2008年11月18日火曜日

77. 全員集合

四月六日の巻

 今年の桜はひと味違う。誰彼さんの加速のせいかも知れないが、開花も満開も早かった。そして四月に入ってからはとにかく晴れ続き。
 「こうやって自然に散っていくのって久々に見る気がする」
 「咲き出したと思ったら、雨とか風とかですぐね」
 「今日の佳き日まで、よく持ってくれたわぁ...」
 当の櫻さんもいつもと違う。本日は何につけ、おめでたい。

 サクラ花粉はいざ知らず、スギ花粉の飛散は収まった。もうマスクの要る要らないで悩むこともない。彼も彼女も素顔で河原桜界隈を闊歩している。
 始業式だったり入学式だったり、十代の面子にとって今日は一大イベントを明日に控えるドキドキな日でもある。六月も小梅も気持ちがはやるのか、それぞれの姉を連れて、やはり早々とやって来た。
は「六月君と言えど緊張するもんなんだねぇ」
や「なんのなんの、憧れの小梅先輩と同じ学校に行けるってのが嬉しくてしようがないだけでしょ?」
む「まぁね、今夜も眠れないと困るから、クリーンアップで汗かこうって訳さ」
こ「六月クンたら」
 姉の冷やかしを軽々と受け流しつつ、その偽らざる心情を語る。すでに中学生の域を超えた観もある。
 「体動かす前から汗かきそう。初姉、今って何℃?」
 「二十℃スね」
 気温の上昇顕著につき、その高温が干潟を正に干乾(ひから)びさせるかの如くとなっているが、本日は大潮。昼に向かっては、ただひたすら干いていくのである。干潟面はこのあと面白いように拡がっていくことになる。

 四人が準備体操などを始めたところで、ようやく櫻と千歳が干潟入り。
さ「皆さん、さすが若いわね」
や「あっ、本日主役のお二人さん」
ち「いや、主役はあくまで櫻さんだって」
や「ま、この晴天ですもんね。正にハレ女デー!」
 当地におけるここ一年、第一日曜の天気のことなら、お天気姉さんではなく千歳が知るところ。記憶の限り、ここまで晴れ上がった日はない。誕生日をしっかり快晴にしてしまう、そんなハレ女にホレボレするばかりである。

 定刻の十時前後、文花が本多兄弟を乗せておクルマで来場したのに続き、ぞろぞろと常連メンバーが集まってきた。いきいき環境計画の理事全員、さらに辰巳に永代に、
 「あ、ルフロンさん?」
 確か昨日まではファンキー調だった筈だが、いつの間にかストレートヘア。えらく楚々とした感じなもんだから、一同ビックリくりくり。しかもチームを率いてのご入場である。
 「ね、画伯、これがLe front au prin tempsヨ」
 今しがた着いたばかりの蒼葉をつかまえて、ちょっと自慢げ。
 「直訳すると、春の前? ま、陽気なルフロンってとこかしら?」
 「それはそうと、こちらの方々は?」 リーダーが知らないんだから、他の誰もわかりよう筈なし。
 「あ、そっか、ちゃんと言ってなかった。当行行員有志でございます。拍手!」
 二十代を中心に十人。地域貢献の一環で連れてきたんだとか。
 「ゴミを出さない、流さない、そのために金融機関としてできることは? 環境配慮につながる企業活動とかにお金を廻すことじゃん、てね。とにかく現場・現実・現物を見てもらえば、ふだんの仕事でちょっとでも意識してもらえるかもって。研修みたいなもんよ」
 寿(ひさし)をして奥様と言わしめるだけのことはある。魔法を使ったにしても大した統率力である。
 それはさておき、付き人の姿が見えないのが気になる。奥様はチームにレクチャーしていて特に気にするでもない。と、時間を置いて単身、八広が現われた。怪しげなバッグを背負ってるところからもどうも訳アリ。理由はさておき、とにかくよくぞ集まった!である。

