姉妹が顔を見合わせる。
「千?(苦笑)」
「あ、いや。そういう邦画、あったでしょ」
そこで姉、「あぁ、『千と千尋の』某ね」
妹が続けて、「今日からお前は千じゃ!」 あぁ業平のヤツ。
「いやぁ、河川敷走るの久しぶりだったんで、つい道草食っちゃって」
「あぁご自慢のMTBで来ましたか」
「まぁ、今日のところはMTじゃなくてRSだけどね。相変わらず元気そうで」
「お互い無事で何よりってとこか」
一メートルの段差を挟んで、二年ぶりの再会を喜ぶ二人。業平は背が高い方なので、余計に見上げないといけなかったりする。
「頭がえらく高いぞ!」
「はいはい」
姉妹も近づいてくる。崖地をひと降りして一言。
「見目麗しいお二人さん!」
「千さん、この方は?」
蒼葉が訊ねる。
「会社にいた頃の同期で、本多...」
「業平橋の業平と書いてごうへいです」
本人が名乗り出る。ヤレヤレ。
「千住櫻さん、と妹の蒼葉さん」
「何か芸能人みたい。モデルさん?」
櫻は苦笑気味。蒼葉はそわそわした感じ。この展開っていったい?
「確かにこれはスクープもんだぁね」
「起業ネタとか何とかで解決できないかねぇ」
「そうさね」
男同士で会話が進み、今度は櫻が退屈そう。例の憂い顔になりかけていたが、千歳がそれを察知し、話を振る。
「櫻さん、いいものがあるって話、そろそろどうですか?」
「あ、そうそう... ジャーン!」
いつもの不敵な笑み? いや「よくぞ聞いてくれました」とでも言いたげな満面の一笑である。
段差のふもとに置いてあった櫻のマイバッグ。そこから出てきたのはクリップボード。と思いきやそれは、「データカード?」 一同、思わず発声。
さ「拾うだけじゃなくて、何がいくつあったかを調べようってことです」
ち「記録は大事。社会的意義もありそう」
さ「そう。データを集めて分析して、ゴミにならない、ゴミを減らす、そんな対策を立てるのに一役買うんだそうで...」
ご「メーカーにいた人間としては頭が痛いところ」
あ「世界共通なんだ」
さ「多少違和感あるかも知れないけど、世界的な取り組みとあらば、また違うでしょ? ね、千歳さん♪」
眼鏡越しに視線が光ったような気がしたのは気のせいか。対照的に裸眼の妹は目をパチクリさせている。この場所でクリーンアップすることを思いついた、つまり発起人は確かに千歳だが、主導権的には櫻に分がある。感服しつつも、一応号令をかける。「成る程。同じクリーンアップでも、これをすることで説得力が増す訳だ。やりましょう!」(モノログ的にも欠かせないしね。)
「じゃ、まずは除去! ここに集めましょ。数えるのはそれから」 崖に近い平面にとにかくゴミを固めることにした。千歳が拾い上げていた大袋は、白黒そろっていたので、大まかに可燃・不燃で分けるのには好都合。時刻は十時半、干潟はさっきよりもさらに拡がった感じ。櫻はまたポイポイやる構えだったが、妹のお出かけ着への配慮か、持参の大きめレジ袋に放り込むスタイルで歩き回っている。四人とも軍手着用&レジ袋片手。それぞれ思い思いに歩き、拾ってはレジ袋にポイ、そして集積場所でガサガサと出す。これの繰り返しである。単調なようだが、時に巣穴からグレー(泥一色)のカニが出てきて、
「わぁ、櫻姉、今度はカニぃ!」
「カニ? に、にしんの缶詰...」
「って、しりとりじゃなくて、本当にいるんだよぅ」
「あ、本当だ。可愛いじゃん」
てなことがあったり、
「なぁ、千ちゃん。このテレカ、まだ使えんじゃない?」
「確かにゼロのところに穴開いてないね」
「ま、ケータイ持ってても、いざという時は公衆電話だったりするから...」
