2008年7月8日火曜日

55. ジレンマとその先


 「今すぐにでも、ということでは、春先に増えるであろうバーベキュー関係のゴミに対して、どう先手を打つか、というのがあります。これをうまく抑え込めれば、今後の取り組みも違ってくるだろう、と個人的には考えてまして...」
 道ゴミや街ゴミなど、いわゆる陸ゴミが川に流入して、という話もなくはないが、発生源がハッキリしているのがあるなら、それが優先。策も講じやすい。話を拡げておいて、また収束させる、そんな進め方には異議も出そうではあったが、これが千歳の考える、飛び過ぎないTo-Be論なのである。

 ケータリングも頼んではあるが、ゴミ減らしがどうのとやった後でゴミになるようなものはあまり振る舞えない手前、できるだけ自前で大皿料理などを出すべく、文花は仕度を始める。休憩時間以降は、出たり入ったりで落ち着かなかったが、そろそろ事務局長のお役回りが来たようだ。
 「では、この辺で河川事務所向けに移るとしましょうか。先月の会合に続き、石島課長にお出でいただいてますが、いきなり話を向けるのも何なので、まずは届いたばかりの回答書の中味を伺ってから、ということで。えっと、代読がいいですかね?」
 「あ、ハイハイ。じゃここは私、矢ノ倉からお話しします。石島課長、これ確かに拝受しました。ありがとうございました。干潟における自然再生工事の件、回答書を要約して読み上げますね」
 文花はエプロンをしたままなので、パッと見は「おや?」となるのだが、話は至って真面目。注目されていることがよくわかるので、舌も滑らかである。
 概括すると、①再生工事は凍結、②引き波や漂着の状況については調査を継続、③崖地の崩落箇所は何らかの保全を試行、そして、
 「若干の予算が確保できたので、ゴミ発生予防策など、より有効な使途に、とのご回答を頂戴しました」
 「おぅ石島さんよ、なかなかやるじゃねぇか」
 「ハハ、こいつはどうも。これも皆さんのおかげです」
 どうやらセンター理事連名での見解書が物を云ったようである。行政側は、然るべき書面が来れば職員も話を通しやすくなるし、案外動きが良くなるものなのだ。どう使うかを検討するのはこれからだが、まずはめでたい。どことなく拍手が起こり、次女も嬉しそうにしている。会議スペースの陰では、いつの間にやら細君が佇んでいて、丁度聞き耳を立てていたところだった。「ホホ、良かったわね。課長殿」

 さて、こういう展開になると俄然、物申すシートも活きてくるというもの。弥生は一応、要望のいくつかを打ち、映しているが、いま一つピピと来ていない様子。
 「そうですね、メーカーに物申せるのがまた別の省庁ってことだと、ちょっと噛み合わないですね。となると、やはり現場レベルでの対策が中心、かぁ...」
 膠着しかけたところで、途中提出されたシートの中に、面白いのが混ざっていた。
 「えっと、巨岩に縄を締めて、棄てられそうな場所に安置、へへ」
 「あぁ、以前、掃部先生からも聞いたことがありましたね。場を浄める上でも有効、されど...」 浄めと来れば、清さん。
 「ま、やらねぇよりはいいかもよ。秋の大水で上流からゴロゴロ転がってきて、持て余してんのとかあんだろ?」
 「えぇ探せば何処かに。じゃ、それを試しにバーベキューエリアに設置してみましょうか」
 小梅はここで課長に入れ知恵をする。「ねぇ、二見の夫婦岩、真似てみたら?」「二つあれば、な」
 父と娘の静かな会話が交わされる時、プレゼンター席では騒々しいことになっていた。一案出たところで、さらに、と行きたかったが、
 「そうそう、最初に分けた他のはどうすんの? 『厄介』と『不法』?」
 「何か要望が出てれば、だけど。そういうのある?」
 「人任せ? 千さんだったら、ちゃんと考えてあんでしょ!」
 見かねた櫻が引き取る。
 「皆さん、すみません。ちょっと中断します。そうですね、三分後、十六時五分に再開ってことで」
 思わぬ展開に千歳はキョトンとしているが、とりあえずは救われた恰好。櫻は弥生以上にピリピリしている。
 「弥生ちゃん、そんなに突っ込まなくても...」
 「だって、何かスッキリしなくて。この際、でしょ? 不法はやってもいいと思う」
 「事件性があるのは別としても、それが河川事務所の仕事だもんね。やって当たり前とか言わずに、ちゃんと訊いた方がいいか」
 スクリーンには、箇条書きの続きで、

