2008年7月1日火曜日

54. アプローチ、ソリューション

一月の巻 おまけ

 決して気が急いていた訳ではないのだが、本日午後の協議の切り盛り役、Cさん、Sさんはともに早めのセンターご到着。図書館の前でバッタリ出くわして、思わず「へ?」と顔を見合わせる始末。本来は「おはよう」状態なのだが、挨拶し損なっている。
 「千歳さん、カギ持ってないのに。どして?」
 「待ち伏せして、おどかしちゃおっかな、ってね」
 「まぁ、誰かさんの真似? 今頃仕返ししようったってそうはさせないんだから」
 正直なことを言えば、早く支度して午後に備えたい、ということなのだが、千歳も随分と茶目っ気が出てきたものである。櫻も本当のところはわかっているつもりなので、ここは緊張を紛らわす上で、違う話題を振ってみる。
 「何かルフロンからメールが来てね。音を拾ってくれとかって」
 「彼女も曲作るってこと?」
 「廃品で拵(こしら)えた楽器叩いてたら思いついたんだって。で、テーマは波、だとか」
 「そういや、ウエーブがどうのって言ってたね。ま、一度拙宅に来てもらうか、それとも千住邸の別宅か... 口ずさんでもらってその場で曲にできる環境があれば、ってことかな」
 higata@メンバー間で交流が進むのは喜ばしい。だが、舞恵が彼氏宅に来ちゃうというのはちょっと違う気がする。彼女とはちょっとイイ仲ではあるので、別に悪い気はしないのだが、千歳が平気でそういうことを口走るようになったのが意想外。妹が千歳宅に、というのは想定内だったが、それでもヤキモキさせられたくらいである。余計な話をしてしまったものだと櫻は思う。
 「私もね、新曲作ったの。ま、新曲って言っても、八月から九月にかけてだけど。でもね、待ちぼうけしてた二日と三日に練習して、格好はつきました。だから、それと合わせてウチで。ネ?」
 「待ちぼうけ... そっかぁ。じゃ、お詫び方々、お伺いするってことで。機材はヌキ、かな」
 新曲のどうこうは二の次である。回避策を打ち出せて、少しホッとする櫻であった。

 KanNaに載っている各団体の基礎情報は、定期的に更新してもらう必要がある。そのための案内は、先週の出勤日に千歳に発信してもらった。年始のご挨拶(&新年会のお誘い)付きだったのが良かったようで、返礼を兼ねた返信が早々と届いていて、今朝もそれらのチェックに余念がない櫻である。千歳の方は協議スペースの一角で見本用のゴミを拡げて再点検。十時前だと言うのに、二人してお仕事モード。暖房をONにするのも失念している。
 「おぉ寒ぅ... 中は暖かいと思ってたのに」
 「あ、文花さん、おはようございます」
 「あれ、ダーリンは?」
 「だから、その呼び方は...」
 「あ、あっちか。おすみさん、おはよっ! じゃないや、あけまして...」
 千歳がノコノコ現われる。「おめでとうございます、ですね」
 「今年もよろしくね。今日も早速お世話になります」
 櫻は何となく赤ら顔になったまま。八日に出てきて以来、今週はずっとテンションが高い文花は、千歳との年初挨拶もそこそこに、
 「櫻さんたら、やっぱアツアツなのねぇ。暖房入れなくて済むってのは立派な省エネ。でも私はダメ」
 「文花さんたらぁ...」
 櫻が切り返せない程、とにかく冗舌な訳である。

 満載の野菜バスケットだけでも絶賛モノだが、鏡餅がおまけに付いてくる辺りがさすが。
 「ま、これは新年会が始まってからのお楽しみ。アルコール類とかはまたあとで」
 世話を焼くのがお好きな事務局長としては、その手の催しを優先したいところではあるが、ゴミ減らし協議の下打合せをしないことには始まらない。
 「前回と違ってお気楽な感じでいいと思うけど、どう?」
 「櫻さんから送ってもらった集計見てたら、いろいろと思うところが出てきちゃいまして。自分でどこまで論点を絞るか、って感じです」
 「そっか、文花さん、今日の資料まだお見せしてませんでしたね。今持って来ます」
 干潟でのこれまでの集計結果、国内の海洋ゴミ調査概況との比較、論点整理案、ゴミ減らしにつなげるためのフロー案、あとは参加者自らが解決策を書き込めるブランクシートなどがセットされている。
 「お二人の合作ってとこかしらね。本番が楽しみですワ。ま、あと付け足すなら、河川事務所と商業施設に物申すシートとか、かな」
 「その場で書いてもらって、ってことですね」
 「ちょっとシャクだけど、Edyさん流儀ってゆーか。その方が言いやすいし、集めやすいでしょ?」
 「じゃ、あとは段取り通り。司会しながらそのまま、まず私が発表しますね」

