翌日はいろいろなことが動き出すことになる。「漂着モノログ」には、巡視船ツアーの話題とともに、十月七日の開催予告が晴れて掲載され、higata@には、冬木のお詫びの一文と問題の情報誌掲載稿が流れた。どうやら予告の掲載を断られたとしても、自分で別会場を用意するつもりだったようで、「情報誌読者専用受付にお越しください」との一文が付されていた。何とも無謀というか突飛というか、仕事柄、イベント慣れしている、ということなんだろうか。どっちにしても、受付はしっかり設営した方が良さそうである。
十八日、十八時。終業時間になったが、櫻はここからがひと作業である。皆で下書きした素案をもとにPC上で、タイムテーブル(兼 分担表)案を打っている。「いつ・どこに・誰が」配置されているかが一目でわかる、というのはこの手の催しでは要目となる。この辺りを会得できたのは、18きっぷツアー中、千歳マネージャーに赤入れを頼んだのが利いた。短時間であっても、プロセスを「見える」ようにする。それは心得の一つである。「櫻さんとの恋の行方とかも考えてるのかしらねぇ...」と彼女はちょっと違うことを考えながらも、軽やかにカタカタとやっている。
そんな折り、軽やかとはいかないが、溌剌(はつらつ)とした足音が近づいてきた。
「あら、センセ。お早いお着きで」
「おぅ、矢ノ倉女史に、千住の櫻さん。今日も華があって結構結構。何か落ち着かなくってさ」
早速、紙燈籠の分析結果から。
「エーッ、あの灯篭一つで、CODが十二グラム、BODが六グラムちょっと、ですって」
「まぁ、何だかそれなりに負荷がかかってるって話だな。実験でドロドロにされちゃったから、今はこのザマ...」
手にしたのは二重三重にパッキングされた透明袋。ゲル状の怪しげな物体がへばりついている。
(参考情報→水溶性紙燈籠 続報)
「これじゃあんまり供養にならない、かも知れませんね」
「て訳でさ、こういうニュースを自分のブロック、もといブログで発信できりゃいいんだけどさ。隅田君にここで見てもらいながらじゃないと、何だぁな」
「今ちょうど助手がいますから、呼んで来ますよ」
誰の助手なんだかよくわからないまま、とりあえず眼鏡の女性がやって来た。助手と言われれば、確かにそれっぽいが、はて?
「センセのブログって、さくらブログと同じ理屈でしょ? レクチャーしていただけると嬉しいんだけど」
「千歳さんから、何か受け取ってます?」
「あ、説明書預かってたんだ。失敬」
「さすが、知らぬ仏のおふみさん!」
先生がいようがいまいが、毎度この調子。「おふみさん、てか。今度からそう呼ばせてもらうよ」 櫻もお節介になったものである。
センター備品のデジカメで、ドロドロになった元燈籠(これが本当の紙ドーロー?)を撮り、メモリカードをPCのスロットへ。
「左側の『新規記事』を選ぶと、入力画面が右に出てきます。タイトルと本文が最低限入っていれば、すぐ掲載できますが、今撮った写真もせっかくなので」
画像選択ボタンを押して、ファイルを参照させたところで保留。先生には記事本文をその場で打ってもらう。
「画面下の『保存』を押すと、確認画面が表示されます。ここで切っちゃうと水の泡になっちゃうんでご注意を。最後にもう一回『公開』を押して、完了です」
「完了って、これでホームページに載るってか?」
「えぇ、ホラ」
櫻のブログは末尾が”todoketai/”だが、掃部先生のは、その名もズバリ”comeon/”になっている。俄か助手は苦笑しながらURLを打って、掃部ブログをその場で披露する。
「いろんな人に見てもらうための工夫とか、記事に対しての反響を集める仕掛けとか、レイアウトも変えられますし、ちょっとしたお遊びみたいなのも載せられます。自由自在なんですよ」
「いやぁ、こりゃ参ったな。本にしなくても、これがあれば言いたいこと言えるって、か」
「ブログで書きためといて、あとで本にするのもいいんじゃないかって。ブログの設計者さんは言ってました。先生、次の新作に向けて、いかがです?」
「あんまり書き過ぎると、ネタばらしになっちゃうよな。でも、早く伝えたい場合はそれもいいか」
櫻と入れ替わりにカウンターに着いていたチーフが戻って来た。
「センセ、相乗効果ってのもあるんですって。ブログで小出しにしといて、本で堂々と全容を公開。本が出たら今度はブログでこぼれ話とか追加情報とか。どうです?」
