2007年11月6日火曜日

15. 七夕デート

七月の巻(おまけ)

 蒼葉から衣装を貸してもらうこともしばしば。お下がりならぬ「お上がり」である。夏至の日とは逆で今日は紺のシフォンスカートに、白地のロング丈Tシャツという装い。長めのカーディガンを羽織っているのは、「櫻姉、天女のつもり?」と妹にからかわれた通り、七夕を意識したコーディネートということらしい。千歳に設定してもらったデータベース画面への入力作業はひと区切りつき、あとはデータの連結とwebへの転載をいつお願いするか、という段階に来ていた。眼鏡を外し、冴えない空をぼんやり眺めながら小休止。文花は息を呑む。「櫻さん、眼鏡は?」 妹がモデルなら、姉は女優といったところか。あまり見かけない櫻の素顔にチーフは驚きを隠せない。
 文花のそんな驚いた顔も、近視の櫻にはわからない。眼鏡をかけると、「じゃ、文花さん、私そろそろ調査に行って来ますんで」 時刻は十四時四十五分。
 「今日は九時から来てたんでしょ。自己早番だったんだから、勤務時間繰上げにしたら? 無理に仕事にしなくても」
 「いいネタが見つかれば、情報誌の記事の足しに、って程度です。期待しないで待っててください。じゃ!」
 チーフに真相を話すと、どこにどう伝わるか予断を許さないので、聞き出されないうちにそそくさと退席。「七夕デート、だったりして...」 文花は眼鏡をかけて、ひと仕事。
 センターの最寄駅から、業平行きつけの商業施設までは、無料の送迎バスが出ている。橋を渡り、途中、千歳の住所の最寄駅(カフェめし店、キャッシュカードの一件があった銀行も同じ駅近在)を経由する。定員四十人のマイクロバスは、空席が多少残るくらいの客を乗せ、十五時ちょうどに出発。櫻はガサゴソと、色紙の見本のようなものを取り出す。「お店に着いたら、どこかで切らせてもらお」 バスは橋を渡り出した。干潟を探す櫻。信号待ちらしく、川の本流を過ぎた辺りで停車。「私達を見たって、嘘じゃなかったんだ」 小梅の視力に感心しつつも、こういう眺望の一つの要素としてクリーンアップする人々が映る(格好の良し悪しは別として?)、ということを客観的に認識するのであった。さすがはリーダーである。
 降車はできず、乗車のみ。停留所で待つ乗客の列の先の方に、調査同行者はいた。某リテール系ながら、いつものジーンズではなくスラックス姿の千歳君。マイバッグも普段通りだが、さすがに今日は軽めに見える。
 「千歳さん、こっちこっち!」 隣に確保しておいた空席へ誘導する櫻。ここからはせいぜい五分程で目的地に着く訳だが、その短時間が結構重要だったりする。「こんにちは。今日もまたイイ感じですね」 今日は、ではなく、今日も、とちゃんと言えている。数ヶ月前のシャイな彼は何処へ、というくらいの進歩である。
 向かい合って話し込むことはあっても、こうして隣り合って座るのは実は今回が初めての二人。心なしか、ぎこちない感じもあるが、「漂着モノログ、反響とか問合せとか、どうですか?」「桑川さんから、ツッコミメールが来たくらいかな」てな感じで無難に過ごしている。座席はほぼ満席、立ち客もチラホラ。大声で会話できるような車内環境ではないが、ご両人、ちょっと硬め。アラウンドサーティーの男女というのはこういうものなんだろか。
 「わぁ、大きい!」 建物を見上げての櫻嬢のご感想第一声である。壁面緑化も目を引く。屋上や大窓の一部にはソーラーパネルも設置してあるらしく、その発電量が入口に電光掲示されている。が、この薄曇りじゃせっかくの電光数字も「パッとしませんねぇ」。ごもっとも、である。
 インフォメーションで、フロアガイドの他に、環境配慮に関するリーフレットを入手。帰りのバスの時間もチェックして、「まずは作戦会議、しましょ」 今日もリーダーは櫻である。自然食のバイキングがあるかと思えば、ケーキバイキングの店もある。フードコートでも良かったが、ちょっと落ち着かない。
 「ここ、デザートが二つ選べて、ドリンク付き。千歳さん、甘いもの平気? あ、飴ダメでしたね」
 「いえ、甘党だからOKですよ」
 「変なの... ま、いっか。全面禁煙だし」
 さすがにマイカップは使えないものの、ドリンクのカップは実証試験とやらで、しっかり回収・リサイクルする仕掛けになっている。早くも取材ネタである。


