2008年10月21日火曜日

72. 本番二週間前


 Go Hey with ASSEMBLYとしての二度目のセッションは、三月らしい陽気の中、行われる。その暖かさのせいではないだろうけど、集まりが芳しくない。今のところスタジオ入りしているのは先行カップルと新(?)カップルの四人のみ。
 「こまっつぁんは自主トレするって言うし、エド氏は追い込み時期だから遅れて来るのはしゃあないけど、頭の三人、A・S・Sはどうなってるん?」
 「蒼葉ちゃんのケータイ、鳴らしてはいるんだけど...」
 「SSのお二人は昨日ご出勤だった訳だし、きっとおつかれなんスよ」
 業平は黙々とPCとPAの調整中。この際、この四人で音の基盤強化をしっかり図るのが良かろう、と踏んでいる。Kb(キーボード)、G(ギター)、V(ボーカル)は基盤の上に乗せるというのが彼なりのイメージ。バンマスは的確に指示を出す。
 「じゃ、三人が来るまで『私達』と、えっと、breeze...」
 「『Breathe with breeze』よ、Goさん♪」
 「行ってみよう!」
 十四時過ぎスタートで、まずはこの二曲。重低音をとにかく固めていく。『私達』の方はオケだけではあるが、独特のうねりが強調され奏者は心地良さげ。弥生の持ち歌についてはその完成度が益々高まり、歌唱の方もバッチリ。あんまり想いを込めすぎて、誰彼さんを倒してしまってはいけないが、歌の心と同じく、呼吸を整えつつ、程よく抑えつつなので大丈夫。息も合っていることなのでまず問題ないだろう。
 三曲目、とりあえずリズムマシンでイントロを流しながら、ドラムとベースをどこから入れるかを試行していた矢先である。タイミングよく、ASSの三人が入室してくる。
 「あ、新曲?」
 「何かいいかも...」
 「すみません、でございました。あ、そのまま続けて」
 登場順に一言ずつ。四人の気が散らないようにおとなしく入ってきたつもりだったが、何故かマシンが不意にストップ。メンバーの視線は一斉に業平に向かう。
 「なぁんだGoさん、イイ感じだったのにぃ」
 「いやいや、ちょっと閃くものがあってさ」
 バンマスが言うには、①最初にマシンでリズムを打つ、②その間、メンバー入場、③配置に付いたらドラム、ベース、パーカッションと重ね、④千歳のギター、櫻のキーボードが乗る、⑤生演奏主導になったところで、歌が入り、マシンは裏打ちに切り替え...
 「って訳で、あんまり曲順考えてなかったんだけど、これならオープニングいけそうじゃん、て、今」
 「ハハ、確かに入場してる感じした。遅れてきた甲斐あった、かな?」
 「たく、櫻姉ったら、心配かけといてそりゃないんでねーの?」
 「ゴメンゴメン。三人でね、積もる話などしながら、お昼とってたまではまだよかったんだけど、パンケーキの代わりの差し入れどうしよって、そこからちょっと...」
 「ドーナツは相変わらずでとてもとても。で、急遽」

(参考情報→行列系ドーナツ

 蒼葉が差し出した箱を開けると、
 「ワッフルだ、やったぁ」
 弥生は遅れた理由も何もなくただ上機嫌。引っかかっているのは八広である。
 「その、積もる話って何スか?」
 「ヘヘ、まぁそれはまた追い追い、ね?」
 千歳は姉妹を横目に見ながら一寸あわてる。櫻に取り繕ってもらいたいところだが、
 「あら? 千は急げじゃなかったの?」
 おやつの時間にはまだ早かったが、さっさとワッフルを口にして、話を封印してしまう千歳であった。

 「で、ルフロン、タイトルは?」
 「昨日、画伯の展覧会鑑賞して思いついた。もともと画から何かが聴こえたのが始まりだから」
 その題とは即ち『聴こえる』。
 「画家冥利に尽きますワ。でも、その感性、さすがは自称アーティスト」
 「いいや、ルフロンは魔女っ娘だから、聴覚も特殊なだけで...」
 「フン、このバチあたりっ!」
 本日の八クン、逃げ足速く、バチ!とは行かなかった。スタジオ内には笑い声が、聴こえる。

