2008年3月4日火曜日

35. 課題曲 & 自由曲

十月の巻(打上げ編)

 三時ちょうど、停留所まで来た五人はここから二手に分かれる。自転車組三人と送迎バス組二人。
さ「弥生ちゃんと小松さんて、組合せとしては異色ネ」
ご「研究熱心って点では共通するよ」
ち「意外と音楽の趣味とかも似てたりして」
 アラサーの三人はお気楽なことを言い合ってるが、当の異色コンビはと言うと、
 「はぁ、八十年代、ニューミュージック?」
 「弥生さんが生まれた年? それ以降かな。とにかくその頃に流行った曲とか...」
 「でも、小松さんだって、小学校低学年くらいでしょ?」
 「兄貴がよく聴いてたんだ」
 「お兄さん?」
 「あ、とりあえず内緒ね」
 バス車中の限られた時間ではあったが、聞き捨てならぬ会話を交わしていたのであった。

 「榎戸さん、一人?」
 「えぇ、情報誌チームを代表して...」
 開場十分前、南実と弥生がまず打上げ会場に到着。この時、駐輪場では、
ま「ヤッホー! 櫻さん、と、二枚目コンビさん」
ご「何だ、全然元気じゃん。本当に二日酔いだったの?」
八「へへ、見ての通り。こっちはグッタリっスけど」
 櫻は舞恵の頭をなでながら微笑みかける。「つらかったら櫻姉が相手してあげるから。お酒に頼っちゃダメよ」 十数秒前は元気そのものだった舞恵だが、今は半泣きになっている。カウンター係ならぬ、カウンセラー櫻の思いつき療法、大したものである。彼女の如才なさを再認識しつつも、舞恵をちょっと羨ましく思う千歳であった。

 そして三時半、文花と蒼葉を除く、higata@メンバーが集結する。珍しく男女バランスがとれているが、紅白歌合戦なんて陳腐な設定は無用。とにかく歌いたい人がお好きなように、でいいのである。
 ところがここでの進行役、冬木は面白い提案を持ち出した。
 「この部屋、ドリンクバーが付いてるんで、各自ご自由にどうぞ。アルコールは個別にご注文ください。で、飲み物を揃えてる間に、この機械か本で選曲してもらって、ここのボードに番号のご記入を。あとは僕が順不同で入れてくんで...」
 「あ、それならも一つ提案!」
 カラオケ大好きの弥生ならではの妙案が飛び出す。
 「課題曲と自由曲の二部構成って、いかが?」
 「へぇ、課題曲ねぇ。例えば?」
 ツッコミどころではあったが、業平は優しく聞き返す。
 「千住姉妹に敬意を表して『さくら』または『あお』に関係する曲を課題曲。それが一巡りしたら、あとはご自由に、そんなとこです」

(参考情報→打上げ=カラオケ?

 すると、うまい具合に「あおば」さんが入ってきた。
あ「あれ、まだ誰も? よかったぁ」
や「遅いじゃん、蒼葉ちゃん」
あ「画板持って自転車こぐの大変だったんだからぁ」
さ「そうだ、描けた? 見せて」
 姉がさりげなく促す。
 「駄作ですけど...」
 一同は一様に「おぉ」となる。鉛筆で強く描かれた全景描写の上に、淡い青が走る。今回も川の水で彩色しようとしたが、水面に無数の草屑が浮いて来て、筆を溶く気にならなかったんだそうな。
 「ひとまず、青だけなぞってみたんだけど、皆の想いを表現できてるかって言えば、まーだまだ。また明日にでも続き描きます」

 これで「青」や「蒼」がすっかり印象付いてしまったようで、課題曲は「あお」関係がメインに。何がどう出て来るかはこの後のお楽しみである。番号入力を始めた冬木に弥生が尋ねる。
 「ここって、持ち込みOKですか?」
 「飲み物はダメだけど、食べる方はいいんじゃないかな」
 さすがに湯気は引っ込んでしまったが、仄(ほの)かに暖かさ残るパンケーキが顔を覗かせる。
 「そんじゃこれ、あ、どうやって食べよ...」
 「ハハァ、初姉ったらテイクアウトグッズ、入れ忘れちゃったんだ。まぁお手拭きあるし、一人一枚だから、つまんで食べましょ」
 折るとバターとハチミツが混ざって出てくる小型パックなんかはちゃんと入っていたので、もうちょい、といったところ。それでもニコニコな一品であることは変わらない。
 入室してから十分以上経っている。二曲分もったいなかったかな、と思われるが、人が歌っている間に選曲する煩わしさや失礼もないし、曲と曲の間が間延びすることもない。自由曲を入れる際は、またひと休みすればいいだけの話なので、この段取り結構イイかも、である。(千歳マネージャー的にも高評価?)

