出が悪くなったと思ったら、うっすら涙目になっている。嗚咽しそうになるのを堪え、事務局長はひと息。そして、続ける。<br /> 「設立趣旨のところでもお話ししましたが、スローかつ緩やか、がテーマです。工程表はあくまで目安。皆さんと一歩一歩と思っています。あとは、木と森、点と面の行ったり来たり、で。多様な視点、現場感覚、なども大事にしながら、一人一人の環境計画、その実践をお手伝いできれば、と...」<br /> 議決をとるのは後なのだが、ここでちょっと大きな拍手が起こる。文花は頭を下げたまま動けなくなってしまった。<br /> 「えぇっと、ご質問の時間はまた後ほど。続いて収支と予算に移りたいのですが、矢ノ倉さん?」<br /> 晴れの舞台ではあるが、いつも通りナチュラルメイクなので、目の周りがボロボロとかにはなっていない。まだ少々目が赤いが、<br /> 「あ、ハイ。では前年度の会計報告を申し上げます」<br /> 年度途中からでも費目を精査した甲斐あって、収支も予算も項目立ては瞭然。舞恵に手伝ってもらった成果がここぞとばかりに活かされる。当然ながら、監査の方も問題なし。寿<span style="font-size:85%;">(ひさし)</span>がすっと立ち上がって、活動報告と収支報告の間に不整合がないこと、法人に移行するに際して障害となる不備等はないことなどをスラスラ。名監事にして名調子。会場を唸らせる。<br /> 第五号は予算案になる。これまでの財源は主に役所からの単純委託に負っていたが、本年度からはそれが改まる。引き続き受託することが前提になってはいるが、それだけでは心許ないため、先に紹介した各種計画に基づく自主事業等見合いも盛り込んであるのがポイント。独立した財源の比率をそこそこ高めてあるのは、これまでの実績に寄せる自負と、今後の取り組みに対する自信の表れ。何より、その法人の気概を数字で示す上でこれは要目なのである。<br /> 会費収入も然りだが、講座や教室の類、アフィリエイトに企業協賛にネットを介した寄付まで、その見込み収入源は多様。<br /> 「従来の営利追求型組織の中には、非営利要素を模索する動きが出て来ています。そうした団体とのクロスオーバーと言いますか、協業ですね。こちらは非営利組織ですが、経費に当たる部分はできるだけ利益で賄えるようにして、安定的な財源は本来の社会的なミッションに回したい、ということでして...」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_4.html">営利と非営利のクロスオーバー</a>)<br /><br /> DUOを当て込んだ部分は大きいが、KanNaについても期待は大。本会で定款が通れば、個人会員制度が確立され、これまで団体専用だったKanNaの個人向けサービスが始められる。情報流通を促すことがその主たるねらいだが、会員管理がネットでできるようになるメリットもまた大きい。<br /> その会費は、そんな性格を反映して情報登録料に近い形になっているが、ボランティア保険の加入料も込みになっているところが秀逸。万一に備える、つまり現場に出やすくする配慮を伴わせている訳である。文花流儀のお節介を汲みつつも、ひとえにこれは理事会の創意であり総意なのであった。<br /> 弥生は自分の仕事が広がりつつある予感に身震いしながらも、気合いたっぷりにメモを取っている。社会人としてのスタートを切るのに、こんな相応しい場はあるまい。<br /> 「おふみさん、ありがと...」 その謝意には実に様々な思いが込められている。トライアングル中は張り合っていたが、今は何とも畏れ多く思う。文花の器量・度量に惚れ惚れするばかり。<br /> 辰巳はどうだろう。<br /> 「事務局長、スゴイな」<br /> 惚れ惚れしている向きもありそうだが、賓客の上司ともども、ただ見守るばかり。感想の一つや二つは良さそう? いや立場上、いかなる発言も控えざるを得ないのが実際である。委託主が一言発しようものなら、法人自立の妨げと受け止められる可能性は否めない。NPOに対する弁えがある分、こうした苦渋が生じる訳だが、そこは妙味として味わえばいいだけ。不惑の境地とはこういうものである。<br /><br /> 「ではここまでの五つの議案を通して、ご質問などありましたら、お願いします」<br /> より一体感のある、的確な質疑応答を期するのであればこの手に限る。初めての総会にしては実に手際がいい。ただし、法人とは言っても会社のそれとは違うので、想定問答なんかは特段用意していない。ここが場力の見せ所、ぶっつけ本番である。<br /> 出席者の数が多いのは決して見掛け倒しではなかった。法人の為を思っての真っ当な質問がいくつか出てくる。役所との関係・その透明性、会員に期待される役割、受託先の開拓予定・将来性... 事業そのものよりも、体制面や運営面、つまりシステマチックな話に傾いた感じ。主に文花が答えるが、必要に応じて千歳や他の理事がフォローしつつ、こなしていく。<br /> 質疑をふくらませて事業のデザインを、という目論見もなくはなかったが、街なり川なり現場に出た方が話は早いのかも知れない。ただし、せっかく会員が集ったのに何もしないでは勿体ない。<br /> 「えっと申し遅れましたが、今日はこの後、二階に移動していただくとですね、実はちょっとした仕掛けがございまして。意見交換などもそこでまた...」<br /> 基調講演や祝辞紹介といったセレモニー要素を設けなかったのには理由があった。センターにお招きし、何らかの紹介をするのが、何よりのセレモニーということだったのである。<br /> 開会から一時間余りが経過。ここで一旦議決が為される。書面参加は、ごく少数の反対が見受けられる以外は、賛成か議長一任。あとは出席者次第となる。緊張の一瞬? いやいや、ここまでじっくり丁寧に積み重ねてきただけのことはあって、会員各位は極めて好意的なのであった。<br /> パッと見はいわゆる賛成多数なので数え上げる程のことはないのかも知れないが、議事録に記録する都合もあり、しっかりチェック。櫻はカウンタ<span style="font-size:85%;">(もともとはセンター備品)</span>を使い、カチカチ。PCに打ち込んでプロジェクタにその数を映す手もあったが、ここでの出番はホワイトボードとマーカー。ライターを自認する千歳が書き止めていく。<br /> 多少の数の違いはあるが、第一号から第五号まで、会員総数の九割方の賛成を以って承認。予算案も案が取れて、予算になる。<br /> 専従費が通ったことで、文花は今年度より晴れて給与制に。至って控えめな数字に抑えてはあるが、契約待遇からはこれでおさらば。法人の自立=自身の自立、この両立が一つのテーマだとすると、大いに張り合いも出よう。<br /><br /> 議決の要件(承認に要する人数比)に関しては、定款にその定めがあるが、設立総会に関しては従来の会則に則る形としてある。仮に次の議案である定款案が否決されるようなことがあっても、ここまでの議決は有効。定款が承認された後は、その次の議案からは定款に基づいて、となるが、その要件は同一につき、どちらでもいいと言えばいい話になる。<br /> 六号:定款、七号:役員選任、いずれも重要議決。だが、特定非営利活動促進法に定める法人の活動の種類についての問いがあった程度で、定款の方は意外とあっさり通ってしまった。役員の決め方については、早速その定款に従う形となるが、議案別紙として提示した候補者(名簿掲載者)が承認されれば、事実上、理事会発足!となるため、どの定めによってどうこう、というものでもない。ただし、その中から代表、副代表を互選云々という点については、何条の何項により、となるのでもっともらしくなる。<br /> 役員、つまり理事の選考過程については、透明性が高かったためか質疑なし。理事全員、ひとまず前列に並び一礼。そのまま承認の栄に与る。あとは理事の中から、我こそは!という人物が現われれば正に互選手続きが取られることになる訳だが、総会進行中に内輪であぁだこうだとなることはまずないので、予定通りの人選で落ち着くことになる。<br /> 「では、理事が承認されたところで、本総会の議案は全て終了、当法人の設立に向け、大きな一歩が踏み出されたことになります。皆様のご協力、感謝申し上げます」<br /> 満場の拍手を以って、議長は一応降壇。代表、副代表、事務局長の割り振りについては、議決事項ではないため、今この時を以って立席理事会で決める。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_5.html">議長降壇</a>)<br /><br /> 「玉野井議長、どうもありがとうございました。では、互選の結果がまとまり次第、事務局長の方からお願いします」<br /> 拍手の余韻が冷めないうち、がその心得。万感の思いとともに文花はマイクを握りしめる。<br /> 「僭越ながら、事務局長職の任を受けることになりました、私、矢ノ倉より、ご紹介させていただきます。情報担当理事 隅田千歳...」<br /> 担当理事の紹介に続き、注目の副代表理事、即ち、<br /> 「玉野井 緑でございます。そして代表理事、あ、その前に監事、入船 寿...」<br /> 事務局長については順当、だが、副代表も女性ということで、いくらかどよめきも起こっているようだ。だが、当法人ではごくごく自然な話。そして、<br /> 「失礼しました。代表理事、掃部...」<br /> 清か清澄かどちらで呼ぶか考えていなかったので、ちょっと間が空く。演出としては絶妙である。「...清、でございます」<br /> 会場は再び満場の拍手。このまま代表理事よりご挨拶、と行けば筋書き通りだったが、如何せん運営委員がまだだった。全員は揃っていないものの、前に出て来てもらってペコリ。櫻もその一人である。<br /> 司会の位置に戻るのも何なので、櫻はそのまま一言。<br /> 「矢ノ倉事務局長、どうもありがとうございました。では、運営委員、理事を代表しまして、掃部より最後にご挨拶を。先生、もとい代表、よろしくお願いします!」<br /> 一度マイクを持たせたら、そう簡単には終わらない。だが、これが楽しみで集まった会員はきっと多いに違いない。俄かに、待ってました!という雰囲気になってきた。<br /><br /> 「代表理事を引き受けるにあたっては、いろいろ思うところがありました。事務局長さんに担がれたところもなくはないですが、巡り合わせと言いますか、ご縁と言いますか、とにかくその思うところを整理してみたら、これがハマった訳でして...」<br /> ハマったものの一つにハコモノがあった。お引き受け後ではあったが、自ら課題論文を書きながら、思いは深まり、「ハコとは何ぞや」「ソフトとしてのハコモノってのは有り得るのか」てな自問を経て、自分なりの地域再生論と結びついたんだという。あとは、現場でのあれこれ、センター主催の講座なんかも励みになり、何より自身がいきいきしてきたことに触れ、次にこう語る。<br /> 「多くを口にしなくても、いつの間にか浸透してるっていうか、何だか先回りして取り組まれてるような気がして、気味悪いくらいで。事務局長からはセンセ呼ばわりですが、何の何のこっちの方が学ばせてもらってる感じで、志学の心境ですわ。アラウンドサーティーならぬ、アラウンド、トゥエンティー? とでも言ってやってください」<br /> さっきまで厳かに総会をやっていた場とは思えない。賑やかなショーが繰り広げられている。いきいき以上である。<br /> 「で、櫻さん、時間はまだよろしい?」<br /> 「え? えぇ。客席の皆さん、いかがですか?」<br /> 総会屋も来なければ、自説自論を唱える人もいなかった。総会の進行が円滑だった分、時間にはゆとりがある。議決時を上回る大きな拍手で、掃部トークの続行が承認された。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_6.html">自説&自論</a>)<br /><br /> 「質問にも出ましたが、改めて当会のスタンスを述べさせてもらうとしましょう」<br /> 場を持つ強み、それを示す意義、そんな話から、地域貢献の場としてのモデル、関わり方や働き方のモデル、さらには、<br /> 「傍目からは行政下請け機関のように見られるかも知れません。が、そこが逆に狙い目でもあります。行政とのつきあい方モデルってのを提示するには好都合な訳です。いいようには使わせない。逆に甘えたりもしない。と、これは矢ノ倉さんのモットーでもありますが。な?」<br /> 事務局長は大きく頷いて笑みを浮かべる。代表はちょっとドキリ。<br /> 「ご、ご存じの通り、掃部清澄と言えば、行政とツノを交えるので有名ってとこでしょう。北風と太陽で言うなら、北風派。ま、近年も相変わらずツノを尖らしたくなる事例は多々ございますが...」<br /> 決められたことはやろうとする、変なことが決まってしまうとそれも対象になる、逆に決められたこと以上のことができない自縛、職務専念義務、日当やら手当やら、そして、<br /> 「個の判断が尊重されない構造と言いますか、組織の判断優先になっちゃうのも仕方がないんでしょうかね。ただ、組織は守れるが、地域は守れない、ってことでは困る。かと思えば、時に『どうだ!』てな感じで余計な手出しをしてくれちゃう。手を出す前に話を聞いてくれりゃと思うんですがね。有識者だけが専門家じゃあない。大事なのは現場を知ってるかどうか。市民、こどもたち、いくらでも話は出てきます。そんな対話の場を提供するのも当会の役目かも知れませんが」<br /> 話は市民活動への支援にも及ぶも、これは委託主へのメッセージとも取れる。サポートの仕様を間違えると、単なる邪魔にしかならないこと、ニーズがつかめないとか接点が見出せないとか言う前に、自分で飛び込んでみてはどうか、といったこと、<br /> 「わざと複雑なこと考えんのも役所の悪いところでしょうかね。単純に言ってしまえば、手弁当になりがちな要素をちょっと助けるだけだっていい。で、あとは口を出さない。中にはそんなサポートなり地域貢献が在職中にできなかった罪滅ぼしのつもりか、退職してから自分でNPO法人を『立ち上げ』? ま、団体起こしをする方も居られるようですが」<br /> さながら講演会の様相を呈してきた。が、話はそろそろ集約方向へ。<br /> 「つきあい方を話すつもりがついつい。で、その北風を南風に変えてもいいんじゃないかって、思うようになった次第ですわ。行政側も話を聞くと、いろいろと事情や背景がある。となると、お互いに思い違いを減らすにはその辺を共有するって言うか、理屈を理解するって言ったがいいかな...」<br /> 自負やプライドがあるのはお互い様。組織は建前で、大事なのは実は己の自負心とか尊厳とか。だとすると、それを損ねないような配慮が市民側にも必要なんじゃないか。<br /> 「行政、いやお役人を意固地にしないための話術っつぅか、仮に行政側の失敗、と思われるようなことがあっても、それを担当者にしっかり受け止めてもらえるように、ま、語りかけるってとこでしょうな」<br /> このくだり、そう十二月の講座がもとになっている。表向きの活動報告とはひと味違う、議案を超えた何か、これはエッセンスのレビューである。千歳とアイコンタクトをとる清。今度は千歳がドキリ?<br /> 「という訳で、さまざまなモデルを試行しながら、皆さんと一緒に学んでいきたいんであります。まぁ、自分では余計なことをするつもりはないんですが、時には老婆心、じゃねぇや、老爺心でもって、南風を吹かそうと。な、石島課長殿?」<br /> ご来賓は誰一人途中退席しなかった。湊にしても、これは天晴な話である。皮肉ではない。称賛であり、激励。それが代表挨拶には込められていた。<br /> 「そうそう、協働論とか今の話はですね、新著でご覧いただけますんで。どうか、しとつよろひく」<br /> 締めが今しとつ<span style="font-size:85%;">(?)</span>だったが、大喝采が包む。「カモンさん、さすがねぇ。ホホ」<br /> 終了予定時刻、十六時になった。<br /><br /> 法務局だ、登記だ、というのがまだ残っている。だが、法人格を取得できれば、事業は継続できる。ちょっと甘えた感じにはなるが、今年度は指定管理者で受託することが決まった。下請けでないとすると、物申す管理者ということになりそうだが、それが通用するかどうかは不明。モデルづくりだと考えればカドは立たないだろうし、語らいで以って乗り切るというのもあるだろう。<br /> 法人スタート=受託開始、となるため、正式な手続きはまだ先。櫻は引き続き出向、ということでひとまず落ち着いた。<br /> 「じゃあ、櫻さん、今後ともよろしくネ」<br /> 「あ、こちらこそ。事務局長殿!」<br /> 「ヤダわ。今まで通りでいいってば」<br /> 「矢ノ倉ぁ?」<br /> 「何よ、櫻ぁ」<br /> 今更ではあるが、思いがけない共通点があることを知って、ノラクラやっている。名物二人娘改め、クラクラシスターズ、ここに誕生か。<br /> いやいや、もとは三人娘である。事業計画上、その三人目の存在がまた大きくなってきた。まだ流動的ではあるが、土曜日非常勤の線も有り得る。<br />ふ「そしたら、五日に皆で決めますか」<br />や「まずは隔週で、かな。週休一日ってのも...」<br /> とりあえず、働き方モデルの試行がまた一つ加わることになりそうだ。<br /><br /> 事務局長はこんな感じで人事の雑談をしているが、センターは大賑わい。他の役員や委員は部会の紹介を含め、館内のオリエンテーリング中。絵画展は会議スペースに移っているが、こちらも大入り。<br /> 「で、こちらがそのリセット後の干潟を描いたものです。おかげ様で準大賞を頂戴しまして...」<br /> 先週末に戻って来たこの作品。総会開催に間に合った以上、持って来ない手はないだろう。センターの留守番がてら、展示替えをしていた蒼葉だが、準備が終わるや否やのこの人だかりに仰天。画家自らによるガイダンスツアーを始めざるを得なくなってしまった、という訳である。男衆の目線が必ずしも絵画に向いていないのが引っかかるが、ここは一つモデルつながり、ということで大目に見よう。<br /> その展覧会場の入口に何気なく置いてあったチラシがきっかけで、そこに居合わせた千歳は六日のイベント紹介方々、BGMを流すことになる。デモ用のCDはセンターにもある。スローで緩やかな曲が館内の一隅を漂い始め、賑わいを程よく中和していくのだった。<br /><br /> 弥生はまだお仕事モード。今日はこのために来たようなものかも知れない。いつもの円卓でPCを操作しつつ、IT版グリーンマップを披露している。個人会員のIDを使えば、すぐにでも参加可能、というところまで仕上がっているというんだから大したもの。ただし、ゴミ調査結果(DUO経由)との連動はまだまだ構想段階。<br /> 「地図情報を読み込んでから、テンプレートを呼び出すってのがわかんなくって...」<br /> 「まぁ、お仕事としてじっくり取り組んでもらえれば、それで」<br /> 「って、どっちの仕事?」<br /> 「両方、かな? これぞコラボレーション!」<br /> この件も五日に話し合った方が良さそうではある。<br /><br /> 外はまだ明るいが、客はポツポツと帰って行って、センターには一抹の静けさが。会議スペースでは作品鑑賞を兼ねた臨時理事会が開かれていて、そこから時々歓声が聞こえる程度。<br /> 「じゃあ弥生ちゃん、これ」<br /> 「あたしが使ったらマズイ?」<br /> 「六月君の入学祝いのつもりだったんだけど」<br /> 「入社祝いはなしってか?」<br /> 「あ...」<br /> 「なーんてね。でも悔しいから、姉貴からのお祝いってことにしちゃおっと」<br /> 弥生流エイプリルフール、なのであった。<br /><br /> 総会終わって気分爽快!?といった面持ちの文花である。何はともあれ肩の荷が下りたのは確か。一方、まだ下りないのはご両人。嬉しい愉しい、けれど... 絵でも音でも表現しようがない、この緊張感。<br /> 重大発表に向け、カウントダウンが始まる。 </span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/677-687.pdf"><img height="31" alt="新たなカウントダウン" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/11/76.html">76. 泣いても笑っても</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-58024904007443690042008-11-04T12:00:00.001+09:002009-01-05T18:44:15.700+09:0074. 時は満開<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 総会成立の見通しは立った。プレゼン資料を含め、当日に向けた準備も概ね良好。KanNaの最新情報、部会の紹介媒体、拡大版DUOの予告といったあたりをどこまで用意するかが詰め切れていないが、総会終了後でも間に合いそうなものは別に、と意に介さない。矢ノ倉事務局長にしては珍しく悠長に構えているが、<br /> 「ま、出たとこ勝負ってところもあるし、皆さんの場力<span style="font-size:85%;">(ばぢから)</span>で乗り切れるでしょ」<br /> それだけ貫禄が増したという訳である。櫻と千歳も慣れたもので、<br /> 「じゃ、あとは一日<span style="font-size:85%;">(ついたち)</span>に早めに来れば、ってことで」<br /> 「定時で失礼して、よろしいですかね」<br /> てな具合。二十九日、晴。閉館時間になってもまだ明るさが残る。二人が愉しげにしているので、アフター6のご予定をつい尋ねてしまう文花だったが、あとの祭り。<br /> 「はぁ、二人で夜桜でございますか...」<br /> とっくに公認、今は合鍵の間柄である。これ以上は何も言うまい。<br /><br /> 二人で自転車を押しながら、やって来たのは河原の桜。場所柄、花見客でわんさとなるようなことはない。花を見つつ、程々の静寂が楽しめる。<br /> 「サクラ花粉症の方は平気?」<br /> 「だから、あの日はたまたまで。あ、でも櫻さんが放つ、こう何て言ったらいいのかなぁ」<br /> 「やぁね、私、花粉なんて出さないわよ」<br /> フェで始まる何とやらにメロメロ、ということを言いたいようだった。<br /> 「フフ、やっとそういうのに敏感になられたようで」<br /> それもそうなのだが、実はさらに感度が上がっていた彼氏である。ほぼ満開の桜を見上げる彼女に、とっておきの言葉を投げかけてみる。<br /> 「櫻さん、そのぉ...」<br /> 「ん? なーに?」<br /> 「だ、大事な話があるんだけど...」<br /> すでに贈り物の詳細については打合せ済みである。となると、大事な話って?<br /> 「まぁ、四月一日だと真実味が薄れちゃうもんね。でも今聞いちゃうのももったいないし...」<br /> 小悪魔ぶりを自ら楽しむように、はぐらかす櫻。だが、胸の内は正直なところドッキドキである。サプライズとまでは行かないが、いつの間にやらしっかり加速してきて、今や逆転に近くなっている。<br /> まだ開ききっていない花もある。櫻は返事をためている。<br /> 「櫻さん的には、誕生日に聞かせてほしい、かも」<br /> 「じゃ記念品と一緒にね」<br /> 「お言葉だけでもすっごいプレゼントになりそうだけど?」<br /> 「ハハ、改めてきちんと、考えておきます」<br /> 「ちゃーんとお返事しますから」<br /> 彼の肩に頭を乗せてみたら、ようやくチラホラ花弁が下りてきた。お互い緊張が解けた瞬間。だが、<br /> 「向こう一週間、いろんな意味でドキドキが続きそう」<br /> 「私も同じ。でもプレバースデイウィークとしてはお誂<span style="font-size:85%;">(あつら)</span>え向き、かな」<br /> 夜桜は二人を否応なく盛り上げてくれる。この流れからすると、今夜も...。<br /> 「今日はどうしよっかな」<br /> 「...(ドキ)」<br /> 「何かね、『そうかそうか』って喜んでたと思ったら、最近の蒼葉ったら、つまんなそーな顔することが多くて、その...」<br /> 「一人じゃ寂しいとか? ま、そうだろね」<br /> 「曲の続きは家で練習します。また明日もお目にかかることですし」<br /> 何とも風流なお二人さんなのであった。<br /><br /><div align="center">* * * * *</div><br /> 三カ月ほど前は午後だったが、本日はそこそこ早めの午前。18きっぷで仲良く品川で降り、向かう先は昼桜。第一京浜を南下し、八ツ山橋を渡り、北品川駅を過ぎればここからは前回の逆ルート。かねてからの約束通り、御殿山にやって来た。<br /> 「時の将軍様が大衆の娯楽のために植えた桜の一つ。他には飛鳥山、小金井、あと...」<br /> 「どこ?」<br /> 「隅田! 川、よ」<br /> 満開の桜を見上げつつ、満面の笑顔。<br /> 「詳しいね、櫻さん」<br /> 「そりゃね、サクラのことなら櫻さん」<br /> もっともだ。<br /><br /> 三十代男女が山なら、十代男女は里である。こちらも約束通りではあるが、乗り物主体のちょっと変わったデート。<br /> 「じゃここからはこれで有人改札を通ります。姉御は700円のこっち」<br /> 「六月クンは?」<br /> 「350円。小児用」<br /> 「ズルーイ!」<br /> 「もちろん、お代はいただきません。誘ったのオイラだし」<br /> これが小児のやることか。実の姉がいたらつっこまれそうな場面ではある。<br /> 混雑極まる開業初日の日暮里駅。二人はこれから川を越える旅に出る。<br /><br /> 突き当たりを左に折れると下り坂。どうやら品川に戻るつもりはないようだ。<br /> 「道を間違えてなければ川に出ると思うけど」<br /> 「そしたらまたゴミ調べ?」<br /> 「たまにはお一人でどーぞ」<br /> 「櫻姉ぇ」<br /><br /> ライナーとともに、何かが動き出そうとしている。卒業後入学前という時期がそうさせるのかも知れないが、少年の心は昂り、揺れる。だが、西日暮里から先はほぼ真っ直ぐ。タイヤで走ることもあり車両は思ったほど揺れない。このギャップがたまらない。<br /> 「どったの? 乗り物酔い? な訳ないか」<br /> 「初めて乗るから勝手がわかんなくって」<br /> 「六月クンでもそういうもんなんだ」<br /> あいにく先頭席は確保できなかったが、ある程度並んだ甲斐あって、進行方向二人掛け席をゲットすることはできた。隣には愛しの女性。どう言葉を発するか、その勝手がわからないだけなのである。<br /> 想い出の地、熊野前、足立小台と続く。荒川が見えてきた。本線本日のハイライトである。<br /> 「オイラ、いや僕、姉、いや小梅さんのことが...」<br /> 「フフ、そう来ると思った。でもそのセリフ、今はとっといた方がいいよ」<br /> 「エ?」<br /> 「入学したら、気持ち変わるかも知れないし」<br /> 「姉御ぉ...」<br /> 西新井橋から小梅がスケッチした首都高速。その上を越えるんだから結構な高さである。右手遠くにはその西新井橋。荒川ビューが広がる。だが、六月の目には入らない。気分はすっかり川流れ~。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_2.html">荒川を越えるライナー</a>)<br /><br /> 「まぁまぁ、そんなふったりとかしないから。勉強の合間にデートとか...エへへ」<br /> 「やったぁ!」<br /> すっかりイイ雰囲気になってしまったので、このまま終点まで向かうことになった。途中駅での乗り降りは自由なのだが、六月はもうどうでもよくなっていた。<br /><br /> 若いのが荒川を越えたその時、同じく川を越える二人がいる。ただし、こちらは徒歩。<br /> 「さすがにノーマーク。何て読むの?」<br /> 「普通に読むと、いき橋?」<br /> 「まぁ、いいや。イキイキ、イケイケ、Let’s Go!」<br /> 目黒川に架かるちょっと立派なその橋。名は居木<span style="font-size:85%;">(いるき)</span>橋である。見下ろしたところで干潟はない。当然ながら漂着も、ない。ゴミがないばかりに素通りされてしまう川、それっていったい?<br /><br /> これから乗るのは中距離列車。その性格上、クロスシートはある。が、混み合うことが予想されるため、駅弁という訳にも行くまい。大崎で早めの昼をとり、ノラリクラリ。十三時台のグリーンとオレンジの速いのに乗ったら、あとは一気に小田原へ。<br /> 桜がお目当てではあるが、二人にとってはその行程、その緩急を楽しむのをまた良しとしている。従って、お城を見ても、花々を観ても、感慨があるようなないような状態。これじゃ小田原に失礼な気もするが、<br /> 「マップを作るつもりでしっかり廻るってことならね、また見る目も違ってくるんでしょうけど」<br /> 「ケータイ使ってIT版グリーンマップ、ってのもアリ?」<br /> 「その場で撮影して投稿、かぁ」<br /> 桜色の話題も出たかも知れないが、マップと来れば緑だ橙だ、である。そして十五時過ぎ。ホームにはその色の線が入った車両が滑り込んでくる。予定調和とはこういうことを言うのだろう。東海道線の旅は続く。<br /><br /> 「一度降りてみたかったんだ」<br /> 「何かドラマチック...」<br /> 川がつく駅名ながら、ホームからは相模の海が広々と見渡せる。今日は花冷えしそうな日和ゆえ、海もどことなく寒々とはしているが、二人にとってはそれが好都合に働く。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_3.html">小田原&根府川</a>)<br /><br /> 「風はそんなにないけど、寒い、かな?」<br /> 「そうね、特にここ、とか」<br /> 人影はない。もともと無人駅みたいなものなので、いくらでもドラマチックな演出は可能。が、彼はちょっと躊躇いを見せる。別にじらすつもりはないのだが、何かが近づいているのを察知したのである。特急列車が通過していったのはその一分後。<br /> 「ハハ、あぶないあぶない」<br /> 「もうっ、じれったいなぁ」<br /> 花も、いや海も恥らう三十路のラブシーンは、あくまで列車の通過後。目を閉じていると、潮の香りで辺りが満たされていくのがわかる。今、彼女の唇はすっかり桜色。色男は憎いことをするものである。<br /><br /> あたたかいものがよく出るのは、気温のせいばかりではないだろう。おなじみカフェめし店では、人気のニコニコパンケーキの注文が相次ぎ、お姉さんは大いそがし。BGMのスローな感じに救われる恰好になっている。<br /> デモ用のCDをシャッフルしてかけているので曲順不定。『晩夏に捧ぐ』に続いて『ポケットビーチ』が流れ出す。と、耳障りがいいので、お客からの問合せもチラホラとなり、パンケーキと一緒に来週のステージイベントのチラシを渡す場面も出てくることになる。店ではちょっとしたプロモーションが行われていた。<br /><br /> 「あーぁ、何だかポケットって言うよりロケットって感じ?」<br /> 「もうちょいかな。おかげでだいぶイメージに近づいてきたけど」<br /> 「多分、ブラス系入れると、もっとノリノリになると思う」<br /> 「あんまり飛んでっちゃうのもどうか、と」<br /> 「あたしはついて行きますよ♪」<br /> 四月からは職場となる場所で、しかも業務用のPCを使ってこの調子。こちらでは、違うversionのポケビがプログラミングされている最中だった。COOに言わせると、これも研修の一環なんだとか。大いにツッコミどころではあるが、社員候補生はただニコニコしながら、励んでいる。<br /> その気になれば、熱海へ行って戻ってというのもできなくはないが、今日のところは根府川どまり。そして小田原からは再び特別快速に揺られる。加速の加減が心地良い。今の二人同様、と言っていいだろう。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/671-676.pdf"><img height="31" alt="時は満開" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/11/75.html">75. 新たなカウントダウン</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-36601798670822370202008-10-28T12:00:00.002+09:002009-01-05T18:36:55.797+09:0073. 外湾へ<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 二十四日、雨女さん不在にしてはあまり天気が宜しくない。<br />ふ「房総方面は天気悪くなさそうだから。あとはハレ女さんに期待しましょ」<br />ひ「ハレ女? あぁ、櫻さんね。こないだの探検の時も上天気だったもンね」<br /> 秋葉原駅中央改札口を一旦出たはいいものの、外をブラブラするには条件厳しい春の日。再び五人そろって有人改札を通り、中でおとなしく二人を待つことにした。<br /> すでに小学校を卒業した六月だが、まだこども料金が適用されなくはない。しかしながら、18きっぷを使う以上、一人だけ半額という訳には行かないので、大人の仲間入りし、同一行程で動くことになる。最年少にして引率者。その行程は彼の手中にある。目的地までのこども往復運賃だと、18きっぷの一人あたり金額を下回ってしまうので、それ以上に動くルートを組み込めばいい。あまりに悪天候だと運転見合わせになってしまう路線なんかも含まれるが、パターンはいくつか設定済み。それでも晴れてくれた方がいいことには変わりない。<br /> 「あっ、来た来た」<br /> 「そういう時はキター!だよ」<br /> 「何? 六月クン、ヲタクだったの?」<br /> 「それを言うなら、電車男。ここアキバだし」<br /> 「じゃ小梅は...」<br /> エル<span style="font-size:85%;">(HER)</span>と言いかけて「エヘヘ」になってしまうのであった。顔合わせもそこそこに、エレベーターで六番線に向かう七人。ここから錦糸町へ、そして総武快速でひたすら木更津をめざす。<br /><br />ふ「さてさて、業平さんは来るのかしら?」<br />ち「昨日のおつかれが残ってなければ、現われるとは思いますが...」<br />さ「文花さん、ケータイ、あ、車内じゃダメか」<br /> 前方車両のクロスシートに首尾よく座を占めた七人である。仕事柄、今回テーマの一つ、工場への同行を希望していた業平のこと、現われないことはあるまい。席はただその人物が来るのを待ち侘びている。<br /> 荒川を越え、江戸川を過ぎ、なおも席は空いたまま。天気が冴えないせいか、口数が少ない初音だったが、おもむろにケータイを取り出すと、<br /> 「メール送ってみましょうか?」<br /> 「そっか、その手があった」<br /> 使い込んでいる訳ではないが、扱えないこともない。ただ余計なやりとりを増やしたくないだけ。そう、業平は誰かさんに譲ったことになっているからだ。櫻も千歳も白々としているが、文花は知らん顔。初音が器用に操作するのを感心しながら見ている。<br /> 八人目の人物は、船橋を発車したところでようやく姿を見せた。<br /> 「いやぁ、一本前の千葉行きに乗っちゃったもんだから。失礼しやした」<br /> 「君津行きって言ったのに」<br /> 「フライングだったら、まだいいっしょ?」<br /> 「お姉ちゃんに報告しとく」<br /> 「う...」<br /> 姉が居ない時は弟の出番。しっかりダメ出しを実行している。弟どうしという点では息は合いそうだが、立場はどうも逆のようだ。ちなみにその姉君は言うと、<br /> 「ま、晴れの席だから、バタバタ駆け込ませるのも悪いし」<br /> 「そっか、蒼葉さんと弥生さん、おそろいで謝恩会...」<br /> 「初姉もいずれはネ」<br /> 「ちゃんと卒業しないと、ですよね」<br /> こちらは姉どうしのやりとり。何年前のことかは語らないが、かつて謝恩会に出たどうしの二人も昔の話で盛り上がっている模様。と、残る組み合わせはこうなる。<br /> 「で、千兄さん、こないだのメールのことだけど...」<br /> 「あ、その話、あとで三人でしよう」<br /> 「贈る相手とは相談しなくていいの?」<br /> 「やっぱり、そう、なのかな?」<br /> 「小梅はその方がうれしい」<br /> いつものように頭が上がらないモードだが、口ぶりが優しげなのがいつもとはちょっと違う。<br /> 「わかりました。姉御」<br /> 「櫻さんが好きになるのわかる、な」<br /> 「え?」<br /> 幕張近辺は直線コース。快速列車は速度を上げる。その疾走音の高まりとともに会話は途切れた。<br /> 機内持ち込みOKサイズのスーツケースが二つ。エアポート快速ならこれはごく当たり前の荷物だが、この列車の行き先は空港に非ず。持ち主が誤って空港に行ってしまう方が心配な位である。お喋り好きな方々には直通列車が望ましい。千葉を過ぎればひと安心である。<br /><br /> 十時四十五分、蘇我に到着。誰かさんと違い、この女性はちゃんと指定通り乗り込んできた。<br /> 「あっ、南実さん!」<br /> 初音がいち早く見つけ、一同も追随。いつになく晴れやかな登場に男性三氏はクラっと来ている。決して発車直後の揺れがそうさせた訳ではない。<br /><br /> クロスシート席には空きが目立ってきた。スーツケースも通路に置かれるよりは持ち主の膝元がいいだろうし、自分が退けば、席替えも始まるだろう。六月は気を利かせてか早速移動開始。<br /> 「あ、オイラ車窓眺めてるから」<br /> 「じゃついでに男衆は別席へ。ね、千ちゃん」<br /> 「あ、そう?」<br /> 通路を挟んで斜め向かいだった文花と業平。話ができない位置合いではなかったが、お互い何となく距離を置いていて、これといった会話もないまま、この調子。小梅の紅一点席だったクロスシートに今は初音が移ってきて姉妹で横並び。スーツケースの侵入により、かえってゆとりがなくなってしまった手前、櫻は渋々ながらも嬉々として男衆席へ。南実は姉妹席に落ち着いた。<br /><br /><span style="font-size:85%;">*参考:座席配置図(□は空席)</span><br /><a href="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhNYavVI8nbzyGdi2f75j9EUMH95O1QXkljqY6eRjwTiI5c9rWszYyYeLOJobK1hk_U9MjRNvhYJqYtMrh_XcO0eDmOfQsZuLd_T6Moab2XYp98ctVAlRwxVmrRl1COgCY2bc_MCaNz_sU/s1600-h/sheet-position.jpg"><img id="BLOGGER_PHOTO_ID_5287740824359165826" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 10px 10px 0px; WIDTH: 143px; CURSOR: hand; HEIGHT: 200px" alt="座席配置図(□は空席)" src="https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhNYavVI8nbzyGdi2f75j9EUMH95O1QXkljqY6eRjwTiI5c9rWszYyYeLOJobK1hk_U9MjRNvhYJqYtMrh_XcO0eDmOfQsZuLd_T6Moab2XYp98ctVAlRwxVmrRl1COgCY2bc_MCaNz_sU/s200/sheet-position.jpg" border="0" /></a> 五井に着くと、六月はあるディーゼル列車に釘付け。姉妹はその鉄道名で盛り上がる。<br /> 「へへ、小湊...」<br /> 「親父はそれくらいでちょうどいいかもね」<br /> 「そしたら小梅も? そりゃないんじゃん?」<br /> 「じゃ逆に小、とっちゃう?」<br /> 南実はえらくウケている。「ウメさんってことはないわね」<br /> にこやかな中にも一閃の翳? 心理面での気象もいい読みをしている初音のこと、これが何らかの予報につながったら大したものだが。<br /> 養老川を越えるところで、皆々の目は川の流れ、干潟、そして漂着物に集まる。サギが飛んで行っても気付いたようなそうでないような。<br /> だからと言って無粋なツアー客だなどと言ってはいけない。黄色いのがパァっと広がればちゃんと反応はする。<br /> 「菜の花、キレイね」<br /> 「私には油の原料にしか見えなかったりして」<br /> 「名前に花がつく割には華がないというか何というか...」<br /> やはり無粋だったりする若干一名であった。<br /><br /> 花に呼応するように、天気も良くなってきた。車両もゆったり、風景もゆったり。春の房総ツアーらしくて結構なのだが、どことなく居心地が良くない男女がいる。南実の件はまだ口外していない。当人とご一緒している分、余計に窮屈。ゆったりとは行かない千歳と櫻である。<br /> 初音の視線が気になるも、時折虚ろな表情を見せる南実。小梅は察しているのかどうなのか、<br /> 「ホラ、姉が先!って言ってるよ」<br /> 「妹が先じゃ変でしょ。当たり前じゃん」<br /> 「だから、駅名見てみ?」<br /> 「あ...」<br /> 姉をダシにこの通り。<br /> 「石島姉妹、いいわぁ」<br /> えくぼが出れば大丈夫。一寸ホッとする小梅、そして初音である。<br /><br /> バイパスと線路の間を流れる水路のような川は、おクサレ様が出てきそうな有様である。投げ込まれたと思しきバイクに陽射しが当たり、金属部分が反射する。<br /> 「今日、もしかして暑くなる?」<br /> 「その外湾の海に出てからじゃないと体感できないだろうけど、あったかい感じはするね」<br /> 業平はその長袖をまくり始める。<br /> 「これで日焼けしたら笑っちゃうけど」<br /> 姉がいなけりゃ弟。今度はわざわざツッコミにいらした。<br /> 「袖のウラを見せるなんて、さすがGoさんだね」<br /> 「?」<br /> 「次の停車駅は、ソデガウラー」<br /> アラサー三人、大笑い。<br /> 「あのねぇ、駅名大喜利やってんじゃないんだからさぁ」<br /> 「こういうのやると覚えやすいっしょ。お姉ちゃんも喜ぶよ」<br /> 列車は小櫃<span style="font-size:85%;">(おびつ)</span>川を渡る。すっかり行楽気分の皆々は今、ただ川の流れだけを見ていた。<br /><br /> 十一時十五分、目的地の一、木更津に着く。<br /> 「本当なら皆で行ければいいんだろうけど...」<br /> 「まぁ、この件に関しては永代先生と六月君がメインだから」<br /> 「あとで六月クンから話聞くから、小梅も別に」<br /> 「ま、その分、業平君にしっかり勉強してきてもらうということで」<br /> 文花はすでに業平にスーツケースを託し、悠々としている。メンバーは決まった。その四人が向かうのは言わずもがな、前々から話していたペットボトルのフタ(またはキャップ)再生工場である。干潟で集めた分だけなら、ここまで大げさにはならなかったかも知れない。級友らの協力もあって、この通りスーツケース二つ分にまで増えてしまった、という次第。<br /> 運搬効率を考えるなら、もっと持ち込んでもいい気はする。だが、数の多い少ないは二の次。文花の関心事は、その実用性や環境貢献度である。良さそうならセンターでも、と思っていて、その見極めに業平の目利きが欠かせないと踏んだ。三角形のコントロールも然りだが、人を操るのはもともとお上手。手玉に取っている訳ではない。双方の利に適うようにさりげなく仕向けてしまうところが流石なのである。<br /> 四人を乗せたタクシーが去り、五人が残る。本日付の改札印を五つ押した18きっぷは小梅の手にあるため、この五人でどこかに行って戻ってくる、という手もあるが...。<br /> 「とりあえず、十三時三十八分発に乗れるように、なんだけど、お昼の時間もとらなきゃいけないし」<br /> 「駅弁もあるわよ、千歳さん」<br /> 「そっか、そりゃいいね、でも何処に行くかにもよる...シスターズ、どう?」<br /> 「何か、あれって? クルリって読むんスか?」<br /> 「ハハ、クルクルくりくり...」<br /> 「久留里線かぁ。時刻表で調べてみよっか」<br /> 潮時を読むのが得意なだけに、時刻表も楽勝のようである。ここから先は南実が行程担当。<br /> 「行くだけ行って戻ってくるってんでよければ。そのくるりクルクルまでは行けないけど、手前の駅までね。何があるかはお楽しみ」<br /> 「フフ、ルフロン、どうしてるかなぁ」<br /> 代わりにクシャミをしたのは千歳だった。<br /> 「雨のち、だから平気かと思ったけど、やっぱりマスクしよ」<br /> 「千兄さんのはね、サクラ花粉症だよ」<br /> 「へ?」<br /> 「なんてね。でも途中で早咲きをチラホラ見かけたんだ。だから...」<br /> 「そう? 蕾が多かった気がしたけど」<br /> 「ねぇ櫻姉、蕾と言えば?」