展示を見学する客もそこそこいたが、その姿がなくなり、ステージともども片付けが済んだのは十七時過ぎ。その頃までには金森氏、寿(ひさし)ご三代、石島夫妻が、そして辰巳と太平の長身コンビも程なくご退場となった。お相手がいなくなり、つまらないことこの上ない文花ではあるが、おクルマゆえ呑みたくても呑めない。このやるせなさ、どう晴らしたらいいものか。
河原桜の一隅に祝いの席が設けられるも、宴席世話係のご機嫌があまりよろしくないので、静かなスタートとなる。ともあれ、桜色舞うころ、桜の木の下で、である。櫻さんにとって、絶好のシチュエーションであることに違いない。
ステージのふりかえりは追い追いするとして、まずは、
「誕生日おめでとう!」
だろう。アコースティック系楽器が手元にあれば話は変わってくるが、バースデイソングはやはり大合唱に限る。
「皆さん、ありがとう...」
通常ならこのまま一言頂戴するところだが、事情を知る一団は、発表云々を待つことにして、ひとまずパス。さっさと花見モードに切り替えてしまうのであった。
さすがにケーキは用意できなかったものの、永代(ひさよ)が持ってきた手土産がある。クリームたっぷり系の逸品、櫻が目を輝かさない訳がない。と、おば様も自家製の品とやらを恭しく献上する。
「やっぱり、桜と来ればこれでしょう」
「桜餅? うへぇ」
このリアクションに一番驚いたのは、緑ではなく彼氏。好き嫌い情報は云わば基本である。まだまだ知らないことがあった、というのが先ずショックだったようだ。
「あれ、ダメだったんだっけ?」
「へへ、葉っぱがちょっと...」
コマツナ、千歳飴、桜餅... 誰しも苦手食品というのがあるものである。葉を取り除いてから、静々と頬張る櫻を見ながら、千歳は今、妙な感慨に耽っている。
スーパーからの差し入れ飲料にはアルコール類も含まれる。このまま飲み進むと、発表がいい加減になってしまう虞があるので、そろそろ始めるのが良さそうだ。文花は気を取り直し、毎度のお節介を打つ。
「では、宴もたけなわではございますが、ちょっとしたセレモニーをこの辺で。ね、隅田さん?」
近くではイベント会社関係者の一部が打上げしている程度。花が減った今、辺りは至って静か。そこいらで遊んでいる六月と小梅の声が時々聞こえる程度である。
千歳は普段よりちょっと良さげなバッグを持って来ていて、ガサゴソ。で、まず出てきたのは金色の仔豚?
「あ、あれって」
クリスマス専門店で買ってもらったブタコインである。櫻は白いのを付けてニッコリ。
「ある時、このブタさんと目が合ってピンと来ました。ブタに何とかって言いますが、いや、あの女性(ひと)にはきっと似合うだろうなぁってね。それでご本人の希望を採り入れつつ、本場の人に聞いて調達したのがこちら」
それは白色と淡い桜色の二色の真珠をつないだ首飾り。
「そのブタさんから、いえ、僕からのプレゼント。改めまして、おめでとう!」
「謹んでお受けします」
「?」
「あ、間違えた。ありがたく頂戴、します」
彼と彼女でセリフがチグハグ。顔を見ながら思わず吹き出すも、櫻の方はちょっと様子がおかしい。微笑を湛えたその頬を伝うは真珠ほどの大粒の涙。西日が反射して、一瞬煌く。その輝きは真珠の如く、である。
ま「ハハ、こりゃ食品トレイ、いやいやバケツが要るワ」
さ「いえ、目にゴミが、うぅ」
あ「じゃ早速、拾って、調べなきゃ」
さ「もうっ! 蒼葉までぇ」
は「ホラホラ、櫻姉さん、スマイル、スマイル」
こういう時、彼氏には相応の対処が求められる訳だが、ハンカチ等の代わりに予備の軍手を出しちゃう辺りが、千両役者たる所以である。
「千ちゃん、ここは笑いをとる場面じゃないと思うけど」
弥生から突っ込まれるのならわかるが、業平にこう云われちゃ詮方(せんかた)なしである。そうこうしてたら、涙も干(かわ)いたようで、ようやく先の続きに戻る。
機嫌の良し悪しも何もない。文花はついもらい泣きしていたが、ここで我に返る。
「じゃ、櫻さん、一言どーぞ」
実はこれが終わらないと緊張から解放されることはない。今にして思えば、ステージなんて楽々。
「え、えー...」
それにしても、この緊張感の大きさはいったい? 櫻にしては珍しく言葉が進まない。と、一陣の風、そして、桜吹雪が彼女を後押しする。