「あれ、そこに落ちてるのってケータイ?」
「これだもんね。一応届ける?」
「って言うか、販売店に持ってってレアメタル回収してもらわないと」
「さすが元電機メーカー、生産プロセスセクション!」
「どうでもいいけど、千ちゃんてのはやめて」
といった具合。決して単調という訳でもない。
退潮はまだ続く。上流の方も少しずつ干潟が出てきた。「ありゃ、ハンガーか?」 折れたヨシの茎に、針金式の黒ハンガーがいくつか引っかかっているのが見て取れる。「うまくかかったもんだ」 男二人、露わになったばかりの干潟をそろそろと歩いていく。すると、「カァー」と鳴き声一喝。一羽のカラスが着地するや、巧みにハンガーを咥(くわ)え、すかさず飛び去って行った。下流側で眺めていた姉妹も唖然。
「今の見た?」
「そうか巣作りのシーズンか」
まだ数本残っていたが、カラスに襲撃されるのも不本意だ。浮かない顔で集積場所に引き返す二人に、櫻がニヤリ。
さ「カラスに横取りされちゃいましたね」
ご「ガックリです。データカードに何て記録しよう」
あ「カラスの基準では生活雑貨でしょうね」
ち「いや、単におもちゃだったりして。ま、有効に使ってもらえるなら、ハンガーも本望?」
四人そろったところでひと休み。パッと見は結構片付いた感じである。カラスを特訓すれば、ゴミの分別も可能(?)なんて話をしていたら、おもむろにタバコを取り出し、点火する一人の男。業平、禁煙したんじゃ?
千歳が声を上げるのと同調するように、姉妹も「アーッ!」 面食らった業平君は、最初の煙をひと吐きしたかしないかのうちに、咥えた一本をその場に落としてしまった。「いや、これは失敬」 垂直に落ちたタバコは干潟の水分によって消火され、プスとくすぶる。念のため、バケツの水もひとかけ。
「まだ吸ってたの?」
「いや拾っている中で吸殻を見つけたら、ついその」
「これは漂着じゃなくて、散乱ゴミね」
「あ、一応、携帯灰皿持ってるんで」 申し訳なさそうに落とした吸殻を拾い、灰皿に収める。まだ長さがあるので、無理やり突っ込む感じ。
「もったいなかったねぇ」
「以後、気を付けます」
「本多さん、罰として、干潟一周!」
蒼葉の不意の一言に一同大笑い。カラスは去ったが、近くの水辺ではカモが騒々しく、こっちに合わせて嘲笑しているように聞こえる。姿は見えないが、結構な数がいるようだ。
「それにしても、皆さんそろってタバコとは無縁なんだねぇ。肩身が狭い」
「そ。この場合の無縁は、煙がない方の無煙ね。煙とは縁がない方がよくてよ」
さすがは櫻姉。今日も冴えてる。
ち「街では分煙や路上禁煙が進んできたけど、こうした河川敷や干潟はまだまだ喫煙者優位な訳だから、逆に配慮が必要ってもんだ」
ご「トホホだねぇ。でもごもっとも。恐縮です」
あ「では、ここでは原則禁煙ってことで」
気を取り直して、もうひと集め。十一時になった。いよいよデータ記録作業である。
「櫻さん、ここからの手順は?」
「燃える・燃えないでだいたい分かれているから、そこからさらに仲間分けしてみましょうか」
「業平は吸殻見るとまた一服したくなるだろうから、不燃の方だな」
「そっか、吸殻って可燃でいいんだ」
「地元自治体のルールではね。でもデータカード上はそういう分類じゃないんですね」
「え? あ、そうです。発生起源別ってことなんで。タバコは『陸』つまり日常生活系の欄にある『吸殻・フィルター』にチェックします」
「私、不燃! お姉様は千様と」
「千住さんも千だと思うんだけど...」
「いいからいいから。フフ」
妹のさりげない気遣い(?)が嬉しい櫻だった。