 ハモンドオルガンと乾いたドラムで始まる曲がかかる。このイントロ、ドラム部分だけ聴くと八広君のケータイ着信音そのものである。宝木君と奥宮さんが会話するきっかけを与えた名曲、「A Whiter Shade Of Pale」(邦題:青い影)である。早巻きで歌わないとつい字余りになってしまう曲だが、歌う時もいつものせかせか調が出るので結果オーライ。サビが少々苦しげだが、まぁまぁだろう。
 ディスコチューンで何か一曲とやれば、英語曲つながりで流れもよかったかも知れないが、苦し紛れの業平が選んだのは何と「青葉城恋唄」。
 「あら、『蒼葉嬢恋唄』だって、蒼葉ちゃん、さすがモテモテ」
 イントロが悠長な分、弥生のツッコミを許してしまった。これで調子が狂った業平君は、キーがずれたまま、されど朗々と唄うハメになる。当の蒼葉嬢はどこか楽しげ。
 次も「あお」系統かと思いきや、蒼の当人がリクエストしたのは、「桜色舞うころ」。姉に気を遣ってのことかどうかは不明だが、桜と来てこの曲を選択するセンス、なかなかである。

 曲は再び七十年代へ。「ブルースカイブルー」を歌うのは打上げ担当の冬木。場を盛り上げるつもりなら、「ヤングマン」とか演(や)ってもいいはずだが、課題曲という制約上、ちょっと意味深なこの曲になった。歌の世界とは裏腹に本人の薬指にはすでにリングが光っていたりするからなお悩ましい。
 アルコール類については酔いから醒めたばかりの女性への配慮からか、特に注文はしてなかったものの、冬木が気を回してピッチャー入りの生ビール(&カラオケ店にありがちな惣菜盛り合わせ類)を頼んであった。ちょうど曲と曲の間で店員が持ってくる。「あ、これ僕におごらせてください」
 「ピッチャー↑ ピッチャー↓、どっちだっけ?」 抑揚がよくわかっていない弥生がそんなことを口走っていたら、ピッチャーさんの番になった。奇遇? それとも予定調和?
 「文花さんも好きなのよ、松田聖子。さすが後輩」 と櫻は言うが、自身もこの曲はお気に入り。何となく声を合わせている。南実の選曲は「チェリーブラッサム」だった。「貴方へと続いてるー♪」と歌いつつ、視線を誰かに送っているが、どうも気付いてもらえていない。
 お互いに感想を言い合っている隙(ヒマ)がないのが、このシステムのネックだろうか。
 「今のって、弥生ちゃんが生まれる前に出た曲なのよねぇ...」
 ここにいる女性陣の中では最年長の櫻。年長らしい(?)一言がしみじみと語られる程度である。
 今度は八十年代つながりで、千歳が得意とするニューミュージックが流れてきた。
 「よっ、千ちゃん、待ってました!」
 原曲キーで大瀧詠一を詠うとはいい度胸である。曲は「ペパーミント・ブルー」。八広の制止も聞かず、生ビールに手を伸ばしていた舞恵だったが、千歳の何とも清涼感ある歌声に思わず自制。歌詞も爽やかだから、自然とそう聴こえるんだろうけど、そればかりではないようだ。
 南実は思い出すものがあったらしく、いつしか目元が潤んでいた。ルームはやや暗めだが、視力のいい蒼葉はそれをしかと目に留める。
 「千さん、何よ。愛しの櫻さんに捧げるんだったら、やっぱり桜関係でしょ?」
 システム発案者としては不満だったらしく、歌の良し悪しとは違うツッコミを入れてくれたりする。エンディングが長いことによる不覚。
 「一応、ラブソングだったんだけど」
 「じゃあちゃんと櫻姉の顔見て歌わなきゃ」
 そもそも桜関係と言っても、ここ数年の間に流行っているさくらシリーズ曲はどれも「散る」「舞い落ちる」がつきものなので、歌いにくいのが正直なところ。彼女の心証をわざわざ悪くすることもあるまい。だが、こうした弁解をしようにも余地が、ない。

