2007年11月6日火曜日

14. お天気 夏モード


 前回活躍したカウンターがリーダーのバッグから出てきた。「小梅さん、これ使ったことある?」 櫻流のコーディネートが光る。「わぁ、意外と重いんですね」
 「では、男性諸氏は大物を仕分けてくださいな。お姉さんチームは細かいのを分類しますから」 そして少女に一言。「分け終わったのを数えてね」 小梅は嬉しそう。清は休み休み、調査を手伝う。
 「誰だ、こんなところに雑誌の束、捨てて」
 「回収業者が投棄したんでしょうか...」
 「業者って言えば、このレンタルビデオのケースもそうかな。廃業してポイ?」
 男性諸氏はこんな調子。清曰く、「昔のゴミは自然素材のものが中心だったからなぁ」

 ワースト1:食品の包装・容器類/百五、ワースト2:飲料用プラボトル(ペットボトル)/五十九、ワースト3:フタ・キャップ/五十二、ワースト4:プラスチックの袋・破片/三十三、ワースト5:硬質プラスチック破片と紙パック飲料がほぼ同数で二十三前後、という結果が得られた。大袋の他に、ゴミの入ったレジ袋もいくつかあって、要するにかさばるものが目立っていただけで、品目ごとに数えてみれば前回よりは減っていたことがわかる。一同、特に三人はその成果(減少傾向)に安堵を覚えるのであった。
 「さぁ、本日の『いいもの』を紹介します。弥生さんどうぞ!」
 「エ、いきなりそんなぁ」
 「お立会い! タネも仕掛けもないこのケータイ...」 弥生のケータイを指差し、促す櫻。絶、いや舌好調である。
 「いいぞ!」 おじさんが竿を振って盛り上げる。
 「えぇと、まずURL打って、隅田さんに用意してもらったサイトにアクセスします」 小梅は弥生の手元を覗き込んでいる。
 「次はIDとパスワードを入れて、と」
 「ほぉ、ここでIDかぁ」 業平も感心。清は首を傾げつつもにこやかに見守る。
 「某区のテンプレートを選択して読み込むと...」 ちょっと時間はかかったが、データカード画面のケータイ版が出てきた。
 「おぉ、感激!」 千歳も実機で見るのは初めてだったので、感無量のご様子。
 「まだデモですからね。一応、上からお願いします」
 スクロールに少々手こずるものの、当区における可燃・不燃の別に応じた品目と数量の入力はうまく行った。この間、約五分。これは実用ベースだろう。
 「あ、れれ!」 その他の品目の名称と数量を追加で入れようとした時、アクシデントは起こった。「データ保存ボタン押したら、エラーになっちゃった。ヘヘ」 だがエラーコードが返っただけで、入力したデータは保持されている。さすが弥生嬢。
 「保存後はもう一回そのデータを呼び出して、続きができるように、って設計したんですけど、今日はこの状態で一旦送信して、追加分をまた別便で、ってことにしますね。データメールは同報で、隅田さんと櫻さんのところに、すみません、二つ届くと思います」
 「いやぁ、そこまでできてれば上等だよ。特許とれるんじゃない?」
 「バッテリ切れる前に早く送信!」 蒼葉が急かす。
 送信ボタンの方はエラーにならず、無事送れたようだった。
 「これで清書しなくて済む訳ね。あ、あと追加情報は?」
 「さっきのその他品目を入力したら、こっちの画面に切り替えます。その前にもう一度、ログインしますね」 ケータイ初心者の櫻も興味津々で画面をチェックしている。蒼葉も違う機種でトライし始めた。
 「じゃ俺はあっちにいるから」 千歳は傍観していたが、他の若者はケータイに夢中。清は、ゴミを数値化する調査型クリーンアップの手法に十分驚いていたので、それをさらにケータイで、となった時点で驚きの許容範囲を超えてしまっていた、ということらしい。(これを「驚容」というかどうかは本人も知らない) 草刈り改め、釣竿おじさんに千歳が声をかける。
 「清さん、スミマセン。何か内輪の話になっちゃって」
 「いやぁ、この年になってまだビックリさせられることがあるってのは幸せなことだよ。あれでゴミが減らせるなら、大いに結構。荒天決行、ハハハ」 キープしておいたスノコもどきを持って、積石方向へ蟹股で歩いていく。長靴なので、水際もそのまま進行。エサを仕込んで、針に付け、竿をヒョイ。石に渡した板に座り込んで、引きを待っている。
 一連のデータ送信を終えたところで、若者衆がゾロゾロと先生のもとにやって来た。
 「おっ! 来た来た」
 若者一同「?!」 「マハゼですな。江戸前と言やぁ聞こえもいいけど、俺に釣られるようじゃ雑魚だね」 大笑いしたいところをこらえている諸兄が約二名。
 「清さん、さわってもいい?」 小梅が手を伸ばす。
 「手乗りハゼだ」
 「何かカワイイ」
 「これ、から揚げにして食べられるって本当ですか?」 櫻が思い出したように呟く。
 「ちゃんと捌いて、サッと揚げればね。美味いよ」
 今は弥生の手の上にいる。捌かれる話を聞いて驚いたか、ハゼ公が体をくねらせるものだから「ヒーッ」となる。隣で蒼葉は目をパチクリ。少女も同様に目を見開きながら、
 「えー、食べちゃうの?」
 「お嬢さん、それは自然の恵みって言ってね、悪いことじゃあない。し潟が今日みたいに元気になれば、もっと増えるから大丈夫!」

