2008年11月25日火曜日

78. 流域ソングス


 ここで帰る組、付近を出歩いて戻ってくる組、午後から来る組、いろいろと出入りが生じる中、メンバーの動きもあわただしいような、そうでないような。
 「リズム隊は早めに配置の確認を。キーボードはその後で。不肖バンマスは、セッティングに立ち会うんで...」
 業平を除いては、ゆっくりお昼をとることも可能ではあるが、どうにも落ち着かない。弁当を用意する手もあったのだが、弁当容器類を拾った後でってのもどうか、ということで見送り。とりあえず、カフェめし店なり、商業施設なり、付近に散らばることになった。
 千歳はビンカン類を手に宅へ戻る。女性三人とご一緒だったが、
 「じゃあ、あたし達はここで」
 「本多ご兄弟と文花さんの軽食、調達して来ますんで。また後ほど」
 二人のじゃまにならないよう、ということもあってか、途中で弥生と蒼葉が抜ける。

 本日主役は歌姫である。千歳宅ですべきことがある。
 「今日は、白の日ですからね。どう?」
 「さすが、お姫様」
 デリランチをいただいた後、何やら思わせぶりな会話が少々。リラックスムードなのは結構だが、仕度は早めに、かつお忘れ物のなきよう、である。

 今日こうしてクルマで乗り付けてくることがわかっていたのなら、スーツケースを持って来てもらうには及ばなかった気もするが、その逆を考えると果たしてどうか。充電式掃除機も場所をとったが、トランクにはマニピュレーター用品一式が満載。高性能PCに音源系、リズム系、ミキシング系の機材等々である。そう、これがないとライブが成り立たない。コンパクトとは言ってもスーツケース二つを運搬する余地はなかった。
 冬木はゴミ調べを終えたくらいから、ステージイベントの方にかかりきり。イベント会社関係者と来るべき車両の位置をチェックしたりしていたが、専用の小型トラックはすでに河川敷道路をノロノロと進行中。金森工場と商業施設を経由してきた割に到着は早かった。こうなると業界関係者は昼食も何もあったものではない。惣菜パンを頬張りつつ、取り急ぎ電源オフの状態で機材を並べていた業平についても、やはり食事どころではなくなる。早いとこ機材を組んで、電気系統の点検を済ませないことには、なのである。

 試合が終わって、ひと休み。今は真上から降り注ぐ光線を浴びてジリジリしているグランド地面だったが、熱を遮るように諸処にタタミ大の板が敷かれていく。ASSEMBLYのステージだが、舞台を組み立てるのはさすがに大変なので、ここは一つシンプルに、平坦なステージセットで、となった。
 土台ができたら、次は動力系。目玉ではあるが、訴えるのはむしろ聴覚。必見かつ必聴、とでもしておこう。その音響関係には、予定通り再生エネルギーを補助的に使う試みが盛られる。油化装置→発電機は試行済みだが、未試用の系統がもう一つ。
 賛意と謝意を込めて、おなじみ商業施設が貸し出してくれたのは、何と余ったソーラーパネルである。この日射を少なからず演奏に活かせるなら、こんなに晴れ晴れしいことはないだろう。

 一部行員とランチを済ませてきた八広は、今やすっかり人気者。舞恵は呆れながらもどこか愉しげ。ちょうど、打楽器関係を設置し出したところである。
 「で、奥様がこしらえたアートがこちら」
 持ち込んでいた怪バッグを開けると、ペットボトルや空き缶を括りつけた流木アートが出現。行員各位、これにはビックリ某、である。
 「ただのアートじゃございませんから。叩くとご利益あるかも、よ」

