2008年10月28日火曜日

73. 外湾へ


 二十四日、雨女さん不在にしてはあまり天気が宜しくない。
ふ「房総方面は天気悪くなさそうだから。あとはハレ女さんに期待しましょ」
ひ「ハレ女? あぁ、櫻さんね。こないだの探検の時も上天気だったもンね」
 秋葉原駅中央改札口を一旦出たはいいものの、外をブラブラするには条件厳しい春の日。再び五人そろって有人改札を通り、中でおとなしく二人を待つことにした。
 すでに小学校を卒業した六月だが、まだこども料金が適用されなくはない。しかしながら、18きっぷを使う以上、一人だけ半額という訳には行かないので、大人の仲間入りし、同一行程で動くことになる。最年少にして引率者。その行程は彼の手中にある。目的地までのこども往復運賃だと、18きっぷの一人あたり金額を下回ってしまうので、それ以上に動くルートを組み込めばいい。あまりに悪天候だと運転見合わせになってしまう路線なんかも含まれるが、パターンはいくつか設定済み。それでも晴れてくれた方がいいことには変わりない。
 「あっ、来た来た」
 「そういう時はキター!だよ」
 「何? 六月クン、ヲタクだったの?」
 「それを言うなら、電車男。ここアキバだし」
 「じゃ小梅は...」
 エル(HER)と言いかけて「エヘヘ」になってしまうのであった。顔合わせもそこそこに、エレベーターで六番線に向かう七人。ここから錦糸町へ、そして総武快速でひたすら木更津をめざす。

ふ「さてさて、業平さんは来るのかしら?」
ち「昨日のおつかれが残ってなければ、現われるとは思いますが...」
さ「文花さん、ケータイ、あ、車内じゃダメか」
 前方車両のクロスシートに首尾よく座を占めた七人である。仕事柄、今回テーマの一つ、工場への同行を希望していた業平のこと、現われないことはあるまい。席はただその人物が来るのを待ち侘びている。
 荒川を越え、江戸川を過ぎ、なおも席は空いたまま。天気が冴えないせいか、口数が少ない初音だったが、おもむろにケータイを取り出すと、
 「メール送ってみましょうか?」
 「そっか、その手があった」
 使い込んでいる訳ではないが、扱えないこともない。ただ余計なやりとりを増やしたくないだけ。そう、業平は誰かさんに譲ったことになっているからだ。櫻も千歳も白々としているが、文花は知らん顔。初音が器用に操作するのを感心しながら見ている。
 八人目の人物は、船橋を発車したところでようやく姿を見せた。
 「いやぁ、一本前の千葉行きに乗っちゃったもんだから。失礼しやした」
 「君津行きって言ったのに」
 「フライングだったら、まだいいっしょ?」
 「お姉ちゃんに報告しとく」
 「う...」
 姉が居ない時は弟の出番。しっかりダメ出しを実行している。弟どうしという点では息は合いそうだが、立場はどうも逆のようだ。ちなみにその姉君は言うと、
 「ま、晴れの席だから、バタバタ駆け込ませるのも悪いし」
 「そっか、蒼葉さんと弥生さん、おそろいで謝恩会...」
 「初姉もいずれはネ」
 「ちゃんと卒業しないと、ですよね」
 こちらは姉どうしのやりとり。何年前のことかは語らないが、かつて謝恩会に出たどうしの二人も昔の話で盛り上がっている模様。と、残る組み合わせはこうなる。
 「で、千兄さん、こないだのメールのことだけど...」
 「あ、その話、あとで三人でしよう」
 「贈る相手とは相談しなくていいの?」
 「やっぱり、そう、なのかな?」
 「小梅はその方がうれしい」
 いつものように頭が上がらないモードだが、口ぶりが優しげなのがいつもとはちょっと違う。
 「わかりました。姉御」
 「櫻さんが好きになるのわかる、な」
 「え?」
 幕張近辺は直線コース。快速列車は速度を上げる。その疾走音の高まりとともに会話は途切れた。
 機内持ち込みOKサイズのスーツケースが二つ。エアポート快速ならこれはごく当たり前の荷物だが、この列車の行き先は空港に非ず。持ち主が誤って空港に行ってしまう方が心配な位である。お喋り好きな方々には直通列車が望ましい。千葉を過ぎればひと安心である。

