2007年10月2日火曜日

06. 雨降りランチタイム


 千歳は前回同様、四十五リットル袋を一人で四つ持ち運ぼうとしていた。が、例のノコギリで切りかけた合板は大した大きさではなかったが、ズシリと来る。可燃の袋が重くなるとは予想外。不燃の方も錆びた缶やらカセットボンベやらでそれなりの重量。もう一つの不燃用袋には例の大袋と土嚢袋の詰め合わせで嵩が張る。「隅田さん、何か忘れてませんか?」 自分のことを指差しながら、ニヤリ。今日は呼び方がコロコロ変わる櫻。二人の時は、ウケ狙いする必要がないから通常モード?
 「私、お供します。ご迷惑でなければ」
 「あ、そりゃあもう」
 あまり考えず応諾してしまったが、お供ということは即ち、千歳の居所を案内するのとイコールだ。大丈夫か? 「じゃ、この重いのを前カゴに」 自転車に積み出す櫻を見つつ、内心ではかなり焦ってきた千歳。
 「こちらです。重くないですか?」
 「積んでしまえば、こっちのものです。自転車はビックリでしょうけどね」
 こういう状況での会話は正直不慣れである。這っていたミミズがさっきの日射で哀れな状態になっていて、しかも結構な数だったりするが、彼の眼中には入らない。櫻の方は河川敷の草地に点在するタンポポに目が行っているらしく、やはりミミズは気になっていない様子。そんな二人の目の前に忽然と現われたのは、まだ健在な大ミミズ。
 「あ!」
 「おっと、ブレーキ...」
 ニョロニョロやっているが、キャーとかならないのが彼女らしい。冷静に観察する櫻を見て、思わず吹き出しそうになった。これで多少は緊張も解けたか。
 河川敷を外れると、彼のマンションまではもうちょっと。今度は街並みが気になるらしく櫻はあっちこっちに視線を飛ばしている。すると、
 「あ、雨?」
 「急ぎましょう!」
 確かに午前中は持ったが、昼過ぎてからいきなり降り出さなくても。幸い、小雨程度だったのでさして濡れずには済んだが、ゴミステーションの入口で足止め状態。「ひとまずゴミ袋はここに出せるんですが...」 千歳としては傘を二人分持って来ることを提案したいのだが、その間、どこで雨宿りしてもらうか、部屋に通す訳にも行かないし、切り出しにくいなぁなどと躊躇していた。さすがの櫻もここでいきなり「お部屋、どこですか」なんてのは口に出せない。雨が降ってきたばかりに、話がややこしくなってきた。
 「傘...」 二人同時に出た言葉が一致した。それぞれ続きは「傘があればしのげますね」「傘をお持ちしますね」だった。両者、そろって胸をなで下ろす。ホッとしたためか、急にお腹が減った心持ち。「ねぇ隅田さん、この後、食事でもどうですか?」 この機転、さすがである。
 「何かお好みはありますか?」
 「近所のオススメでしたら...」
 そうと決まれば、ゴミ袋はさっさとポイ。缶とビンもとっとと回収箱へ。「自転車はとりあえずここの庇(ひさし)の下へ。エントランスでお待ちください」 ステーションと通用口は近接しているので、傘は無用。通用口からエントランスへ案内しつつ、千歳は上階へ。「千歳さんの住んでるマンション、ちょっとしたものねぇ。会社員の頃ってどんなだったんだろ?」
 雨は少々強めになってきた。
 「降られる前でよかったですね」
 「川の神様のおかげでしょう」
 「ワハハ、ハ?」
 高笑いしかけた櫻の目線があるものを捉えた。「あ、噂をすれば」 ツバメが雨曇りの空を滑って行く。雨粒をサーと切る感じ。心地良さそうだ。時計は十二時半を指していた。

 時は同じく十二時三十分。蒼葉は渋谷駅西口に到着。「あぁ、この緑色の車両。弥生もよく知ってるわねぇ」 こっちはまだ雨は降っていない。でも、いつ降り出してもおかしくない様相。
 「あ、おばちゃん」
 「人の名前、変な区切り方しないでよ。蒼葉よ蒼葉!」
 「だって私より年上じゃないの」
 会って早々、このやりとり。仲が好いんだかどうなんだか。
 「それにしても、この車両なーに?」
 「あぁ、『青ガエル』って言うんですって。弟が教えてくれたの」
 「東急の初代電車ねぇ...」
 「蒼葉ちゃんに青ガエルで丁度いいかなって?」
 「弥生っ!」
 今日はいろいろな生き物にご縁がある日のようで。