<br /> 「『チェリー・ブラッサム』♪」<br /> 駅弁の話はどこへやら、南実と櫻ですっかり盛り上がっている。どんな形であれ花は花。マスクのおかげで会話には加わりにくくなっている千歳だが、華に囲まれていることに変わりはない。冴えないながらも羨ましいシチュエーションである。<br /><br /> それぞれお昼を済ませ、木更津で再び合流。例のスーツケース、今は軽々としている。<br /> 「じゃわたくしめはこれで。何なら二つとも持って帰りますけど」<br /> 「ありがと、業平さん。総会の時でもいいし、ま、いつでも。で、いい? 堀之内」<br /> 「矢ノ倉のとこに預けておいてもらえれば。助かります」<br /> 「四月になったらセンターにお持ちします。兄貴も連れて」<br /> 「まぁ...」<br /> 八人は下り列車で南へ向かい、その数分後、空港帰りではない旅行客が上り列車で千葉へと向かう。<br /><br /> 「へぇ、久留里線乗ったんだ。いいなぁ」<br /> 「駅弁はその馬来田<span style="font-size:85%;">(まくた)</span>駅で」<br /> 「食った食った、てか」<br /> 「そ、駅弁はやっぱ駅で食べなきゃね」<br /> 二人の卒業生のやりとりを聞きながら、永代は楽しげ。だが、<br /> 「オイラとしては、あれを届けてやっと卒業できた感じかな」<br /> 「よかったね、六月クン」<br /> 「これも先生のおかげ。ありがとうございました」<br /> 「ン? いえいえ、こちらこそ」<br /> とか言いながら、ジーンとなってしまう。<br /> 「あーぁ、また先生泣かしちゃって」<br /> さすがの六月もこれにはあたふた。だが、トンネルをいくつか抜けるうちに永代の涙は乾いていた。<br /> 「で、フタって結局どうなっちゃうの?」<br /> 「何かね、ボードにしてた。再生品とは思えないような立派なヤツ」<br /> 「へぇ...」<br /><br /> 社会科見学のような話が交わされている隣りでは、<br /> 「ハハ、千歳駅があるぅ」<br /> 「行ってみる?」<br /> 見慣れない路線図を見ていれば、それだけでちょっとした郷土学習になる。<br /> 「房総半島一周とか、またの機会かな。今日は南実さんと帰りに、ね、話したいことあるから...」<br /> 「櫻姉...」<br /><br /> いつしか単線区間を走っていて、景色も緑が目立ってくる。海の近くを走っている筈なのだが、<br />は「富津岬は西南に四・五km」<br />こ「海水浴場は四kmかぁ」<br /> 青堀で下車すると、ちと大変。若いとは言っても、この距離を歩くのは覚悟が要る。より海に近づくため、一行が選んだのは次の駅だった。<br />ふ「さ、皆さん着きましたよ」<br /> 十四時六分、目的地の二、大貫に降り立つ。<br />ち「で、上りも下りもだいたい五十分後ですね。あんまり余裕ないですが、今日はとにかく視察するだけなんで」<br />さ「拾わないし?」<br />ち「サンプルは持ち帰るつもりだけど」<br /> 時間は限られている。何せ一時間に一本ペースで、次を逃すと十六時台。18きっぷを使いこなすためにも何としても戻ってこなければ。<br /> こういう時に限って、然るべき現地案内がなかったりするのはどう考えればいいのやら。事前確認を怠ったツケと言われればそれまでだが...。<br /> 「はいはい、これでOK?」<br /> 「文花さん、さすが!」<br /> ケータイで地図情報を出してもらうも、あぁだこうだの珍道中。片道十分強、少々迷うが何とかたどり着く。<br /><br /> 「おぉ、海だぁ」<br /> 「といっても、東京湾」<br /> 櫻に揚げ足をとられた恰好の千歳だが、微動だにせずその煌きを見つめている。光放つ波は八人を迎え入れるかのように優しく、眩い。<br /> 浜辺と道路の間には結構な段差があるが、十代の三人は難なく降下して早々と駆け出す。遠くの波打ち際ではウミネコの群れが羽を休めているが、全くあわてる素振りはない。静かである。<br />ふ「パッと見はね、beautifulなんだけど...」<br />ひ「風が飛ばしちゃった後、とか?」<br />み「まぁ、とにかく近くに行ってみましょう」<br /> 低気圧が去った後ゆえ、まだ風が残る。体感温度的には肌寒い感じ。ひと足早く浜入りした櫻と千歳は、ここへ来てやっとモードチェンジする。<br /> 「城南島、思い出すなぁ」<br /> 「今日はあいにく二人きり、じゃないけど」<br /> 「あら、私は別に皆がいても平気だけど?」<br /> 波打ちの線に合わせて様々な漂着物が転がっているのは城南島と同じ。違うのは砕けた貝殻が多いこと。足を取られるような目立ったものはないのだが、彼氏はよろめく。<br /><br /> 「大姉御、今の気温は?」<br /> 「だから六月君、その呼び方さぁ」<br /> 何となくふてくされているが、満更でもない。<br /> 「ン? あぁ、小梅とお姉ちゃんの年令のちょうど間くらい」<br /> まだまだお若い大姉御、である。<br />こ「ちょっと寒い?って感じるくらいかな」<br />む「ま、動けば平気っしょ」<br /> 若人が率先して動き出したので、大人もあわてて同調する。よろけている場合ではない。<br /> ガラス片や燃え殻が散在しているのは即ち、その場で投棄・焼却されるケースが多いことを物語る。だが、それは岸壁寄りの話。波打ちとテトラポッドの間、そしてそのテトラポッドの内側には、正に海ならではの漂着ゴミが見受けられる。近づかないとわからないのは、川辺も海辺も同じである。<br /> 「川から流れてくる、というよりも外洋から? どっちだろ?」<br /> 南実研究員は図りかねている。とにかく集めるだけ集め、調べるだけ調べるに限る。が、時すでに十四時半。<br />さ「ペットボトル、プラスチック系、容器包装類... 川と変わらない気もするけど」<br />ふ「ロープと、あとフロートね。これは干潟、いやポケビじゃ見ないでしょ?」<br />む「硬いプラスチック片が多いのも特徴?」<br />み「そうね。でも発生源は内陸だと思うな」<br />ち「今の六さんなら、何の製品とか、材質とかわかるんじゃ?」<br />む「包装類なら分別できるかも知れないけど...」<br /> この間、初音はDUOを使って概数を入力している。その傍らで永代先生は、<br /> 「それにしても、またフタがいっぱい出てきたことで」<br /> とお手上げの態。だが、生徒は手を上げない。<br /> 「また持ってく?」<br /> 小梅は現地調達したレジ袋に放り込み始めた。<br /> 「今日のところは途中で廃棄かな」<br /> 「空き缶入れみたいに、専用の回収箱があればいいのにね」<br /> 以前にも誰かが言っていた。アフターケアとはこのことだろう。<br /><br /> 千歳は時計を気にしつつも、いつものスクープ撮影に入る。<br /> 「発泡系の大きいのはさっき撮ったし、あとは...」<br /> ウレタン片、長靴、特大の洗剤ボトルと続く。せっかくなので、海辺ならではの貝、アーティスト嬢が喜びそうな棒切れなど自然物も。海外漂着物が出てくれば、特ダネ級だったが、残念ながらゼロ。漂着ライターが収集できたのがお慰みである。<br /> 埋没物までは手が回らなかったが、さすがにこれは見逃せまい。<br /> 「ここって管轄?」<br /> 「さぁ、どうでしょ? 撮っておいてもらえば、親父、いや小湊さんにお伝えします」<br /> 川を出て、内湾を漂い、岬を廻って漂着してきたのだろうか。それは某河川事務所の警告看板であった。<br />ち「持って帰りたいのはヤマヤマだけど」<br />は「看板自体に『あぶない』って書いてあっちゃ、ひきますよね」<br /> 千歳はライターの他に、硬質プラのいくつか、チューブにロープ、玩具や雑貨の類なんかを証拠品として押さえていた。次回講座は未定だが、おそらくは小ネタとして披露することになるのだろう。<br /><br /> 「南実ちゃん、行くわよ」<br /> 「あ、ハーイ」<br /> レジンペレットもなくはなかったが、今日のところは断念。そんな余念が彼女を引き止めていた、と思うのが真っ当か。否、旅立つ前にしかと内房の海を目に焼き付けておきたかった、これが南実の真意である。<br /> 潮騒がどこか寂しげに聴こえる。<br /><br /> 櫻が先に歩いているのをいいことに、千歳は姉妹をつかまえると、<br /> 「で、そのぉ、真珠のことなんだけど」<br /> あくせくしている割には何とも悠長なことを聞いている。<br />は「伊勢の生まれですからね、多少は」<br />ち「じゃ、今度はお母様宛にメール...」<br />こ「櫻さんにもちゃんと聞いてからね」<br /> 今度はウィンクしながら、この一言。小梅には本当に頭が上がらない。<br /><br /> 行きとは違い、十分弱で駅に着く。ただし、当駅ICカードが使えないため、<br /> 「えぇと京葉線...」<br /> 南実がもたつくことになる。一行が跨線橋を歩いていると、双方向から列車が入ってきた。つまりギリギリセーフである。<br /> 「じゃあ五人様、青春して来てくださいね」<br /> 「お互い様でしょ、櫻さん」<br /> 下りに続き、上り。ほぼ同時刻に発車する。そして到着時刻も同じ。行き先は上下で別なれど、である。<br /> 十五時四十四分、青春五人様は館山に、アラサーの三人は蘇我に着く。<br /> 「それじゃお姉さん、お兄さん、当日よろしくお願いします」<br /> 「ヤダなぁ、お姉さんだなんて」<br /> 「って、どーしても呼びたくて。あ、そうだ」<br /> 座席にはその姉と兄。南実はホームに居る。<br /> 「千兄さん、写真撮ってもらっていいですか?」<br /> 発車時刻まで、まだ数分ある。窓をさらに開け、千歳はシャッターを押す。<br /> 「私、この駅、好きなんです。よかった」<br /> 蘇我の駅名標とともに南実の笑顔が映える。その笑顔、その残像を残し、列車はゆっくり走り出した。手を振る姿が小さくなる。<br /> 「蘇我かぁ、つまり再生?」<br /> 「南実さん、あの時も『retour<span style="font-size:85%;">(ルトゥール)</span>』だったし...」 違う私、新しい私... 彼女の心境が今はよくわかる。</span><br /><ul><br /><li>参考情報(設定等解説) <a href="http://wreckage.at.webry.info/200810/article_8.html">東京湾の外湾へ(1)</a>/<a href="http://wreckage.at.webry.info/200810/article_9.html">東京湾の外湾へ(2)</a>/<a href="http://wreckage.at.webry.info/200811/article_1.html">東京湾の外湾へ(3)</a></li><br /><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/660-670.pdf"><img height="31" alt="外湾へ" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><br /><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/11/74.html">74. 時は満開</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-69503194258627630522008-10-21T12:00:00.002+09:002009-01-05T18:17:07.030+09:0072. 本番二週間前<span style="font-family:lucida grande;"><br /> Go Hey with ASSEMBLYとしての二度目のセッションは、三月らしい陽気の中、行われる。その暖かさのせいではないだろうけど、集まりが芳しくない。今のところスタジオ入りしているのは先行カップルと新<span style="font-size:85%;">(?)</span>カップルの四人のみ。<br /> 「こまっつぁんは自主トレするって言うし、エド氏は追い込み時期だから遅れて来るのはしゃあないけど、頭の三人、A・S・Sはどうなってるん?」<br /> 「蒼葉ちゃんのケータイ、鳴らしてはいるんだけど...」<br /> 「SSのお二人は昨日ご出勤だった訳だし、きっとおつかれなんスよ」<br /> 業平は黙々とPCとPAの調整中。この際、この四人で音の基盤強化をしっかり図るのが良かろう、と踏んでいる。Kb<span style="font-size:85%;">(キーボード)</span>、G<span style="font-size:85%;">(ギター)</span>、V<span style="font-size:85%;">(ボーカル)</span>は基盤の上に乗せるというのが彼なりのイメージ。バンマスは的確に指示を出す。<br /> 「じゃ、三人が来るまで『私達』と、えっと、breeze...」<br /> 「『Breathe with breeze』よ、Goさん♪」<br /> 「行ってみよう!」<br /> 十四時過ぎスタートで、まずはこの二曲。重低音をとにかく固めていく。『私達』の方はオケだけではあるが、独特のうねりが強調され奏者は心地良さげ。弥生の持ち歌についてはその完成度が益々高まり、歌唱の方もバッチリ。あんまり想いを込めすぎて、誰彼さんを倒してしまってはいけないが、歌の心と同じく、呼吸を整えつつ、程よく抑えつつなので大丈夫。息も合っていることなのでまず問題ないだろう。<br /> 三曲目、とりあえずリズムマシンでイントロを流しながら、ドラムとベースをどこから入れるかを試行していた矢先である。タイミングよく、ASSの三人が入室してくる。<br /> 「あ、新曲?」<br /> 「何かいいかも...」<br /> 「すみません、でございました。あ、そのまま続けて」<br /> 登場順に一言ずつ。四人の気が散らないようにおとなしく入ってきたつもりだったが、何故かマシンが不意にストップ。メンバーの視線は一斉に業平に向かう。<br /> 「なぁんだGoさん、イイ感じだったのにぃ」<br /> 「いやいや、ちょっと閃くものがあってさ」<br /> バンマスが言うには、①最初にマシンでリズムを打つ、②その間、メンバー入場、③配置に付いたらドラム、ベース、パーカッションと重ね、④千歳のギター、櫻のキーボードが乗る、⑤生演奏主導になったところで、歌が入り、マシンは裏打ちに切り替え...<br /> 「って訳で、あんまり曲順考えてなかったんだけど、これならオープニングいけそうじゃん、て、今」<br /> 「ハハ、確かに入場してる感じした。遅れてきた甲斐あった、かな?」<br /> 「たく、櫻姉ったら、心配かけといてそりゃないんでねーの?」<br /> 「ゴメンゴメン。三人でね、積もる話などしながら、お昼とってたまではまだよかったんだけど、パンケーキの代わりの差し入れどうしよって、そこからちょっと...」<br /> 「ドーナツは相変わらずでとてもとても。で、急遽」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200810/article_5.html">行列系ドーナツ</a>)<br /><br /> 蒼葉が差し出した箱を開けると、<br /> 「ワッフルだ、やったぁ」<br /> 弥生は遅れた理由も何もなくただ上機嫌。引っかかっているのは八広である。<br /> 「その、積もる話って何スか?」<br /> 「ヘヘ、まぁそれはまた追い追い、ね?」<br /> 千歳は姉妹を横目に見ながら一寸あわてる。櫻に取り繕ってもらいたいところだが、<br /> 「あら? 千は急げじゃなかったの?」<br /> おやつの時間にはまだ早かったが、さっさとワッフルを口にして、話を封印してしまう千歳であった。<br /><br /> 「で、ルフロン、タイトルは?」<br /> 「昨日、画伯の展覧会鑑賞して思いついた。もともと画から何かが聴こえたのが始まりだから」<br /> その題とは即ち『聴こえる』。<br /> 「画家冥利に尽きますワ。でも、その感性、さすがは自称アーティスト」<br /> 「いいや、ルフロンは魔女っ娘だから、聴覚も特殊なだけで...」<br /> 「フン、このバチあたりっ!」<br /> 本日の八クン、逃げ足速く、バチ!とは行かなかった。スタジオ内には笑い声が、聴こえる。<br /><br /> そのオープニング曲はひとまず後回し。頭の三人が揃ったので、それぞれのボーカル曲を通してみることになった。『届けたい・・・』『Down Stream』『Re-naturation』の三曲、順不同である。今となっては、もはやウォーミングアップ代わり。メドレーでつないだりしない限り、どの順番で持ってきてもすんなり行けそうだ。<br /> アンコールも含めて全十曲を演奏するとして、まだあまり通し練習をしていないのは四曲。<br /> 「食後で眠くならないように、難しいのからやろか」<br /> 演奏順未定ながら、ここで千歳のメッセージソングに取り掛かることになる。とりあえずは楽曲データ主体で、各自練習した範囲で生<span style="font-size:85%;">(ナマ)</span>をかぶせる程度。作曲者だけは手本を示す必要もあり、しっかり歌とギターを乗っけている。とにかくこの曲に関しては演奏もさることながら、そのメッセージをメンバーで共有できるかどうかがカギ。現場に居ずして臨場感をどれだけ高められるかもポイントになるだろう。言わば課題曲である。<br /> 特にパートを持たない蒼葉を除き、各奏者は段々青息状態になってきた。いくらタイトルがそうだからって、これじゃ正に、<br /> 「ま、『Melting Blue』を地で行くと、こうなるってことで」<br /> 「わ、笑えないんですけどぉ」<br /> これではメッセージ以前の問題か。伝えようとする想いが強ければ強い程、空回りしてしまうこともある。これが何かの極意に通じる云々を千歳はいま一度かみしめてみる。<br /> 「ま、ここらでまたひと休み。舞恵の癒しソングでもどう?」<br /> 千歳編曲のボサノヴァversionが流れてくる。その淑やかで軽やかな調べに癒されながら、思い浮かべるは風、波、リセット後の情景...<br />ま「ご当地ソングって言うと俗っぽくなっちゃうけど、これ一応干潟のテーマ曲」<br />さ「タイトルってまだだっけ?」<br />ま「干潟に名前があればね、そのまま曲名にしてもいっかなって思ってたんだけどさ。ねぇ八クン?」<br />八「higataで通用しちゃってたから、特に考えてなかったんスよね。何かないでしょか?」<br /> ここからはBGMそっちのけで、毎度お決まりのディスカッション。干潟に冠する語句として「五カン~」「蒼茫~」といった説示的なものから、「いきいき~」「再生~」など主題的なものまで。オーソドックスなところでは「漂着~」「受け容れ~」、発起人とリーダーに敬意を表するなら、<br />さ「CSR干潟? 何だかなぁ」<br />や「咲くlove干潟は?」<br />さ「弥生ちゃん、あのねぇ...」<br /> ワンテンポ遅れて千歳がのたまう。<br /> 「CSRと言えるかどうかわからないけど、地元企業とかとタイアップして『ネーミングライツ』で名前付けるのも良さそうだね。あ、でもそれじゃ曲名が企業名になっちゃうか」<br /> 「当行で良ければ? なーんてね。てゆーか、そういう話は石島トーチャンに確認しないとダメなんでないの?」<br /> 「あくまで愛称でしょ? 自由でいいと思う。だからもっと、そうhigata以外の選択肢もね。特に『ひ』を発音しなくて済むようにしてもいいかなって」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200810/article_6.html">川辺や干潟にネーミングライツ?</a>)<br /><br /> 蒼葉のこの提案で方向性が変わる。第一声は、先刻から唸っていた人物が発する。<br /> 「千ちゃんが発見者だとすると、千干潟。でも千と干て漢字で書くとそっくりだから、なぁ...」<br /> 「Goさん、何が言いたいのぉ?」<br /> 「いっそ、『ちがた』ってのは? 先生もそれなら」<br /> 「不採用!」<br /> 当の千歳の意見も何もなく、弥生がバッサリ言い放つ。業平は頭を掻きながらも何だか嬉しそう。BGMはリプレイを続けている。<br /> 「何とかビーチ、って前にルフロン言ってなかったっけ?」<br /> 「まぁね、歌詞の中にもそれは入ってる。でも○○ビーチのままなんよ」<br /> 意外と決まらないものである。さっきは青息、今は溜息。と、そこへ...<br /> 遅れ馳せながら、冬木が駆け込んで来た。目に付くのは、おなじみのポケットの多いジャケット。弥生がピピと来たのは言うまでもない。<br /> 「弟も言ってたけど、流れ着くものを収容する、つまり入れ物であること。それでそのカーブした感じ、あと何となくカワイイとこ、『ポケットビーチ』なんていかが?」<br /> 「略して『ポケビ』? いいかも。さっすがご融資対象」<br /> 冬木はポケットに手を当てつつ、ポケーっとしている。曲名のヒントを提供した功、小さからず。こういう時は堂々と振る舞っていて構わないのだが、自覚がないんじゃしようがない。<br /><br /> 「はぁ、この曲がウワサの。で、ポケビですか」<br /> 「曲名はいいとして、考えてたのは順番なんですよ。アンコールがかかったら、ラストにしっとりやるか、とも思ってたんだけど」<br /> 業平が引き続き唸っていたのは、全体進行の件でだった。このversionのままだと、これと言ったアレンジは要らず、小編成でOK。だが、ラストは全員でパッと盛り上げて締めたいというのが本音。<br /> 「僕は最後の最後にBGMとして流してもいいと思うな」<br /> 「いやぁ、せっかく詞があるんだし、歌の分担も決まってるんだから。やっぱ別テイク作るかな。ねぇ、弥生嬢」<br /> 「ん?」<br /> かくして、タイトルの割には重厚でノリノリなのが新たに用意されることになる。<br /> 「譜面データを展開して」<br /> 「プログラムし直せばいいんだもんね♪」<br /> 月末に仕上げて楽曲データをダウンロードできるようにすれば手筈は整う。四月第一週に各自耳に入れておいてもらって、あとは前日のリハーサルで調整。ぶっつけ本番に近いが、こういうのも現場力のうちと考えれば、自ずと士気も高まる。<br /> 冬木がそろったところで、改めてオープニング曲の練習に入る。先の業平の提案通り、イントロ長めで、徐々に音が厚くなる入り方で試奏してみる。なかなかイイ感じではある。<br /> 「そうだなぁ、いいんだけど、オープニングだからなぁ」<br /> 何故か冬木がブツブツ。ステージ担当でもあるので、出だしのインパクト!というのが頭にあるらしい。<br /> 「一人多重コーラスで始めるってのはどう? 隅田さんにやってもらって録音したのを流す」<br /> 「え、僕が?」<br /> 「かぶせるのはちょっとした仕掛けでできます。コーラスワークは多少心得あるんで、この『聴こえる』のサビから拾うってことで何とか。僕が口ずさむから、それに沿って何音節か入れてもらえば」<br /> 「そっか、カラオケ自由曲でもコーラス系でしたね」<br /> 「ポケットつながりで言えば『Pocket Music』の世界」<br /> 「あぁ、達郎アカペラか」<br /> いよいよ盛り沢山になってきた。スロー&緩やかに反しない範囲で、と行きたいところではあるが。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200810/article_7.html">一人多重コーラスによるオープニング</a>)<br /><br /> 「さて、残るはワッフル、じゃないや『Smileful』だっけ?」<br /> 「それと櫻さんの感動作『晩夏に捧ぐ』」<br /> 共有できてはいるが、実際に演奏するのは今回初。ただし、曲順によっては、必ずしも全員が練習するには及ばない。<br />ご「ちょっとリスキーだけど、①聴こえる、②Melting~、③Down Stream それとも...」<br />さ「緩急をつけた組み立てになってればいいと思う」<br />ち「女性ボーカルを連続させると華やいだ感じにできると思うけど」<br />や「ならその最初はあたし!」<br />あ「エーッ? 私よ」<br />八「後半から蒼葉さんが颯爽と出てくると、演出的にはいいかも」<br />ふ「アンコール前をどう盛り上げてくか、ってのはあるからね。それはアリ」<br />ま「舞恵は?」<br />ご「ずっと後ろじゃつまらない?」<br />ま「ま、自分なりに演出考えるし」<br /> 順番と出入りについては、higata@で引き続き議論することとなった。今日のところは、『聴こえる』『Melting Blue』『Down Stream』『Breathe with breeze』『Re-naturation』『私達』『届けたい・・・』『Smileful』をひと流しして終わり。すでに六時近くになっている。<br /><br /> 「えっと、帰り際に恐縮ですが、その今回のステージイベントのチラシって、どうしましょ?」<br /> 「情報誌では軽く予告流しますけど」<br /> 「いえ、初音さんがね、お店に置きたいって言うんで」<br /> 「私、作ろっか。楽器練習とかないんだし」<br /> 「じゃ画伯ぅ、得意の静物画つきで、ネ」<br /> 「はいはい。じゃあムシュエディさん、その予告と合わせるんで、文面教えてください」<br /> メンバーが片付けに入っている間、文面どうこうでやりとりが交わされる。が、ちょっと怪しい?<br /> 「で、蒼葉さんにもご相談がありまして」<br /> 「はぁ」<br /> かれこれ半年近く、言い出せずにいた話。<br /> 「五月号にぜひ。勿論、女性陣と一緒に」<br /> 「アハハ、そういうことでしたか。詳細はステージ終わってから、でもいいですよね」<br /> また一つ、ちょっとした企画が動き出すことになる。五月はそう、青葉の季節である。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/654-659.pdf"><img height="31" alt="本番二週間前" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/10/73.html">73. 外湾へ</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-88045677927854255182008-10-14T12:00:00.004+09:002009-01-05T18:09:30.026+09:0071. ギャラリーにて<span style="font-family:lucida grande;"><br /> ひと段落ついたことで、事務局長にも余裕が生まれる。月曜にはおクルマで千住宅に乗りつけ、展示に付される各種絵画を搬出。そのまま千住姉妹とセッティングし、準備は完了。予告通り火曜日には開催される運びとなる。<br /> 総会資料とともに本展案内も届き出した頃だが、KanNaの新着情報にも出たためか、順調な滑り出し。新たな客層の掘り起こしにもなったようだ。<br /><br /> 漂着静物画に関連して、モノログからピックアップして引き伸ばした写真、何となく保管しておいたリアル漂着物なんかも、その週のうちに補足展示されていく。さらには先にまとめた「いきいきいろいろマップ」に、四姉妹で作った初代マップも並べられ、館内はすっかりギャラリー状態に。賑やかなモードのまま週末へ。そして二十二日。<br /><br /> 今週到着分の総会出欠ハガキの整理を終えた昼下がりのこと。生徒と児童が、それぞれの姉を連れてご来館になる。いつものようにお約束は果たされた。<br /> 「あ、六月君。初姉もご卒業、おめでとう!」<br /> 卒業式を終えた翌日なので、気抜けしたような引き締まったような不思議な面持ちの六月。千歳を除いて、周りは女性ばかりな上、そのお姉様方から一斉に拍手を受けたもんだから、余計に顔の作り方がわからなくなっている。当然、返礼も何もあったものではない。<br /> 「あのぉ、一応あたしも卒業組なんですけどぉ」<br /> 姉は弟のことよりも、自分のフォローが先。だが、<br /> 「弥生ちゃんは先週だかちゃんとお祝いしてもらったでしょ? その...」<br /> 「おふみさん、そ、それはまだ」<br /> 「そりゃあない、っしょ?」<br /> 「六月はいいのっ」<br /> この掛け合いで、トライアングル解消方向とやらの謎が解けてきた。櫻と千歳は大きく頷く。<br /> 「まぁまぁ。今日はお祝いとか特にないけど、ゆっくりしてってね。さてそろそろ...」<br /> 文花の読み通り、十四時ちょうどにその人物は現れた。前後に常連の二人を伴って、というのが彼らしいと言おうか。<br /> 「下でモタモタしてたから連れて来たさ」<br /> 「ほんと、そっくりスね」<br /> 本多兄弟の件は、higata@でも話題になっていたので、初対面でもすぐにわかったと言う。当の兄も、このカップルについては縁結びエピソードともども既知の通り。もたついてはいたが、すぐに打ち解けたようで至ってにこやかである。だが、第一声はズバリ、<br /> 「あ、桑川さん」<br /> 笑顔だったのはこのせいだったか。されど、<br /> 「ども、CEO殿」<br /> かつての舞恵のようにツンツンとまでは行かないが、ちょっとつれない感じで弥生は応じる。<br /> 「って、呼んだの私よ、お兄様。ま、いいや、ひとまず三人で」<br /> 文花は穏やかな中にも冷ややかさを秘めた口調。傍目からは、新たな三角形<span style="font-size:85%;">(?)</span>と映るが、文花と弥生の間では何らかの諒解がすでに成立している。おそらくわかっていないのはCEO氏だろう。<br /> 矢印の向きをうまく変えていけるかどうか、それは今後の打合せ次第。社業に影響が出ないよう、端的に云えば兄弟喧嘩が生じないよう、そんな配慮をしながらというのが少々悩ましいが、楽しくもある。駆け引きと言っては不可ない。二人娘なりのコラボレーションであり、ソリューションなのである。<br /><br /> ルフロンと八広は、絵画展その他の見学中。醒めた中にもどこか情感のこもったその青の世界に改めてインスパイアされているようだ。口数が少ない。<br /> 「こういうデコもアリかぁ...」<br /> 「環境関係の施設で絵画って、ありそうでなかった、かもね」<br /> 「でもって、画伯ったらデッサン教室やるんだとか」<br /> 「ハハ、五月開講かぁ」<br /> 副賞を元手に、然るべき場所で教室を開く予定だった蒼葉だが、極めて低予算で開講できる運びとなった。今回の展覧会はその予告も兼ねてのこと、なかなか手筈がいい。<br /> 「舞恵も自作楽器か何か展示して、ついでにえっと」<br /> 「あぁ、漂着物アート教室?」<br /> 「そうそう、ルフロン風Art Decoさ」<br /> 「アールデコボコにならないように、あっ」<br /> つい口が滑るも、ボコボコにされるようなことはない。ギャラリーでは淑女でありたい。その辺の心得、さすがは奥様、である。<br /><br /> 「ねぇ櫻さん、ステージイベントのチラシってないんスか?」<br /> 「明日集まるから、そん時に相談かな」<br /> 「明日、かぁ。パンケーキ持って...って、ダメじゃん」<br /> 「パンケーキ、人気だもんね。残念...」<br /> 「今日も、あ、そろそろ行かなきゃ」<br /> こういう時、待ったをかけるのはこの女性しかいない。<br /> 「あとで売れ残り食べに行くし」<br /> 「大丈夫です。いらっしゃる頃には完売にしておきますから。意地悪ルフロンさん」<br /> 「たく、どっちが意地悪なんだか」<br /> 「フフ、ちゃんと釜、いや専用容器でとっときますヨ」<br /><br /> 桜開花の便りが届き始めた時分である。いろいろなものが花開き出すのは自然界も、そして人もきっと同じ。<br /> 「姉御、三十日って空いてる?」<br /> 「何? 誘ってんの?」<br /> 「オイラと川、越えてみない?」<br /> 千住桜木ブルーマップを眺めながら、六月が問う。小梅は当時の帰途を思い出し、手を打つ。<br /> 「そっか、あそこか。乗った!」<br /><br /> 似たような会話がもう一つ。<br /> 「ルフロン、三十日ってさ」<br /> 「年度末だし、多分干物みたいになってると思うけど、練習だよネ」<br /> 「特に新曲、ご自身作詞のね」<br /> 「今日ここでまたイメージ膨らんださ。物が語りかけるような、そんな音、めざす」<br /><br /> その作曲者は、ルフロンの詞と蒼葉の絵を重ねながら、どう歌い込むかを思案中。顔なじみ客が続いてもお相手することなく、ずっとデスクに張り付いていた千歳は、少しばかり息をつく。<br /> 「どう、千歳さん、KanNaちゃんの更新、OK?」<br /> 「団体分はね、何とか。でも今度は会員の分だよね。ID割り振る前に名簿データ調えなきゃ」<br /> 「あぁ、あっちでそのIDがどうのこうのって」<br /> 「例のITマップに投稿するのに使う、って話だと思う」<br /> 「KanNaもDUOも、でしょ? 応用範囲広そうね」<br /> 「ねらいは課題解決型市民の底上げ、ってとこかな」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200810/article_4.html">1つのIDで複数の機能を使う</a>)<br /><br /> カウンターでは何となく仕事系の話が交わされている。話はその延長で、センターのパンフレット、新年度用入会申込書といった新調ネタに。そしてさらに開花の話題へと転じる。やっといつもの二人らしくなってきた。<br /> 「三十日、御殿山の桜、観に行きます?」<br /> 「それもいいけど、前夜は? つまり夜桜」<br /> 「まぁ...♪」<br /> 件<span style="font-size:85%;">(くだん)</span>の三人はまだ円卓に居て、同じく花開いている最中である。各カップルと違うのは議論の花、である点。それはそれで粋である。 </span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/650-653.pdf"><img height="31" alt="ギャラリーにて" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/10/72.html">72. 本番二週間前</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-4432993641387178592008-10-14T12:00:00.002+09:002009-01-05T18:01:21.036+09:0070. カウントダウンが始まる<span style="font-family:lucida grande;"><br /> ここまで来たら設立するしかない。だが、その成否は総会にかかっている。押し気味ではあったが、事前の準備は整った。今日はこれまでに募った会員各位への議案発送大会である。当センターが得意とするIT系やりとりで以って、議案はwebから、出欠届もEメール等で、というのも一応案内はしてあるのだが、何せ設立総会である。現物主義で確実に、となると、紙なりハガキなりが物を言う。発送件数はそれほどではないものの、資料のボリュームがそれなりなもんだから、出て来られる役員・委員は総出、かつ朝からバタバタ。<br /> この際、higata@関係者にも手伝ってもらいたいところだったが、舞恵は年度末が近いこともあり、自主的に休出、八広は冬木と打合せだか何だかで揃わない。第三土曜日なので、本来なら第三の男が来て然るべきではあったが、お嬢さんのアタックが利き過ぎたか、ご欠席。<br /> 「ま、業平さんは仕方ないわね。でも、弥生嬢は? 召集かけといたんだけど」<br /> 「ケータイかけてみたらどうですか?」<br /> ライバル関係にある二人ゆえ、あまりお勧めできる話じゃなかった? 櫻は言ってから気が付くも、<br /> 「そっか、かけてみよ」<br /> あっさり受け容れられてしまったので、キョトンである。文花がピピとやり出すと、その通話先の女性がタイミングよく入ってきた。<br /> 「こんちはっ。遅くなりました」<br /> 「あ、今ちょうど。ちょっといい?」<br /> 昨夜の余韻覚めやらず、櫻も千歳も今ひとつキレがない。あのライバルどうしがすっかり睦まじくなっているのは何故? まして、業平が昨日どっちと過ごしたか、なんてことはわかりよう筈がない。<br /> 「で、どうだった? うまくいった?」<br /> 「あ、えぇ、おかげ様で。でも今日来ないんですか...」<br /> 「心配ならいいわよ。会いたいでしょ?」<br /> 「おふみさんたらぁ」<br /> 聞き耳を立ててはいたが、笑い声しか聞こえなかった。今や先行カップルで通る二人は、<br /> 「ま、こっちも内緒事項あることだし」<br /> 「何か新展開があったんでしょうね。いずれ自分から話したくなるでしょうから、その時まで。フフ」<br /> 手の方がお留守になりそうだが、ちゃんと動いている。職員というのはそういうものである。<br /><br /> 総会に係る書類を封筒の中に詰め込むところまでは、午前中に終えることができた。続きの作業は午後から再開。封を閉じ、業者指定の宛名ラベルを貼り、引き取りを待つ、それだけ。今は四人が残り、館内でランチタイム。<br /> 「本当はもっと早く出したかったけど」<br /> 「季刊誌その他、前から予告はしてたんだから、いいんじゃないですか?」<br /> 「ま、あとはメールで一斉案内か...」<br /> 「じゃ例の送信方法で。ネ、隅田クン?」<br /> 「へ? あぁ、本人情報確認欄付き、のこと?」<br /> まだちょっとボーッとなっている千歳だった。すると、<br /> 「Bonjour!」<br /> 春らしい装いでモデルさんがやって来た。誰彼さんは声が出ない。櫻お手製のデリに手を伸ばしつつも、ボー。いや、beauと言いたいようである。<br /> 「あら、手伝いに来てくれたの?」<br /> 「絵画展のチラシ、一応作ってきたんで、もしよければ一緒に、と思って」<br /> 「蒼葉ちゃん、やるぅ!」<br /> 「そっか、同封物...」<br /> 女性四人が集まれば賑やかになるのは至極当然。居心地は悪くないのだが、ここは女性どうしで語らってもらうのがよかろう。<br /> 「じゃ僕はメールの設定始めてますんで」<br /> 気を利かせて移動する。カウンターの隅っこに居る隅田クンである。<br /><br /> この際、DUOの案内を同封しても良さそうだったが、<br />ふ「拡大版のメドが立ってからでもいいかな」<br />や「とりあえず、当日資料は用意します。初仕事として」<br /> とのこと。あとは、<br />さ「まだQRコードはないけど」<br />ふ「せっかくまとめたんですもの」<br /> 原版はカラーだが、今回はモノクロ。A3ヨコに広がるは先週の成果である。<br />さ「ま、塗り絵として使ってもらうのもアリですね」<br />ふ「となると、グリーンもオレンジもないわねぇ」<br />あ「そこは人それぞれでしょう。感覚、感性、感情...」<br />や「表題は? いろいろマップ?」<br />さ「それにいきいきを足す」<br />あ「ひらがなで書くと、きいろ、って」<br />ふ「でも、グリーンとオレンジで共通する色ってもしかして黄色?」<br /> 話が尽きないので、とりあえずは表題なしで、その仮まとめマップは発送されることになった。<br /> 「封しないでおいて良かったですね」<br /> 「ま、こういうのはできるだけ引き付けて、ってことなのよね。他にチラシとか、大丈夫かしら?」<br /> 「四月六日イベントは?」<br /> 文花を横目に弥生が一言。<br /> 「そうねぇ... クリーンアップは講座の一環だから一応案内出したけど、ステージの方よね」<br /> 「ま、あんまりお客さん増えちゃうとプレッシャーが...」<br /> 「あら、櫻さんらしくないわねぇ」<br /> 「いえ、あんまし派手にやりたくないかな、って。音響関係も一部はお天気次第だって言うし」<br /> 電気系統には、再生エネルギーを組み入れる予定ゆえ、音量にも制約が生じる見込み。それに見合った客数というのも自ずと控えめになる。だが、櫻はこれとは別の理由で、セーブをかけようとしていた。「彼女が演奏に集中してもらえるように、心置きなく旅立てるように...」<br /><br /> 「それじゃ皆様、今日はどうもでしたっ!」<br /> 文花は発送前の箱々を前に、笑顔満面。<br /> 「残るは当日の段取り?ですね。もうちょっと詰めないと」<br /> らしいことを述べるのはこの人、千歳である。<br /> 「会員から立候補が出なければ、女性議長を立てる、あとはその人の仕切り次第ではあるけど...」<br /> 「って、おふみさんが?」<br /> 「まさか。事務局長はね、議案説明役なのよ。議長からのご指示で淡々と...」<br /> 「フーン」<br /> 「弥生ちゃん、勤務初日だけど来る? 起業家としては設立総会って勉強になると思うけど」<br /> 「あ、ハイ! でも、一応COO<span style="font-size:85%;">(最高執行責任者)</span>と相談します」 議事の記録は新理事で交代しながら、議事録署名は代表が一筆入れればあとは一人か二人か、そんな話が少々。兎にも角にも、発送が済めばこっちのもの。あとは総会成立に必要な出席者、または書面参加が得られればいい。かくして総会までのカウントダウンが、始まる。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/646-649.pdf"><img height="31" alt="カウントダウンが始まる" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/10/71.html">71. ギャラリーにて</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-18343731343206605732008-10-07T12:00:00.002+09:002009-01-05T18:03:17.387+09:0069. 三月の表白<span style="font-family:lucida grande;"><br /> そんなこんなで、クリーンアップ~グリーンマップと続いた講座は、四月に再びクリーンアップ、五月は季節感たっぷりにグリーンマップ、つまり交互に開催すると良さそうだ、という話ともども、続行が決まった。テーマの融合と深化、そして点から面への期待を込めて、のことである。六の月は前年同様、環境の日にちなんだ一席を先生に受け持ってもらうが、クリーンとグリーンのまとめのような企画も設ける予定。と、これがたたき台となり、部会を軸とした年間計画のようなものも見えてきた。<br /> メーリングリストでの下打合せが活発になると、実際の会合に懸ける思いは強くなる。特にセンター運営協議会(未だ仮称)に至っては、利用者側の視点で委員があぁだこうだとやり合うもんだから、以前にも増して賑やか。平日夜間のセンター利用状況はこうした要素もあって好転していく。見方によっては利用者が利用者のために議論しているようなものなので滑稽でもあるが、内容は極めて真摯。来客サービスの充実、相談対応の拡充、は言わずもがな。ハコモノにしないための工夫や知恵は、それそのものが事業となる。いかに足を運んでもらうか、いかに館内を利用してもらうか、そしていかに「いきいき」してもらうか。当センターにおいては心配ご無用<span style="font-size:85%;">(?)</span>ではあるが、そこにいるスタッフのイキもポイント。それには文花が考えるところの働きながら学ぶモデル、かつ、スロー緩やか大歓迎!式ワークスタイルがいかに実践されるか、にかかっている。情報提供というのは、スタッフの姿勢から発信されるものも含まれる、と言うんだから、見上げた事務局長殿である。<br /> 拠点から現場か、現場から拠点か、の双方向性の話もある。木か森かに通じるこのテーマは、かつて清が称えた二人の理事のバランスに拠るところ大。千歳、文花、櫻の三人に何人かの役員・委員が加わって夜な夜な話し合うことも三月に入ってからはしばしば。総会議案の方も程よいバランスのもと、まとまりつつある。<br /><br /><div align="center">――― 三月某日 ―――</div><br /> そんな或る日の夜である。千歳もいれば八広もいる、という会があった。ミーティング中もどこか落ち着きがなかったので、不思議に思っていた千歳は、散会後、八広に軽く声をかけてみる。<br /> 「ハハ、確かにあんまし聞いてなかったスね。いえ、折り入ってご相談というか、そのぉ...」<br /> 珍しいことがあるもんだ、と思い、ゆったりと聞き役に回る千歳。だが、きっかけが冬木と聞いて、些か面食らう。<br /> 「そっかぁ... でも、それでいい、ん?」<br /> 「いつまでもルフロンに甘える訳にも行かないですし。