 冬木はじきに顔を出す予定。となると、これでhigata@全員集合か? いやいや残念ながら一名不在。
 「ケータイつながらないみたいなんだけど、南実ちゃん、今日来るわよねぇ?」
 「電動車で楽器持って乗って来るのはちょっと、ってことじゃ...」
 他にもいろいろと支度があるに相違ない。真の理由を知るのは、なお千歳と櫻のみである。
 南実の代わりと言っては何だが、登場人物はまだまだ続く。すでにどこぞの試合は始まっているが、トーチャンズについては今日のところはOFF。暇を持て余して、ではないだろうが、監督とご夫人がお見えになる。さらには、寿も三世代で登場。あれよあれよで三十有余人が集結している。

 行員各位には受付台帳に記名してもらうことにし、その間、簡易スピーカーとマイクをセットする。十時十五分、開会。たまには司会進行役を代える手もあったが、
 「櫻姉のマイクパフォーマンス、楽しみにして来たんだから...」とのことで、ルフロンはパス。弥生も蒼葉も素っ気ない。「今日、主役でしょ?」と軽く交わされてしまった。
 「当地での調査、今回でめでたく十二回目を迎えます。一年間の集大成のつもりでひとつよろしくお願いしまーす!」
 十月の回のように大判紙での注意事項説明等はないが、大まかなところは口頭でOK。場慣れしたメンバーが半数を占めているので、まずもって事故等々は起こらないだろう。量の見立てからして、慣れたメンバーをいつものポケビに多く配し、下流側のプチビーチには新参チーム+メンバー数人、という割り振りで臨むことにした。手荷物をクルマに預けたら、いざ、四月の巻!である。

 一望する限り、そこそこの散らかりようではある。だが、お目付け岩の効果か、バーベキュー系は見当たらない。その散乱の要因は、此処ご当地を発生源とするものらしいことがわかってきた。干潟上でどうやって宴に興じるのかは詳細不明ながら、居心地が良くなってきたことは事実。状態のいいレジャーシート、濡れた跡のない仕出し系容器、乾いた感じの生ゴミなんかが放置してあるのは、正に動かぬ証拠である。
 「ここにも岩、置きますか? 環境計画の皆さん」
 「予備調査とやらで拓いたアクセス通路が元で、行楽客を招いてしまったんだとすれば、その道を塞ぐとかしても良さそうですね」
 千歳に悪気はなかったのだが、課長は少々トーンダウン。
 「まぁまぁ、その入口んとこに置きゃいいってことさ、な?」
 以前なら、口撃を受けていたところだが、今は先生に援(たす)けてもらっている。
 「では、夏場に向けて早速...」
 娘二人は頼もしく父を見ている。

 石島夫妻、清、緑はそのまま巡回に出た。寿と舞恵を含む行員チーム、本多兄弟、文花、弥生は下流側へ。
 「ちょいとズレちゃったけど、融資、明日ネ」
 「ほんと、助かります。奥様、女神様」
 「フフ、でも成果がイマイチな場合は、返済時の上乗せ額アップさせてもらうから、お心づもりを」
 「なんのなんの、成果を上積みして、上乗せ分ゼロにさせてもらいますから。ね、弥生さん?」
 「要するにしっかり稼げばいいんでしょ?」
 若手行員はせっせと手を動かし始めているが、引率者はこの通り。これも仕事の一環ということにしておこう。

 「八さん、ルフロンと一緒じゃなくていいの?」
 「え、まぁ、行員連中に、あれが彼氏?とかやられるのもちょっとなぁって思って」
 「逆に一目置かれると思うけど?」
 この女性を前にすると、どうしてもドギマギしてしまうのだが、それとこれとは話は別。
 「笑われちゃいそうだけど、ちょびと恥ずかしいってのもあって」
 「一端(いっぱし)の社会人なんだから、堂々としてればいいのよ。彼等よりも、私よりも、かな。とにかく社会経験は豊富なんだし」
 「蒼葉さんにそう言ってもらえると... 何か自信、出てきた」