 そのオープニング曲はひとまず後回し。頭の三人が揃ったので、それぞれのボーカル曲を通してみることになった。『届けたい・・・』『Down Stream』『Re-naturation』の三曲、順不同である。今となっては、もはやウォーミングアップ代わり。メドレーでつないだりしない限り、どの順番で持ってきてもすんなり行けそうだ。
 アンコールも含めて全十曲を演奏するとして、まだあまり通し練習をしていないのは四曲。
 「食後で眠くならないように、難しいのからやろか」
 演奏順未定ながら、ここで千歳のメッセージソングに取り掛かることになる。とりあえずは楽曲データ主体で、各自練習した範囲で生(ナマ)をかぶせる程度。作曲者だけは手本を示す必要もあり、しっかり歌とギターを乗っけている。とにかくこの曲に関しては演奏もさることながら、そのメッセージをメンバーで共有できるかどうかがカギ。現場に居ずして臨場感をどれだけ高められるかもポイントになるだろう。言わば課題曲である。
 特にパートを持たない蒼葉を除き、各奏者は段々青息状態になってきた。いくらタイトルがそうだからって、これじゃ正に、
 「ま、『Melting Blue』を地で行くと、こうなるってことで」
 「わ、笑えないんですけどぉ」
 これではメッセージ以前の問題か。伝えようとする想いが強ければ強い程、空回りしてしまうこともある。これが何かの極意に通じる云々を千歳はいま一度かみしめてみる。
 「ま、ここらでまたひと休み。舞恵の癒しソングでもどう?」
 千歳編曲のボサノヴァversionが流れてくる。その淑やかで軽やかな調べに癒されながら、思い浮かべるは風、波、リセット後の情景...
ま「ご当地ソングって言うと俗っぽくなっちゃうけど、これ一応干潟のテーマ曲」
さ「タイトルってまだだっけ?」
ま「干潟に名前があればね、そのまま曲名にしてもいっかなって思ってたんだけどさ。ねぇ八クン?」
八「higataで通用しちゃってたから、特に考えてなかったんスよね。何かないでしょか?」
 ここからはBGMそっちのけで、毎度お決まりのディスカッション。干潟に冠する語句として「五カン~」「蒼茫~」といった説示的なものから、「いきいき~」「再生~」など主題的なものまで。オーソドックスなところでは「漂着~」「受け容れ~」、発起人とリーダーに敬意を表するなら、
さ「CSR干潟? 何だかなぁ」
や「咲くlove干潟は?」
さ「弥生ちゃん、あのねぇ...」
 ワンテンポ遅れて千歳がのたまう。
 「CSRと言えるかどうかわからないけど、地元企業とかとタイアップして『ネーミングライツ』で名前付けるのも良さそうだね。あ、でもそれじゃ曲名が企業名になっちゃうか」
 「当行で良ければ? なーんてね。てゆーか、そういう話は石島トーチャンに確認しないとダメなんでないの?」
 「あくまで愛称でしょ? 自由でいいと思う。だからもっと、そうhigata以外の選択肢もね。特に『ひ』を発音しなくて済むようにしてもいいかなって」

(参考情報→川辺や干潟にネーミングライツ?

 蒼葉のこの提案で方向性が変わる。第一声は、先刻から唸っていた人物が発する。
 「千ちゃんが発見者だとすると、千干潟。でも千と干て漢字で書くとそっくりだから、なぁ...」
 「Goさん、何が言いたいのぉ?」
 「いっそ、『ちがた』ってのは? 先生もそれなら」
 「不採用!」
 当の千歳の意見も何もなく、弥生がバッサリ言い放つ。業平は頭を掻きながらも何だか嬉しそう。BGMはリプレイを続けている。
 「何とかビーチ、って前にルフロン言ってなかったっけ?」
 「まぁね、歌詞の中にもそれは入ってる。でも○○ビーチのままなんよ」
 意外と決まらないものである。さっきは青息、今は溜息。と、そこへ...
 遅れ馳せながら、冬木が駆け込んで来た。目に付くのは、おなじみのポケットの多いジャケット。弥生がピピと来たのは言うまでもない。
 「弟も言ってたけど、流れ着くものを収容する、つまり入れ物であること。それでそのカーブした感じ、あと何となくカワイイとこ、『ポケットビーチ』なんていかが?」
 「略して『ポケビ』? いいかも。さっすがご融資対象」
 冬木はポケットに手を当てつつ、ポケーっとしている。曲名のヒントを提供した功、小さからず。こういう時は堂々と振る舞っていて構わないのだが、自覚がないんじゃしようがない。