 土曜のランチタイムは三人で、というのが定着しつつある。一月クリーンアップの振り返りなどをしているが、話は少々脱線気味。
 「弥生ちゃんたら、GoさんGoさんて。いつからそんな呼び方するようになったんだか」
 「でもって、ツッコミのパターンが変わってきてるんですよ。何か気があるんじゃないって」
 文花と業平がそれなりに親しくなっているのは承知しているが、どこまでどう、というのは本人じゃないとわからない。それを探ってやろうという心算(つもり)はないのだが、あわよくば、というのは有り得る。
 「そ、そうなんだ。ホホホ」
 自称、恋多き女であればいくらでも交わしようがある筈だが、二人してお節介情報を提供されてはたまらない。笑って誤魔化すのが精一杯である。

 開会は十四時なので、まだ客は来ない時分なのだが、熱心な女性が早々にやって来た。
 「こないだはどうもです。文花さんはあけおめ、ですね」
 「あら、噂をすれば... どうも、今年もよろしゅうに」
 内心かなり焦ってはいるが、大人の女性の面目を保っている文花である。櫻と千歳は配付資料をホチキス留めしながら、何となく様子を見守る。
 「ねぇ、文花さん、クリスマスイブって、どなたと過ごされたんですか?」
 「何よいきなり。いいじゃない、誰とだって」
 強力な鋭気を放つ弥生に、文花はたじろぐ。隙アリと見るや、さらなるツッコミを入れる。
 「あたしも知ってる人ですよね?」
 「さぁ、どうかしら?」
 「ま、いいや。文花さんがライバルってことなら、こっちも張り合う甲斐がありますワ。どうぞお手柔らかに」
 「・・・」
 弥生にとっては、協議も新年会もあったものではない。真相を確かめるために乗り込んできたというのが正しい。
 こういう状況において止めるべきは、ホチキスではなく、二人の女性のやりとり?と一寸悩んでいるご両人である。午前中は心なしか暖かだったが、ここへ来て急遽ヒヤヒヤ。
 「あら、千歳さん、その資料、留まってないんじゃ?」
 「ハハ、針切れでした。て、櫻さんだって、それ綴じ方おかしくない?」
 「あ、逆だ」
 無理もなかろう。

 お人好しがアダとなり、期せずして三角形を担うことになっている当の業平氏は、この事態を知ってか知らずかご欠席。「Goさん、今日来ないのかぁ...」 弥生はピピならぬ、ピリピリモードながら、時に浮かない顔で受付にいる。
 「弥生姉さん? 大丈夫?」
 「あ、小梅嬢。いらっしゃい」
 「お手伝いしましょうか?」
 とまぁこんな具合である。
 案内メールの他に、KanNaのイベント情報掲示が効いたか、寒々した小雨日にしては程々の集客である。清や八広のほか、理事や運営委員の何人かも駆けつけ、開会時刻までに三十名近くが会場を埋める。いつでも開会OKである。

