2008年2月26日火曜日

34. そして正午を過ぎ


 仕分けされた大小様々なゴミを前に並べて、ここで記念撮影。撮影拒否される方も特になく、撮影は快調と思いきや、おふみとおひさのご両人が何やら身だしなみを整えたりするもんだから、少々ペースが崩れる。それでも、チーム榎戸の撮影係はここぞとばかりに張り切って、ひたすら連写モードで撮る撮る。
 「ちょっと待ったぁ」 冴えてる千歳はここで自身のデジカメを手渡しつつ、ひと仕切り。「では皆さん、Go Hey!ってやりますから、可能な方はHeyのところで拳を挙げてくださいね」
 傑作が撮れたところで本日の予定行事は終了。ここからはオプションである。
 「そうそう、ちょっと水位が上がってますが、干潟でもぜひ記念写真撮っていってくださいね。スタッフがお撮りしますので」 櫻の掛け声に呼応するように参加者の何人か、干潟シスターズ、干潟ブラザーズ(?)が向かう。いや、六月は途中でトーチャンズの少年らと漂着硬球の品定めをし始めてしまったので、シスターズ+2(おまけ)である。
 何故か人気者の業平が撮影係を務めている間、南実は干潟を見て一言。
 「これでリセット完了ね」
 「エ? リセットって?」 聞き慣れない用語に櫻が素早く反応。
 「調査型クリーンアップの場合、決められたエリアを重点的に片付けて、一定期間を空けては調べ、というのを繰り返す手法があるんです。それがリセットクリーンアップ。今日はその記念日、かな」

(参考情報→リセットクリーンアップ

 ここで永代が口を挟む。
 「こうやってリセットされると、ここにゴミを捨てようって、普通なら思わないでしょね... あ、漂着して来るゴミが溜まる場所かぁ、ここは」
 「いえいえ、ここだってわかりませんから。捨てさせないためには片付ける、って、大いにアリでしょう」
 「調査してきてどうよ、櫻姉?」
 「そうねぇ、今日見つけたハクサイとかソーセージとかはここか、この近くかもね」
 「すでに散らかってると連鎖反応でつい捨てちゃう、か。でも食べ物をそんな風に捨てるのって、アンビリバボーかも」 弥生はちょっと義憤に駆られている。だが、かつての学校はもっとunbelievableだった。堀之内先生は経験談をもとに静かに話し始める。
 「荒川も学校も同じ。本来の状態にできるだけ早く戻すことで荒れを防ぐってことよ。割れた窓ガラスを放っておくとドンドン荒れちゃうから、とにかくすぐ直す。ゴミも早く回収できれば生き物の被害も防げる、そういうことよね」
 現役教諭ならではの発言に、シスターズはフムフムと頷く。いわゆる割れ窓理論は、干潟をはじめ、地域や流域にも大いに当てはまるのである。ただ、ここでの予防論、つまり発生抑制策は比較的狭義に当たる。より上流、即ち消費→購入→販売と遡及していく中でゴミ要因を抑えていくこと、それがより広義の予防と言えるだろう。(割れた窓をどうこうではなく、そもそも窓を割らせないようにする、という道理) ゴミではなく資源という意識付けと同時に、ゴミにならない素材利用が促されないことには、クリーンアップはいつまで経っても後手の対策でしかないのである。
 撮影係を終えた業平は、「干潟端会議」を聞いていた千歳の肩を叩くと、
 「千ちゃん、今日はグッジョブだったねぇ。モテる男は違うなぁって思ったよ」
 「何を仰いますやら。Go Hey人気の方が上だよ。ホラ、シスターズが手振ってるよ」
 どうやら干潟をバックに写真を撮れ、ということらしい。
 「なぁーんだ、女性だけでってか」
 だが、そうでもなかったらしく、次の写真は男子も交えて、と相成った。
 「じゃ、アタシは新米だから。撮影係しますワ」
 永代が撮った一枚は、中央に千歳と業平、それぞれの隣には櫻と蒼葉と並び、両翼には文花と南実、小梅と弥生が固める構図。撮影者はシャッターボタンを押すところで、すでに感極まっていた。「何か、Beautifulぅ」
 その後はケータイをとっかえひっかえで、思い思いに写真を撮っているご一同。六月が加われば、ヨシ束の一部をバイクに載せ終えたもう一人の先生もやって来たりで、ワイワイが続く。この間、チームを散開させた冬木は、辰巳と名刺交換しながら談笑中。トーチャンズの野手は、使えそうな硬球を洗い終え、乾かしがてら学生諸君とキャッチボールなどしている。