・不法投棄も存在する →

 と、As-Isの一文が追加される。これに照応しそうな要望として、水上からの監視を、というのが挙がってはいた。だが、これは芽を摘む上ではよしとしても、根本的な解決のため、とは言い難い。そこはあえて伏せておいて、協議に付すのも良さそうだが。
 ともあれ、この「不法」にまつわるTo-Beは、広範な論議を呼ぶ可能性がある。はじめにカテゴリー分けして「大量」に絞ったのは、一定の帰結でとどめ、確実なソリューションを得たいとする千歳なりのプロセスマネジメント、そのものだったのである。弥生には、この協議手法自体が解の一つという理解が及ばなかったことが、もどかしさにつながっていたようだ。

 この間、京は小梅を呼び出して、文花の仕度を手伝うよう促す。これで人手不足は解消。男手の一つも欲しいところではあったが、それはあとのお楽しみ。今のところは女性三人、仲睦まじく、でいいのである。
 余裕の進行だった筈だが、やや押せ押せ感が出てきた。こうなったら、このまままとめにつなげよう。千歳は覚悟を決め、まず課長殿に振る。
 「で、不法投棄についても、岩を鎮座させることで予防できそうな気もするのですが、石島さん、どうですか?」
 「取り締まりや監視は常々やってはいますが、さらなる予防策ということでしたら、それでもいいかと。監視カメラ取り付けるよりも安上がりですしね」
 「監視強化については、要望の中にもありました。ただ、ここはやはり棄てさせない環境づくりが先決なのかな、と思います。看板を設置しても流れてしまっては仕方ないので、置物を、というのは良さそうです。でも、もうちょっと妙案があるような気もします。ここはご当地でクリーンアップ経験のある皆さんに聞いてみるとしましょうか。じゃ、五十音順で蒼葉さんから」
 「え? 私? そうですねぇ、できるだけマメに片付けるってことでしょうか。干潟や川の本来の姿に近づけるっていうか、ピカピカになってれば、そうそう捨てられないでしょうから」
 こんな調子で、higata@各位からの声を集める管理人である。生でメーリングリストを交換し合っている、そんな案配。櫻が続く。
 「地域の実態をしっかり把握して伝えること、かなぁ。ここにこんなゴミが、とか、ここが投棄されやすい、とか。住民はしっかりチェックしてるぞ、ってのを発信する。マップにして掲示すれば少しは予防になるでしょう、ね」
 文花は後回しで、冬木の番。「やっぱり情報誌等で呼びかけるなり、喚起するなりってとこでしょうか。あとはソーシャルビジネス、あ、いや失敬。わかりにくいですよね」 そして、南実。「ゴミだって思うから棄てたくなるんでしょうね。家電製品は有価物の塊。電子機器は貴金属の集合体。プラスチックだって石油が枯渇したら貴重品ですよ。逆転の発想というか、社会的風潮を皆で作るってのはどうでしょうね?」
 こういう流れだと、八広も話し易い。発言がなかった訳ではないが、何となく低調だった弁論家は、ここで一気に語り始める。
 「今の話を継ぐなら、人の心理に訴える手が考えられますね。極端な例で云えば、どうもゴミを拾う人が増えているらしい、という風評作戦とか。拾わないのが少数派ってのがわかると、どっかの国民は多数派に転じようとしますから、それを利用する。つまり、拾う人手を増やす。あとは、ゴミの投棄が、自分に跳ね返ってくることを説く。目の前からゴミは消えても、心の中にはゴミが溜まるって話です。本人はスッキリしたつもりでも、その裏で蝕(むしば)まれる何かがある、なんてのが広まると、効き目あるんじゃないスか?」
 会場は水を打ったようになってしまうが、これは予定調和。弥生の毒舌トークが輪をかければ、さらにひんやりと引き締まっていいだろう。と、思いきや、文花が小梅を連れて戻って来た。
 「私もいいですか?」
 「あ、ハイ、どうぞ」
 「その、地球環境以上に、地域環境を見つめる目というか、市民の皆さんがここはいいところだ、って認識を高めてもらうことが何よりの予防になるような気がして。ね、櫻さん?」
 「えぇ、ご近所の何とか力(ぢから)ってのもありますが、一般的には地域力って言いますかね」
 「あとは現場力でしょ?」
 小梅がさらりと言ってのける。衆目が注ぐのを受け、さらに長めの一言。
 「わたくしは、生き物にとって快適な環境は、人にとっても同じく快適、ということをより多くの人々が知ること、ではないかと考えます(へへ)」
 トーチャンが目を丸くしたのは言うに及ばず。会場からは割れんばかりの拍手が起こる。higata@の面々はむしろ当然という面持ちだが、やはり頻りに手を叩いている。大人の話し方を聞き入っているうちに、自然と身につけたようだが、それにしても大した弁舌である。
 こうなると、弥生は下手なことを話せない。どう出るのかとメンバーは興味津々だったが、「地域の実情をデータ化して、素早く広める、あたし、やってみます!」 何と自ら名乗り上げてしまった。解決策は自分で、これぞ究極のソリューションである。すっきりした顔で会場を見回すと、目が合う人全てから熱い拍手が送られる。彼女にもう迷いはない。