 「あ、あたしだ」
 まだまだツッコミが続きそうだったので助かった。弥生嬢はBONNIE PINKさんの「You Are Blue, So Am I」と来た。ピンクにブルー?と変なところに引っかかっているオーバー30の男性諸氏だが、弥生のチャーミングな歌声にだんだん惹き込まれていって、しまいには「ブラボー!」てなことに。九十年代ガールポップ、おそるべしである。
 そんな盛り上がりを一気に静めるバラードが流れる。短いイントロに続き、櫻が囁くように歌い始める。「君の隣で、笑っていたい...」 目が合った千歳はこのワンフレーズでダウン寸前。選曲の妙もあるが、何よりその美声にすっかり酔ってしまった。蒼葉と弥生は承知済みだが、初めて聴く他の六人にとってこれは事件だった。

 ルフロンが入れた曲の番号がどうもエラーだったようで、次に行かない。余韻に浸っていたかったところ、好都合だったと言ったら失礼か。
 「ハハ、さくら系で無難なのって、この『桜の木の下で』なんですヨ」
 歌姫は恥ずかしげにコメントするも、聴衆は意に介していない様子。ただパチパチと喝采を送るばかり。「何か歌いにくくなっちゃったんスけど...」 舞恵は平素の無愛想モードになりかけていたが、そこは八広がカバーする。機械から直接番号転送してリスタートである。
 「え? こんな曲まで入ってるの? オドロキ」 夏女(?)南実にとって、リゾート系かつダンサブルなニューミュージック、しかも八十年代と来ればこれしかない。杏里、曲は「青」系統で「Dancin’ Blue」である。
 「千ちゃん、これ角松の曲じゃん」
 「やっぱ、路線的に近いものを感じるねぇ」
 シンガー&ソングエンジニアの二人はヒソヒソ話。
 「自由曲はその辺りで行ってみますか」
 「自分で歌う用じゃなくて、歌える人を探す用に番号入れてみるってのもアリ?」
 業平は妙なことを思いつく。この間、同じようなことを弥生は考えていて「まつだ... あ、あったあった」 課題曲の続きを勝手に入力し出していた。
 踊りながら歌っていたルフロンがマイクを高々と上げると、その曲はいきなりブレイク。本来ならここで正にブレイクとなる筈が、軽やかなリズムギターとコーラス、そして重厚なベル音、どこか懐かしいイントロが流れてきた。
 「えっ『ブルージュの鐘』って...」
 「弥生ちゃん、ブルージュってベルギーの町のことよ」
 「まぁ、いいじゃないですか。誰か歌って♪」
 とんだブルー違いだが、弥生はイントロの重低音に早速聞き惚れている。自分が生まれる前のアイドル歌謡曲(今で言うガールポップに通じる?)、特に一世を風靡した歌手の曲にすっかり関心を持ったようで、取り急ぎブルーで行き当たったのがこの一曲。「当たり」だったことは間違いない。
 文花がいれば、問題なかったんだろうけど、ここは代わりに後輩がフォロー。マウンドでバシバシ硬球を投げ込んでいた時とは打って変わって、しとやかに歌っている。櫻がモテ系と評したのはこうした要素を含めてのことだったか... 今は千歳が南実を見遣っている。

(参考情報(曲目解説)→カラオケの楽しみ方(課題曲編)

 すっかりご満悦の弥生嬢は、「青い珊瑚礁」「蒼いフォトグラフ」等のリクエストを入れることはなかった。時すでに四時半を回る。
 「では皆さん、ここでひと休み。自由曲、考えといてくださいね」
 喫煙者エドさんは、そう言い残すととっとと退室。一服しに行ったか。舞恵はタバコの代わりにビールを飲み干す。
 「あーぁ、ルフロンたら」
 「皆がいるから大丈夫、うぃ」
 今は「やってらんねぇ」酒ではなく、歓喜の一杯。その上機嫌ぶりには櫻も止めようがなく、二人して改めて「乾杯!」とかやっている。何故こうも仲が良いのかは実は本人達もよくわかっていない。
 何はともあれ、舞恵に遠慮する必要はなくなった(?)。俄かにアルコール解禁ムードになる。弥生はペパーミントブルー系のカクテル、蒼葉はやっぱりワイン。ルフロンとの酒づきあいが浅薄、即ち下戸な八広君はウーロンサワーがいいところ。自転車で来ている都合上、飲酒運転レベルならないようにしたい業平、千歳、櫻の三人は、正体不明、無添加健康サワーで一致する。戻って来た冬木は引き続きビールを注ぐ。南実は意外にもアルコールNGということで、
 「せっかくドリンクバーあるんですから、ここはアイスコーヒーで」
 これにて晴れて全員で「カンパーイ!」 やっと打上げらしくなってきた。
 今は正気のルフロンは、「今日は舞恵のせいで、八クンともどもドタキャンになっちゃって、申し訳なかったです。お詫びに、デザートか何か一品ずつ、ご馳走しますワ」
 気前のいい舞恵さんなのであった。