(参考情報→渋谷駅の青ガエル

 駅とデパートを連絡する無料バスに乗り込むご両人。まだ若いのに横着? いや、渋谷の雑踏が苦手というのが理由らしい。
 「で、午前中はどこにいたの?」
 「荒川某所でちょっとね」
 「ま、確かに靴汚れてるもんね」
 「あ、いけない!」
 モディリアーニを観に来た二人だったが、蒼葉の靴がこれじゃちょっとねぇ。と、バスを降りたところで、にわか雨。「ちょい失礼」 デパート入口の側溝を流れる雨水で干潟泥を落とそうという一策。服装とは裏腹なこの振る舞い。弥生が一言。
 「でも、まず腹ごしらえでしょ?」
 「そっか、早く言ってよ」
 弥生が持って来ていた傘は大きめで助かった。ケータイクーポンが使える、お気に入りのパスタ店へと急ぐ。食事の途中だったが、現場での出来事を話し始める蒼葉。
 「で、そのゴミを種類別に数える訳。これがなかなか大変そうで」
 「ピピって感じでできれば良さそうだけど...」
 「そうよ、弥生嬢、何かプログラム考えてよ」
 「その場ですぐに使える機械となると、やっぱケータイかなぁ」
 弥生はワタリガニの何とかパスタをつついている。
 「へへ、カニおいしい?」
 「ちょっと食べにくいけどね」
 「今日、実物見たよ」
 「エッ?」
 荒川の干潟で見つけた小カニのことを得意そうに話す蒼葉。
 「あれも食べれるのかなぁ?」
 「人が食べてるのに、やめてよ」
 「ま、しっかりお召し上がりくださいな」
 「でも、荒川にカニとはねぇ」
 蒼葉はニシンとシソ(?)のシェフの気まぐれ系パスタを食べている。カニ→ニシン...てどこかで聞いたような。「櫻姉、今頃どうしてるかな?」