 中堅どころとはいえ、業者の手は込んでいる。ステージの目処がつくとお次はパーテーションと長机を並べ出して、商業施設での新たな取り組み例をパネル展示し始めた。趣向が異なるのは、その位置づけか。「発生予防策見本市」との題字が控えめに掲げられ、生分解性容器包装プラスチックの利用拡大、店頭でのプラ回収と油化装置の実験状況などが情報誌誌面の拡大コピーとともに配される。
 午前中に拾ったゴミから、代表的な品目を陳列してもよかったのだが、再資源化フローが示しやすいものとして、ペットボトルや[プラ]表示品などが並ぶ。洗ってあるのでリアリティに欠けるきらいはあるが、一応採れたて。その横には参考出品として、東京湾外湾でサンプル回収した品々が置かれる。ギターよりもまずは展示。千歳らしい所作ではあるが、
 「川から海ってのはいいんだけど、いま一つ過程が見えないですよね、これじゃ」
 プロセス的に難があった。冬木も思わず首を捻る。
 「どこの出か、ってのをゴミが自己申告してくれりゃいいんだろうけど」
 解説シートも作っては来たのだが、実物を一目した限りでは脈絡がない感じ。結局、今日収集したゴミも袋詰めのまま展示して、「もしかすると荒川からも...」というのを加えることで落着した。
 机上スペースはまだ余裕がある。文花はそれをめざとく見つけると、
 「フリーマガジンが置いてあるなら、当センター発行のがあってもいいわよね」
 二月発行分の残部をちゃっかりクルマに積んでいた事務局長である。しかも新法人の簡易リーフレットのオマケつき。
 陽光は強いが、風は強くない。屋外での展示&配布には打ってつけ。かくして、ステージが開演するまでの間、ちょっとした前座が設けられ、そこそこの反響を得る。オープンなハコモノってのも時にはいいだろう。

 あれこれやってたら十四時を回っていた。PAや電気系統を含むステージの準備は概ね整うも、
 「櫻さん、まだ?」
 誰からともなく、主役の不在を問い始める。
 「ま、取り急ぎこちらを」
 冬木が配り出したのは、半年前にも使ったあの藍色の...
 「バンドだけに、ってか」
 「これが噂の」
 舞恵と八広は初めて手にするので、強度を試しながら遊び始める。引っ張っていたら飛び出してしまい、あろうことか、着いたばかりの女性の頭上に。
 「ルフロンたらぁ、何すんのよ」
 「まぁ、櫻姉...」
 笑いが起こる場面の筈が忽ちにして溜息モード。男性のみならず女性メンバーも息を吐いている。
 「この衣装でちゃんと弾けるか、練習してたんですの。遅くなりまして、すみま千さん、でした」
 歌手(カシュ)だから、という訳ではないだろうが、カシュクールのワンピースである。その鮮やかな白、実にドレッシー。

 開演は十五時だが、小ネタを挟むため、リハの時間は三十分程度。チューニングをざっと済ますと、あとはバンマスの指示通り。難しい系の難しい部分を重点的に、である。だが、あんまり念入りに演ると本番と変わらなくなってしまうので、ほんのサワリだけ。
 それでも熱は入っていた。従って気付くのが遅れた。河原桜の下、客席となる堤防斜面にはいつしか人、人、人。
 センターの関係者と会員各位、情報誌読者、手が空いたチーム榎戸メンバー、十月の回参加者など。トーチャンズ13も揃えば、六月、小梅、初音のクラスメートも来ている模様。カフェめし店常連客に弥生のバイト先スタッフ、さらには、
 「櫻ちゃーん!」
 ファンクラブがどうのというのは冗談のつもりだったが、何と応援団がいた。地域振興部署時代の関係各位、老若男女が声をかけ、手を振っている。
 「ハハ、いったいどっから伝わったんだか」
 「スターってのは違うわねぇ。ま、こっちも張り合い出るってもんだワ」
 舞恵としては親衛隊を連れてきたつもりだったが、残念ながら特に声援はなし。その行員連中はじめ、午前中の参加者もボチボチ戻って来た。寿、清、緑の年配トリオの近くには、なんと金森氏まで。油化装置の働きを見届けに来たフシもあるが、春の行楽ついで、ということらしい。髭をさすりながら、寛(くつろ)いでいるご様子。