 さすがはhigata@各位、現場経験に裏打ちされているだけのことはある。自ら設定したまとめではあったが、あまりに上々だったため、新たに言葉を探さなければならなくなる。千歳は窮々としながらも、紡ぐように話し始めた。
 「ありがとうございました。今のような思いや考えを一人ひとりが持つこと、実践すること、そしてとにかく現場へ、ということになるでしょうか。干潟も川も生き物もきっと笑顔で迎え入れてくれると思います。自然が微笑む場所には、きっとゴミはなくなっている、そう信じたい、です」
 抽象的ではあるが、やはり経験が為せる業か、説得力を感じさせる。と、同時に実にエモーショナル。曲のテーマがこういう形で見つかることになろうとは... 本人もビックリである。スクリーン末尾には「・不法投棄も存在する → 防ぎ方はいろいろある → 現場力や地域力、それらを育む思い・考え・行動...」と表示される。

 「隅田さん、皆さん、どうもありがとうございました。もう一度、拍手を」
 余韻とゆとりを残しつつ、閉会予定時刻が近づく。締めは、清と緑。司会者は両作家先生に講評を求めるも、
 「いやいや、そういうのはまた新著で、な。とにかくこういう人達がいる限りは安泰さ」
 「そんな、初心者に訊いてどうすんのよ。こっちが教えを請わなきゃ。オホホ」
 てな具合。櫻は渋い表情を浮かべつつも、司会としてのまとめに入る。
 「長丁場になりましたが、いかがだったでしょう? とにかく今回の協議内容については、しっかり次につなげていきたいと思います。要望は再度整理して意見交換の場に、ホームページなどでも紹介したいですね。で、現場ということでは、来月二月三日。耐寒クリーンアップを予定しております。センターの講座としては、定例ですと二月九日になりますね」
 部会の設定が模索中なので、それと連動する講座の内容も未決定。ただ、こうした客がいる今を逃す手はない。部会よりも実際のニーズありき。ご希望に沿ったプログラムを決めるには正に好機なのである。
 「で、次回なんですが、春のクリーンアップの企画検討を兼ねた実践講座なんてのはどうかな、と。チームの皆さんのご都合にもよりますが」
 春のクリーンアップ、つまり四月の回をオープンイベントにするかどうかは合意がとれていた訳ではなかったが、話が出ていないこともなかった。
 「いいんじゃないスか。自分は出ますよ。で、春のってのは、やっぱ四月の第一日曜スよね。ちゃんと予定入れときます」
 「宝木さん、ありがとう。エドさんチームはどうですか?」
 「えぇ、その四月についてはちょっとしたイベントも併せて、って考えてますから。今日の話で言えば、地域力アップと発生予防にちなんだもの、ですかね。ステージとかも設置して。いけね。ま、詳しいことはまた追い追い」
 他のメンバーも前向き、会場の感触も概ね良好なので、二月の予定はひとまず決定。
 「二月三日は、講座の前座みたいになりますが、あえて、ぶっつけ本番スタイルにしようと思います。持ち物や注意点などは改めてお知らせします。で、いいですよね、隅田さん?」
