忠実なハチ君がここ掘れ云々とかやると、まだまだ出てきそうではあったが、今日のところは正におあずけ。リーダーの一計で、手が回らない分は干潟奥に退避させるなどしてあるが、収集数量が前月よりも減じたのはまぁよしとしたい。十から二十の間のゴミは、大小スプレー缶、各種ストロー、個別包装類(小袋)、紙パック類、食品用途外の容器&袋類といったところ。白物のプラ容器は、用途の別が付けにくいものもあるが、明らかなのは納豆、豆腐、そして、
「何で茶碗蒸しの容器が棄ててあんだか」
「え、それってお茶碗じゃないでしょ。正しくはプラ容器蒸し」
「じゃプラ容器蒸しの容器? って、櫻さん、あのねぇ」
「どうも千歳さんと喋ってると茶番になっちゃうから困るのよねぇ」
茶碗と来れば茶番で返すのが櫻流。二十代女性陣はこの際無視!の構えだが、小梅は一人でクスクスやっている。六月はそんな小梅を見て、満面のスマイル。茶番も捨てたものではない。
袋詰めはまだ仕掛(しかかり)中。千歳はプラ容器をひとまず置いて、スクープネタを撮り蒐(あつ)めることにした。バッテリーなど序盤の重量系は現場で押さえたので、今はその他の袋入り前の品々が中心。ペットフードの缶、クリアファイルとバインダーのセット、ヘルメット... 折り畳んだブルーシートに至ってはまだ使えそうな品である。
「あ、隅田さん、こいつも」
八広が手にしているのは赤い筒。
「て、これもまだ使える系?」
以前ほどデレデレした観はないが、彼氏にしっかり寄り添っているルフロン嬢がチャチャを入れる。
「あん? 発煙筒でござんすか。煙が出たらお立会いーってね」
(参考情報→赤い筒にはご用心)
そう言えばこのお嬢さん、煙とご縁のある女性だった。
「ルフロン、今日は大丈夫? 煙と来りゃ... あ、業平さんもだ」
話し振りこそ普通だが、目線は厳しい櫻である。
「文花さんにもクギ刺されてるし、ここ数カ月は禁煙キープしてるから」
「あーら、舞恵もよ。今年に入ってからはずっとリフレッシュ中。新ルフロン、いやいや蒼葉ちゃん、新しいってフランス語で何だったっけ?」
「nouveauネ。ホラ新酒のこと、ボジョレ...」
「そうだそうだ、ルフロンヌーヴォー。これで決まり。皆さんヨロシクです」
と、ここで拍手でもして旨く盛り上げておけばいいものを彼氏はついつまらないことを口走ってしまう。
「ヌーっと現われて、怒るとヴォー、ヘヘ」
「このぉ、ハチ!」
仰せの通り、怒ると怖いヌーヴォーさんである。こうなると、発煙じゃ済まない。
「ハハ、発火しちゃったい」
六月が見事盛り上げる。だが、弟のそんな絶妙ギャグも姉の耳には届かない。弥生は業平の口から文花の名前が出てくるのがどうにも気になっていて表情が硬くなっている。
「そっか、イブの先約ってもしかすると...」
久々にピピっと来たらしく、今度は口許から表情が緩んできた。だが、胸の内は赤い筒状態。我ながら燻(くすぶ)るものを感じずにはいられない弥生嬢であった。
何はともあれ賑やかにやっている面々だが、発起人はモードが変わってきた。週末のセンター行事、ゴミ減らし協議の件で頭がいっぱいになって来たのである。まずは今回のデータを加算して、現状を整理して、そんでもって現実的な解決策をいかにして導き出すか。そのためにはあと何が必要か。
「千歳さん、今日は何か変よ。大丈夫?」
「今度の協議の場でね、話し合いに必要な題材をどう出そうかな、って」
「今日のを含めて、今までの集計についてはご心配なく。早めにまとめて送りますから」
「先週もプレゼン用のをあれこれ作ってたんだけど、やっぱ集計次第だね。助かります」
櫻は一瞬息を止め、真顔で聞き返す。
「先週って? 正月二日とか三日とか、ってこと?」
