2008年11月11日火曜日

76. 泣いても笑っても


 日増しに緊張は高まるも、それが心地良く思えてくればしめたもの。だが、そういう時ほど過ぎるのは早い。今日は早くも週末、櫻にとっては誕生日前日である。ここまで来ればもう迷いも何もあるまい。彼女は朝からご機嫌。彼氏も釣られてデレデレ調。これじゃ仕事にならない?と案じたくもなるが、そんな二人を上回るのが今のこの人である。
 「おっはよ! お二人さん。今日もラブラブぅ?」
 センターとしても法人としても、元気をテーマに掲げる以上、事務局長が元気なのが何より一番ではあるのだが、いくら何でもテンションが高過ぎる。
 「ふ、文花さん、大丈夫、ですか?」
 「えぇ、そりゃもう、丈夫丈夫、グッジョブ!」
 全然、大丈夫じゃない。
 文花流の萌え~作戦が奏功したようで、兄君とはちょっとイイ感じになってきた。今日は待ちに待ったご来館日である。ハイテンションになるのも無理はない。そのフェミニンルックがversion upしていることからもバレバレ。アカウンタビリティ、即ち透明性が重要、とは言っても、これほどわかりやすい女性もそうそういないだろう。

 そして午後早々、弟、兄、新入社員の三人が連れ立ってやって来る。兄弟は申し合わせ通り、スーツケース持参での登場である。
 「まぁまぁ、わざわざおそれいります。太平さん、業平さん...」
 「あーぁ、おふみさんたらまたそんな格好して」
 「いいでしょ、私だってまだまだ若いんだから」
 兄君はすでにボーとなっている。果たしてこれで大事な打合せができるんだろうか。

ふ「えっと、DUOのメンテはこれまで時給換算でお支払いしてたけど」
ご「仕事となれば、一定額か報酬か、ですかね」
や「考えたんですけど、あたし、こっちに来る時は日当とかでいいかなって」
た「即戦力だから、試用期間とか要らないんだろうけど、融資があるとは言えしばらくは控えめ給料になっちゃう可能性があるもんで。報酬ってことにすれば、ある程度、まとまった額が入ると思ったんだけど」
 上背がある男が二人座ると、円卓も狭く感じる。だが、話を詰める上ではこの逼迫感は悪くない。見方を変えればラブラブ感も出てきそうだが、打合せ内容からして望むべくもないのである。
 ラブラブと言えばカウンターの二人が気になるが、やはりこちらもお預け中。議事録のチェックや役員就任承諾書の点検など、総会後の業務を淡々とこなしている。眠くなりそうな時間帯ながら、スタッフも客もバッチリ起きている訳だ。

 拡大版DUOの話がIT系だとすると、お次は実機系になるだろう。文花は業平に例の見立ての件を振る。
 「そうなんだよねぇ、やってできなくはなさそうだけど...」
 「業(Go)氏、ホラあそこ。再生工場は?」
 「金森さんとこか」
 見学・納品に行ったのが議案発送後だったこともあり、事業計画には特に盛り込まなかったが、フタ集めを当センターでも、で、その加工先・用途の次第では収益の一部を地域還元なんてプランも。
 「そしたら、あのスーツケースでまた往復、かな?」
 空の旅に連れて行ってもらえる日がまた遠のきそうなことだけは確かなようだ。

ふ「まだ早いかも知れないけど、お二人さん、今日はこの辺で。クリーンアップで使いそうな機材は私、準備しとくから...」
ご「リハーサル会場がもう使えるってことなら、早い方がいいかもね」
ち「いいんですか、事務局長?」
ふ「ま、明日のライブは考えようでは仕事の一環。代休よ。ガンバッテ!」
さ「ありがとうございますっ!」
 かくしてバンドマネージャーの計らいで、メンバーの四人はそろってお出かけ。櫻を除いて何かしらの担ぎ物があるので、まるで姫様とそのお付き、のような体裁である。だが、マスターはあくまで業平。しっかりケータイで確認を入れる。
 多重録音だけでも先に、ということで冬木は応じてくれた。
 「そんじゃ、Let’s go hey!」

 絵画展を観に来る客が少なからずいるが、円卓付近は静かなものである。
 「それにしても、矢ノ倉さん、スタッフ帰しちゃうなんて」
 「事務局長ですから。休暇を取らせるのも仕事のうちです」
 「そういうのはやっぱ就業規則できちんと」
 「ハイ、よろしくお願いします」
 労務関係の相談ということだったが、これでは逆手。ちゃっかり二人の時間を作ってしまう文花である。この調子だと規則があってもなくても、自分の恋路が優先されそうではある。