「桜はこの通り散ってまいりましたが、私達は今が満開...」
次の言葉は、さすがに誰も予想していなかった。
「結婚します!」
千歳はピピと来るものがあったが、時すでに遅し。目が真珠、いや点になっている。
あ「あれ? プロポーズは?」
さ「これぞ千歳流プロセス短縮、なんちゃって」
夕日が当たっているせいか、単に紅潮しているためかはわからないが、櫻は赤面しつつも、千歳の顔を見遣る。
ち「言いそびれちゃったかも知れないけど、異存ありません。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
さ「誕生日祝い=プロポーズ代わり、なんですよ、ね? まぁ、私からも千歳さんにはまた改めて。とびきりいいものを」
満場の拍手は無論、祝賀の念を込めてのものではあるが、千歳にとってはまた違った聴こえ方が重なる。それは一連の恋愛プロセスの帰着点で、櫻が一発逆転をやってのけたことへの喝采...。
万々歳ではあるが、ただ苦笑いするしかない千歳である。この際、千歳でも万歳でも何でもよかろう。
き「するってぇと、千住の桜が隅田の桜になる訳かい。風流だねぇ」
さ「いえ、表向きは別姓のままで、と」
「千住千歳説は?」 弥生がニコニコしながら尋ねると、
「千×千かぁ。チョーおめでたい感じすっけど、名前書く度にいろいろ言われそう」 舞恵が冷笑気味に答える。
そのうち、メガだギガだと違う話になってきたが、詩人は努めて冷静。
八「漂流する恋、漂着する愛~」
ひ「漂着ラブかぁ。それで新作とか?」
さ「漂着? いえいえ、これからですヨ」
ふ「じゃ二人で漂流でもする気?」
さ「人生、川あり干潟あり、なんですの。漂流と漂着の繰り返し、かな。ね、千歳さん♪」
いつもの談議かと思いきや、さりげなく名言めいたものが織り込んである。正にこれから、という文花にとっては、深く重いフレーズ。言葉に詰まるのも無理はない。
「どったの矢ノ倉? クリームプリンならまだあるわよ」
「エ? くりくり? ルフロンがどうかした?」
「あぁ、そっか。気が利きませんで、失礼。今日はアタシが運転したげる。パァっとやんなさいな」
「そうそう、ツマミもサカナもあるからさ。おふみさん、呑もうぜ」
「へ? 魚?」
「魚類が良けりゃ、今から釣ってくっけど」
冗談だか本気だかよくわからないが、センセのおかげで段々と宴席らしくはなってきた。
ひ「ラブストーリーも興味深いけど、こうして皆さんが集まったのって、きれいにしたから、なのか、逆に集まったからキレイになったのか...」
ふ「その両方じゃないの?」
ひ「どっちにしても、BeautifulもWonderfulも、あとSmilefulも、みんなあるってことよね」
は「小梅も言ってましたけど、喜怒哀楽の舞台なんじゃないかって。いろんな表情に出会えるって意味でもその通りだなぁって思います」
ふ「喜怒哀楽ねぇ。でもそれって堀之内のこと?」
ひ「ま、できるだけ喜と楽で行きたいけど、マップ作る時はやっぱいろいろじゃないとね」
さ「学校周辺でやる時とか、声かけてくださいね」
ひ「えぇ、卒業生にもゲスト講師として来てもらうつもりだし。総合の授業、今期は楽しくなりそう。これもここに来たおかげで、かな」
八「おかげってことじゃ、自分なんかもう何て言ったらいいか。見かけは変わらないスけど、ひとまわり、いやそれ以上かな。とにかく大きくなれた気がします」
ち「いやぁ、とにかく宝木さんは縁起者だから。名前の持つ力、そこからの波及効果というか相乗効果も大きかったと思うな」
八「ハハ、お宝持ってやってきたって訳にはなかなか行かないスけどね。ま、ゴミもお宝ですし、あと何よりの宝はやっぱこのつながりというか、地域貢献力? 場力(ばぢから)って言った方がいいスかね。だと思いますよ」
舞恵は何か言いたそうにしていたが、おとなしく傾聴することにした。八広(やつひろ)はその間を拝借して言葉を続ける。視線の先には、その最愛の女性。
「とにかく、そのお力を借りつつ、さらなる成長、いや持続可能な成長を、と思う次第です。自分でこれなら、って時期が来たら、その時はルフロンと...」