 十時四十五分、蘇我に到着。誰かさんと違い、この女性はちゃんと指定通り乗り込んできた。
 「あっ、南実さん!」
 初音がいち早く見つけ、一同も追随。いつになく晴れやかな登場に男性三氏はクラっと来ている。決して発車直後の揺れがそうさせた訳ではない。

 クロスシート席には空きが目立ってきた。スーツケースも通路に置かれるよりは持ち主の膝元がいいだろうし、自分が退けば、席替えも始まるだろう。六月は気を利かせてか早速移動開始。
 「あ、オイラ車窓眺めてるから」
 「じゃついでに男衆は別席へ。ね、千ちゃん」
 「あ、そう?」
 通路を挟んで斜め向かいだった文花と業平。話ができない位置合いではなかったが、お互い何となく距離を置いていて、これといった会話もないまま、この調子。小梅の紅一点席だったクロスシートに今は初音が移ってきて姉妹で横並び。スーツケースの侵入により、かえってゆとりがなくなってしまった手前、櫻は渋々ながらも嬉々として男衆席へ。南実は姉妹席に落ち着いた。

*参考:座席配置図(□は空席)
座席配置図(□は空席) 五井に着くと、六月はあるディーゼル列車に釘付け。姉妹はその鉄道名で盛り上がる。
 「へへ、小湊...」
 「親父はそれくらいでちょうどいいかもね」
 「そしたら小梅も? そりゃないんじゃん?」
 「じゃ逆に小、とっちゃう?」
 南実はえらくウケている。「ウメさんってことはないわね」
 にこやかな中にも一閃の翳? 心理面での気象もいい読みをしている初音のこと、これが何らかの予報につながったら大したものだが。
 養老川を越えるところで、皆々の目は川の流れ、干潟、そして漂着物に集まる。サギが飛んで行っても気付いたようなそうでないような。
 だからと言って無粋なツアー客だなどと言ってはいけない。黄色いのがパァっと広がればちゃんと反応はする。
 「菜の花、キレイね」
 「私には油の原料にしか見えなかったりして」
 「名前に花がつく割には華がないというか何というか...」
 やはり無粋だったりする若干一名であった。

 花に呼応するように、天気も良くなってきた。車両もゆったり、風景もゆったり。春の房総ツアーらしくて結構なのだが、どことなく居心地が良くない男女がいる。南実の件はまだ口外していない。当人とご一緒している分、余計に窮屈。ゆったりとは行かない千歳と櫻である。
 初音の視線が気になるも、時折虚ろな表情を見せる南実。小梅は察しているのかどうなのか、
 「ホラ、姉が先!って言ってるよ」
 「妹が先じゃ変でしょ。当たり前じゃん」
 「だから、駅名見てみ?」
 「あ...」
 姉をダシにこの通り。
 「石島姉妹、いいわぁ」
 えくぼが出れば大丈夫。一寸ホッとする小梅、そして初音である。

 バイパスと線路の間を流れる水路のような川は、おクサレ様が出てきそうな有様である。投げ込まれたと思しきバイクに陽射しが当たり、金属部分が反射する。
 「今日、もしかして暑くなる?」
 「その外湾の海に出てからじゃないと体感できないだろうけど、あったかい感じはするね」
 業平はその長袖をまくり始める。
 「これで日焼けしたら笑っちゃうけど」
 姉がいなけりゃ弟。今度はわざわざツッコミにいらした。
 「袖のウラを見せるなんて、さすがGoさんだね」
 「?」
 「次の停車駅は、ソデガウラー」
 アラサー三人、大笑い。
 「あのねぇ、駅名大喜利やってんじゃないんだからさぁ」
 「こういうのやると覚えやすいっしょ。お姉ちゃんも喜ぶよ」
 列車は小櫃(おびつ)川を渡る。すっかり行楽気分の皆々は今、ただ川の流れだけを見ていた。