 そんな二人を含め、ポケビには今、石島姉妹、六月、櫻、千歳、永代、辰巳がいる。後から講座受講者や総会参加者も加わったため、そこそこの人数に。干潟はゴミも受け容れるが、人だって同様。拒んだりはしない。退潮は進み、面積がまた広がる。受容するにちょうどいい広さになっている。
 片付けが進むほど、動きやすくなる。効果が実感できると、つい手を拡げたくなってしまうのは人の常か。水際を見遣ると、上陸するか進水するかで迷っているような袋の類がプカプカ。だが、下手に歩を進めれば、軟泥に足を掬われるのは必至。現場を知る男衆は、まだ経験の浅い面々に、手ほどきならぬ足ほどきを施す。この日射があれば乾くのも早そうだし、さらに水際が遠のけば何も案じることはない。安全かつ確実な回収を説く、千歳と八広である。こうした実地指導により、新たな会場を受け持ってもらえる人材が増えることになるなら御の字である。

 「春になるとヨシってのはまたしっかり立つもんですね、先生」
 かつての草分け道を閉ざすように、春ヨシが直立している。ここを抜けるとプチビである。
 「そりゃ事務所さんの手入れがいいからだろ?」
 清の予想外のお世辞に湊は転びかけるが、今、目の前にはちゃんと地に足つけてクリーンアップに励む人々がいる。
 「ま、考える葦とはよく言ったもんだけど」
 「ここにいらっしゃる方々は、考えながら動くヨシってとこね、カモンさん」
 行員諸君は、時にディスカッションしながら作業しているようだ。ここでのリーダー、ルフロンは、
 「お金の動きもそうだろうけど、暖かくなって人が元気に動き出すとゴミも増えるっていう訳さ。でも、その元気ってのは否定しきれんから、いかにしてゴミにしにくいモノを作ってもらうかってことに...わかる?」
 本業を通じた社会貢献論とでも言おうか。ボサボサ髪ではない分、説得力もアリアリ。さながら教官といった趣のLe front au prin tempsさんである。

 暖気にさらされていると、ゴミの臭気も漂うところ。だが、干潟が元気になってくれば、川の匂い、いや潮と言ってもいいかも知れない、一面には清々しい香気が立ち込め始めるのである。
 「残る花弁、さらわれる花弁、ムム」
 「Goさん、どしたの? 詩人ぶっちゃって」
 「この年になるとね、こういうの見てると儚くなっちゃって」
 「うら若き乙女を射止めておきながら、何ですか、そりゃ」
 晴天の中、ゆっくりと散っていた桜花は、風に舞い、川面を漂い、ビーチに寄せている。干潟を香り立たせていたのは、花弁のせいでもあった。これぞ春の薫り、恋の花がさらに彩りを添える。

(参考情報→散乱するのはゴミか桜か

 「で、業(Go)氏がとりあえず試作したのがこの充電式掃除機なんですがね」
 「使ってほしい人が来ないんじゃ致し方ないわね」
 「あの花弁、吸ってみますか?」
 「自然物はそのままでいいんですのよ、太平さん」
 無粋ではあったが、何となくほのぼのする会話がもう一つ。そろそろ引き揚げる頃合いとなる。