 「あ、彼等待たせてたんだった」 南実は小走りで外野へ。掃部先生は、外野の周りで駆け回っている子どもたちを見ながら、妙なことを仰る。
 「いやぁ、やっぱバッタは地場のに限るね。活きがいいんだよな」
 「あら、センセ。バッタに地場とか外様(とざま)とかあるんですか?」
 「なーに、どっかの区がさ、子どもたちにバッタ捕りさせるんだとか云って、何すんだと思ったらよぉ...」
 話によると、わざわざエリアを区切った上に、どっかからバッタを持って来て放して捕まえさせたんだとか。バッタとしてはいい迷惑である。
 「野放しにすると、放流ならぬ放虫問題になっちまうから、区としても配慮したつもりなんだろけど、まぁ不自然だわな。バッタも慣れない土地だから、どう跳んでいいかわかんなかったんじゃねぇの。ドッタバッタってヤツさ」
 相変わらず絶好調の清先生である。何食わぬ顔しているが、細めた目の先には、バッタを捕まえたばかりの例のやんちゃ少年の姿が。先生は一同を引き連れ、少年の元へ。
 「トザマ、じゃねぇ、トノサマバッタか。観察したら放しておやり」
 ここで千歳は思い出したように先生にトンボやチョウの種類を尋ねる。「アキアカネとかツマグロヒョウモンとか...」 飛び交う傍から名前を明かしていく。乗じて小梅も途中で見かけた可憐な黄色の小花について質問。「コマツヨイグサ? まだ咲いてるってのもなぁ...」 気温は高めではあるが、花は九月までなんだそうで。これも温暖化と関係があるんだろうか。いい意味で温暖な青空のもと、小教室が開かれるのであった。
 コマツが出たところで、南実嬢はと言うと、微細ゴミのことはそっちのけで、何故かピッチャーマウンドにいる。勧誘したと思しき男子学生がキャッチャーに回り、ウォーミングアップを始めたところである。アスリートだけあって、疲れ知らず。楽々肩慣らししている。
 投手は打席に六月を立たせ、漂着硬球の感触を確かめると、ゆっくりと投げ込んだ。スローボールだったが、六月はあえなく空振り。一球目、ストライク。始球式、もとい「試球式」の図である。
 小技志向の六月はバントヒットを狙うも、南実の軽快なフィールディングであっさりアウト。投手はすかさず二番打者を指名する。「あ、ちょうどよかった。隅田さん、どう?」
 トークは冴え渡っていた千歳だったが、バッティングについてはどうだろう。本人も全く予測がつかない。打席に意識を集中する間もなく、ズバっと直球が走って行った。
 「ちょっと小松さん、一番バッターの時と全然違うじゃんさぁ」
 「手加減しませんから。打てるもんなら打ってみ?」
 いつもの焚き付けが始まった。こういうのは心理戦でもある。挑発に乗せられた方の負け。南実は昔のことを思い出しながら、その想いを球に込める。打席に立っている人物は在りし日の... 重なって見えてくる分、想いはひとしお。
 「やったぁ、三振! バッターアウト!」
 二球目は辛うじてファウルしたものの、三球目は空を切った。つまりストレートの三振である。「あーぁ、千さんお気の毒。ま、相手が悪かったわね」 蒼葉に慰められる始末である。櫻は一見したところ笑みを浮かべているが、内心はあまり愉快でない。「小松さんたらぁ」 これは彼を思ってのことか、それとも南実の何らかの策謀に気付いてのことか、波が起こりそうなことだけは確かである。
 「よっしゃ、ここは業平君に任せなさい」
 三番は志願バッターの登場である。南実は余裕でストライクを取りに行き、業平も余裕で見送る。簡単に2ストライクになるも、これは様子見しただけのこと。選球する必要がないことを悟ったバッターは、次もストレートと読んでこれがズバリ的中する。三球目も球は走っていたが、「Go Hey!!」で振り抜いた瞬間、大飛球が舞い上がった。彼の中で何かがフッ切れた瞬間でもある。
 「ひぇー、やられたぁ」
 悔しがる南実を横目に、まったりとベースを回るGo Hey君である。ブラザーズでハイタッチとかやっているが、シスターズの方は至って冷淡。
 「本多さん、どうすんの? また漂流ボールになっちゃうじゃん」
 「あ、いけね...」
 弥生のツッコミにまたしてもタジタジ。打のヒーローは一転して、返り討ちに遭う。「干潟何周してもらおっか」「まずは拾いに行ってもらわなきゃね」 千住姉妹からもこの調子。人気者とはこういうものである。
 打たれてスカっとしたか、ピッチャー南実は学生連中を従え、にこやかに現場に戻る。だが、微細ゴミにはまだ手が回らない。集合写真を撮ったその場には、分別されたゴミ袋の他に、ベニヤ板、大物プラスチック製品、敷き布団、観葉植物、物流系パレット、ビールケース、塗料缶、タイヤなどの粗大な品々がまだ残っている。一般参加者は大方帰ったので、今は小梅と南実が中心になってステッカー貼りなどをする傍ら、学生諸君が搬出可能な分について詰所脇に持ち運ぶことになる。流木とヨシ束は石島課長のご指示により、ひとまず放任となった。
 もったいないゴミも何となく片付いたようだ。その代表格である疑似餌セットは先生の手に。いつものように釣具も持って来ているので、チョイと太公望と行きたかったが、今日のところはお預け。
 「じゃ、センセ。これお願いします」
 「続きは土曜日でいいのかな?」
 「ハイ」
 文花が手渡したのは、理事選考用(トライアル)のレポートのコピー。匿名で六人分、お題は「巡視船紀行」(流域考察)である。これは先生にとっても好材料。目が笑っているのがその証し。
 そこへ「文花さん、この重たいヤツ、クルマで運んでもらいたいんだけど...」 南実が頼ってきた。
 「はぁ、そういう使い道もあったとは」
 「ブルーシートの上だったら平気ですよね」
 と、トランクを開けた際、農作業道具を出し忘れていたことに気付く研究員コンビ。粒々を拾うのにスコップが、粒と破片類を分けるのにはザルが、それぞれ役に立ちそうだ。
 「さすが、先輩」
 「もしかして埋没物調査とかやるのに使えるかなって思っただけ...」