(参考情報→
名物マハゼ

 「しがたなくないって、さ」
 「業平さん、また干潟一周したいの?」
 こんな感じで過ごしていると時が経つのは早いもの。十一時四十分を回っていた。だがご一同は正午までの心積もりで来ているので、まだその場に残っている。業平は一人やや距離を置いて、積石の隙間を覗き込んだりしている。
さ「ハゼの他には何が?」
 「ボラとかスズキとかかな。網を使えば大漁ってこともある。でもね...」 ハゼを川に放ちながら、「本来は荒川にいないような魚が獲れることもある。この間のソウギョもそうだけど、サケとかな」
あ「サケって、鮭?」 
 「俺は酒なら何でもいいけど、荒川にとっちゃ鮭は迷惑な話さ。放流イベントってのは絵になるから、ついやっちゃうんだろうけど、困ったもんだよ」 ちょっとした講義になってきた。
 「イワナって知ってるかい? 源流ならどこでもいそうだけど、水系によって種類が違うんだ。荒川なら荒川に合ったイワナじゃないとダメなんだな」
 「放流問題って、聞いたことがあります。外来魚ってバスとかだけじゃなくて、そういう一般的な魚も川によっては外来になるんですね」 千歳が切り込む。
 「まぁ、外様っていうか。よそ者はよそ者だぁな」
 「生き物の世界は多様性尊重とはいうけど、何か違うんですね」 櫻も続く。
 「人間が余計なことをして多様性を壊してるってことだ。放流するなら、自然に迷惑をかけないやり方で、な」 再び竿をヒョイ。

 「ねぇ、櫻さん、私、自由研究でここに来てもいいですか?」 小梅が目をキラキラさせて尋ねる。
 「そりゃ、もちろん。清さん、ここって別に許可制じゃないですよね」
 「河川事務所が文句言ったら、俺がし、ひ、一言言ってやるさ」
 「自由研究かぁ。夏休みの宿題?」 弥生がすっかり優しいお姉さんになっている。
 「生き物とゴミのこと、調べようかなって」
 「一人で平気?」
 「お姉さん達と一緒がいいなぁ」
 「ハハ。お兄さんとおじさんは?」
 「あ、そうか、ゴメンナサイ」
 かくして、七月の第四日曜日が候補日として挙がった。「私、もしかすると撮影、あ、いけない」 額に手を当てる蒼葉。
 「男性お二人はすでにご存じよ」
 「なぁんだ、櫻姉のおしゃべり。干潟三周!」
 なんだかんだで正午近くになってきた。梅雨の晴れ間ながら、陽射しは十分、夏モード。男衆は日焼け気味? こういう時、半袖ってのは一長はなくて一短なのである。
 「櫻さん、そのハットいいですね」
 「もっと大きいと日傘ハットって言うんですって。これは小振りだけど、一応熱中症対策」
 「熱中って、何に?」 千歳の方を眺める弥生。櫻は涼しい顔をしている。
 髪を束ねなかったのは、首筋が灼けるのを防ぐためだったようだ。弥生は着帽しているからいいとして、蒼葉は大丈夫だったんだろうか。
 「仕事柄、より強力な日焼け止め塗ってきてますから」 さすがである。