 「皆さん、こんにちは。あいにくのお天気ですが、大勢の方にお集まりいただき、ありがたく存じます。本日の催しはご案内の通りですが、今回のような形で定期的にイベントを設ける予定です。本年も引き続き、当センターをご愛顧ご活用いただきますよう、年始のご挨拶を兼ね、まずはお願い申し上げます」
 櫻にしてはえらく粛々とした挨拶で始まったので、何となく静まり返っているが、拍手もチラホラ。出だしは抑えめ、徐々に加速、ということらしい。プロジェクタ操作は千歳に任せ、早速これまでの経緯と集計結果の話に移る。
 「十月の一斉クリーンアップの時は、クイズ形式で発表したりしましたが、今回はそのままズバリご紹介します。五月から先だっての一月の回まで九回分、あくまで定点調査としての集計です。次点、生活雑貨で九十一、一例はここに映っている通りです。ワースト十位:配管被覆九十八、九位:紙パックが百ちょうど...」 配付資料の方には、集計表の抜粋を入れ込んであるが、プロジェクタで映し出す分は、品目ごとに一枚一枚という設定。カウントダウン式にスライドショーが展開され、収集数と写真が大きく投影されていく。八位:飲料缶/百二十七、七位:袋類/百四十三、六位:タバコの吸殻/百四十六、ここまで順当な感じか。
 「さて、ここからは数が増えてまいります。二百台はなく一気に三百台に突入です。五位は、発泡スチロール破片、といってもある程度の大きさのものを数えました。三百二十九です。粉々になってしまったものも勿論あります。メンバーの中には粉雪だぁとか言って、はしゃぐのもいますが、とんでもございません。そのままにはしておけないので、できるだけ回収するようにはしています。さすがに数えてはいませんけど」 櫻のペースになってきて、会場の反応も上向いてきた。四位:フタ・キャップ/三百六十八、三位:飲料用プラボトル(ペットボトル)/四百三十八、と数が増すのに応じて、今度はどよめきが起こる。待ってましたとばかりに、発表者は畳み掛ける。
 「ワーストの二位と一位は、正直申し上げて区別がしにくいところなんですが、形状がハッキリしているものは包装・容器とし、それ以外は破片として数えました。お菓子の個別包装、小さい袋については途中から分けましたが、それも足すと全部で千二百くらいになります。ちなみに二位は破片の方で五百三十四、堂々の一位は包装・容器で五百六十九。小型袋は七十八です。あと、カップめんの容器、食品トレイも別カウントでしたね。とにかくこの手のプラスチック、発泡スチレン関係なんです、特に多いのは。漂流・漂着しやすい、だから拾いやすい、という点ではまだいいと言えますが、それにしても、でしょ?」

(参考情報→2007年5月から2008年1月にかけての月例調査まとめ/集計表(PDF))

 千歳は一応、隠れたワースト1、「レジンペレット」のスライドも複数枚用意しておいた。次にクリックすると出てくる手前で待機しているが、はてどうしたものか。ワースト一~十一のおさらいを映し出されたところで今は止まっている。
 「あ、ちょうどよかった。たった今、研究者が到着しました。小松さーん!」
 「え? あ、すみません。遅くなりまして...」
 「み」で始まるお名前のお三方がゾロゾロと頭を下げつつやって来る。南実に緑、そして湊である。
 「はぁ、これがこれまでの... そうそう、海洋ゴミの直近の概況ってどうしました?」
 「あ、これからです。あぁ、あれって情報源は、そっかぁ」
 「もしよければ、代わりましょうか」
 「皆さん、失礼しました。では、ここからは小松南実先生に交代します」
 これといった打合せをした訳ではないのだが、何故か阿吽(あうん)の呼吸になっている。千歳はすでにクリックした後。南実に画面を見るよう促す。
 「ハハ、隠れ一位かぁ。皆さん、改めまして、粒々担当の小松でございます。これが私の主な研究品目でして...」
 数分間のレジンペレット講義が始まる。得意満面、実に生き生きと話す南実。櫻はにこやかに聞いているが、それ以上に千歳がニコニコ、いや惚れ惚れした感じで聞き入っているのを見つけると忽ち曇り顔に。「千歳さんたら、ブツブツ...」