 「はいはい。ただ、耐寒もありますが...」
 プロジェクタはまだOFFにしていなかった。スクリーンには「体感クリーンアップ」との題字が打ち出される。「ぜひ体張って実感していただければ、と。そんな心積もりでお越しください。チーム一同、お待ち申し上げております」
 「ハハ(やられたぁ)、そういうことで、よろしくお願いします。で、最後に事務局長、ってまたいなくなっちゃったんで、ここは一つ、石島課長、一言よろしいでしょうか?」
 「あ、いや、皆さんどうぞお手柔らかに。何かございましたら、また。いや、今日この場でも構いません。次女もついてますんで」
 「エヘヘ」
 親子で頭を下げている。こんな閉会の挨拶があってもいい。満場の拍手で以って、ゴミ減らし協議、終了。次はお待ちかねの新年会である。



 挨拶し損なった文花が晴れ晴れと登場。ここからは事務局長が進行役となる。
 「では、新年会 兼 鏡開きは十七時より始めたいと思います。その間、桑川さん開発のデータ入力システム『DUO』PC版のデモなどでお楽しみください。あと、掃部センセが余興をご用意くださっているとのことなので、そちらもお楽しみに。会はカンパ式です。アルコール飲まれる方は、最低千円、お願いできれば。えっと、干潟の拾い物で恐縮なんですが、この発泡スチロール箱の方にお願いしますね。収益が出たら、クリーンアップ基金に回します」
 基金の話は、明らかに思いつきなのだが、冬木から申し出があった協賛金の口座も設けたところなので、一本化は可能。ツッコミを入れてもよかったのだが、櫻はとりあえず黙っていた。「ここからは文花さんタイムってことで。おとなしくしてよっと」 ところが、
 「ハイ、櫻さん。集金係、頼みます」
 「って、勝手に決めちゃうしぃ」
 「白物、お好きでしょ」
 やはりしっかり物申さないといけないようである。
 ちなみにこの白物、晩夏の夜に千歳が持って来たシロモノである。これぞリユースの好例(?)。

 天気が怪しいこともあり、本日の参加者の何人かは退出。代わりに集金係、いや融資係の女性がやって来た。
 「あ、ルフロンさん!」
 蒼葉と南実は彼女を同時に呼ぶ。
 「へへ、お待たせ。案の定、小雨模様になっちゃった。ゴメンネ」
 「いいのいいの、乾燥してたから。それにしても、今日はまた程よいウエーブ感だことで」
 「弥生ちゃんにまたボサボサとか云われたくないからさ」
 「ボサボサ、好きだけど」
 「八クンたらぁ」

 元祖ツッコミ担当の弥生嬢は、円卓にてDUOのデモ中である。千歳はPC版の係員として着席して操作しているが、傍から見事に突っ込まれている。
 「だから、千さん、テンプレートの切替はプルダウン▼でって言ったじゃん」
 「だって、新しいのがいろいろ出てくるから間に合わなくて」
 「ヤレヤレ。この際まとめて面倒見るか」
 「毎度、スミマ千、でございます(トホホ)」
 冬木とその関係者らを含め十人程が囲む中、面目まる潰れの千さんであった。情報誌に掲載される前だったら、面白おかしく書かれてしまうところである。ヤレヤレ。