 引き続き、ハゼ釣りに興じる掃部公。「あぁ、さっきの大袋、木箱に載せといてな」 引き揚げる一行に片手を振ってご伝令。
 「じゃ、清先生、三週間後、いらしてくださいね」
 「どっかのママさんみたいだな。ハイヨ」
 ハゼのヌルヌルと干潟の泥で手に違和感が残る小梅と弥生。千歳が持って来ていたバケツの水がここへ来て役に立つ。
こ「何か生ぬるいし」
や「お日様のせいね」
 「ハイ、タオル」 櫻のバッグは玉手箱のようにいろいろと入っている。「あと、軍手はこれにでも入れて、また持って来てね」 業平がようやく戻って来た。
 「こんなものが挟まっててさ」 見ると何かのボルトと破断された管の一部が数点。
 「これも業務用エアコンか何かの、かな?」
 「管はコンプレッサの先っぽみたいだけどね」
 「ま、写真撮って載せて、問いかけてみるか」
 「ねぇ、千歳さん、片付け後の写真まだでしょ?」
 小梅を中央に配して、右に弥生、左に蒼葉、櫻と並ぶ。
あ「記念撮影?」
さ「どう? 四姉妹ってことで」
こ「エヘヘ」
や「じゃ、千さん、お願いします!」
 ここは一つ機転を利かして、「じゃ、皆さんこれで行きますよ」 袋から取り出したるは、
 「ハイ、ホース!」
 業平はボルトを紙片にくるみながら、ククとかやっている。「千ちゃん、それじゃ口元がニッてならないよ」
 「ハイ、ポーズ、のつもりだったんだけどなぁ」
 四姉妹はどんな顔で写ってようがお構いなし。何故か結構ウケている。「千さんて、そういうキャラ?」「櫻姉のせいだよ」
 小梅はお兄さん達に近寄って、「今度は隅田さんと本多さん」
 千歳のデジカメは櫻が預かり、「千歳さん、掛け声はこれでなくちゃ」 ビールの空き缶をかざす。
 「ハイ、ビール!」 おそれいりました。蒼葉と弥生はケータイでパシャパシャやっている。「ウケるー」って、いったい?

 正午を回る。木片はさすがに搬出するのを断念。加工されている以上、人工物だが、プラスチックよりは害は少ないだろう、という判断らしい。干潟の奥の方に固めて置く。四十五リットル袋は、清に預けた分を除き、まるまる四つが満杯。あとは、いつものように資源ゴミの洗い出しをすれば完了である。カラスどももお昼なのか、今は不在。広々とした外野に水がほとばしる音が拡散する。
 「あぁ、これをやってたんですね」 五月の目撃証言を語る小梅。
 「橋からこのシーンが見られていたとはねぇ」 業平は感心したらいいのか驚嘆したらいいのかわからないような口ぶりである。
 空の袋にペットボトルが二十ほどまず入り、白いトレイが数枚加わる。半乾きの状態だが、業平は気に留めない。千歳のところに出す分として缶とビンは別口で集められる。状態のいい缶を選別しながらひと洗い。今回は「ボトル缶」が十ほど。フタを開けると時々プシュとかなって、呑み残しが出てくることもある。想定範囲内だが、ちょっといただけない。
 「あ、あの私、そろそろ」 小梅はお昼をとる時間を逆算して、ソワソワし始めた。
 「じゃ、何かあったら、ここに連絡してくださいな」 櫻は名刺を差し出す。そして、「今日はありがとね」
 「ありがとうございましたっ」とお辞儀するや、小走りで少女は去って行く。後を追うように、弥生と蒼葉も「それじゃ、私達もこの辺で」と来た。櫻との関係について、蒼葉に一言申し添えておかないといけない千歳だったが、まんまと機会逸失。
 「今日はどちらへ?」
 「アキバかな」 彼女達の場合、娯楽を兼ねつつもトレンドウォッチ(学業?)のためのお出かけだったりする。
 「いいなぁ」 業平も行きたそうだったが、「いや、この後は三人でランチ。たまにはいいっしょ?」 再資源化ゴミはスーパー直行ではなく、千歳マンションに仮置きして、そこで乾かしてから持って行くという。
 「それじゃ、いつものパターンで参りますか」 櫻は何の臆面もなく自転車を動かし始める。千歳はやや浮かない表情。業平はRSB(リバーサイドバイク)にまたがり、超スロー運転で二人に随行する。