(参考情報→埋没物調査

 蒼葉に画材を引き渡したら、あとはとにかく積み込むばかり。資器材も積載しているが、文花の軽自動車は今やゴミ運搬車である。うっかりしていたが、十三時からは野球の試合が始まってしまうので、早めに移動しておいたに越したことはない。タイムテーブル設定外の時間帯ゆえ、こうしたドタバタはむしろ当たり前。臨機応変に対応できるかどうか、これも現場力のうちなのである。
 文花はハンドルを握るとそれなりにサマになるものの、今はマスクをしているので何とも言えない。ノロノロとトーチャンズが練習するグランドの横を掠めて行った。練習の模様を眺めていた冬木と辰巳だったが、文花のマスク姿に触発されたか、この時ばかりはしっかりリリーフに向かった。
 業平はチーム南実に紛れてカウント作業を手伝っている。弥生、六月、小梅、永代は、問題の陸上ゴミの調査中。清はいつもの巡回散策に出ている。本日大役を務めたお二人はようやくひと息... いや息を抜き過ぎたか。
 「千歳さーん」
 櫻はもたれかかろうとしたつもりが、倒れそうになり、彼氏に抱きかかえられる。
 「大丈夫? 櫻姫」
 「ハハ、ちょっと飛ばしちゃったかな」
 甘え上手な姫である。
 「頑張ったもんね、櫻さん。楽勝に見えたけど、そうでもなかった?」
 ちょっと間を置いて、
 「だって、私の笑顔、好きなんでしょ?」
 情報筋は小梅である。櫻にはちゃっかり教えていたようだ。でも、そのために無理して?
 「小梅嬢、僕には教えてくれなかったのになぁ」
 「フフ、誕生日に教えてあげる」
 笑顔が似合う小悪魔さんであった。千歳は一寸だけ安心する。