 最寄駅のプチ商店街に、いわゆる「カフェめし」店ができた。コーヒーのお代わりが可能なのが千歳にとってはありがたく、何となく贔屓にしている。「いいですね。決まり!」 あわてて出てきた割には、しっかりオリジナルカップを持って来た彼だが、櫻の手前、自分だけ割引、というのも気がひけていた。自分でオーダーしてテーブルに持って行く訳だが、お手本を示す上で、彼が先に注文する。「あら、千歳さん、そのカップ」 さっさと見つかってしまった。
 「えぇ、時々来るので」
 「リユースですね。じゃ私も」
 他店のものだが、マイカップとして持ち歩いている、とのこと。この店はあまりうるさいことは言わない。サイズが同じ、ということであっさり割引が通ってしまった。櫻さん、やるなぁ。
 「お勘定は僕が」
 「いえ、お誘いしたの私だし」
 バイトの店員は女子高校生風。もともとにこやかな感じではないが、今日はなおのことご機嫌斜め? テキパキしてるのはいいんだけど、もうちょっとなぁ。何となく千歳の席の方を見遣っている。
 「今日もいろいろとありがとうございました。助かりました」
 「いえいえ。私自身も勉強になりましたし、何しろ愉しくて♪」
 雨は降り続く。だが、夏を迎える上でこれは欠かせない。清涼剤のような爽やかな雨。今はスッキリしているはずの干潟にも、この雨は恵みになっているだろう。正に浄化である。そんな光景を思い浮かべながらのランチ。二人の会話も滑らかだ。
 「今日のモノログ、まとまりそうですか?」
 「写真があって、今回はさらに種類別の調査結果つきですからね。バッチリでしょう」
 「でも時間がかかりそう...」
 「いや、最近のブログは画像でも表でも、昔より掲載しやすくなってるんで、記録さえしっかりあれば、時間はかかりません」
 「へぇー」
 ようやくウエットティッシュに手が伸びる。
 「ただ、更新頻度が基本的に月に一度じゃ、いわゆる日記としてのブログとは程遠いんですけどね」 苦笑する千歳だが、櫻はフムフム。でもそう言えば、四月中は更新されなかったなぁ。何か載ればまたメールしようとしていたのにできなかった櫻は、それを埋め合わせるように話を継いで行く。「私もモノログに...」と思わず言いかけて、ストップ。その話はまた別途。櫻は千歳の前職の方が気になる。
 「いや、その隅田さんがWeb関係にお強いのって、会社にいらした頃の仕事か何かで、ですか?」
 「インターネットが広がり出した時期に、ちょっとした伝手でホームページの作り方を習ったのが始まりですね。当時は学生でしたが、そのおかげで就職にも多少有利だったようで」 記憶を辿るように、ポツリポツリと話す彼。
 「でも会社に入ったら、もっと進んでて、インターネットを使った業務処理というのが形になりつつありました。当時はWebコンピューティングとか言ってましたね」
 「はぁ。隅田さんて理系ですか?」
 「いやぁ、それならまた別の道に進んでたでしょう。文系だったんで、いわゆるプログラミングはできなくて。でも、業務処理の流れや仕掛け、そのデータ入力用ホームページのデザインや設定は何とか。あと、処理結果をもとに分析するためのツールというか、データベースソフトの使い方も社内の研修などでマスターできたのが大きかったですね」
 今の仕事との接点はまだ見えてこない。ただ、櫻の今の仕事には通じるものを何となく感じ取っていた。
 「で、その後は?」
 「モノづくりにおけるプロセスの見直し云々というプロジェクトの一員になりまして。例えばブロードバンド用の機器一つでも、ニーズを捉えるところから始まって、デザイン、設計、製造、在庫管理、最後にお客の手に届くまで、どのくらいの手間と日数がかかるのか、なんてことを現場に出向いて調べたり...」
 「業務処理をインターネットで、てのはその調査の裏返しですか」
 「さすが! まぁ、ここで人を介在させなくても、この情報がしっかりトレースできていれば、次の工程に流れるだろう、とか、ですね」
 「今は確かにインターネットで注文すれば、すぐに届きますものね」
 「BPR(業務プロセス改革)ありきでさらに、そのプロセスの管理がインターネットでできるようになって、確かに速くなったし、お客にとっても便利にはなりました。ただ、すぐ届くためには在庫があるのが前提。注文を受けてから作り始める商品はたまったものじゃありません。時間がかかるのにはそれなりに理由があるんですが、それを無理矢理縮めようとして、過当競争に陥ります。お客にいいものを、ではなく、他社を出し抜いて、競争に勝つのに躍起って感じ」
 先刻までのポツリ調から徐々に熱弁調に変わっていく千歳。二人とも食事の手が止まっている。