漂着ヨシに紛れた細かいゴミは見送ったが、フタやキャップの類、吸殻、発泡スチロール片など、拾えるものはできるだけ集めたため、分けるのも数えるのも、それなりに時間がかかりそうな予感。仲間分けが済んだところで、十一時十五分になろうとしていた。
「蒼葉、お友達との待ち合わせ時間、大丈夫?」
「あ、十一時には終わるって思ってたから、つい」
「正午に渋谷でしょ。後はいいわよ」
姉と違い、妹君はケータイ所持者だった。折りよくそのお友達から着信があった模様。「あ、ちょっと失礼」 そそと上流側へ。さっきのカラスが舞い戻って来たが、今度は静かだ。女性には威嚇しないらしい。
あ「駅に着いたけど、なんか埼京線、遅れてるみたいだから、彼女も遅くなりそうだって。でもボチボチ行くね」
ち「どうもありがとう。気を付けてね」
あ「ハーイ!」
軍手と袋を置いて、一礼。軽々と段差を上がっていく。姉よりも長身な彼女の後姿は、確かにモデルのように映る。走る必要がなくなったためか、悠然と歩いて行った。千歳も業平も何となく目で追っている。
さ「バタバタと失礼しました。まぁ、いつもあんな感じです」
ち「調べ終わるところまでいらっしゃれなくて残念でしたね」
さ「放っておいても、また来ると思います。気に入ったみたいだし」
三人になったところで、お待ちかねのカウント作業へ。タバコの吸殻は思いがけず、五本程度だった。
「やっぱり皆吸わなくなったんだよ」
「いや、携帯灰皿が普及してポイ捨てしなくなったんだ」
「まぁまぁお二人さん、そういう議論は数え終わってからってことで」
この日の集計結果は、ワースト1:プラスチックの袋・破片/六十三、ワースト2:食品の包装・容器類/四十九、ワースト3:フタ・キャップ/四十四、ワースト4:農業用以外の袋類(レジ袋など)/三十六、といったところ。思いがけなかったのは、エアコンのホースと思しき配管被覆や、電線ケーブルのカバー類が散在していたこと。被覆としてまとめて数えると、実に三十三に上った。ワースト5にランクインである。
「業平、これどうよ?」
「これまた製造物責任が問われそうな...」
「銅線が抜き取られてるってのは、最近のドキュメンタリーで聞く話と同じってか?」
「ウーン」
櫻が促す。
「ここはまた千さんにブログで知らしめてもらいましょ!」
「櫻さんまで、千さんて」
「電線だけに、線さんかなぁって。あ、すみません。千歳さん♪」
業平が割って入る。「すみま千てか?」 一同失笑。櫻の影響力、大したものである。あとは、発泡スチロール片(サイコロ大以上)が二十九、ペットボトル(またはプラスチックボトル)が二十四...と続く。バーベキューの名残と言えるカセットボンベ、季節的には早いが蚊取線香の金属フタ、川を見ながらスカッとしたかったのか髭剃りセット(シェービングフォームのスプレー缶とシェーバーのケース)ほか、傘の取っ手、スポンジ、靴下などなど。それぞれデジカメで撮っていく。データカードが呼び水になり、前回以上により細かくゴミ事情が見えてきた。例の大袋の他に土嚢(どのう)袋も三枚、この手の大型ゴミの処理が悩ましいところだったが、とにかく畳んで四十五リットル袋に押し込んだ。拡がっているから目に付くし、生態にも影響が出る訳だ。しっかり片付ければスッキリするものである。しりとりの具となった品々、物議を醸したノコギリも分別して袋入り。洗って再資源化できそうな容器類は、拾った数の三分の一程度か。水道で洗いながら、業平が申し出てくれた。「大型スーパーが途中にあるから、帰りがけに出しとくよ。干潟一周よりも実用的でいいだろ?」 頼もしい限りである。そんなこんなで四十五リットル袋は、またしても五枚全てを消化。