 十五分前になった。メンバーが一礼して一旦退場すると、代わりにカラオケ大会(課題曲編)でかかった曲の一部が流れ始める。『チェリーブラッサム』『ブルースカイブルー』そして、
さ「まぁ『桜の木の下で』...」
や「エドさん、やるぅ」
 演出はこんなもんでは終わらない。トラックにくっついてきた宣伝カーは何と大型スクリーン搭載。横断幕代わりに「Go Hey with A S S E M B L Y」と表示され、メンバー名もしっかりローマ字表記で映し出される。冬木がどこまで手を回したのかは不明だが、イベント会社というのはやることが違う。これはもう立派なプロモーション。この際、司会や前振りは無用である。

(参考情報→宣伝カーも使いよう

 おそろいで商業施設へ出かけていた石島ファミリーは、BGM中に帰ってきた。元店員が連れてきたのか、スーパー店員も何人か顔を見せる。ちょっとしたミッションを仰せつかっていた姉妹は、その束を二人で大事そうに抱えながら開演を待つ。クラスメートとはちょっと距離を置き、ただただじっとしている。
 桜の木の下の聴衆は百人を軽く超えた。まだまだ増えそうではあるが、そろそろ...
さ「何だか、緊張してきちゃった」
ち「川の神様がついてるから、大丈夫」
ま「何よ、彼氏がついてりゃ、っしょ?」
 照明暗転とかがない分、まだ心穏やかだが、こういう時は”Breathe with breeze”の境地に倣って、深呼吸するに限る。
ご「ま、とにかく練習通り」
や「Let’s Go!!」
 一人多重コーラスが流れ出したら、開始の合図。文花と太平に見送られ、メンバーはステージへ向かう。ゆっくりと、そして足取り確かに。

 客席からはパラパラと拍手が起こり、その乾いた音がコーラスと重なっていく。配置に付くのは蒼葉を除く八人。前日のリハーサル通り、八広の渋く重いドラムを皮切りにイントロへ。演奏を徐々に厚くしながら、コーラスはフェイドアウト。と、「1,2,3...」の発声とともに、千歳はカッティングギターを鳴らす。ちょっとした歓声。出だしとしてはなかなか良好である。業平のマシンとのシンクロも無難にスタート。つまりここからがやっと本演奏。イントロは必然的に長くなる。

誰かが棄てた不要品(material)たち
風に飛び 流れに乗り
けれど旅は続かない

流れ着くその理由(わけ)は?
破片 断片(かけら) 残骸...
形をとどめながら発する声

波の音はクレッシェンド
物音はフォテシモ
瞳閉じれば 耳澄ませば
聴こえる
...

 あまり音合わせはしていなかったが、間奏では南実のサックスが見事に盛り上げる。その一方でスクリーンには、漂着物を映像化したものが静かに流れる。演奏とは別に何かが聴こえてきそうな、そんな気がするから不思議だ。詞を書いたアーティストさんは想いを込めてウィンドベルをなぞる。
 つなぎが懸案だったが、事前にPAと打合せしておいたのが利いた。『聴こえる』のラストに向けてもう一度多重コーラスを引用することで、今度は楽器の数を減らすフェイドが可能に。最後は八広のドラムのみが小さく打たれ、収束。そしてコーラスの余韻が残るところを『Melting Blue』のイントロが打ち破る。さらなる歓声、そして拍手。ご年配チームはその音響に驚くも、スクリーンに表示された曲名とテーマを見て納得。メッセージソングとあらばこれくらいの迫力は、と思うのだった。
 マシンが繰り出すリズムに生ドラムが同期する。聴衆は何となく肩を揺らし、その分厚いグルーヴに身を委ねているかのよう。歌詞、つまりメッセージは断片的にスクリーンに表れているが、曲そのものを体感することを通じて、漂う、流れる、砕ける、溶ける、といった一連の無常観が仮に伝わるのであれば、ミュージシャンとしてそれは無上の喜びである。
 言葉の重さとは裏腹に、軽やかな歌い回しで千歳は想いを紡いでいく。

行き場のない憂いがある
優しく受け止める流れがある

溶かしてしまえばそれでいい?
ただ拡がるだけ
見えなくなればそれでいい?
ただ形を変えているだけ

今日も何かが注ぎ込まれる
でも一瞬
三つ数えたら溶けて消えた
泡沫(あわ)と油膜(あぶら)を残して
...