「櫻さんとデートしたかったけど、そんなこんなで連絡しそびれちゃって。失礼しました」
「なぁんだ。それならそうと」
一人でヤキモキしていたのが情けないやら、それがまた面白おかしいやら、急に力が抜けたようになってしまう彼女である。だが、すぐにシャキっと背筋を伸ばすと、
「千歳さん、何て言うかこう理想像みたいのってあるでしょ? それを一例としてプレゼンして、会場からも『こうありたい』って声を集めると、具体策が見えて来ませんこと?」
「あ、業務プロセス改革でもそういうのあったっけ。As IsとTo Beだ。そうだそうだ」
櫻の機転に救われる千歳であった。理想像とは言い得ないが、かねてから思料していたことはある。その一つは、上流側、特にバーベキュー広場を発生源とするゴミを抑止したい、である。三月の衝撃、つまりその系統の漂着ゴミが彼を駆り立て、輪を広げつつ、様々なプロセスを派生させつつ、今日の回まで至っていることを考えると、まずはその点を特化させて悪いことはない。勿論、より根源的に、ゴミにならないような商品とは、ゴミを出させないようにするためのサービスとは、といった討議もあって然るべきではある。だが、まずは身近なところから、取り組みやすいところから、であろう。飛躍し過ぎないTo Be(飛べと読めるがそうではない)をプレゼンターがまず示せばいい訳だ。頻りに頷く千歳を見て、櫻はもうひと声かけてみる。
「週明けには河川事務所からの回答書も来るでしょうから、それを見ながら協議して、また要望出してみるってのもいいかも。いざという時は、愛娘(まなむすめ)作戦?もあることだし」
「櫻さん、ありがとっ!」
気が付くと、両手で思いきり握手している。櫻は心の中でこう呟く。「そうそう、その勢い。加速よ加速。フフ」
真面目なお二人さんが事前協議をしている間に、再資源化系の濯(すす)ぎ、可燃・不燃の仕分けと袋詰め等々は進んでいた。各員は今、思い思いの時を過ごしている。
フタの収集を終えた六月は、業平の[プラ]チェックを見学しつつ、袋に印字された銘柄を目で追ったりしている。スキャナで読み込めば、メーカー名や品名は蓄積されるものの、感触とか質感といった感覚的な情報は不可能。ところが、この少年の目と手に掛かれば、総合的に記憶されてしまうから空恐ろしい。
「何つうか、人間スキャナだねぇ。六月氏は」
「へへ。でも[プラ]の表示んとこに、PPとかPEてのまで打ってあるてのは知らなんだ」
「その辺も記憶しちゃうってか?」
「いやぁ、さすがにメモしないと。でもそのうち見るか触るかすれば違いがわかるようになるかも、です」
「自動分別人間かぁ?」
「人間だったら手動っしょ?」
ごもっとも、である。
新年初リセットを終えた干潟は、幾分水嵩が増したとはいえ、すっかり広々となっている。この清々しさを満喫しない手はなかろう、ということで、女性が二人、さっきから行ったり来たりしている。
「ねぇ、蒼葉さん、油絵ってその後どうなったんですか?」
「今月中には審査結果が来ることにはなってる。ま、結果はどうあれ、新作をね、早速描こうとは思ってんだ」
「今度はしっかり見学したいな」
「じゃ、塾がお休みの日にでも。晴れた日の午後とか。または雪の日。雨はツライけど、雪なら何とか」
画家たる者、明確なモチーフがある限り、コンディションを問うたりはしない。そんな態度は、自然と歩く姿勢にも表れている。早くも見習うべきものを見出した小梅はいま一度背筋を伸ばすと、蒼葉を追うようにシャキシャキ歩き出した。
[プラ]ブラザーズの様子を眺めていた千歳だが、触発されるものがあったか、袋を閉じようとしていた手を止め、俄かに手動分別を始めた。汚れが少なそうなのを選び出しているようだが、何でまた?