すっかりいい雰囲気になってしまった。こうなってくると、他の男女にも飛び火しそうな予感があったが、空気を変える人物が顔を出してくる。発表を聞いてたかどうかも怪しい。少なくとも今さっきまでは近所の打上げ席に居た。
同じ木でも、宝でも春でもない。ただ季節外れな冬木氏である。
「宝木君の話を継ぐなら、いわゆるゴミ問題ってのは人をつなげるためにあるようなとこもあるなぁって。どうです?」
「出会い系って誰かも言ってたけど、それが目的化しちゃうのはちょっとどうかしら?」
その出会い系のおかげで新たな展開を得た文花だが、思わず異議を唱える。
「でも、避けるものじゃないってのは言えますよね。前向きに考え、受け止める。とにかく自分の問題として考えてもらう人が増えれば何かが変わっていく、そんな気がするんですよ」
「ジャーナリズムの原点もその辺のような...」 ここは千歳が同調。
「そう、情報誌でもね、そういうの打ち出せそうだなって。皆さんのご協力もあってここんとこ評判いいんですよ。で、強力な新人にも来てもらえたことだし、そろそろね。今月・来月あたりはちょいと趣向を変えた記事も出ますけど、硬派なとこもと思ってます」
諸々の連携が効いてきて、ソーシャルの部分も明確になってきた。協賛の方も引き続き、より広域な枠組みで実現できそうだと言う。だが、今の彼の関心事はズバリこれ。
「バンド、続けますよね?」
「まぁ、この藍色バンドもあることだし」
本日の立役者は悠々としたものである。業平がすっとぼけたことを言うので、話はそのまま脱線。
さ「これって、着けてるの忘れちゃいますね。それだけフィットしてたって言うか」
や「気が付いたら溶けちゃってたりして? そしたら正しく『Melting Blue』~」
静物の青は、憂鬱のブルーに通じる。それが溶け出す時、これ即ち自然界にとっては憂いが溶け込むことを指す。だが、溶けるも解けるも同じと考えれば、ブルーは違った見方ができるのではないか。そう、解き放たれる青、である。
作詞した本人から、その心をいま一度聞いたりなんかしていたら、空のブルーが変化してきた。初音はより鋭く天を観(み)、そして、一同の気を望む。
「弥生さん、何かブルー入っちゃいました?」
自分から言っておいて何だが、弥生はその解釈に嵌ってしまったようである。お天気姉さんは、そのブルー加減に真っ先に気が付いた。
「前にも言ったけど、クリーンアップってさ、本来はなくていい取り組みなんだよね。目処がついたらやっぱり終わっちゃうのかな?」
あ「でも、その目処を立てるのが今度の仕事だとすると、ねぇ」
この件でずっと話し相手をしてきた蒼葉が、そのジレンマを代弁する。
や「憂いがなくなるってのよーくわかるんだけど、淋しい気もするんです」
乙女の感傷に唸ってばかりもいられない。酒の勢いも手伝って、文花はここぞとばかりに逆ツッコミを仕掛ける。
「エ? 淋しい? そりゃないんじゃないの?」
「あ...」
かくして、新たな宣誓が。
「皆さん、特にご両人のおかげで、いい仕事、いい人とめぐり合うことができました。今後ともソリューション志向でガンバリます!」
拍手が鳴り止んだところで、再びフォローが入る。
「まぁまぁ、弥生ちゃん。ソリューションもいいけど、程々にね。かつての誰かさんみたいにダーッて突っ走ると倒れちゃうから。ね、櫻... あれ?」
その誰かさんは、緊張から解き放たれてしばらく経ったこともあり、違った意味で倒れ気味。桜に凭れかかりながら、彼に寄り添うようにしている。
「ま、いいや。これからもあるがまま、つまり、C'est la vie. 自然に取り組みが拡がればいいんじゃないでしょうか」
ま「でも、流域画家としては、何か抱負みたいのってあるっしょ?」
あ「原色あふれる環境にしたいって、そんな想いはあるし、画業を通じてそれが少しでも実現するなら、と。でもね...」
木の下に居る二人を見遣りながら、蒼葉は続ける。
「積もる話の続きをしてからじゃないと、何とも。ね、お兄様、お姉様?」
み「フフ、絵でも音でも、とにかく今後が楽しみネ」
あ「おば様の文学の方も乞うご期待!ですよね」
み「何かこう、小さな世界から大きく広がる云々ってのを見出しちゃったのよねぇ。特に抑制に向けた布石ってのを改めて実感した。あとは愛の力...」