(参考情報→飲料容器の店頭回収

 ミルクレープをつつきながら、アイスティーに口をつける櫻。焼プリンを掬いながら、アイスカフェオレをかき混ぜる千歳。この図だけ見ていると、確かにデート中のように見えるが、
 「やはり本多さんがお世話になっている回収スポットが先でしょうか」
 「その後、屋上へ行って見学できる設備を見てから、一階ずつ降りて来ますかね」
 「スーパー以外で買い物する時もマイバッグ使えばポイントって付くのかなぁ」
 といった具合で、巷の男女とは会話の中味が違ってたりする。調査は調査ということか。
 「その生クリーム、美味しそう」
 「あ」
 「いただきます♪」
 千歳のシフォンケーキに盛られたクリームは、ケーキの一部ともども櫻のフォークによって運ばれ、瞬く間に彼女の口中へ。「へへ。すみま千でした。よければこれどうぞ」 モンブランを勧める。「ミルクレープは崩れちゃうからダメね。本当はシェアしたかったけど」 千歳君は何を食べてるんだかわからない状態になってきた。甘くて黄色い糸状の物体... 頭の中がモンブラン、である。「卵が違うような気がします」とか辛うじて感想を言ってみるが、うわの空。櫻は「あぁ、契約農家の地卵使用とか、出てますね。じゃ、プリンも絶品?」 今度はスプーンが伸びてきた。今日も小悪魔さんな櫻である。
 カップの回収筒を見ながら、
 「今日は私もデジカメ持って来たんですけど、ちょっと旧式なので、千歳さんにフォローしてもらっていいですか」
 「じゃ、こっそりね。こういう店内って撮影禁止だったりしますから」
 「へへ。私も共犯?」

 平面駐車場につながる大きめの出入口に、一大回収スポットはあった。ペットボトルはかなり大きめの函が用意され、食品トレイ、牛乳パックが並ぶ。おまけに「え、自社ブランド(PB)の衣類もOK?」と彼女を唸らせる内容の貼り紙も。店内カウンターへお持ちください、とある。
 「こういう回収ルートがあるなら、この間みたいに衣類が漂着することはないと思うけど」
 「いや、きっと川で洗濯してたら流されちゃった、て」
 「千さん、マイナス1,000点!」
 笑いをこらえているようにも見えるが、咳払い一つ、「紙パックとかペットボトルの再生方法は何となくわかるけど、食品トレイがプラスチック素材に戻せるってのは知らなかったなぁ。トレイはトレイで循環させるだけだと思ってた...」 業平の言う通り、再生後の用途がしっかり掲出してある。荒川漂着ゴミもほんの一部ではあるが、ここに届けられ、再製品化されていることがわかりホッとする。が、しかし、である。そもそも捨てられないよう、漂流させないようにするには、の方が先だろう。先刻とは違う理由で固まっている千歳。櫻はそれを知ってか知らずか、
 「ねぇ千歳さん、お店の人にも荒川の現場、見てもらうと何か変わるんじゃない?」 さすがは櫻さん、である。場所を問わず、機転が利く。だが、より説得力を持たせるには、その店が売った商品、またはPB商品であることがハッキリしている必要がある。売り放しではなく、循環させるところまで面倒を見てこそ、社会的責任も果たせるというもの。自店を起源とするゴミであることがわかれば、そうそう放ってはおけまい。最低限のCSRである。

(参考情報→回収スポットの例

 そんなような話をしつつ、エレベーターで屋上へ直行。少し薄日が射してきて、パネルが鈍く反射している。緑化と呼ぶには物足りない観もあるが、テラス式庭園も展開してあって、憩えるようになっている。
 「光と緑の広場ですって。掃部先生が見たら、何て言うかしら?」
 「多分、ひかりとひろばって発音できないから、違う世界になりそう」
 「しかり、になっちゃう。お叱り? ハハハ」
 まだ笑いが収まらないご様子の櫻を引き連れるようにして、今度は階段で降りていく。三階の文具売場には、「エコ文具コーナー」が併設されていて、ペットボトル再生系の他、食品トレイ(PS(ポリスチレン))を再生した筆記具の数々が並んでいた。「要するにプラスチックを使う部分には、再生プラを適用できるってことでしょ」 なぁーんだ、とでも言いたげな口ぶりだったが、「あ、ハサミ」 取っ手というか、指穴を包む部位に再生材を使っているため、一応エコ文具である。再生材の感触を確かめるのかと思いきや、何色か見本紙を取り出し、ザクザクやり始めた。細長い紙切れを作っている。
 「櫻さん、それって?」
 「あ、切れ具合を試しているだけですから。フフ」
 眼鏡が光れば、ハサミも光る。これ以上は詮索しない千さんだった。