 八広は集計表を見せながら、舞恵とあれこれやっている。女性三人は何となく話を聞いていたが、一人が首を突っ込む。
 「それにしてもクリスマスに二人して神戸の海辺とはねぇ。須磨だっけ? どうしてまた」
 「櫻姉ならわかるっしょ? 何てったって、くりすます、ですから」
 「ハハハ、体感クリーンアップといい、クリ須磨スといい、私の出る幕ないわね」
 蒼葉も南実も目をクリクリさせながら、失笑モード。ルフロンはすまし顔で、
 「ワイナリーでこれ買ってきたの。須磨はその帰りに寄っただけ。シャレのためにわざわざ行きませんことよ。オホホ」
 「ルフロンて何気(なにげ)にセレブチックねぇ」
 「悪酔いしなきゃね」
 「八クン、何か言った?」
 ボトルで叩かれたら、それこそシャレにならない。

 ひととおりの仕度も整ったところで、石島家は三人が揃い、物申すネタを受け付けながらも談笑中。時間前だが、いつ始めてもOK。だが、進行役が固まっていては始めようがない。
 センターの入口にはクーラーボックスが放置してある。持って来た時から置いてあったので、少しは元の姿に戻っているだろうと思ってたら、外の寒気に応じて冷気が保たれていたらしく、
 「あちゃー、まだカチコチだったわ」
 そう、おふみさんへのビックリネタ、急速冷凍したとやらの雑魚の詰め合わせである。
 「ま、これなら平気だろ?」
 「う...」
 図らずも冷凍状態になってしまった文花である。
 「て、センセ、もしかしてこれをいただこうって?」
 「自然解凍したら、さっと捌いて素揚げにするさ。あとで調理台、借りるよ」
 「で、その油は?」
 「あぁ、自家製さ」
 「プラスチックを油化? な訳ないか」
 「ハハ、流域で採った菜の花が原料。菜種油よ」
 「ウチの菜の花でもできますか?」
 解凍が進むのに合わせ、文花もほぐれてきた。目に浮かぶは、春の色。油の話で花が咲く。

 センターの開館時間は十八時までだが、今日は特別。表向きは繰り上げ閉館ということにしてある。それでも十七時から来館者があったら、拒むには及ばない。通常通り利用してもらうもよし、新年会に参加してもらうもよし、である。
 「皆さんおそろいでしょうかね。では乾杯に先だって、鏡開きと参りましょう。元来、包丁は入れず、割るものなんだそうですが、どなたかやってみたい方...」
 南実と目が合ったが、まんまと逃げられてしまった。男性諸氏も腰が引けている。と、再び名乗り出るは弥生のお嬢さんである。
 「え? 大丈夫?」
 「行きますよ。ハッ!」

(参考情報→正統派鏡開き

 さすがはベース弾き。腕っ節は強かった。一番下の大きい円盤餅を難なく真っ二つに割ると、「お粗末様でした」。今日は何かと喝采を浴びる弥生。その脇ではすっかり恐れをなしている女性が佇む。
 「この娘(こ)を敵に回すと怖いことになりそう... でも、負けないワ」
 雑魚は解けた。文花はその逆。今はいい意味で硬直している。
 会議スペースの長机を並べ直して、中央にカセットコンロを設置。窓を開けたら、いざ点火。大鍋には、調合済みの冬野菜汁。そこに割って切った餅が入る。グツグツやっている横で事務局長によるご発声がかかる。
 「挨拶はヌキ。とりあえず乾杯!」
 文花を除くhigata@の面々は、神戸のワインで盛り上がる。下戸の南実も一口二口なら大丈夫そうだ。だが、すでに頬が赤い。千歳はふとサルビアの紅を思い出し、紅潮する。
 二人はやはり似ている、ということか。