木の下でダラダラしてる場合ではない。千歳も櫻も上体を起こして、耳を立てる。
「ミステリーどこじゃないわね。お二人を主役にして書かせてもらうわ。玉野井史上初、純愛路線!」
もう一人の作家先生が口を挟むのよりも早く、業平が反応する。
「とにかくゴミを拾って、調べて、結ばれたカップルってそうそういないと思う。サクセスストーリーとして紹介すると、クリーンアップももっと活発になるかもね」
「でもそれって本末顛倒だって、さっきおふみさんも...」
「いやぁ、出会いがないとか嘆く前にさ、とにかく川だ干潟だ、なんだよ。でなきゃ、こんなステキな女性と会うこともなかった訳だし」
「Goさんたらぁ」
これがきっかけで、やれ「独身男女に捧ぐ」だ、「漂流 漂着 恋物語」だ、と喧(やかま)しくなる。
「じゃあ、その純愛ストーリーは『二人の漂着モノがたり』とかでどうです?」
何故か文花がまとめに入っている。そっちのけ状態の主役の二人は、木の下で再び漂泊の時を過ごすばかり。
八「抑制策としても、最大級の対策になりそうスね」
ひ「何だかなぁ。これまでの議論の積み重ねが飛ンじゃいそう」
ふ「積み重ねてきたから、こうなったとも言えるわね」
漂泊中の二人のもとに舞恵が近づく。
「モノログにしろ、モノがたりにしろ、二人で一つ、そんなモノってのもあるわよね。とにかくお二人には感謝感謝」
「ルフロンも詩人さんねぇ」
「今度はお絵描きも習うつもり。めざすは総合アーティスト、Art(アール) Le Frontヨ」
三人が談笑しているところに、小梅と六月が戻ってきた。
「あら、小梅さん、その袋、何?」
「エヘヘ、いいもの、です。ネ?」
「バースデイプレ...」
余ったレジ袋を活用して何かを拾い集めてきたようだが、中味は不明。小梅は六月の口を塞ぐと、連れ出すように、その場を離れる。
「あの二人のことだから、また何かしでかすつもりでしょ。まぁ、舞恵からはこちらを。今日のところはお誕生日プレゼント」
「ありがと! 開けていい?」
「エコプロだっけ? そん時の資料見せてもらって支店オリジナルで作ってみたのさ」
それは再生プラでできたカード電卓だった。
「ルフロンからって言うより、貴行からって感じ?」
「ま、くれぐれも漂流させたりしないように」
「試してみる価値はありそうだけど?」
この調子で仲良し言い合いが続くと思われたが、緑が割って入る。
「そっか、須崎の課長殿もカード流しちゃえばいいんだ」
「そんな、おば様ったら」
正直なところ笑えない櫻である。
「拾得者が増えると当行粗品なくなっちゃうから、生分解するカードにそのうち切り替えますワ」
「あーら、そしたらラブストーリー成立しなくなっちゃうじゃないの」
奥様とおば様が言い合い出したが最後、周囲は傍観するしかあるまい。櫻は仲裁するのを諦め、ただにこやかに見守っている。
「まぁまぁ、新著のご相談はまたゆっくり、ね」
締めに入るつもりではなさそうだったが、文花はそのまま談話発表モードに。いわゆる中締め、ということらしい。
「これは皆さんにも言えることだけど、それぞれの持ち味を自然に活かしあう、それでもってお互いに高めあう、そんな取り組みを、あ、隅田マネージャーに言わせると、プロセスね、とにかく実体験、勉強させていただきました。ありがとうございます、です。改めてお二人に大きな拍手を...」
「そんな、私、私達の方こそ」
「そうですよ、おふみさん」
「まぁね、それはよーくわかってます。情けは人の為ならずって言うけど、自分でお節介焼いた分、ちゃんとごほうびが届くってね。お互いさまさま」
一同何となくジーンとなっていて、それが言った本人に倍加されて返ってくるもんだから、どうしても言葉が途切れがちになる。
「これからも、よろしく、ネ。で、お祝いは...」
「矢ノ倉、その件、ちょい待ち! 要相談...」
永代の一喝で、文花はいつもの調子に戻る。
「あら、センターに農園コーナー作ってそのまま差し上げよっか、とか思ってたんだけど、ダメ? あ、言っちゃった」
有志によるお祝いはまた別途。おそらくは野菜の詰め合わせか何かがまずは贈られることになりそうだ。