 メモリカードを入れると、プリントアウトできるセルフプリント機が二人の足を止めた。
 「この間の集合写真、出しましょう」
 「へぇ、これでねぇ...」
 四姉妹の写真なので、四枚でいいのだが、「私と蒼葉の分は一枚あればいいの。この一枚は千歳さん持ってて。で...」 操作を覚えた櫻は、自分で硬貨を追加して、中二少女+三十男の写真を四枚プリントアウト。「この一枚、頂戴」と来た。面白半分か、それとも... 「何なら店内で」とポートレートをその場で撮って渡すこともできなくはないが、店内撮影禁止というのが引っかかることもあってパス。ま、自分のはいいとして、今日の櫻さんはどこかで撮っておきたい、そんな想いに駆られる千歳。心の中で、笹の葉がサラサラ音を立て始めた。
 期せずして、楽器店が現れた。試奏コーナーらしき仕切られた空間をめざとく見つけた櫻は、同行者を誘いつつ、アップライトの電子ピアノに着席。音を確かめつつ、「CDとか写真のお礼を兼ねて、一曲披露させていただきます」
 先だっての音楽談議の際、秘密にしていた件は、つまりピアノ奏者だった、ということらしい。奏でるは千歳が貸したCDの一曲、ストリングスとピアノの例の佳品である。ストリングの部分もアレンジしてピアノ一つで巧みにまとめている。耳で憶えてここまで弾きこなしてしまうとは... 六分近くの曲だが、多少はしょって五分程度。だが、その五分は何事にも代え難い、優雅な時間となった。時を紡ぐ音楽というのはこういうのを指すのだろう。
 弾き終えて、会釈する櫻。言葉を失いかけた同行者は、我に返ったように「素晴らしい演奏でした。よくそこまで」と言うのがやっと(内心は大拍手)。櫻はちょっと照れた面持ち。これってシャッターチャンス?
 「今度、千歳さんの曲も聴かせてくださいね」 こう不意を衝かれてしまっては、ポートレートを撮るどころではなかったりする。

 二階は衣料品中心。自社ブランド服の売場では、確かに古着回収コーナーが設けられている。
 「流れ着いた服でも、ここの商品だってわかれば引き取ってくれるのかなぁ」
 「普通に洗濯しないとダメでしょうね」
 「千さんは川でセンタク...」
 だいぶ慣れてきた千歳だったが、ここまで来るともう笑うしかない。今度は櫻が千歳を引っ張るようにして、一階へ。イベント広場にやって来た。
 「今日は七夕ですものね」 この手の商業施設では当たり前、とでも言おうか、大きな七夕飾りが施してあって、竹枝には短冊が吊るせるようになっている。その場で思い思い願い事を書き綴る家族客。そこに二人も紛れるが、「千歳さん、これ使って」 渡された短冊はエコハサミで試し切りしていた一枚だった。
 「これって? 何か特殊な感じだけど」
 「水溶性なんですって。ある紙メーカーから見本でもらったんです。とにかく、書いてみて」
 勧められるまま、ペンで願い事を書いてみる。このペンも軸やキャップが再生プラのようだ。なかなかの徹底ぶり。「じゃ、短冊持って、荒川に行きましょ」
 業平がRSB(リバーサイドバイク)でさっと乗りつける位置合いにあるこの施設。荒川河川敷にもすぐに出られるのが特徴。曇ってはいてもまだまだ明るい。今、正に七日の夕べ。いつもと勝手は違うものの川辺を歩くのは馴れた風の足取りで、二人は水際へ通じる細道を悠々と進んでいた。ゴミ箱干潟のある場所と同様、ヨシが屹立(きつりつ)し、微風にそよいでいる。川を覗き込むと、そこは僅かばかりの砂地が顔を出している程度。それでも何となく似たようなゴミ景色が散見される。「あぁ、ここでも...」 呟く千歳。彼の肩をたたく櫻。「今日は川の日だけど、七夕よ。ゴミは目をつぶりましょう」 川の日だからここに来た訳か、と今になって合点が行くも、じゃ短冊は... そっか! 「ここに付けるのがやっとね。千歳さんも付けて」 ソーイングセットから引っ張り出した糸を使って結わえている。笹の代わりにヨシというのが風流である。
 こうして、二人の願い事は荒川の畔でサラサラと揺られることとなった。「荒川がキレイになりますように」に対し、「川・街・人が元気になりますように」とは櫻の一枚。水溶性の紙を使ったのは、一応、環境配慮を考えてのことだが、「何かその方がロマンチックかなぁって」とのこと。「あ、そうだこれも...」 櫻はもう一枚、付け足しに戻った。
 「なぁんだ、櫻さん、ズルイなぁ」
 「いいからいいから」
 何て書いてあるのか気になる彼だったが、逆方向に背中を押されては仕方ない。代わりと言っては何だけど、ここで一枚、写真を撮らせてもらうことにした。題して「ヨシと織姫」。フラッシュなしでも上手く撮れるのがありがたい。櫻は俄かカメラマンに気を留めることもなく、真剣に括っている。「あ、もう五時過ぎ。戻らなきゃ」 彼女が残した一枚には、何やら相合傘らしき絵が描かれていた。川の神様、聞き入れてくれるだろうか。