それに自分でそういう働き方も体験してみないことには偉そうなこと言えない、でしょうし」<br /> 広告代理店とはいえ、一介の会社組織ではある。いわゆる社会人経験を積んでおいて悪いことはない。千歳はゆっくり、されど力強く、<br /> 「勢いのあるうちって言うしね。応援しますよ」<br /> 「あ、ありがとうございます。これも隅田さんのおかげ。程ほどにイケイケで、がんばります」<br /> 「僕は何にも。宝木さんの実力さ」<br /> さん付けで呼ぶ、これはちょっとした餞<span style="font-size:85%;">(はなむけ)</span>でもある。だが、これまでと接し方が変わるというのは互いに嬉しいような寂しいような、ではある。<br /> 「四月からはあんまりお手伝いできなくなっちゃいそうスけど」<br /> 「何の何の、今は自分でここに通ってるんだし。こっちが貴社情報誌のお手伝いすることになるかも知れないくらいだから」<br /> と言いつつ、カウンターを一瞥。思わず先輩と目が合う。<br /> 「ま、ここではすでにアシスタントなんだな」<br /> 「?」<br /> そのフットワークと文才を大いに発揮されたし。流域情報誌がより良質な媒体になることを確信する自称アシスタント氏であった。<br /><br /><div align="center">――― 三月十四日 ―――</div><br /> 十四日はあっと言う間にやって来た。翌日に事務的な一大イベントが控えていることもあり、午後からは臨時で千歳も出勤。用紙の白、ハガキの白、宛名ラベルの白、やたら白物とご縁があるのは他でもない。ズバリ、ホワイトデーだから、である。<br /> 櫻ご贔屓の洋風居酒屋にて、ちょっとしたお返しディナーというのを一応セットしてあるので、今の時分はいつもの櫻先輩と隅田クンでいいのだが、さっきから違う意味でホワイト尽くしになっているので、二人とも白々となっている。<br /> 「それにしても、植林木パルプって言っても白色度はそれなり?」<br /> 「原木は? シラカバだったら、天然のままで十分白いと思うけど」<br /> 「ハハ、残念。アカシアでした」<br /> 「アカ、かぁ」<br /> と言っても、赤とか紅とかは無縁。今はひたすら総会向けの資料原稿をチェックしているので、時に補整用の赤が出てくる程度である。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200810/article_3.html">アカシア紙</a>)<br /><br /> そろそろひと休み、と手を止めていたら、赤い花にまつわる女性が現われた。<br /> 「あら、南実ちゃんじゃない。どしたの?」<br /> 「えぇ、調べ物方々これを」<br /> 「またご親展、ですか。いるわよ本人」<br /> 「え、ウソ?」<br /> 会議スペースで漂白、いや漂泊の時を過ごしていた櫻と千歳が顔を出す。こちらの三角形は今は安定的なので、多少のビックリはあっても綽然<span style="font-size:85%;">(しゃくぜん)</span>の態。<br />み「ちょっと千さんお借りします」<br />さ「あ、ハイ」<br /> 当の千歳は、義理某のお返し代わり、南実とのティータイムの件を思い出し、<br /> 「じゃ近場で。すぐ戻ります」<br /> 「あら、当館ご利用じゃなくて?」<br /> 文花は少々解せない風ではあったが、櫻がゆったり珈琲タイムに入っているので、構わないことにした。<br /> 「櫻さんも進化したわねぇ。前だったら、送り出したりしなかったと思うけど」<br /> 「今は勤務時間中ですから。二人のことだから、お仕事絡みでしょ? だったら別に」<br /> 「何かまた親展... あ、いやいや」<br /> 「ま、とにかく信じてるんで」<br /> 十四日にわざわざ、しかも外で、である。全く気にかからないと言えば嘘になるが、これが不思議と思ったほどではない。期せずして心境の変化を悟る櫻なのであった。<br /><br /> クリーム増量が可能なシュークリームを扱うお店では、ちょっとした喫茶も可能。センターからも程近いこの店に千歳は南実を案内する。<br /> 「お返しの件、忘れてた訳じゃないんだけど、つい連絡しそびれちゃって」<br /> 「いえ、普通なら社交辞令レベルですから。こちらこそ押しかけちゃったみたいで、すみません」<br /> 「で、お話っていうのは?」<br /> 「そ、そうでしたね」<br /> アイスティーとシュークリームのセットを前にして、南実の動きが止まる。あわててシューを割ったら、クリームがこぼれ出て来た。<br /> 「あ、ツブツブ。これってバニラビーンズでしたっけ」<br /> 牽制球という訳ではないが、直球でもない。南実にしては珍しい揺れのようなものを感じる。千歳はシューには手を付けず、ひとまずアイス抹茶を口に含む。そして待つ。<br /> 「そのぉ、何となく予感はあったんだけど、例の論文がえらく高い評価をいただいてしまいまして...」<br /> 「それは良かった。じゃまた祝賀会でも」<br /> 「えぇ、自分としては喜ぶべきなんでしょうけど、おまけと言うか何と言うか、提携してる米国の研究機関に交換留学、みたいな賞を与<span style="font-size:85%;">(あず)</span>かっちゃって」<br /> 「留学、ですか」<br /> 「で、この話、皆にしちゃうと、バンドのこととか含めてひと騒ぎになりそうだから、どうしよっかって考えてたんです」<br /> 「いつからってのは、もう決まって?」<br /> 「四月の早いうちに、なんです」<br /> 「そっかぁ」<br /> 清はもとより、higata@メンバーも、勿論、文花先輩にも内緒にしていたんだと言うから、相当な逡巡があったに違いない。クリームが皿に流れるに任せ、南実は話を続ける。<br /> 「このまま黙ってた方がいいか、それとも...」<br /> 「四月六日までは平気ですか」<br /> 「最初で最後の出演になりそうだけど、皆とステージには立ちたいです。だからそれまでは何とか。当日はあわただしくなるでしょうけど」<br /> 「演奏に支障、いやメンバーが動揺しない範囲で、こっちで対応考えてみます。一任してもらえれば、だけど」<br /> 「私からはとてもとてもなんで。助かります」<br /> 胸のつかえがとれたか、アイスティーを半分くらい飲み進む南実。ストローを使っていると、そのえくぼが強調される。向き合う異性は思わず息を呑み、胸がつかえたような感覚に陥る。<br /> 「櫻さんとはそろそろ、ですか?」<br /> 「え? いやぁ...」<br /> 「今ならまだ許されるかな。私のこと、名前で呼んでほしいんだけど」<br /> 「南実さん? て」<br /> 「南実、で、お願い」<br /> 女性の名前を呼び捨て... 自称小心者である千歳にとってこれは難題である。抹茶の緑を見遣りながら、内心「こまっちゃうなぁ」状態。ただ、それを言葉にしては、白けてしまう。ここは一つクールにシリアスに行きたい。<br /> 「あ、ありがと、うぅ...」<br /> かつては実兄にそう呼ばれていたんだろう。千歳の発した三文字は、彼女にとって何よりのプレゼントになった。<br /> 「そうか。櫻って呼ばないもんね。私ったらまたムリなお願いを。あ、そうそう」<br /> 南実はエアキャップ入り封筒を差し出すと、<br /> 「ワレモノなんで、郵送するのやめたんです。で、文花さんに預かってもらうつもりだったんだけど、ハイ! 私の気持ち」<br /> 受取人はゆっくりとその一品を取り出す。それは何と、<br /> 「レジンペレットハート?」<br /> 「京<span style="font-size:85%;">(みやこ)</span>さんから逆に教わりまして。こないだ集めた分とあわせて、完成です。隙間を埋めるの大変だったけど」<br /> 人工物でも想いは伝わる。それは見事なまでの赤いハートだった。<br /> 「プラスチックは丈夫さがウリだけど、脆くもある、かな?」<br /> 「そうです。こう見えても南実は繊細ですから。大事にしてね」<br /> 調べ物がどうというのは口実だったようだ。南実はセンターには戻らず、そのまま最寄駅方面へと去って行った。スプリングコートが南からの風にゆらめく。その姿をしばし眺め入る千歳だったが、ふと我に返る。「そうだ、お土産!」<br /><br /> 口元は白くなかったが、黒い粒々が残っていた。<br /> 「なーに食べてきたの、隅田クン?」<br /> 「え、あっ、ハハ。これです。どーぞ!」<br /> 「何だかなぁ。おやつタイム過ぎちゃってるけど? ま、許して進ぜよう」<br /> 文花と櫻は円卓でジャンボシュークリームを頬張る。口の周りがどうなってようとお構いなし。<br /> 「やっぱホワイトデーは、こうでなきゃ」<br /> 「さすがはダーリンね」<br /> 「文花さんは? 今日はどなたかとご一緒じゃ?」<br /> 「バレンタインにこれと言ったことしてないから。でも相談に乗ってもらったおかげで、ある人にはそれが効果的だったみたい」<br /> 「て、私そんな。ただ、抑えた感じも時には必要って、そう言ったまで」<br /> クリームが口の中に広がるのを楽しんでいる間は会話もひと休み。<br /> 「いずれトライアングルは解消すると思う。そのうち弥生嬢にもちゃんと...」<br /> 「はぁ。何か文花さん、変わりましたね」<br /> 「ちゃんと自分にもお節介焼こうと思ってね」<br /> 千歳はカウンターから白唇の女性二人をボンヤリと見ている。<br /> 「二人には話しておいた方がいいか、いやまずはやっぱり...」<br /> 今夜の話題が一つ増えるも、その順番が悩ましい。この手の段取りはまだまだ不得手なマネージャーである。<br /><br /> 訊かれる前に話しておいた方がいいと考えるのは、自己弁護のようにも捉えられる。やましいことがなければ別に後でもいい筈なのだが、肩の荷を早く降ろしたいというのが正直な気持ちだった。最初の一杯が赤ワイン、というのも偶然というよりは必然。<br /> 「小松さん、留学するんだって」<br /> 乾杯して早々の第一声がこれ。あまりの突拍子のなさにさすがの櫻も目が点。<br /> 「それって、ドッキリネタ?」<br /> 「何でも論文のご褒美だとかで。でも誰にも話してなかったんだって」<br /> 「第一報が千歳さん、なんだ...」<br /> 段取り失敗か?とドキドキするも、<br /> 「ま、その次が櫻さんてことならいっか。南実さんらしいというか、相変わらずヤキモキさせてくれるワ」<br /> ワインを一気に飲み干すと、とりあえず笑顔に戻る。<br /> 「で、彼女なりに気を遣って、内緒にしておきたいって言うんだけど、いきなり皆の前から去ってしまうのもどうか、ってね。で、櫻さんにまずご相談と思ったんだ」<br /> 「フーン...」<br /> 話してくれたのは良しとしよう。だが、よりによってホワイトデー、相談内容は他の女性。胸中は複雑である。と、不意に先のクリーンアップでのちょっとしたやりとりが思い出される。<br /> 「そうか、それであんな言い方してたんだ...」<br /> 途端に想いが込み上げて来る櫻。こうなると、この場での対応協議は難しい。<br /> 「とりあえず保留。千歳さんにお任せ、とは言っても本人は多分そっと静かに、が本望だと思う。彼女、あぁ見えても繊細だし、ネ?」<br /> 本人の口からも同じ言葉を聞いていたので、千歳も承服する。だが、櫻は然るべき一計を考え始めていた。自分の誕生日ではあるが、お祝い対象者は多い方がいい。晴れ晴れと送り出そう、それには何を贈ろう... ご相談の一件がいつしか自問モードになっている。<br /><br /> メインの大皿パスタ、海鮮の某が運ばれて来るも、どこか心ここに在らずの彼女である。彼は具のバランスを考慮しつつ、小皿に取り分け始める。クルクルやりながら一寸ためらいを見せるも、ホワイトソースから立ち上る湯気は、熱と弾みを与えて止まない。そう、ホワイトデーだから聞けることがある。この場を措いて他にないだろう。<br /> 「ねぇ、さ、櫻さん。イクラとイカだとどっちが好き、とかってある?」<br /> 「え? そうねぇ、粒々と輪っか、よね...」<br /> 先読みされたかのような返しが来た。こうなったら話は早い。直球あるのみ。<br /> 「質問、変えます。真珠と指環、どちらも丸いですが、お好みは?」<br /> 「千歳、さん...」<br /> 櫻にとってはサプライズに近い衝撃だった。この問いの意味するところ、わかり過ぎて困るくらいである。<br /> 「って、いつからそんな加速するようになっちゃったのぉ?」<br /> と言いつつも、実はあまりによく出来たプロセスなものだから、うっとりしている。櫻は、フォークでゆっくりとお好みの方を指す。南実のことが頭をよぎるが、今は彼女に感謝したい気持ちでいっぱい。<br /> 話の順番はどうやらこれで良かったようだ。<br /><br /><div align="center">* * * * *</div><br /> 同日夜、もう一つのディナー席は、面接のような、兄妹の会食のような、一風変わった雰囲気を醸し出していた。<br /> 「どしたのGoさん? あ、いけない、業平COO殿」<br /> 「いやぁ、兄貴がボーッとなるのわかるな、って」<br /> 「CEOはいいの。今日はGoさんのためにおめかししてきたんだから」<br /> 数日前が誕生日だったので、お祝いを兼ねてのこの席。主役は白のシフォンワンピースにテーラードジャケットで臨む。ジーンズ姿に見慣れている業平にとって、これは事件。兄同様、萌える想いの何とやらになっている。共同代表は不在ながら、先ほど一次面接は済ませた。今はどちらかと言うと逆面接状態である。<br /> 「で、桑川さんを採用しようと思った動機は?」<br /> 「その才気、突破力、最近ご無沙汰だけど、ツッコミ力、それと...」<br /> 「と?」<br /> 「例の持ち歌かな」<br /> 「それは採否と関係ないんじゃん?」<br /> 実は来るステージに向け、最低でも自分の歌はきっちり完成させたいと意気込んでいた弥生。ベースの猛特訓に加え、歌唱の方も磨きをかけていて、その成果をしっかり自己流ミキシングにてデータ化。これも自己アピールのうち? とにかくCOO、否、バンマスに送っておいたのである。<br /> 「いやぁ、あれは良いよ。歌もベースも、何かこう主張する感じがしてね」<br /> 「DUOとおんなじ。そこにある空気を誰かと一緒に、ってこと。主張というより、或る乙女の願い、かなぁ...」<br /> 出逢ってからしばらくは、ツッコミ甲斐があるとの理由で惹かれていた。その後は、その重厚な音づくりに惚れ惚れ。芸は身を扶<span style="font-size:85%;">(たす)</span>くと言うけれど、業平にとってこれは意想外な展開。だが、そんな彼も今は彼女の音楽性に惚れつつある。<br /> 「で、タイトルは?」<br /> 「breathe, breeze とか。ルフロンさんとまた協議しますけど♪」<br /> まがりなりにもホワイトデーなので、お豆腐料理中心。でもって改まった席でもあるので、掘り炬燵式の個室にいるご両人である。湯豆腐が上がったところなので、フーフーやりながら、そのbreatheとbreezeの心を語り合っている。しばらく経ったら、互いに深呼吸。弥生は喉元の熱さが和らぐのを待って、ちょっとした問いを試みる。<br /> 「何かあって、仮にあたしがひきこもっちゃったりしたら、Goさんならどうする?」<br /> 「そうだなぁ、一緒にこもる、かな」<br /> 「え?」<br /> 空間的にはおこもり状態のようになっているので、すでに疑似体験しているような感覚。業平はいつになく重い口調で語る。<br /> 「時にはね、充電するのも大事。兄貴だってそう。前向きなひきこもりってのもあるんだよね。だから別に引っ張り出したりはしない。一緒に...」<br /> 「業平さん...」<br /> 聞けば、太平も失恋だか何だかで外に出て来られなくなった時期があったんだとか。業平は意を決して共同ひきこもりを決行。起業アイデアはその間に練ったのだと言う。<br /> 「そっかぁ、良き理解者だぁ。これなら仕事で失敗しても平気ネ」<br /> 「なーに、失敗してなんぼだから。平気も何も、平平さ」<br /> かくして弥生は直接行動の帰結を図る。<br /> 「ねぇねぇ、あたしのケータイ鳴らしてみて」<br /> 着メロは勿論、業平原曲、弥生編曲の持ち歌である。<br /> 「おぉ、そう来たか」<br /> 「じゃそのまま。ここ個室だけど、一応ネ。乙女はマナーを守らないと...」<br /> と言い残し、室外へ。<br />ご「もしもーし」<br />や「何か逆だけど、告白していい?」<br /> 直接だが間接的。さすがに面と向かっては言えなかったようだ。だが、このアプローチ、ものの見事に彼に刺さった。<br /> 「ハハ、いろんな意味で『採用』!」<br /> 「あ、あとね、おふみさんからいいヒントをいただいたんです。もしもし?」<br /> アルコールはそれほど入っていない筈だが、室内に戻ると、業平はヘナヘナ。杏仁豆腐の方がずっとシャキっとしている。<br /> 「あ、ゴメン、何だっけ?」<br /> 「拡大版DUO 頑張りマス。よろしくネ」 DUOは広く、そして大きく。入社日が待ち遠しい。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/637-645.pdf"><img height="31" alt="三月の表白" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/10/70.html">70. カウントダウンが始まる</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-32453768299444898472008-09-30T12:00:00.004+09:002009-01-05T17:46:38.188+09:0068. 色とりどり<span style="font-family:lucida grande;font-size:130%;">ふたたび、三月の巻 おまけ<br /></span><br /> 晴天が続くのはいいとしても、スギ花粉も勢いを増すとあっては、喜んではいられない。合鍵効果もあって、櫻とはすっかり仲睦まじく過ごしているものの、今ひとつ冴えない千歳である。今日もマスク着用でのご出勤。午後はマップ講座が控えているが、あいにく実地には出られそうもない。<br />ふ「私も同行させてもらうわね」<br />さ「じゃ、千歳さんはお留守番」<br />ち「おとなしく、KanNaのメンテでもしてます<span style="font-size:85%;">(トホホ)</span>」<br /> 講座のスタートは十四時。先月の情報誌に櫻の写真が載ったのが利いたのかどうなのか、いつになく男性客がそこそこ増えているのが引っかかる。男女半々にして、会場はほぼ満席。年齢層のバランスも悪くない。文花は上機嫌である。<br /> 「定刻になりましたが、ゲスト講師の到着が遅れてまして。先に白地図配りますね」<br /> センターを中心とした周辺地図が厚手の紙に刷ってある。アシスタント的に入っていた蒼葉、そして受付にいた舞恵が配る係を買って出る。清も開講前に来ていたが、今は受付にポツン。千歳はカウンターで待機中。<br /> 「矢ノ倉、ゴメン。あ、皆さん、スミマセン」<br /> 目にも鮮やかなオレンジのドレスコートを身にまとい、その女性は現われた。<br /> 「って、どしたの?その衣装」<br /> 「あ、それはまた、あとで」<br /> 人前に出るってんで、おめかしして来た堀之内先生である。衣装選びに手間取ったとは言え、講師が遅れて来ては示しがつかない。だが、<br /> 「えっと、堀之内と申します。皆さんのお手元に、あ、配られたとこですね。今のところは見ての通り、何色でもないンですが、これがどんな色に変わっていくか、それが今日の見どころです」<br /> さすがは現役教諭、ツカミを心得ている。男性客に気を良くしたというのも手伝ったようで、その後の挨拶も極めて闊達。遅刻を帳消しにして余りある。たちどころに聴衆を惹き込んでしまった。<br /> 先生にくっついて来たか、引率して来たかはさておき、小梅と六月も姿を見せる。千歳には軽く会釈しただけで、そそくさと会場後方へ。この二人は惹き込まれて云々ではなく、単に恩師の一挙一動が気になって仕方ない、ということのようだ。<br /> 得意の出だしを持って行かれてしまった格好になった櫻だが、講座の趣旨説明というお役目があるので、流れとしてはこれで良かったかも知れない。千歳と一緒に作り込んできたプレゼン資料に沿って、グリーン(またはブルー)マップの意義、これまでのトライアル状況、そして、<br /> 「あくまでご自身で地域を見つめ直していただくための道具みたいなものです。ちょっとした発見が一つでもあれば十分、と思います。今日はひとつお気楽に...」<br /> 心構えが述べられる。だが、少しはヒントというか視点がないことには漠然としてしまうので、<br /> 「で、堀之内先生、そのご衣装、もしかしてテーマカラー?ですよね」<br /> つまり、安全面や防犯面に着目する場合は、オレンジ。環境面や地誌面ということならグリーン。そんな色分けが設定されていたのである。ゲスト講師として永代をお招きしたのは他でもない。文花お得意の手回しである。<br /> オレンジはOKなのだが、グリーン関係者がまだお見えになっていない。清が受付に残っているのは、然るべき理由があった。<br /> 「あら、櫻ちゃんの話、終わっちゃった?」<br /> 「何だ、招かれざる客人が来たぜ」<br /> 「アンタ、Come onさんでしょ。来いって言うから来たんじゃない」<br /> おなじみグリーンのトレンチコート。探偵さんの御成りである。<br /> 「いえね、課長殿とつい長話しちゃって、その... あら、いない?」<br /> 師匠が受付で張っているもんだから恐縮している。辰巳はセンター出入口でコソコソしていたが、緑に見つかり万事休す。清も少々曇り顔である。<br /> 「たく、また縁談でも持ちかけようってか」<br /><br /> オレンジマップの解説が終わろうとしている時、グリーンの人が入って来たもんだから、参加者は一様に目をパチクリ。オレンジの印象が強かったが、このグリーンも負けず劣らず、である。チーム分けする上で、こんなにやりやすいこともないのだが、見た目の色に引きずられてしまうというのもどうかと思う。ちなみにグリーン担当の櫻は、紺系のスタンドカラーコートを羽織るところ。ブルーとは言い得ないかも知れないが、この色も十分着目に値する。オレンジか、グリーンか、はたまたブルーか... 講座名こそグリーンマップだが、描く人によっては正に色とりどりのマップになり得る。三人の女性の外套色は、そんな多彩かつ多様なマップの側面を実は暗示していたのである。<br /> 蒼葉はブルー、もといグリーンチームへ。清、緑、舞恵も続く。櫻も含め、年長のお姉様方に惹かれる部分もなくはなかったが、彼にもう迷いはない。六月は小梅と同じ、オレンジチームに加わった。<br /> いつもと違って、引率するのが子ども達ばかりではないため、多少のやりにくさもある。頼りにしていいのかどうかが微妙ではあるが、旧知の若い二人が同行することになったため、今は平常心を保っている永代である。<br /> コースの確認が済むや否や、早速、引率者の足を引っ張るは別の旧知の一人。<br /> 「前から気になってたんだけど、須崎さんとおひささんて、ただの知り合い? それとも...」<br /> 「やぁね、矢ノ倉ったら。その質問のためについて来たの?」<br /> 辰巳は、何でもない鋪石にいきなり足を取られてしまう。<br /> 「足元注意、と」<br /> マップにチェックするフリして苦笑い。俄か三角形のような様相になっているが、いい歳してどうこうやるでもない。この際、隠し事はなし、である。<br /> 「まさか、ご両人がそんな間柄だったとはねぇ」<br /> 「小柄な女性はつい長身男性に惹かれちゃうから。若かった、ってことかしらン?」<br /> 「でも、今のダンナさん通して知り合ったんでしょ? 何か順番おかしくない?」<br /> 「ま、世の中、いろんな三角形があるから、ね?」<br /> 今度は正真正銘、歩道に妙な凹みがあって、転倒しかける長身の君。永代は何事もなかったように喚起する。<br /> 「はいはい、皆さん、こういうとこ、要チェックですからね!」<br /> 十数人の一団は、思い思いに印を付け出した。辰巳は半ば呆然としつつも、立ち位置をキープする。目印としては格好の人物。転びかけてもただでは...の図である。<br /><br /> 拉<span style="font-size:85%;">(ひし)</span>げたガードレール、電柱に無造作に括られたステ広告、意味不明な落書き... 街中には負の側面が多々散らばる。だが、しかと目を向ければ好ましい要素も見つかる。注意を促すばかりがオレンジの役割ではない。心温まる色彩でもあるのだ。<br /> 「先生、ここの舗装...」<br /> 「また随分とシブイオレンジ色ねぇ」<br /> 「古タイヤを砕いたのが入ってんだって」<br /> ちょっとした案内板を見つけると、六月は早速伝達する。<br /> 「それはまたよくできたことで。てことは、足に負担がかからないってか」<br /> 「でも、これって何使って塗装したんだろ?」<br /> 「天然のオレンジじゃないよね」<br /> クッション性という点で人に優しく、廃材リサイクルという点で環境配慮に適う。だが、塗料は? 有機溶剤を使わないといった対応は可能だが、そこまで万全を尽くすのは難しいだろう。永代は自分のコートの色と見比べながら、ちょっと後ろめたい気分になる。我が教え子ながら、環境感度がこうも高いとやはりやりにくい。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200810/article_1.html">再生材舗装</a>)<br /><br /> 小梅は持ち合わせのパステルで、地図上の該当部分を塗装してみるが、どうもピンと来ていない様子。色もしっくり来ないが、この弾力をどう表現したものかと思案していたのである。そんな姉御を見て弟分が動かない筈がない。<br /> 廃材の宿命だろうか。接着不十分なのが都合よく転がっていた。その渋橙の一片を手に取ると、<br /> 「これ、こすりつけてみたら?」<br /> 「そう来たか。ま、あとで貼り付けてもいいかな」<br /> イラストレーターの地図は、すでに賑やかなことになっていたが、素材をそのまま援用するとなれば立体感が加味されよう。<br /> 「観察、描写、でもってあの発想かぁ。総合の時間にお招きしちゃおっかな」<br /> 小梅が母校の教壇に立つ日はそう遠い話ではなさそうである。<br /><br /> メモを取ったり、ケータイで撮影したり、他の参加者もそれ相応のことをしているが、目に付くのはセンターオリジナルのアイコンシールを貼る動作。!とか?とかここまで本意でないシールの出番が多かったが、この若い二人のやりとりを見て、スマイルマークを貼る人がチラホラ出てきた。感情表現ツールとしての有用性、ここに在り。永代はちょっと目をこすりつつ、<br /> 「smilefulぅ... て、そんな単語ないか」<br /> 花粉がどうとかではない。単にウルウルしてきただけ...。<br /><br /> 環境課のご所属ゆえ、今は仕事として地域環境をチェックしている辰巳である。高い目線を使うだけでなく、足元にも目を配っていて、実にマメマメしい。氏の注意がそっちに行っているのを確かめると、永代はおもむろに、<br /> 「で、矢ノ倉は? お相手ってどうなったン?」<br /> 旧友ともなればパターンは読めている。文花は軽く、<br /> 「お相手って、何のさ?」<br /> と往なしてみる。<br /> 「ある人から聞いたわよ。トボけてもムダ」<br /> 「おかしいな。情報錯綜させてたつもりなんだけど、バレちゃった?」<br /> 独特の駆け引きを展開する二人。マップも何もあったものではないが、段差や凹凸にはちゃんと反応している。器用なもんである。<br /> 「せいぜい見習わなくちゃ。街歩きの極意というか危機管理能力というか」<br /> 辰巳の地図は文字で埋まっていたが、察するに余禄というか、はみだしメモの比率が多くなっているようである。<br /><br /> 一方、グリーンの方は想定通り、探偵さんが大活躍していた。花粉が飛んでようが何のその。一見変装用ともとれるそのマスク姿も一興ながら、良いも悪いも何でも題材に仕立ててしまうもんだから、参加者を飽きさせないのである。<br /> 「ようござんすか? 悪さする連中は死角がお好き。言っとくけど三角じゃないわよ。でもってお子さんたちも人目が付かないところが大好き。とここで良からぬ接点ができちゃう」<br /> 脈絡がよくわからないが、ここで取り出したるは虫眼鏡。<br /> 「そこで重要になるのが、地域住民の目。別にこれ使ってジロジロやんなくてもいいけど、皆が視てるってのをふだんから定着させるってことよね」<br /> 佇まいとしては悪くない裏路地に行き着いた。角地の家屋に人気はない。周囲の目が届きにくい好例である。<br /> 「ちょうど目玉のシールがあるわね。じゃこれを...」<br /> 櫻はシール同様に目を見開くと、<br /> 「おば様、それは[すばらしいながめ]ですってば」<br /> 「あら、要監視じゃなくて?」<br /> シールは使いよう、ではあるのだが、グリーンマップ的にはちと困る。どっちかと言うとオレンジマップ的アプローチ。<br /> 「まぁ、古い民家がお好きな方にとっては、絶景かも知れませんから」<br /> いつもの機転を利かせる櫻。ひとまずOKということになった。<br /> アイコンシールの使い方を紹介しつつ、マップ初体験者にガイダンスする櫻。こっちが入門編だとすると、緑は応用編といったところか。<br /> 「おじさんも面白いけど、おば様も愉快ネ。他にもお道具あるんでしょ?」<br /> 「あとはこれ」<br /> 「双眼鏡?」<br /> 「オペラグラス。探偵さんはこれで十分。遠くも近くも、とにかく視点を駆使して観察・監視...」<br /> 「あと、感受もな」<br /> 三カンを唱えるは勿論この人、清である。<br /> 「で、環境の環と」<br /> 「関係の関で」<br /> 「わかった、カンカンカンカンカン♪」<br /> 何せ叩いて鳴らすのがこのお姉さんの領分である。感性にピタっと来たらしく、五カンを見事音にしてみせた。<br /> 「監事さんから聞いてたけど、奥様も面白いこと」<br /><br /> カンつながりか、カントウタンポポが路傍で見つかる。<br /> 「おたまさん、虫眼鏡」<br /> 「ハイハイ、また道草でございますか」<br /> 清は機に乗じて、在来種探しをしていたが、折りよくいいのを見つけてニヤリ。アスファルトの隙間から生え出るそのタンポポの鑑定を試みる。<br /> 「いやぁ、やっぱ地モノは根性あるわ。間違いない」<br /> 摘んで漬<span style="font-size:85%;">(ひた)</span>して、という選択肢もあったが、ここはそっと見守ることに。櫻は[固有植物]系統のシールを貼り、さらにスマイルを書き足した。<br /> 蒼葉は付かず離れずでキョロキョロ。春の画材を探していただけなのだが、ちょっと挙動が怪しい。<br /> 「ちょいとそこの美人さん、お探し物ですかい?」<br /> 「あ、ルフロン。ねぇ、何かイイ素材ってない?」<br /> 「絵描きさんがそんな。公園とかじゃつまらんてか」<br /> 「住み慣れた町だから、どれ見ても何かインパクトなくてね」<br /> 「インパクト的には、蒼葉ちゃんの動きが一番かも。さっきから目立つ目立つ」<br /> 「干潟同様、自称うろつく女ですから」<br /> 「それじゃ不審者とニアリーじゃん。お巡りさんから尋問されても知らんぞい」<br /> 「魔女さんも十分アヤシイと思うけど」<br /> 話がとりとめなくなっているが、地域においては目と並んで口も物を言う。怪しい人物を見かけたらとにかく声かけするに限る。これも応用編のうち、だろう。緑に言わせると、<br /> 「グリーン防犯とでも呼んでもらいましょうか。ゴミのポイ捨て予防にもつながるかも知れないし」<br /> おば様はこの通り上々だが、あおば様の方は結局どうだったんだろう?<br /><br /> 「あーぁ、千歳さん大丈夫かな?」<br /> 「やっぱケータイ要るんじゃない? お姉さま」<br /> 「フフ、私の思いは電磁波だか電磁界より強いんだから」<br /> 「そりゃ結構なことで。でも二人で春のお散歩ができないってのはお気の毒ネ」<br /> センターでは、屋内でもぬかりなくマスクな男が留守番中。花粉の侵入についてもしっかりReduce(予防・抑止)を図っている訳だが、さすがにウワサ云々は防ぎようがない。<br /> クシャミがこだまするセンター午後四時である。<br /><br /> 地図も行動半径も同じだったが、両チームが接触することはなかった。一時間半に亘る探訪・調査を終えた一行は、帰還時刻になって漸く再会を果たす。<br /> 「皆さん、おつかれ様でした。ではチームごとにふりかえりなどお願いします。あ、先にコピー、取らせてください」<br /> ひととおりの情報共有が済んだら、成果発表!と行きたいところだが、何せこの人数である。一人一人のオススメスポットなどを披露してもらうには時間が足りない。とりあえず優先すべきは一つのマップに集約すること。言うなれば、オレンジとグリーンの融合である。<br /> 「そっか、くっつけると人にも環境にも、ってなるんだぁ」<br /> 「ねぇ、六月クン、グリーン+オレンジって言えばさ」<br /> 「ハハ、湘南電車かいな」<br /> 「え? 湘南新宿ラインじゃなくて?」<br /> 湘南マップと命名してもよさそうだが、車両と違って色鮮やかな訳ではない。グリーンマップのグリーン=よりどりみどり、と捉えるのが順当だろう。そして両者に共通して言えるのは、あくまでAs-Isレベルである、ということ。<br /> 「現状認識は深めていただけたと思います。本来ならさらに『どうしたらもっと良くなるか』といった理想像のようなものも描いていきたいところなんですが、それはまたの機会に譲ります。今日のところはそうですね。残りの時間でもう一度、全体のおさらいなどを」<br /> 参加者アンケートも配られ始め、お開きの時間が近づく。もっとゆったりと、例えば大白地図に付箋を貼って議論し合うというのがあれば、共有・融合ももっとやりやすかったのではないか... 櫻は違った意味でふりかえりをしている。<br /> だが、行事主催の責任者はその辺をしっかり見越していた。本日のまとめは、清でも緑でも永代でもない。文花である。<br /> 「地域との関わりに気付く、関わりを築く、その一助になれば、というのが今回の趣旨でございました。この『気付く』と『築く』は、環境教育などで使われる言い回しですが、環境に限ったことではありません。お一人お一人が日常生活の中で認識してもらうだけでいい、もしかするといいことあるかも、ってそんなキーワードだと思います。で、当センターとしてもですね、その『築く』のために、皆さんに描いていただいたマップをとにかくまとめてみようと思ってます。せっかくなのでオレンジとグリーン共通のチェックポイントには、QRコードを付けて、何らかの情報を入手できるように、あとはですね...」<br /> ホワイトボードに走り書きしながら、現役教諭のような仕切りを見せる。これといったプレゼンツールはないものの、聴衆は釘付け。<br /> 「白地図も各種そろえてダウンロードできるようにしますけど、環境情報センターらしい仕掛けをちょっと」<br /> これには、櫻も千歳もビックリ。<br /> 「投稿型共同制作マップ?!」<br /> 文花は再びボードにサラサラ。<br /> 「覚えやすいように、ITグリーンマップとしておきましょう。インターネットをお使いの方はぜひこちらで今日の続きなどを」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200810/article_2.html">地図+QRコード</a>)<br /><br /> 地元企業など、スポンサー情報と連携させれば起業ネタ。あの兄君、実はこういうのがお得意だった。とりあえずはスポンサー抜きのベータ版だが、基本的な機能は同じ。ログイン後、マップを読み出し、ピンポイントでコメントや画像を入れることができる。<br /> 地域がいきいきするなら、それは流域ベンチャーの望むところでもある。試供品扱いにて無償で暫定リリースしてくれたんだとか。<br />ち「そっか、本多兄にね」<br />さ「い、いつの間に?」<br /> 永代が考えていたのとまた違う人物が今は文花の意中。移り気と言えばそれまでだが、両者にとっての実益を考えているところが只ならない。それにしても出会ってから一週間も経たないうちによくもまぁ、である。<br /> 文花の口からは出なかったが、千住姉妹や千歳はちょっとした可能性を見出していた。それは、To-Beモデルにも応用できる?ということ。投稿が増えればそれはそれで盛り上がるが、そこに各自の理想が加われば言うことなし。地域の元気にもつながり得るのではないだろうか。つながりを築く、の深意に今、気付く三人である。<br /> IT不得意でも大丈夫。気が向いたらセンターへ。特に土曜日はオススメ。そんないつもの思いつき付け足しもあり、会場は納得のムード。千歳はただ「ハハ、さすが」。脱帽、いや脱マスクである。<br /> 予定時刻を過ぎ、十七時半近くになっていた。それでも講座運営についてどうこう言われることはない。回収した参加者アンケートを見る限り、評価は概ね良好。上出来である。<br /><br /> 清、緑、辰巳の因縁トリオは、明るいうちはまだ動くとかで、早々とご退場。蒼葉と舞恵は何となく館内に残って雑談中。他の面々は次の通り。<br />さ「今日はありがとうございました。またいつでも...」<br />ひ「卒業式とかあるし、何より二十四日もあることだし、ネ」<br />ち「お二人も次は二十四日、かな?」<br />こ「初姉、ヒマそうだからその前に一度連れてきます」<br />む「じゃオイラも」<br />ふ「そしたら、弥生お姉さんもね。お願いしたいこともあるし」<br /> 千歳と櫻はドキとしつつも、その真意を探ってみる。三月中ならまだ時間の融通も利くだろうから、接客とか議事とかサポートしてもらえるなら、二人としてもありがたいところ。だが、待てよ、IT絡みというのも大いに有り得る。お互いピピと来た。<br /> 「ねぇ、千歳さん、さっきのITグリーンマップって」<br /> 「ゴミ情報もインプットできるよね」<br /> 「やっぱし、そう思う? でも弥生ちゃんだったら、きっと...」<br /> 「DUOにマッピング機能を搭載して、とか? となると、『どんなゴミがいくつ』だけじゃなくて『いつ、どこで』ってのが加わって、しかも画像付きで出せる可能性が出てくるね」<br /> 「漂着モノログも合流しちゃったりして」 誕生月というのは、否応なく充実が図られるものである。弥生も決して例外ではない。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/628-636.pdf"><img height="31" alt="色とりどり" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/10/69.html">69. 三月の表白</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-48285187344686308072008-09-23T12:00:00.004+09:002009-01-05T17:44:30.819+09:0067. 昼下がり<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 推理と分別を終えた品々が横たわっている。二十五人が囲むにはスペース的に狭いが、ともかく全員注視できる状態で、いつものカウントを始めることにした。だが、この際、そしてこの人数である。全員総出で数え上げてもらうのがよかろうとなり、予め選り分けられた主だったゴミごとに、五人一組のチームがつく。モバイルDUOは、弥生を筆頭に、蒼葉、初音、南実、業平が受け持ち、各チームに配置される。数えるのに手間がかかるのは後回し。概ね傾向がわかればいい。五人の集計係からの申告ベースでざっとまとめてみたところ、今回は次のような結果となった。<span style="font-size:85%;">(下流側は除く)</span><br /><br /> ワースト1(1):ペットボトル/五十二、ワースト2(2):プラスチックの袋・破片/四十五、ワースト3(3):食品の包装・容器類/三十一、ワースト4(5):タバコの吸殻・フィルター/二十四、ワースト5(-):紙片/二十一<span style="font-size:85%;">(*カッコ内は、一月の回の順位)</span>。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200809/article_6.html">2008.3.2の漂着ゴミ</a>)<br /><br /> 二月の回は公式記録ではない<span style="font-size:85%;">(?)</span>ので、一月実施分との比較になるが、上位三品目は同じ顔ぶれとなった。上位には出てこなかったが、フタ・キャップは相変わらず。発泡スチロール破片が少なめだったのはまあよしとしても、レジ袋、プラスチック製のカップ、ガラスビン、履物、ボールなどと同じく十個台。ベルト、バッグ、ポーチといった雑貨類も数点、筆記具やストラップバンドも目立った。南実は、いわゆる事業者の各位に対し、推理を織り交ぜながらも、抑制策を説いている。因果関係を明確にするのも大事だが、この現実を前にしたら、もっと先へとならざるを得ない。<br /> 「こうなるともう誰が捨てたか、じゃ済まないんですよ。売り方を含めた問題になってくる訳です。容器包装に対する企業責任を果たす、そのために何ができるか、どう防ぐか、ですよね」<br /> 直球で言葉を投げ込んでくる感じ。いつになく強めなのは何らかの理由がありそうだ。その強弱はともかく、こうして調べることの意義はしかと伝わった筈。と、ここまで来れば、あとは臨場感か。現場に出てこられなくても、現物に接することができなくても、現実を伝えられれば、心動かされるものもある。即ち、調査結果を手早く共有することが不可欠。<br /> そう、そのためにこれがある。<br /> 「という訳で、このモバイルDUOを使えば、データカードがなくても大丈夫。いつでもどこでも調査可能です。予め送信先のアドレスを登録してもらえれば、そこにピピっと届きますんで。あと、公開モードにセットすればPC版DUOの新着情報に集計結果の一部が自動反映されます。今日の分も多分...」<br /> 弥生流ソリューション、ここにあり、か。今日のように同じ場所で五チーム=五件のデータが流れるというのは過剰演出のように見られる可能性もあるが、調査型クリーンアップがしっかり取り組まれていることを示す上では好材料である。いずれは、DUOの登録者数をどこかに表示するとともに、発信された調査結果をリアルタイムで自動集計して出す、さらにはエリアごと、月別など、ゴミの散乱・漂着実態を統計的に追えるような仕掛けも考えているんだそうな。<br /> 月女でもあるので、本日のまとめはこのまま弥生にお任せ。拍手、礼、解散となった時点で十五時近く。潮位も下がれば気温も下がる、そんな昼下がりである。<br /><br /> 記念撮影組以外の何人かで袋を集約する。出来上がった袋からステッカーを貼っていくのは石島姉妹。妹の方は手際よくペタペタ。だが、姉の方はそうでもない。今からちょうど半年前、これを持って来た時のことを初音はふと思い出し、感慨に耽っている。<br /> 「お姉ちゃん、それって不燃じゃ?」<br /> 「いけね、貼り直し...」<br /> 可燃の一枚を手に、貼る先を探す初音。だが、可燃は不可燃に比べて、もともと少なめ。ステッカーを貼る袋がもうない。<br /> 「何か、プラだけじゃなくて、ゴムとか革とかも燃えるにしちゃうとこがあるって聞くけど」<br /> 「分ける意味なくなっちゃうね、それじゃ」<br /> 皮革製品、運動靴、ビデオテープ、配管被覆なんかが紛れている袋を見て、これに可燃を貼るのはさすがに...と、ためらう姉妹。一枚の可燃ステッカーは結局、台紙に戻り、次の機会を待つことになった。<br /><br /> 商業施設関係各位も記念撮影を終え、会場を後にする。が、ただ帰るだけでは面白味がないので、詰所のとこまでは袋を運んでもらうおまけつき。再資源化系もついでに、と行きたかったが、乾ききるまで待ってもらうのは忍びない。ペットボトル、食品トレイ、プラ容器包装は、恒例に従い、本多弟が担当。今日は兄が加わり二人体制である。漱ぎ終わったところに、弥生が近づいて来る。<br /> 「Goさん、今日はピカピカとかやんないの?」<br /> 「ピカピカ? あぁ、スキャナのことか。一式持ってくんの大変だし、ここにあるのを持ち帰って自社でやれば済むことだから、いっかなって」<br /> 「春の新作、てゆーか新発明とかもなし?」<br /> 「弥生クンがDUOの説明してる時にさ、兄貴とネット起業の話、してたんだ。で、ネット?で閃いた」<br /> 「はぁ」<br /> 「リセット直後に、ネットというか、網状のカーペットみたいなのを敷いとく訳さ。