 十一時十五分、目的地の一、木更津に着く。
 「本当なら皆で行ければいいんだろうけど...」
 「まぁ、この件に関しては永代先生と六月君がメインだから」
 「あとで六月クンから話聞くから、小梅も別に」
 「ま、その分、業平君にしっかり勉強してきてもらうということで」
 文花はすでに業平にスーツケースを託し、悠々としている。メンバーは決まった。その四人が向かうのは言わずもがな、前々から話していたペットボトルのフタ(またはキャップ)再生工場である。干潟で集めた分だけなら、ここまで大げさにはならなかったかも知れない。級友らの協力もあって、この通りスーツケース二つ分にまで増えてしまった、という次第。
 運搬効率を考えるなら、もっと持ち込んでもいい気はする。だが、数の多い少ないは二の次。文花の関心事は、その実用性や環境貢献度である。良さそうならセンターでも、と思っていて、その見極めに業平の目利きが欠かせないと踏んだ。三角形のコントロールも然りだが、人を操るのはもともとお上手。手玉に取っている訳ではない。双方の利に適うようにさりげなく仕向けてしまうところが流石なのである。
 四人を乗せたタクシーが去り、五人が残る。本日付の改札印を五つ押した18きっぷは小梅の手にあるため、この五人でどこかに行って戻ってくる、という手もあるが...。
 「とりあえず、十三時三十八分発に乗れるように、なんだけど、お昼の時間もとらなきゃいけないし」
 「駅弁もあるわよ、千歳さん」
 「そっか、そりゃいいね、でも何処に行くかにもよる...シスターズ、どう?」
 「何か、あれって? クルリって読むんスか?」
 「ハハ、クルクルくりくり...」
 「久留里線かぁ。時刻表で調べてみよっか」
 潮時を読むのが得意なだけに、時刻表も楽勝のようである。ここから先は南実が行程担当。
 「行くだけ行って戻ってくるってんでよければ。そのくるりクルクルまでは行けないけど、手前の駅までね。何があるかはお楽しみ」
 「フフ、ルフロン、どうしてるかなぁ」
 代わりにクシャミをしたのは千歳だった。
 「雨のち、だから平気かと思ったけど、やっぱりマスクしよ」
 「千兄さんのはね、サクラ花粉症だよ」
 「へ?」
 「なんてね。でも途中で早咲きをチラホラ見かけたんだ。だから...」
 「そう? 蕾が多かった気がしたけど」
 「ねぇ櫻姉、蕾と言えば?」
 「『チェリー・ブラッサム』♪」
 駅弁の話はどこへやら、南実と櫻ですっかり盛り上がっている。どんな形であれ花は花。マスクのおかげで会話には加わりにくくなっている千歳だが、華に囲まれていることに変わりはない。冴えないながらも羨ましいシチュエーションである。

 それぞれお昼を済ませ、木更津で再び合流。例のスーツケース、今は軽々としている。
 「じゃわたくしめはこれで。何なら二つとも持って帰りますけど」
 「ありがと、業平さん。総会の時でもいいし、ま、いつでも。で、いい? 堀之内」
 「矢ノ倉のとこに預けておいてもらえれば。助かります」
 「四月になったらセンターにお持ちします。兄貴も連れて」
 「まぁ...」
 八人は下り列車で南へ向かい、その数分後、空港帰りではない旅行客が上り列車で千葉へと向かう。

 「へぇ、久留里線乗ったんだ。いいなぁ」
 「駅弁はその馬来田(まくた)駅で」
 「食った食った、てか」
 「そ、駅弁はやっぱ駅で食べなきゃね」
 二人の卒業生のやりとりを聞きながら、永代は楽しげ。だが、
 「オイラとしては、あれを届けてやっと卒業できた感じかな」
 「よかったね、六月クン」
 「これも先生のおかげ。ありがとうございました」
 「ン? いえいえ、こちらこそ」
 とか言いながら、ジーンとなってしまう。
 「あーぁ、また先生泣かしちゃって」
 さすがの六月もこれにはあたふた。だが、トンネルをいくつか抜けるうちに永代の涙は乾いていた。
 「で、フタって結局どうなっちゃうの?」
 「何かね、ボードにしてた。再生品とは思えないような立派なヤツ」
 「へぇ...」