 「という訳で、ご当地で集めて数えた結果は、六百超でした。数回抜けてはいるんですが、やはり多かった。確かに隠れワーストですね」
 一人でコツコツと調べていたことがわかり、今ここにいるhigata@各位はただただ敬服するばかり。櫻もハッとなり、思わず拍手を送る。そしてそれは会場全体に伝わり、大きな喝采となって響く。
 「いやぁ、参ったなぁ。あ、ありがとうございます」
 こうなると、調子が上がらない訳にはいかない。お次のスライドはこれまた得意の海ゴミネタである。咳払い一つ、そして、
 「国内各地の海岸での調査結果、最新の概況がこちらになります。川ゴミは除いてありますが、河口部分は含まれます。海辺に漂着するのは、やはり発泡スチロールであり、プラスチックであり、荒川の一会場での結果と重なるものがあります。違いとして大きいのは、タバコの吸殻が多いこと、そして、特に瀬戸内海に面した海岸での話ですが、カキの養殖に使うパイプが多く見つかること、でしょうね。広島では万単位で出てくることもあるそうで、全体でも上位になってます」
 百五十ほどの海岸での集計というだけあって、とにかく桁が違う。ワースト上位三品目についてはいずれも五~六万に上り、十位前後まではとにかく五桁。いつもの干潟でコツコツ調べた結果の合計が四千前後というのを考えると、やはりスケールが大きい。だが、彼らの取り組みも決して小さい訳ではない。川ゴミを含めた総計では、九月と十月の分がこれに加算されることになり、統計の一角を占めることになる。千歳は改めて思う。川ゴミも海ゴミもつながっていて、どこも深刻である、ということを。

(参考情報→日本における国際海岸クリーンアップ(ICC)2007年秋のワースト10

 その黒い長筒の画像が映し出されると、小梅は思わず声が出かかる。「て、もしかして、あの棒?」 八月に二見近くの海で確かに同じようなものを見つけ、手にしていたのは紛れもなく当のパイプだったのである。ようやく謎が解けて、ゆっくり頷いてはみるものの、まだまだ解せないことがある。「どうやって使うの? どうして流れて来るの? ムム」 自発的環境教育に終わりはないようだ。
 その隣で、手元の集計表に目を落として唸っているのは八広氏。「須磨で見かけたのは、吸殻がダントツであとは破片だったかな。ルフロンが来たら、もいっぺん照合してみよ」 こちらもなかなか熱心である。