 川沿いにこのまま歩いて帰ることも可能なのだが、天気も不安定だし、実は肝心のスーパーの調査をしてなかったため、再び店に戻るご両人。「蒼葉に怪しまれるから、今日はここでお弁当買って帰りますね」というのも理由の一つ。つまり、七夕デートにしては、映画館にも行かず、ディナーもなし、なのである。弁えというか、抑制の効いた距離感がわかるというもの。さすがはアラウンドサーティー?
 平面駐車場はよく見ると、廃タイヤなどから再生したゴムチップが路面舗装に混ぜられていたり、車止めがさりげなく再生プラだったり、でネタが尽きない。店外なら撮影自由(?)ということで、ちょっと暗めながら何枚か記録する。この調子だとスーパー店内もネタに事欠かないだろう。撮影できないのが惜しい。
 タイムサービスが始まった直後ということもあって、弁当・惣菜コーナーはちょっとした人だかり。「廃プラ回収があるから、まぁ許されますよね」 櫻は二人分の弁当類を手にする。干潟ではおなじみの容器類。使い捨てを助長する側面はあるが、ゴミにするかしないかは、買った人の意識に委ねられてもいる。
 「いわゆる容器包装って、事業者責任がどうこうって言うけど、購入者責任てのもありますよね」
 「売場とは逆の発想で、商品の『戻し場』なんてのを作ったら、ゴミは随分減るでしょうね。用済みの袋とか容器とかを家から持って来て、同じ商品か、類似した商品の棚に返すって。現実的じゃないかも知れないけど」
 「循環型、ってそういうのを言うんでしょうね。あとは、量に応じてキャッシュバックされるとか」
 容器の一部に実験的にバイオプラスチックを採り入れ始めたことが紹介されている。漂流・漂着することがあっても、いつかは自然分解し得る、となればクリーンアップする側としては手間が減る訳だが、「やっぱりリサイクルに回すのが筋ですよね」 生分解性プラスチック(BDP)、バイオマスプラスチック(BMP)の別を問わず、リサイクル適性はある。櫻がどこまで了知しているかは不明だが、現場経験を少なからず積んだことで、そういう循環志向然としたものが自ずと身に付いたようだ。

(参考情報→バイオプラスチックって?

 発明家が感心していたバーコード一括読み取り機があるセルフレジへ行き、クレジットカードを通す。
 「櫻さん、そのカードって再発行した例の?」
 「へへ、そうです。お恥ずかしい限り」
 でも、そのカードの一件があったから、今こうしてここに二人が居るのである。随分と昔のことのように思い返す千歳。カード様様というのは大げさか。櫻はマイバッグに詰めると、スタンプを押してもらいにサービスカウンターへ。その間、千歳は通常のレジで会計(電子マネー利用)し、その場でスタンプをもらう。調査を兼ねてのお買い物。こういう客が来ると、店側も張り合いが出るだろう。