粒々はダメかも知んないけど、その網をこうダーッと引き揚げりゃ、いっぺんに回収できるじゃん、って。つまり一網打尽...」<br /> 業平らしい発想ではあるが、果たしてそんなにうまくいくものか。<br /> 「なーんか、あんまし面白くないかも。それよりあんな流木来たらおしまいじゃん」<br /> 「そ、それもそだね。トホホ」<br /> しょげてはいるが、にこやかではある。もっとツッコミが来ても良さそうだったが、今の弥生は抑えが利いていて、唇を尖がらせることもない。微笑み交わす二人がいる。<br /><br /> 一応笑顔ではあるのだが、笑みの質が異なる二人がいる。ここは某ランチ店。初音不在シフトで、カフェめし店の代わりに八広と舞恵が時々来ていた一軒だが、よりによってクリーンアップ日に遅いランチ? いや、何やら訳アリのご様子である。<br /> 「よかったね、八クン」<br /> 「まさかこういう展開になるとは... 本当にいいんスか?」<br /> 大事な話があって、来店していた二人。目の前には一服するか否かで迷っている業界人、今日のところは採用担当者、そんな人物が居る。<br /> 「これもご縁ですから。ただね、隅田さんにはまだちゃんと話してないんだ。僕から話してもいいんだけど、どうかな?」<br /> 「舞恵の出る幕でもなさそうだし...」<br /> 「そこはやっぱ自分で。って言っても、少しは手伝えると思うんですが。甘いスかね?」<br /> 「そりゃやってできなくはないと思うけど、年俸制で契約ってことになれば、そうそうね。あとはイイカンケイの運営委員も続けるんだとしたら... ご自身の持続可能性との相談、じゃないかな」<br /> 「そう、スね」<br /> 晴れて社員となると、違った意味で悩みも出てくる。当面は様子を見ながら、ということになるだろうか。<br /> 「じゃちょっと話を変えて、と。六日のステージだけど、お二人は定位置でいい?ですよね」<br /> 「舞恵は少々動き回ると思うんで多少広めで」<br /> 「自分はその分、狭くしてもらってOKス」<br /> リズムセクションの位置が決まれば、あとは鍵盤関係とマニピュレーターをどう配置するか、である。情報誌の方が落ち着いてきたので、今は中途採用だったり、ライブイベントだったり。冬木なりの段取りが組まれ、進行していく。年度の変わり目、俄然動きが良くなって来た。<br /><br /> 充電式掃除機など、開発したい実機はいくつかあったが、舞恵から頂戴した融資話は、人件費見合い。そこへ、これといった就活をしなかった反面、余念なくスキルアップを続け、現場ニーズにも着々と応え、何だかんだですっかり自立志向を高めていた弥生が乗った。今回の社会的起業=地域課題解決向け融資は、そんな見習い起業家にとって渡りに舟の格好。運も実力も、で来た訳だが、ここはきちんと二人の代表に挨拶しておかなければ。<br /> 「改めまして、Goさん、それから太平さん、履歴書持ってちゃんと面接にも行きますけど、まずはよろしくお願いしますね」<br /> 「まだ融資、実行されてないけど」<br /> 「四月になったらとにかく押しかけます」<br /> 黙々と乾燥作業に勤しんでいた兄君だったが、これを聞いて、<br /> 「へへ、大歓迎」<br /> 春の日が三人を照らす。洗い上がったプラ包装類が妙にピカピカしている。これにスキャナを当てたら乱反射しそう...。<br /><br /> 乱反射でなければ、乱気流か。詰所の辺りで客を見送った後、三人の様子を見て、たまらず駆け込んできた文花である。本多兄弟を独り占めさせる訳には行かない。<br /> 「ど、どしたんすか? おふみさん」<br /> すっかり余裕の弥生に対して、<br /> 「いえ、何か光ってるからね、何だろうって思って」<br /> 「フーン」<br /> 兄弟は、ちょっとドキドキしながら、それぞれに想いを寄せる女性を見守る。対応を誤ると、ちょっとしたドタバタ劇になりそうだが、ここはあくまで干潟端。干潟というのはよくできたもので、時々の感情もうまく浄化してくれるものである。文花は呼吸を整えると、兄の方に話しかけながら、二人きりで会話できる状況に持ち込んでみる。<br /> 「今更こんなこと尋ねるのも何ですが、今日はどうしてこちらに?」<br /> 見上げる質問者に対し、回答者は見下ろすような感じになる。従って答えは上から降ってくるような状態。ポツリポツリというのがピッタリ来る。<br /> 「実は業平に唆<span style="font-size:85%;">(そそのか)</span>されまして。出会い系とか何とか、あ、いえね、社員候補が来るから、会っておけって、それで...」<br /> 舞い上がっていたらしく、つい本音も出るが、決して間違ってはいない。<br /> 「出会い系、ですか。ま、確かにそうですね。業平さんともここで会ったし、今日は太平さん。で、その社員さんはどうでしたか?」<br /> 先行カップルが羨ましく思えてきた今日この頃。文花も随分と積極的になったもので、こんな問いも軽くこなせるようになっている。敏感な男性ならここで、その質問対象者よりも、今ここにいる女性の方を持ち上げるなりしそうなものだが。<br /> 「えぇ、イイですね。来た甲斐がありました」<br /> やけに素直なご返答だったもんだから、質問者がずっこけたのは言うに及ばず。「わ、私は?」とはさすがに訊けない。とんだ問いかけをしてしまったものである。<br /> 「なぁんだ、弥生嬢の一人勝ち? ムム」<br /> 何の何の、太平→弥生かも知れないが、当の弥生は、業平一筋である。幸い、業平→弥生の線が弱まっているので、矢印がどこかで途切れることはない。追っかけっこのようになっているので、円形になぞらえることもできるが、円満とは言うのは憚られる。三角形が複合化して、四角形に対角線を引いたような形になったと言えばいいだろう。<br /> 本日ほんの数時間でとんだ図形が出来上がってしまった。四者全員理系ながら、こうした幾何の解き方はご存じなかったりする。しばらくは平行四辺形なり等脚台形なり、互いに距離を押したり引いたり、が続くことになりそうだ。<br /><br /> そんな四辺形を横目に、南実は先生との語らいを楽しんでいる。すでにメールのやりとりは回を重ねていたが、生の対話に勝るものはない。<br /> 「こまっつぁんのさ、粒々レポートも引用させてもらうつもりなんだけどさ、ペレットに関して云えば、その工場とか倉庫とかにまで踏み込まないと、つまり現場を押さえないと、インパクト不足ってことだよな」<br /> 「えぇ、でも最近は工業会の自主規制が進んできたので、露骨には出なくなったようです。ここに流れ着くのは、それこそもっと遡ったところか、運搬途中でこぼれて側溝や下水を通ってきたものか、まぁペレットのまま使われるケースもありますしね。特定しきれないから、悩ましくもあり、逆に研究のし甲斐もあり、ってことなんですが」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200809/article_7.html">レジンペレットはどこから?</a>)<br /><br /> 予防策重視の論点を盛り込んだことで、論文は上々の出来に仕上がった。だが、フィールドでの研究にはなお詰めきれていない点が残る。頼りになるのはやはりhigata@か。ここに先生にも加わってもらえれば、さらなる調査も、より深みのある考察も、と思う。<br /> 「ま、もうちょっと慣れてからだな。そのシガタアットマークに入れてもらうのは」<br /> センターのメーリングリストを捌くのに苦労を強いられている折りである。今のところは正にしがたない<span style="font-size:85%;">(?)</span>のであった。<br /><br /> メンバーがなかなか解散しないので、石島姉妹も戻って来た。業を煮やして、とかではない。戻って来たなりの理由がある。硬球を模したゴムボール、一mほどの塩ビパイプをそれぞれ手にしているところから、何らかの余興を思いついたようである。いずれも拾いたて、かつ洗い立てというところが憎い。初音はまずピッチャーを指名する。キャッチャーには妹、守備は暇そうな男性諸氏に適当についてもらった。<br /> 話には聞いていたので、どこかで対戦したいと思っていた。球春とはよく言ったもの、この佳き季節に夢の対決が実現することになったのである。豪腕であっても、軟球では速球は繰り出せまい、というのが初音の読み。対する南実は球に違和感を覚えつつも投げる気は満々。ご指名とあらば応えない訳には行かない。<br /> ご年配各位も注視する中、第一球。小梅は逃げ出してしまったが、この際、キャッチャーは無用。初音はその細くて軽い一本を完璧に振り抜く。次の瞬間、見事に大飛球が舞った。<br /> 「ま、まさかあんなに...」<br /> 遅めの球だったので、打ち返されるのは必至だが、それにしてもよく飛ぶこと。母親譲りの運動能力もさることながら、準備運動&クリーンアップエクササイズの方も奏功したようだ。<br /> 「あぁ、スッキリしたぁ。南実さん、ありがとっ!」<br /> いろんな想いを乗せた打球は下流側干潟の先を目指し、やがて見えなくなった。<br /><br /> 「ところで初姉、パンケーキって、大丈夫なの?」<br /> 思い出したように櫻が問いかける。<br /> 「えぇ、今日は一応、お休みってことにしてあるんで。でも、この後、皆さんいらっしゃるようなら、またサービスさせていただきますよ」<br /> 以前のようにそそくさと去ることもない。どこかのお兄さんの影響か、いい意味でスローな感じになっている。<br /> かくして、電動アシスト車には文花が乗り、持ち主の南実は小走りモード。辰巳はサイクリングを諦め、清、緑とともに回り道しながら商業施設方面へ。本多兄弟は勿論、同施設へ直行。入船氏は興味津々で兄弟に付いていくことになった。弥生もそれに続くかに見えたが、蒼葉に引き止められて断念。デザートに勝るものなし、か。カフェめし店には、石島姉妹を先頭に計六人の女性が向かうことになる。<br /> 残るはお二人さんである。<br /> 「うん、あとでね。千歳さんとちょっと話があって」<br /> 「あらあら、相変わらずラブラブなことで」<br /> 弥生はとりあえずツッコミを入れるも至って嬉しそう。蒼葉は再びサングラスを着用し、涼しい顔で手を振る。<br /> 「À plus tard.」<br /> 「A bientôt.」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200809/article_8.html">続・フランス語 小会話</a>)<br /><br /> 河原桜の木の下で、ちょっとイイ時間が流れる。<br /> 「明日、ひな祭りなんだよね」<br /> 「そうね。奇数が並ぶ日でもあるけど」<br /> 去年の七夕に始まるこのシリーズ、3.3 でめでたく五回目を迎える。何となく予定は立ててはあるが、その前日に何もない、ということもあるまい。<br /> 「櫻さんにこれを渡そうと思って...」<br /> タネも仕掛けも簡易包装もない。装飾としては某銀行のケータイストラップをくっつけた程度。一本のディンプルキーである。<br /> 「何よ千歳さん、どっか出張とか? 留守番しろってか」<br /> 思わぬ反応にたじろぐ千歳。慣れない加速はするもんじゃない。<br /> 「あ、いや、妹さんにダメ出しされる前に、と思って」<br /> 「蒼葉対策? 何だかなぁ。でも...」<br /> ストラップを懐かしそうに見つめながら、彼女は続ける。<br /> 「すっごくうれしい。ありがたくお預かり、します」<br /> さて、世の中にはホワイトデーというものが存在するが、白にちなんだ日は別にある。<br /> 「十四日はね、無理していただかなくて構いません。その分、誕生日にまとめてもらえばOK。ホワイトも白もおんなじ」<br /> 「あぁ、そうか、白ね」<br /> 「今日は櫻さんお決まりのいいもの出せなかったけど、代わりに今いいものもらったことだし。とにかく来月六日に、ネ?」<br /> マスク越しだと、失礼な感じもするが、この時間帯に外すと、それこそ花粉の思うツボ。己の症状にはこの通り敏感な千歳だが、恋人の気持ちにも敏感になったようである。<br />さ「ところで、アイカギのアイって?」<br />ち「loveだと思う」<br /> 彼が押す自転車の前カゴには、収集品であるビンと缶が少々。音に敏感(ビンカン)であれば、何を運んでいるかすぐにわかる、そんな運び方。だが、今、その音は鳴り止んでいる。 彼女の手には誰かさんのマスクが引っかかっている。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/620-627.pdf"><img height="31" alt="昼下がり" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/09/68.html">68. 色とりどり</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-1795105345200192182008-09-16T12:00:00.004+09:002009-01-05T17:44:18.172+09:0066. 春ラララ<span style="font-family:lucida grande;"><br /> メンバーは干潟上から下見しつつ、開場を待つ。水位が下がり始めているのが素人目にもわかる。<br /> 「あっちの干潟に手が回らない訳ですな」<br /> 「先月はリセットしなかったんですけど、それにしても、ですよね」<br /> 寿と櫻が話をしている間にも干潟は少しずつ拡がり、その分、ゴミも目立つようになる。例のバーベキュー広場に岩が安置された話は、sistersからのhigata@同報で周知されていたので、今回リセットすれば、次回、その岩の効果の程が明らかになることもメンバーはわかっていた。ゴミ箱干潟を見下ろしていると、通常なら嘆き節になるところ、むしろ昂揚感を覚えるhigata@各位である。焦点はやはりバーベキュー系ゴミ。少なからぬ変化が期待されるところである。千歳は一年前の再現にならないことを祈りつつも、四月の回が待ち遠しくて仕方なくなっていた。デジカメを持つ手が心なしか震えているのは憤りからではなく、軒昂する意気からである。<br /><br /> 程よい潮加減、言うなれば潮時である。するとタイミングよく、ショッピングセンターから数人、さらには新理事に新運営委員、そしてクリーンアップ講座の参加者らがソロソロと集まってきた。商業施設ご関係者については、当初冬木が引率してくる手筈だったが、延期が続いたため、都合が合わなくなっていた。引率者不在の上、案内標識もなければ目印もない。迷っていてもおかしくはない。一度は現地に来たことのある人達がちょうど通りがかったから、事なきを得た格好。顔を合わせたことのある南実、櫻、弥生、業平は恐縮気味に頭を下げている。<br /> ともかくこれで総勢二十五名。賑やかになったという点では、順延した甲斐があったというものである。一時半をかなり過ぎた頃、実質的なスタートが切られる。<br /> 「いつもお世話になってるスーパーの皆様、今日はようこそ。今回が初めてという講座参加者の方々も、ご足労くださり、ありがとうございます。ここがその現場です。まずは様子をご覧になって、適宜お手伝いいただければと思います。お聞きの通り、拾って調べて、になりますが、二時半には終えられるか、と...」<br /> 取り仕切るのは櫻。講座の延長ということから考えても適任である。常連組はすでに軍手と袋を手にし、スタンバイモード。蒼葉に至っては、当地常設のプラカゴを提げ、いつでも巡回できる態勢になっている。<br /> 「では、よろしくお願いしまーす!」<br /> 櫻は号令をかけつつ、そのまま案内係を務める。アシスタントという訳ではないが、南実も案内に加わる。CSRインタビューの際、いろいろと意見させてもらったはがいいが、言いっ放しじゃ面目ない。まずはゴミの見立てなどをしつつ、櫻をフォローする。<br /> 弥生はどっちつかずな感じではあったが、気が急いていたこともあり、蒼葉とともに干潟をウロウロし始めた。ストレッチが足りない分、屈むのが億劫になっているが、息の合った十代姉妹がしっかり助けてくれる。<br /> 「弥生さん、まだ若いのにぃ」<br /> 「初姉に比べたら、もう年だから」<br /> 「年? そっか三月ですもんね。お誕生日って近いんでしたっけ?」<br /> 「ハハ、そうなのよ。でも、あんまり自覚したくないかも」<br /> 「はぁ、二十代になるとそういうもんスか」<br /> 志望校にストレートで通った初音と違い、弥生にはちょっとした曲折がある。ひと浪あった分、同学年の中ではちょっとお姉さん。ただ、三月生まれというのが幸いして、年をとるのがちょっと早い、という程度の話で実際は済んでいる。それほど気にすることでもなさそうだが、<br /> 「お祝いしてくれる人がいればね、話は別。でもなぁ...」<br /> 文花との三角形でただでさえ緊迫しているところ、思いがけない兄君の登場で、緊張の度合いを高めている本日の弥生嬢。近づきたくても近づけない。誕生日の一件も話がしにくい。心は揺れ、手の動きも鈍ってくる。これは腰の曲がりどうこう以前の問題。<br /> 「弥生ちゃん?」<br /> 「...」<br /> 蒼葉はカゴをその場に置いて、拾う方に専念し始めた。「どしたんだろ? 誕生月ブルーとか?」 弥生はブルーな空を仰いで深呼吸。持ち歌に込める想いがちょっぴり変化したのは正にこの瞬間だった。<br /><br /> 上と下とに分かれて袋の上げ下げなどをしているのは本多兄弟である。今は弥生の視線を浴びているが、集中しているようで気付かない。肝心の弟の方が陸側にいるため、余計に距離を感じる。弥生は深く吸った息を小さな吐息に変えると、再び手を動かし始めた。<br /> 罪な男は、地面が露出した辺りで袋をバサバサ。傍にいる荷物番に時折目を遣っているが、同じく罪な女は知ってか知らずか素知らぬ顔。せっかく現場に来たのにこれじゃ退屈だろう、と思いきや、さっきから頻りにメモを取っているので、むしろお取り込み中と見受ける。<br /> 「えっと、情報提供と調査研究と... 部会を割り振るなら...」<br /> 何やら事業の柱を再考しているご様子である。To-Beモデルの一つとして、三角形を書いているのだが、<br /> 「あ、Go Heyさん...」<br /> 「おじゃまでしたね。失礼しやした」<br /> 奇しくも三角の一つを担う人物に来られてはデザインも何もあったものではない。お邪魔と言えばそうかも知れないが、尋ねたいことが多々あるので、逆に引き止めたい気もする。頭がこんがらがってくる事務局長殿である。<br /><br /> 冴えない顔で兄のところに戻って来た業平。そんな弟には目もくれず干潟に佇むある乙女を気に留める太平。潟辺<span style="font-size:85%;">(がたべ)</span>の乙女はさすがにピピと来たようで、その発信源を見遣る。太平とではなく業平と目が合うと、忽ち笑顔に。作業にも力が入る。<br /> 「桑川さんて、何かいいね」<br /> 「彼女IT系だし、兄貴と気が合うかもね」<br /> 「何だい、てっきり業<span style="font-size:85%;">(Go)</span>氏にその気があんだと思ってたら」<br /> 「いつまでも三角形って訳にはいかないだろうから...」<br /> 「?」<br /><br /> 今や姉妹を凌ぐ勢いである。プラカゴにポイポイやってたら、あっさり満タン、いや満カゴになってしまった。<br /> 「ハハ、Goさんに預けてこよっと」<br /> 弥生のこの熱気が伝わったか、現地の気温は着々と上昇。お天気姉さんは毎度おなじみデジタル温度計を手にする。<br /> 「十四℃? うへぇ」<br /> 「って平年並み?」<br /> 「並みじゃ済まないっしょ」<br /> すると、今度は熱を冷ますように、波が漂ってくる。その川下からの巡視船は、引き波を立てないように徐行していたのだが、波は波。ゆっくり大きくうねりが起こり、春の光を反射させながら水際に到達する。連続するうねりは、滑らかな曲線の集合体。流体と言ってもいいだろう。その躍動感に胸打たれ、一団はしばし手を止めて見送っている。消波する仕掛けがもしできてしまっていたら、自然が織り成すこうしたアートも鑑賞し得なくなるところ。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200809/article_4.html">流体の躍動</a>)<br /><br /> 「大波、小波...」<br /> 「私は南実」<br /> 「いいねぇ、小松っぁん、その調子」<br /> 「フフ、もっと仕込んでもらうんだったな。櫻姉さまの話芸」<br /> 「え?」<br /> 「さ、続き続き、下流側もご案内しましょうよ」<br /> 初干潟のご一行を引き連れ、櫻と南実はメイン会場を後にする。道中、枯れヨシの蔭からガサゴソと音がするもんだから、思わず立ち竦むことになるが、<br /> 「あ、これは皆さん、失敬」<br /> 「須崎課長...」<br /> さっきから姿が見えなくなっていたと思ったら、こんなところに。野鳥がどこかしらで音を立てているのを察知したものの、ちっとも姿を見せないものだから、思い切って潜入を試みたんだとか。鳥にしてみりゃ迷惑この上ないが、<br /> 「環境課ってのは、流域の生態を調べる仕事なんかもあるもんで。多分、モズかヒバリか、だと思うんだけど」<br /> 「先生にお尋ねになれば早いんじゃ?」<br /> 「いやいや師匠に知れたら怒られちゃうから。営巣シーズンだしね」<br /> 「それじゃ、せいぜい親鳥に襲撃されないよう、お気を付けて」<br /> 櫻と普通に会話できたことがちょっぴり嬉しい辰巳であった。上空ではいつしかヒバリが囀<span style="font-size:85%;">(さえず)</span>り、春を告げている。いい声だが、どこか虚しく聴こえてしまうのがやるせない。<br /><br /> 「ヒバリ? もう春ですなぁ」<br /> 「水も温<span style="font-size:85%;">(ぬる)</span>んできたかしら」<br /> 「そりゃ、触ってみねぇことには」<br /> 監事殿と先生コンビ、三人寄れば春ラララ、という程のことはないが、季節の変化を少なからず楽しむご年配の三人である。入り江ができていた辺りを散策しつつ、崖の修復具合を検分したりしている。大方すっきりはしているが、<br /> 「事務所の連中、どうせなら片付けてってくれりゃいいのにな」<br /> 何となく袋片とかが置き去りになっているので、清の嘆きを招いてしまう。それでも至ってにこやか。今はヨシもなく更地な訳だが、時が経てばいずれ元気なのが自生してくるだろう。そんな期待の方がずっと上回っている。正しく「ヨシ、ヨシ」の図である。<br /><br /> 「ハハ、さすがにまだ冷たいワ」<br /> 「玉野井さん、まさか本当に」<br /> 「まぁ、こうして川に触れることができるからここはいいのよ。他んとこはこうはいかないわ」<br /> 「って、そんなあちこち?」<br /> 「去年も水の事故とか多かったでしょ。危なっかしいところを検証しながら、ね」<br /> 「そうでしたか。それがあの作品に反映されてた訳ですな」<br /> 事故には必ず原因がある。水難事故も然り。ミステリー小説ともなれば、何かあればその背景には大抵、人間系のトラブルなんかがつきものだが、自然の作用による偶発的なアクシデントだって設定として有り得なくはない。場所によっては、崖崩れあり、急な深みあり、足が抜けなくなる程の泥地あり、なのである。自然を甘く見ること勿<span style="font-size:85%;">(なか)</span>れ、そんなメッセージを込めた中編は、ちょっとした話題作になった。<br /> 「現場を熟知する人間だったら、地理的特性を逆手にとって、自然作用に見せかけた犯行も可能。でも、そこまで書いちゃうとね」<br /> 「何だ何だ、またおかしなの書くおつもりかい、おたまさんよ」<br /> ふてくされながらも、即座に切り返す。おたま返しとはこのことか。<br /> 「ハ、そりゃね、カモンさんが文中に出てきた日にゃ、おかしなのになっちゃうわ。でもあえて出てきてもらって、懲らしめるのも良さそうね。シシ」<br /> 寿は客を迎える時の会釈以上に、頭を大きく下げて大笑い。三人して少しばかり片付けてはいるものの、これじゃどうにも思いやられる。<br /><br /> 撮影係 兼 大物運搬役をこなしていた千歳は、手にしていた流木をその場に置くと、そんな談笑中の三人を撮ってみる。題して「ある春の日の三人」。構図はともかくもタイトルはバッチリである。<br /><br /> 下流側干潟は、チーム榎戸が時々手を出していたこともあり、さほどの衝撃はなかったようだ。それでも、各種容器包装系が目立って散在していたため、スーパー関係各位は放っておけなかった。自店か他店か、とにかく用済みのレジ袋にそこそこの数をサンプル収集して戻ってきたではないか。櫻と南実も定石通り、放っておくとマズそうなのを中心に一袋分にまとめて持ってくる。開会から三十分、人々は再び一つ干潟に集まる。<br /> 春の陽気のせいかはいざ知らず、動きがやや緩慢な常連組である。いつもなら粗方片付いている時分だが、まだいそいそと動いている。今日のところは、リーダーもコーディネーターもないが、現higata@メンバー十二人中、四分の三に当たる人数が散らばっているんだから、案ずるに及ぶまい。それぞれ自立的に動いているので、段取り無用なのである。<br /> プロセスには、過程の他に作用という意味もある。過程を経ながら作用し合うとでも言おうか、その二つがアセンブリ、つまり組み合わされてアクティブになる。そしてそんな各自のプロセスを互いに尊重しながら、かつ触発されながらの取り組みがここにある。これはメンバーも自覚するところなので、多くの言葉は要らない。商業施設からの視察チームも、物言わぬ彼等の姿勢から何かを学んでいるようだった。現物・現場・現実の三点に触れただけでも大きかったが、過程と作用を体現する人達を目の当たりにして思いは深まる。CSRに欠かせないのは、プロセスの収斂であり、無言なれど雄弁な斯様<span style="font-size:85%;">(かよう)</span>な姿勢、ではないか、と。<br /> とは言っても、段取りが良すぎるのも面白くない。程々に緩やかな感じがあってもいいだろう。そういう意味でも、今日の九人は打ってつけ。適度にスピードバランスが取れている。<br /><br /> 大物を担当していた千歳だったが、どうにも始末が悪いのが残ってしまい、硬直している。多少体をほぐしておいたから良かったようなもので、でなければ筋<span style="font-size:85%;">(きん)</span>だか腱<span style="font-size:85%;">(けん)</span>だかをおかしくして、真に固まってしまうところだった。<br /> 「どしたい、千ちゃん。ルフロンさんみたいに、流木アートでもやる気?」<br /> 「流れてくるのは簡単なのに、その逆をやろうとするとどうしてこうも動かないかねぇってさ」<br /> 見てるとヒヤヒヤさせられるが、二人力<span style="font-size:85%;">(ににんりき)</span>なら何とかなるもの。とりあえず反転させることには成功した。<br /> 「何か紙切れみたいのが下敷きになってるから...」<br /> 「まさか、譜面だったとはね」<br /> セッションではこの方、譜面を使ってということがない。ソングエンジニアの二人にとってもあまりご縁がない代物ではある。ただ、河川利用者の中には、このように楽譜を使う人もいる。残念ながら川風を凌げるような譜面台を使わない限りは、こんな風に飛ばされて漂着&下敷きになってしまう訳だが...。<br /> この人の場合、河川敷でサックスを吹くことはあっても、譜面を吹き飛ばすということはない。南実は何かを探知したらしく、その巨大流木の根元を見分し始めた。<br /> 「まぁ、川辺で楽器の練習するんなら暗譜してからじゃないと、ね」<br /> とか言いながら、その薄汚れた紙切れをバサバサ。今となっては蒐集<span style="font-size:85%;">(しゅうしゅう)</span>するには及ばないのだが、<br /> 「記念にね、微細片、頂戴しますね」<br /> 「記念?」<br /> 男二人が首を傾げる間、ペレットなぞをさっさと小袋に詰めていく研究員であった。<br /><br /> 楽譜も十分に珍品だが、ポット、ジャー、ゲーム機というのも珍しい。しかし、こうも立て続けに見つかると、冗談のように思えてくる。お楽しみの最中、いや、そこら辺に置いてちょいと場を離れたら、不慮の波が来て持って行かれてしまった、そんなところか。<br /> 陸揚げされ、選別する中で見出された品々を眺めつつ、higata@メンバーの何人かが推理を交わし合っていると、いいタイミングで探偵さんが首を突っ込んでくる。<br /> 「事件性ありそうだけど、この件は犯人探しよりも、原因究明が先ネ。流されちゃったとしても、じゃなぜ放ったらかしだったのか。離れなきゃいけない事情があったとしたら、それは? なぜを繰り返してくと見えてくるもんよ」<br /> 「想像力を働かせるってことですよね。ゴミ減らし対策にもそれはつながる...」<br /> 蒼葉はそう言いつつも、考えあぐねている。弥生はズバっと解を述べたかったが、<br /> 「じゃ、緑さんはどう推理なさるんで?」<br /> 実は探偵さん、これといった御説は持ち合わせていなかった。<br /> 「ホホ、それを言っちゃうとね、新作、そのぉゴミステリーのね、ネタが...」<br /> 作家ご自身が十分にミステリアスなのであった。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200809/article_5.html">ネタにするしかない珍品漂着物</a>)<br /><br /> 石島姉妹は、まだ巨木の根元にいて、残り物を物色中。こういう時には福があるものだが、なお下敷きになっていたのは、<br /> 「な、何で、上流事務所のゴミ袋?」<br /> 福ならぬ袋である。<br /> 「親父に報告だ」<br /> 長女はしめしめ。親父さんにとってはとんだ御難となる。キャッチコピーとか事務所名なんかがプリントしてある点は、責任の所在を明確にする上では有効。むしろ評価されていいだろう。だが、ゴミ収集用の袋がゴミになってしまってはいけない。これまた立派なミステリーネタなので、じっくり推理を働かせたいところだが、姉妹は違う行動に出る。初音は取り急ぎケータイで撮影。その後、小梅は丁寧に折り畳んで、別の袋に収納。皆々に紹介してもよかったのだが、ひとまず我が父の面子を優先した訳である。<br /> 「これって隠蔽?」<br /> 「今のところはね。でも、higata@にはそのうち流すつもり。親父のコメント付きでね」<br /> この場合、コメントというよりは釈明になりそうである。推理するまでもない、ということになる。<br /> 清は、寿、辰巳、太平を率いて現地案内中、文花と櫻はご一行様の接客中、南実は粒々中、かと思いきや、今日は珍しく巡回中である。「次は四月六日、かぁ...」 どこか憂いを含んだ感じがするのは気のせいか。だが、その一言は誰の耳にも届かない。聴こえるのはただ、波が小さく寄せて返す音だけ。</span> <ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/612-619.pdf"><img height="31" alt="春ラララ" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/09/67.html">67. 昼下がり</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-34208543027578006872008-09-09T12:00:00.005+09:002009-01-05T17:46:23.614+09:0065. Warmin’ up<span style="font-family:lucida grande;font-size:130%;">ふたたび、三月の巻<br /></span><br /> 第一日曜開催というのは定例だし、常連以外への予告も何日、というレベルでは早めに流れていたが、如何<span style="font-size:85%;">(いかん)</span>せん潮の読みというのが不徹底なものだから、集合時刻の連絡が後回しになってしまう。いつもなら午前十時でいいのだが、南実に言わせると、上下が少ない長潮日とかで午前中は不向きなんだそうな。見学者も来ることだし、潮位が下がり始める午後からゆっくりがいいだろう、とのお達し。とりあえず午後一時の集合ということでまとまった。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200809/article_2.html">長潮=緩慢な干満</a>)<br /><br /> 本日一番乗りは石島姉妹。お次は千住姉妹、と続けば四姉妹揃うところだったが、<br />は「あれ、櫻姉、蒼葉さんは?」<br />さ「途中まで一緒だったんだけど、何か陽射しが強くなってきたでしょ? サングラスが要るとか言って引き返しちゃったのよ」<br />こ「へぇ、サングラス...」<br /> サングラスと言えば、これまで文花、清、冬木あたりと、最近モテモテの彼、<br />さ「あ、業平さん、あれ?」<br /> サングラスで登場したことはあったが、今日は眼鏡を着けている。だが、業平氏は裸眼で良かったはず。何でまた。<br /> 「あのぉ... 業平は?」<br /> ベースがオドオド調なので、ただでさえ聞き取りにくいところ、花粉症なのかマスクもしてるもんだから尚更である。櫻は耳を疑いつつ、聞き返す。<br /> 「って、どうしたんですか? ご本人?じゃないんで、すか?」<br /> 俄かに緊張感が高まる。てっきり変装でもしてからかってるんだと思ったら、どうもそうじゃない。暗めだが、不審なのは明らか。<br /> 「あ、すみません。兄の太平って言います。双子ですけどね」<br /> 「エーッ!!」<br /> 三人揃って大サプライズ状態。そこへ、いいタイミングで二人の女性が連れ立ってやってくる。<br /> 「しめしめ、弥生嬢、まだだったか。よーし」<br /> 文花はカウンター係の誰かさんの真似して、小作戦決行!<br /> 「Go Heyさんっ!」<br /> 櫻はサプライズが収まってなかったので、制しようがなかった。不意に背中を押された太平氏は、殊更のサプライズ。<br /> 「ワァッ!!」<br /> この大声にまたしても一同ビックリ。南実も目を丸くしている。兄はゆっくりと振り返った。<br /> 「あれ? 本多業平さんじゃ?」<br /> 気が付けば、周りは女性ばかり。あまり免疫がないらしい太平氏はすっかりドギマギ。自己紹介も何もあったものではない。<br /> 何となく場が固まっているところへ、やっとこさおなじみのRSBが滑り込んできた。<br /> 「何だ兄貴、先に着いちゃってたってか」<br /> 双子の弟はこの通りお気楽なもんだが、当の兄貴はどうも顔色が良くない。<br /> 呼吸を整え、ようやく口を開きかけたところ、またしてもタイムリーに若き乙女がやって来る。<br /> 「こんちはぁ...ありゃりゃ? ご、Goさんが二人?」<br /> 噂には聞いていたが、続々と女性が来るもんだから、開いた口が塞がらない。ポカンとしてるのがバレずに済んだのは、マスクのおかげ以外の何物でもない。<br /><br /> 「へぇ、双子なんだぁ。どーりで。顔はそっくりだけどぉ、性格って対照的?」<br /> 弥生もしばらく唖然としていたが、すぐ様いつもの調子でズケズケ斬り込んで来る。正に仰せの通りなので兄弟は返す言葉がない。いや、太平の方はどうも様子がおかしい。弥生を一目見て、先刻からこうである。「萌えー」<span style="font-size:85%;">(何ヲタクだ、この人は?)</span> その暗さ加減といい、好い意味でひきこもり傾向はありそう。だとすると弥生嬢との共通点、なきにしも非ず、か?<br /> さて、勘違いからちょっとした失態を演じてしまった文花は、双子の背後でもじもじ中。いや、こっちも様子が変である。<br /> 「太平さん、いいかも」<span style="font-size:85%;">(ありゃりゃ?)</span><br /> 全くの余談ではあるが、墨田区において、文花<span style="font-size:85%;">(ぶんか)</span>と業平<span style="font-size:85%;">(なりひら)</span>は川を挟んでお隣どうし。太平<span style="font-size:85%;">(たいへい)</span>は南にちょいと離れている。だからどうということはない。文花的には急接近モード。業平を飛び越せば太平なのである。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200809/article_3.html">文花~業平~太平</a>)<br /><br /> スギ花粉症ではない文花にマスクは要らない。方やもろに花粉症中なのは、何と緑のおば様。<br /> 「カモンさんはいいけど、花粉さんはゴメンだわ」<br /> 「探偵さんは常にマスクしてなきゃな。他にも変装用の七つ道具とかあんだろ?」<br /> 「ハ、貴殿にもマスク、じゃ効かないわね。口止め用のテープが要るわ。この減らず口!」<br /> 作家コンビに同行中の寿<span style="font-size:85%;">(ひさし)</span>はただ苦笑するしかない。そう、まずはこの掛け合いについていけないことには...。<br /> 監事としてのお役目を自覚しつつも、愉しませてもらうことも忘れない。こういう小粋なところはさすが江戸っ子である。<br /><br /> そんなご年配三人が現地入りした頃、<br /> 「ヤッホー! 千兄!」<br /> 花粉症シフトの千歳はノロノロと自転車を駆っている。そののろさ故、あっさり追いつかれてしまったの図である。河原桜の手前でゆっくり停車して振り向く。<br /> 「あぁ、蒼葉さん。いいね、そのサングラス」<br /> 副賞の恩恵を与<span style="font-size:85%;">(あずか)</span>ってからというもの、蒼葉にてんで頭が上がらない千歳である。まずは無難にご機嫌とり。<br /> 「千さんもマスク似合ってるわぁ、なーんて言えないか。大丈夫ですか?」<br /> 「それほど深刻じゃないけど、ま、予防を兼ねて」<br /> 「そっかそっか。そういうことならなおさら。バレンタインデーにとりあえず一夜過ごせてもらえてよかったかも」<br /> 「?」<br /> 「花粉症が本格化しちゃうと、夜だってツライでしょ。ちゃんとした状態で相性とかね。早めにわかってた方がいいかなって。それで...」<br /> 何の相性?とはとても訊けないので笑って誤魔化すしかない。だが、妹は真剣である。<br /> 「姉さんてそういう魅力ない、かなぁ?」<br /> 姉がヤキモキするならわかるが、妹がこうである。プロセスマネジメントを超えた領域なので、どこまでどう、というのをただでさえ計りかねているマネージャーではあるが、そう言われては元も子もない。<br /> 「いやいや、決してそんなこと。スローラブだからさ」<br /> 蒼葉はどこか白々としながらも、強めの視線を向ける。下手なことは口にできない。<br /> 「って言っても許してくれないか。でも...」<br /> 「ん?」<br /> 「今日はね、ちゃんといいもの持って来たんだ。あとで櫻さんに渡すつもり」<br /> 「そう、ま、いっか。C’est la vie, C’est la vie.」<br /> 河原の桜はまだ冬の中。だが、春に向けた準備は着々と進めている。見た目にはわからなくても着実に進行するプロセスというのがあって、それはこの木々にもある。恋愛も然り。桜に喩<span style="font-size:85%;">(たと)</span>えてその辺の境地を説きたいところではあったが、やはり口は重く、おまけに「ハ、クション! うぅ」。噂話もなくはないが、正真正銘のクシャミが出る始末である。<br /><br /> マスクの千歳、サングラスの蒼葉、お顔に何かを着用する、という点では共通だが、サマになってるかどうかで云えば、大違い。<br /> 「蒼葉さんはカッコいいけど、千兄さん何それ?」<br /> 案の定、小梅からダメ出しを食う。<br /> 「いいのいいの。素顔出すとモテちゃって困るから、でしょ?」<br /> 毎度のことながら、櫻に助けてもらう訳だが、照れくさいの何のって。口許に締まりがなくなるも、一同に悟られることはない。不測の事態に備える上で、マスク<span style="font-size:85%;">(あるいは仮面)</span>はやはり必需品なのであった。<br /> 本多兄弟にはドッキリさせられたが、人手が増える分にはありがたい。ここまでで実に十三名。いつでも始められそうだが、そうはいかないのが当地の慣例。追加メンバーが風を切るようにやって来た。まだ真新しさが残るRSBでのお出まし。<br /> 「おっ、待ってました」<br /> 「あーら、須崎さん、お久しぶり」<br /> 「やぁやぁ、皆さんお揃いで。こんにちは」<br /> 清はお師匠さんだが、緑はその上を行く存在。地域振興時代からの顔なじみだったのだが、おば様根性で縁談がどうのこうのってやられた時期があったりしたので、今なお苦手意識が先行する。意中の女性説を持ち出して何とか回避したが、おば様の耳にはその後の話が入っていないので、突っ込まれたらヤバイ状況ではある。もっとも、辰巳が未だ独身であることは、ここにいる一部メンバーは承知しているので、今日この場で緑にバレてしまう確率は大。かなりリスキーな状況下に自ら飛び込んできたようなものなのだが、それは覚悟の上である。相当の理由があったから来た。それだけである。<br /> 「いやね、初めて師匠からメールが来て、こりゃ大変だって思って。わざわざアドレス取って、案内メールよこすんだから、一大事でしょ。たまには現場感覚養わないといけないし。あとは事務局長殿にね、ご相談をと思いまして」<br /> 干潟にあまり顔を見せない割には、それなりに知られた人物ではある。故に、大して気兼ねするでもなく、ご自身のペースで事を進めている。だが、元・意中の女性と顔を合わせるのが気まずいというのもあったらしく、次の瞬間には文花を連れて移動してしまった。<br /> 一同、取り立てて気に留めるでもなさそうだったが、訝<span style="font-size:85%;">(いぶか)</span>しげに見送るのが一人いた。業平である。<br /><br /> センターに足を運ぶのを躊躇<span style="font-size:85%;">(ためら)</span>っていたのも、やはり櫻絡みだろうか。とにかくそうも言ってられなくなった、というよりも機が熟してきた、といった方がいいだろう。相談事とはつまり、<br /> 「センター運営業務の委託の件がね、こっちでも大詰めになりまして」<br /> そもそも法人化に向けて動いているのも、全てこのため。辰巳は辰巳で役所としてはあまり例がないケースと向き合いつつ、地域社会の持続可能性を慮ってあれこれ腐心していたのである。<br /> 文花はさまざまな想いがこみ上げてきて、ドキドキモード。市民社会への理解の深さ、何とかセンターを盛り立てようとする心意気、掃部<span style="font-size:85%;">(かもん)</span>直伝の一端とは云え、普通こうはいかない。そんな惚れ惚れさせられる要素の上に、もしお互いがこういう立場じゃなければ、とか、今は確実にひとり身なんだから、とかが加わっている。設立総会を控えている都合上、今からあまりドキドキしない方がいいのだが、魚類と対面した時のそれと比べれば、比ではない。<br /> 「で、ご批判もあるかとは思うんですが、指定管理者か企画競争入札か、で絞られては来ました」<br /> 「私としては臨むところです。ただ、どっちにしてもまず総会が成り立たないことにはね」<br /> 「何だかかえって負担をおかけしてしまってるみたいで...」<br /> 「いいえぇ、おかげ様で心強い布陣が整ってきましたし。いろいろと勉強にもなったし、いろいろな出会いもあったし、感謝感謝です」<br /> 「出会い、かぁ...」<br /> 「そうそう、一度、オブザーバーとして理事会にいらしてくださいな。順調に行ってれば議案を送る段になってると思いますけど、点検方々... ステキな出会いもあったりして」<br /><br /> 相談と言っても短時間で済むだろうと思っていたら、なかなか終わらないので清と緑、そして櫻もノコノコやって来た。話はいつの間にかNPO論になっている。<br /> 「そうか、随分とまたお詳しくなったもんだと思ったら、そういうことでしたか」<br /> 「NPO法ができて十年経つんですってね。良くも悪くもいろんな事例とか知見とかが蓄積されてきてるから、ある意味やりやすいだろうってアドバイザー氏がね。それで気が楽になったかな」<br /> 「僕の印象ではそのNPO法って、役所の便法みたいだなって思ってたんだ。市民活動をコントロールしやすくするために公的なルールに乗せようって魂胆? 法人て付けば他の会社とかと同じ括りにできるでしょ。だから、法人化前提とは言っても、そうだな、それをうまく逆手にとってもらえそうな聡明な人に来てもらえれば、って考えてた」<br /> 「センセ仕込みとは言え、須崎さんも役者ですね。