 さて、ついさっきまでゴミ見本の品定め(ネタ集め?)なんかを黙々とやっていたおば様だが、ここからは喧々(けんけん)と仕切り役に就く。
 「はいはい、緑色関係は任せて頂戴。カモンさん、魚と一緒に入ってたヤツ持ってらっしゃいよ」
 「さすがは緑さんだぁな。あいよ」
 「ナズナ、ハハコグサ、ハコベかぁ。そうそう、おふみさん、ダイコンの葉っぱは?」
 「洗い場にあります」
 「じゃ、スズシロはOKね。ま、あとはこのヨモギで代用すれば、五草」
 七草粥に非ず、五草雑煮が振る舞われることになる。
 「これからはお奉行様と呼んで進ぜよう。シシ」
 「結構よ。でも掃部(カモン)の守(かみ)にお仕えするつもりはございませんから」
 「ま、確かに流浪の作家さんにお仕えはムリだわな」
 「ハ、似たり寄ったりでしょが」
 雑煮奉行様の手は止まったまま。これじゃ煮沸してしまう。文花は気が気でない。
 「あぁ、おば様」
 「あら、おたまは?」
 「そりゃ、アンタのことだろ?」
 「たく口が減らないんだから。いいから、その箸貸して」
 掃部守は、菜箸のような不思議な一膳を手にしていた。それなりに使い込んでいる。つまりマイ箸。そんなマイ箸持参者はあいにく少数だが、文花が気を利かせて多めに塗り箸を持って来ていたので事なきを得た。器やグラスはセンターの常備品で間に合う。飲料はビンが中心。ケータリングのピザが玉に瑕(キズ)といったところ。
 「この箱が一方通行なのよねぇ。引き取りに来るとなると、コストかかっちゃうから、仕方ないけど」
 「水溶性にする訳にもいかないし。ある程度キレイにして古紙回収に出すのがベターですかね?」
 美味しそうに頬張っている文花と櫻だが、話題はこの通り、協議の続きのようになっている。
 「ま、そういう話もいいけど、淑女(レディ)はやっぱ美の追求じゃございませんこと? 文花さんも姉さんもお口の周り...」
 すかさずルフロンが大鏡を開く。これもある意味鏡開き。
 「まぁ、これじゃ看板娘の名が泣くワ」
 「は? 娘? あぁハコ入りでしたっけね。あ、そうそうハコと言えば。集まりましたよ。ハイ!」
 お互い顔を見合わせながら、大笑い。笑う門にはカンパ来る、ということのようだ。

 歓談続く折だが、余興の頃合いとなった。センセによる魚調理の始まり始まり。
 「こいつはさすがに換気扇のあるとこじゃねぇとな。ま、狭いけど、見学歓迎。荒川の恵みご堪能あれ、ってな」
 主にボラとスズキ。小さい部類なので、捌きにくいところだが、実に手際がいい。あっさり下ろすと、油にジャー。
 「いけね、おたまさんにとられちまったんだ」
 「あ、取ってきまーす」
 文花が箸を取りに行っている間、石島母子はじめ、見学者一同は揚がる様子を眺めていたが、南実だけは俎(まないた)の上をジロジロ。
 「ねぇ、先生。この内臓にプラスチック粒とかって...」
 「さぁな、解剖してみねぇことには」
 「どうしよっかな」
 この日、研究員はしっかりジッパー袋を持って来ていた。予防に向けた研究を進めるにしろ、まだまだ現象面も押さえていたいと思う。臓物の運命、推して知る可(べ)し、である。