 目に付くのから取り掛かったため、いつもと順序が異なるポケットビーチ。その名に合わせて、ポケっとしていた訳ではない。広がる干潟を追うように、かつ足場を確認しながらの収集となったため、時間がかかってしまっただけの話である。
 流木、枯れ枝、草束の除去に入ったところで下流側の一行が帰ってきた。
 「あぁ、ちょうどいいや。これ使ってみる?」
 業平が見下ろした先には、姿を現したばかりの紙屑、というよりも粉状に近い紙片。縁起を担いで、まずは本日おめでたい人に試してもらうことにした。
 「そっかそっか、アドバイスした甲斐があったワ。これって、プレゼ...」
 うれしいのはわかるが、自分から申告することもあるまい。次には「今日でおいくつ?」なんて具合に聞かれるのがオチ。危ない危ない。掃除機の音でツッコミを遮断する櫻である。
 その粉ゴミは面白いように吸い込まれていく。十代姉妹や一部行員なんかも代わる代わる操作し、気が付けば吸殻から何から、見事にクリーンアップしてしまった。

 「あら、あっちもクリーンアップ?」
 「ハハ、走者一掃だな」
 掃除機が止んだと同時に、グランドからは一段と大きい歓声が聞こえ出す。遠くユリカモメの鳴き声が重なる。怖気(おじけ)づくようにカラスは退散。黒い羽を鈍く光らせながら、対岸へ羽ばたいていった。時は十一時近くである。
 上流側を千住姉妹、下流側を本多兄弟、分別教室が始まる。永代はクリーンアップをしながらも、辰巳をつかまえてマップの話で盛り上がっていたが、一段落したところで今度は卒業生にちょっかい。
 「桑川君、ちょっとちょっと」
 「何だよ先生、改まっちゃって」
 正直なところ、恩師と顔を合わせるのは照れくさいものがある。ぶっきらぼうな返事になってしまうのはその反動。
 「エへへ、今日もさ、結構フタ出てきたでしょ? どうするぅ?ってご相談」
 「後輩に譲るつもりだったけど」
 「ひとまず矢ノ倉んとこかな」

 話の流れで、今度はフタ談判に興じることになった。
 「ま、どっちにしても当センターで預かるワ」
 「じゃスーツケースもそのまま置いとこか」
 そろそろ集計作業が始まるところだが、女性どうしのお喋りは止まらない。
 「で、その六月君。文集でね、いいこと書いてたわよ」
 「永代先生と泣いて笑った日々、とか?」
 「お姉さんお兄さんに感謝!みたいな」
 「私も入るのかな?」
 「下手するとお母さん世代になっちゃうけど、彼に言わせると超姉御ってとこじゃない? とにかく読んでて思った。『受け止めてくれる人』の存在って大きいんだなぁって」
 「私なんかあの若い二人に環境教育を教わったようなもんだけど」
 「環境教育以上だったンじゃないの? お互いに」
 大船に乗ったような気持ちでここに来ていた、といったところだろうか。だが、いつまでも、という思いもあったようで、卒業文集にはその辺の宣言文も記されていたんだとか。六月も小梅も、勿論二人揃ってでもいいのだが、自分達で会場を持つようになれば、ここポケビからも卒業、ということになる。

 自然の営みというのは、時に象徴的な光景を作り出す。その若い二人の目の前には、枯れたヨシ、その根元から出てきた緑のヨシの芽。
 「ペットボトルがこのままじゃ育たないよね」
 「どうだろ、自力でどかしちゃう気もするけど」
 人の関与は最低限で、とは言ってもやはり放っておけない。
 「せっかく出てきたんだ。どっちも助ける」
 入り江も塞がれ、とっくに見分けはつかなくなっているが、この場所、修復した崖地である。元通りになって、春の息吹もこの通り。六月はようやく安堵の息をつく。

(参考情報→春のヨシ

 天から注ぐ陽光は勢いを増す。気温も二十二度を超えた。陽春の候である。となると、船の往来もなかなか激しいものがある。大きめの貨物船が波を引く。潮が退いているとは云っても、インパクトはそれなり。
 誰かさんがまた「キター!」とかやってたら、ついでにこの女性も来た。大波小波に、
 「あぁ、南実さん!」
 櫻の呼び方はある意味、正統派だが、他の女性からはこれがバラバラ。同性からもモテる証拠ではあるが、
 「ハハ、どう挨拶したものやら...」
 毎度のことだが、困っちゃうのであった。