 「という訳で、流れ着いたからには、ゴミを救出する、そして調べる、これが人々の役目です。ご当地の干潟も同じ。漂着、回収、集計、これを繰り返すことがゴミ減らしの第一歩だと思います」
 まとめのような話が出たところで、櫻が引き取る。
 「質問はまた後ほどということで。小松先生に皆さんもう一度、拍手を」
 これでは千歳もやりにくかろう。だが、そこはマネージャー。流れを活かすのはお手の物。
 「では、ここからはディスカッションに移りたいと思います。が、その前に...」
 過去の漂着状況を写した画は、配付資料にも何枚か入れておいたが、メインはプロジェクタでの大写し。ざっと顔ぶれを見る限り、客の半分程度は現地を知っている。それでも、こういうのが出てくれば改めて衝撃も走るようで、何となくザワザワしている。モノログでおなじみのスクープ系の数々。だが、所詮は2D。客席の様子を窺いながら、千歳は用意していた3D品を並べ始める。こういう時は何につけ実物に限る。その方が論議もしやすいだろう。
 「これは全て、先だって現場で拾い集めた現物です。今日のために見本として持って参りました。欲しい方がいらっしゃったら、手を挙げてくださいね。へへ」
 今日はどんな仕切りを見せてくれるのか、櫻は司会席からその辺を楽しみながら見ていたが、俄かアシスタントに指名され、どこかの通販番組のような状況に立たされる。
 「ハハァ、まだ使えそうなのも確かにありますが、どうなんでしょ? あ、これなんかいいかも知れませんね。センタクバサミ。あとは...」
 ここは一つ櫻に任せるとするか。だが、しかし、
 「ライターですね。ライターと言えば書くのが仕事ですから、ボールペン。ボールつながりでゴルフボール。あ、傘の柄です。ゴルフのスイングか何かしてこれだけ残っちゃった、て訳ではないと思いますが...」
 番組でもアシスタントが暴走するのが一つの見所だったりするが、ここではどうなんだろう。とりあえず違う意味で会場はざわついている。文花が云っていたお気楽な感じで、という点で忠実ではあるが、はて?
 「で、櫻さん、今ご紹介いただいたのは何かの拍子でうっかり、って感じのものだったと思うんですが、こっちはどうでしょうね?」
 長机に置かれた見本品はどうやら一定のグルーピングが為されているようだった。千歳が示したのは、ファストフード系紙コップとストロー、クイックメニュー系弁当容器、お豆腐容器、ペットボトル、食品缶、袋類いろいろ。
 「そうですね。一過性って言うか、使い捨て関係ですかね」
 「ですね。意図的にポイ捨てしたと思われるものばかり。微力ではありますが、一応、ペットボトル、ビン、缶、食品トレイ、プラスチック容器包装類については、支障がなさそうなのを選んでリサイクルに出してはいるんですけどね。さて、その隣ですが...」
 洗面器の破片、発泡スチロールブロック、そして、
 「ははぁ、これが細かくなって、こうなるって」
 「ちょっとお見せしにくいので、休憩時間にでもじっくりご覧ください。粉雪もどきのスチレン粒、そしてレジンペレット以外の微細プラスチックなどなどです。放っておくと、どんどん細かくなってしまうってことで。芝の欠片(かけら)はもともとですが...」
 笑い声とか溜息とか、いろいろと交錯する中、一人ミステリー作家さんは、頻りにメモをとっていた。「洗面器で殴ったら、割れて破片が散らばった。だが、自然作用で砕ける可能性もあるから、凶器とは断定できない。トリックとして使える?」 洗面器何とか事件てのはあまり聞いたことがないような...
 水道水で洗って乾燥させたことになっているが、素手で触れるには抵抗がなくもない。ここまでは平然とこなしていた櫻だったが、さすがにこれには手が止まる。
 「ハハハ、一足でもサンダル、でございますか」
 「あ、ここはうっかり系でもありますが、何となくミステリー関係です。これ失くしちゃった人、どうやって帰ったのかが気になります」
 「で、ミステリー? 何だかなぁ」
 緑は引き続きメモをとる。ミステリー云々とやられちゃ放っておけない。「まさか何かのトラブルに巻き込まれて、サンダルだけ漂着?」 そのまま悲鳴が上がりそうな場面だったが、隣の清と目が合って、思わずゴクリ。
 「大丈夫かぁ? 青白い顔して。緑色ならまだわかるが」
 「いや、大丈夫じゃないわね。カモンさん、ホラあれ」
 今度は清が蒼白気味。目線の先には銃口が。
 「おもちゃの銃ですね。これは何ゴミなんでしょ?」
 「ま、見かけ上は危険ゴミですね。これが本物だったらとんでもないですが、違法性や事件性を感じさせる物品は実際にあります。不法投棄されたと思われるテレビやバッテリー、何故か財布、個人情報が入ったバインダー、あと、キャッシュカードも、ね?」
 櫻はよっぽど小突いてやろうかと思ったが、場が場なので控えている。だが、「おっと、この管は何でしょう? 相方をひっぱたく用でしょうか」とか言いながら、早速、隣人をバシ! 「あ、普段は配管被覆って言ってます。まとまって見つかることが多いので、投棄品だろうと。(いてて)」
 「カキのパイプは見つかりませんが、代わりに川ではこういうのが出てくる、ということですね。(ベー)」
 パイプでやられてたら、「いてて」じゃ済まなかっただろう。