 雑煮も素揚げも大皿料理も好評裡に片付き始めていた。帰る客もチラホラと出てくる。十八時を過ぎた頃には、石島家の人々も帰途に。今残っているのは、プチ理事会に出る面々とhigata@メンバー。乾杯の時の半分程の人数になっている。
 幾分閑散となった会場を見ながら、櫻は久々に憂い顔を見せる。それはちょっとした寂しさを感じてのこと。
 「なんか、千歳さんが真面目にやると、その分、私との時間とかって減っちゃうのかなぁ... ジレンマだ」
 かねがね櫻を慕っていた弥生は、そんな憂いに反応したようで、また違うジレンマ話をし出す。
 「ディスカッションしてて思ったんですけど、ゴミが減ると、クリーンアップする回数も減るってことですよね。これは本来望ましいことなんでしょうけど、つまりその、皆さんと顔を合わせる機会も減っちゃう、ってことになりませんか? ねぇ、櫻さん」
 「そ、そうかも知れないけど...」
 雑談の一環ではあるが、哀愁が色濃くなってくる。それでも櫻は気を取り直し、
 「ホラ、下流側にプチ干潟があるじゃない。いつものとこが目処立ったら、今度はそっちを」
 すると、冬木が申し訳なさそうに白状する。
 「実は隔月で、あそこのクリーンアップ始めてまして。先月も学生連中なんかと一緒に」
 十月の取り組みがしっかり継承されていることがわかり、本来なら大いに結構なお話なのだが、どうもそうならないところが、曲者ゆえの悲哀だろうか。否、それだけジレンマの度が大きい、ということなのである。
 「余計なことを、って言っちゃいけないわね」 文花も憂いを込めてポツリ。
 「ゴミを減らしつつも、クリーンアップの場は維持する、って、矛盾スねぇ」 八広もお手上げの弁。
 「顔を合わせるって以上に、拾って調べて、があるから、かぁ...」 蒼葉は的確な寸評を挟む。南実は黙して語らず、である。
 だが、この女性は違った。協議の場にいなかったせいもあるだろう。舞恵は極めて楽観的。
 「だったら別にゴミ減らさなくても... 何てね。ま、ただ集まるだけじゃ物足りないってんなら、クリーンアップ以外の共同作業を始めればいいんよ。やっぱバンドでしょ」
 「でも、それはおまけみたいなものだった訳で...」 櫻は少々懐疑的だが、
 「いや、メッセージソングとかご当地ソングとか、それで予防につながるなら」 千歳は前向きに応じる。
 「そうそう、そんないきなり漂着ゼロにもならないだろうから、バンド活動とクリーンアップを交互にやってみるとか。センターとしても応援しますわよ」 文花はお気楽なことをのたまう。担当楽器があれば、そうも言ってられないと思うが。
 「となると、益々Goさんに頑張ってもらわないと♪」 言いだしっぺの弥生がすっかり晴れ晴れとなったので、この話はここまで、と相成った。

 プチ理事会と称するのは憚られるが、アルコールが入った状態での議事というのは頼りないもの。正規扱いしないとなれば、こう呼ぶしかあるまい。開始は一応、十八時半から。まだ多少の時間がある。
 「おふみさん、そういやアルコールって口にされてないような」
 「今日はクルマだから呑めないんだワ。ま、私、お酒入ると大変になっちゃうみたいだから。イブの時も... あ、ハハハ、これから議事もありますし、ネ」
 クルマというのを聞き付けて、同乗希望者が現われる。
 「ま、下流方向の方々はお送りします。奥宮、宝木、小松の各氏でいいかしら? 待たせちゃうけど、その間、カレンダーとか手帳とか、よければ選んでて」
 文花の気の利き様はこれにとどまらない。
 「そうそう、おすみさん。今日の分、謝金をお出ししないとね」
 「いえいえ、出勤日ですから」
 「だって、あの資料、櫻さんのこと放っぽらかして作ってたんでしょ? 埋め合わせしなきゃ。ねぇ?」
 櫻は返す言葉がなかった。「嬉しいけど、埋め合わせで済まされるのも何だなぁ...」 またしても心境の整理が必要になってくる。と、ここで南実がようやく千歳をつかまえると、
 「フローチャートのデータ、ください!」 いつもの直球でズバッ。
 「USBメモリとか持ってます?」
 「じゃ、これに」
 「へ? それって、ケータイストラップじゃ?」
 「丈夫なんですよ。しかも防水」
 櫻は居ても立ってもいられない。「私との恋愛プロセスよりもそっち優先? もうっ!」  何に妬いてるのかがすっかりわからなくなっている。南実に対してでないことは確かなのだが...