 波が収まるのを見届けると、南実はいいことを提唱する。
 「皆さん、そのぉ、集計途中だとは思うんですが、今ちょうどピークくらいなんで、下りて記念測定しませんか?」
 「なーに? 測定って?」
 印象の違うルフロンに目を見張るも、動じないのが研究員。新たな調査のおつもりか。
 「そうですね、全員、行っちゃいますか」
 どれだけの広さになるかを実感するには、これが手っ取り早いんだとか。並び方は二の次。とは言っても、南実はちゃっかり千歳の隣、反対の隣は勿論、櫻。全体的には何となく男女交互になっているんだから、不思議なものである。
 手をつないで干潟を囲む。この人数でほぼ一周、てことはやはりそれ相応の広さなのである。
や「これじゃポケットじゃ済まないかもね」
ご「っても、タイトル変えられないし」
ふ「だいたい四十人だから、アラフォービーチかしらね」
 かつてのトライアングルが、今は横一線。真ん中の男は少々ドキドキしているが、至って円満である。
 「はぁ、これはこれは」 遅れ馳せながらタイムリー。冬木がここ一番で顔を出す。自分のケータイで撮影後、千歳デジカメ、南実ケータイ他、手前にいた人々からの撮影依頼が相次ぎちょっとした人気者。これで本人が写らないんじゃ気の毒なので、恩返しとばかり、八広が交代。
 永代はやっぱり一言、「Beantifulぅ」。手をつないだ時点ですでにウルウルしていたが、すっかり感極まっている。「先、生...」 六月はそんな先生が麗しく見えて仕方ない。

 段取りが前後した観はあるが、リセット後の記念撮影はこれで終了。拾い残しがあると、リセットとは言えなくなってしまうが、干潟の端々に及ぶ人の輪を作った以上、目は届いているものと信じたい。
 上流側につき、集計結果をまとめてみたら次のようになった。この数値を年間集計表に足し込めば、一年分のデータとして完結することになる。
 ワースト1(2):プラスチックの袋・破片/三十三、ワースト2(1):ペットボトル/二十七、同数ワースト2(-):フタ・キャップ/二十七、ワースト4(3):食品の包装・容器類/二十五、ワースト5(-):袋類/二十(*カッコ内は、三月の回の順位)
 掃除機で吸ってそのままになっている分を数え損なっているためか、前回ワースト4だったタバコの吸殻・フィルターは圏外。ワースト5だった紙片についても、粉々になったものは見届けているので、それをしっかり数えれば上位にランクインする筈。

(参考情報→2008.4.6の漂着ゴミ

 「Goさんがあとでちゃんとカウントすると言っておりますので、今のところは暫定値」
 「え、マジ?」
 機材を披露する度に、何故か予期せぬ手間を増やしてしまう発明家殿である。
 「ちゃんと、手伝いますよ。新入りはちゃんと雑用しないとネ」
 ケータイを操るだけがDUOではない。時には二人仲良く手作業ってのもいいだろう。

 雑貨が各種あれば、それに負けじとプラスチック容器の方も多彩である。コンビニ販売品と思しき類が中心だが、推し量るにこれは外形や意匠に競争原理がシフトしていることの表れではないか、となる。「中味での差別化が難しくなる、と今度は、見た目や意外性に訴えざるを得なくなる訳か...」 量は減ったがまだまだ。考察ネタは尽きそうにない。妙な安心感を覚える撮影係なのであった。
 千歳がスクープ系として記録したのは、そんなプラ容器コレクションと、その同類、プラ製寿司桶、高そうな卵の高級パックなど。あとは、浴室用イス、バスケットボール、当地初登場となるタイヤ、といったところ。某上流事務所のゴミ袋がまた出てきたら、イチ押し品になるところだったが、
 「フフ、今日は漂着してなかった?」
 「あったらあったで、使わせてもらうだけ」
 「気を利かせて流してくれたってことかも」
 sisters@発、higata@宛で、課長からの正直なコメントが流れたのは数週間前。恥ずかしながら云々というのはお決まりの文句、だが、それとセットでよく出てくる再発防止どうこうという句はなかった。この場合、再発防止ってのは確かに的外れ。流れてしまったものはどうしようもない。せいぜい流れ着いたらお使いください。そんなとこらしい。開き直りという心算はないんだろうけど、河川事務所ではその耐水性・耐久性が話題になったんだそうな。櫻と千歳は皮肉交じりに袋の話をしながら、袋詰めを始めている。