 南実と弥生は、楽器を置いてコーラス参加。ボーカル同様、抑えが利いていて心地よい。二曲目にして客席との一体感は高まり、そのまま三曲目へ。マシンと言えどエンディングは凝っている。ダダダで終わる、と、再びミディアムスローな自動演奏が始まる。頭の鍵盤に続き、ドラムとベースが乗っかればあとはOK。『私達』である。
 作詞家としては自信の作でもあったようで、スクリーンにはその言葉の全てが投じられている。四月に入ってからは冬木と同じ職場で仕事をしてた筈だが、その隙にこのように歌詞なり字幕なりを提供していた、という訳である。ボーカリストとしては、表示されているのと違うことは歌えないので、妙なプレッシャーがかかったりするが、対照的にドラマーライター氏は実に軽快かつ重厚にリズムを刻んでいる。

想い一つ 心一つ
多くの言葉は要らない
ただそこにいる それだけ

誰かが口ずさめば
誰かが応える

Processが重なる
Promiseが叶う
私達
...


 バンドのテーマソングではあるが、そのサウンドは川のうねりに通じるものがある。ギターソロもサックスもアドリブ主体ではあるが、そのうねりにしっかり呼応。流れるような、がしかし、流されない音楽がここにある。

 プライベートコンサートのようなものなので、開演前にもこれといったアナウンスはなし。第一部三曲、一気に演奏しきってしまったが、通りがかり客も大勢になっているようなので、ここらでバンドや楽曲の意義などを紹介しておいて悪いことはない。ボーカリストはそのままマイクを手にご挨拶。
 「本日はようこそお越しくださいました。バンド名の意味など詳細はまた改めてご紹介しますが、我々、いや私達、皆、ここ荒川の干潟の一つでクリーンアップをしている面々でして...」
 調査型クリーンアップの手法、これまでの経緯などを話していると、スクリーンには何と十月の回の記録動画が流れてきた。苦笑しつつも、千歳はその心をしかと伝える。そして、
 「おかげ様で今日午前中に行ったクリーンアップで、一巡、つまり十二回分のデータを得ることができました。そのまとめは、センターのwebサイトで近日中に公開する予定、収集した実物なぞはステージ横の展示コーナーにまだありますので、後ほどまた」
 別に巻きを入れる人物がいたりする訳ではないのだが、講演会ではないので一旦切り上げて曲紹介へ。
 「少なくともあと五曲はお届けしたいと思います。スクリーンにも何らかの解説がまた出るとは思いますが、いずれもクリーンアップ関係曲だったり、流域ソングだったり、です。恥ずかしながら、全曲メンバーのオリジナルになります。曲を通して地域環境などに何となく思いを馳せてもらえれば幸いです。最後までどうぞごゆっくり、お楽しみください」
 千歳もさりげなく着替えてはいるが、他のメンバーはクリーンアップスタイルのままなので、誰が主役かは一目瞭然。だが、第二部の最初はこの方。
 「ASSEMBLYのYさんがご当地の呼吸感を歌います。空気を感じながら、リフレッシュしてください」
 客席での人の動きは皆無。拍手とともに、八広のドラムが鳴り響き、ベースが乗る。ベースにしては爽快感たっぷり、歌もその調子。ベース兼ボーカルという物珍しさもさることながら、弥生の情感あふれるパフォーマンスは客を魅了して止まない。マニピュレーターは本番中にもかかわらずクラクラ来ているが、生演奏主体なのでボロを出さずに済んだ。