 球音が聞こえなくなったと思ったら、トーチャンズはすでにランチタイムに入っている。十二時四十五分。集積所への積み出しを終えたところで、冬木は一服しかけるもぐっと思いとどまり、こんな提案を口にする。
 「矢ノ倉さん、皆さんで打上げとかはやられないんですか?」
 「打上げ? そういうのってアリなんだ」
 「例の商業施設の中に打ってつけのスペースがあるんですよ。カラオケでもやりながら、どうですかね?」
 「弥生嬢に聞いてみるワ」

 陸上ゴミのデータを入力している最中にケータイが入る。重低音着信はいつも通り。だが、その着信音が響いたか、入力画面がクリアされてしまった。「え? そんなぁ... ったく誰じゃ」 データ入力システムに思わぬ欠陥あり。それが見つかったのは良しとしたい。
 「あ、弥生さん?」
 「なぁーんだ、おふみさんか。着信したらおじゃんですよぉ。せっかく入力してたのに」
 「ごめんごめん。カラオケでもどうだ?って、edyさんが言うからね。皆、どうかなぁと思って」
 「カラオケ? あ、行く行く!」
 お若いだけあって、こういうのは結構お得意だったりする。かくして、ノリノリの弥生の声かけにより、打上げ企画が成立。だが、初音を待たせていることもあるし、今からすぐにカラオケってのも気が引ける。
 お互いに姿は見えているのだが、再度ケータイで連絡を取り合う。
 「あ、ハイ。三時半にそこの受付に行けばいいんですね」
 繁盛しているらしく、すぐには入店できないことが判明。かえって都合がいいというもんだ。

 六月と永代は、陸上ゴミの入った袋を持って、文花のクルマへ。センターを経由した後、三人でお昼を共にするんだとか。蒼葉と小梅は、干潟の見える場所でピクニックランチ。女流画家は、「皆さんの想い、その想いできれいになった干潟... 息づかいというか呼吸感というか、とにかく描き留めてみます」と熱い。画家見習いの小梅にとっては、またとない機会だったが、食べ終わったら塾、というから世智辛い。
 師弟ディスカッションが尽きない清と辰巳だったが、さすがに空腹になったか、程なく会場を後にした。冬木は撮影係から呼び出しを受け、商業施設のフードコートへ行くそうな。あそこならいくらでも時間は潰せる。打上げ企画の言いだしっぺである手前、早めに会場入りしておいて悪いことはない。
 スタッフ証を付けた面々での閉会式の如きものはあったようななかったような感じではあったが、打上げもあることだし、彼等にはメーリングリストという頼みの綱がある。流れ解散が可能なのは、相応の結束があるからこそ。本日のイベントを以って、その結束が少なからず強まった観はある。次回は十一月四日というのもすでに打合せ済み。リセットクリーンアップ一巡目、というのがまた昂揚感を高めてくれる。

 「あ、初音さん? ウン、今から行く。え? 遅いから全メニュー品切れ? アハハ」
 午後一時、一人徒歩の弥生は店に連絡を入れる。櫻、千歳、業平は、再資源化関係をひと袋ずつ自転車に乗せ、押して歩く。カラスが時折喧しいのを除いては、実に穏やかな秋の午后早々。四人の足取りは軽やかだが、スローである。

 当店初登場の弥生を筆頭に、常連さんがやって来た。
さ「じゃあ今日は飲み物だけかな?」
は「いえいえ、ちゃんとありますよ。いただいたお野菜もアレンジしてもらいました。でも四人じゃ多いですかね?」
 大皿には秋野菜がたっぷり、そこに流域地産のコマツナがちりばめられている。
ご「あとで、豪腕ピッチャーも来るはずだから、ちょうどいいと思う」
は「豪腕? 誰スか、それ?」
さ「あぁ、コマツナ南実さんよ、ね、空振りバッターさん?」
ち「あんな本気で投げられたら、敵わんですよ」
は「見たかったなぁ」