 社会科見学のような話が交わされている隣りでは、
 「ハハ、千歳駅があるぅ」
 「行ってみる?」
 見慣れない路線図を見ていれば、それだけでちょっとした郷土学習になる。
 「房総半島一周とか、またの機会かな。今日は南実さんと帰りに、ね、話したいことあるから...」
 「櫻姉...」

 いつしか単線区間を走っていて、景色も緑が目立ってくる。海の近くを走っている筈なのだが、
は「富津岬は西南に四・五km」
こ「海水浴場は四kmかぁ」
 青堀で下車すると、ちと大変。若いとは言っても、この距離を歩くのは覚悟が要る。より海に近づくため、一行が選んだのは次の駅だった。
ふ「さ、皆さん着きましたよ」
 十四時六分、目的地の二、大貫に降り立つ。
ち「で、上りも下りもだいたい五十分後ですね。あんまり余裕ないですが、今日はとにかく視察するだけなんで」
さ「拾わないし?」
ち「サンプルは持ち帰るつもりだけど」
 時間は限られている。何せ一時間に一本ペースで、次を逃すと十六時台。18きっぷを使いこなすためにも何としても戻ってこなければ。
 こういう時に限って、然るべき現地案内がなかったりするのはどう考えればいいのやら。事前確認を怠ったツケと言われればそれまでだが...。
 「はいはい、これでOK?」
 「文花さん、さすが!」
 ケータイで地図情報を出してもらうも、あぁだこうだの珍道中。片道十分強、少々迷うが何とかたどり着く。

 「おぉ、海だぁ」
 「といっても、東京湾」
 櫻に揚げ足をとられた恰好の千歳だが、微動だにせずその煌きを見つめている。光放つ波は八人を迎え入れるかのように優しく、眩い。
 浜辺と道路の間には結構な段差があるが、十代の三人は難なく降下して早々と駆け出す。遠くの波打ち際ではウミネコの群れが羽を休めているが、全くあわてる素振りはない。静かである。
ふ「パッと見はね、beautifulなんだけど...」
ひ「風が飛ばしちゃった後、とか?」
み「まぁ、とにかく近くに行ってみましょう」
 低気圧が去った後ゆえ、まだ風が残る。体感温度的には肌寒い感じ。ひと足早く浜入りした櫻と千歳は、ここへ来てやっとモードチェンジする。
 「城南島、思い出すなぁ」
 「今日はあいにく二人きり、じゃないけど」
 「あら、私は別に皆がいても平気だけど?」
 波打ちの線に合わせて様々な漂着物が転がっているのは城南島と同じ。違うのは砕けた貝殻が多いこと。足を取られるような目立ったものはないのだが、彼氏はよろめく。

 「大姉御、今の気温は?」
 「だから六月君、その呼び方さぁ」
 何となくふてくされているが、満更でもない。
 「ン? あぁ、小梅とお姉ちゃんの年令のちょうど間くらい」
 まだまだお若い大姉御、である。
こ「ちょっと寒い?って感じるくらいかな」
む「ま、動けば平気っしょ」
 若人が率先して動き出したので、大人もあわてて同調する。よろけている場合ではない。
 ガラス片や燃え殻が散在しているのは即ち、その場で投棄・焼却されるケースが多いことを物語る。だが、それは岸壁寄りの話。波打ちとテトラポッドの間、そしてそのテトラポッドの内側には、正に海ならではの漂着ゴミが見受けられる。近づかないとわからないのは、川辺も海辺も同じである。
 「川から流れてくる、というよりも外洋から? どっちだろ?」
 南実研究員は図りかねている。とにかく集めるだけ集め、調べるだけ調べるに限る。が、時すでに十四時半。
さ「ペットボトル、プラスチック系、容器包装類... 川と変わらない気もするけど」
ふ「ロープと、あとフロートね。これは干潟、いやポケビじゃ見ないでしょ?」
む「硬いプラスチック片が多いのも特徴?」
み「そうね。でも発生源は内陸だと思うな」
ち「今の六さんなら、何の製品とか、材質とかわかるんじゃ?」
む「包装類なら分別できるかも知れないけど...」
 この間、初音はDUOを使って概数を入力している。その傍らで永代先生は、
 「それにしても、またフタがいっぱい出てきたことで」
 とお手上げの態。だが、生徒は手を上げない。
 「また持ってく?」
 小梅は現地調達したレジ袋に放り込み始めた。
 「今日のところは途中で廃棄かな」
 「空き缶入れみたいに、専用の回収箱があればいいのにね」
 以前にも誰かが言っていた。アフターケアとはこのことだろう。