新しい季節の声が聴こえる
拡がる空 飛行機雲
昨日までの溜息 Refreshするの
深呼吸すると感じる
川を渡る風 まるでBreeze

時には想いを強く 吹きつけたいけれど
きっと緩やかな方がいい この風のように

あなたともっと感じていたい
誰よりずっと分かち合いたい
So, please…

 偶然にも元スモーカーの二人、冬木と舞恵はお休み。聴衆と同じく、曲とともにリフレッシュしている最中である。
 会場の息遣いが聞こえてくる。さらには、空の、そして空気そのものの、呼吸が感じられる。青空コンサートにピッタリの一曲、『Breathe with breeze』であった。

 メドレーではないので、曲間にMCが入る。
 「ありがとうございましたぁ。では続いて、我らが櫻さんの登場です。拍手ーっ!」
 冬木はいま一度、スクリーンに映す画や字のチェックなどをしていて、オフ。MCを手短に終えると弥生は退場。代わりに舞恵が定位置に付く。ちょっとした静寂の後、その曲はキーボードが奏でるピアノの一音から始まった。
 リズミカルではあるが、どこか哀愁を帯びたその曲は、『Breathe~』とはまた違った魅力を持つ。歌姫の出で立ちは視覚的に魅せるものがあるが、歌世界が伴うことでその魅惑は増し、ビジュアルを超えた何かを感じさせる。

流れる夏雲
降りしきる蝉時雨
急かさないで

ときめき とまどい
揺れるけれど
不思議とブレーキがかかる

駆け引きは嫌い
でも素直になれない

変わるもの
変わらないもの
時は晩夏
夕立の音も気付かない
...


 晩夏を詠んだ一曲だが、今、舞台では桜が舞い、降りてくる。夏の雨、時間、降るも経(ふ)るも、思うところは同じ。積もる思慕は解き放たれ、桜花とともに風に乗る。そんな心情がそのまま歌唱に投影されたとあらば、心動かされない筈がない。そこに、それ以上に情を込めたサックスが絡むのである。名演奏とはおそらくこういうのを言うのだろう。
 フェイドアウトのようなエンディングが止むと、再び静けさが覆う。が、次の瞬間、ひときわ大きな拍手が沸き起こる。主演と助演の女性二人は、顔を見合わせて気付く。
 「やだなぁ、櫻姉ったら」
 「南実さんもウルウルじゃない」
 あんまり目を潤ませると、レンズ落下&コンサート中断とかになってしまうので、ぐっとこらえてMCに入る。
 「どうもありがとうございます。ここからは第三部。三曲続けて、詩人ドラマーさんの詞によるご当地ソング等々をお届けします。一曲目...」
 演出通り、ここからモデルさんが入ってくる。客席は再び騒然。
 「歌はASSEMBLYのAさんです」
 マイクは姉から妹に手渡される。
 「『Re-naturation』聴いてください」
 ステージには九人全員が揃う。スクリーンには再度、メンバーの名前がディスプレイされ、続いて詞の一部が流れる。

宙はキャンバス
空気にも色をつけてみる
現われる風景はどこかの記憶
引くことも足すこともない世界

表情も感情も同じ
あるがままでいい

いつかきっと時は来る
RE-naturation

望みつなげば
甦る
...


 モデルなれどファッションショーに出ることはないので、舞台慣れしていない蒼葉である。多少歌をトチってしまうも、そこはご愛嬌。スティックをすっ飛ばしてあわてるドラマーよりはマシである。
 早打ちの八広が手こずるんだから、やはりそれなりにアップテンポということなんだろう。ほぼメドレー状態で、山場となる『Down Stream』へ。変わり目のドラムが少々もたつくも、再生エネルギー系バッテリーも音(ね)を上げつつあったようで、マシンのリズムも適度に緩む。タメが生じたのはむしろ良かった。