 小梅が急いでいた先も、三人が向かうのと同じ場所だった。「お姉ちゃん、クイックメニュー一つ」
 「小梅、どしたの急に」 えらく元気な上に目をパッチリさせている妹が飛び込んで来たもんだから、驚くのもムリはない。受験を控えて益々ツンケン気味な姉に恐々としていた小梅だったが、この日は違う。干潟での体験や実姉以外の姉達との交流が彼女を後押しして止まなかったのである。
 「あとでお小遣いから払うから、お願い!」
 「ハァ、かしこまりました」 釈然としない姉君。高校三年生である。ツンケンの理由は多々あるが、一つは受験、一つは両親、そしてもう一つは「今日はお天気だから、ま、いっか」という言葉の通り、単にお天気屋さんである、ということ。雨の日だと、客にもどことなく冷淡になってしまうことがある。本人はあまり自覚していないところがまた怖い。小梅は空模様や雲行きを見ながら姉の顔色を窺うことになる。今日会ったばかりだったが、三人のお姉さんに強い親しみを抱くのももっともな話。蒼葉を羨んだのはそうした事情ゆえである。

 ホットサンドとサラダを頬張りながら、アイスティーをゴクゴクやっている。お腹も空いていたようだ。スローフードとは言えないが、中学生の時分、これくらいの勢いはあって然るべき。妹のそんな姿をカウンターから見つめつつ、「昔はあの子、元気だったもんな」と高校生らしからぬ述懐口調で独り言。十二時半を回る。
 「ごちそう様、塾行って来ます!」 姉は声をかけるのを逸する。妹は素早く外へ。すると、
 「おっと、お嬢さん」と業平、「小梅さん!」と櫻。千歳はひと足遅れで三人の鉢合わせ現場に到着。
 「あぁ、皆さん、どうして?」
 「クリーンアップした後は、ここが定番なのよ。バイトの店員さん、クールだけど」
 「え、店員て、もしかして...」
 何気なく外を見ていた店員と目が合う四人。「私の姉です。石島初音(はつね)、受験生」
 「エーッ!」 何という巡り合わせ、である。櫻は何かまだ聞くつもりだったが、やはり声をかけ損なってしまった。ハットを手にしばし呆然。

 「こんにちは、初音さん」
 「あのー、皆さん、小梅のお知り合いですか?」
 「えぇ、まぁ。今日は大活躍でした」
 「?」
 女性どうしで会話が続く。今日は比較的空いているので、そのままレジ脇でOK。「私達、荒川の干潟をクリーンアップしてるんですけど、今日小梅さんにも飛び入り参加してもらって」
 見覚えのある客二人に、長身の男性客が新たに一人。「あ、これがあったんだ」 櫻はA4の参加者名簿を引っ張り出して、自分からまず名乗る。「千住 櫻です。今日で三回目ね」 続いて、男性二人の名前を指差しながら、自己紹介を促す。
 「隅田さん、毎度ご来店、ありがとうございます。本多さん、初めまして」 お行儀がいいのは妹と同じか。
 「小梅、ご迷惑じゃなかったですか?」
 「期待のニューフェースですよ、ね?」 今度は千歳が櫻に目配せ。リーダーはコクリと頷く。
 「今日の日替わり丼は夏野菜と合鴨丼、パンはホットサンドです。千住さん、どうされますか?」 好天だと愛嬌がいいというのは三人にはまだ知られていない。だが、それ以上に素性がわかったことと、小梅が元気だったのはこの人達のおかげ、というのが知れれば接客態度も自ずと変わって来る、というもの。
 「あ、二人ともマイカップ!」
 「お二人に免じて、本多さんのアイスコーヒーも割引します」 初音はいつになくにこやかである。

