四月某日。年度が改まったら改まったで、新年度以降の情報の受け皿作りなどがある都合上、落ち着かない日が続く。櫻は次回の干潟行きに備え、あるものを探していた。これがハッキリするまでは、千歳に対して下手に返事ができない、と決めていた彼女。早く返信したい気持ちと裏腹に日数が経っていくのが居たたまれなかった。仕事の一環で時間は割けるのだが、思うに任せない。櫻の同僚で、立場上センターのチーフである文花は、ちょっとした情報源人物でもある。尋ねてみることにした。
「文花さん、クリーンアップ団体でゴミの実数調査してるとこ、ありましたよね?」
「えぇ、公園とか道路のクリーンアップではあまり聞かないけど、海と川では調べてる団体があるわね」
「調査用紙って、どんなのか知ってます?」
「ちょっと古いけど、確かここにあったような...」
棚卸後の資料の中、それらしき団体のフォルダを開けると国際的な統計に使われる調査用紙の見本が紛れていた。
「海と川で様式が違うようだけど、何とか集約してとりまとめてるみたい」
「へぇー」
(参考情報→クリーンアップ用データカード)
環境ヲタクと言ってはいけない。文花は実用型識者なのである。同僚ながら毎度感服させられる。「発生源別ねぇ」 櫻は櫻でこの分野はまだまだ知らないことが多い。ともあれ約束の「いいもの」を入手できたので、ひと安心。これで返事が書ける。
「棚卸からボタ餅!」
「相変わらずねぇ。でも櫻さん、何に使うの?」
「今は内緒♪」
「棚卸もまんざらじゃないでしょ」
もっともな御説である。でももう数日遅れてたら、倉庫行きだったかも。「おありがとうございます!」
早番だった櫻は、帰宅後、早々にPCに向かう。日脚が伸び、まだ夕暮れ前。いい季節である。「お返事遅くなり、_ ̄○」 今度は表題部に顔文字(人文字)登場。これは傑作とニンマリ。すかさず本文へ。自分で言っておきながら、お約束のいいものを探し出すのに苦労しまして... とまずはお詫びなど。「『漂着モノログ』拝見しました。webお強いんですね。スクープ性があっていいと思います。」と一言二言。そして、当方では容器包装プラスチック系は、一部地域で資源ゴミとして回収されることになった旨、中押しで一筆。真面目な面も出さないとね。「p.s. ところで次回予定はあえて書かなかったんですか?」 コメント受付型でないブログ故、こうした問合せは本人に個別にメールしないといけない。一応、問合せを受け付けるフォームは用意されているようだが... ブログの文調とは逆に、この辺が奥ゆかしいと云うか、彼のシャイな一面がうかがえ、一人不敵な笑みを浮かべる櫻だった。
そんな姉を眺める妹君。
「櫻姉!」
「わぁ!」
「ご飯だよ」
「もうそんな時間?」
「早番だったんでしょ。少しは仕度手伝ってよねぇ」
「もうちょっとで行くから...」
ブログということは、いずれまた更新されるだろうから、時々チェックしてまたメールしよ、ということにして、今日はいったん追伸まで打って、ひとまず返信完了。日が暮れるに任せて、あれこれ思案しながら書き綴る、そんな時間を楽しんでいた櫻だったが、妹君に変に勘ぐられるのもマズイ。「蒼葉ったら、こういう日に限って仕度が早いんだから」 姉妹の共同生活、というのはこういうものである。
「お姉様、何か楽しそうですけど、いいことでも?」
「ん? 別に」
ムム、早くも勘付いたか?
「そうそう、この間もらった絵筆、あれちょっとした上物だったよ。どうしたの?」
「あぁ、気にしない気にしない」
「どこかで拾ったとか、だったりして」
「...」
蒼葉には隠し事はできないなぁ、と苦笑いしながら、ポツリポツリ話す。
「四月一日、軍手が干してあったから。やっぱりねぇ」
「ハハハ、でも私あの時、何て言って渡したっけ?」
「庭に生えてたとか。まんまとひっかかっちゃったわよ」
「いくら四月一日でも、それはないわね」
その後、結局次回予定まで聞き出されてしまい、トホホな櫻。
「連休最終日って、案外空いてたりするのよね」
「はいはい。しかと現場を見てくださいな」
会話が弾む姉妹の食卓。春野菜などをつつきながら、あとは連休の予定談議である。
出先から戻った千歳のもとに、櫻からのメールは無事届いていた。しかし、ほぼ同じ頃、差出人「Go Hey…」氏からの一通。「まさか!」 会社時代の同期で、ちょっとした発明家だったこのGo Hey氏。本名は本多業平(なりひらではなく「ごうへい」)である。その業平君からのメールがまず千歳の目に留まった。「よくこの差出人名で届いたな」と不思議がるも、同じプロバイダからなら、ブロックも緩くなる。読み進むと、業平もそのプロバイダでブログを持っていること、ある日新着ブログをチェックしたら「漂着モノログ」を見かけたこと、等々書いてあった。正直に実名で管理人の名前を出していたので、千歳の名を見つけて「これは!」と思ったようだ。(こうして特定のブログにアクセスすることを一説では「漂着」と云うそうな。効果覿面(てきめん)?) さすが一般的なサイトでブログを出すと違うなぁ、と感心するも、この調子だと結構アクセスされている?と焦る。とりあえず、場所は特定せず、予定も伏せておいて良かった。でも業平のヤツ「次はいつだ?」と来た。お互いに会社を辞めてから二年経つが、その久々の再会をあの干潟でってか? 確かに、アドレスを変えてからちゃんと連絡してなかったような... こっちはケータイ不携帯だから連絡のとりようがなかった、としたら申し訳ない。単に顔を合わせたいだけなのか、それとも何かいいビジネスでも思いついたか、いろいろ想いは巡るが、ともあれ「ブログが取り持つ何とやら」である。
Go Hey氏に返信したいのはヤマヤマだが、はてさて... 櫻さんに一応おことわりを入れておくか、いやサプライズゲストにするか、ちょっとした逡巡状態に陥る。櫻からのメールも読んでいるようなそうでないようなだったが、p.s.の一文で我に返る。「そうか、次回予定、ブログには書いてない訳だから...」 要するに、業平と会うのは別の日にしようと思えばできるのである。「でも、あの量だからなぁ」 千歳は素直に櫻にお伺いを立てることにした。「旧友がモノログを見つけ、次回合流したいと申しておりまして」云々。よく考えるとお伺い、というのも変な話で、むしろ参加者を募る形でのオープンな催しにしてもいいくらい。だが、地元の水辺、という以上に、今はちょっと特別な場所と捉えている彼としては、こんな他愛ない問いかけにも実は意味がある。櫻の意向を確かめたかったのだ。 千歳がブログに次回予定を書かなかった理由はわからなくもない。だが、「いきなりオープンにするのもどうかと思い...」という無難な返答では面白くない。翌日、櫻はそんなシャイな彼からの返信にもどかしさを覚えつつ、ゲスト参加があることを知って、内心ホッとしていた。「これでおあいこ。蒼葉を連れてけば二対二?」 櫻にしては珍しくすかさず返信。「実はこちらも女性を一人お連れする予定でして...」 妹と書けばいいものを何とも思わせぶりである。次回、五月六日、どうなることやら?
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