それでよく管理職やってるワ」<br /> 「いや、役者ってことじゃ矢ノ倉さん、あ、事務局長殿の方が一枚も二枚も上手だよ。とにかく人選としてはバッチリだった訳だ。ウン」<br /> 「須崎さん...」<br /> ちょっとイイ雰囲気だったが、センセが首を突っ込んでくれる。<br /> 「おいおい、お二人さん、傍<span style="font-size:85%;">(はた)</span>で聞いてると何だか学者が意見し合ってるみてぇだぞ。NPOがどしたって?」<br /> 「えぇ、須崎課長の考え方って、公務員離れしてるって言うか。感心しながら聞いてたんです」<br /> 「まぁ、氏は地域慣れっつぅか、それこそ場慣れしてっからな。現場を知ってる分、役所の矛盾とか限界とかもよく存じていらっしゃる。で、NPOに期するところ大ってなる訳さ、な?」<br /> 「えぇ、まぁ」<br /> 師匠からこう持ち上げられては調子も狂う。師の意見も伺いたいところだが、どうも言葉が出ない。すると、<br /> 「カモンさんもいろいろ思うところあるから、代表さんをお引き受けなさったんでしょ?」<br /> お世話係のおば様がしっかり継いでくれた。<br /> 「NPO云々だけとっても思うとこは多々あるさ。こないだ入船監事さんも云ってたけど、出しゃばりNPOとかはゴメンだし、あと気を付けるべきは、お手盛りNPOだろな。役所がでっち上げて作ったようなのは特にどうかと思う。まぁ何だ、スタンドプレーだか、パフォーマンスだか、そういうのが好きな首長<span style="font-size:85%;">(くびちょう)</span>さんのとこは要注意さ。そうならないようにしっかり自律して、実践して、だよな? おふみさん」<br /> 「あとは、委託=丸投げにならないように、ですよね、センセ?」<br /> 「そう、協働ってのを掲げるならなおさらな。最初はてっきり『今日どう?』って聞かれてんかと思って、ドキドキさ。ワハハ」<br /> 掃部節ジョークはさておき、協働ってのは一緒に汗かくような語感がある割には、ともすると主従関係のようになってしまったり、割り振った役割を果たすだけで終わってしまったり、つまり文字通りに行かないことが多いとされる。本来なら行政側・市民側双方の行き届かないところを補い合うような、または一つの目標に対してお互いの持ち味を活かし合うような、そんな狙いあっての協働である。成果が上がらずに疲弊する場合もあるが、真意がつかめず、ただ言われるがままに取り組んだとすれば、その困憊<span style="font-size:85%;">(こんぱい)</span>はさらに度を増すことになる。<br /> 「あくまで一緒に、とは言っても、あえて指定管理者とか競争入札とかを導入するってとこが悩ましいのよねぇ。その方が協働しやすいってんなら、仕方ないんだけど」<br /> 辰巳が心配していたのは、正にこの点である。故にご相談となった訳だが、文花はこの際、形式論にはこだわっていない。事務局長たる者、その展望は常に一歩先。<br /> と、そんな黙考を破るが如く、<br /> 「まぁまぁ、私みたいなのもいることですから。出向扱いを続けさせてもらえるなら、公務員との協働ってことになりますよ、ね?」<br /> ウズウズしていた櫻がようやくここで一言挟む。言われてみればもっともな話ではあるが、<br /> 「櫻さんはもともと公務員ぽくないじゃない」<br /> 「て、文花さんの公務員像って何なんスか?」<br /> 「え? それは...」<br /> 「お言葉ですが、そういう先入観が協働を阻害することだってあるんですよ」<br /> 冗談交じりでつい口走ってしまったのだが、この通り返り討ちに遭ってしまった。立場を超えたところで働く者ならではの実感がこもっていて、強い。櫻がセンターにとって不可欠な存在であることがよくわかる件<span style="font-size:85%;">(くだり)</span>だが、よくよく考えるとこれも辰巳の人選の妙である。<br /> 見る目はあるが、それを恋愛に活かせないのが本人の短所であり、長所でもある。<br /> 「ま、名ばかり協働にしないってのが第一よ。そのためには行政はとにかく現場に出て、生の声を聞いて、手伝うところは手伝う。でもって、勝手に余計なことはしない。どっかの国の出先みてぇに、何かと手出ししたがるのはちょっとな。市民が先行してやってるのに、それと同じ様なことを別に仕掛けてみたり、はては横取りしちまったり、なんてのもある。協働がうまく行ってりゃそんな話も出ないだろうに、な?」<br /> 「師匠、そりゃまた辛口で来ましたねぇ。横取りってのは極端な例でしょうけど、つい走っちゃうのはね、宿命って言うか、そうは言っても、だと思いますよ。聞きたくても聞けない、そもそも市民との接点が見出せないって、あがいてる連中も結構いるんです。悪気があってじゃあ、ない」<br /> このままだと師弟談議になりそうだったが、ここでも再びおば様が割って入る。<br /> 「そしたら、やっぱ探訪に出てきてもらわなきゃ。作家と歩く荒川とか、あとは櫻ちゃんのマップ教室とか、きっかけはいくらでも。ねぇ?」<br /> 文花と櫻はちょっとした悶着があった後なのでおとなしい。弟子は苦笑気味だったが、師匠は違う。干潟端協議、最後はビシっと代表にまとめてもらうとしよう。<br /> 「で、第二はさ。隅田君じゃないけど、プロセスを見えるようにするってことだろな。協働でも何でも、皆でしっかり手順を考えながらよ、地域の課題に一緒に向かってく、ってことじゃねぇか」<br /> 目標の共有もさることながら、その過程を共にするとこにまた協働の妙味はある。それでこそ「いいカンケイ」も成り立つと言うものだ。この話、代表ご挨拶でそっくり使えそうである。<br /> 繰り返しになるが、三月前半は総会に諮る議案づくりが大詰めを迎える。今日は来るべき山場に向けての息抜きみたいなものだが、むしろウォーミングアップのようになっている。週明けからは、千歳の臨時出勤も増える見込みで、さらにはMiss.三月、弥生嬢にも出て来てもらう予定だ。法人役員・委員候補各位をつなぐメーリングリストができたおかげで、各種様式の詰めも加速し、定款もほぼ固まってきている。ファンクラブの話はお預けながら、会員制度そのものは見通しが立っていて、季刊誌をはじめ情報誌にブログに、つまり各種媒体を通じてのPRが奏功し、仮入会者も堅調に増えている状況。となると残るは、部会と事業計画のデザインといったところだが、総会でプレゼンできるレベル、正にデザイン(模式化)されたものができれば十分である。<br /> 次回のセンター行事は、法人化前最後の一席となる「グリーンマップ講座」だが、何かを描き出すということでは、マップもデザインも共通である。当講座を格好の契機と捉える事務局長は呟く。「As-IsとTo-Beよ」<br /> 文花の見つめる先には、法人の自立もある。To-Beをどこまでデザインできるか、そのためには描写力を高めなければ、そう自分に言い聞かすのであった。<br /><br /> それはそれでいいのだが、気になるのはご自身のTo-Beの筈。それとも愛だの恋だのは、その後の話なのだろうか? いやいや自称恋多き女は、ちゃっかり同時進行を目論<span style="font-size:85%;">(もくろ)</span>んでいた。目の前にはかつてちょっぴり想いを寄せた人物がいて心惑わされるも、今日の新たな出会いを大事にしたいと思う。三角形もいいけれど、そろそろ...。<br /> 揺れる乙女心というのがピッタリ来そうな場面だが、三十路の揺れ具合は趣が異なる。こういう心情はむしろ愉快なもの。<br /> 文花が嬉々としていると、同様に奇々、否、喜々とした人が近寄ってくる。<br /> 「で、須崎さん、お相手って矢ノ倉さんだったの?」<br /> 「はぁ?」<br /> 訊かれてる本人よりも早く、文花が反応する。そう言われて嬉しくない、ということはないのだが、真意不明につき、何のこっちゃである。女心は微妙に揺れる。<br /> 「あ、いえ、ハハハ。候補が多くてね。今日も沢山おいでだし」<br /> 「まぁ、お年頃の女性<span style="font-size:85%;">(ひと)</span>、確かに多いけど、貴方、不惑過ぎたんでしょ。二十代女性ってのは有り得ないんじゃ」<br /> 昔々、永代<span style="font-size:85%;">(ひさよ)</span>とはちょっとイイ感じだったなんてことは知らない。櫻を見初めてたことは数ヶ月前にやっとわかった。情報通の文花がこんな程度、緑の方は旧知ながらも、なぜか全く以って知らぬ存ぜぬである。ちゃんと経緯を話せば、かくも言いたい放題にはならずに済みそうなものだが、何せ相手は女流作家。話したが最後、自分をネタに一本書かれてしまう可能性は否めない。不惑とは因果なもの。男も大いに戸惑い、揺れている。<br /><br /> 干潟端でこんな人情劇が繰り広げられてしまっては、どうにも始めようがない。だが、他の面々にも相応のドラマ、配役がある。決して時間を持て余している訳ではないのだ。<br /> 文花が時折視線を送っていた先には本多兄弟がいて、七人の男女が囲んでいる。お互いを紹介し合うような図に見えるが、初顔どうしの対面がどうやら優先されている模様。<br /> 対面者の一、太平はhigata@メンバーについては弟を通じて予備知識を得ているので、顔と名前を一致させれば済む。対面者の二、寿は先月の祝賀会の席で大方顔合わせ済みなので、特に違和感なく振る舞える。自己紹介する場面は今日のところはないであろう、ここに来るまではそう踏んでいた両者である。だが、互いにノーマークの人物が現われ、目前にいる。<br /> 挨拶の二つ三つは交わせても、対面者はどこかぎこちない。業平と千歳が引き合わせるような形で、何とか話をつないでいる。<br /> この図をアイスブレイキングと称する向きもあるが、棚氷がどうこうと叫ばれる折、語弊があるし、人を氷呼ばわりというのも失礼な感じがする。ウォーミングアップとするのが妥当だろう。<br /><br /> 蒼葉と弥生の社会派コンビはと言うと、先月すっぽかしを食った分、気合い十分。男性四氏のやりとりに耳を傾けながらも、干潟近景を見渡し、あぁだこうだやっている。<br /> 「宣言通り、課題解決に向けてプログラムの改造とか何とか、とにかくいろいろやんなきゃ!ってこれ見てると思うんだけどぉ... 仮にそれがうまく行くとやっぱ減ってきちゃうのかな?」<br /> 「まぁ、この調子だとまだまだ先じゃない?」<br /> 「そう、そうよね。散らかってる方が何か落ち着くし。ってやっぱ変?」<br /> 確かに変な話なのだが、彼女達にとってはこの漂着&散乱は違う意味を持っている。それは漂着物がある限り、当地での集まりは続く、ということ。<br /> いつかは終わるかも知れない。だが、今は、しばらくは、とにかくお楽しみ要素なのである。<br /><br /> 「今日は雨女さんがお休みなので、このまま概ね晴れでしょう」<br /> 「何、それが予報? 気象予報士めざしてるんだったら、風とか雲とかで天気読まなきゃ」<br /> 「初姉の気まぐれ天気予報よ。悪かったわね」<br /> 「ま、お姉ちゃんがニコニコしてっから今日は大丈夫ネ」<br /> 若い姉妹は青空同様、実に清々しい。空を見上げる。すると、後ろからポン。<br /> 「さ、お二人さん、首伸ばすのもいいけど、腕も脚もね。体動かす前にストレッチ!」<br /> 南実をコーチとする俄かアスリートチームが結成され、元気よく準備体操を始めるのであった。このようにクリーンアップ前に体をほぐしておくというのは、実は結構重要。今日のような気候だからできるというのもあるが、逆にこれまでなかった、というのも不思議な気がする。リーダーも発起人も考え及ばなかった次第。<br /> 「ハハ、千歳さん、一本取られたって感じね」<br /> 「僕はムリだな。あそこまで体曲がらないよ」<br /> 「じゃ、私が手伝ったげる」<br /> 「いや、それは...」 ストレッチが続く傍らで各員何となく集結し、同じように屈伸したり背筋を伸ばしたり。ウォーミングアップが済んだら、いよいよ本番である。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/601-611.pdf"><img height="31" alt="Warmin’ up" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/09/66.html">66. 春ラララ</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-58605207419747362972008-09-02T12:00:00.006+09:002009-01-05T16:57:12.951+09:0064. 三寒四温七日<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 二月最後の土曜日に、大詰め理事会は予定通り行われた。春一番吹き荒れる中だったが、疾風に議事が飛ばされるようなハプニングもなく、また一歩前進。入船氏の監事就任とともにメーリングリストも動き出すことになる。そして、その翌日は、寒さ逆戻り&再強風。天候に連動するかのように、怒涛のセッションが繰り広げられる。<br />ち「七曲全部仕上がれば、格好はつきそうだけど...」<br />ご「本番まであと六週間? ギリギリかな」<br />ま「何を仰るバンマスさん。あと、じゃなくて、まだ、よ」<br /> 順調に仕上がっては来ているのだが、本気でライブを演<span style="font-size:85%;">(や)</span>るには、もうひと押し欲しいと考えているメンバーである。仮に十曲そろえば、アンコールの設定もできるし、何を隠そうフルアルバムだって夢じゃなくなってくる。千歳のメッセージソングはまだ音合わせしていないが、詞ができればいつでも。<br /> 詞が先行しているのもある。舞恵の原詩に曲が付けば九曲、つまりあと一曲となる。まだ六週間あると思えば、実現可能性は低くはない。<br /> メンバーが集結しているのはいいとしても、全員が全員、本調子という訳でもなく、季節の変わり目のお疲れなんかもあって、「きまった!」っていうのが出ないのがもどかしい限り。だが、スペシャルゲストは至って満足そう。彼女の笑顔に助けられ、本日のセッションは成り立っていると言っていい。来てもらって本当に良かった。おまけに手土産までいただいて。<br /> アツアツではないが、パンケーキは元気の素である。<br /> 「よし、初姉のお祝いの続き。気合い入れて行こう!」<br /> マスターのかけ声で、難曲『Re-naturation』の再演が始まる。リードボーカルは蒼葉。<br /> 「蒼葉さん、カッコイイなぁ。でも、南実さんもステキ。入学祝いに買ってもらおっかな」<br /> 両親は運動オンチではないので、二人の娘もその気になればイイ線行く筈である。長女に限って言えば、これまでは親に反発していたので、スポーツの類もあえて避けていたフシはある。だが、晴れて進路が拓けたことで、それも解けてきていて、親譲りのいいところを見直す段階に入っていた。腕力と肺活量を鍛えればとりあえずいける。ことサックスに関しては、音の良し悪しは温度と湿度見合いなので、その辺もバッチリ。あとは表現力、そして指の細かな動きといったところか。<br /> 南実の巧みな指遣いを見て、それが粒々を撰<span style="font-size:85%;">(え)</span>り分けるのと無縁ではないことを知る初音である。すっかり魅了されてしまったようだ。<br /><br /><div align="center">* * * * *</div><br /> 三寒四温を繰り返し、春は着実に近づいてくる。スギ花粉が本格的に飛散するシーズンも容赦なく迫ってくる。花粉症に悩まされる前に何とか一曲。これが千歳の当面の目標である。花粉に追われる曲作りというのは、何ともやりきれない面もあるが、発奮するには好材料と前向きに捉えることとし、在宅作業の合間を縫っては、DTM<span style="font-size:85%;">(desk top music)</span>に明け暮れている。演奏順を想定すると、アンコール二曲目か。つまり締めくくりに相応しい曲...。<br /> 「石島姉妹、小松さん、奥様、そして姫様...」<br /> 女性ばっかしというのが気になるが、とにかく皆の笑顔を思い出しながら、リセット直後の情景なんかを重ね合わせている。<br /> この新曲のおかげで、姫様とお会いするのもお預け中。今月は二十九日まであってちょっと得した気分に浸るも、その一日が逆にネックとなる。とにかくこのおまけの一日をフルに活用して仕上げてしまおう。そして出来たてを一番にお聴かせしよう。翌日の話だと言うのに、三月がやたら待ち遠しい。 南からの暖かな風が余計にソワソワさせてくれる。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/599-600.pdf"><img height="31" alt="三寒四温七日" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/09/65-warmin-up.html">65. Warmin' up</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-83923294271190629502008-09-02T12:00:00.002+09:002008-10-05T14:22:12.492+09:0063. 魔女の箇条書き<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 離れたところで様子を見ていたのは弥生と京。メイン会場では、清と南実が問答してたり、それを肴に文花が一人で酌をしてたり。業平、六月、八広はパンケーキを頬張りながら、よもやま話。そろそろ中押しというか、何か一席入りそうな時間帯ではあるが...。<br /> 十六時近く。一応開館中のセンターに客が尋ねてきた。ここは接客係の出る幕ながら、<br /> 「おっ、来ましたね」<br /> ひょっこり顔を出した初老の男性に応対したのはルフロンである。<br /> 「やぁ、奥様。久しぶり」<br /> 「奥様?」<br /> 祝賀会場は俄かに騒然。あの舞恵さんを奥様と呼ぶあたり只者ではない。千歳はどこかで見覚えがあるようなないようなだが、果たして何者なんだろう。<br /> 「皆さん、ご紹介しますワ。監事筆頭候補、入船寿(いりふね・ひさし)さんでございます」<br /> 同年代と見受けるや、すかさずカモンのおじさんがチャチャを入れる。<br /> 「し、しさし、さんかい」<br /> 「寿と書いて、ひ・さ・し、です。生粋の江戸っ子ですが、掃部先生と違って、ちゃんと発音できますから」<br /> 「そいつは、ひつれいしやした」<br /> 「?」<br /> 事前に関係人物情報を得ていたらしく、お互いを紹介し合うのにそれほど時間はかからなかった。千歳のことも寿氏はちゃんと憶えていて、<br /> 「あぁ、隅田さん。その節はどうも」<br /> 「いやはやまさか、あの時の方だったとは。洒落じゃないですけど、本当にひさしぶりですね」<br /> 「もうすぐ退職って時に、善意ある方に接することができて、何よりでした」<br /> 「あの日はね、入口の入船、奥には奥宮、のパターンだったんよ。いい時にご来店くださって」<br /> 「奥には奥宮...そっか、それで奥様かぁ!」<br /> 千歳はえらくウケているが、他の面々はその日の出来事がいま一つつかめていないので、疑問符が宙を舞っているような状態。八広の爆走、櫻を襲ったアクシデント、縁結び、この際まとめて披露した方が良さそうだ。<br /> 祝賀会に打ってつけの一席はこうして仕立てられ、否応なく盛り上がることになる。が、そんな奇遇だけで監事に推したり、逆に名乗り出たりするものだろうか。実はこんなエピソードもあってのことだったのである。<br /> 「で、娘が子ども連れて十月のクリーンアップに出かけたんですがね、その子、あぁボクにとっちゃ孫ですが、何でも転んじまったそうで。でも、優しいお姉さんとお兄さんが助けてくれて、って聞きまして。他にもその日あった話ってのが良くてね。奥様はその場に居なかったから詳しいことはわからんて云うんだけど、とにかくその干潟の人達とNPO法人の件がつながってる、ってのはわかったんで...」<br /> 「そのお姉さんとお兄さんて、もしかして」<br /> 「初姉と千兄だよ、きっと」<br /> 本人達を差し置いて、櫻と小梅がタネ明かししてしまうのであった。ま、何はともあれ、あのハプニングは注射器を発見するためだけに起こった訳ではない、ということがこれで明らかになる。<br /> 「娘や孫とはその後、そっちの干潟に時々行ってたんです。下流の方だったから、これまでは皆さんとはお会いできませんでしたがね。今度は皆さんとこ行きますよ」<br /> 「ね、待った甲斐、あったっしょ?」<br /> 「さっすが奥様!」 文花は絶賛するも、<br /> 「魔女だけのことはある」 櫻は毎度この調子。<br /> どうやら雨も嵐も、その魅力ならぬ魔力によって連れてこられてくるようだ。<br /> 「そういうのは、気象予報士の担当外、だと思う...」<br /> 初音の言い分、ごもっともである。<br /><br /> 棒状のものを持たせると、通常はつい彼氏を叩いちゃったりするが、魔女ともなれば然るべき使い方がある。クルクルやれば何かが起こる? 今はマーカーを手にしている魔女さんは、<br /> 「へへ、まだ早いけど、ほぼ決まりネ」<br /> 電飾を外し、会場に運び込まれたホワイトボード。その前に立つや、サラサラと走らせる。五行目には「祝・監事決定! パチパチ」と書き足された。<br /><br /> 奥様の走り書きに気を良くしたか、寿氏は監事就任にあたっての前振りのような講話を始める。アルコールが入っても従容<span style="font-size:85%;">(しょうよう)</span>としたもの。さすがである。<br /> 「巷じゃ2007年問題だとか言って、定年退職者を地域でどう迎え入れるべきか、なんて話も出てましたよね。先生はどう思われます?」<br /> 「まぁ、余計なお世話っつうか。シマを持て余すくらいなら、しっかりお役に立ってもらおうてのはわかるけど、そっとしておくのが一番じゃねぇかな」<br /> 「かと思えば、NPO法人作るんだとか何とか、旗を揚げたがるのも出てくる。何かチグハグな感じがしてね」<br /> こういう話になると黙ってられない論客が居る。若手先鋒と言えば、勿論この人。<br /> 「いわゆる団塊の皆さんが何かやろうとする時って、必ずと云っていい程『立ち上げる』って言い方しますよね。すでに先行例があったとしても目を向けない。自分達がやらなきゃってのが前面なんスよね。チグハグなのはそれも一因じゃないでしょうかね」<br /> 「立ち上げる、か。何か今まで倒れてたみたいで失礼ね。確かに」<br /> 程々に酔いは回っているが、文花は今のところ正気。<br /> 「他の退職者連中には、いますよ。立ち上げどうこうとかやってた輩が。ま、第二の人生、地域なり何なりで頑張ろうってのはわかるけど、それじゃ勤めてた頃と行動原理が同じだろって。ボクはそういうのとは一線を画したかった。出しゃばらず、されどできることは力を尽くす、だから人材バンクの話はありがたかったなぁ。市民社会への側面支援、これだ!ってね」<br /> 初音が小論文で一説投じたところと相通じるものがある。それは己を利するよりも他者を利するの精神論。こういう人物ならまずは安心、いやそれ以上か。<br /> 「オレがオレが、みたいな人が入ってくると面倒でしょ。人の出入りって言うか関わり方なんかもしっかり監査させていただくつもりですから。ひとつ、よろしく」<br /> 監事殿は浅めの会釈。対するご一同は深々と頭を下げる。<br /> 「そうそう、法人の口座の件なんですけど、ここはやはり入船さんにご相談するのが早道ですかね」<br /> 「法人用ってのは何かとお手間を煩わせたりしますから。当行をご用命いただけるんでしたら喜んで開設等、お手伝い差し上げますが」<br /> 「よかったぁ。ちなみに法人名は...」<br /> 事務局長は、ここぞの達筆で前半九文字、後半八文字の長々しい名称をボードに記す。<br /> 「あぁ、金融業界ってのは融の字が付く割には融通利かないもんでして、特定非営利活動法人の略称ってまだ用意してないんじゃ... とにかく貴団体名がしっかり表示なり印字なりされるよう合わせて手続きしますよ」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200809/article_1.html">略称は(トクヒ)?</a>)<br /><br /> そんなこんなの細かい話はまた追い追い。本来なら法人理事&運営委員用のメーリングリストでもあれば、より円滑に進められそうなところ。ネックとなっているのは、おじさんブロガーである。<br /> 「んまぁ、監事さんも決まることだし、俺が何とかすりゃいいだけってことなら。緑のおばさんもEメールやってるつぅしな」<br /> と来れば、千は急げである。<br /> 「じゃ、清さん、設定しましょう。手引書もすぐ出せますし」<br /> かくしてComeonシリーズ第二弾、comeon/に次ぐ、comeon@がデビューすることになる。<br /> 本日のお祝いネタに加えても良さそうな一大事ではあったが、祝う気になれない女性が一人いた。<br /> 「なぁんだ、せっかくコメント機能が付いたと思ったら」<br /> 「いやぁ、コメント返してくのも何つぅかまどろこしいっちゅうか。まぁ、こまっつぁんとは直接やりとりしたいな、俺は」<br /> 「先生...」<br /> グッと来た南実だったが、すぐさま切り返す。<br /> 「わかりました。退屈しないようにマメにメールしますから、覚悟しといてくださいね」<br /> どんなキャッチボールが交わされることになるのか、お互い今から楽しみである。<br /><br /> 顔見せ程度のつもりが、何となく長居してしまった。<br /> 「では、また来週お目にかかります。ごきげんよう」<br /> 入口の入船さんは、出入口へ向かう。行員時代の名残か、そのスッとした去り方はなかなかのインパクトがあった。どこかのおじさんの蟹股歩きも強烈ではあるが...。<br /> まだまだ明るいので、宴も易々とは終わらない。メンバーは思い思いの時を過ごす。<br /><br />[魔女 vs 小悪魔]<br /><br /> 準大賞紹介の際、これといったインタビューをしそびれてしまったものだから、副賞の話がすっ飛んでいた。櫻としては好都合だったが、舞恵は思い出したように食い下がる。<br /> 「へぇ、姉様と兄様にディナー&ご宿泊をプレゼントってか。やるなぁ、画伯」<br /> 「自分の分はちゃんととってあって、教室を開く時の投資に回すとか何とか」<br /> 「フーン、でも舞恵が気になんのは、そのご宿泊の方かなぁ」<br /> 野菜スティックを手に小さくクルクル。これは秘め事を聞き出す時のプチ魔法。櫻はつい乗せられてしまうも、時すでに遅し。<br /> 「ナヌ? 曲かけて横になってたら寝ちゃってた、だぁ?」<br /> 「シーッ!」<br /> しばしの沈黙の後、魔女さんが溜息まじりに問うてみる。<br /> 「咲くloveとか言ってる割にはどうなってんのぉ?」<br /> 「私が何か仕掛けると、千歳さん倒れちゃうから。でもね、あんな感じの豪華ディナーって二人では初めてだったから、それだけでまず満足。で、デザートでチョコレートケーキが出てきて、すっかり甘ーい感じになっちゃって、ヘヘ。だから、お泊まりはオマケなの」<br /> 小悪魔アプローチを封印したとは到底思えないのだが、聞いてどうなるものでもない。舞恵は手にしていたスティックを口に放り込む。<br /> 「そっかそっか、多様でいいんだもんね。愛の形も人それぞれ」<br /> 「あとは、春になってからのお楽しみ♪」<br /> 「て、もう立春過ぎてるしぃ」<br /> 持ち込みワインのせいだか、少々絡みがち。だが、至って爽やかである。<br /> 「そんで、そのカラオケデータ、今日はないの?」<br /> 千歳からもらったCDを櫻は常時持ち歩いている。媒体があれば、あとは装置。十月のクリーンアップで活躍したアンプスピーカーとPCをラインでつないでみる。程なく会場にはBGMが流れ始めた。メンバーにはおなじみ『届けたい・・・』である。<br /> 「あ、ルフロン、まだ聴いてなかったわよね」<br /> CDには練習済みの五曲に加え、ボーナストラックだとかで、ルフロンと櫻の新曲のデモversionが入っていた。櫻は持ち歌をスキップして六曲目をダブルクリックする。<br /> 「ハハ、こんな感じになるんだ。ボサノヴァチックでいいわぁ」<br /> 今のところ小品だが、緩やかな波を連想させて実に心地良い。聴いてりゃつい寝入ってしまうのも無理はなかろう。<br /><br />[おはつ&ハチ]<br /><br /> 「へぇ、あれルフロンさん作曲、で、編曲が千兄さん?」<br /> 「詞はまだ途中なんだな」<br /> 「あのままとりあえずお店で流したい、かも」<br /> 「だって、ヒーリング系とかイージーリスニング専門じゃ...」<br /> 「野菜とかと同じスよ。地元ミュージシャンの旬モノを流さなきゃ、ね」<br /> とか話してたら、音合わせ会の話題になり、それならぜひ、となる。週末名物ニコニコパンケーキが再開されるのはしばらく先になりそうである。<br /><br />[トライアングル]<br /><br /> CDはランダムモードでかかっているので、何が飛び出すかわからない。弥生担当のハッピーな一曲が今は流れているのだが、それが裏目に出たか、トライアングルお三方が何やらもめている。<br /> 「何かとウワサは絶えないけど、私、これでもステディ路線よ」<br /> 「チョコとか渡してないんでしょ? あたしならちゃんと。ねぇ、Goさん?」<br /> 「それは得意の弥生流ソリューションでしょ。何でもズバッとやりゃいいってもんでもないワ」<br /> 正直なところ、ひょっとしてひょっとすると、という期待が高まっていた業平は文花の思いがけない肩透かしバレンタインに、かえってドキドキ感を募らせていた。弥生のアタックが実を結ばなかったのは、そんな大人の女の策が的中したため。駆け引きが高じれば三角形も安定感を欠いてくる。<br /> いつかはこうなるとわかってはいたが、いざ本番を迎えると、全く手の打ちようがない。ビジネスモデルとはてんで勝手が違うのである。<br /> 「そりゃ焦っちゃダメなのはわかってるけど、この恋NGだったら、また引きこもりになっちゃうもん。やっぱ譲れない!」<br /> 「なーに、若いんだから大丈夫よ。弥生嬢ならすぐにいい人見つかるって」<br /> 地酒が利いてきたか、やたら陽気かつ攻撃的な文花である。業平は思う。そう言えば、聖しこの夜の時も笑い上戸が過ぎて大変だったっけか。そんなとこがまたいいんだけど...。<br /> ボーッとなっている場合ではない。今まさにこの時をどう乗り切るか、ある意味これも課題解決型市民の宿命である。<br /> 「てゆーか、Goさんがハッキリしないからダメなんじゃん!」<br /> 「いやぁ、どっちもいいなぁって...」<br /> ドラマだと張り手を食らいそうな展開だが、元来淑やかなお嬢二人はそこまでは熱くない。<br /> 「ま、今日は祝賀会デーなんだし。ひとまず休戦ネ」<br /> 「当面は良きライバルってことで」<br /> 業平はへなへなになりながら、地酒の残りをグイ。途端にヘロヘロになっている。と、<br /> 「おや? また新曲?」<br /> 切ない曲が流れてきて、今度はそのまましんみり。彼のこういうところが女心をくすぐる、らしい。<br /><br />[ブロガー 管理人 コメンター]<br /><br /> 晩夏の思いが込められたその曲がかかる中である。その作曲者に何らかの動機を与えた女性が今またちょこっとしたアクションを起こしていた。<br /> 「はい、これは先生に。直接お渡ししたくて」<br /> 「ハハ、何年ぶり、何十年ぶりだろな。ありがとさん」<br /> 「で、こっちはお千さんに」<br /> 「おせんにキャラメル、だったりして」<br /> 南実と接する時は、何かと用心を要する。こうでも言っておけば、場面がシリアスになるのを緩和できる?という一策である。<br /> 「まさか。私は先輩と違って、王道ですから。でも、何チョコって言えばいいんだろ?」<br /> 気持ちの整理はついているものの、パターン的に適当な表現が見当たらない。慕ってはいるが恋じゃない、兄に似てるけど兄じゃない、正に義理某と言いたいところだが、世間では違う使い方がされているし。<br /> 「何チョコでも別に。ありがたく頂戴します。あ、お返ししなきゃね。粒チョコとかどう?」<br /> 「嬉しいけど、櫻姉さんに怒られちゃいますよ。それよりまたどっかでお茶でも。お話ししたいことがあって...」<br /> 今となってはドキリとすることもないのだが、どうにも意味深に聞こえてしまうからこまってしまう。清がいたから助かったようなものである。<br /> 「ツブって言やぁさ、例のブツはどうだった?」<br /> さりげなくシャレを入れつつ、話を転じてくれた。<br /> 「幸か不幸か、見つかりませんでした。大きな魚じゃないと捕食しないのかも知れませんね」<br /> 要するに自らの手で解剖した、ということである。文花が聞いたら卒倒しそう。千歳もさすがに言葉に詰まる。話を再度転じた方が良さそうだ。<br /> 「それはそうと、これ、開けてもいいかな?」<br /> 「えぇ、それもある種、臓物ですけどね、ちゃんと食べられますから」<br /> 「?!」<br /> ドキドキしながら開けると、ハート型のチョコが出てきた。ま、確かに臓の仲間ではあるけれど...。<br /> ニヤリとする南実の頬には、えくぼ。やはり胸が高鳴ってしまう千歳であった。<br /><br />[セレブな二人(蒼葉と京)]<br /><br /> こちらもハートの話で持ちきりだった。<br /> 「へぇ、ハートの型抜きで」<br /> 「やっと納得行くのができたって感じね」<br /> 「この何となく弾力のあるところがプラスチックらしいというか」<br /> 「でもって、何となく脆そうなとこがハート向き」<br /> 「京さん、その感性、さすがですね。姉妹はそのあたりを受け継いだようで」<br /> 「ホホ、蒼葉さんにはかないませんてば」<br /> お茶会らしい優雅な会話が交わされている。<br /> 「でも、それ用途としては?」<br /> 「気持ちを伝えるのに使うんですって」<br /> 母は次女にそのペレットハートを渡しに行った。<br /><br />[若い二人(六月と小梅)]<br /><br /> 曲は変わって再び『届けたい・・・』である。折りよく京から小梅に届け物がされた時、六月はノートPCを操作中。インターネットで時刻表を再点検しているってんだから、達者なものである。来月十五日からはダイヤが改正されるので、より入念。<br /> 「姉御、時刻表、調べたよ。アキバ集合でいいよね。木更津には...」<br /> それほど凝ったルートではないので、聞いてるだけでも構わないのだが、小梅の耳にはあまり入ってない様子。というよりも何かを躊躇っているような、そんな感じ。<br /> 「六月クン、二日遅れだけど、これとこれ...」<br /> リボンつきの小箱、プラスチックハート添え、である。<br /> 「おぉ感激。って本命?」<br /> 「ヘヘ、それは君次第」<br /> 「え?」<br /> 「ルフロンさんだって、八兄さんよりお姉さんだしね。でも背が追いつくまでは何とも言えない、かな。今日のところは切符の御礼ってことで」<br /> 恋の何とか切符というのを聞いたことはあるが、現物主義の彼にとっては関心外。だが、目に見えない特別な切符というのは存在する。今、確かにその一枚を手にしたような、そんな気がした。<br /> 「入学したら、とりあえず先輩って呼びます。いろいろ教えてください」<br /> 心の中で発車のベルが鳴る。あとは列車が動き出すのを待つばかり。<br /><br /><div align="center">* * * * *</div><br /> 祝賀会はひとまず幕引きとなり、概ね片付いたところで清と石島家三人はご退場。六月は一人図書館へ。となれば残るはhigata@の九人衆。干潟端ではないが、メンバー恒例のディスカッションに興じているところである。<br /> 舞恵は、残り少ないボードの余白にマーカーを滑らせる。どうやら一つの結論を得たようだ。<br /> 「よござんすか? 蒼葉嬢のA、櫻姉のS。男性は苗字を使う。隅田さん、ま、千さんでも同じだけどS、エド氏も一応メンバーなんで、Eをいただく。で、こまっつぁんは南実でM、トリは弥生嬢のY」<br /> 「ASSEMY?」<br /> 弥生はまだピピと来ていない。<br /> 「あわてちゃいけない、お嬢さん。ここからが正に組み立て。宝木氏は八<span style="font-size:85%;">(ba)</span>クンだからB、そしてこの舞恵さん、我らがLe FrontさんのLを足してみよう。あーら不思議」<br /> スティック、いやマーカーが綴ったスペルは、そう、<br /> 「ASSEMBLY!」<br /> である。これぞ魔女っ娘ルフロンの本領発揮?と仮にしておこう。<br /> 「ま、私は一リスナーとして応援しますワ」<br /> 「先輩も何か楽器とかできればねぇ」<br /> 「人前でそんな。トライアングルがいいとこね」<br /> ということで、文花のFはひとまず除外。しかし、もっと大事な人物を忘れてはいないか。<br /> 忘れられてる当人は、「ト、トライアングル、う...」とすっかり固まってしまってるので、放っておいてもいいのかも知れないが、そうはさせじと、BGMが響いてくる。ズバリ『私達』である。<br /> 「作・編曲者、というよりバンマスなんだから、ねぇ」<br /> 旧友の千歳がちゃんとフォローする。だが、<br /> 「Goさんなんて知らない。入れなくていいし」<br /> ここぞとばかり、毒づく乙女もいる。<br /> 「しゃあないなぁ。じゃこれでどうだ!」<br /> ASSの上に小さく、敬愛すべきマスターの名が付け加えられる。即ち、<br /> 「Go Hey with ASSEMBLY いいんじゃん?」<br /> こうして若干一名を除く、私達一同の同意は取れた。さまざまなプロセスを経て、ここまで組み上がってきた彼らの取り組みを象徴するようなネーミング。E氏も文句は言わないだろう。<br /> 箇条書きの末尾に「祝・バンド名決定!」が加わった。一本締めとかはないけれど、拍手は起こる。そして止む。CDもちょうど、止まった。これもマジックのうち? だとしたら、心憎いばかりの演出である。 外を見遣れば、夜の帳<span style="font-size:85%;">(とばり)</span>。漸<span style="font-size:85%;">(ようよ)</span>う暗くなってきた。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/589-598.pdf"><img height="31" alt="魔女の箇条書き" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/09/64.html">64. 三寒四温七日</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-21373936307110874172008-08-26T12:00:00.002+09:002008-09-29T23:11:44.652+09:0062. 祝 × 4<span style="font-family:lucida grande;font-size:130%;">二月の巻 おまけ<br /></span><br /> そして、待ちに待った十六日。一昨夜から昨朝にかけて何かがあった割には、全く普段通りのアラサー二人は、表情とは裏腹に体の方はせかせかと動いている。あわただしいのは、昨日半日櫻が不在だったためではない。前夜に朗報が飛び込んだからである。<br /> 「お祝い用のデコレーションて、難しいわぁ」<br /> 片面使用済みの色紙に、おなじみのスマイルマークをプリントアウトしたものをあちこちに貼ってみるが、どうもピンと来ない櫻である。<br /> 「万国旗とかあれば違うのかな」<br /> 「国際交流の場だったらまだしも、内輪の会だから。ま、あとはデコレーター次第かな」<br /> 内輪向けイベントと言い切ってしまうと、公共施設だけに憚られるところ。キャンドルナイトの時と同様、扉には「開館中 *ただし、祝賀会実施中」との貼り紙。これなら許される?<br /> 文花は取り急ぎ、得意の野菜スティックなどを作っているが、今日は持ち込み式なので、それほど周到ではない。会議スペースのテーブルをくっつけて、食器を並べれば大方OK。一輪挿しを配する余裕さえ見せる。<br /><br /> 弥生&六月に続き、デコレーターさんも到着。開会三十分前である。<br /> 「ハハ、スマイル♪」<br /> 弥生は満更でもなさそうだが、舞恵は早速ダメ出し。<br /> 「ウーン、何かパッとしないなぁ。そのスマイル君さ、丸坊主だからつまんないんよ。舞恵みたいにクルクル髪でも描いてみたら?」<br /> 「そうか、ボサボサ」<br /> 「たく、そのセミロング、ボッサボサにしたろか」<br /> この様子を見ていた六月は、さながら眼鏡をかけたスマイル君といったところだろうか。呆れながらも薄ら笑い。<br /><br /> 祝賀会場には些かファンキーなスマイル君で満たされることになる。だが、まだ物足りない。<br /> 「やっぱチカチカするのとか欲しいかな」<br /> 「あ、そうそう、六月!」<br /> 少年が持ち込んだ紙袋の中には、クルクルというか、グルグル巻きの物体が入っていた。<br /> 「バイト先の倉庫に転がってたから、持ってきちゃった」<br /> クリスマス時期にはエントランスなんかを煌かせていた。シーズンオフに入ったと思ったら、この通り起こされてしまった次第。LED式イルミネーションケーブルである。<br /> 「でかした!」<br /> デコレーターは、すっかりスマイル顔。ホワイトボードに引っかけ始める。肝心のボードメッセージがないが、そこはチカチカの具合を見ながら、書き足すことになる。<br /><br /> 「へへ、舞恵はこいつを持って来たさ」<br /> ルフロンも大小の紙袋を持っていた。突飛なことをしでかすのは、今も昔も変わらない。手荷物検査したっていいくらいである。とりあえず小さい方を覗き込んで櫻は一言。<br /> 「ハハ、そう来たか」<br /> 「くす玉とかないんでしょ? 本人が来たら、皆でね。景気付け♪」<br /> 「って、これが差し入れ?」<br /> 「んな訳ないじゃん。あとでちゃんと八クンがね」<br /><br /> 朗報の多寡にかかわらず、もともと予告はしてあったので、メンバーの集まりは頗<span style="font-size:85%;">(すこぶ)</span>る良かった。気合いの情報誌の追い込みで、あいにく冬木は不参加だったが、蒼葉、南実、八広、そして第三の男、業平も相次いで現れる。higata@の十人中、九人がセンターに集結。櫻がボードに向かっている間、舞恵は景気付けグッズを銘々に配る。出迎えの準備は整った。そして、<br /> 十五時ちょうど、お祝い対象の本人が母、妹とともに晴れ晴れと参上。<br /> 「皆さん、こんにち... わぁ!」<br /> 「ウヒャー!!」<br /> 姉妹ともどもびっくり仰天。エントランスからカウンターにかけての数メートルの間に、十人十発のクラッカーが浴びせられたとあれば、普段はあまり動じない二人も大声を上げざるを得ない。ビックリくりくりさんの演出、大成功である。<br /><br /> 「おめでとっ! 初姉」<br /> 今日もくりくりなルフロンさんのご発声に続き、一同からは拍手喝采。<br /> 「まさか、こんな... あ、ありがとうございますっ!」<br /> このお嬢さん、これまで不機嫌顔か笑顔かのどっちかしか見せなかった気がするが、この瞬間を以って新たな表情が解禁されることになる。<br /> 「あーぁ、お姉ちゃん...」<br /> 妹が寄り添い、その周りに輪ができる。クラッカーに腰が引けていた母はセンターに入りかけたところでその様子を見守る。姉妹同様、涙目である。<br /><br /> 時間が止まったようなスローモーションな時が流れる。が、それも束の間。<br /> 「何だ何だ、ここは今頃春節かいな。爆竹でも鳴らしたか?」<br /> 「あら、先生...」<br /> 京の潤んだ眼差しに清はイチコロ。<br /> 「ハハ、呑んでねぇのに酔っちまうわな」<br /> とか言いながら手土産はちゃっかり流域の地酒だったりする。そりゃ誰かしらは呑むだろうけど、<br /> 「センセ、今日はどっちかというとお茶会よ。まぁどうしてもってことなら、私、お相手しますけど」<br /> 「そっか、その手があったか。でも、これ辛口だぜ」<br /> 「私、こう見えても強いんですのよ」<br /> 勤務時間中のところ、代表と事務局長がこうである。だが、そこは矢ノ倉事務局長。<br /> 「今週は定休日が祝日だったから、今日は私としては代休です」<br /> 「ヨシヨシ、じゃまぁパァッとやるか」<br /> 二月十一日は固定だから致し方ないが、月曜定休の施設はハッピーマンデーで割を食うのが相場。