 最終の送迎バスは、十八時発。混雑を予想して十分前に乗り込み、座席を確保する。そんな計画的なお二人さんは、次のクリーンアップのプランニングにも余念がない。
 「今度の自由研究向けクリーンアップは参加者限定でいいんでしょうけど、定期的なクリーンアップの方は、今後どうしますかね?」
 「そうですね。私は今のままでもいいと思いますけど、もしオープンにするなら、いろいろと注意事項とか実施手順とか考えないといけないですよね。ボランティア保険の対応とかもあるし」
 「そうか。受付とか、見張りとか...」
 「流域で一斉に取り組む時だけオープンにするとか、ね。ま、ゆっくり考えましょ」
 櫻は思うところがあるようで、一人コクリと頷き、ニコニコしている。いわゆる会場運営について、櫻とは同意見であることがわかり、千歳もホッとひと息つく。
 二人を乗せたバスは、無情にも順調に走行し、五分と経たぬ間に最初の停留所に着く。今日はここまで憂い顔をしなかった櫻嬢だったが、ここへ来て急遽顔が曇った。「じゃ、櫻さん、また」と千歳が手を振って降車しかけると、あわてて席を立ち、
 「あーぁ、降りちゃった」
 「櫻さん、たら...」
 何人かの客とともに二人を降ろし、バスは右折。橋の方向へ去って行った。
 「淑女が一人で橋を渡って帰ろうとしています。千さんなら、どうします?」
 「拙宅経由、でいいですか?」
 「ドキ」
 「いや、荷物を置きつつ、自転車を、と思って」
 「あ、そうですね。ハハハ」
 櫻は自分でもよくわからない感情に押されている。ただ、わからないとは云っても、そういう情況にあることが彼に少なからず伝わっている、という点は察知していた。だが、根本的にシャイな千歳君は、残念ながら鈍さが先に立つ。心の中は二人して、笹の葉状態? いや、サラサラというよりはフワフワか。
 自転車のカギは持っている。買った弁当類を郵便受けに入れて来るだけ。女性心理への反応は鈍足だが、それに反比例するように、この行って戻っては実にスピーディーだった。
 「あれ、もういいんですか?」
 「暗くなっちゃうといけないから」
 河川敷に出てからは、いつもなら干潟方面に向かう千歳だが、今夕は左折して橋へ。自転車をかなりゆっくり押しながら進むも、櫻の歩速はそれ以上にノロノロ。自転車を押す人物は違えども、状況は似通っている。五月の回の緊張感が甦ってきた。しかし、
 「今日の調査結果はまとまりそうですか?」 二ヶ月という期間、そしてその間の場数というものが彼を多少は進化させていて、ごく自然に緊張感を解いてみせた。櫻はキョトンとしつつも、
 「私もブログ始めればいいのかなぁ」
 「センターのホームページの中に『櫻さんコーナー』作ったら?」
 「情報誌の方が優先だから、手が回るかどうか」
 「ブログに記事を書きためておいて、余力があれば紙面に編集し直せばいいんですよ」
 「そうかぁ。千さんに1,000点!」
 てな訳で、またセンターに顔を出すことが決まりそうな予感。「そうそう、データベースの進捗状況も見てもらいたいし」 櫻の晴れ晴れした表情が空模様にも乗り移ったか、西の方が明るくなってきた。オレンジの光が微かに川面に跳ね返っている。干潟が望める場所に来て、ちょっと立ち止まってみる二人。
 「かくして、織姫と彦星は離れ離れ...」
 「え?」
 「千歳さん、名残惜しいけど、また一年後、ね」
 「今日、エイプリルフールでしたっけ?」
 「フフ。またデー... いや調査にご一緒してくださいね♪」 「あ、ハイ」と千歳が言葉を継ぐところ、すかさず「じゃ、織姫はここで失礼します。ありがとうございましたっ!」 やや早歩きで先を急ぐ一人の淑女。長めのカーディガンは、その広い袖とともに、ヒラヒラと舞っている。織姫、いや天女? 千歳は幻を見ているような錯覚とともに櫻の後姿をしばし眺めていた。潮は満ち、干潟は大方隠れている。水位が増す程、織姫と彦星の距離は遠くなる。川は男女をつないだり隔てたり、不思議なものである。やがて櫻姫の姿は見えなくなった。川を漂うオレンジの紋様が哀愁を誘う。彦星は家路に向け、ゆっくりと自転車を漕ぎ出した。雲の切れ間は閉じたり開いたりを繰り返している。天空の川は現われるだろうか。