 小芝居に引っ張られて、本題を失念するところだった。腕をさすりながら、千歳は再度プレゼンター席へ。開会からすでに三十分近く経っているが、時間配分としてはこんなところだろう。ここからは二時間。休憩時間がどこかに入るにしても協議するには申し分ない大枠である。
 「一会場での例ではありますが、縮図という見方もできます。で、ご覧いただいたようにいくつかパターンがある訳です。傾向と対策というのも何ですが、ちょっと整理してみたのがこれです」
 資料の方には「論点整理」との標題と、ブランクの三つの枠が書かれた一枚がある。手抜きともとれるが、これはちょっとした演出。ここまでの報告と演習から見えてきた論点をその場で書き込んでもらおうということらしい。とは言っても、プロジェクタの方にはすでに「大量」「厄介」「不法」のカテゴリーが例示されている。
 「他にもいろいろ見方は出てくると思うんですが、これまでの九回分のまとめを見て、こういうことかな、と。このうち、議論の中心としてはやはり量が多いものになろうかと思うんですが、いかがでしょう?」
 higata@メンバーから異論が出なければ、このまま行けるだろう。こうした分析や考察もメーリングリスト上で多少は交わしているので、思うところは同じなのである。ひとしきり見渡してからひと息入れる。思いの丈を一つ披瀝(ひれき)させてもらおう、今、正にその時。
 「理想は漂着ゼロですが、そうは言っても...というのが実状です。ならば、せめて海に流れ行かないように、正しく『水際』で拾って、止めようって話です。この水際作戦だけを考えれば、漂着はむしろ大歓迎。でも同時に、元から減らすことも考えたい。そのために今すぐにできること、時間をかければできるであろうこと、いろいろあると思います」
 挙手一番手は、南実だった。
 「そのぉ何て言うか、水を注(さ)すようですが、再資源化系とそうでない系って分け方はどうなんでしょ?」
 「拾ってみたら分けられた、って感じじゃないでしょうかね。つまり、結果論かなぁって。ごもっともではあるんですが」
 「再資源化を促す仕掛けをしっかりさせれば減らせる、ってのはあると思いますよ」
 こういうやりとりが生じることはある程度想定していたが、ちょっと早かったか。千歳は正月休み返上で練っていた図式をここで投影することにした。
 「ポイントはどこで減らすか、だと思います。お手許の資料、またはスライドをご覧ください」
 それはモノの流れを一般化したフローチャートである。
マーケティング商品企画→)原材料の栽培・採取調達(輸出入・運搬)加工・製造検査・梱包・出荷物流販売購入・使用・消費→ と続く。
 「これらの過程で発生する廃棄物も多々ありますが、世間でゴミと呼ばれるものは、この消費の次に来るものです。で、ここからが運命の岐(わか)れ路。①できるだけ元々の形で使い回すリユース、それがNGならリサイクル、リサイクル材料は、再び原材料のところに戻ると仮定します。そして、②自治体の手による廃棄・焼却・埋立処分。焼却の中にはプラスチックを燃やした熱を発電などに回すことでリサイクルと称するケースも増えてますが、そのリサイクルは①とは別枠と考えます。この②をできるだけ減らす、または①に回す、というのが望ましいんでしょうけど、それどころじゃないのがある訳です。それが、③散乱、漂流、漂着、埋没のゴミ達でしょう。②の全体量からすれば多くないかも知れませんが、放置しておいていい筈はありません。小松さんのご意見はこの③を①にするか、②にするか、ってこと...」 当人に視線を送ると、ちょっと首を傾げているが、とりあえず、続ける。

(参考情報→モノづくりの流れと循環(例)

 「と思い、このフローを出したのですが... 兎も角、これを引用するなら、どうもそればかりじゃなさそうだ、じゃどこからどうゴミを抑えるべきか、ってのがまた見えてくるんじゃないかと」
 櫻はちょっと身を引く感じで聴講していたが、「そうか、生産プロセスセクションどうこうってのは、これだったのかぁ。プロセスマネジメント...」と五月に聞いた話なんかを思い起こしてみるのであった。前職では憂き目を見たが、その手法を市民活動にあえて応用することで、何かが報われる気がしていたマネージャーである。その甲斐あったか、効果は早くも表れる。南実は首を垂直に戻すと、まるで開眼したかの如く瞳(め)を光らせる。十月に続いてのお目覚め(?)である。
 「何だか私ったら、現場主義が高じて、現象に捉われちゃってたかも。発生源対策ってことでは、上流フローも含めて考えないと。まだまだだわ」
 フロー、つまり、流れ。レジンペレットについては、正しく川の上流や支流からも流れ込んでくる可能性はある訳だが、その現実的なフローはまだしも、生産プロセスにおけるフローの押さえ方が甘かったと、研究員は自省する。粒々の組成や量を調べるに至ったのは、もともとは「どうしてこんなものが? いったいどこから?」だった。だが、究明に腐心する余り、研究の本分がおろそかになっていたのである。流出したとしても環境負荷を減じる方法があるのではないか、そもそもプラスチックの需要を減らすところから考究しないといけないのではないか、そう、研究とは発生抑制なり予防なりに向けられてこそ、より意義も高まるのである。
 南実が千歳を見る目が、これでまた変わることになる。そんな目線に気付いたか否か、「つまり、予防の方の比重を高めていくと、全体的な負担は減っていくだろう、という想定です」 今思っていたことがそのままプレゼンターの口から出てきた。首を大きく縦に振ってみる南実。だが、「てことは、論文の方も修正しないと... ハハ」 首を前に振った状態でうなだれてしまった。このガックリの理由を知る者は、この場にはおそらく、いない。