(参考情報→ビジネスプロセス論

 「生産プロセスを効率よくする、というのは早い話、人を切っていく、ってことになるんです。現場で話を聞いていると、皆さんひたむきでいい人ばかりなのに、自分が工程を調べれば調べるほど、そのいい人達が犠牲になる可能性が出てくる。ジレンマでした」 プロセスを突き詰めていくと、重複する作業があったり、後戻りや二度手間があったり、情報が滞留してたり、仕組みの欠陥もあるが、人がネックになっていることも多い、これは櫻も共感するところ。リストラの嵐が吹き荒れた時期、名だたる企業でもこんな内情があったとは。
 「で、同じ生産プロセスの効率化をやるんだったら、人につながる話ではなく、環境負荷という視点の方がまだ自分としては痛みが少ないかなぁ、って。変な話ですけど、ムダをなくせば確かに環境にもやさしいって言えてしまうんですよね。ま、もともとそんなモノづくりが要らない、って見方もありますが」
 「フーン。それで何となく環境関係も」
 「櫻さんには及びませんが、ヘヘ」
 ここでようやく箸が動き出す。余談だが、ここの箸は、使い捨てではなく、竹の箸。同じ食事でも、味わいが変わってくる。千歳はアイスコーヒーを少し含んでから、話を続ける。
 「で、そのプロジェクトに対して、環境部署から声がかかって。報告書に載せるからどのくらいエネルギーが削減できたか調査せよ、とか」
 「あぁ、二酸化炭素排出量...」
 「確かに温暖化抑止につながる取り組みと言えなくはないんですが、こじつけみたいで」
 環境関係なら競争原理とは無縁だろうというのは早計で、逆に熾烈さを増していた。
 「メーカーには聖域はないんですね。そのうち、やれCSRだとかが始まって、社会的責任を果たすのも競争の具になってきた」
 「職場には各社のCSRレポートを閲覧できるコーナーがありますけど、確かにどこも熱心ですよね。大変だなぁ、って思ってましたけど」
 「レポートが出来上がる時には担当者は皆、疲弊してしまって、『持続不可能』だったりします」
 「そう言えば、サステナビリティレポートってのも見かけたような。何か矛盾してますね」
 やっぱり櫻さん、冴えてるなぁ、とまたまた感心。こういう話ができる女性はそうそういない。千歳は続けて、プロジェクトメンバーにも当然のように成果主義が適用され、裁量労働が基本になったこと、成果を上げるためには必然的にプロセス改革を断行しなければならず、同時に自らの生き残りを模索しないといけなくなったこと、そして、「要するに、社外との競争と社内での競争、二重の競争原理を突きつけられた訳です」 成果は誰がどう評価するのか、という点が曖昧な上に、仮に管理職を評価者とした時、制度のユーザーと言えるその評価者の声が反映されているのかどうかも模糊としている。ユーザーの意見を聞かずして見切り導入されたとするなら、そんな横暴な話はなく、明らかに制度欠陥だろう。「何とも痛々しい世界ですねぇ」 これまでにない憂いを表情に浮かべる櫻。ちょっと熱くなり過ぎたか。
 「結局、その効率化というのは、不毛な競争と隣り合わせだった、そんな気がします。人を切ってまでして得た利益に、どれほどの意味や価値があるのか。特にグローバリゼーションのただ中にある業界は、目の前の競争に心を奪われて、そのトリックに気付かない。せっかく苦労して積み上げたものが、結局はある一国に収奪されるようにできている可能性は否定できないんです。成果主義は一見合理性がありそうだけど、見方を変えると実はトリックに乗せるための便法で、その一国のためにあるんじゃないかって、ね」と一気に話して、コーヒーを飲み干す。
 「それで離職されたんですね」 職を転じた、という点では境遇が似ているが、自発的意思で辞める、というのはまた重みが違う。「折りよく、インターネット上で市民の手によるメディアを興そう、という動きがあるのを知って、成果主義の裏側とか、制度の犠牲になった人を追うとか... ページデザインを手伝いながら、ちょっとした連載を思いついて、それで何となく今に至ります」 千歳がジャーナリストっぽいこと、web慣れしていること、そしてどことなく哀感を漂わせていることなど、今日の彼の話は勘のいい櫻にとって、その理由を知る上で余りあるものだった。まだまだ一端かも知れないが、大体の素性はわかったつもり。千歳はコーヒーのお代わりをもらいに席を立つ。櫻はようやくワンプレートに載ったサラダとスープを食べ終えたところ。メインのパニーニがまだ残っている。
 「そうそう、今日のデータカードって米国式ですか?」
 「あ、それは聞き損ってました。そうかも知れません」
 「まぁ、良くも悪くも、ってことなんでしょうね。自省を込めてのクリーンアップ、か」
 櫻はふと、彼のバッグに目を留める。
 「そう言えば、そのバッグ、アースデイのですね。アースデイも米国発祥ですけど」
 「何かの環境イベントだったなぁ、くらいにしか覚えてなくて。あ、確かにそうですね。1997年に代々木公園でもらったような」
 「私は1998年に、横浜のこどもの国で同じようなバッグを買いましたよ」
 「へぇー」