代休を設けるか、それとも定休日を変更するか、どっちにしろ法人として独立した暁には、そうした運営細則も自主的に決めていくことになる。先送りになっていた理事会だが、議題の方はこうした例にあるようにしっかり蓄えられ、追ってくる。ま、今日のところは英気を養っておくのが一番だろう。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200808/article_8.html">ハッピー?マンデー</a>)<br /><br /> 初音を囲んでいた輪は何となく広がって、お祝いボードを取り囲む形になっている。ここで、板書した当人がその箇条書き一行目を読み上げる。<br /> 「では、改めまして、こちら。祝・石島初音さま、第一志望校、合格! ですね」<br /> 「ハイ! おかげ様で。第二・第三の方が怪しかったりしますが、第一が通ればこっちのもんです」<br /> 舞恵は手を叩きながら二言三言。<br /> 「何かいいなぁ、青春真っ盛りってゆーか、合格決まって入学までの間とかって、やりたいこと一気にできるって感じしてさ」<br /> 「えぇ、やりたいことはもちろんいろいろ。でも、それよりもここ数ヶ月の念願があって」<br /> 言い出しにくそうにしていたら、今度は南実が一言。<br /> 「念願? 志望校合格じゃなくて?」<br /> 「こうやって、笑顔で皆さんとお会いする、ってことです。そのために頑張って来れたようなもんかも。だから今、それが叶ったのがすっごく嬉しくって、う...」<br /> 笑顔でと言っていた矢先にこの通り。これには男性諸氏も目頭を熱くせざるを得ない。<br /> 「二カ月前くらいでしたかね。櫻さん発、弥生さん経由で、親父の話、聞きました。それも励みになったかな」<br /> 「あぁ、トーチャンの泣かせる話かぁ」<br /> その場に居なかったメンバーがチラホラいるので、しばし、その時のレビュー話で盛り上がる。が、<br /> 盛り上がってる場合ではなかった。<br /> 「いけね、これ出すの忘れてた。冷めちゃったかなぁ...」<br /> 大ぶりのランチボックスを開けると辛うじて蒸気が出てきた。今となっては懐かしい、ニコニコ...パンケーキである。<br /> 「ニコニコじゃ済まないわねぇ。十、十一...」<br /> 「とりあえず二十二枚、いつもより大きめに作ってきました」<br /> 一人二枚とは行かない計算だが、ニコニコものであることに変わりはない。<br /> 「そしたら、こっちも。蒼葉ぁ、Tu es prêt?」<br /> 「ハイハイ。Bon anniversaireネ。小梅ちゃん!」<br /> 「え?」<br /> 景気<span style="font-size:85%;">(ケーキ)</span>付けに始まり、パンケーキが出てきて、お次はバースデーケーキである。<br /> 「一日遅れだけど、これはシスターズからのお祝い。お誕生日おめでとっ!」<br /> 「櫻さん、皆さん...」<br /> 箇条書き二つ目以降は、クイズでおなじみの紙隠しがしてあった。二行目はズバリ「祝・石島小梅さま Happy Birthday!」 ボードの周りのチカチカが小梅の瞳に程よく反射していて、少女漫画のヒロインのよう。そんな目の輝きは涙で倍加することも考えられるが、とにかくキラキラしているうちがチャンス。先にセレモニーをやってしまおうということで、そのクリームたっぷりのホールケーキにはキャンドルが立てられ、火が点される。<br /> キャンドルの本数と同じ人数が円卓を中心に集まっている。楽器があればバンドの生演奏つきでお誕生日ソングを歌ってもよかったのだが、ここはアカペラでお祝い。<br /> 六月は火を吹き消す小梅を見ながら、<br /> 「火は消えちゃったけど、オイラ的には萌えー... 何ちって」<br /> シスターズが勢ぞろいした今だからこそ、逆に確信するものがある。彼の意中は一人に絞られていた。春一番はまだ吹かずとも、心の中はとっくに旋風<span style="font-size:85%;">(つむじかぜ)</span>状態。人はこれを思春期と呼ぶ。<br /><br /> 拍手の余韻が残る中、板書担当が声をかける。<br /> 「こういうお祝いは、続けて行っちゃいましょう。三つめは、プライベートのようなそうでないようなですが、蒼葉さん、どうぞ」<br /> 「え、これ私が外すの?」<br /> 両端のテープを剥がすと、今度は「祝・千住蒼葉さま 準大賞ご入選!」<br /> 「アハハ、櫻姉、ありがと」<br /> サプライズネタの筈だったが、小梅→六月→弥生→業平といった連絡網で周知されていたようで、インパクトは弱め。当該作品を披露できればまた違ったのかも知れないが...<br /> 「あぁ、そうそう持って来たよ。気が利くっしょ」<br /> 舞恵の怪しげ紙袋、そのでかい方には拝借していた蒼葉ブルーの佳品が忍ばせてあった。<br /> 「おぉ...」<br /> 一同、特に男性諸氏は揃って嘆声を漏らす。<br /> 「って、これとは違うんだよね」<br /> 「連作って考えれば、これも賞モノ、かな?」<br /> 「とにかくさ、アトリエで眠ってるのも持ち込んでさ、センターで個展なさいよ。舞恵、画伯の絵、好きよ」<br /> 「が、画伯てか。そりゃどうも。じゃ漂流・漂着をテーマに、ってことで」<br /> センターの新たな活用策が導かれることになる。そんなこんなも含め、祝賀会らしく再び拍手が広がった。<br /> 「ルフロンさ、詞の方は? 画からインスパイアされてどうこうって」<br /> 「あぁ、この後、八クンと練れば完成。あとは曲だけど...」<br /> ノリを求めるなら業平だが、しっとり聴かせる曲を、ということなら千歳か。ソングエンジニアの二人は、その絵を観ながらすでにディスカッションしている。この際、合作というのもいいかも知れない。<br /><br /> 「で、四つめはお祝いって程じゃないかも知れないけど、この通り。祝・季刊誌、無事発行!でございます」<br /> 「ま、ブログで蓄積があったとはいえ、ここんとこのイベントラッシュなんかもよくまとまってたし。いいんじゃない」<br /> 文花は手を叩きながら、軽く賛辞を送る。<br /> 「ついでに申し添えますと、二月の定期クリーンアップの方も無事済みましたこと、改めてご報告...」<br /> 言い終わらぬうちに、ブーイングが飛ぶ。<br /> 「それはね、抜け駆けっていうのよ。二人だけでズルイっ!て正直思った」<br /> 「そうよ、あたし達だって、楽しみにしてんだから」<br /> 蒼葉と弥生である。彼女らなりの社会科学的アプローチを以って、しっかり卒論はクリアした。今となってはデータの分析も何も、差し迫った用件はない。さらなる向学心ゆえの発言ともとれるが、からかい半分、憤懣半分、といったところだろう。<br /> 「まぁまぁ、もとはお二人で始めた取り組みなんだから、たまにはいいじゃない、ねぇ?」<br /> 文花が取り持ったところでどうにかなるもんでもない。<br /> 「二人の愛は、この蒼より出でて...」<br /> 「川の青、空の青よりも深し、か」<br /> 絵画を前に、なかなかの詩人ぶりを見せる妹分二人である。櫻は真っ青、否、真っ赤になって喝。<br /> 「もうっ! さっさと移動!」<br /><br /> 円卓に丸いケーキがいくつも並ぶというのも悪くはなかったが、お茶会会場はあくまで会議スペースである。珈琲は人数限定ながら、お茶の方はポットサービススタイルでいくらでも。とにかく準備は整っている。<br /> パンケーキが冷めてしまってはいけないので、挨拶は至って手短。<br /> 「皆さん、いつもありがとうございまーす。で、この度はいろいろとおめでとうございます、です。とにかく乾杯!」<br /> まだ呑んでいないのだが、文花はすっかりご機嫌である。仕切り役がこの調子なので、あとはご自由にご歓談...とはならなかった。始まったのは独占会見である。<br /><br /> 「舞恵としては試験の出来が気になる訳さ。特に英語、どだった?」<br /> 「えぇ、自分で喋る訓練した甲斐あって、聞き取るのも楽でした。ヒアリングはバッチリ。訛<span style="font-size:85%;">(ナマ)</span>ってなかったけど。ヘヘ」<br /> 「Oh-oh, Good grief!」<br /> 「え?」<br /> 「ヤレヤレ、とか、あきれた、って意味よ。悪かったわね、ブロークンで」<br /> 「感謝してます。Great Teacher Okumiyaさん」<br /> 略すと、どっかの破天荒教師になりそうだが、ま、いいか。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200808/article_9.html">Good grief!</a>)<br /><br /> 「小論文ってあったの?」<br /> こういう質問をするのは、最近まで論文に追われてた女性しかいない。<br /> 「えぇ、人間環境学に関係してか、お題の一つにボランティア論があったんで、それで。自分で実際にやってみて思ったことを率直に、あとは弥生さんとやりとりした中で感じたこととか...」<br /> 社会奉仕という観念だと、きっかけにはなるが自発性に欠ける。ボランティアは文字通り自発性が求められるが、その自発の根源にあるものが利己か利他かで分かれる可能性がある。自己満足や功名心と表裏一体な面があるのは織り込み済み。だが、そういうのが見え隠れしないボランティア活動を求める人もいる。それをより明確に定義するとしたら?<br /> 「で、これからは課題解決型市民によるソリューション行動が欠かせないのではないか、といったまとめ... ちと大げさでしたかね?」<br /> 弥生も同じようなことをぶち上げて、一大宣言してしまったのは記憶に新しい。だが、ケータイメール程度でそこまで省察が及ぶものなのか。いや、現場体験から導かれる実学の力が大きかったことは言うまでもない。そして何より干潟に集う人達が、当の課題解決型市民(根底にあるのは蒼氓の精神)だからこそ実感を以って書き得たのである。<br /> あまりに立派な御説だったので、掃部先生も地酒そっちのけで割って入る。<br /> 「いやぁ大したもんだ。親父さんにも聞かせてやりてぇや。役所ってのは課題解決どころか、時に課題を増やしちまうからな」<br /> 「でもセンセ、役所がしっかりし過ぎちゃうと、市民の出番がなくなってしまうんじゃ」<br /> 「ま、何事も程々ってことですな。ワッハッハ」<br /> お酒も程々に、と文花が返したかどうかはいざ知らず、である。<br /> 会見はまだまだ続く。<br /> 「とすると、初音嬢としてはどんなソリューションをお考えで?」<br /> 業平が起業家らしいことを訊く。<br /> 「マッピングとか、流域予報とか、何かこう分析系に基づいたお役立ちネタを。あ、クリーンアップの調査結果もほしいです」<br /> 「そしたら、こないだの分も合わせた集計表、送りますワ。アドレスは?」<br /> こうなると、かねてからのお約束を思い出さない訳にはいかない。<br /> 「そうだ、メーリングリスト! 入れてください」<br /> 「おぉ、そうでした。では、担当の隅田クン、よろしく」<br /><br /> 円卓には再びPCが戻る。千歳はブラウザで管理画面を開くと、初音にアドレスの入力を促す。<br /> 「ケータイ用じゃなくてPC用ですよね。だったら、ohatsu@...と」<br /> 「え? 初姉さん。おはつって、あだ名?」<br /> 「何か変スか?」<br /> 「おふみ、おすみと同じシリーズだなぁって思ってさ」<br /> higata@への仲間入りを果たしつつあった初姉だが、それを祝す向きばかりではないことを知る。卓の脇にはいつしか小梅が立っていて、<br /> 「お姉ちゃんいいなぁ、ってゆーか、小梅、仲間はずれみたいな感じ...」<br /> 実に淋しそうにしている。まさかメーリスが姉妹を分かつことになってしまうとは。管理人としてはそれは不本意というものなので、一つ策を打って出る。<br /> 「小梅さま、自宅PCは何台?」<br /> 「二台あります。でも、お姉ちゃん専用が一台、小梅のは...」<br /> 三人共通のデスクトップがあるらしい。それでもアカウントは分けてあるようなので、メールの設定は大丈夫。あとはサーバ保存日数を間違えなければ、共有可能である。<br /> 「じゃ今から姉妹共通のアドレスを作ります。この通り設定すれば、どっちも受信できるし、どっちからも発信できるよ」<br /> 「今から、ってのがスゴイし」<br /> 「さすが、千兄!」<br /> 十代の女性二人からこのように激賞されるのは何とも言えない気分である。テレを隠すように、設定メモをちょちょっと直してプリントアウト。その間、姉妹はアドレスを決める。<br /> 「ははぁ、sisters@って... そのままじゃん!」<br /> 「そりゃ、仲良し姉妹だもん。ね、小梅?」<br /> 「じゃあ、自己紹介メールとか、第一報は姉妹で一緒にってことで、よろしくね」<br /> 会場のスマイルマークが奏功したか、いやいや、初音はとうに表情の作り方を会得している。そして何かを伝える時は、表情を伴わせることで、より力強さが増すことも体得済み。姉は実にイイ笑顔で妹に優しく語りかける。<br /> 「小梅、今までほんとゴメン。ツライ思いさせちゃって...」<br /> 仲良し姉妹云々のくだりですでに半泣きになっていた小梅は返す言葉もなく、ただ頻りに頷くばかり。千歳も同じように首をタテに振ってみる。記念すべき場面に立ち会えたことが何よりも嬉しい。sistersと打つ手が震えて仕方ない。<br /> と、いつしかSistersが増えていて、何やら騒々しい。<br /> 「いやぁ、千住姉妹もイイ味出してっけど、石島姉妹もいいねぇ。泣かせるワ」 ルフロンが口火を切る。<br /> 「櫻姉も見習ったら?」 蒼葉はまだ姉に絡んでいる。<br /> 「ま、とにかくめでたいめでたい。ハハ...」<br /> 櫻はバースデイケーキのホイップを付けたまま、おどけてみせる。<br /> 「晴れてhigata@に入ったことだし、社会勉強から何から。天気もかな。でもって、家族も友達も、とにかくいろんな意味で環境を学んでいこうと思いますっ!」<br /> またしても結構なお話が出るも、<br /> 「でもさ、初姉。これからはやっぱ恋でしょ、恋」<br /> 「ルフロンたら何言ってんの。初姉のことなんだから、ちゃんと彼氏...いるでしょ?」<br /> 櫻が妙なことを言うもんだから、千歳は思わず息を呑む。大いに気になるところではあるが...。<br /> 「お姉ちゃん、学校ではハード系でモテてるらしいんだけど、怖くて近寄れない男子が多いのも事実だそうで。ヘヘ」<br /> 姉の顔色を窺うことなく、妹は堂々と言ってのける。この小梅情報に一同納得も、ついついニヤリ。想像に難くない逸話である。<br /> 「なーに、これからこれから。higataブラザーズ見て学習したし。もっとステキな人見つけちゃうんだ」<br /> 初音の社会勉強の範疇は広かった。誰とどう比較したのかは不明だが、本日ここにいる三人の兄さんが含まれていることは確実。<br /> 「ま、恋の悩みがあったら、舞恵姉さんにネ。パンケーキLサイズで相談のったげるし」<br /> 「あーら、ルフロンがお悩み相談? 悩んだ経験があるようには見えないんですけど?」<br /> 「櫻姉と違って、こっちはアップダウンが激しかったんざんす。ベー」<br /> 「あーぁ、また始まった<span style="font-size:85%;">(Good grief?)</span>」 小梅はお手上げ、千歳は沈黙。初音は大笑いである。泣いたり笑ったりでおいそがしいが、外は彼女の泣き笑いに関係なくずっといいお天気。自然とスマイルも広がる。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/580-588.pdf"><img height="31" alt="祝 × 4" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/09/63.html">63. 魔女の箇条書き</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-80286947979104451212008-08-19T12:00:00.001+09:002008-09-28T22:15:13.920+09:0061. 耐寒と体感の間で<span style="font-family:lucida grande;font-size:130%;">二月の巻<br /></span><br /> そんなことになってるとは知るべくもない掃部先生は、翌朝になってやっとブログを開けている。が、新着欄を見て、目が点。早々とコメントが、しかも何本も。<br /> 「そっか、小松のお嬢さん、書き上げたか。ま、俺の指導があったところで、どうこうなるもんでもねぇだろし。しかしなぁ...」<br /> どことなく恨み節な一文が見受けられ、さすがの先生もたじろがざるを得ない。コメントスパムは除外できても、文章の調子を見分けてブロックするなんてのは不可能である。どう返事したらいいものか悩んでいる間に、空はすっかり晴れ上がる。雪解けのスピードも速まっていた。<br /><br /> 十日の干潮は昼過ぎの予想。昨日の雪が午後早々になくなっていれば、クリーンアップは実施できた可能性がある。もともとこの日は空けてあった訳だから、何もしないよりは出かけた方がいい。千歳は最低限のグッズを持って、干潟に向かうことにした。<br /> グランドコンディションはいいとは言えないが、思っていた程グジャグジャということもなく、脇道についても同じ。見た目は明らかな泥道なのだが、足を取られることもさほどなく、その適度なぬかるみが心地良いくらいである。<br /> 最高気温は十度。実に昨日の倍だとか。そのせいか、干潟一面にすでに雪はなく、奥まったところに若干の残雪を見るばかり。雪がないということはこれ即ち、<br /> 「ハハ、どうしたものか...」<br /> となるのも無理はない状態。先週、下見というか予備調査はしてあるので、覚悟はできていたつもりだが、現物を目の当たりにすると、少なからず萎<span style="font-size:85%;">(な)</span>えてしまうものである。<br /> 「一人静かに、か...」 清の格言を思い起こしつつ、千歳は気持ちを入れ直す。そして一歩一歩、慎重に斜面を下っていく。何はともあれ、お天気だし、小春日和といってもいいくらいである。返す返すも、順延にしてしまったことが惜しまれるが、今日のところは原点回帰と思えばいい。まずは目に付く大物から、いやたまにはペットボトルをポイポイやるのもいいだろう。いやいや、あの袋ゴミが邪魔だ... 着手してるんだかそうでないんだか、とにかく腰を屈めたその時である。後方から聞き覚えのある声がした。<br /> 「あわわ...」<br /> 「?」<br /> 振り返れば、辛うじて着地に成功した女性が一人立っている。<br /> 「千歳さん、こんちはっ!」<br /> 「って、櫻さん、どうして?」<br /> 「それはこっちのセリフ。昨日、長丁場だったんだから、ゆっくり休んでればいいのに」<br /> 「本当は櫻さんとデートしたかったけど、お疲れだろうな、って遠慮してたんだ。ま、とりあえず、こっち来て正解」<br /> 「はいはい、そりゃどうも。それにしても、二月だってのに相変わらずね」<br /><br /> かくして四月以来となる「千と櫻のゴミ調べ」が、執り行われることとなる。一人より二人とはよく言ったもので、千歳は俄然ペースが良くなる。ひととおりの撮影を終えると、まずは障害物の除去から取り掛かる。何故かバスケットボール大のブイの如き一物が転がっていたが、とっとと陸方向にシュート。あとはシート類から板材から、じゃまっけなのをテキパキと運び出す。櫻は、いつものようにポイポイ作戦を始めるが、干潟面に放るのは止め、河川事務所が切り拓いたルートの上方に放り上げている。この時期、ヨシが陸地を塞ぐこともないので、最初から陸揚げが可能なのである。千歳はその手際の良さに感心しつつも、手を止めることはしない。当地常設となったプラスチックカゴの中に、放り投げるのに向かない容器包装系なんかを次々と収容しては、陸地でガサガサ。十二月の回で文花が始めて、先月は蒼葉が引き継いだ。そして今回は千歳。プラカゴは見事にリユースされている。<br /> 体が温まってきたところで、小休止。干潟奥の残雪ももう判別つかなくなっている。<br /> 「まだ雪って残ってるんじゃないかって思ったのに...」<br /> 「午前中は潮が満ちてたはずだから、川の水で解けちゃったんだよ、きっと」<br /> 「そっかぁ。でももし満潮時に氷点下になったら、どうなっちゃうんだろ?」<br /> 「ゴミごと氷結?」<br /> 「そしたら、一気に運べちゃうかも」<br /> 「まさか。全部が全部氷漬けにはならないでしょ」<br /> 「ハハ、せっかく暖かくなったのに。何だか寒くなってきちゃった」<br /> 干潟deデートというのはアリかも知れないが、さすがにこのタイミングで体を寄せ合って、なんてことはしない。<br /> 「一応、耐寒クリーンアップですもんね。我慢しなきゃ」<br /> 千歳としては、体感の方を取りたかったようではあるが、さ、続き続き!<br /><br /> 雪に埋もれていたせいか、硬めのプラスチック片は何となく脆<span style="font-size:85%;">(もろ)</span>くなっていて、容器包装プラに至っては、ゴワゴワである。二人が合流して三十分ほどが経ち、今は品評しながらカウント作業に入ったところ。言うまでもなく、ケータイを持っていないのはお互い様なので、櫻が念のため用意してきたデータカードに手書きしていくことになる。思えば、五月はこのスタイルだった。<br /> 「全然出番がなかった訳じゃないけど、何か懐かしい感じ」<br /> 「櫻さんのいいものシリーズ第一弾だもんね」<br /> 「いいもの、か...あっ、そうだ思い出した!」<br /> 急遽、作業は中断。彼女は彼氏に小声で話しかける。<br /> 「蒼葉が言うには、ちゃんと千歳さんには伝えてあるからって、そのぉ...」<br /> 「あ、そうそう蒼葉さんから。えぇ何でも十五日は空けとくように、って」<br /> 「十四日から十五日にかけて、ってことなんだけど、いいかなぁ?」<br /> 「とりあえず、櫻さんにお任せします」<br /> 「よかった。ちなみに十四日は、ちょっと加算して二十万点記念日ってことにしてありますんで。いいもの、もあるし。フフ」<br /> 櫻の一日一千がまだまだ続いていたことが、千歳にはビックリだった。だが、それ以上のビックリがその日には仕組まれている。<br /><br /> 「えっと、硬いプラスチックが十九、プラスチック・袋片が六十八、これが今日のワーストかぁ。小っちゃい袋が三十四、容器包装系が二十一、フタ・キャップは三十... あれ、インク切れ?」<br /> 再生プラ製のボールペンは、決して粗悪品ではないのだが、それなりに使い込んでいたらしく、インクの出が悪くなっていた。相方は、軍手、ゴミ袋、デジカメは持って来ていたが、筆記具は不所持。<br /> 「漂着ボールペンって、なかったっけ?」<br /> 「書ければいいけど」<br /> 思わぬアクシデントには、思わぬ客人というのがつきもののようである。川伝いに現われたのは、この女性。<br /> 「あーら、お二人さん、今日も仲良くゴミ調べ?」<br /> 「あ、おば様。ちょうどよかった、何か書くものお持ちですか?」<br /> 「えぇ、先月頂戴したのが...」<br /> 懐中時計ならぬ、懐中ボールペンが出てきたが、どこかで見覚えのある一品だったりする。<br /> 「緑さん、それってもしかして」<br /> 「貴方、持ってっていいって仰ったから。なかなか書き心地よくてよ」<br /> 「ハハ、そりゃよかった。いえ、昨日も見本品広げて見せたんですけど、ボールペンなかったから、あれ?って」<br /> 「これで続きが書けます。ありがとうございます」<br /> 「て、御礼云われてもねぇ。ま、漂着物も捨てたもんじゃないってことね」<br /><br /> 残る集計結果は、発泡スチロール片/二十九、ペットボトル/四十五、ビン/十九、吸殻/十六、漂着ライター/十二、木片/十一など。十に満たない細々した品目も多岐に亘り、何と先月よりも総数は多いことがわかってしまった。<br /> 「これであの枯れ枝をどかしたら、もっととんでもないことになる?」<br /> 「そうだね、残念ながらリセットとは行かなかったけど、今日はちょっとね」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200808/article_6.html">2008年2月上旬の漂着ゴミ(その1)</a>)<br /><br /> 仕分けされたゴミだけですでに手一杯。これらをとにかく袋詰めしないといけない訳だが、その前に再資源化系の処置が立ちはだかる。<br /> 「で、今日はどうなさるの?」<br /> 「洗って乾かしてって、冬場だとツライですよね。どうしよ...」<br /> 「じゃ、これを使いなさいな」<br /> 緑は、現場検証シーンとかで出てきそうなフィット感のあるゴム手袋を取り出す。<br /> 「素手じゃ拾えないものもいろいろあってね」<br /> 「現物を手にとって、それを作品にってことですか?」 千歳はわかったようなそうでないような聞き方をする。<br /> 「軍手だと感触が得にくいもんで。ま、仕事柄って言うか、しっかり描写しないといけないから。オホホ」<br /> 櫻が洗い場に向かったところで、緑は補足説明する。<br /> 「例えば、鳥の骨格とか、こないだなんかオトナのオモチャが落ちてたわ。素手じゃ何ざましょ?」<br /> 「それをあの手袋で?」<br /> 「ホホ、内緒内緒」<br /> オトナのオモチャっていったい? モノによっちゃ、あらぬものが付着してたりするんじゃないのか。<br /> 「河原で何やってんだかって思ったけど、作品のインスピレーションとしては良かったワ。一人か二人か、はたまた...」<br /> これ以上はやめておいた方が良さそうだ。千歳は絶句したまま、である。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200808/article_7.html">2008年2月上旬の漂着ゴミ(その2)</a>)<br /><br /> 「今日はハレ女の面目躍如。あとはお天道様に任せて、と」<br /> 「じゃあ、おばさんはまた探検に出るとするわね」<br /> 「ほんと、助かりました。あ、ボールペンも」<br /> 緑は半乾きのゴム手袋をはめると、引き続き川伝いに歩いて行った。今度は何を手に取るおつもりだろうか。女流作家の後姿を見送りつつ、千歳は唸る。「作家さん自身がミステリー? ムム」<br /><br /> 食品トレイ数点、ペットボトル十数本、そして新たに取り扱いを始めた廃プラを三十枚前後、これらを二人して商業施設の回収スポットに持って行くことが決まる。ビンと缶については可燃や不燃ともども、ひとまず詰所脇に置き、別途、千歳が持ち帰るということにした。二月のクリーンアップは、これにて終了? いや、今回の調査結果をhigata@で共有しないことには終われない。<br /> 「ケータイ版DUOのありがたさ、か」<br /> 「PC版だってあるじゃない?」<br /> 「ハハ、そうでした」<br /> 「立ち会っちゃおっかな...」<br /> ティータイムも何もあったものではない。商業施設からはトンボ帰り。三時には送迎バスに揺られる二人である。ビンと缶は小春の陽射しを浴びていたまではよかったが、引き取り手が現われないとなれば事態は暗転。薄暗い中、寒風にさらされることになる。<br /><br /> やりとりが一段落した頃、文花から「Happy Valentine!」メールが発信された。櫻に相談した結果かどうかはいざ知らず、この一件には義理も本命もなく、バレンタインギフト用の代金をチャリティーに回す云々とのおことわりが述べられていた。higata@にわざわざ書いてよこすものでもない気はするが、これは彼女なりに気を遣ってのこと。かくして業平は拍子抜け。弥生は嬉々となる。 バレンタインデー当夜、直接行動に出ている弥生にアドバンテージが付されそうだが、どうなんだろう? 否、文花は南実以上に策士であることを忘れてはいけない。週末、何かが起こりそうな予感...。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/575-579.pdf"><img height="31" alt="耐寒と体感の間で" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/08/62.html">62. 祝 × 4</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-26069617348428184602008-08-12T12:00:00.001+09:002008-09-27T22:54:26.419+09:0060. 蒼氓<span style="font-family:lucida grande;font-size:130%;">二月の巻 おまけ</span><br /><br />(前編)<br /><br /> そして、九日。立春の週最後の日だと言うのに、雪もちらつく冬日である。外での実演となると、鍛錬や修養には適うかも知れないが、持続可能性という観点では疑問符が付く。が、今回の講座は幸い屋内。リアリティに欠けるきらいはあるが、寒さを気にせず、のびのびできる。ある意味、サスティナブルである。<br /> 漂流・漂着ゴミの実態やクリーンアップの意義といった概論に当たる部分は、先月の協議第一幕で触れてあったので、その続きとなる本講座では軽くおさらいする程度。櫻が特に力を入れたかったのは、そのHOW-TO つまり、具体的な実践に関して、である。<br /> 「何と言っても下見に次ぐ下見に尽きると思います。あとは大まかに段取りを決め、それを目に見える形、フローチャートでもいいですね。とにかく共有しやすく...」<br /> 発起人とリーダーとで考え合わせてきた要領を集成したような説明が続く。センターお勤めの三人を除くhigata@のメンバーでは、八広と冬木が顔を出しているが、特に口を挟むでもなく、首を前後に振るか、メモを取るか、のどっちか。とにかくおとなしくしている。<br /> 何となく座学スタイルになっているので致し方ないのだが、全体的にやはり静か。今のところは座学生、いや受講者と呼ぶしかないだろう。その受講生の数、実に二十余名。あいにくの天気にしては、よく集まった方なので、まずはよしとせねばなるまい。<br /> モノログから拾ってきたスクープ画像などを編集して、漂着物の取扱注意など、安全面の話題もちりばめたりしているが、現場にいないことにはどうにも臨場感が沸かない。会場のリアクションもいま一つと読んだ櫻は、<br /> 「じゃ、実際に拾って調べて、というのをやってみましょうかね。どなたかケータイをお持ちの方はぜひデータ入力を」<br /> と、動きを伴う講習に早々と切り替える。拾うからには、そこに現物がなければならないが、ここは記録係 兼 アシスタントの腕の見せ所。隅田氏がちゃんと用意することになっていた。<br /> 「普段は拾うのが専門の彼ですが、今日は事もあろうに逆のことをしています。慣れないことして腰を痛めないようにしてくださいね」<br /> 先月、見本として持ち込んだ元漂着ゴミは、今は原形をとどめたまま「再使用」されている。ゴミとして処分される前にこうして役に立つのなら、これらをゴミと言っては失礼だろう。会場からは笑い声が聞こえるが、それは櫻の常套トークに対してであって、腰を屈める千歳の不格好を笑うものでないのはわかっている。それでも、どうにも居たたまれない。捨てる側に回るのは到底ムリ、というのを図らずも認識するアシスタント氏である。<br /> 見本はあくまで見本。数的には不足感もある。だが、拾う、分ける、数える、入力する、という一連の動作を体験してもらう上では、必要十分な数だった。文花も八広も前に出てきて、ワイワイガヤガヤ。果たして座学の場は模擬現場へと一変した。<br /> 清と緑が連れ立って現われた頃には、DUOの実演も済んでいて、今は市区によって異なる分別ルールの話になっている。<br /> 「...なので回収スポットがどこにあるかがわかっていれば、自治体のルールを超えて、自分で持ち運ぶというのもアリな訳です。皆さんご存じのショッピングセンターでは、近々廃プラの回収を新たに始め、油に戻すデモなんかも時々やる予定だとか。詳しくは、フリーマガジンの二月号に、あ、エドさん、よければご紹介を」<br /><br /> 「そっか、そのマガジン? 情報誌だっけ。まだ見てなかったワ」<br /> 「とりあえずそこでの取り組みは、全社の何とかレポートに載るから、そっから認知されるだろう、みたいなことが出てたな」<br /> 「へぇ、あの若い皆さんが調べたことが、そうやって広まって...」<br /> 「ただのゴミしろいじゃないってのはそういうことさ」<br /> 「ゴミしろいとはまた、面白いことおっしゃるわねぇ」<br /> 「ヘン、余計なお世話だ」<br /> 後ろの男女が何やら騒々しいので、せっかくのPRタイムが宙ぶらりんになってしまった。<br /> 「ま、いいや。三月号もどうぞよろしく。今日のお話も載りま... あ、そうだ写真!」<br /> ICレコーダーの方はぬかりなかったが、画像の方がうっかりだった冬木である。そんなこんなで後ほど、記録写真の受け渡しを含め、掲載記事の相談会が開かれることとなる。<br /><br /> 「流域各所で同じような取り組みが為されてますが、手付かずのエリアもまだございます。実演を経て、コツをつかんでもらえれば、新しい会場を受け持つことも可能です。センター近隣でしたら、何かしらのサポートもできますし、ぜひ... で、その実演、つまり現場での講座を本当なら明日にでも、と思ったのですが」<br /> 窓の外を見遣れば、先週に続く週末雪。どこまで降り積もるかが決行/中止の境目となるが、大事をとって見合わせる、そんな早めの判断も現場力のうちと言えなくもない。表向きの見合わせ理由は、この降雪、されどもう一つ理由はある。クリーンアップ~グリーンマップにつながるテーマについて、部会との兼ね合いで再検討する必要が実は生じていたのである。ある意味、雪のおかげでそんな内情を明かさずに済んだ訳だが、雪に甘んじてばかりもいられない。その分しっかり詰めて、明快なコンセプトのもと、プログラムを提供しようではないか。センターの、そして新法人の、今後の取り組みをより磐石(ばんじゃく)にするための試金石と考えればいい。<br /> 文花と軽く打ち合わせてから櫻はこう切り出す。<br /> 「クリーンアップ実践編については、寒さ和らいでから、というのもありますので、ここは一つ三月二日、潮はやや高めですが、午前十時か午後一時の集合、を考えております。詳しくはまた追い追い...」 <br /> 質疑応答などを含めてもこの日の講座は、さらりと一時間半ほど。二日連続の講座ということであれば、それなりのボリュームになるのだが、間隔が空くことが決まった以上、これは単発プログラム。櫻としては不本意さもあったが、こうしたプロセスの間断もNPOならでは、である。<br /><br /> 冬木はひとまずレコーダー起こしをするんだとかで、そのまま会議スペースにこもっている。緑は図書館へ。清は千歳の席で、Comeonブログの機能強化に乗り出す。<br /> 「ははぁ、そのコメントなんかも一覧で表示されるってか。これなら見落とすこともなさそうだ」<br /> 「念のため、怪しいのが来ないようにブロックしておきます。その方が確実に見ていただけるでしょう」<br /> 「ま、別に来る者は拒まずだけどよ。漂着大歓迎、だろ?」<br /> 「いや、やっぱいかに予防するか、でしょう」<br /> 干潟でもインターネットの世界でも、ゴミ対策は共通のようである。但し、ブロックと言っている限りは例の消波工事と次元としては変わらない。より遡った抑制策がスパムにも必要なのだ。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200808/article_3.html">コメントスパムをどこで抑えるか</a>)<br /><br /> 本日の受講者の何人かは、なおセンター内に残っているが、特に接客対応は要さない。という訳で、文花と櫻は円卓に居て、八広を加えた三人で話し合いを始めている。<br /> 「とりあえずね、講座を開くことに関しては理事会で決まってるからいいのよ。連続性を持たせるってのもごもっとも。ただ、ホラ、秋にお月見しながら話したでしょ。調査研究と情報提供を進めることで普及啓発、って件。仮に探訪部会と現場部会ってのをそのまま立てるとなると、どっちも調査研究色が強いから、何かバランス的にどうかなって。部会行事って点でもOKなんだけど、そこをね、もうちょっと詰めながら講座テーマを決められたら。それが一つ...」<br /> と、これは事務局長らしいご見解である。<br /> 「もう一つ、あるってことですか?」<br /> 「まぁ、も一つは私見もあるから、あとでカウンターの二人も交えてゆっくりネ。まずはそのバランスに関して」<br /> すでに十六時近くになっているが、日が伸びてきたこともあって、長丁場を厭<span style="font-size:85%;">(いと)</span>わない構えを見せる文花。ただ、雪は幾らか多めに、かつ重くなっているので、外はまだまだ明るい、とは言えない状態。八広はそんな高密度な雪模様を見ながら、<br /> 「定款上、その三つの柱については明記するとしても、組み合わせとか優先順位までは書かないですよね。とにかく試行してみてから、でいいんじゃないスか?」<br /> 重い、でも軽やか、そんなご提議が突いて出る。<br /> 「でもね、そろそろデザインしとかないと、って思って。NPOでも法人ともなれば模式図みたいのって要るでしょ。だから...」<br /> 「バランス重視ってことなら、調査研究も情報提供も一部会ずつになりますよね」<br /> 「じゃ、最初は探訪と現場は一緒、ってのはどうスか?」<br /> 「それだと部会の世話役が大変じゃない?」 文花は櫻に視線を送る。<br /> 「ハハ、また過剰何とか...。それはどうも、おそれいります」 本人もよくわかっている。<br />八「情報系って部会活動というよりは、事務局機能に近いから。いや待てよ、季刊誌?の編集チームを部会にすれば...」<br />さ「それなら、kanNaの新着情報もね」<br />ふ「取材がメインってことかしら? となると、探訪も現場も同じよね」<br /> ホワイトボードは近くにあるものの、いつものようにマーカーを走らせる気にならない。ボード同様、頭の中も真っ白? 文花は窓の外がホワイトボードのようになっているのを見て、さらにトーンダウンしてしまった。<br /> 「掛け持ちが増えるのはいいような、そうでないような、ですね」 櫻もつい同調して嘆息モード。誰彼さんとの過ごし方に関わる話でもあるのがまた悩みどころである。<br /> 「ま、ここは一つ編集チームの二人にも来てもらいましょう」 見かねた八広はフットワーク良くカウンターに向かう。と、ちょうど一段落ついた清と千歳が呑気にやって来る。<br /> 「どしたい、おふみさん。顔が白いぜ」<br /> 「もともと色白、ですから...」<br /> いつもなら、「あら」とか「ホホ」とかが付くのだが、それがない。さすがのセンセも硬直せざるを得なくなる。不覚にも自分の顔が白くなってしまうのだが、これを面白いと言ってはいけない。<br /> 「じゃあ、その雪合戦の前だか後だかにお二人さんが思いついたテーマとやらをもいっぺんお聞かせ願うとしますか。おすみさん、どうぞ」<br /> 今日の午前中にも話をしたのだが、思っていた程、文花が乗ってこなかったので、不可解に感じていた千歳である。その心を聞き出したいところだったが、こう来られては逆に従うしかない。<br /> 櫻が頷くのを確かめながら、千歳は思うところを語る。そして、文花が引き取る。<br /> 「そのぉ、地域が関わるってのをどう表現するか、なのよ。地域振興ならともかく、一応環境系なんでね、ひと工夫ほしいなって」<br /> 「地域と自身の関わりを見つめて、意識してもらう、その連鎖で予防につなげる、その辺の概念はいいんですよね?」 千歳はまだ釈然としていない。<br /> 「えぇ、もちろん。ただ、地域、関わり、ってなるとどうしても人つながりとか、交流要素とかがね...」<br /> 櫻は薄々感づいてはいたが、まだ口にはしない。文花と初めて顔を合わせた時、本人が俯きながら話していたことが思い出される。<br /> 「人あっての環境、いろいろな関係あっての地域、それはわかってるつもり。私が言いたいのはね、『人』を前面に出すと、入りにくくなっちゃう人もいるんじゃないかってことなの。交流好きな人が寄って集まっての地域活動、ってそれでもいいんだろうけど、反面、本来の取り組みがおろそかになる? そんな話も聞く。だからできるだけそうならないように、こっちは人選も含めて考えてきたつもり。僭越ではありますが...」<br /> ここまでの積み上げや自負があるからこそ、言い切れることがある。higata@の面子にしたって、集まればワイワイとなるにはなるが、そのワイワイを楽しむのを前提に干潟に来る訳ではないのである。お互いのペースなり都合を尊重できているからこそ、顔を出す出さないでどうこう言い合うこともない。それぞれのスタンスで環境貢献する場、というのが共通認識になっている。交流主体ではないのである。<br /> 「事務局長のお話、わかります。定款には例の特定非営利活動の分野を選んで載せますけど、交流ってのは特にない。全分野共通の要素と言えなくもないですが、まずはその特定の活動ありき、そう言いたいんでしょうね。だから、交流を前面に出す必要はないし、割り切るところは割り切っていいと思います。同感ス」<br /> 「交流交流で気疲れしちゃ、何のための活動だかわからなくなっちゃいますもんね」<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200808/article_4.html">特定非営利活動の種類</a>)<br /><br /> 前職での経験からもっと突っ込んだ話をしても良さそうなところだが、櫻としてはこの一言でまずは十分。だが、経験談ということなら、この女性も同じ。再び文花が語り始める。<br /> 「交流好きな人達の中に、さぁこれからって人が入れるか。交流を求めてくる人なら問題はないでしょう。でも、そうじゃない人は? 多分疎外感ていうか、それは違うって思うはず。人付き合いが苦手で、環境分野に入ってくる人もいるのよ。個人的な意見かも知れないけど、一人でもできるのが環境活動。つながれば確かに大きいけど、それは派生的なものじゃないか、ってね」<br /> これまで黙って聞いていた清がここでゆっくりと話しかける。<br /> 「蒼茫って知ってるかい? 名のない草でも、しっかり根を張って、滔々<span style="font-size:85%;">(とうとう)</span>と広がっていくことで力を増すってこと。人間も同じ。無名な市民が寄り添って支え合って、地域や社会を形成する。それには個々の黙々とした取り組みが第一。名誉とか勲章とかは要らない。しとり静かに、さ。な?」<br /> 「ありがと、センセ。でもそのソウボウって、漢字は?」<br /> 清はマーカーを手に力強くしたためる。<br /> 「蒼茫、または蒼氓。こっちの民の字が入ってる方がしっくり来るかな。この蒼は、画家のお嬢さんの名前と同じ、だったよな」<br /> 「えぇ、くさかんむり、です」<br /> 青葉でも碧葉でもなく、櫻の愛妹は蒼葉である。誇らしいやら羨ましいやら、櫻は軽く応答する。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200808/article_5.html">"氓"という字</a>)<br /><br /> 「そんな氓、というか市民一人一人を応援する、そういうスタンスってことですか」 千歳も漸く文花の云わんとすることがわかってきた。初めて干潟に立った時のことが思い出される。一人ででも何とかしたい、その時はそう思っていた。それがいつしか結構な人数が関わるようになり、行政や企業への働きかけにもつながるようになっている。これといったお題目はなくとも、こうして続いているのは何故か。人どうしのつながりもあるが、各人が環境に寄せる思いがまずあって、その思いが逆に人をつないでいるから、ではないのか。はじめに人ありきだったら、こうはならなかったかも知れない。<br /> 「なんて言うか、ステップみたいのってあるのよ。それはおすみさんだってご承知の通りでしょ。純粋に環境に対して何かしたいって人が少しずつ自分で関わりとかを見出していく、そんなイメージ、かしら」<br /> 「市民団体の中には、いかに会員や関係者との間で交流を促すかに力を注いでるとこもありますけど、かえって持続しないというか。緊張感もなくなってきますしね。だから、対人<span style="font-size:85%;">(ヒト)</span>じゃなくて対環境ってことが明確になってるのはいいと思いま、スよ」<br /> 部会のバランスをどうするか、というのがまだ詰め切れていないが、持論を受け止めてもらえたことで、いつもの顔色に戻って来た文花である。だが、<br /> 「そうそう、文花さんと初めてお会いした時は、本当に箱入りな感じで、奥ゆかしかったですもんね。で、当時仰ってたのが、人と人よりもまずは人と環境、って」<br /> てなことを櫻が言うもんだから、ちょっと冷や汗。