 粒々入りの袋やら、文花から借りた道具やらを持って、早足で堤防上を歩く南実嬢。
 「ハ、ハ... うぅ、ススキ花粉症、うつっちゃったかしら?」 出そうで出ないクシャミほど愉快でないものはない。

 噂のアスリートが入ってきた時には、議論もたけなわ。
さ「ちょっとねぇ、三会場全部を見渡せる人が必要だったかなぁ、ってのはある」
や「品目の確認、特に初めての人は戸惑ってたみたい」
ご「重たいかそうでないかてのは見ただけじゃわからないから、まずは複数でチェックしてからの方がいいかもね」
 などとポンポン出てくる。「あ、小松さん...」 重量ゴミをいとわない豪腕女性がタイミングよく四人の前に現われた。
み「クリーンアップする前に筋トレすりゃいいのよ」
ち「ハハ、それは思いつかなかった。クリーンアップが即ちエクササイズかなって思ってたくらいだから」
や「今日はバッティング、いや素振りまでして、よく動いたことだし」
さ「筋肉痛にならなきゃいいけど、ね?」
 「櫻と弥生」の思わぬ口撃に今度は千歳がタジタジ。先刻(さっき)までイベントのふりかえりをしていたはずが、脱線モード。ピッチャーとホームランバッターは、投打のふりかえりをしている。

 「そうそう、小松さん、トースト来る前に文花農園のサラダ、どう?」
 櫻は何気なく勧めたのだったが、南実は蒼然となる。
 「この緑のってもしかして...」
 「コマツナ、美味しいわよ」
 「ム、ムリかも...」
 人は見かけによらないというか、思いもよらない弱点があるものである。「ホウレンソウはいいんだけど、これはねぇ。コマッちゃうんだなぁ」
 千歳の飴嫌いと接点がありそうな話である。好き嫌いどうこうというよりは、名前がもとでトラウマ食品になってしまった、そんなとこらしい。
 「喜ぶと思ってとっといたんだけど、ね。じゃ四人で先にいただくから、他のお野菜どーぞ」
 してやったりの櫻。憮然とする南実。二人の間に小波が立ったが、今はすぐに収まった。そんなこんなで、食べ物の話題になり、漂着食品または投棄食品の話で盛り上がる。初音が全粒粉トーストを持って来ても注文主はあまり気付いていない。
 「小松さん、それって粒入り?」
 「あ、いつの間に? 初音さんが勧めるから今日はこれにしたんだけど、確かにそうね。ツブツブ...」 オススメの甲斐あって、やっぱり嬉しそうである。
 本日の反省なり成果なりは、higata@に各自一筆入れるということにして、ふりかえりは収束方向に。
 「でも、櫻さんも隅田さんも達者ね。当意即妙っていうか... 何かやってたんですか?」
 南実の解説ショーも鮮やかだったが、アドリブ性という点では二人が上手だったのは間違いない。
 「昔ね、ステージでその...」
 「何かね、マイクの前に立ったり、マイク持ったりすると、不思議と... へへ」
 打って変わって今は滑舌さが消え、ただ言いよどむご両人。業平は千歳のステージ慣れについては了知するも、櫻のステージというのが引っかかる。千歳も詳しいところは聞いていない。
 「へぇ、ピアノ弾きながら、歌?」
 「学生の頃だから、結構前の話だけど... 私はいいのよ、現役って意味じゃ弥生ちゃんよ」
 「そう来ますか。あたしのは下手の横好き。チョッパーできないし」
 重低音好きな理由がこれで少しわかった。彼女はベーシスト志向があったのである。
 「楽器屋でね、時間がある時に手ほどき受けてたりしたんだけど、最近はPCでリアルなのが作れちゃうから、あんまし...」
 こうなると、何かやってくれそうな南実に注目が集まる。
 「実は形見の楽器があって... 河原で練習したりもしたけど、吹いてるとどうしても切なくなっちゃうから。干潟に顔出すようになってからは全然ですね」
 新事実が明らかになるも、形見というのがネックになり、膠着気味。インタビュアー千の出番ではあるが、こういう時は本人に委ねるのがベターだろう。
 「あ、いや、そんなシリアスな話でもないですから。文花さんにでもそのうち聞いてやってください」
 そう言いつつも、南実らしからぬ愁いを秘めた気色が浮かぶ。千歳と櫻はそれを見逃さなかった。

