2008年7月15日火曜日

56. 距離


 先週のはプチversionだったため、新年最初の理事会は第三土曜日にずれ込むことになった。そのせいではないんだろうけど、定例、つまり「第三の男」として顔を出していた業平は、今日は出動予定なし。オブザーバーとして理事会に同席してもらう手もあったが、彼の代わりに若い女性が参加することになっている。ただし、オブザーバーとしてではなく、記録係。キーは早打ち、トークは辛口、そうKYさんである。業平が来ないのは、逆KY、つまり空気を読んでのことらしいが、その真意は不明。
 三角形というのは安定的ではあるが、バランスが取れないことには成り立たない。駆け引きの度合いによっては不等辺にもなるし、時には鋭角にもなる。形が整ったとしても、ずっとトライアングルのまま、というのもどうかと思う。いつまでも先延ばしという訳には行かないのだ。
 協議の休憩時間に、蒼葉が千歳に差し入れたリユースペットボトルは、一週間経って、ようやく姉の手元に返って来た。櫻はラベルの識別表示マークを眺めつつ、
 「容器包装は[プラ]って四角で囲ってあって、その下にPETとかって打ってあるでしょ。でもペットボトルの場合は、この三角形。で、プラとは書かれてなくて『1』。何か統一感がないって言うか」
 マークの是非はさておき、ここでの三角形は形が整っていて、うまく資源が循環することを願ってのデザインになっていることは理解できる。当事者三人にしてみれば、バランスも何もないんだろうけど、周囲としてはせめてこんな形状で仲良くやってくれれば、なんて思ってしまうものである。不謹慎かも知れないが、そんな話の延長でこの三角表示が出てきたことが何となくわかる。千歳はとぼけたフリして、前段の[プラ]の話をふくらます。

(参考情報→□と△の並立

 「そうそう、その容器包装絡みで言えばさ、昨日のCSRインタビューって、どんなでした?」
 「文花さん来てから、ってゆーか、午後に皆さん揃ってから報告した方がいいかなって。ちょっとしたネタだから、先行リリースをご希望の場合は特別料金を頂戴します」
 「恋人にもサービスなし?」
 「ここではあくまで隅田クンですから。って、今、何? 恋人? ま、まだそうか...」
 千歳も出席するつもりでいたのだが、古紙パルプ配合率の偽装問題どうこうで、その波紋が広がりそうになったことを受け、急遽、編集会議だ取材だとなってしまい、やむなく見送り。紙のせいで、とんだ番狂わせとなった訳だが、
 「僕としては素直に表現したつもりだったんだけど。それとも...」
 「え? あ、いいのいいの。そのうち神に誓って何とやらって、そんな間柄に... ヤダ、何言ってんだろ。ハ、ハハ」
 「紙って今、信用ならないからねぇ。誓い空しくってならなきゃいいけど」
 「笑えないんですけどぉ」
 「でも、真面目な話、再生されなかった古紙の行方とか、返品された偽装品の行く末とか、気にならない?」
 「まぁ、せいぜい紙隠しってとこじゃないスか?」
 「製紙業界としては、神頼み?」
 ちょっとしたコントで盛り上がることになる。それにしても神に誓ってって? 彼の机上には残り物の卓上カレンダーが未開封のまま置いてある。その紙ケースには[紙]の識別表示と「R100」の再生紙使用マークが並んで印字されている。いろいろな意味で言葉に詰まる千歳であった。こういう時はとにかく仕事仕事。すると、
 「あ、文花さん、お野菜どうでした?」
 「昨日はやっぱ寒かったのね。ちょっと霜焼け気味だったけど、まぁ何とか。それより、紙よ紙。偽装品じゃないのをちゃんと手配してもらわないと」
 「それって、季刊誌の? あ、でも千歳さんが言うには、きっとカミ隠しに遭って、入手できないだろうって」
 「それ、櫻さんが。偽装発言だ」
 「どっちが言っても似たようなもんでしょ。紙一重よ」
 「たく、この二人は。お寒いこと云ってんのに、アツアツってか」
 「あーぁ、こっちが寒くなって来ちゃった。霜焼けしそう...」
 ここでは三人寄ると何じゃもんじゃになる。これじゃ仕事になりゃしない。