 受付係をさっさと切り上げてどうしていたかと言うと、進んで記録係を引き受けていた弥生である。後方にテーブル席を設け、カタカタと早打ちを続けていたが、その速度とは裏腹に、自分の言葉にならない、議論が消化できない、そんなもどかしさを覚えていた。
 「これも学問のうち、か。しかし千さんのアプローチって、システマチックなのかそうでないのか...」 ゴミの捉え方と議論すべき対象範囲は見えているのだが、何らかの解が示されないことには、動かされるものがない。彼女の専攻からすると、社会科学的ソリューションということになるだろう。解決策ありき、協議はそれから、というのが弥生流アプローチのようである。
 南実に続いて、新理事や新運営委員あたりからも意見が出て、今のところは特に製造と販売に焦点が当たる格好になっている。大量に出るということは、それだけ売れている証し。その理由は扱いやすい、便利、楽、いろいろ考えられるが、九月の回のランチタイムで話し合った点にズバリ符合する。そう「安易なモノは、安易に捨てられる」である。作り手、売り手の姿勢に安易さはないか、そうしたチェックであれば市民の日常生活の延長でできなくもない。消費者側の自戒を含め、声を上げる、届ける... こうした行動原点を確認するところまで話は進んだ。但し、メーカーや事業者への働きかけ、というのは市民運動として脈々と続いていること。より具体的・直接的な提言がここらでほしい。
 「干潟などでの漂着物の実態、ゴミが発生するフロー、抑制策の力点、その辺りは共有できたかと思います。メーカー側の事情をしっかりヒアリングする必要はありますが、ここまでがいわゆる現状認識(As-Is)ということで一旦区切りたいと思います。で、皆さんにはここで、じゃあこうしたらいいんじゃないか、という観点で『物申すシート』に一筆いただければ、と。河川事務所向け、商業施設向け、と分かれているのはそれぞれに意見を伝える場が用意されているためです。詳しくは後ほどお話ししますが、今は思ったこと、というより、前向きな提案を一つお願いします」
 十五時十五分、休憩時間に入る。ここまで、中学生の小梅にはちょっと難しかったかも知れないが、隣でトーチャンが役人なりにわかる部分を解説してくれたりしたので、何とか持ち応えた。だが、本当のところはちょっと違う。普段はからかって愉しませてもらっている千兄が、こういう場になると全くの別人になることがわかり、面映いやら後ろめたいやら、ちょっとドキドキもしたりして、気付いたら前半終了、だったのだ。