 「はぁ、この曲がウワサの。で、ポケビですか」
 「曲名はいいとして、考えてたのは順番なんですよ。アンコールがかかったら、ラストにしっとりやるか、とも思ってたんだけど」
 業平が引き続き唸っていたのは、全体進行の件でだった。このversionのままだと、これと言ったアレンジは要らず、小編成でOK。だが、ラストは全員でパッと盛り上げて締めたいというのが本音。
 「僕は最後の最後にBGMとして流してもいいと思うな」
 「いやぁ、せっかく詞があるんだし、歌の分担も決まってるんだから。やっぱ別テイク作るかな。ねぇ、弥生嬢」
 「ん?」
 かくして、タイトルの割には重厚でノリノリなのが新たに用意されることになる。
 「譜面データを展開して」
 「プログラムし直せばいいんだもんね♪」
 月末に仕上げて楽曲データをダウンロードできるようにすれば手筈は整う。四月第一週に各自耳に入れておいてもらって、あとは前日のリハーサルで調整。ぶっつけ本番に近いが、こういうのも現場力のうちと考えれば、自ずと士気も高まる。
 冬木がそろったところで、改めてオープニング曲の練習に入る。先の業平の提案通り、イントロ長めで、徐々に音が厚くなる入り方で試奏してみる。なかなかイイ感じではある。
 「そうだなぁ、いいんだけど、オープニングだからなぁ」
 何故か冬木がブツブツ。ステージ担当でもあるので、出だしのインパクト!というのが頭にあるらしい。
 「一人多重コーラスで始めるってのはどう? 隅田さんにやってもらって録音したのを流す」
 「え、僕が?」
 「かぶせるのはちょっとした仕掛けでできます。コーラスワークは多少心得あるんで、この『聴こえる』のサビから拾うってことで何とか。僕が口ずさむから、それに沿って何音節か入れてもらえば」
 「そっか、カラオケ自由曲でもコーラス系でしたね」
 「ポケットつながりで言えば『Pocket Music』の世界」
 「あぁ、達郎アカペラか」
 いよいよ盛り沢山になってきた。スロー&緩やかに反しない範囲で、と行きたいところではあるが。

(参考情報→一人多重コーラスによるオープニング

 「さて、残るはワッフル、じゃないや『Smileful』だっけ?」
 「それと櫻さんの感動作『晩夏に捧ぐ』」
 共有できてはいるが、実際に演奏するのは今回初。ただし、曲順によっては、必ずしも全員が練習するには及ばない。
ご「ちょっとリスキーだけど、①聴こえる、②Melting~、③Down Stream それとも...」
さ「緩急をつけた組み立てになってればいいと思う」
ち「女性ボーカルを連続させると華やいだ感じにできると思うけど」
や「ならその最初はあたし!」
あ「エーッ? 私よ」
八「後半から蒼葉さんが颯爽と出てくると、演出的にはいいかも」
ふ「アンコール前をどう盛り上げてくか、ってのはあるからね。それはアリ」
ま「舞恵は?」
ご「ずっと後ろじゃつまらない?」
ま「ま、自分なりに演出考えるし」
 順番と出入りについては、higata@で引き続き議論することとなった。今日のところは、『聴こえる』『Melting Blue』『Down Stream』『Breathe with breeze』『Re-naturation』『私達』『届けたい・・・』『Smileful』をひと流しして終わり。すでに六時近くになっている。

 「えっと、帰り際に恐縮ですが、その今回のステージイベントのチラシって、どうしましょ?」
 「情報誌では軽く予告流しますけど」
 「いえ、初音さんがね、お店に置きたいって言うんで」
 「私、作ろっか。楽器練習とかないんだし」
 「じゃ画伯ぅ、得意の静物画つきで、ネ」
 「はいはい。じゃあムシュエディさん、その予告と合わせるんで、文面教えてください」
 メンバーが片付けに入っている間、文面どうこうでやりとりが交わされる。が、ちょっと怪しい?
 「で、蒼葉さんにもご相談がありまして」
 「はぁ」
 かれこれ半年近く、言い出せずにいた話。
 「五月号にぜひ。勿論、女性陣と一緒に」
 「アハハ、そういうことでしたか。詳細はステージ終わってから、でもいいですよね」
 また一つ、ちょっとした企画が動き出すことになる。五月はそう、青葉の季節である。