街のざわめきを浮かべ
静かにたゆとうstream

陽炎の上を鷺がよぎる
風が抜け 葦が笑う

何事もなかったように
重く鈍く
海へと押し流す力
その拍動(vibration)が響く

slow down
cool down
@ this river’s down stream
La la…

 早々と仕上がった曲なので、歌も演奏も余裕が感じられる。「ラ、ラー...」は蒼葉もコーラスで入り、作詞者としては想定外の彩りが加わる。間奏手前、ドラムからパーカッションへの橋渡しもバッチリ。円熟した観のある楽曲は、今この現場以上に、リアルな音風景を広げる。サックスの好演がより立体感を高めていることもまた確かである。
 第三部三曲目、全体では八曲目、アンコール前ラストである。早いものでもうすぐ十六時。時間も時間だし、ここまでの七曲、小学生諸君には難解な印象もなくはなかった。とするとボチボチ... いや、お子さんを含め、誰一人席を立つことはない。だが、その陽気なナンバーが始まるや否や、その斜面を立ち上がる客がチラホラ。と思った瞬間、予想外の事態が起こった。「ポケビ」になったら、踊り出す客が出てきたのである。Dance Mixなのでアリと言えばアリなのだが、これにはメンバーもビックリ。見れば、中高生関係、十月の学生連中、さらには奥様親衛隊も、である。
 舞恵は早速、カウベルを叩きながら前へ。デュエットの二人も気を良くしてすっかりノリノリ。干潟や河原の元気がこの曲のテーマではあるが、そこに関わる人がこうして元気でイキイキというのが一番だろう。ご当地ソングは大盛況を博した。

緩やかな弧を描き
波に洗われるtideland
水玉弾けて 虹が架かったら
まるで楽園(パラダイス)

何もかも受け容れて
包み込む
小さくて大きな
Pocket Beach
皆の宝物
...


 遠くで引き波が生じているようで、何となくこだましてくるのがわかる。その波が発する波長とは必ずしも合っている訳ではないが、気分はすっかりビーチである。そして、当のビーチでは、ステージ同様、正に上げ潮状態。そろそろピークに達しようとしている。
 業平は間奏をわざと間延びさせ、即興演奏を引き出す。ここからはノリそのままにアドリブの世界。ソロをとる順に、千歳はメンバーを紹介する。「On Guitar エド冬木...」
 特にMC役を買って出ることもなく、淡々と裏方を務めてきたギタリストは、ここ一番でその本領を発揮。目立てるシーンが用意されているのはわかっていたため、セーブしてたというだけかも知れない。この際フライングしようが何をしようが文句はなかろう。「On Drums 宝木”八クン”八広」と振る。
 ソロプレイは、次の「On Percussion 奥宮”Le Front”舞恵」と「On Sax 小松南実」まで。「On Bass 桑川弥生」「On Keyboard 千住 櫻」「On Chorus 千住蒼葉」の歌手三人については、リズム隊が演奏を続ける上にフレーズを少々足す程度とした。それでも拍手は間断なく続く。
 「そして、Computer Manipulation 本多Mr. Go Hey!!」
 PCとPAではパフォーマンスのしようもないのだが、手を振っただけでちょっとしたどよめきが。彼は何だかんだで人気者(スター)である。
 再生エネルギーがどれだけ寄与したのかは結局のところ不明ながら、少なからず貢献したことは事実。盛り上がり過ぎて、冬木が弦を切ってみたり、ルフロンのお手製楽器が一部壊れたり、といったハプニングはあったが、電流がダウンすることはなく、無事、八曲乗り切った。満潮時刻とほぼ同じくして、予定演目は終了。九人はにこやかに手を挙げ、ひとまずステージを後に。喝采と歓声が今はこだましている。

 帰る客も多少はあったが、立ったままの客も大勢いる。どこからともなく、手を叩く音が鳴り始めると、たちどころにアンコールの手拍子に。
 そんな中をそろそろとステージへ進んでいくのはうら若き姉妹。
こ「じゃ千兄さま、これ」
は「ファンとしては、そのままお渡ししたいとこけど」
 今や姉妹にとっては羨望の千さんか。千歳はテレながらも、
 「正にハナムケ。ありがと」 思わず握手してしまうのであった。