「ちょいちょい、隅田のお兄さん、お探し物か何かですかい? さては、宝探し?」
弥生ではなく、舞恵がツッコミを入れてくれる。
「ハハ、たまには見本でも、と思って」
「そうか、今度の土曜日、それを出そうってか」
早々とタネ明かしするのは櫻。
「画像を映し出すつもりだったけど、よりリアリティがあった方が議論しやすいかな、と思って」
「漂着初物(ハツモノ)ってことでも、とっとくといいことあるかも、スね」
「さすがはお宝の八っつぁん。初物って言われりゃ、ゴミも捨てたもんじゃないって、そう思えるさ」
珍しく彼氏を持ち上げるルフロンである。話はここから、一月の予定等々に。
「で、エドさんの情報誌スケジュールを逆算して、一月の第三週、多分ギリギリで金曜日になりそうなのよ、例の商業施設訪問」
「あぁ、CSRインタビューの件スか」
「あれって九月だったかな。エド氏と石島母が話し込んでてさ。CSRがどうのって確かに言ってた気がする。ちゃんとそういう話に発展してたとは...」
弥生はイマイチ呑み込めていないようである。
「そのぉ、CSRって何ですかぁ?」
こう来ると、ついからかいたくなるのが櫻の性分である。
「Cは、Chitoseさん、SはSakuraさん。RはrelationのR。二人はどうなってんの?ってことよ。ネ、Chitoseさん♪」
「Rはresearchかな。二人で仲良くゴミ調べ」
その益々困惑した顔を舞恵に向けてみるも、答えは出ない。
「おぉおぉ、CさんもSさんも息合わせちゃって。せっかく学生さんが真面目に質問してんのにねぇ。で、何の略だっけ? 八クン」
「企業の社会的責任。金融機関も例外じゃないよ。ルフロンさん」
「ホーイ。ま、舞恵はちゃんと考えてるさ。本業優先だろうけど、社会貢献活動だってCSRざんしょ? 支店の皆さんに声かけてクリーンアップってのも良さげだし」
髪型については何ともいえないが、言動は頼もしい限りの今日のルフロンさんである。
高度は低いが太陽は南中状態に近づいている。袋を閉じたら、お開き!と行きたいところだが、そうならないのがこの人達のいいところ。雑談はまだまだ続く。
「それより音楽会さ、次はいつ?」
「今ここにいる皆さんのご都合次第。決まったらすぐにでも押さえます」
「皆さんてゆーか、Goさんしょ、まずは」
「てへへ」
これには、千歳も櫻も「へ? だ、ったの?」となる。自分達のことで頭がいっぱいだったか、すっかり感度が鈍っていたようだ。
若い二人が話し込んでいる間、higata@の七人は集い、予定の協議を続ける。
「んじゃ、多少怪しいけど一月二十日で仮押さえネ」 ルフロンはすっかりその気。
「Goさんは必須。あとは、あたし、それとリズム隊のお二人が練習量を増やせば、格好はつくと思う」 弥生は誰かさんと一緒ならばそれでいいみたいな口ぶり。
「何かこうなってくると、どっかで発表会とか。どうスか、Cさん、Sさん?」 Y氏が尋ねる。
「例の発電機で以って、どこまで音が出せるかがポイント、かな」
「って、千歳さん、本気でここで演(や)るつもり?」
この件の言いだしっぺ、舞恵が口を挟む。
「ま、メーリスに話振ってみるに限るさ。お騒がせエドさんとか、知恵貸してくれっかもよ」
音楽会にしろ、発表会にしろ、彼女がハマっているのには、明快な理由があった。「自作をどっかで形にしてもらいたいし、流木アート楽器も試したいし、オホホ」
この調子だと、一月もあわただしくなりそうである。
六月はいつになくオドオド。対照的に小梅はチャキチャキ。二人の干潟デビュー当時は、これが逆だったような気がするが、いつの間にひっくり返ったのやら?