 冬木は皆の分を入れながら、ちゃっかり自分の十八番も挟み込んでいる。業平と千歳も戦略的にお試し曲の番号を書いておいた。はてさて何がどう出るか、ハラハラドキドキのフリープログラム(第二部)である。
 いわゆるシブヤ系だが、フランスモードの楽曲が多いので贔屓にしている。ワイン片手に蒼葉が歌うは、ピチカート・ファイヴ「キャットウォーク」。姉と比べてはいけないが、妹も十分、佳い声艶をしている。詞の世界同様、何とも艶麗。冬木は蒼葉とは今日が初対面だったが、通販大好き人間だけあって、カタログに出てくるモデルさんについてもある程度頭に入っていたりするもんだから、見覚えがあった(ことに気付いた)。他の男子は歌声に聴き入って(または容姿に見入って?)たりするが、冬木はちょっと違うことを考えている。話すきっかけは掴(つか)んでいる。あとはいつ話しかけるか...。姉の櫻の手前、何となく自重しているだけ。どうにも油断がならない。
 お次は、南実嬢による、今井美樹「retour(ルトゥール)」。タイトルからして、これもフランスモードではあるが、いわゆるJ-POPである。弥生が生まれて以降の曲ではあるが、彼女にとっては接点がなかったらしく、重厚なドラム&ベースに調子を合わせながらじっと耳を傾けている。
 「小松さん、さっきは『チェリーブラッサム』で、今は『ルトゥール』って、何か曲のテーマが再生とか再出発なんだけど、意図あり?」 長めのエンディング中に櫻が問いかける。
 「え、まぁ、今日のクリーンアップでリセットできたから。干潟に想いを込めて、かな」
 歌とその殊勝なお言葉に対して大きな拍手が送られる。自らに対しても少なからずそういう想いはある筈だが、どうなんだろう。
 小気味良いパーカッションにドラムが重なる。あまり聞き覚えのないイントロが流れ出すと、八広と舞恵が立ち上がった。
ご「何? デュエット曲?」
や「へぇー」
 何だかんだ言って、さすがは恋仲のお二人さん。その曲は、DOUBLE & HIRO「Let’s Get Together」(Groove That Soul Mix)である。時折顔を合わせながら「We can be lover...」とか歌っているが、この二人に関してはすでにそういう仲なので、何を今更?と冷やかしも入る。いやいや未だ恋愛状況が明確でないアラサーカップルに対する応援歌のつもり、なのかも知れない。ともかくこのノリのいい一曲は、リズムセクションとしての二人の器量を量る上でも絶品だった。業平と千歳はこと盛大に手を叩く。