<br /> 「まあね。でもここに来て、でもって皆さんと接するようになって、その両方が大事って思うようになった。だから余計ね、緩やかなのがいいなって。皆さんがイケイケで、交わるのが第一とかそんな感じだったら、ひいてたかも」<br /> 自身の成長過程がわかるからこそ、こうした発言も出るのだろう。文花の変化はここにいる四人もわかっているつもり。言葉の余韻に浸りつつ、まったりとしている。が、長くは続かない。<br /> 「文花さん、そう言う割にはよくちょっかい出して、人を翻弄してるじゃないですかぁ。何か矛盾してるんですけど」<br /> 「元研究員ですからね。試すの好きなのよ。悪うございましたね。ホホ」<br /> 櫻がけしかけ、いつもの漫談が始まる。<br /> 「ま、人がつながるにはお節介がなくちゃな。おふみさんはその点バッチリ。シシ」<br /> 「だから、私のはあくまでさりげなく、ですってば。大事なのはそう、ステディ感よ、ね? お二人さん?」<br /> 「って急に振られても...」 千歳は当惑気味。<br /> 「とにかく、入りやすい表現って何かあるでしょ? スローで着実な関わり方ってのをこう...」 楽しくもあり、もどかしくもあり、の文花。少々間が空くも、<br /> 「いい意味で緩やか、だから続く活動、てことスかね」 八広が継ぐと、<br /> 「スロー、緩やか大歓迎。あなたの環境計画、応援します。とかってどう?」 櫻がいつもの機転でズバッとまとめる。<br /> 主役はあくまで個人。自身のペースで現場へ行くなり探訪するなりして、環境や地域との関わりを見出す。そのプロセスを計画と言い表せば、ステディな感じも印象付けられる。そんな趣旨だそうな。<br /> 「部会共通のテーマってことね。何かいいかも」<br /> ホワイトボードに大書して、復唱する。すっかり満足げな事務局長である。かくして、探訪・現場は統合せずにそれぞれ試行、編集チームについては、会を重ねる中で緩やかに部会化していく、ということが決まる。<br /> 今後の取り組みの主題、そしてその伝え方が固まってきた。あとは、点を面に広げる、クリーンアップで言うなら、いつもの干潟以外のスポットへの展開、がある。今日の講座ではそのプランの一端が紹介された訳だが、拙速だった観はある。そう、あわててはいけない。先刻決まったようなテーマで以ってじっくりと、明快な動機とともに取り組んでもらうのが何よりである。<br /> リセットの繰り返しはまだまだ続くだろう。そのためにはいかに気力を保つかがカギとなる。スローで緩やかはその極意とも言える。<br />ふ「じゃあ、あとは理事会でまた... って次回、いつだっけ?」<br />き「定例ってことにしてなかったんだな。でも、監事さんが来る日に合わせるとかって言ってなかったか?」<br />ふ「先月、ルフロン来なかったから、日程調整しそびれちゃって。総会の議案も作んなきゃいけないのに。どうしましょ?」<br />さ「今からだったら、二週間後でいいんじゃないですか? ルフロン、その日は来ることになってるし」<br /> と、この反省を受け、総会までの理事会日程と作業の段取りの両案が、この後、事務局長から発信されることになる。<br /><br /><hr /><br />(後編)<br /><br /> 何かとグレード感ある持ち物が多い冬木は、最新式のポータブルPCを今日は持って来ていて、記録した音声を拾いながら、記事を打っていた。講座終了から一時間超が経過。大まかな記事が上がったところで、円卓にのこのこやって来る。<br /> 「えっと、隅田さん、写真の件ですが、今よろしいですか?」<br /> 「あ、これで見ますか? それとも...」<br /> メモリをどっちに挿し込むかが分かれ目。<br /> 「って、櫻さんが情報誌に載っちゃう、ってことですよね」<br /> 「まぁ、ご本人次第でもありますが...」<br /> 「櫻さん、どう?」<br /> 「私の肖像権については、マネージャーに任せてありますから。何ちゃって」<br /> その記録媒体を手にマネージャーは悩んでいる。ここで冬木に画像ファイルごと渡してしまっていいものか。交換条件という訳ではないが、ここらで一つその情報誌の意義などを再度確認させてもらって、納得が行ったら渡す、そうしよう、と思った。<br /> 清は図書館へ、文花はカウンターでカタカタやっている。都合、円卓には四人。会談が再び始まる。<br /> 「で、榎戸さん、その読者層とか、反響とか、その辺を一度お伺いしたかったんですけど、よければ教えてもらえませんか?」<br /> 「はぁ、そう来ましたか」<br /> こういう問いが来るのは織り込み済みではあったが、ちょっと面食らった恰好の冬木。だが、悪い気はしない。<br /> 「ま、大人のための、ってことで始めたんですけど、おかげで硬派な感じになってきたもんで、ご年配とか、熱心な学生さんとか、あとは流域在住の会社員、そんな方々に多く読まれてるようですね。反響としてはまあまあなんですが、駅や街頭で配られてるのと比較すると、それほど盛り上がってるとも言えなくて」<br /> 「同じフリーマガジンでも、そこは性格が違う訳ですから。ターゲットにしっかり届いていれば、それでいいように思いますけど...」<br /> 「いえね、そこが無料配布ゆえの難しさなんですよ。レスポンスがあったとしても、それだけじゃ費用対効果みたいのがちょっとね。媒体の認知度を調べるだけじゃ物足りないし。どれだけ流域の役に立ってるか、それが指標化できればいいんだけど」<br /> 徐々に熱くなってきているのが自他共にわかる。千歳としては聞き役に徹した方がいいのは承知しているのだが、ことメディアの話となると思うところが多々あるので、そういう訳にも行かない。と、そうした空気を察してか、八広がひと捻<span style="font-size:85%;">(ひね)</span>り入れてきた。<br /> 「誰でも手にできる媒体ってのもクセモノで、あんまりそれが流行っちゃうと、持ってる情報がステレオタイプになる惧<span style="font-size:85%;">(おそ)</span>れってありますよね。公共性が高いネタならまだしも、そうでもないようなのが感覚的に常識化してしまうのってコワイ気がします。その点、エリア限定、かつ一定の社会性がある情報誌だったら、それがご当地の力になる、って違いますか?」<br /> 「えぇ、まぁそれが狙いではあるんですが...」<br /> 煙をくゆらせてないと落ち着かないようで、誰に向かって喋ってるんだかわからないような態度になっている。それでもそこは一介の編輯<span style="font-size:85%;">(へんしゅう)</span>者。然るべき所志は持ち合わせているものである。落ち着きを取り戻すように、その心を述べ始めた。<br /> 「隅田さん、宝木さんもそうでしょうけど、マスメディアに対する反骨心みたいのが僕にもあってね。特にどうかと思うのは、編集権だなんだを盾に情報操作みたいなことするケースかな。マスならマスの社会的責任みたいのってあるでしょ。どうもそれが曲解されて驕りにつながってる気がするんだ。だから、こっちはそういうことがないようにできるだけ現場に忠実に、小部数でもいいから、とにかくSocial Responsibilityに適う媒体をってね」<br /> 驕りとは言わないまでも、突っ走る傾向がある点では、冬木だって人のことは言えない。その辺りを指摘したい気もなくはなかったが、そんな気概の裏返しと考えれば許せなくもない。千歳は、これまでの冬木のお騒がせ、つまり、ある時はフライング、またある時は自己本位取材、はたまた...と一連の出来事を思い返しつつも、どこか内面的に通底するものを感じ、今は穏やかに耳を傾けている。<br /> 「まぁ、現場もそうだし、higata@の皆さんからも。とにかく学ぶところが多々あって、自分なりに姿勢を正してきたつもりです。なんで、ここんとこ行き過ぎ!とかってないですよね」<br /> カウンターに目を転じたら、図らずも文花と視線が合ってしまった。話がどこまで聞こえていたかは不明だが、首を何となく傾げているところを見ると、少なからず耳に入っていたようだ。だが、顔は怒っていない。冬木はホッと息を吐<span style="font-size:85%;">(つ)</span>く。<br /> 「ところで、さっきの反骨の話ですけど、榎戸さんのブログってやっぱそうした精神論みたいのがあって、あんな硬めな感じなんスか?」<br /> 「秋頃見た時は、グッズ紹介とか、それこそモノログ風で、アフィリエイト向きだなぁって思ったけど、今は違うんで?」<br /> 「業界人ぽい路線て言うか、ツボみたいのがあるんだよね。最初はその辺を狙ってたから、割とウケてたんだけど、情報誌を担当するようになってから、そんなんでいいのかって、気が変わってきた。本多さんとこもそうだけど、漂着~とか、咲くlove~とかを見つけて、ちゃんとしたメッセージを発信してる人が流域にいるんだってことがわかってね。情報誌は情報誌で一石を投じるつもりでやってるけど、自分自身が発信源になるってのも試してみたくなったんだ。隅田さんが見たのは、きっと気が変わりだした頃くらいのじゃないかな」<br /> 咲くloveの櫻さんは、途中まで話を聞いていたが、ジャーナリスト鼎談(ていだん)になってきたところで中座。とりあえず五人分のコーヒーを淹(い)れている最中である。<br /> 「でもって、漂着の現物見てたら、モノの運命ってのは果かないもんだ...そう思うようになって、無常かつ無情とでも言うか、三十路半ばの境地と言うべきか。最近は例のフローチャートも参考にしながら、ここをこう変えれば、もっと有意義な製品になるんじゃないかって、提言型が中心かな。今は単なるモノ紹介じゃないですよ」<br /> 鼎談というよりも、ブロガー冬木のトークイベントのようになってきた。<br /> 「今月号のCSR記事と、オーバーラップするとこもありそうですね」<br /> フローチャートの話が出たことで、千歳にはピンと来るものがあった。自分で掘り下げてもよかったのだが、ここは記事担当者自ら語ってもらうとしよう。<br /> 「スーパーの場合、売り手っていう意識が強い分、自社ブランド品を扱ってても作り手って意識は弱い。だから、モノ全体の流れとか、モノの末路とか、それを現物でしっかり示す必要があったんです。そういう意味で、先月のは上出来でした。CSRを担当してた時分は、どっか空虚っていうか、パフォーマンスチックだなぁとか思いながら、お相手してたんだけど、この間のは違ってた。市民と一緒に社会的責任を果たしていこうってのが感じられた。何かこう、つかえてたのが取れた、そんな気がしましたね」<br /> 「提言ベースで臨んだのが良かったのかも知れないスね。ま、こっちとしてはステイクホルダーとしての言い分を伝えたまでですが」<br /> 「おかげで、今後の見通しとかもしっかり引き出せたし。あれを読んで、流域企業も捨てたもんじゃないな、って思ってもらえれば...」<br /> 「なーるほど」 千歳は大いに納得する。<br /><br /> 櫻は文花にコーヒーを供しつつ、カウンターで愚図っていた。<br /> 「ねぇ、文花さん、彼氏が同じ職場ってやっぱ歯がゆいってゆーか、何か考えちゃうんですけど」<br /> 「あら、そう? 一緒に語り合ってればいいのに」<br /> 「編集者としてこっちも思うところがあるから、かえって入りにくくて...」<br /> 「じゃ、私がお相手、いや、たまには相談に乗ってもらおうかしら」<br /> 「?」<br /> 十四日が近いだけに、どうやらその手の件らしいのだが...。<br /><br /> 「さらに現場に足を運んでもらえれば言うことなかったんですが、あいにくの雪続きじゃね。その三月二日に来てもらうってんでよければ、また声かけしますけど」<br /> 「あ、聞いてきますね」<br /> 千歳がカウンターに向かったところで、冬木は八広に相談話を持ちかける。<br /> 「宝木さん、彼女からその、何かいいお話とか聞いてませんか?」<br /> 「いい話? これと言って特に。あ、でもバレンタインデーに『もしかすると朗報があるかもぉ』とかって言ってたような」<br /> 「OK。じゃ、奥宮さんからまずお耳に入れてください」<br /> 「はぁ...」<br /><br /> 一方、カウンターでは<br /> 「今、女どうしのお話中なのよねぇ。あとでネ、千歳さん」<br /> 「そりゃ失礼...」<br /> 「あ、これ持ってって。ちょっと冷めちゃったかも知れないけど」<br /> 浮かぬ顔でトレーを運ぶ千歳。待たされてる訳ではないのだが、すっかりウエーター<span style="font-size:85%;">(waiter)</span>である。<br /><br /> 「一つお聞きしたいんですが、今手伝ってる市民メディアって、その張り合いとかって点でどうですか?」<br /> 「載せてもらわないことには原稿料とか入りませんからね。励みにはなりますが、緊張感もあります。正に張り合いスね。ただ、バイトと掛け持ちですから、時間的な制約とか、いろいろと」<br /> 千歳はコーヒーを置きつつ、会話に加わる。<br /> 「まぁ、市民メディアとて万能じゃないですからね。有望な人は自分のブログで発信すれば済むってんで転出しちゃうもんだから、逆にRSSで取り込み直したり。ステップアップの場として考えてもらってもいいんですけどね。放っておくと、そう空洞化現象、みたいな」<br /> 「宝木さんはそんな有望な一人?」<br /> 「そうですね。だからいつでもブログ作るよって、進言はしてるんですが」<br /> 「ま、その有用性ってのはわかるんですけど、何とも捉えどころがないってのと、ケータイで手軽にできちゃうってのが逆に引っかかってて。やってみないことには何とも言えないスけど、情報消費者のターゲットにはなりたくないってのもありますね」<br /> 「そうだね。消費されるだけの情報ってのはヤだね。確かに」<br /> 「近年のヒットチャートじゃないですけど、一時的に盛り上がって、すぐしぼんじゃう、そういうのは御免だな、と」<br /> フムフムと冬木はただ頷いている。どうやら見込んだ通り、ということらしい。<br /><br /> 千歳としても、冬木の心意気は十分わかったので、櫻の肖像権がどうこうと意地悪を云う心算は毛頭ない。相応の志に則<span style="font-size:85%;">(のっと)</span>った記事になることがわかれば、多言は要さないのである。<br /> 「予定稿はきっちりメーリスに流しますから」<br /> 「それはいいですね」<br /> 千歳はここでやっとマイカップに注いでもらったコーヒーを一口含む。<br /> 「あ、甘っ」<br /> 「え、隅田さんのブラックじゃなかったんスか?」<br /> 「櫻さんの仕業だ、うぅ」<br /> 加糖コーヒーは飲めない口ではなかったが、久々のドッキリネタにしてやられて、開いた口が塞がらない彼氏。そこへ彼女がすまし顔で問いかける。<br /> 「千歳さん、どう?」<br /> 「どう?って、あのねぇ」<br /> 「別に飴を溶かして入れた訳じゃないんだし。ちょっとね、今日は甘味が足りないんじゃないか、って思ったから。フフ」<br /> 二口三口と試す。渋面ながらも、そのシロップの甘さで思わず頬が緩んでしまう千歳であった。<br /> 「ハハ、二人見てるといいですねぇ。記事にはツーショットで出しますか?」<br /> 「いや、今回の講座はリーダーにスポットを当てていただいて」<br /> 「あら、千歳さん、いいんですの? また櫻さんのファン、増えちゃうわよ」<br /> 「ちょっとした有名人の彼氏ってことで、こっちも誇らしいってもんですよ」<br /><br /> とまぁ、ホットな議論にホットな掛け合いがなされてる訳だが、雪はあくまでクールに降り続く。とうに暗くなっておかしくない時間帯なのだが、その雪の白が反射するのか、窓の外は不思議な明るさを保っている。雪が弱まるまでは帰れない、というのもあるが、まだ明るいからいいや、というのもあって、冬木も八広も残っている。<br /> ブログを見ながらコーヒーブレイクというのは、当センターらしい活用法ではある。円卓のPCでは話題のEdy’s社会派ブログや、新装なったComeonブログが展開され、即席コメントが交わされる。<br /> 「で、先生のブログは今日めでたく、一般的なスタイルに変えたところです。コメントとかあったら、ぜひ」<br /> 「これでやりとりできますかね」<br /> 「やってできなくはないと思いますけど...」<br /> 「では、早速」<br /><br /> 講座はコンパクトだったが、その先が長かった。何だかんだで十七時半まで談議は続き、その一連が講座のような態となる、それでも誰かさんに言わせると、緩やかかつスローなんだそうだ。いやはや。<br /> この日この後、higata@には、次回クリーンアップの予定、情報誌来月号の予定稿PDF、そしてComeonブログの紹介が流れることになる。コメント機能については、南実の申し出による故、本来なら彼女が第一報を打つべきところ、開けてみた時はすでに遅し。<br /> 「ちっ、榎戸さんに先を越されるとは...」<br /> ようやっと論文の補整が終わり、安穏としていたところである。どうせなら仕上がる前に用意してほしかった、というのもあるが、Comeonブログ管理人からの今回の案内を見た上でコメントを入れ始めるのが筋だろう、と思う。すっかり憤慨モードになってしまった南実は、<br /> 「またしてもフライング? 頭来た。私も打とっ!」 鬱憤を晴らすように、立て続けにコメントしちゃうお弟子さんなのであった。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/561-574.pdf"><img height="31" alt="蒼氓" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0"></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/08/61.html">61. 耐寒と体感の間で</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-30773375595311310802008-08-05T12:00:00.001+09:002008-09-27T22:37:35.552+09:0059. 降りつもる、降りしきる<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 集合時刻から一時間超が経っている。この天候からしてとっととお開きにしてもいいのだが、そうならないのが、この衆のいつものパターンである。<br /> 「ところで櫻姉、今日はどうしちゃったのよ。いつから雪女になったん?」<br /> 「てゆーか、ルフロンが来ちゃったからでしょ?」<br /> 「舞恵は雨と嵐担当。雪とか霙<span style="font-size:85%;">(みぞれ)</span>は連れてこないさ」<br /> 「ま、これで櫻さんのクリーンアップ降水ゼロ記録もストップね」<br /> 「来週は? リベンジ?」<br /> 「今度の土曜の講座で希望を聞いてみてから、ってことにしてあるけど、間隔空けない方がいいでしょうね。三連休の中日だけど」<br /> 「また雪だったら?」<br /> 「そしたら干潟で雪玉転がしてゴミダルマでも作るワ。それを運び出せば片付く...んな訳ないか」<br /> マダラ干潟は、霙が降り注ぐうちに半透明ながらも白さを取り戻しつつあった。突起物が隠れるくらいになれば、玉転がしは可能。櫻の作戦、ひょっとするとうまく行くかも知れない。だが、何につけ、晴れてもらうに超したことはない。小春日和となればなおのこと佳い。<br /> 暦の上では春を迎える。耐寒だろうが何だろうが、近づく次の季節の足音を聴きながらのクリーンアップは、きっと清々しいに違いない。凍てつく光景を前にしながらも、顔がほころぶリーダーである。<br /><br /> こちらはさすがに顔が強張ってきている。カモンのおじさんは、呂律<span style="font-size:85%;">(ろれつ)</span>が回らないながらも、千歳にブログの相談を持ちかける。<br /> 「で、隅田君さ、おかげで、し、ひ、日々の由<span style="font-size:85%;">(よし)</span>無し事を綴ってたら、それなりにたまってきた訳さ。ところが、こまっつぁんがおふみさん経由で言うには、コメントだか感想だかをそろそろ受け付けるようにした方がいいんじゃないか、とか、緑のおばさんもさ、カモンとか言ってる割には、見た目、読み手が入りにくい感じねぇ、とか...」<br /> 「ははぁ、読者からいろいろとご要望が寄せられるようになったってことですね」<br /> 「本と違って、中味どうこうよりも機能とかデザインとかの話なもんだからさ。面食らっちまって」<br /> 「次の土曜日、いらっしゃいますよね? その時にでも」<br /> 「よろひく頼んます」<br /> 「よろひ?」<br /> 「ハハ、寒い方がちゃんと発音できるってのはどういう塩梅だろな。えー、やしろ、しきふね...やっぱダメだぁな」<br /><br /> 掃部先生に言わせると、しさよ先生になってしまうんだろうか。その永代<span style="font-size:85%;">(ひさよ)</span>さんは、元教え子と語らいの時を過ごしている。<br /> 「石島さん、もうすっかりお姉さんていうか。色っぽくなった、って言った方がいいかな?」<br /> 「ヘヘ、そりゃ、あのお姉様方と接してれば。実の姉以上に刺激受けますからネ」<br /> 「なーんか全然、ハキハキしちゃってるし。ほんと、よくぞここまで成長したって感じ」<br /> 「先生は? 最近はどうなんですか? 六月クンの話だと、喜怒哀楽がどうとかって。相変わらず、泣かされてるとか?」<br /> 「アハ、今はね、すっかり健全になったのよ。荒れる子がいたら、まずはちゃんと話を聞くように、それを学校挙げて取り組んでみたの。そしたら、家庭とかその子の住む地域環境とかにも原因があることがわかって。で、ご近所の底力じゃないけど、とにかくお節介だろうが何だろうが、周りでその子に声かけしたり、家族みんなで参加しやすい行事をやってもらったり、あとは地域ぐるみで巡回したり地図作りしたりね。そしたらだんだん...」<br /> 「へぇ、地図?」<br /> 「環境版はグリーンマップって言うんでしょ? こっちは安全安心用。色で例えるならオレンジマップってとこかな。一人で歩くと危なそうなところをチェックしたり、逆に子どもたちがのびのび遊べる場所を強調したり、ってね」<br /> 小梅が筆を振るってきたのは、この接点のためにあったようなものかも知れない。その観察眼、端的な描写力は素質のうちだが、蒼葉直伝の体感アプローチが加わったとなれば怖いものはない。堂々と地域デビューできる筈である。何色のマップでも構わない。彼女の目や表現力がかつての学区で求められようとしているのである。<br /> 「そっかぁ、手伝ってもらえばいいンだ。なんか先生、うれし...」<br /> 「なぁんだ、先生のって喜怒哀楽ってゆーか、泣くネタが変わったってことじゃん?」<br /> 永代の目がうるうるしているのは、霙が目に入ったからとかの外的要因ではない。つまり、ちょっとしたお涙シーンな訳である。が、<br /> 「オイラ、よく怒られるけど...」<br /> 六月が割り込んでくるもんだから、穏やかではない。<br /> 「ホレ、またそうやってぇ!」<br /> 「おぉコワ。鬼の堀之内ナノだ」<br /> 鬼だけどウチ? いや、今はすでに外に居るから... とにかく鬼の件はまた別途。<br /><br /> 先刻から耳をそばだてていた冬木と蒼葉が近づいてくる。三人は幾分見上げるような感じになるが、永代は小梅の顔の上げ方が自分と同じくらいということにふと気付く。<br /> 「ここなら平坦かしら。石島さん、ちょっとアタシと並んでみてくれる?」<br /> 「あ、ハイ...」<br /> 「まぁ、同じくらいじゃないでしょか」<br /> 蒼葉の目測では、二人の背丈は一線。永代は小柄な方なので、中学二年の小梅に追いつかれてもおかしくはなかった。<br /> 「ここ一年、特に夏頃からまた伸び出して... エヘヘ」<br /> 快活さを取り戻したのに合わせるように、背も伸びたということになる。逆を言うと、それまでは伸長を妨げる事情があった、ということか。<br /> 「てことは、小学校の頃の背の順は?」<br /> 「小梅、小っちゃかったんです。前から二番とか三番とか。しかも弱虫だったから、今思うと、イジメに近いことされてたな。だから、高学年の頃は、あんましいい思い出ってないの」<br /> どの程度、荒(すさ)んでいたかは推測しかねるが、永代も一緒に泣いていた、というくらいだから、いわゆる学級崩壊のような現象に見舞われていた可能性は高い。<br /> 「あん時はアタシも挫けちゃってね。力になれなくて、本当ゴメン...」<br /> 「いえいえ、そんな。当時はそれでも先生が頼り。いろいろとありがとうございました」<br /> 「え? 初姉さんとか、支えてくれなかったの?」<br /> 蒼葉は専らインタビュアーである。<br /> 「お姉ちゃんはただ怖い存在でした。ピリピリしてて近寄りがたくって。だから、あとは中学に入るまで我慢我慢、って感じ。でも、期待してた割にはそんなに変わらなかった、な...」<br /> こうなってくると相槌は無用。とにかく話したいように話してもらえば、それでいい。<br /> 「塾は好きだったんです。で、そのおかげでここに来れて、皆さんと出会って...」<br /> いつしか、櫻、舞恵、千歳、清の四人も集まっていて、かつての弱虫さんを優しく囲んでいる。<br /> 「今では学校でも怖いもんなし。クラスでも姉御って言われてます。ヘヘ」<br /> いつしか霙は弱まり、再び軽やかな粉雪に戻っている。そして音を立てずに積もっていく。それは彼女の痛々しい過去を癒すように、そっと、そっと...<br /><br /> 感極まった永代は、幾条<span style="font-size:85%;">(いくすじ)</span>も涙を流しながら、ただただ頷く。千住姉妹はもらい泣き。ルフロンも目頭を押さえている。千歳はやはりこみ上げる何かを感じていたが、それは感情的なものよりも、観念的なものだった。「荒れるのは子どもたちだけじゃない。大人だって、社会だって。そんな心の荒れがゴミの投棄や散乱を招くんだとしたら...」<br /> その延長で思い出すは、五月に櫻と話したこと。「自分さえよければの成れの果て、って櫻さん言ってたっけ」 初心忘るべからず、と肝に銘じる発起人であった。<br /> 学級が立ち直ったのは、地域の眼差しやつながりのおかげ。とすると、散乱・漂流・漂着ゴミについても、同じことが言えるのではなかろうか。センターでの月例講座、クリーンアップ&グリーンマップは、順序はさておき、やはり大いに連係されるべきテーマであることを千歳は確信する。地域の関わりが何よりの抑制策になるであろうこと、その関わりを取り持つのがマップなら、関わりを実感するのが現地行動、つまり調査型クリーンアップ、ということ。櫻はグリーンマップを思いついた時からこれと同じような着想を得ていたが、As-Isレベルで良しとしていたため、それ以上の策は練っていなかった。先月の協議でTo-Beの話が出て、ようやく積極策(または抑制策)につながる活用法を見出した段である。<br /> 来る講座では、環境行動の一手法としてのクリーンアップを話すつもりでいた櫻だが、翌月のマップ講座と関連付けて、地域行動の側面も打ち出すことを思い至る。仮に探訪部会のテーマとして「地域再発見」を標榜するのであれば、地域の良さを見つけるということ以上に、地域と自身の関わりを発見してもらうことに重きを置くのもいいだろう。その関わりこそが何よりの予防につながり得る。法人名の略称「イイカンケイ」、そのものである。永代と小梅の語らいは、今後の取り組みの主題を導くこととなった。この貢献度は決して小さくない。<br /> まだ涙目ではあったが、千歳と熱い視線を交わし合っているのは、恋心というよりも、いつもの以心伝心が働いているため、である。声にはしなくとも、相通ずるものを感じる。これをいい関係と言わずして何と云おう。<br /><br /> 清、冬木、舞恵は何やら立ち話をしている。かつての喫煙者、現役喫煙者、年改まってから禁煙を始めた女性という組合せなので、タバコ談議をしていてもおかしくはない。目に見える煙は立っていないが、その是非を巡って結構な口論が展開されていて、今にも煙が立ちそうなほど。一方、他の六人は一斉に息を吐くと、そこに煙霧が立ち込めるが如く白々とした中にいるが、煙たい話は一切なし。話題は春の房総の旅について、である。<br />さ「卒業式後、春休みの平日ってなると、二十四日ってことになりますか」<br />む「オイラ、イベント列車に乗りたかったけど、工場が休みじゃ意味ないんだよね」<br />あ「なら、六月君は泊りがけにしたら? 土曜日曜だったら乗れるんでしょ?」<br />む「二十二日に快速列車が。でも、全車指定だし、朝早いし... だいたい、一人で土日泊まり?」<br />ひ「お兄さんがいるじゃない?」<br />あ「っても、千兄さんは櫻姉さんと一緒だから」<br /> 千歳、櫻ともに、「ハハ...」 って泊まりで出かけるつもりだったのか?<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200808/article_2.html">春の行楽列車~内房線の場合</a>)<br /><br />さ「せっかくだから、東京湾の外側の海辺を見に行けたらなぁってのはある。どう?」<br />ち「外湾ってこと?」<br />さ「確か富津岬を越えた辺りの最初の... 六月君、知ってる?」<br />む「東京近郊はだいたい頭に入ってるけど、近郊の先はちと怪しかったりする」<br />こ「上総湊とか浜金谷とかは家族で何年か前に行ったけど... そっち方面?」<br /> 上総湊とはまた渋いところに出かけたものである。湊のトーチャンが名前つながりで寄り道した、とも考えられるが、外湾に出やすい駅の一つであることも事実。<br />む「オイラ、調べてみる。その岬から南で、海の近くの駅だよね」<br />さ「よろしくネ。じゃあ二十四日を第一候補にして、メーリスでまた呼びかけるとしますか。小松さんにも来てほしいし」<br /> 春の内房、花と海... 想像するだけで暖かくなってくる。束の間ながら、寒さ和らぐひとときを得る六人。ただ、千歳にとっては花粉症に悩まされる時節というのがお気の毒様である。<br /> 「マスク着用で、春の海辺か。冴えないなぁ...」<br /> 漂着ゴミの調査ということであれば、その方が調査員ぽくていいとは思うが、どうなんだろう。<br /><br /> マスクが呼び水になったか、調査員モードの千歳はいつものようにガサゴソやり出すと、マイカップならぬ「マイ枡」を取り出した。<br /> 「拾い物じゃございませんよ。ちょっとした縁起物です」<br /> 「て、隅田さん、雪見酒でもやるつもり?」 永代先生が軽くツッコミを入れると、<br /> 「そっかぁ、こういう時は熱燗<span style="font-size:85%;">(アツカン)</span>って手があったなぁ」 もう一人の先生がトボけたことを云う。<br /> 「いえいえ、櫻さんがね、いいものを持って来てるはずなんで」<br /> 「あ、そうだ。忘れてた」<br /> 文花から頂戴した福豆を、そのやや大きめの枡に注ぐ。<br /> 「ま、これで鬼ごっこすればあったまるでしょ? ネ、千歳さん?」<br /> 「?」<br /> 用具を提供したのに、再び追われる立場になってしまう千歳である。<br /> 「櫻姉、ズルイ! 私も」<br /> 枡は一つしかないが、入れ物ならいくらでもある。蒼葉は雪を盛っていたトレイに今度は豆を載せ、参戦。小梅も撒く側に加わる。舞恵は半ば呆れつつも、<br /> 「ホラ、エド氏もよ。煙を出す人は撒かれてらっしゃい」<br /> いつの間にやら、六月も豆を分けてもらっていて、すかさず担任にぶつける。<br /> 「鬼は外! 堀之内!」<br /> 「やったなぁ!」<br /> 「うへぇ、これじゃいつもとおんなじだ」<br /> 何故か退治される方が退治する方を追っかける展開になる。だが、これは学級で繰り広げられているのと同じ光景のようである。<br /> おじさん先生の方は、そんな鬼ごっこを悠然と見物していたが、舞恵と一言二言話していたら、不覚にも流れ豆の洗礼を受けてしまった。<br /> 「ハハ、カモンのおじさん、大丈夫?」<br /> 「ま、鬼みたいなところはあっかも知んねぇけどよ、年寄りはいたわってもらわねぇとな」<br /> とか言いながら、雪球を一つ二つ作って早くも応戦。気が付けば、豆だ雪だで大騒ぎ。何となく紅白戦のような陣形になっているからまた可笑しい。こう見えても平和主義者のルフロンは、雪ダルマの陰に隠れて、愛想が良いようなそうでないような顔をしながら観戦している。<br /> 「たく、滑って転んでも知らんぞい。ねぇダルマさん? っとと」<br /> 豆が転がってた訳ではなさそうだが、思わず足を取られるルフロン嬢。ダルマさんが転んだら、それこそシャレにならない。<br /><br /> ゴミを散らかしてしまうのは、悪い鬼に憑かれているからだと考えると、この豆まきで少しはお祓い、つまり予防になるやも知れぬ。<br /> 「いい運動になったし、スッキリしたワ。これでゴミも減ってくれれば言うことなし!」<br /> 「櫻さんにはかないません」<br /> 「ホホホ。では皆さん、またセンターでお会いしましょう!」<br /> 十一時半を回り、本日の下見、いや節分会、いやいや合戦? 何はともあれ、干潟での行事はこれにて終了。<br /><br /> 永代先生は教え子達を連れ、駅方面に向かった。掃部先生は、再び雪面ライダーに変身して、颯爽と、いや怱々<span style="font-size:85%;">(そうそう)</span>と、ま、とにかく走り去って行った。<br /> 冬木は雪景色を記録するんだとかで何となく残っている。今日はここまで珍しく口数が少なかったが、ようやくいつもの調子で話しかけてきた。<br /> 「ところで今日、彼、宝木さんは?」<br /> 「あれでも夏男なんで、寒いのが苦手なんスよ。雪が降ったらパス、って予告してましたし」<br /> 「そっかぁ、彼にちょっと話したいことがあったんだけど...」<br /> 「ま、この舞恵さんでよければ、承りますことよ。八クンのマネージャー、いや、世話人て自認してますから」<br /> 来場時もご一緒だったが、ここへ来てまた二人して... 千歳と千住姉妹は、ヤレヤレといった面持ちながら、気を遣って距離を置いてみる。<br /> 「はぁ、八クンを。それって、ハンティングみたいなもんスかね」<br /> 「えぇ、彼にその気があれば、ですが」<br /> 春に向け、ちょっとした動きがまた一つ。チームを率いるだけのことあって、実は面倒見のいい人物だったりするのである。そんな冬木はさらなる申し入れを試みるべく歩み寄る。<br /> 「で、これは櫻さんにお尋ねなんですが、今度の土曜日、取材を兼ねて講座に出させてもらえたら、と。構いませんか?」<br /> 「来月の情報誌ネタってことですね。載る前にチェックさせていただけるなら」<br /> 面倒見がいいのは、勿論自分自身も含めて、である。そうした抜け目なさは、櫻も重々承知しているので、断るには及ばない。だが、昨年来、ゴミにまつわる記事の比重が高くなっているような気がするが、それでいいのだろうか。<br /> 「春先からは、エンタメ系とかファッションとかも採り入れる予定なんで。ま、引き続き皆さんにはお世話になると思いますが」<br /> 少々含みのあるご発言だが、期待しないで<span style="font-size:85%;">(?)</span>待つとしよう。ソーシャル某とどう結びつけるのか、その辺も見所である。<br /><br /> 合戦場<span style="font-size:85%;">(かっせんば)</span>に散りばめられた足跡を埋めるように、強めの雪が降りてくる。干潟も銀世界と化した時には、もう誰も居ない。<br /> そして路線バスの車内には、車線を挟んだ先、干潟を見つけようと目を凝らす四人が居る。漂着物も何もあったものではない。ただ、雪に霞む真っ白な川景色が広がるばかり。さっきまでその白の中にいたことがどうにも信じ難い。急に肌寒くなってきた。<br /> 「この雪じゃ豆まき行事もお預けかしらん?」<br /> 「何よ、ルフロン、豆まきしたかったの? 言ってくれれば...」<br /> 「ウンニャ、撒く方じゃなくて、キャッチする方をネ。ま、そうは言っても行員となると、協賛品を撒く側だから、まずありつけないんだけどぉ」<br /> 「ま、いいじゃない、今日はおとなしく、音楽会♪」<br /> 「おとなし? それじゃ音楽会にならんさ」<br /> いったいどんな会になるのやら?<br /><br /> かくして千住宅に新たなゲストが招かれ、昼食もそこそこに、午後は別棟<span style="font-size:85%;">(はなれ)</span>でセッションが繰り広げられる。舞恵のハミングを櫻がピアノで拾う。千歳はそれを聴きながら、ドラム、ベース、ギターと頭の中で重ねてみる。音世界が拡がり、やがて波や潮の動きが感じられるようになってきた。SE<span style="font-size:85%;">(sound effect)</span>で実際の音を入れるのも悪くなさそうだ。だが、何よりもピッタリ来るのはパーカッション。舞恵の意図は正にそこにある。<br /> 「どう? ボサノヴァ調にできればなおいいなって」<br /> 「へ? ボサボサ調?」<br /> 「櫻姉ったらぁ。舞恵の自信作なんよ」<br /> 「ゴメンゴメン。で、タイトルは?」<br /> 「そうねぇ、新作だからヌーヴォーってのを入れたいとこだけど、ボサノヴァでフランス語って変よね?」<br /> 外は雪だが、中では温暖な水辺が再現されている。水辺、川辺、いやその心は、<br /> 「八クンとも相談するけど、やっぱ何とかビーチかな?」<br /> 「干潟もビーチのうち、だもんね。つまりhigata@のテーマ曲? じゃ、歌も皆で?」<br /> 「それもアリだけど、メインはお二人さん。デュエットなさいな」<br /> 「ルフロン...」<br /> 舞恵はアーティストではあるが、なかなかの役者でもある。縁結び役という意味では、二人の方が謝意を示さなければならないところだが、彼女に言わせると、<br /> 「舞恵からの気持ち。二人のおかげでいいこといろいろあったんでネ」<br /> そういうことなら、余計にしっかり歌のレッスンに励まねば。だが、詞がないことには仕方がない。とりあえずハミングしながらの音合わせとなる。<br /> 受け持つパートについて二人がどうこうやり出したので、自称アーティストさんは、アトリエをブラブラ。暗がりで立てかけたままになっている油絵が何枚もあることにふと気付く。<br /> 「ひょえー、これって...」<br /> 蒼葉画伯の作品に目をパチクリ。その一枚は、かつての漂着静物画をモチーフに、油彩で描き起こしたものだった。そのインディゴのようなラピスラズリのような深い青に深く溜息。アーティストならではの感性が働いたか、画からはメッセージめいたものが聴こえてきて、止まない。同じ水辺でも、視点が違うと訴えるものも変わってくる。それにしても...。<br /> 舞恵はこの日、この一品を拝借し、静々と帰って行った。受けたメッセージに対する答えは、いずれ何らかの形で披露されることになる。<br /><br /> アトリエでは、引き続きピアノが清らかに流れていた。およそ半年前、櫻が八月病を患っていた頃から暖めてきた「新曲」である。<br /> 「何だか泣けてくるねぇ」<br /> 「千さんだけに、センチになっちゃった?」<br /> だからと云って、曲名がセンチな某になることはない。作曲者は当時を想って「晩夏」の二字を入れる一存だそうな。詞の方もその線で練っている最中だと言う。冬から春にかけた時節に、夏から秋に得た情感を歌にするというのは難しそうではあるが、逆に想像力をかき立てられるので好都合。そして晩夏に深めたその想いを分かち合いたい人が今、傍にいる。これ以上ないシチュエーションで、櫻は新曲の完成度を高めていくこととなる。 雪は止んだが、二人の心にはどこか雪のような、純粋で軽やかな何かが舞い、降り頻<span style="font-size:85%;">(しき)</span>っていた。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/552-560.pdf"><img height="31" alt="降りつもる、降りしきる" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/08/60.html">60. 蒼氓</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-67070208580707099892008-07-29T12:00:00.002+09:002008-09-27T22:26:58.151+09:0058. 雪中動静<span style="font-family:lucida grande;font-size:130%;">二月の巻<br /></span><br /> 季節の分かれ目というのは、期せずして象徴的な出来事があったりする。予測が立っている分、まだいいのかも知れないが、今度のクリーンアップ予定日は、週間予報では「雪」。前日になって、その気配は益々濃厚となる。耐寒だ体感だ、などと暢気なことを言ってられなくなってきた。<br /> センターの三人は、ランチタイムミーティングを経て、それぞれのツールで明日の案内業務にとりかかる。漂着モノログの掲示板には、「降雪時は、クリーンアップは見合わせ、下見は決行」の旨、掲載され、KanNaのセンター主催行事コーナーにも、同様のおことわり文が一筆付け足される。文花がコツコツと作り上げてきた想定会員向けメールサービスでも、明日から来週にかけての行事案内などが、寒中見舞いを兼ねる形で配信された。商業施設ご関係者には、雪予報が出た時点で冬木から連絡してもらっていたので、失礼がない状態にはなっている(と思われる)。延期の場合の日時について予告しておくのも手だったが、九日の講座参加者の希望や都合に応じて決めた方がよかろう、ということで今回は見送り。あとはとにかく明日になってからである。<br /> 空模様を案じつつも、データカードなどの持ち物を点検する櫻。文花はそれを見て、あるいいものを手渡す。これも明日に備えて、ということらしい。<br /> 「これってやっぱり自家製、ですか?」<br /> 「町内会で準備してたのをおすそ分けしてもらったの。明日は私行けないから、ご挨拶代わりってことで」<br /> 「かしこまりました。でも、屋外でやる分には、ウチもソトもないですねぇ」<br /> 二人が談笑するのを何とはなしに聞いていた千歳だったが、「そうか、節分と言えば...」 こちらも何か思いついたようである。<br /><br /> そして翌朝は、まさかの大雪!である。堤防上や河川敷は除雪されることはないので、降ったら降っただけ積もる。少なからず歩行者やランナーはいるので、何となく雪分け道のようなものができてはいるが、足取りは重い。河原桜近くに来たところで、不覚にも定刻の十時を回ってしまった。<br /> 千歳がもたついている間に、櫻は一足先に現地に到着。しかし、すでに先客がいたもんだから、姉ながらビックリとなる。<br /> 「な、なんで? 起きたらいないから何処行っちゃったかと思ってたら」<br /> 「雪が降ったら集合、ってことにしといたんだ。ね、小梅ちゃん?」<br /> 「エヘヘ、早起きは何とやら。蒼葉さんに手ほどきを受けたくて。あ、そうそう、いい知らせがあるって話...」<br /> ケータイつながりではないながら、約束を交わし合って、しっかり実行しているこの二人。微笑ましくていいのだが、そのいい知らせというのが引っかかる。小梅には先に予告が届いていて、姉が蚊帳の外、というのはどういうつもりなんだろか。<br /> 「そうねぇ、教えたいのはヤマヤマだけど、櫻姉が来ちゃったから...」<br /> 「あら、失礼しちゃうわ。いいわよ、一人で下見してっから」<br /> 櫻はブツブツ言いながら、その場を離れる。干潟アクセス通路の方へ行ったのを見届けると、蒼葉は小梅にヒソヒソ話。<br /> 「エーッ! 入選? しかも準大賞...」<br /> 「シー!」<br /> と、そこへノロノロと千兄さんがやって来た。<br /> 「あれ? お二人だけ?」<br /> 「千兄さま、ちょうどいいところへ」<br /> 今度は小梅をその場に残し、蒼葉は千歳を引っ張り出す。<br /> 「姉さんのことだから、どうせちゃんと決めてないですよね。十四日って、お約束してます?」<br /> 「空けてはあるけど、これと言ってまだ...」<br /> 「やっぱりね。ちなみに十五日のご予定は?」<br /> 「突発的な時事ネタが来なければ、在宅勤務かな」<br /> 「了解。その日も何となく空けておいてもらえるといいことあるかも、です」<br /> 思わせぶりな蒼葉の発言に、久々にソワソワ感が高まる千歳である。小刻みに吐いた息が白く漂うも、そこにセリフはない。音のないスピーチバルーンが浮かぶ図とはこのことだろう。と、そのバルーンを破るように雪球が飛んできた。<br /> 「うひゃ!」<br /> 遠くから誰かさんの笑い声が聞こえる。<br /> 「あらら、蒼葉にぶつけようと思ったのに。それ!」