 すでに定刻を過ぎているのだが、この二人が揃わないことには始まらない。
 「て、千歳さん、自分のプロセスで先に進んでっちゃう感じ。少しは相方と相談してほしいな」
 「それって、今日の話?」
 「もあるけど、そのぉ...」
 「だよね。サプライズは程々にって?」
 千歳はちゃんとわかっている。サプライズネタを忍ばせながらも、原則手堅く進めようとする余り、彼女のもどかしさを招いてしまっているだけなのである。だが、弥生と違って、櫻はピピと来る。
 「そっか、ゆっくり見せかけといて実は、ってこと? それともただのトリック?」
 ヤキモキもプロセスのうちと考えればこそ。櫻なりにステディ感を楽しんでいるようである。

 後片付けを手伝っていた弥生と冬木だったが、程なく退出した。蒼葉、舞恵、南実は飲料を空けながらよもやま話。
 「蒼葉嬢はA。こまっつぁんは、MinamiだからM。舞恵もMだけど...」
 「それ、何の話?」 前出のMさんが聞く。
 「バンドやるんだったら、名前付けなきゃって思ってさ。で、皆のイニシャルくっつけると何か単語になるんじゃあないかと」
 Aさんは一人「姉さんはS、千兄さんもS? じゃないや、C? いや隅田だから...」 CとSで悩んでいる。(企業の社会的某ではない。念のため。)

 会議スペースではやっとこさ、理事会が始まる。といっても、運営委員も交えてなので意見交換会といったところか。新理事・新運営委員数名に、清、緑、千歳、櫻、八広、そして議長の文花がテーブルに着く。議題は二つ。ホワイトボードを持ち出すまでもないようだ。
 「おかげ様で、環境情報サイトはKanNaですっかり定着。協賛金ベースでめでたく運用が始まった例のデータ入力システムはDUOに決まりました。ネーミングがまだだったのは当法人の名称だった訳ですが...」
 こっちでも名前の議論になっている。このNPO法人何々の件は、新年会でも話題になり、何となく同意もとれていたのだが、書いてみないことには実感が沸かない。文花は意識的に丸文字調で裏紙にしたためてみる。
 「で、こうなります。『いきいき環境計画』!」
 「ほぉ、カタカナじゃなかったか。ま、イケイケと間違われないようにするには、その方がいいか」
 清はどことなく自重気味にコメントすると、イケイケ批評家の八広氏がその心を説明する。
 「生き生き、がお題目ですが、『いき』にはまず地域の域、そして心意気の意気、粋だねぇの粋なんかが込められると思います。あと、息づく、もスね」
 さすが、コピーライティングのセンスが活きている。横文字を避けたのは略称を考慮してのこと。してその略称とは?
 「いいカンケイ、ってことになりますかね」
 ここは櫻のひと声で即決。キャッチフレーズもすんなり行きそうである。
 次の議題は、部会と講座。二月についてはクリーンアップ講座で行くとしても、さて三月は?
 「今日の話で思ったんだけど、クリーンアップを仮に『現場部会』の一環にすると、櫻さんのやりたかったことの部会行事って別にできるかな、って」
 「もしかして探訪、のことですか?」
 「そうそう、今日だっていいこと言ってたじゃない。ねぇ、皆さん?」
 かくして、マップづくり教室をやってみてはどうか、という方向で一致する。継続的に取り組めそうならそのまま部会化。何色のマップができるかは、当日のお楽しみ、となる。
 「探訪ってことなら、探偵さんにも出てもらわねぇとな」
 「ホホ、虫眼鏡だって双眼鏡だって、よりどりみどりさんよ」
 「おば様と一緒なら、やっぱりグリーンマップでしょうね」
 とまぁ、終始和やかな感じで議事の方もお開きとなった。だが、櫻の議事は終わらない。
 「現状を伝えるためのAs-Isマップ。こうしたいっていうモデルを描くTo-Beマップ。その二本立てで地域再発見!なんていいかも。フフ」
 それはそれで結構な企画なのだが、皆が気になるのはCさんとSさんのTo-Beの方?かも知れない。
  • タテ書き版PDF ジレンマとその先(前編) ジレンマとその先(後編)
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