 行儀よく一礼する八広と舞恵を吃驚(ビックリ)させたのは他でもない。その曲はブラスとドラムの一大音響で始まる。短いイントロの間に、今度は千歳が立ち位置へ。
 「あ、この曲...」 櫻はどこで聴いたのやら。だが、聴いたことのある曲とわかれば歌う方も気楽なものだし、同時に気合いも入る。
 千歳にとっては十八番(おはこ)の部類なので、気分良く歌唱していたのだが、間奏になるや否や、 「まだ打ち明けてなかったのぉ? キャハハ」との声。ルフロンに突っ込まれては立つ瀬なし、である。この「YOKOHAMA TWILIGHT TIME」は、サックスがまた泣かせる。弥生にどうこう云われないように、櫻に捧げるつもりで選曲したのだが、どうも違う女性の琴線に響いてしまったらしい。その潤んだ目線に今度ばかりは気付かない訳に行かない千歳だった。
 サックスに続くリードギターのフレーズに冬木は陶酔する。八広はドラム、弥生はベースにそれぞれ肩を揺らす。歌が二の次というのがシャクではあるが、千住姉妹はちゃんと清聴してくれているようなので、それで十分。
 「いつ打ち明けてくれるんだろうね?」
 「私から切り出さないとダメかもね」
 姉妹は歌声よりも歌詞に関心を寄せていただけだったか。いやはや。
 バラード風のイントロが聴こえてきた。メドレーではないが、角松敏生つながりである。
 「誰? 『花瓶』て?」
 「入れ間違いかしら。でも、ここは私が」
 お試し曲の一である。櫻がこの系統の曲をご存じかどうか、あわよくばそれをどう歌うか、が知りたかったようだ。千歳の自作曲二編については、特に難色を示した訳ではなかったので、音楽的な素地に大きな開きがないことはわかっていた。だが、曲をお渡ししたのは、ピアノでのアレンジとちょっとした詞、というのを期待したまでのこと。ピアノに歌、という櫻の新たな一面がわかったことで、その期待は違う形で膨らんでいった。この『花瓶』はピアノ弾き語りに向きそうな佳品... そう、この線で処遇しない手はないのである。業平と千歳のソングエンジニアコンビは僭越ながら審査用(課題曲)の心算(つもり)でこの曲をリクエスト。「これは佳い」とか唸りながら、何かを確信する男性二氏であった。
 「ありがとうございました」 歌姫はお辞儀して一言。いやいやそれは男性二氏側の台詞だろう。

 弥生のケータイが鳴ったのかと思いきや、オケの方だった。エコーが利いている分、より重低音が響く。
 「この曲、だったんだぁ」
 櫻と千歳は何度か耳にしているので、リアクションも速かった。その曲とは、ROUND TABLE(Feat.NINO)「パズル」(extre hot mix)。弥生のガーリッシュな声がよく通る。キーが変わるところも上手く歌いつないで、満面の笑み。男性陣は再び騒然。ルフロンは八クンをどついている。
 まとめて入力したせいかどうか定かではないが、オケの方が勝手に小休止していて、次に移るのに少々間が空く。
や「ひきこもり青春アニメの主題歌です」
さ・ち「え? ひきこもり?」
 得意作業の性質上、放っておくとひきこもり状態になってしまうのはわかるが、まさか当人がかつては実際にそういうことになっていた、というのを知る者はここにはいない。毒もチャームポイントのうちだが、好きで舌鋒が鋭くなった訳でもなさそうである。そのアニメ、どういう心境で観ていたんだろうか。
 櫻の自選曲がやっとかかった。審査員二氏はまたしてもヒソヒソ話。
 「カラオケで古内東子って、初めて遭遇したかも」
 「アレンジャーとか、近そうだね」
 その曲は「あいたくなったら」。詞を真に受けるとドキリとなるところだが、当の彼氏はどう思っているのやら。「私の気持ちがあなたのよりも1グラム多いだけで不安...」 二人の想いのバランスを保つのも時には必要。だが、それに気を遣うのが恋愛なのかどうなのか。少なくとも直情型の櫻にそれを求めてはいけない気がする。それでも自分ではいつしかそんな器用さを身に付けつつあって、余計に詞の世界がしっくり来ているようだ。問題はそんな彼女の気持ち(歌に乗せた想い)が届いていないであろうこと。スローなのはいいが、その鈍さ加減の方が櫻にとっては不安要素かも知れない。千歳はただ、「ミディアムテンポの曲もバッチリ...」とあくまで歌唱の方に感服している最中である。

 巧みに紛れ込ませていたはずが、順番的には結局ラスト。冬木の番になり、今度はSING LIKE TALKINGで来た。この後は、ルフロンのクリスタル・ケイ、業平の和製ディスコ系などなど。系譜としてはダンサブルな感じなので、聴衆はBGM感覚でそこそこノッている。
 当初二時間の予定だったが、そんなこんなですでに時間延長の域に入っていた。一巡以上したところで、ようやくブレイクになる。
 「あれ、送迎バスの最終便って何時でしたっけ?」
 「確か六時だから... あら、そろそろ出ないと」
 櫻は時計を気にするも、弥生嬢はギリギリまで粘る作戦に出る。
 「じゃこの曲歌ったら」
 この手の機械に強い弥生は、サラっと検索すると、そのまま転送。ディストーションのかかったエレキギターが鳴り出す。My Little Lover「YES」である。詞は少なめだが、重い。実体験と重ね合わせるような思わせぶりな歌い方がまたいい。
 「えっと、おいくらでしょか?」
 「歌も良かったし、二部構成の発案もgoodだったし、無料無料!」
 業界人(?)冬木はさすが大盤振る舞いである。