<br /> 次は見事、妹に命中。<br /> 「やったなぁ!」<br /> 描きかけのパステル画を枯れヨシの陰に隠すと、小梅とチームを組んで、蒼葉は逆襲に転じる。下見どころではない。雪合戦の始まりである。<br /> 「キャー! 二人でなんてズルイ!」<br /> 「姉さんにはダーリンがいるでしょ」<br /> 「ダメよ、千歳さんスローだから」<br /> これを聞いたからには、参戦しない訳にはいかない。<br /> 「こうなったら、誰でもいいや。それっ!」<br /> 不用意に放った一球は、事もあろうに櫻を直撃。<br /> 「ひどーい! 護衛になってないじゃん!」<br /> これで女性を敵に回すことになった千歳は、三姉妹から総攻撃を受けることになる。<br /> この時、一人の少年が大きな雪玉を転がしながら、合戦場に近づいていた。逃げ惑う三十男を見つけると、大きなのは放置して、小さいのを拵<span style="font-size:85%;">(こしら)</span>え始める。そして出陣。<br /> 「千さん、ダイジョブ?」<br /> 「おぉ、これは六さん。あ、やべ...」<br /> 息つく暇もありゃしない。千歳はとうに反撃を諦めていたようで、とにかく退散。少年は持ち玉で抵抗を試みるも、呆気なく敗退。<br />さ「何か、張り合いないし」<br />あ「姉さん、やり過ぎ」<br />さ「人のこと言えないっしょ?」<br />こ「あれ? 先生だ」<br /> 残された大玉の傍には、堀之内先生がいらっしゃった。玉転がしを続けながら、ようやく彼女達のもとにやって来て、<br /> 「まぁまぁ、女性陣が強いのか、男性陣が弱いのか、見てて楽しいけど、とにかく休戦ネ」<br /> 今のところ六人。それぞれ挨拶を交わしてはいるが、手持ち無沙汰でもある。まだ誰か来そうではあるので、揃うまでも一つ余興でも、となる。大玉の上に小玉が乗ったら、<br /> 「顔なしダルマだぁ」<br /> じゃ済まないので、パーツを探しに行くことに。だが、<br /> 「ちょっと待って六月君。もうちょっとで仕上がるから」<br /> と画家さんに止められては、仕方ない。立ち往生する少年の隣で、千歳はやっとこさ、雪干潟との対面を果たす。<br /> 「って、漂着? 目立ってるし...」<br /> 降り積もってはいるが、その量の前にはさすがの雪も無力であった。これらを覆い隠すには、さらなる降雪が必要になる、ということか。<br /> 「私もね、ビックリしちゃって。真っ白って訳に行かないのねぇ」<br /> グランドは辺り一面、白である。それとは対照的な光景が二人の前に広がっている。白が抜けているところは、流木だったり、クーラーボックスだったり。あとは細々した突起物なんかが着雪を拒んでいるのがわかる。マダラ干潟とでも呼ぶべき、不思議な世界。崖地では朽ちたヨシが、なお直立し、侘びの風景を醸し出している。ヨシが目立つこともあって、一望する限りは残念ながら銀世界とは言い難いのである。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200807/article_8.html">降雪後干潟</a>)<br /><br /> 蒼葉はそれでもパステルを走らせていた。白一色なら手間も省けるというものだが、そうなっていないことがかえって刺戟になったようで、むしろ雑多に描こうと努めているように見受ける。小梅は固唾<span style="font-size:85%;">(かたず)</span>を呑んでその描写を見守る。そして、六月はそんな二人の女性を見ているような見ていないような... ドキドキする対象が変移していることがわかってきただけに、余計に胸が高鳴っている。その背後で永代は空気を読んでみる。「そうかそうか、彼もそういう年頃になった訳か」 干潟見物か、単なる雪見か、本日の目的は定かならずも、先生たる者、何よりの目的は教え子の成長を現場で知る、これに限るだろう。つい嬉しくなって、顔なしダルマに向かって話しかけちゃうところが、チャーミングだったりする。<br /><br /> 蒼葉のデッサンはひとまず終了。千歳も記録写真を撮り終えた。<br /> 「じゃ、六さん、気ぃ付けてね」<br /> 待ってましたとばかり、だったが、ここで勢いよく動いてはいけない。聡明な少年はソロソロと旧道を下り始める。残る五人は彼の動きを注視しながらも、同じ方向を見遣っている。と、下流側の崖地に、数羽のカラスが丸くなって留まっているのが発見された。バックが白くない場所にいるのは、バレないようにということだったか。人がガヤガヤいる割には、随分と悠長に構えているものである。<br /> 「彼が近づいても動じないわねぇ」<br /> 「寒くて動けないだけじゃないの?」<br /> 「じゃ試しに雪玉投げてみましょっか?」<br /> 櫻が仕込みを始めたその時である。そのカラスの方向目がけて、白い玉が飛んで行った。<br /> 「ナヌ?」<br /> 二人同時に振り返ると、完全防寒スタイルのルフロン嬢がケラケラやっている。しかも彼女の隣には八広ではなく、冬木。相変わらず人をおどかすのがお上手である。が、驚いている場合ではない。<br /> この一球で、カラスは退却するも、その啼き声がいけなかった。アーだかカーだかの直後に、<br /> 「キャー!」<br /> 六月を追うように狭いスロープを下りようとしていた小梅は、思わず足を滑らせてしまうことになる。カラスが啼くとろくなことがないのは承知しているが、<br /> 「テヘヘ、すべっ... いけね」<br /> 実姉がここにいないとは云え、禁句を口にしてしまってはそっちの方が禍<span style="font-size:85%;">(わざわい)</span>のもとである。<br /> 「初姉には内緒ね」<br /> 「それより大丈夫?」<br /> しばらく起き上がれなかった小梅だが、姉様方が手を差し伸べるのを待っていた訳ではない。こういう時は弟分に助けてもらいたかったりするものである。<br /> 「姉御、ホラ」<br /> 「ありがと」<br /> と、何ともホットな場面を一同は見下ろすことになる。舞恵は頭を掻く仕草をするも、<br /> 「まー、えぇんでないの?」<br /> シャレで誤魔化すおつもりらしい。だが、<br /> 「ほんと、ビックリくりくり、ルフロンさんなんだから」<br /> 櫻にこう切り返されてはシャレも何もない。<br /><br /> 見下ろす=下見という見方もあるが、やはり現地を踏査しないことには確たるものは得られない。そういう意味で若い二人は実に頼もしい。雪ダルマ用の品を調達しに行っているとは言え、手際は鮮やか。永代は改めて二人の成長ぶりに目を細める。<br />ひ「で、あのお二人さんはいつもあんな感じ?」<br />さ「えぇ、自分なりの役割ってのを認識して、自発的に動いてますね」<br />ち「六月君には教わること多いし、小梅嬢にはとにかく頭が上がらないって言うか...」<br />さ「千歳さんはいじられてるだけでしょ?」<br />ひ「まぁ何はともあれ、皆さんのおかげでしょうね。アタシからも感謝申し上げますワ」<br /> 六月はカサの柄、小梅はゴム手袋をそれぞれ発掘して組み合わせたりしている。目鼻は各種フタやキャップで事足りる。ミニバケツが出てきたかと思えば、さらには「ヘヘ、炭だぁ!」<br /> 苦笑する千歳を櫻はつついてみる。<br /> 「ホラ、隅田!って、お呼びですわよ」<br /> 「ハイハイ、六さん、呼んだ?」<br /> いつしか、冬木も舞恵もマダラ干潟をうろついていて、その斑具合が深化していた。<br /> 「なぁんだ、おすみさん、下りてきちゃったの?」<br /> 「そりゃね、下見に来たんだから」<br /> 「下... そうそう、下見りゃいろいろ出てくるさ。それなんかヘビかと思ったら、ベルトだし」<br /> 「何が隠れてるかわかんないから、スリリングではあるねぇ」<br /> 「エド氏なんざ、栄養ドリンクのビン踏んづけて転びそうになったんよ」<br /> 「やっぱ漂着物は除去しとかないとね」<br /> 「隠しちゃマズイってか」<br /><br /> 蒼葉は上流側で、トレイ状の容器を物色中。冬木は若い二人から心得だか講釈だかを受けている最中である。陸に残るは、三十代の女性二人。<br /> 「ところで櫻さん、隅田さんとはいい線行ってるの?」<br /> 「ヤダなぁ、堀之内先生ったら」<br /> 「矢ノ倉ったら、なかなか教えてくんないのよ」<br /> 「その矢ノ倉さんの方がネタとしては面白いと思いますよ。お話聞いてませんか?」<br /> うっかり口を滑らせてしまう櫻であった。弥生と文花、どっちを応援したらいいのか決めかねていただけに、これじゃ一方に助け舟を出すようなものか。<br /> 「彼女はお節介をするのは好きでも、されるのは嫌がるだろうから、ま、それとなく聞いてみるワ。それより貴女<span style="font-size:85%;">(アナタ)</span>ンとこよ」<br /> 話を逸らし損なって、さらに答えに窮する櫻である。この手の質問だといつもの機転も利かせようがない。「まぁ、三分<span style="font-size:85%;">(さんぶ)</span>、いや五分<span style="font-size:85%;">(ごぶ)</span>... とにかく春になれば、ハハ」<br /><br /> クリーンアップはお預けながら、雪ダルマを仕上げる材料はそろう。こうも都合よく現地調達できるとなれば、漂着も悪くない? いやいや今日のところは偶々<span style="font-size:85%;">(たまたま)</span>いいのが見つかったからそう思うだけで、雪を掘ればおそらくいつものゴミ箱状態であろうことは想像に難くない。雪中に埋もれているであろう多くの包装類やプラスチック片は、おそらくパリパリ、ということも十分想起し得る。それらは劣化が進めば、さらに微細化して手で拾い集めるのは至難となろう。クリーンアップすべきは、むしろこういう時!なのかも知れない。悪条件を逆手にとって、そのパリパリごと雪で固めて陸揚げさせてしまう、という手もある。<br /> 千歳はまだ斑になっていない辺りを踏み固め、ブロック状にしたものを枯れ枝ごと持ち上げてみる。「お、いけそう?」 だが、合戦後の軍手はまだ水分を含んでいる故、その上に雪の塊が来れば、冷たいのは当たり前。予備の軍手に替えたところで、結果は目に見えている。あえなく、ひとかたまりを引き揚げたところで断念。彼に追随する者もなし。<br /> 「千歳さんたら、しょうがないわね。暖めて差し上げたいけど、私の手も冷たいからなぁ...」<br /> よくよく見れば、櫻は撥水素材の手袋をしている。雪球を量産するには都合は良いが、冷たいことには変わらない。こすり合わせながら、息を吐きかけている。本人は寒いんだろうけど、隣人はそうでもない。櫻のそんな仕草に温もりを感じ、つい見入ってしまう千歳であった。<br />さ「ん?」<br />ち「やっぱ、体動かさないと寒いなぁって思って」<br />さ「二人きりならよかったのにね。そしたら...」<br /> とか言いながら、櫻はおもむろに温湿度計を取り出す。見れば、気温四℃、湿度は何と七十%と来た。乾燥していないのがわかったのはいいとしても、その温度の低さに思わず身震いしてしまう二人である。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200808/article_1.html">2月3日は4℃</a>)<br /><br /> 「雪とか、白いのとか、好きなんだけど、寒いのはねぇ... あら、霰<span style="font-size:85%;">(あられ)</span>?」<br /> 現在時刻、十時四十五分。この刻<span style="font-size:85%;">(とき)</span>まで、何とか小降りを維持していた粉雪は、何やら大きさを増しつつ、水気が多い物質に変化して来た。一同、傘はなくとも帽子なりフードなりで辛うじて濡れずに済んではいるが...。<br /><br /> 蒼葉は、パステルで下書きした上に水彩を施すべく、拾ったトレイにチューブを垂らしてみたり、筆をといてみたりしていたが、どうもしっくり行っていないようだった。そこへこの天からの配剤である。本来なら筆を止めそうなところだが、逆に喜々としているから侮れない。<br /> 「ね、小梅ちゃん、こうやって青とか白とか走らせてみて、そこにこの霙<span style="font-size:85%;">(みぞれ)</span>、かな? ま、空から降ってきたのをそのままなじませると、何か幻想的な感じに...どう?」<br /> 「わぁ... でも、普通ならフニャフニャになりそうだけど、この紙、平気なんですね」<br /> 「ま、雪仕様っていうか、雪景色描く用だから」<br /> 「で、極意はやはり臨場感ですか?」<br /> 「そうね。実際に体感した温度を絵に写すっていうか、空気を閉じ込めるっていうか」<br /> 小梅は、その上物の筆先を見つめる。水分が紙に広がるのが何となくわかるから不思議である。その広がりが止まった瞬間、空気は貼り付く。それと同時に張り詰めた空気が紙面に漲<span style="font-size:85%;">(みなぎ)</span>るのであった。<br /> そんな空気を察したか、蟹股ながら忍び足で、筆の元の持ち主が現われた。K.K.のおじさんである。<br /> 「おぅ、これは画家のお嬢さん、この天気でご精が出ることで」<br /> 「あ、せ、先生、いつの間に?」<br /> どうやら気付いていなかったのは、絵描きシスターズだけだった。この雪道をバイクでカタカタ来た訳だが、その音すら耳に入らない没頭ぶりだったのである。<br /> 「てっきり中止だとばかり思ってたら、皆がいたからさ。ほほぉ、白のし潟、いや、そうでもない、か」<br /> 画にインパクトを受けたらしく、釘付けになるも、現実の干潟も似たような色が散らばっているもんだから、言葉を失うしかない。しばらく、遠近を見比べながら唸っていた清だが、ふとあるものが目に留まる。<br /> 「ところで、その盛ってあるのは何だい? お清めかい?」<br /> 「いえ、雪で筆をとくとまた違うんじゃないかと思って」<br /> 「ははぁ、どうりで寒々した色が出てる訳だ。筆にとっちゃ寒稽古ってとこかな」<br /> 「あ、ごめんなさい。大事にしなきゃいけないのに」<br /> 「なんのなんの。春先には生え変わるさ、ハッハッハ」<br /> 小梅も釣られて笑っていたが、末尾が違っていた。「ハッ、クシュン!」<br /><br /> この間、他の四人は雪ダルマにかかりきり。炭やキャップで顔をアレンジしたり、ストラップバンド片で飾り付けを試みたり、三十代半ばの男女もすっかり童心に帰って、完全な球体に近づけるべく、そこかしことなでまわしている。小梅のクシャミでバケツがずれたが、ともかく完成。ここで、遅まきながらアラサーの二人がやって来た。<br /> 「じゃ、記念に撮りますか」<br /> 「そしたら、あっちの三人も呼ばなくちゃ。おーい!」<br /> 漂着物の中から這い出してきたようなダルマを真ん中にして、八人が並ぶ。最初の撮影係は千歳。次は十月の回同様、永代先生が買って出る。「今回はbeautifulぅ、というよりはwonderful!かしらン」 霙は激しくなっているが、ドラマチックな写真を撮る上では、ここは我慢。<br /> 「ダルマさんも笑ってますからねー。皆さんもマネしてネ。ハイ!」 ワンダフルでスマイルフルな一枚がまた増える。蛇足ながら、そのスマイルのU字を形作っているのは、どっかの手提げ袋に付属していたと思しきプラスチックの取っ手である。とってもいいアイデア、と誰かさんが云ったかどうかは知らない。</span><br /><ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/544-551.pdf"><img height="31" alt="雪中動静" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/08/59.html">59. 降りつもる、降りしきる</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-39716485518708865142008-07-15T12:00:00.006+09:002008-09-13T00:30:27.453+09:0057. わたしたち<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 浮き沈みは一時的なものだからいいとして、気分の切り替えというのは、日単位ということもあるので案外難しかったりする。今日はどんな顔して彼と会ったらいいものか...足取りが軽いのとは裏腹に、顔には憂いが映る。櫻は一人スタジオに向かっていた。<br /> 年が改まって最初の音楽会。各自、そこそこ練習はしている筈だが、寒い日が続いていたので、動きが鈍っていることが予想される。が、それ以上に出足が鈍いんじゃ話にならない。<br /> 「あれ? 弥生ちゃんにルフロン、まだ二人だけ?」<br /> 「櫻さんこそ、千さんどしたんですか?」<br /> 「何か先に寄り道するとこがあるとかって」<br /> 「あぁ、八クンもそんなようなこと言ってたさ。何か二人で企んでるんでないの?」<br /> 「てことは、Goさんも一緒だったりして?」<br /> とここで、例の重低音着メロが響く。業平発、弥生着の呼び出しである。案の定、男性三氏はちゃっかり合流していて、しかもランチタイムミーティングをしていたんだそうな。詞と曲を軽く合わせるつもりがついヒートアップ。気が付いたら集合時刻を過ぎていた、とのこと。弥生はケータイ越しに、ツッコミともハニカミともわからないような受け答えをしている。「しょーがないなぁ。どうせまた新曲か何かでおどかそうって魂胆だったんでしょ? ヘヘ、ま、とにかく待ってます。ハーイ」<br /><br /> 本来なら下旬はおいそがしい身ゆえ、出てくるのだってひと苦労だっただろう。だが、このお嬢さんにアタックされてはそうは言っていられまい。いやいや、業平としても楽曲の持つメッセージ性を自覚してきたフシはある。作詞家と激論になった、というのがその証し。<br /> 千歳は仲裁するのに労を要したようで、言葉少な。業平と八広はまだ興奮が収まらないような顔をしているが、機嫌は悪くない。<br /> 「お待たせしやした。さ、詞ができてるのから、行ってみよう!」<br /> とりあえず、ベース、ドラム、パーカッション、Computer Manipulatorの土台系の方々のテンションは高いので、その四人だけでも十分成り立ちそうではある。櫻は千歳の顔を窺いながらも、うまく声がかけられない。千歳の方もそんな櫻の逡巡を読み取ったか、引き続き黙々としている。以心伝心ならぬ、以沈伝沈? が、そんな沈黙を打ち破るように、一曲目のイントロが流れ始めた。<br /> 「ホレ、櫻姉、出番だぞい!」<br /> ルフロンはカウベルを叩いて煽る。<br /> 「もぉ、私は牛じゃございませんわよ」<br /> 鍵盤は抜きにして、ひとまずボーカルに専念する櫻。『届けたい・・・』はそう、クールな誰かさんに想いを伝えるところを原点とする曲である。今は、切り替わらない気持ちのモヤモヤを晴らすが為の歌と言っていい。<br /> そんな櫻の新境地はメンバーをどことなく揺さぶっていた。聞き流す構えだった千歳にもそれは勿論伝わる。曲は軽やかだが、歌声はシリアス。作曲者の意図としては想定外だったが、こんな「届けたい」も時にはいいだろう。<br /> 歌い終わった櫻は幾許<span style="font-size:85%;">(いくばく)</span>か晴れ晴れ。だが、千歳は逆に益々黙りこくってしまうことになる。「こりゃ、歌い方考えないと...」 歌姫は改めて、「伝える」「届ける」ことの難しさを知る。<br /><br /> 上の空のような感じではあったが、その歌は『Down Stream』<span style="font-size:85%;">(直訳すると下の流れ)</span>。千歳はギターを鳴らしながら、さらりと歌い上げる。こちらも思うところあったか、もどかしさを押し流すような歌唱で、自作曲ながら本意とは異なる印象を醸してしまうことになる。時々の感情で歌は形を変えるものではあるが、聴き手の共感を得られないことには正に川流れ。掃部清澄先生の著述の心得は、音楽にも通じるところ大なのである。<br /> 「隅田さん、大丈夫スか?」<br /> 「何かこう詞が重く感じてきちゃって」<br /> それは本人の気の持ちよう。詞は決して悪くないのである。何はともあれ、ここまでの二曲、演奏については仕上がってきたと言っていい。<br /><br /> 詞ができているのを優先となると、前回の四曲目がお次の番となる。だが、肝心の歌い手がいない。<br /> 「蒼葉さん、今日来ないんスね。こないだのディスカッションとかを踏まえて詞書いたんだけど...」<br /> 「何か小梅嬢と絵を観に行くんだとかで」<br /> 「へぇ、それはまた麗しいお話で」<br /> 「まぁ、姉貴が歌って悪いことはないでしょ」<br /> 櫻は歌詞カードを受け取ると、ざっと目を走らせて諳<span style="font-size:85%;">(そらん)</span>んじてみる。<br /> 「いつかきっと、時は来る、Re-Naturation...」<br /> 人の働きかけで自然が本来の姿に戻っていく過程や望みが散りばめられている。その背景にあるのはTo-Beを思い描く画家としての眼差し。詩人らしい詞に、櫻も思わずクラっとなっている。蒼葉が見ても、同じように心動かされたに違いない。八広としては狙い通りだった訳である。<br /> 一曲目とは打って変わって、櫻は朗々と、だが言葉を一つ一つ紡ぐように確かめるように歌っている。表現的に両立しにくそうなところを見事にクリアする歌姫であった。千歳はつい聴き入ってしまって、コードが思うように進行しない。これはスローとは別次元の話である。<br /> 前回の三曲目は、詞が半分できたとこで止まっている。何をテーマにというのが定まっていなかったが、作詞家殿は、バンドのテーマソングというのはどうか、と申す。何でもサビに嵌<span style="font-size:85%;">(はま)</span>る五文字を考えてたら「わたしたち」というのがピタっと来たそうで、そこから途中まで詞を起こしてみたんだとか。激論になったのはどうやらその辺らしく、<br /> 「男衆もいるのに、私達ってのもなぁ」<br /> 「だって本多さん、これと云った想定ってなかったんスよね?」<br /> 「重厚な感じにしてあるのは、メッセージ性を持たせるため、ってことさ。五文字のキーワードだったら、他にも何かあると思うんだけどなぁ」<br /> まだ決着を見ていなかった。<br /> 「まぁ、とにかく歌ってみるよ。もともとメンバーは女性優位でもあるんだし。ねぇ、櫻さん?」<br /> 「え? 私に聞かれても...」<br /> 冬木は、インタビュー記事のまとめが終わっていないため、休出中。南実は論文の書き足しに追われていて不参加。この二人と蒼葉を合わせた九名がこの曲で言う私達に該当するのだが、櫻にとってのそれは、彼と二人で、を指すことが多い。千歳の何気ない問いかけは、実は櫻にとっては重かった。「千歳さんの私達って、緩やかってこと? 私といる時も同じなのかどうなのか」 私達の解釈をめぐって、揺れる女心がここにある。メッセージ性はさておき、含蓄がある曲になることは間違いなさそうである。<br /> 千歳がメインで歌うとしても、キーワード五文字については皆で声をかぶせればテーマには適う。そんな感触がつかめたところで、あとはhigata@で詰めよう、となった。途中休憩を含め、四曲流して二時間弱。流域ソング、課題提起ミュージック、バンド名は未定なるも、音楽の方向性はおぼろげながら見えている。モチベーションに支えられてか、鈍りを感じさせない演奏が続いた。時間配分も良好である。<br /><br /> ここからは一部のメンバーには初耳となる一曲。即ち、弥生向けガールポップチューンである。<br /> 「テーマは、現場の空気感というか呼吸というか。とにかく清々しくいこうと思って。詞はまだ途中です」<br /> 極めて規則的なリズムが刻まれるも、ゆったりめ。ベースパートは音源で流した方がしっくり来るとのことで、生ベースはなし。リズムセクションの二人は、そんなリズムを壊さないようにしみじみと叩き、打ち鳴らす。原曲が業平というのがどうにも信じ難い。それだけ弥生がアレンジしまくったということか。編曲のやりとりなんかをしていれば、気心も知れてくるし、情も変化するというもの。弥生の歌い方からして、ラブソングと呼んでも差し支えなさそうである。<br /> 「で、千さんはラブソングって作んないの?」<br /> 清々しいお嬢さんに、毒舌の片鱗はない。せいぜいこんなツッコミが来るくらいである。<br /> 「なくはないけど、内緒」<br /> 「そっか、櫻さんにだけ、ってことか」<br /> 「ま、今日のところはこれをちょっと流してもらえれば」<br /> 千歳がUSBメモリで持って来たのは、新曲、つまりメッセージソングの楽曲データである。「漂うもの、溶けてしまうもの、見向きもされないもの...モノの安直さを問うというか、儚さみたいのをイメージしつつ、業平サウンドに倣ってビートを利かせてみたんだ。詞はこれからだけどね」<br /> 業平のPCに取り込んで、まずはオケだけ流してみる。いきなりの重低音に、さすがの業平もビックリ。「千ちゃん、これって」 聴衆の度肝を抜くには良さそうだが、果たして発表会には間に合うのか、何番目にかかることになるのか、お楽しみの一つである。<br /><br /> 何だかんだで三時間。昨日と同じく、夕暉<span style="font-size:85%;">(せっき)</span>が残る時間に散会となる。だが、六人にはまだ時間がある。ここは一つどこかでお茶でも、となるのが理<span style="font-size:85%;">(ことわり)</span>。<br /> 「あーぁ、舞恵は腹ペコさ。この辺、食事処ってないの?」<br /> 「ハハ、パーカッションは体力使うもんね」<br /> 六曲目で目が覚めたか、ようやく気分転換が図れたようで、今の櫻はにこやか。<br /> 「んじゃ、定食屋さん行きますか。でも、ルフロンさん、全面禁煙じゃツライですよね?」<br /> 「いやいや、弥生ちゃんのリフレッシュソング聴いた後じゃ、吸うに吸えんさ。とにかくメシが先!」<br /> かくして、男女三組連れ立って、会食の場へ向かうことになる。<br /> 「Goさん、あたしと一緒に歩くのイヤ?」<br /> 「ハハ、そんなことはないけど...」<br /> デレデレ路線ではないが、ステディ系でもなさそうな弥生のモーションである。割とストレートなのはソリューション志向の為せる業だろうか。間違いないのは、彼女なりにアプローチを考え、実践する段階に入った、ということだろう。<br /><br /> 「よく考えると千歳さんと本多さんが揃ったのって、二週間ぶり?」<br /> 「そうなんだよ。何か前に会ったのが去年のことみたいでさ。まえ、あ、奥宮さんもだよね?」<br /> 「やぁね、おすみさん。まだそんな奥宮だなんて」<br /> 「だって、縁結びの立役者さんだからねぇ。丁重にお呼びしないと」<br /> 「え、縁結びって?」<br /> 「そっか、弥生ちゃんには話してなかった、か」<br /> 「まぁ、この話はR25でないの? ある意味、刺激的だし、櫻姉の名誉のためにも」<br /> 「エーッ、知りたい! Goさんも知ってんの? だったら教えてよ!」<br /> 「ヘヘ、そのうちね」<br /> 日頃のツッコミのお返しという訳ではないが、すっかりいじられている弥生であった。<br /> 「いいわよいいわよ。でもルフロンさん、あたしもお願いすれば、その縁結びってしてくれますかぁ?」<br /> 「いい娘<span style="font-size:85%;">(こ)</span>にしてればね。でもその必要ないんじゃん?」<br /> 「いいえ、ライバルがいますから」<br /> 千歳、櫻は言うに及ばず、業平が食後のお茶を吹き出しかけたのは、無理のないことである。八広は思索に耽<span style="font-size:85%;">(ふけ)</span>っているようで、どこ吹く風の態。<br />さ「って、そういう話じゃなくて。新年会、どうして来なかったのかなと思って」<br />ご「不覚にも風邪ひいちゃってね」<br />ま「そういう時、ひとり身だと困るんでないの?」<br />ご「まぁ、共同代表が隣で暮らしてるから」<br /> 弥生は吹き出す代わりに、思わず茶をゴクリ。「へ、共同代表? 聞いてないよぉ...」<br /> 業平は専ら実機担当。IT系がどうとか言ってたのは、その共同代表を指すらしい。いったいどんな人物なのか、というか女性だったらどうしよう...弥生は一転して頭を抱えることになる。<br /> 弥生が休止モードになったのを見計らい、舞恵は業平に話を切り出す。縁結びネタということではなさそうだが、耳打ち気味なのが少々気にかかる。<br /> 「ちなみにGoさんとこ、融資ってどうしてる?」<br /> 「特にはね。とにかく今は代表二人でギリギリって感じ。融資があれば、誰か雇えるかもってのはある」<br /> 「ほほぅ、身近なところに顧客がいたさ。じゃ当行の社会的起業融資ってのどう?」<br /> 「な、なんと!」<br /> 「貴社で働きたがってる乙女もいるようだしさ」<br /> 「?」<br /> どこでどう相談が為されたのかはいざ知らず、弥生の思惑をしっかり読み込んで、希望先にそれとなく伝えてみる。これは立派な橋渡しと言っていい。<br /> 「機械に使ってもいいけど、やっぱ人材よ。有望なのを育てるのもソーシャルビジネスの役目っしょ?」<br /> 起業家たる者、何につけ自立性が問われるところだが、その自立は多様な関わりの中から得られて然り。金融サイドとしては、お金の使い方を通じて、社会をより良くする先導役が期されて然りである。相応の審査は必要になるだろうが、これも何かのご縁。お互いに、いやこの場合は三者にとって三方よし、となればいいのである。<br /><br /> 男性三氏は僕達ではなく『私達』の密談を交わしているようなので、女性三人の方も談話に励むことにする。しっかりデザートを追加注文しているところを見ると、こっちの私達は短時間では済まなそうだ。<br /> 「初姉ってその後、聞いてる?」<br /> 「あんましケータイかけられないから、待つ身です。こないだのメールでは、第二第三に備えてるとかって」<br /> 「ルフロンも会ってない、よね?」<br /> 「今月からは完全オフだって。だから看板メニューのパンケーキもなし」<br /> 「何か、こっちも気が気じゃないわね」<br /> 「まぁ、合格の知らせが来たら、皆でパアッとお祝いするさ。お店だと気遣わせちゃうだろうから、センターでね」<br /> 「その時は多少デコりますかね?」<br /> 「お、その調子。いっそ、そのまま派手にやろうよ。手伝うし」<br /> 「ルフロンさんが飾りつけすると、何かボサボサになりそう」<br /> 「あーぁ、いい娘にしてたと思ったら、また毒づきおって」<br /> 「あ...」<br /> といった具合に盛り上がっている。舞恵の自作曲の件は、二月三日、クリーンアップ後に千住宅にて、ということで仮決定。弥生も行きたそうな顔をしているが、「その日はちょっとね。クリーンアップは弟に行ってもらいますんで、よろしくです」<br /> と、ここで業平はひと足先に退席すると言う。「あっ、Goさん、ストップ!」 店の外で弥生は業平をつかまえる。<br /> 「ん? どったの弥生クン」<br /> 「そのぉ、二月の予定なんですけどね。第二木曜日って先約とか...」<br /> 「あぁ、そっかぁ。じゃメールでまた。曲も仕上げないといけないし」<br /> 「とにかく空けといてね♪」<br /><br /> 方や店内に残る四人は、<br />さ「じゃ、お二人さんとは二十六日ね」<br />ま「あ、そうそう、その日ね、ちょっとムリかも。おふみさんには、二月には監事さん連れてくから、ってそう伝えといてくださいな」<br />ち「て、八広氏も?」<br />八「自分は行くつもりでしたけど...」<br /> 舞恵が咳払いをしているので、どうも行けなさそうである。その理由...今日の新曲とかにヒントがありそうだが、さて? 五人が店を出たのは、十九時過ぎ。大寒イブというだけあって、一段と冷え込んではいるが、寒さは感じない。何人であっても私達。何とも言えない一体感が寒気<span style="font-size:85%;">(かんき)</span>を遠ざけている。</span> <ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/537-543.pdf"><img height="31" alt="わたしたち" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/07/58.html">58. 雪中動静</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-5883927798644068701.post-74749757075479953252008-07-15T12:00:00.005+09:002008-09-12T01:02:01.677+09:0056. 距離<span style="font-family:lucida grande;"><br /> 先週のはプチversionだったため、新年最初の理事会は第三土曜日にずれ込むことになった。そのせいではないんだろうけど、定例、つまり「第三の男」として顔を出していた業平は、今日は出動予定なし。オブザーバーとして理事会に同席してもらう手もあったが、彼の代わりに若い女性が参加することになっている。ただし、オブザーバーとしてではなく、記録係。キーは早打ち、トークは辛口、そうKYさんである。業平が来ないのは、逆KY、つまり空気を読んでのことらしいが、その真意は不明。<br /> 三角形というのは安定的ではあるが、バランスが取れないことには成り立たない。駆け引きの度合いによっては不等辺にもなるし、時には鋭角にもなる。形が整ったとしても、ずっとトライアングルのまま、というのもどうかと思う。いつまでも先延ばしという訳には行かないのだ。<br /> 協議の休憩時間に、蒼葉が千歳に差し入れたリユースペットボトルは、一週間経って、ようやく姉の手元に返って来た。櫻はラベルの識別表示マークを眺めつつ、<br /> 「容器包装は[プラ]って四角で囲ってあって、その下にPETとかって打ってあるでしょ。でもペットボトルの場合は、この三角形。で、プラとは書かれてなくて『1』。何か統一感がないって言うか」<br /> マークの是非はさておき、ここでの三角形は形が整っていて、うまく資源が循環することを願ってのデザインになっていることは理解できる。当事者三人にしてみれば、バランスも何もないんだろうけど、周囲としてはせめてこんな形状で仲良くやってくれれば、なんて思ってしまうものである。不謹慎かも知れないが、そんな話の延長でこの三角表示が出てきたことが何となくわかる。千歳はとぼけたフリして、前段の[プラ]の話をふくらます。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200807/article_5.html">□と△の並立</a>)<br /><br /> 「そうそう、その容器包装絡みで言えばさ、昨日のCSRインタビューって、どんなでした?」<br /> 「文花さん来てから、ってゆーか、午後に皆さん揃ってから報告した方がいいかなって。ちょっとしたネタだから、先行リリースをご希望の場合は特別料金を頂戴します」<br /> 「恋人にもサービスなし?」<br /> 「ここではあくまで隅田クンですから。って、今、何? 恋人? ま、まだそうか...」<br /> 千歳も出席するつもりでいたのだが、古紙パルプ配合率の偽装問題どうこうで、その波紋が広がりそうになったことを受け、急遽、編集会議だ取材だとなってしまい、やむなく見送り。紙のせいで、とんだ番狂わせとなった訳だが、<br /> 「僕としては素直に表現したつもりだったんだけど。それとも...」<br /> 「え? あ、いいのいいの。そのうち神に誓って何とやらって、そんな間柄に... ヤダ、何言ってんだろ。ハ、ハハ」<br /> 「紙って今、信用ならないからねぇ。誓い空しくってならなきゃいいけど」<br /> 「笑えないんですけどぉ」<br /> 「でも、真面目な話、再生されなかった古紙の行方とか、返品された偽装品の行く末とか、気にならない?」<br /> 「まぁ、せいぜい紙隠しってとこじゃないスか?」<br /> 「製紙業界としては、神頼み?」<br /> ちょっとしたコントで盛り上がることになる。それにしても神に誓ってって? 彼の机上には残り物の卓上カレンダーが未開封のまま置いてある。その紙ケースには[紙]の識別表示と「R100」の再生紙使用マークが並んで印字されている。いろいろな意味で言葉に詰まる千歳であった。こういう時はとにかく仕事仕事。すると、<br /> 「あ、文花さん、お野菜どうでした?」<br /> 「昨日はやっぱ寒かったのね。ちょっと霜焼け気味だったけど、まぁ何とか。それより、紙よ紙。偽装品じゃないのをちゃんと手配してもらわないと」<br /> 「それって、季刊誌の? あ、でも千歳さんが言うには、きっとカミ隠しに遭って、入手できないだろうって」<br /> 「それ、櫻さんが。偽装発言だ」<br /> 「どっちが言っても似たようなもんでしょ。紙一重よ」<br /> 「たく、この二人は。お寒いこと云ってんのに、アツアツってか」<br /> 「あーぁ、こっちが寒くなって来ちゃった。霜焼けしそう...」<br /> ここでは三人寄ると何じゃもんじゃになる。これじゃ仕事になりゃしない。<br /><br />(参考情報→<a href="http://wreckage.at.webry.info/200807/article_6.html">古紙パルプ配合率偽装小噺</a>)<br /><br /> 午後二時。理事七名に、記録係と報告者を迎えて開会。カウンター業務は休止。まずは、昨日のニュースから。<br /> 「で、その会社のCSRご担当者が協議の場に来てたんですよ。だから話は早かったです。物申すのまとめもあったし。あとは、南実さんの頑張りでしょうね。例のフローチャート使って、特にここに働きかけることで抑制につなげては?といった提言がビシバシ。私は専らどんなゴミがどのくらいって報告ベースですね」<br /> 商業施設の本部CSR担当者は、冬木とは旧知の人物。先週、彼の隣にいたのは正にその人だった、という訳だ。あとはショッピングセンター店長、同店の環境対応等の担当者が出たり入ったりで数人程度、というのが先方の陣容。対する聞き手、CSR的にはステイクホルダーとなるが、強いて言えば地域住民として南実、櫻、業平、弥生、遅れて八広が相対した。京と冬木は仲介者として同じテーブルに着く。傍聴者は、チーム冬木から何人か、あとはゴミ減らし協議の場に来ていた市民がチラホラ、とのこと。<br />ふ「それで櫻さん、フローのどの辺が焦点になったの?」<br />さ「企業の社会的責任を当てはめやすいのは、今は消費者の安全・安心につながる部分だろうってことで、特に原材料調達と加工・製造のとこでしたかね。もっと遡って、商品企画段階からそうしたニーズをしっかり反映させるべきだろう、とかでも議論になりました。とにかく安全・安心を念頭にしておいて損はない。それは環境負荷削減やゴミ抑制にも適う。リスクの予防は消費者ニーズにも合致する。そんな論調でしたね」<br />ち「もともとそういうのは進んでる会社だからね。しっかり話し合いができたのは、それだけ理解があった、ということかな」<br /> 千歳としては根掘り葉掘り行きたいところだったが、まずは軽めにとどめた。<br />さ「えぇ、でも容器包装類については認識が弱かったみたい。そこは業平さんの実証データが、ね?」<br /> 報告事項だが、議事は議事。弥生は昨日の一席がいい社会勉強になったようで、その刺激を持ち込むようにカタカタと記録を打っていたが、ここで音が止まる。<br />や「はい、Goさん、いや本多さんのスキャンした中に、しっかり同店の直販品も含まれてまして。実物持参だったのがまた物を言ったというか」<br /> 毒舌家らしからぬ持ち上げ方である。にこやかな弥生、分が悪そうな文花。何となく目が合うも、すぐに逸<span style="font-size:85%;">(そ)</span>らしてしまった二人である。<br />さ「作って売っておしまいじゃいけないっていう認識はちゃんとあった。でも同社の場合、それは衣料品とか限られた自社製品について、だったんですよ。[プラ]類は度外視というかゴミ扱い。紙パックとか食品トレイとか一般的なリサイクルは勿論取り組んでましたが、この件で新たな対象が加わった、そんな見方でしたね」<br /> 「ま、まだまだ出口対策ってとこだぁな」<br /> 清に代弁されてしまっては、千歳の出る幕がない。<br /> 「その容器包装関係ですが、例えばバイオプラに切り替えるとかって話は、自社じゃなくてプラ素材のメーカーと詰めなきゃいけないんだそうです。てな訳で、すぐにできそうなものとして決まったのが...」<br /> 櫻はその結論をホワイトボードに列挙し出した。1.[プラ]<span style="font-size:85%;">(識別表示付き限定)</span>の試験回収 2.簡易式油化装置のデモをイベント広場で実施、3.・・・<br /> 「次回の耐寒クリーンアップに、どなたかいらっしゃるかも知れません。その時の状況次第ですが...」 三つ目には、「調査型クリーンアップを試行」と書き足された。<br /> 「店長の裁量が大きいこともありますが、少なくとも当の商業施設に関しては、こんな感じで話がまとまりました。全社的な展開ってことではまだまだ先。その辺の展望についてはエドさんの情報誌に載るかも、あ、ハハ、それは発行されてからのお楽しみ、と。ね、弥生さん?」<br /> 弥生が口を開こうとすると、遮るように文花が話題を転換する。報告終了の締めも何もあったものではない。<br /> 「そりゃそうと、情報誌って言えば、当センターの情報誌、いや季刊誌ね。そろそろ準備しなきゃ」<br /> 紙の問題はさておいて、まずは中味。これまでは特に編集会議なども設けず、櫻のスタイルで筆の随<span style="font-size:85%;">(したが)</span>うまま、というので済んでいたのだが...。<br /> 「今後は『いきいき環境計画』としての編集方針とかも打ち出さないとダメかしら、ね」<br /> などと事務局長が仰るもんだから、急遽、議事が追加され、櫻もカウンターに戻れなくなってしまった。トピックスとしては、センターと新法人の行事案内など、というのがひとまず決まる。櫻は引き続き板書するも、<br /> 「って、次号が出るのって二月中旬だから、クリーンアップ講座は終わった後ですよね。となると、三月の方の予告ですが、講座名って?」<br /> ここで緑のおば様がしゃしゃり出る。<br /> 「グリーンマップ講座、でいいんでしょ?」<br /> 「はぁ、クリーンアップにグリーンマップ...」<br /> 今日の千歳は何かと語呂に引っかかる。<br /> 「何か似てるし」<br /> 櫻も今更ながら気付いてみる。<br /> 「まぁ、読者の皆さんにはそこんとこ間違えないように伝えるんですな」<br /> 清の一言に一同同意。残る予告は、設立総会、四月のクリーンアップ、といったところか。<br /> 部会が動き出したら、各種行事が増えていくことになるが、そのためにも今日は部会のデザインをしなければ、となる。こうなると今度は、定款の最終案を固めなきゃ、会員制度も正式にスタートさせなきゃ、と目白押し。この調子だとそのままボードに張り付くことになりそうだったので、櫻は頃合いを見計らってカウンターへ。<br /> 「今日がピーク? それとも...」 遠巻きにやりとりを聞きながら、ちょっぴり物憂げ。同じ場所に居ながら恋人との距離を感じてしまうというのは結構やるせないものである。<br /> 季刊誌の編集体制についても議論は交わされ、作家の両先生に千歳、八広、つまり筆が立つ面々が加勢することで話がついた。これで十二月から二月までの行事報告もバッチリ!と、櫻は安堵の色を浮かべるも、「千歳さんが編集に就くとなると、どうなんだろ? スローな感じならいいけど」とやっぱり一憂してしまうのであった。彼のジャーナリスティックなところに惹かれているのは確かだが、仕事でご一緒、となるとそんな見方も変わってくるかも知れぬ。櫻の憂いを他所<span style="font-size:85%;">(よそ)</span>に、日は傾き、今は辛うじて夕照が残る時分である。 午後五時を過ぎ、議事は漸く、終わった。</span> <ul><li>タテ書き版PDF <a href="http://www.chochoira.jp/monolog/pdf/532-536.pdf"><img height="31" alt="距離" src="http://www.chochoira.jp/monolog/images/pdf_s.jpg" width="38" border="0" /></a></li><li>次話 ↑ 「<a href="http://npo-novel.blogspot.com/2008/07/57.html">57. わたしたち</a>」</li></ul>monologgerhttp://www.blogger.com/profile/13612103880590050481noreply@blogger.com