この日は、Comeon!ブログのリリース日にもなった。だが、今日先生に来てもらったのは他でもない。別に大事なお話が控えている。
「櫻さん、ありがとね。時間外つけといてもらうか、明日、シフトしてもらうか、お好みで」
「文花さん、先生とお話あるんでしょ。私、カウンター入ります。でも、仕事っていうか、昨日の続きやってるんで、別に手当とかはいいですよ」
「わかった。おすみさんとのデート権、てのでどう?」
「じゃどっかでデート休暇、ください!」
こんな感じで今のところは勤務形態も緩やかだが、法人化された暁にはそうもいかなくなるかも知れない。そうした点も含め、代表理事の意向というのを固めておきたいところ。今日はその前段となる相談事である。
「当センターの運営団体を法人化するにあたり、役員を決める必要がありまして。掃部さん、ここは一つ一理事として、いえ、代表理事を前提に役員の就任をお願いしたく」
「ハハァ、そういうことか。他の役員さんは?」
「これまで関わっていただいた方がそのまま、という訳にもいかないので、ちょっとした内規を作って、選考過程を経てもらおうかな、と。今、その途中です。他にも役員候補者を募って、代表理事はそこから互選することになりますが、ある程度、この方!というのを想定しておかないと、定款とかも作りにくいんで。その...」
「おふみさんのお願いとあっちゃな。例のし潟の皆さんと一緒に何かできるんなら、喜んで...」 が、しかし、
「と、言いたいところだけど、もうちっと考えさせてくれねぇかな。まだ平気だろ?」
「えぇ。とにかく役所関係と渡り合えるって言うか、市民主導のセンターにしたいんですよ。官製の特定非営利活動法人とか、そういうのにしたくないんです。で、何と言っても、地域への愛着というか愛情を共有できるような、そんな場所に...」
文花は思いが溢れて、言葉が出なくなるも、先生はウンウンと首を振って得心しているご様子。
「次の片付けはいつだっけか?」
「あ、来月七日、十時集合です」
「じゃ、そん時に返事するよ」
「どっちにしても、終わった後にお時間くださいネ」
十九時を回った。櫻はまだカタカタやっていたが、あることに気が付いた。
「誘導係って決めてなかった、かも」
文花は、今ひとつスカッとしていないものの、少しは手応えを得て、ホッとしている。
「あとは他のNPO法人に倣うというか、できれば失敗例とかがわかるといいんだけど」
かくして、二人は同時に声をかけ合うことになる。が、ここは年長優先。
「隅田さんて、ジャーナリスティックなとこあるけど、NGO/NPOのことって、詳しいかしら?」
「情報にはいろいろ接していると思いますけど、フットワークという点では宝木さんの方が上でしょうかね」
「ここは一つhigata@かな?」
「じゃ、私も相談メール打とうっと」
「あ、そっか、何の話だっけ?」
「今度のクリーンアップ、公開参加型だから、会場誘導の係が要るなぁって思って」
「昨日の打合せで、ルフロンさんが未定って言ってたけど、彼女は?」
「舞恵さんだけに、前で張っててもらうって? うまい!」
「どっちみち、案を流すんでしょ。その時に確認、ね?」
higata@への発信は、職場からもできるようにしてもらっていた。タイムテーブル(兼 分担表)案は、出来立ての状態で配信される。より早く確定できる、という点でこうした設定は重要。だが、つい気が回って、「注意書きとタイムテーブル、手書きで行くか拡大コピーするか、ムム」など、新たな悩みが生じることにもなる。「も一回、追伸メール、発信!」 メーリングリストというのは便利なものだが、職場で使える、というのは時に考え物かも知れない。いっそ、クリーンアップ活動をセンター主催にしてしまう、という手も... いやいや、ONとOFFの区別がつけにくい、それでいいのである。緩やかな状況にあってこそ、その人の持ち味が活かせる、そう心得たい。 十九時半を過ぎ、櫻はセンターを出る。「しまった! 蒼葉に連絡してなかった」 妹は食卓で待ちぼうけ。クリーンアップ関係の作業は、帰宅後(OFF扱い)の方がよろしいようで。
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