さすがに花粉に悩まされることもなくなった。連休も何も今はあまり関係ない千歳だが、五月六日の日曜日は、いかにも休日らしい清々しい朝を迎えることができた。午後から雨?と天候は怪しげだが、午前中は持ちそうだ。業平とは直接現地で落ち合うことにしたので、前回同様、川辺に直行する。河原桜はすっかり青々緑々となり、時折強く射す陽光を集めて輝く。微かな風に葉が呼応する様がまた心地よい。新緑をこんな感じで眺めることができるのは、彼の今の心持ち故だろう。お約束の十時まであと五分。少年野球は今回もオフのようだ。今日はバケツ持参の彼は水道で水をまず調達。すると不意に自転車のブレーキ音が。
「毎度っ!」
「これはこれは。また颯爽としたお出ましで」
「ハハハ。ところで隅田さん、ゲスト参加の方は?」
「現地合流にしたので、じき来るでしょう。櫻さんこそ、お連れの方は?」
「遅れて来る、と思います」
お互い、連れを紹介し合う必要性が先送りになり、妙に安堵する。本当は二人だけでもよかった?
覚悟はできていたが、連休最終日のこの日、干潟には再び袋類やらペットボトルやら... 目に付くゴミは前回ある程度片付けたのに、ひと月でこの有様。「前よりも干いてますね。目立つのはそのせいかも」 海同様、川辺でも満ち干きが起きることは前回知ったが、でもそのピークはどうやって調べればいいんだろう。図らずも「干潮」に当たった、ということだろうか。
「今度詳しい人に訊いてみますね」
「環境情報はお手の物ですもんね」
「情報源人物がいるんですよ。ここに来るとあぁだこうだと言われそうだけど」
足元を確かめながら、歩く干潟を歩く二人。そこへ「あわわわ!」 前に聞いたのと同じような声。
「あの方がそうですか?」
「いえ、妹です」
「どうりで第一声が同じ訳だ」
女性っていうから、友人か某かと思ったら、妹さんとは。またしても一本とられてしまったが、ここはつとめて平静を装う。
「櫻姉! 何ここ?」
「これが荒川の現実よ」
「本当に荒れてんだ... あっ、スミマセン。千住蒼葉って言います。姉がお世話に」
「やだ、お会いするの今日で二回目よ」
「二度目とは思えないんですけどぉ」
姉妹のやりとりが続く間、千歳は待ちぼうけ。いつもこんな調子なんだろか。しかし、荒れた川というのは言い得て妙。そのあたりの切り返しは姉並みか。思い出したように櫻姉が取り次ぐ。
「隅田さんです」
「はじめまして。お世話になっております」
蒼葉も再度お辞儀して、したり顔。
「ハハ。ま、いっか。よろしくお願いします」
それにしても青葉の季節に、今度は蒼葉さんとはね。この姉妹は登場の仕方が季節とシンクロし過ぎていると言うか。
櫻姉は、ジーンズにスニーカー、長袖シャツとクリーンアップ向きなのだが、蒼葉嬢は膝丈ほどの白スカートに半袖シャツ、靴は辛うじてウォーキングシューズといった体裁。場所の説明が足りなかったんだろうか。
「一緒に自転車で来てもよかったんですけど、午後から展覧会に行くとかいうもんだから...」
「バス便を調べて、何とか追いついたんだからいいでしょ」
「でも、すぐわかった?」
「お姉様に似て、地図は強いのよ。そうそう、河川敷を歩いてたらミミズがたくさん這ってたけど、何で?」
自転車で走っているとわからないものである。きっと土が暖まってきたから?と訝りながらも、姉は答える。
「ミミズで驚いた次は、このゴミだもんねぇ」
「順番としては、ゴミ→ミミズ→でしょ」
「しりとりですかぁ? じゃあ」
程なく妹は嬉々として「ズック」 すると「ク、黒豆茶!」 よく見ると、確かに学校用のズック、そして黒豆茶の飲料缶が転がっている。おそるべし千住姉妹。
あ「ハイ、次は隅田さん」 問答無用である。
ち「や? 野球ボール」
さ「ル、ル... ルアー」(何でまたルアーが放置されてるんだか)
あ「あ、あー、あれ何?」
青葉の「あ」とかやっても良さそうな場面だったが、そうはならず、あが付く当人によっていったんブレイク。指した先には何かの木片が砂に刺さった状態。軍手を付け、その柄を引っこ抜くと刃の折れた(折り畳み式)ノコギリ!
「これはまたスクープものですね」
「何でもアリね」
「事件性がなければいいけど」
千歳の何気ない一言で、さすがの姉妹も固まってしまった。「いや、その...」 蒼葉がフォローする。
「こっちにノコギリで切りかけた合板のかけらがあるよ」
「隅田さん、今日は四月一日じゃなくてよ」
「蒼葉、蒼白しちゃった」
「うまいっ!」
「?」
「蒼白の蒼なんですか?」
「姉にいつも脅かされてるんで、名前の通りになってしまいました」
「蒼葉っ!」
あ「じゃ、隅田さん、今度は『ば』ですって」(まだ続けるつもりか?)
ち「ちょっと待って。ヨシの根元に『バッテリー』発見!」(この干潟はしりとりには事欠かない)
さ「り、リボン... しまった!」
「櫻姉、アウト。干潟一周!」
「エーッ」
姉も姉なら、妹も妹だなぁ。ここでひとまず収集前の状況を撮影。千住姉妹も記念に一枚、といきたかったが、今日は見送り。「頼まれたら撮ることにしよう」
十時十五分、ようやくクリーンアップに着手する三人。櫻はお約束の「いいもの」をいつ出すべきか思案するも、もう一人そろってからでいいか、ということにして水際へ進む。枯れたヨシの束が打ち上がって、そこにも細かいゴミが絡み付いてたりするが、そういうのは後回し。まずは大きくて目立つゴミから、だろう。先刻とは打って変わって、黙々とした時間が流れる。用途は不明だが、プラスチック系の大袋が何枚か横たわっている。櫻がためらう傍らで、千歳がそいつを引き上げると、「わぁ」「えー」と姉妹が声をそろえる。賑やかになるのはその程度。そんな折り、陸の上から呼び声。 「おーい、千!」
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