「なんか、皆さんの話聞いてると面白くってしょーがないんですけど」
「なんのなんの、石島姉妹もなかなかよ」
「それは櫻さん効果だと思う。おかげで最近のお姉ちゃん、切り返しがすごくて」
「そりゃどうも。まぁ、話芸ってのは重要なんよ。あとはパッション、ですよね。ルフロンさん?」
「Ha-ha, Would you like to study Mae’s English again?」
「Mae pleasure, なんちって」
この後、英語、フランス語、中国語がしばし混ぜこぜになるも、再び英語に、そして、
「So, we have a good idea, えー、ご結婚の暁にはですね、荒川特製の夫婦岩を...」
「ホラね、お姉ちゃん、おかしいんです」
「やっぱり記念切符かしらん?」
「そしたら、京王線がいいよ」
「六月クン、その心は?」
「桜と千歳がつく駅があるからさ。急行だとひと駅。ヘヘ」
(参考情報→千歳と桜を結ぶ線)
そろそろ暗くなってきたが、宴は終わらない。
「落ち着いたらまた多摩センター、じゃないやセンターに遊びに」
「遊び?」
姉御衆から突っ込まれてタジタジのプレ中学生である。
「学びに行きます」
さ「そう来なくちゃ」
ふ「そんな学び盛りの六月君。ご入学を明日に控え、何か決意とかあれば、ぜひ」
衆目集まるも、彼には緊張も何もあったものではない。眼鏡越しに炯眼(けいがん)キラリ、そして、
「文集にもちょっと書いたけど、皆がニコニコ、いきいきしてればきっとゴミも、他のいろんな問題とかも減ってくと思う。だからまず自分から元気いっぱい、Go Hey!します」
ご箴言(しんげん)をサラリ、である。
しばらく手を叩いていた清だったが、
「皆、いいこと言うねぇ。泣けてきたよ」
止めた手を目頭に当てて、咽(むせ)いでいる。今度ばかりは冗言ではなかったようだ。が、先生からはやはり何かお言葉を頂戴しないことには締まらない。
「...やっぱ大事なのは現場と実体験ってことかな。それが生きる力を育む。で、その力が川や自然をいきいきさせてく。そして、それがまた人に、ってさ。あと忘れちゃいけないのは自然は人に余計なことを押し付けたりはしない、ってこと。正にあるがまま。で、それをわかってる人はこれが自然と謙虚になる。ま、皆さんはその辺りは弁えてらっしゃるし、こちとら逆に教わったようなもんだから。今後もよろしく頼みます...」
こんな感じで、話が尽きないもんだから、手元にはまだ飲料の残りがチラホラ。容器をしかと回収するためにもここは少しでも飲み進んでおきたいところ。
「じゃまた、せーので」
「ハーイ」
主役の二人の音頭に合わせ、小梅と六月はその袋を高々と放り上げた。「乾杯!」の声が一段と大きく響き、舞い落ちてくる無数の花弁を揺らす。桜のリユース、大成功である。
仮に人の心の中に何かが漂着した時、それを取り払おうとする心理が無意識にゴミを生むこともあるかも知れない。ゴミも多様なれば、人の動きも多様。目に見えない漂着はおそらく止められまい。人が生きている限りは続くのだろう。
だが、ゴミの放出によって救われるのは一時しのぎというもの。場合によっては悪循環にもなり得る。むしろそんなゴミを片付ける方が、心の中に漂着するものを取り払うことにつながるのではなかろうか。クリーンアップを繰り返すことで元気になる、というのは決して大仰な話ではないのだ。
岩はあくまでつなぎ役。ご当地ソングやメッセージソングの効果の程も今のところはわからない。だが、現場たる点や面が広がり、人の息遣いが少なからず感じられる場所が増えることで、何らかの抑えは利いてくるだろう。それはやがて、地域、流域へと、じっくりとゆっくりと拡がる。そして内なる漂着が止まる時、目に見える漂流や漂着も止まる...そんな道理もあるのではないか。
それまでは、その都度、リセット、リフレッシュすればいい。スロー&緩やか、とはそういうものである。
発起人による答辞のような挨拶が歓談の合間から聞こえてくる。再使用された桜吹雪の一部は風に乗り、グランドを越え、干潟に漂着、または川を漂流し始める。
そんな桜花に交じり、ゴミの漂流、漂着も続く。そしてまた新たなストーリーが生まれる。
(完) *「ふたたび、○月の巻」に続く?