「で、姉御の姉御、えっとつまり...」
「初姉がどしたの?」
「試験てこれから?」
「そ、もう家ん中、大変よ。でもね、試験日=誕生日なんだって。だから変に張り切っちゃって。そんでもって合格発表日は小梅の誕生日。何としても受かってもらわないと...」
七人はいつしか二人を囲むようにブラついている。六月はそんな衆人に気を取られることなく、堂々とあるものを差し出す。
「勝田とか勝田台は遠いし、御徒(カチ)町ってのも何だし。『信じ行く』で新宿ってのも考えたけど、ちょっとね。そんで思いついたのがこれ。大姉御の合格祈願」
それは、京成押上線、押上<=>八広と印字された切符だった。これを見て駅名の当人が黙っていよう筈はない。
「おぉ、そう来たか。でも押上ってのはまた...」
「押して上げて、末広がりー。いいっしょ」
「六月クン、ありがと。でも小梅の分は?」
ちゃんともう一枚持っているから心憎い。
(参考情報→仮想縁起切符)
「いいなぁそういうの。でも、合格祈願の定番は、やっぱ櫻さんに因んだ駅名じゃない? ホラ、京成佐倉とか」
「ヘヘ、その佐倉って、勝田台より遠いじゃないですか。だから...」
「青葉もいいと思うんだけどなぁ。そうだ、六月君。桜新町とさ青葉台を結ぶ切符ってのもあるよね。それって何か良くない?」
「ウーン、桜と青葉の間って、あんまし」
「あ、そうか...」
日は照ってるし、無風なのだが、どこかでピューとなるのを感じる一同だった。受験生本人が今ここに居ないからいいようなものの、禁句は禁句。想起するのさえ憚られる。
「ちなみに、東北新幹線あおば号は1997年10月に、寝台特急さくらは2005年3月に、残念ながら廃止ー、だそうです。ネ、六月?」
弥生の毒がここへ来て炸裂。だが、毒の情報源は何を隠そう六月君である。
「あー、それ禁句だったのに」
「フン、実の姉に縁起物よこさないからよ。バツじゃ」
千住姉妹は、苦りきった顔でお互いを見る。
「どっちも廃止てか」
「ま、痛み分けってことね。お姉様」
これにて一件落着。ようやくお開きとなった。
徒歩組は袋を受け持ち、荷台付き自転車を押す二人は、バッテリーを運ぶ。業平はRSBのため、どっちつかずではあったが、いつもの通り再資源化系を担ぎ出す。今回は軽めなのだが思うように進まず往路同様ノロノロ。まだ乾ききっていないグランドには、こうして様々な線と足跡が残ることになる。辺りの空気は暖かながらも小寒らしい凛とした感じを含む。グランドを縦断するのは気分がいいものだが、そんな空気を深呼吸しながらとあらば、さらに爽快、これぞリフレッシュ!である。
「ではでは、今度は土曜日。新年会もあるし。来られる方はぜひ!」
「これまでの集計結果の発表もあります。ね、櫻さん?」
「え、私が発表? 千歳さんでしょ?」
こんな譲り合いはこの二人だからこそ。舞恵は「またかいな」という顔をしつつも、
「まぁまぁ。二人でおやんなさいよ。CSRなんでしょ」
かくして、ゴミ減らし協議の行方はCとSの二人に委ねられることになる。
バッテリーを降ろすと、舞恵と八広はひと走り。新たに見つけたランチ店へ急ぐ。小梅と六月は、業平&弥生のおじゃま、いやお供をするとかで、一緒にノロノロと商業施設方面へ向かって行った。残るは、千がつく三人。初音がいなくともカフェめし店、という選択肢もあるのだが、姉妹はズバリ千歳宅を指定。
「何か調達してからだったらいいでしょ。ネ?」
「ハハ、すっかり休憩場所になってるような。ま、大歓迎ですが」
「私、千さんとこ初めてね。こんな風にお二人の邪魔するのも初めて?」
「あーら、少なくとも一回、十一月にあったでしょ。忘れたの?」
「だって、もうちゃんとキ...」
お淑(しと)やかな姉は、おてんばな妹の口の前で手を翳し、続きを遮る。
「やぁね、恥ずかしい...」
「何それ? 毎日でもどうこうって言ってたじゃん」
「蒼葉!」
「あ、そっかそっか。私、川の方、向いてますから。どうぞ、ご遠慮なく」
妹はどこまでも姉想い、加えて兄(?)想いでもある。今は何分咲きかに進展している二人だが、三十路の恋はつつましくありたいとどこかで思っているのだろう。蒼葉の言葉に甘えるフリして、腕を組んで歩くにとどめている。
「お互いにペースを尊重し合ってる、そんな感じ... いいなぁ」
蒼葉は少し距離を置きながら、二人のペースを推し量りながら、でもって、シャキシャキと歩くのだった。
キ、と来れば忘れちゃいけないのが清さんである。干潟詣でに行くつもりではあったが、途中で「道草」状態。
「ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ...」
いずれは喰うことになるのだが、今日のところは同じ道草でも捜索・採集どまり。荒川の河川敷においては限定的ではあるが、先生にかかればこの通り、三種は見つかることになる。そう、明日は七草である。
(参考情報→荒川土手と七草)
「ま、何も明日じゃなくてもな。土曜に振る舞うさ」
鏡開きの翌日だけに、新年会はモチネタ中心かと思いきや、粥が出てくることがまず確定的になった。だが、掃部(カモン)公の差し入れはそんなもんじゃ済まない。本日午後はひたすら何かに興じるおつもりである。 「おふみさんをビックリさせてやらねぇと」 乞うご期待?!
- タテ書き版PDF
- 次話 ↑ 「54. アプローチ、ソリューション」