 大盛りサービスの丼をつつく男性二名。ホットサンドをゆっくり召し上がる櫻嬢。三人寄れば何とやら。食事の手が止まったまま、ということはなく、誰かが話せば誰かが箸を動かし、誰かが相槌を打つ、といった図になる。
 「前回も同席させてもらえばよかった」
 「エ、小松さんと一緒じゃなかったの?」
 「あっさり、交わされてしまいました。へへ。スーパー併設のフードコートで一人ランチさ」
 話はその複合商業施設に移る。「ちゃんと、回収した後どうなるかとか解説があってね。他にも環境云々の説明書きが掲示してあるよ。オレはバーコード集中読み取りレジ(?)に感心しきりだったけど」
 櫻と千歳は顔を見合わせ、したり顔。取材する価値がありそうだ。業平はコーヒーを飲み干す。そこへ初音がタイミング良くやって来た。「コーヒーのお代わり、お持ちしますね。お二人はまだいいですか?」
 「いいお姉さんだね。櫻さんも蒼葉さんにとってはいいお姉さんなんだろうけど」 業平らしいというか、イヤミがないのが彼らしい。「そうねぇ。時々どっちが姉で妹かわからなくなる時もあるけど」 言っていることがわからなくもない千歳であった。
 程なく、お代わりを持って店員さんが現われる。業平君のアイスコーヒー、なみなみと注がれている。「どうぞ、ごゆっくり」と言いつつも、動作が間延びしていて、何か話をしたそうな素振り。櫻が察知して、声をかける。
 「ねぇ初音さん、七月第四日曜日って空いてる? バイト、入ってるかな」
 「三週間後ですよね。調整できますけど、でも何か?」
 「河川敷と干潟、来てみない?」
 「え、いいんですか?」
 日時、場所、持ち物なんかを走り書きして、「妹さんには内緒、の方がいいかな? ま、都合が付けばぜひ!」 櫻さんやるなぁ、と千歳君は毎度の如く感服。業平は禁煙生活に慣れたか、今日はここまで一服もしない。平静を保ちつつ、女性どうしの会話に耳立てている。
 三人ともコーヒー二杯目になったところで、話題が多岐になってきた。会社生活のあれこれ、通販カタログ、この付近の地域事情、掃部(かもん)先生の講座などなど。話がふと途切れたところで、今日はまたちょっと趣の異なるリラクゼーションミュージックが微かに流れていることに気付くお三方。音楽談議が始まった。
 「そうだ、千歳さんてギター弾くんでしょ?」
 「入社したての頃は、お互い曲を持ち寄って、打ち込みとかやったりした訳さ。千ちゃんのはコード進行用のギターね」
 「エ、じゃあPCで作曲を?」
 「オレは画面上で音符を並べる派なんだけど、鍵盤を使った方が早いんだよね。それも千ちゃん担当」
 「あ、でも楽譜は読めないから、弾いた後で楽譜を出力して唸ってたりして...」
 「要するにメロディーライン主体の曲は彼で、リズムやベースだけでも何とかなる曲はオレって感じ、かな。二人あわせて、シンガーソングエンジニア」
 「へぇ♪」
 「櫻さんは? 何か楽器...」
 「今はヒミツ。フフ」
 十四時になり、初音はお帰りの時間。「では、今日はこれで。ご来店、ありがとうございました!」
 「帰る店員さんにお礼言われるのって、何か変」
 「礼儀正しくていいんじゃなくて。ねぇ、千歳さん?」
 「そうそう。こちらこそ、ありがとうございました。小梅さんにもよろしく、だね」
 「ハイ、よくできました」 こんな調子で笑いが絶えない三人。初音ももらい笑いしそうになったが、あくまで店員としての振る舞いを通し、再度会釈して退出。外に出てから一笑し、天を振り仰ぐ。「あちゃ、西の空、ビミョーだし」 梅雨の晴れ間は今日限りか?