(参考情報→古紙パルプ配合率偽装小噺

 午後二時。理事七名に、記録係と報告者を迎えて開会。カウンター業務は休止。まずは、昨日のニュースから。
 「で、その会社のCSRご担当者が協議の場に来てたんですよ。だから話は早かったです。物申すのまとめもあったし。あとは、南実さんの頑張りでしょうね。例のフローチャート使って、特にここに働きかけることで抑制につなげては?といった提言がビシバシ。私は専らどんなゴミがどのくらいって報告ベースですね」
 商業施設の本部CSR担当者は、冬木とは旧知の人物。先週、彼の隣にいたのは正にその人だった、という訳だ。あとはショッピングセンター店長、同店の環境対応等の担当者が出たり入ったりで数人程度、というのが先方の陣容。対する聞き手、CSR的にはステイクホルダーとなるが、強いて言えば地域住民として南実、櫻、業平、弥生、遅れて八広が相対した。京と冬木は仲介者として同じテーブルに着く。傍聴者は、チーム冬木から何人か、あとはゴミ減らし協議の場に来ていた市民がチラホラ、とのこと。
ふ「それで櫻さん、フローのどの辺が焦点になったの?」
さ「企業の社会的責任を当てはめやすいのは、今は消費者の安全・安心につながる部分だろうってことで、特に原材料調達と加工・製造のとこでしたかね。もっと遡って、商品企画段階からそうしたニーズをしっかり反映させるべきだろう、とかでも議論になりました。とにかく安全・安心を念頭にしておいて損はない。それは環境負荷削減やゴミ抑制にも適う。リスクの予防は消費者ニーズにも合致する。そんな論調でしたね」
ち「もともとそういうのは進んでる会社だからね。しっかり話し合いができたのは、それだけ理解があった、ということかな」
 千歳としては根掘り葉掘り行きたいところだったが、まずは軽めにとどめた。
さ「えぇ、でも容器包装類については認識が弱かったみたい。そこは業平さんの実証データが、ね?」
 報告事項だが、議事は議事。弥生は昨日の一席がいい社会勉強になったようで、その刺激を持ち込むようにカタカタと記録を打っていたが、ここで音が止まる。
や「はい、Goさん、いや本多さんのスキャンした中に、しっかり同店の直販品も含まれてまして。実物持参だったのがまた物を言ったというか」
 毒舌家らしからぬ持ち上げ方である。にこやかな弥生、分が悪そうな文花。何となく目が合うも、すぐに逸(そ)らしてしまった二人である。
さ「作って売っておしまいじゃいけないっていう認識はちゃんとあった。でも同社の場合、それは衣料品とか限られた自社製品について、だったんですよ。[プラ]類は度外視というかゴミ扱い。紙パックとか食品トレイとか一般的なリサイクルは勿論取り組んでましたが、この件で新たな対象が加わった、そんな見方でしたね」
 「ま、まだまだ出口対策ってとこだぁな」
 清に代弁されてしまっては、千歳の出る幕がない。
 「その容器包装関係ですが、例えばバイオプラに切り替えるとかって話は、自社じゃなくてプラ素材のメーカーと詰めなきゃいけないんだそうです。てな訳で、すぐにできそうなものとして決まったのが...」
 櫻はその結論をホワイトボードに列挙し出した。1.[プラ](識別表示付き限定)の試験回収 2.簡易式油化装置のデモをイベント広場で実施、3.・・・
 「次回の耐寒クリーンアップに、どなたかいらっしゃるかも知れません。その時の状況次第ですが...」 三つ目には、「調査型クリーンアップを試行」と書き足された。
 「店長の裁量が大きいこともありますが、少なくとも当の商業施設に関しては、こんな感じで話がまとまりました。全社的な展開ってことではまだまだ先。その辺の展望についてはエドさんの情報誌に載るかも、あ、ハハ、それは発行されてからのお楽しみ、と。ね、弥生さん?」
 弥生が口を開こうとすると、遮るように文花が話題を転換する。報告終了の締めも何もあったものではない。
 「そりゃそうと、情報誌って言えば、当センターの情報誌、いや季刊誌ね。そろそろ準備しなきゃ」
 紙の問題はさておいて、まずは中味。これまでは特に編集会議なども設けず、櫻のスタイルで筆の随(したが)うまま、というので済んでいたのだが...。
 「今後は『いきいき環境計画』としての編集方針とかも打ち出さないとダメかしら、ね」
 などと事務局長が仰るもんだから、急遽、議事が追加され、櫻もカウンターに戻れなくなってしまった。トピックスとしては、センターと新法人の行事案内など、というのがひとまず決まる。櫻は引き続き板書するも、
 「って、次号が出るのって二月中旬だから、クリーンアップ講座は終わった後ですよね。となると、三月の方の予告ですが、講座名って?」
 ここで緑のおば様がしゃしゃり出る。
 「グリーンマップ講座、でいいんでしょ?」
 「はぁ、クリーンアップにグリーンマップ...」
 今日の千歳は何かと語呂に引っかかる。
 「何か似てるし」
 櫻も今更ながら気付いてみる。
 「まぁ、読者の皆さんにはそこんとこ間違えないように伝えるんですな」
 清の一言に一同同意。残る予告は、設立総会、四月のクリーンアップ、といったところか。
 部会が動き出したら、各種行事が増えていくことになるが、そのためにも今日は部会のデザインをしなければ、となる。こうなると今度は、定款の最終案を固めなきゃ、会員制度も正式にスタートさせなきゃ、と目白押し。この調子だとそのままボードに張り付くことになりそうだったので、櫻は頃合いを見計らってカウンターへ。
 「今日がピーク? それとも...」 遠巻きにやりとりを聞きながら、ちょっぴり物憂げ。同じ場所に居ながら恋人との距離を感じてしまうというのは結構やるせないものである。
 季刊誌の編集体制についても議論は交わされ、作家の両先生に千歳、八広、つまり筆が立つ面々が加勢することで話がついた。これで十二月から二月までの行事報告もバッチリ!と、櫻は安堵の色を浮かべるも、「千歳さんが編集に就くとなると、どうなんだろ? スローな感じならいいけど」とやっぱり一憂してしまうのであった。彼のジャーナリスティックなところに惹かれているのは確かだが、仕事でご一緒、となるとそんな見方も変わってくるかも知れぬ。櫻の憂いを他所(よそ)に、日は傾き、今は辛うじて夕照が残る時分である。 午後五時を過ぎ、議事は漸く、終わった。