 千歳は時計を気にしつつも、いつものスクープ撮影に入る。
 「発泡系の大きいのはさっき撮ったし、あとは...」
 ウレタン片、長靴、特大の洗剤ボトルと続く。せっかくなので、海辺ならではの貝、アーティスト嬢が喜びそうな棒切れなど自然物も。海外漂着物が出てくれば、特ダネ級だったが、残念ながらゼロ。漂着ライターが収集できたのがお慰みである。
 埋没物までは手が回らなかったが、さすがにこれは見逃せまい。
 「ここって管轄?」
 「さぁ、どうでしょ? 撮っておいてもらえば、親父、いや小湊さんにお伝えします」
 川を出て、内湾を漂い、岬を廻って漂着してきたのだろうか。それは某河川事務所の警告看板であった。
ち「持って帰りたいのはヤマヤマだけど」
は「看板自体に『あぶない』って書いてあっちゃ、ひきますよね」
 千歳はライターの他に、硬質プラのいくつか、チューブにロープ、玩具や雑貨の類なんかを証拠品として押さえていた。次回講座は未定だが、おそらくは小ネタとして披露することになるのだろう。

 「南実ちゃん、行くわよ」
 「あ、ハーイ」
 レジンペレットもなくはなかったが、今日のところは断念。そんな余念が彼女を引き止めていた、と思うのが真っ当か。否、旅立つ前にしかと内房の海を目に焼き付けておきたかった、これが南実の真意である。
 潮騒がどこか寂しげに聴こえる。

 櫻が先に歩いているのをいいことに、千歳は姉妹をつかまえると、
 「で、そのぉ、真珠のことなんだけど」
 あくせくしている割には何とも悠長なことを聞いている。
は「伊勢の生まれですからね、多少は」
ち「じゃ、今度はお母様宛にメール...」
こ「櫻さんにもちゃんと聞いてからね」
 今度はウィンクしながら、この一言。小梅には本当に頭が上がらない。

 行きとは違い、十分弱で駅に着く。ただし、当駅ICカードが使えないため、
 「えぇと京葉線...」
 南実がもたつくことになる。一行が跨線橋を歩いていると、双方向から列車が入ってきた。つまりギリギリセーフである。
 「じゃあ五人様、青春して来てくださいね」
 「お互い様でしょ、櫻さん」
 下りに続き、上り。ほぼ同時刻に発車する。そして到着時刻も同じ。行き先は上下で別なれど、である。
 十五時四十四分、青春五人様は館山に、アラサーの三人は蘇我に着く。
 「それじゃお姉さん、お兄さん、当日よろしくお願いします」
 「ヤダなぁ、お姉さんだなんて」
 「って、どーしても呼びたくて。あ、そうだ」
 座席にはその姉と兄。南実はホームに居る。
 「千兄さん、写真撮ってもらっていいですか?」
 発車時刻まで、まだ数分ある。窓をさらに開け、千歳はシャッターを押す。
 「私、この駅、好きなんです。よかった」
 蘇我の駅名標とともに南実の笑顔が映える。その笑顔、その残像を残し、列車はゆっくり走り出した。手を振る姿が小さくなる。
 「蘇我かぁ、つまり再生?」
 「南実さん、あの時も『retour(ルトゥール)』だったし...」 違う私、新しい私... 彼女の心境が今はよくわかる。