(参考情報→2007.5.6の漂着ゴミ)
「櫻さん、ゴミ袋って余ってたりします?」
「今日拾った大袋、また使いましょうか?」
「あぁ、しまった」
「いえいえ、そこまでは。次回持って来ますよ」
「業平は?」
「ウーン」 彼はよく唸る。何か考え事をしているようである。
「いや、カウントするのにもっと手っ取り早い方法ないかなぁって」
「早くも発明ネタ探しかね?」
「この範囲でこういう状態ってことは、他の大がかりなクリーンアップ会場だともっと数えるの大変な訳っしょ?」
二人のやりとりを聞きながら、櫻の目線は鈍く光るある物体を捉えた。販売店に持って行くからと、まだ袋入りしていなかった漂着ケータイが半乾きで寝そべっている。
「私、実現性はわからないけど、ケータイ画面でピピとかやって数を入れていけると面白いかなぁ、って今...」
業平と千歳は虚を衝かれたようにお互いを見る。
「そうか。データカードの項目を入力画面にして、数字を打ち込めるようにすれば集計は楽になる、か」
「ケータイ不所持人間としては、何ともコメントしようがないけど、PCでも理屈は同じだから、モデルとしてはアリだね。特に一つの会場で複数班が手分けして調べる場合、ってことかな」
「蒼葉はさておき、今日会ってる友達が多分その辺、詳しいと思う」
「オレはどっちかって言うと実機派だから、バーチャルな仕掛けはどこまでできるかわからないけど、仕様は考えてみるよ。それをその人に見てもらえばいい訳だ」
思いがけず、話が大きくなってきた。入力した値がリアルタイムでブログに反映したり、なんてのも面白そうだ。
「そろそろ乾いてきたかしら?」
「じゃ、業平君。あとは頼むよ」
「今日は変な天気だけど、ちょうど日が照ってたんだ。こういう活動は天も味方してくれる訳?」
スーパーで回収可能と思しきペットボトル、食品トレイの類を四十五リットル袋に放り込んで、RSB(リバーサイドバイク?)に括り付ける業平。
「これでアルミ缶満載だと、また違う展開になるんだよな」
「どっちにしてもお似合いだよ」
「へへ、じゃまた!」
櫻がキャッシュカードを落とした橋からは、この干潟は目視可能。人がいればそれもわかる。日曜の朝の塾帰り、一人の女子中学生が三人の様子を眺めていた。「あの人たち、何してるんだろ?」 どうもゴミを拾っているだけではなさそうなことはわかったが、その意図がわからない。「水道で何か洗ってる。はぁ?」 動作を目で追いつつも、ボンヤリ。いつしか十五分くらい経っていた。「あ、もうお昼だ!」 どこで誰が見ているかなんてのはわからないものである。
目撃者は立ち去り、時刻はすでに正午近くになっていた。ひととおりの作業を終えたところで、千歳は大事なことを思い出す。「片付け終わった後の写真!」 櫻も後を追う。「あ、千さん、待って」
少しずつ水位が戻りつつあった。
「間に合った」
「これで川の神様もお喜びね」と櫻がポツリ。一瞬何のことかと思ったが、そこは千さん。
「あぁ、おクサレ様を助ける話。『佳き哉』ってなかなかの名セリフでした。姿は見えないけど、どこかにいらっしゃるんでしょう」
「今、飛んで行きましたよ」 櫻が指差す。
「あ!」
どこからともなく、ツバメが現れ、二人の前を横切り上昇していった。
「これでワハハハとか聞こえたら、間違いなく本物」
「フフ」 青葉、ツバメ、そして水ぬるむ匂い... 今日は立夏である。
- タテ書き版PDF
- 次話 ↑ 「06. 雨降りランチタイム」