(参考情報→90年代のアースデイ・フェスティバル

 偶然、いや似たり寄ったりというか。年恰好もお互いにわかってきた? 「私もお代わり、行って来ます」 箸でいただくエスニック丼とやらを千歳も今頃になって食べ始める。こういうノロノロもスローフードと言うのだろうか。怪訝な顔して櫻が戻って来た。「何かお代わりのコーヒー、量が少ないような、ブツブツ...」 若い店員の当てこすりかも。
 すでに小一時間が経過。雨も上がってきたか。「私、競争社会って確かにどうかと思うけど、特に問題なのは競争好きな人が好きでない人を否応なく巻き込むことなんじゃないかってよく...」 ごもっともである。「競争しなくていい生き方も尊重されて、その人のペースやリズムが保てるっていうか」 今度はワークシェアリングや余暇についての話になってきた。千歳曰く「職場だけが全てじゃないですからね。その人がどれだけ、地域や家庭や諸処で有意義な時間を使えるか。人それぞれ、適した環境ってものがあるでしょうからね」 これには櫻も同感である。地域への関心、というのはいくら周りがお膳立てしても、そこに暮らす人に時間や自覚がなければ話にならない。役所が考える振興策では己ずと限界も出て来るだろう。
 「まぁ、そんなことを考えてる折り、河原の桜を見に行って出くわしたのがあのゴミ箱干潟だったんですよ」
 「自分さえ良ければ、の成れの果て...」
 「人の心を投影しているのかなぁって」
 千歳の急造ブログ「漂着モノログ」にはすでにそんな一節が書かれてあったのを思い出した。二人とも二杯目のコーヒーを飲み終わっていた。時すでに午後二時半。
 「今日はあんまりお話できないなぁ、って思ってたけど、重たいゴミと雨降りのおかげ。フフ」 一瞬ドキっとする千歳だったが、言葉以上に眼鏡の奥の眼差しが気になる。眼鏡を外すとどんな感じなんだろう。「今度は櫻さんの話、聞かせてくださいね」 自分でもビックリするようなセリフが不意に口を突いて出た。櫻は飄々としたもので、「えぇ、何時間でも」 楽しみはとっておくものである。本当は今日でもいいんだろうけど、そこはお互い弁えたもの。「雨、上がりましたね!」
 拾ったケータイは、同じ会社の取扱店に持って行くべき(?)とか、メーカーが苦労して作ってもポイ捨て(?)されてしまうなんて哀れ、とか話をしてるうち、自転車置場に着いてしまった。櫻はちょっと淋しそう。傘を返しつつ、
 「じゃあ、次回は六月三日ですね」
 「何かまたいいもの見つけたら教えてください」
 「ハーイ!」
 蒼葉の帰り際と同じようないいお返事。姉妹というのは似るものだ。

 橋を渡る途中、干潟が見える位置で一旦停止。「うん、ひとまず大物は片付いた」 雨で多少増水したように見受ける。でも濁流ではない。再び漕ぎ出そうとすると、立夏を告げる陽射しが川面に注ぎ始め、程なくその先の下流側では虹が半分現われた。「二時の虹、何ちゃって」 いや、そろそろ三時なんですが。
 データカードをチェックしつつ、提出用の一枚にひととおり転記する。ひと作業終えたところで、「さて、モノログは、と」 今日の結果が楽しみで仕方ない櫻。「千歳さん、早いわぁ」 例の如く、開始前・終了後、スクープ系(ノコギリ、ケータイ、髭剃りセット、etc.)、今回はさらにしりとりゴミも部分的に出してある。「ズック、黒豆茶、野球ボール、ルアー、飴、綿棒...」 いつの間に撮ってたんだか。すると「Bon Soir ただいまー」 絵に影響されたか、フランスモードで蒼葉が帰って来た。「櫻お姉様、今日はその後、どうでした?」 妙に上機嫌で薄気味悪い。交わす姉君。
 「ほら、しりとり出てるよ」
 「さすが千さま。どれどれ?」
 「う」で止まっているのを見て、
 「そう言えば、ウーロン茶のペットボトルも転がってたね」
 「また『や』になっちゃうから、こんなところでしょ」
 「じゃ『梅酒』で投稿しよっかな」
 「ハハハ。あのカップね」
 今日の夕飯は、姉が当番。文花からもらった野菜の残りを使った献立が並ぶ。櫻曰く、自家製カフェめしだとか。
 「あのさ、弥生ちゃんに話があるんだけど」
 「あぁ、データカードの話をしたら、ケータイでピピとか」
 「え、その話、何で?」
 「プログラム考えてみるから、設計書ちょうだいって」
 「蒼葉が帰った後、こっちも同じこと話してたのよ」
 「以心伝心ですかぁ?」 食事中、千歳のことをなかなか話さない姉に業を煮やしつつも、二人だけの何とかかな?と、冷静に考え、今日のところはツッコミを控えることにした妹君。モディリアーニ夫妻の悲愴な宿命を知り、少なからぬショックを受けて帰って来た蒼葉だったが、時折見せる姉の笑顔に救われた気がした。表情を見ていれば聞かなくてもわかるのが妹というものである。