 南実は千歳に言い寄ろうとしていたが、質問者に遮られて断念。さらには駆けつけたばかりの蒼葉に先を越されてしまった。
 「千兄さん、これどうぞ。ノド渇くでしょ?」
 使い回しペットボトルにミネラルウォーターを入れて来たんだとか。これぞ、リサイクル以前に優先されるべきリユース(再使用)である。だが、そんなことに感心している場合ではない。
 「て、蒼葉さん、今、僕のこと...」
 「いずれはそう呼ばせてもらうことになるでしょうから、今から盛り上げておこうと思って。ダメ?」
 協議後半に向け、気合いを入れ直していた千歳だったが、これですっかり気抜け状態。いただいたのは発泡水ではなかったが、仮に発泡していても、やはり気抜け水のような感覚になってしまっただろう。そこへパチパチと発泡、いや面前で手を叩かれて、ハッ!となる。
 「千さん、あたしも前に来ていい? 進み方によっちゃツッコミ入れたいし、そのぉ...」
 「発言を記録してもらいながら、でよければ。そのまま、プロジェクタで映し出す用だけど」
 「はぁ、ま、やってみます」
 十五時半、再開間際。ここで遅れ馳せながら、冬木がご到着。だが、目が合っても会釈してるようなそうでないようなコソコソした感じで、席を見つけるや否や素早く腰掛ける。横には見慣れない人物がいたが、話し込んでいるところを見ると、はて? チームの一員か、それとも... メンバーと接触、というのがピッタリ来る図である。櫻はそれを見逃さなかった。出端からツッコミを入れてみる。
 「では、物申すシート、集めさせていただきます。まだの方はまた後ほど。で、商業施設向けの件について、先にご説明します。干潟から比較的近い場所に複合型のショッピングセンターがありまして、そちらにゴミ対策などの話を伺いに行く予定がございます。来週金曜日の午後です。傍聴もできるよう調整してもらっていたんですが、榎戸さん、どうでしょ?」
 相変わらず、話をあまり聞いてなかったようだが、「あっ、はい。よろしくお願いします。集合場所は...」 隣人と確認をとるようにして、詳細を告げる。
 「てな訳で、いただいたご提案をここで共有して、当日問いかけてみよう、という趣旨でした。付け加えたいことが出てきたら、随時お受けします。ね、隅田さん?」
 「あ、ありがとうございます。で、早速、桑川さんにシートの内容を速記してもらっているところです。先に商業施設の方って出ますかね?」
 容器包装類もスーパー店頭で回収する、さらには油化も、とか、プラスチックは生分解性への転換を速やかに、とか、いっそのこと、生き物が食べたくなる素材で作ってはどうか、なんてのまで出ている。容器包装メーカー社員も巻き込んで、皆で調査型クリーンアップに参加してもらっては、というのはありきたりのようだが、最も即効性がありそうな一案。ただのクリーンアップ行事ではなく、調査も、というところがカギである。漂着・散乱の実状をデータを介してより深く知ってもらうことで、より負荷の少ない商品が開発されることになるなら、この上ないだろう。ちなみに文花がエコプロでゲットしたバイオマス某の資料は休憩時間中に回覧済み。少なからずヒントにはなったようだが、決定打とはならなかった。
 「おかげ様で何となく策が見えてきた気がします。提案された方で、補足とかはございませんか?」
 こんな感じで、プレゼンターと会場とでいくつかのやりとりが繰り広げられ、To-Beの方も輪郭がハッキリしてきた。櫻はヒントを提供した覚えはあっても、こういう形で昇華されるとは思ってもみなかったので、呆気に取られるやら、誇らしいやら。論点整理は前半のうちに済んでいたものの、今となっては自身の心境の整理が必要なように感じていた。「千歳さんにカウンセリングしてもらったりして。フフ」
 As-IsとTo-Beは対比することで、より明確になる。弥生には手を休めてもらって、ここからは得意の打ち込み&投影で、千歳が仕切る。
 「進め方が前後してしまいましたが、ここで『こうなっている』と『こうしたい』を並べてみようと思います」
 箇条書きで記されていくのは、
  • 漂着は続く → 漂着を少しでも抑える → 素材レベルでの対策など
  • 今は拾うしかない → 量が減ればその負担は減る → その分、新たな策に手が回せる
  • 実態が知られていない → 知ってもらう努力をしつつ、関係企業などの参加を促す → 本業に活かしてもらう(商品企画段階からの抑制策など)
 など。解を見つけたらしい弥生がここぞとばかりに手を挙げる。
 「その、知ってもらうってことでは、調べた結果をより速く広く伝えるのも大事ですよね。隅田さんのブログには一部出てますが、センターや流域情報誌のサイトとかでも速報を載せられればいいんじゃないでしょうか? システムを改造すれば、リアルタイムでも行けそう...」
 「システム開発者がこう云うんですから、これはぜひやってもらいましょう。とっかかりは荒川下流でしょうけど、もしかするとあちこちで、ってなるかも知れないし」
 「ハ、ハハ...」 ツールではあるが、立派なソリューションである。ただ、応用範囲について本人はあまり考えていなかった。あくまでコミュニティビジネスレベルだったのである。弥生はプログラムを卒論ネタに、卒業後は見習い起業、という方向性を固めつつあったが、これで発展的見直しを迫られることになる。