 だが、そんな気まぐれ裁量のおかげで、一行は早々とリハーサル会場に到着。当所(こちら)、冬木が斡旋してくれたイベント会社のスタジオである。ここの特長は、置いてある楽器や機材がそのまま移送できること。リハーサル後は専用のトラックに積んで、運び入れてくれるという。面倒見がいいことは、八広の一件で立証済みだが、ここまで来ると大人物。人の評価というのは変わるものだ。
 着くや否や、千歳は缶詰状態に。長丁場も予想されたが、併設のレコーディングセットの性能か、コーラスアレンジャーの力量か、はたまたボーカリストの技量か、とにかく三拍子揃ったようで、一人コーラスによる多重録音は短時間にしてはまぁまぁの仕上がりとなった。
 そのオープニングをちょっとした音量で再現していたら、繰上げ召集を受けたリズム隊が登場。
 「おぉ、カッコイイ」
 「ホレ、メンバー入場シーンなんだから、拍手拍手」
 八広はちょっと背筋が曲がっているが、舞恵は手を挙げてシャキシャキ。行進する訳ではないのでさほど気にする必要はなさそうだが、入場リハーサルも少しはやっておいた方が良さそうである。

 「じゃあ、蒼葉さんと小松さんが来る前に、軽く第一部の三曲を。曲順はメーリスで流した通り」
 「あいよ、舞恵はいつでもOK」
 「ドラムは...ちょい待ちで」
 とりあえず入場シーンは割愛して、多重コーラスから、ドラム、ベース、パーカッション、ギター、キーボードと重ねていくリハを始める。慣れないセットで少々手こずったが、一度乗っかればこっちのもの。八広の刻みはなかなか快調。それに乗じていきなり名演奏が繰り広げられる。
 ライブとなるとフェイドアウトが利かない。『聴こえる』の余韻を保ちつつ、いかに切り替えるか。ドラムの締めが聴かせどころになる。だが、そういう試行は後回し。マニピュレーターはさっさとインパクト系イントロを流す。「よしよし、とにかくつながればOK」 ドラマーはテンポチェンジについていけなかったらしく、ちょっと遅れ気味。一回目はリズムマシン頼りとなる。
 目玉の三曲目は、渋く乾いた感じ。この曲順に難色を示したメンバーもいたが、そのタイトルからして、不協和音を演じてはいけない。で、やってみたらこれが案外良かった。緩急という点でも打ってつけである。

 ひと休みして、第二部へ。ここでの二曲は特につなぎを意識することなく、一曲一曲緩やか~でいいので、メンバーも余裕。サックスをどう乗せるかが見えていないが、小編成なりの良さもある。今のままでも十分行けそうである。
 集合時刻には遅れて来るとのことだったので、この女性の出番に合わせて進行していたようなものだ。第三部からは、ASSEMBLYフルメンバーで三曲立て続けの予定。蒼葉はちゃんと合わせてきた。
 駆けつけで一曲ってのはカラオケでもそうそうないだろう。だが、歌姫の妹というだけあって、さらりと歌い上げる。メドレーに近い形で曲は流れ、再びボーカルは千歳に。ここまでの七曲、概ね良好。そして待望の盛り上げ曲へ。
 「七曲目からの流れを考えてのアレンジ。明日はちゃんとつなぎますんで」
 各自ダウンロードして試聴済み。総会のバタバタはあったが、ボーカルのご両人もここ数日間で多少の練習はできている。だが、音合わせは今回が初。どこか肩に力が入っているメンバーである。
 リズムマシンのカウント後、八広と舞恵が同時に入る。突飛ではあるが、曲はロケットならぬ『ポケットビーチ』、Dance Mixである。ノリノリだが、まだギクシャク。そんな中、サックス奏者がやっとこさ到着。
 「な、なんだぁ?」
 「あ、こまっつぁん、どう?」
 パーカッションをフィーチャーする用になっているので、音風景が南米のようになっている。夏女としては大いに共鳴するところだが、テーマ曲としてこれでよかったのかどうか。
 兎にも角にも練習あるのみ。南実が揃ったところで、改めて第三部の通し。再生、流れ、ビーチ...この連鎖、このグルーヴ感は正に川のうねりに通じる。情景を描きながら、情感を込めながら演奏を繰り返すメンバーであった。

 さて、ポケビの新versionでは、間奏にブレイクが入る。
 「ソロっつぅか、アドリブの練習してみよっか」
 「順番は?」 弥生が問うと、
 「ギター、ドラム、パーカッション、ベース...かな?」 先陣を切りたい人がさっさと答える。
 こうなるとボーカルの二人の出る幕がなさそうだが、
 「ま、メンバー紹介する係も要るでしょうから」
 ひとつ当日のお楽しみ、ということにしておこう。

 アンコールの二曲は、軽くおさらいする程度。ただし、鍵盤奏者は物足りなかったか、
 「イントロ、アドリブしていい?」
 何か思うところがあるのだろう。だが、これはアンコールの拍手が鳴り止んでからのちょっとした仕掛けと関係ある話。そしてそれは三人だけの内緒事項。
 とりあえずメドが立って、喜んでいるのは五人。残る三人はにこやかながらも心なしかしんみり。泣いても笑っても、もう明日の話なのである。