ひと段落ついたことで、事務局長にも余裕が生まれる。月曜にはおクルマで千住宅に乗りつけ、展示に付される各種絵画を搬出。そのまま千住姉妹とセッティングし、準備は完了。予告通り火曜日には開催される運びとなる。
総会資料とともに本展案内も届き出した頃だが、KanNaの新着情報にも出たためか、順調な滑り出し。新たな客層の掘り起こしにもなったようだ。
漂着静物画に関連して、モノログからピックアップして引き伸ばした写真、何となく保管しておいたリアル漂着物なんかも、その週のうちに補足展示されていく。さらには先にまとめた「いきいきいろいろマップ」に、四姉妹で作った初代マップも並べられ、館内はすっかりギャラリー状態に。賑やかなモードのまま週末へ。そして二十二日。
今週到着分の総会出欠ハガキの整理を終えた昼下がりのこと。生徒と児童が、それぞれの姉を連れてご来館になる。いつものようにお約束は果たされた。
「あ、六月君。初姉もご卒業、おめでとう!」
卒業式を終えた翌日なので、気抜けしたような引き締まったような不思議な面持ちの六月。千歳を除いて、周りは女性ばかりな上、そのお姉様方から一斉に拍手を受けたもんだから、余計に顔の作り方がわからなくなっている。当然、返礼も何もあったものではない。
「あのぉ、一応あたしも卒業組なんですけどぉ」
姉は弟のことよりも、自分のフォローが先。だが、
「弥生ちゃんは先週だかちゃんとお祝いしてもらったでしょ? その...」
「おふみさん、そ、それはまだ」
「そりゃあない、っしょ?」
「六月はいいのっ」
この掛け合いで、トライアングル解消方向とやらの謎が解けてきた。櫻と千歳は大きく頷く。
「まぁまぁ。今日はお祝いとか特にないけど、ゆっくりしてってね。さてそろそろ...」
文花の読み通り、十四時ちょうどにその人物は現れた。前後に常連の二人を伴って、というのが彼らしいと言おうか。
「下でモタモタしてたから連れて来たさ」
「ほんと、そっくりスね」
本多兄弟の件は、higata@でも話題になっていたので、初対面でもすぐにわかったと言う。当の兄も、このカップルについては縁結びエピソードともども既知の通り。もたついてはいたが、すぐに打ち解けたようで至ってにこやかである。だが、第一声はズバリ、
「あ、桑川さん」
笑顔だったのはこのせいだったか。されど、
「ども、CEO殿」
かつての舞恵のようにツンツンとまでは行かないが、ちょっとつれない感じで弥生は応じる。
「って、呼んだの私よ、お兄様。ま、いいや、ひとまず三人で」
文花は穏やかな中にも冷ややかさを秘めた口調。傍目からは、新たな三角形(?)と映るが、文花と弥生の間では何らかの諒解がすでに成立している。おそらくわかっていないのはCEO氏だろう。
矢印の向きをうまく変えていけるかどうか、それは今後の打合せ次第。社業に影響が出ないよう、端的に云えば兄弟喧嘩が生じないよう、そんな配慮をしながらというのが少々悩ましいが、楽しくもある。駆け引きと言っては不可ない。二人娘なりのコラボレーションであり、ソリューションなのである。
ルフロンと八広は、絵画展その他の見学中。醒めた中にもどこか情感のこもったその青の世界に改めてインスパイアされているようだ。口数が少ない。
「こういうデコもアリかぁ...」
「環境関係の施設で絵画って、ありそうでなかった、かもね」
「でもって、画伯ったらデッサン教室やるんだとか」
「ハハ、五月開講かぁ」
副賞を元手に、然るべき場所で教室を開く予定だった蒼葉だが、極めて低予算で開講できる運びとなった。今回の展覧会はその予告も兼ねてのこと、なかなか手筈がいい。
「舞恵も自作楽器か何か展示して、ついでにえっと」
「あぁ、漂着物アート教室?」
「そうそう、ルフロン風Art Decoさ」
「アールデコボコにならないように、あっ」
つい口が滑るも、ボコボコにされるようなことはない。ギャラリーでは淑女でありたい。その辺の心得、さすがは奥様、である。
「ねぇ櫻さん、ステージイベントのチラシってないんスか?」
「明日集まるから、そん時に相談かな」
「明日、かぁ。パンケーキ持って...って、ダメじゃん」
「パンケーキ、人気だもんね。残念...」
「今日も、あ、そろそろ行かなきゃ」
こういう時、待ったをかけるのはこの女性しかいない。
「あとで売れ残り食べに行くし」
「大丈夫です。いらっしゃる頃には完売にしておきますから。意地悪ルフロンさん」
「たく、どっちが意地悪なんだか」
「フフ、ちゃんと釜、いや専用容器でとっときますヨ」
桜開花の便りが届き始めた時分である。いろいろなものが花開き出すのは自然界も、そして人もきっと同じ。
「姉御、三十日って空いてる?」
「何? 誘ってんの?」
「オイラと川、越えてみない?」
千住桜木ブルーマップを眺めながら、六月が問う。小梅は当時の帰途を思い出し、手を打つ。
「そっか、あそこか。乗った!」
似たような会話がもう一つ。
「ルフロン、三十日ってさ」
「年度末だし、多分干物みたいになってると思うけど、練習だよネ」
「特に新曲、ご自身作詞のね」
「今日ここでまたイメージ膨らんださ。物が語りかけるような、そんな音、めざす」
その作曲者は、ルフロンの詞と蒼葉の絵を重ねながら、どう歌い込むかを思案中。顔なじみ客が続いてもお相手することなく、ずっとデスクに張り付いていた千歳は、少しばかり息をつく。
「どう、千歳さん、KanNaちゃんの更新、OK?」
「団体分はね、何とか。でも今度は会員の分だよね。ID割り振る前に名簿データ調えなきゃ」
「あぁ、あっちでそのIDがどうのこうのって」
「例のITマップに投稿するのに使う、って話だと思う」
「KanNaもDUOも、でしょ? 応用範囲広そうね」
「ねらいは課題解決型市民の底上げ、ってとこかな」
(参考情報→1つのIDで複数の機能を使う)
カウンターでは何となく仕事系の話が交わされている。話はその延長で、センターのパンフレット、新年度用入会申込書といった新調ネタに。そしてさらに開花の話題へと転じる。やっといつもの二人らしくなってきた。
「三十日、御殿山の桜、観に行きます?」
「それもいいけど、前夜は? つまり夜桜」
「まぁ...♪」
件(くだん)の三人はまだ円卓に居て、同じく花開いている最中である。各カップルと違うのは議論の花、である点。それはそれで粋である。
- タテ書き版PDF
- 次話 ↑ 「72. 本番二週間前」