 再び男女バランスがとれ、年齢層も固まってきたところで、もうひと盛り上がりと行きたかったが、あの人が歌うと次は嗚咽してしまうかも、と悟った南実が席を立つ。
 「え、小松さん、お帰り?」
 冬木としては予想外の展開だったようだ。
 「では、女性二千円、男性二千五百円、あとは奥宮さんと僕で...」
 三時間で何となく飲み放題付き、このお値段ならリーズナブルか。higata@の皆さんは案外ちゃっかりしている。
 「ありがとうございまーす」 で軽く済ませてしまった。
 打上げ担当が集金している間、弥生流に機械操作で検索&転送を試みる男女六人。そうこうしているうちに六時をとうに回り、終演が近づいてきた。お試し曲の二はあいにくお預け。

 蒼葉のラストは、南実に聴かせるつもりもあったのか、竹内まりや「プラスティック・ラブ」である。(注…ここでのプラスティックはあくまで造形的な恋模様をたとえたもので、プラスチック賛歌ではない。) そのまま達郎つながりで「硝子の少年」へ。これは千歳と業平の「欣喜(KinKi)キッズ?」が唄う。振付がつかないのが三十代男性の泣き所か。
 中山美穂を歌ったついでで、櫻が思いついたのは「Mellow」。前半はしっとりめが続いたが先の古内の曲でテンポが少し上がったため、ラストはまたちょっと軽快に...ということらしい。サビのところでは軽く振付もあったりして、男衆にとっては正にメロウ。
 「動画サイト見てたら、本人映像とか出てきたんですよ。それでちょっと覚えたの。YOKOHAMA~とかもそれで」「へぇ...」 歌い終えて、櫻は千歳に耳打ちするも、メロウを超えてメロメロになっているので、話にならない。「また行き過ぎちゃった、かな?」
 こういう場でのトリはやっぱりGo Hey君に限る。ラストはズバリ、「WAになっておどろう」! 「イレアイエー」とか「ランラァランラァラー」とか見事合唱モードに。皆さんよくご存じで。

(参考情報(曲目解説)→カラオケの楽しみ方(自由曲編)

 こうして盛況裡に打上げは終わるも、真面目な面々はここでもふりかえりに余念がない。EdyさんとLe frontさんが会計している間、五人はロビーで語り合っている。
八「それにしても、ここ最近の曲って出なかったスね」
ご「女性チームも、流行の歌姫系とか一切なかったし」
さ「そうねぇ。姫ってのもどうかと思うけど、とにかく歌い上げるのとか、チャラチャラしたのって苦手なのよね」
あ「歌ってて肩凝っちゃう感じのって、聴く方にしてもおんなじでしょ。歌い流せて、でも奥行きがあって、ってそんな曲がいいなぁ」
ち「それは言える。流す...ね。でも、時代に流されちゃう音楽ってのは考え物。近年のチャート事情見てると、とんでもないなぁって。思わない?」
ご「よくわからんけど、初登場一位の曲が翌週には十位とか圏外とか、って聞くね、確かに」
八「要するに音楽も使い捨て、ってことスか」
さ「もともと流行(はや)り廃(すた)りとは言うけど、最近は特に消耗品みたいになってるのかも、ね」
あ「漂流・漂着して、そのままになってる音楽もあるってこと?」
 そういう面は無きにしも非ず。音楽をゴミ化してしまっていい道理はない。では、消耗されない音楽とは? 自分で聴きたい曲を自分で創って大事にする、そういうこととも関わってきそうだ。

 「今日は本当にゴメンナサイ。でも舞恵が行かなかったおかげで、天気だったんだから好かったっしょ?」
 「初音嬢とか六月君とか淋しそうにしてたワよぉ。大変だったんだからぁ」
 櫻がからかい気味に応じるもんだから、ヘコんでしまったナイーブ舞恵さんである。ここは蒼葉が優しくフォロー。
 「まぁまぁ。どんな状況だったかは追々。higata@で意見交換することになってるし、おなじみモノログに、姉さんのラブラブブログにも詳報が出ることでしょうし、あ、あと情報誌も。ですよね、ムシュエディさん?」
 蒼葉に話しかけようと思いつつ、つい失念していた冬木だったが、先にこう振られてしまっては、自嘲するしかない。
 「あ、えぇ。今度はフライングしないように気を付けますので、皆さん予定稿のチェック頼みます。ハハ、ハ...」