 「別に干潟がどっか行っちゃう訳じゃないんだし」
 「でも、ここでの取り組みって、拡散してって、そのうち手が届かないとこに、なんてことになりそうな」
 「点から面へってね。絵描く時も似たようなもんだから、それはそれでいいと思う」
 「そっか、大作とか?」
 「部分から全体、またはその逆の繰り返し。一枚できたら、今度は連作とかでさらに」
 「イメージ沸いてきた。あたしも頑張ろっ!」
 手作業を終えた弥生と、データ送信を終えた蒼葉が静かに語らう中、本多兄弟は行員一同環視のもと、再資源化関係の雑務に追われる。ワースト1と5は別として、2から4までは要リサイクル系である。慣れているとはいえ、ちとツライ。そこへ更なる資源物が搬入される。
ご「何だぁ、カンカン鳴ってると思ったら」
む「石が積んである辺りも手が届いたもんだから」
 人の輪にかからなかった、ということは捨て方も巧妙だったんだろう。今となってはカウント外だが、十代トリオは空き缶、といっても飲料缶ではなく、ペットのエサ缶らしきものを拾ってきた。その数、二十有数。十分、ワースト上位品である。
ま「ま、お日様、カンカンだし?」
み「いくら陽気がいいからって、ねぇ?」
き「ともかく五カンじゃ済まねぇな」
八「これはゴミステリー的にはどうですか?」
み「空っぽな上に、固めて捨ててあったってのがポイント。どっかのアーティストさんが何かを作ろうとして、やめちゃったとか...」
ま「ヤダわ、おば様ったら」
 謎は深まるも、とりあえず金属リサイクル行きは決定。漂流漂着品でないことは間違いないので、これも岩頼み。再発防止効果を期するのみである。

 掃除機は粒々も吸い上げてはいたが、もうとりまとめるには及ばない。南実はレクチャーを交えつつ、袋詰めに加わる。石島夫妻立会いのもと、参加者は引き続きステッカー貼りなどをしながら、ふりかえり。各自の体験や所感がその場で共有されることで、現場は息づく。そして今後、新たな場が生まれることで、面としての充実が図られることとなる。
 「ITグリーンマップ、楽しみネ」
 「現場情報の蓄積にもなるかもって、やってるうちに気付いたんだ。ここに行けば、誰かしら何かしらの取り組みがありますよって。環境計画的にもそれが一大テーマだし」
 「こんなものがここに?ってのもいいンでしょ」
 「地域に目を向けてもらうための一歩ですから、そりゃあもちろん」
 ここで、辰巳と寿チームの一報が入る。
 「え? ウナギを見た?」
 「えぇ、孫が水辺で」
 お孫さんは、手を拡げてその大きさを示している。あいにく証拠画像はないが、環境課の人間も証言してるんだから、間違いなかろう。
 「ま、ウナギだったらいっか。試しに投稿...」
 「なによ矢ノ倉、対象限定なン?」
 「魚の目撃情報はちょっと」
 干潟端では談笑が続くが、定例の拾って調べて...は、ひとまず終了。潮はいつしか上がってきていて、積石は波に洗われている。 もうすぐ正午である。