 初音がお代わりサービスにやって来た頃にはすっかり音楽談議に花が咲いていた。
や「この後、カラオケですから。そこでまた趣向がわかりますかね」
ご「でも歌はなぁ...」
さ「そうそう初音さん、今日お店何時まで?」
は「ティータイムは外せなくなっちゃったから、五時まではいます。皆さん、カラオケですか。いいなぁ...」
 十月からは「初姉のパンケーキ」が始まっている。初日の昨日はそこそこ好評だったので、今日はさらにブラッシュアップして定着させたいところ。晴天時の初音はいつもなら朗らかだが、今はやや緊張した面持ち。そろそろ厨房にこもらないといけない。
 「春までおいそがしいかな? ま、どっかで打上げしましょうね」
 頭を下げて店員は席を離れる。すでに十四時を回った。パンケーキの注文がチラホラ入り始める。
 アイスカフェオレを一気に吸い込んで、小さく溜息。いつものピピとはちょっと違う。
さ「どったの? 弥生ちゃん」
や「あ、別に。八(ハチ)さんとルフロンさん、どうしてるかなって?」
ち「そっか、忘れてた」
や「酔いが醒めたら出て来れるんじゃないかなって、ふと」
 千歳は二人がリズムセクションだったことを思い出す。カラオケに集ってもらえば、リズム感なり、音楽の志向なりもわかるだろう。業平も思うところがあったようで、
 「八宝クンにかけてみっか」
 外に出て行った。
 「三時半てことは、駅を通る例のバス、三時五分くらいでしたっけ? 千歳さん」
 「三時前に皆で出ればいいんじゃないでしょか」
 「じゃ、あたし、蒼葉ちゃんに確認してきます」
 業平と入れ替わりで弥生が店外へ。
 「いやぁ、電話越しにルフロン嬢が出て来てさ、大はしゃぎだったよ」
 「まだ酔いが抜けてない、とか?」
 冷やかし気味に千歳が問うと、業平は真面目顔でサラリ。
 「皆に会いたいんだって」

 漂着モノログ、さくらブログには今日の出来事がどう載るんだとか話しているうちに、
 「ナヌ、掃部先生のブログ、ですって?」
 弟子としては誠に耳寄りな情報が飛び込む。南実は早速URLを控えるが、「まぁ、当面は千歳さんと先生がセンターで落ち合う時が更新タイミング、かしらね」と櫻に実情を聞かされトーンダウン。それでも内心は「しめしめ」。しっかりコメント投稿すれば、いずれ先生も認めてくださるだろうし、次の著作で採り上げてくれることだって出てくるだろう。したたかさを内に秘める南実研究員である。

 三時のおやつが用意されつつあった。初音は五人を引き止める代わりに、文花から預かったバスケットに包み込んだパンケーキを収め、弥生に渡す。
 「お客様に出す時は、二枚重ねのパンケーキを二組。二×二なんで、初姉の『ニコニコ パンケーキ』ってことにしました。今、五人分で十枚、取り急ぎご用意したんですが、よろしければお土産に、ってことで」
 「ニコニコねぇ。お一人様二枚だと『ニコパンケーキ』?」
 「そっかぁ、選べるようにすればいいんだ」
 櫻の小洒落は、ちょっとしたヒントを与えたようである。初姉はニコリ。
 「あ、そうだ。文花さんから預かってたんだ。これ初音さんにって」
 お泊りだったため、バッグは大きめ。南実はそこからあるものを取り出した。
 「何度まで行きました? 今日」
 「二十六度だったかな」
 できたてのパンケーキからは程よく湯気が立ち上り、デジタル温度計をあわてさせる。
 「あらら、三十度超えちゃった」

 「ありがとね、初姉!」 今回はテイクアウト品のモニターをお願いしたので、またしてもサービスである。五人衆は素直にニコニコしながら店を後にする。ネーミングの妙味ここにあり、か。