 この打上げまでがオプショナルイベントだったとすると、ほんと盛り沢山な一日である。散会の挨拶等を交わして外を見ると、とうに暗くなっている。だが、帰宅するにはまだ早いと見る向きもある。
 「明日休みだし。もうちょっと八クンにつきあってもらう」
 リズムセクションの二人は商業施設内でショッピングetc.と相成った。業平と冬木はアルコール抜き、されど一服ができる場所ということで某カフェへ行く。つきあいとはいえ、これでまた禁煙中断か。試練の喫煙席は店の外。
 「ところで、隅田さんと千住さん、てカップルですか?」 この質問、前にも聞いたような...
 「はぁ、今はそうですね」 何とか吸わずに済んでいる業平が短く返す。
 「僕はてっきり小松さんがお相手なのかと思ったら、途中で帰っちゃったから、あれれ?って」
 「ハハ、彼女はガード堅そうですから。それでいて直球派ってのがまたスゴイとこ」
 冬木は一回吸ったきりで話に夢中。点火された一本は灰皿でただ短小になっていくばかり。
 「実は...ってことないですか? 少なくとも彼女は隅田さんに気があると思う」
 そう見られるんだとしたら、南実もちょっとした演技派ということになる。だが、実際のところは本人に聞いてみないことには何とも、というのが業平の本音。昨日のことのように思えるが、その南実嬢からホームランを打ったのは本日午後。清々したばかりだけに、そういう話はちとツライ。渋面になるのも無理はない。
 「そう見えるだけじゃないかなぁ。千歳君と櫻さんはhigata@内では公認ですからね。もしそうだとするなら、何か別の理由があるんだと思いますよ。だいたい榎戸さんが気にすることでもないでしょが」
 冬木の読み、決して違っていた訳ではない。業平の推察もいい線行っている。その理由とは... それはいずれ、然るべき情報筋から聞き知ることになるだろう。
 業平から冬木へのアフィリエイトの支払い、情報誌サイトへのリンク、そして、
 「ところでソーシャルビジネスの件ですけどね...」 前置きが長くなっていたが、ここからが本題。流域ベンチャーと提携する上での話ならコミュニティビジネスと行きそうだが、あえてソーシャルと切り出す冬木。何をどうするおつもりか、相変わらず曲者臭を漂わす社会的起業担当者殿なのであった。

 ちょうど三ヶ月前と同様、スーパーで買い物を済ませた二人。前回と違うのは妹君が随行していること。三人とも空腹ではないので、どこかでわざわざ食事するでもない。小腹が空いた時に備えて軽く買い込んだ程度である。
 七時を過ぎているが、蒼葉は得意のピチカート・ファイヴで、「東京は夜の七時...♪」とか口ずさんでいる。歌のテンポに反して、三台の自転車は、基本的にはスローモードで進む。が、画板が時に煽られてヒヤリとする場面があるため、そのモードはさらに低速になる。見かねた千歳は、
 「橋を超える時とか危ないでしょ。僕、預かるよ」
 「じゃあ千さん、明日引き取りに伺いますわ」
 「いやぁそれは... 橋のところでお渡ししますよ。朝十時でいいですか?」
 危うく蒼葉の大胆行動にしてやられるところだったが、櫻の無言の圧力もあって回避。そう、拙宅にお招きするのはまず姉君から、である。
 「枕元に飾っておくと、きっといい夢見れますよ」
 櫻は至ってにこやか。
 「そうそう、それでまたキャッシュカードが見つかったら、新たなストーリー再び... 何ちゃって」
 「蒼葉ったら、フフ」
 送迎バスが通る大通り。舞恵の勤務先である銀行付近で姉妹とはお別れとなる。 「モノログが先か、メーリングリストが先か...」 そんな思案をしつつ、蒼葉の下絵をPCの前に立てかけてみる。風や波の音をなぞるように青が配されている。絵からその微音が聴こえてくるようだ。千歳の一日はまだまだ続く。