2008年9月9日火曜日

65. Warmin’ up

ふたたび、三月の巻

 第一日曜開催というのは定例だし、常連以外への予告も何日、というレベルでは早めに流れていたが、如何(いかん)せん潮の読みというのが不徹底なものだから、集合時刻の連絡が後回しになってしまう。いつもなら午前十時でいいのだが、南実に言わせると、上下が少ない長潮日とかで午前中は不向きなんだそうな。見学者も来ることだし、潮位が下がり始める午後からゆっくりがいいだろう、とのお達し。とりあえず午後一時の集合ということでまとまった。

(参考情報→長潮=緩慢な干満

 本日一番乗りは石島姉妹。お次は千住姉妹、と続けば四姉妹揃うところだったが、
は「あれ、櫻姉、蒼葉さんは?」
さ「途中まで一緒だったんだけど、何か陽射しが強くなってきたでしょ? サングラスが要るとか言って引き返しちゃったのよ」
こ「へぇ、サングラス...」
 サングラスと言えば、これまで文花、清、冬木あたりと、最近モテモテの彼、
さ「あ、業平さん、あれ?」
 サングラスで登場したことはあったが、今日は眼鏡を着けている。だが、業平氏は裸眼で良かったはず。何でまた。
 「あのぉ... 業平は?」
 ベースがオドオド調なので、ただでさえ聞き取りにくいところ、花粉症なのかマスクもしてるもんだから尚更である。櫻は耳を疑いつつ、聞き返す。
 「って、どうしたんですか? ご本人?じゃないんで、すか?」
 俄かに緊張感が高まる。てっきり変装でもしてからかってるんだと思ったら、どうもそうじゃない。暗めだが、不審なのは明らか。
 「あ、すみません。兄の太平って言います。双子ですけどね」
 「エーッ!!」
 三人揃って大サプライズ状態。そこへ、いいタイミングで二人の女性が連れ立ってやってくる。
 「しめしめ、弥生嬢、まだだったか。よーし」
 文花はカウンター係の誰かさんの真似して、小作戦決行!
 「Go Heyさんっ!」
 櫻はサプライズが収まってなかったので、制しようがなかった。不意に背中を押された太平氏は、殊更のサプライズ。
 「ワァッ!!」
 この大声にまたしても一同ビックリ。南実も目を丸くしている。兄はゆっくりと振り返った。
 「あれ? 本多業平さんじゃ?」
 気が付けば、周りは女性ばかり。あまり免疫がないらしい太平氏はすっかりドギマギ。自己紹介も何もあったものではない。
 何となく場が固まっているところへ、やっとこさおなじみのRSBが滑り込んできた。
 「何だ兄貴、先に着いちゃってたってか」
 双子の弟はこの通りお気楽なもんだが、当の兄貴はどうも顔色が良くない。
 呼吸を整え、ようやく口を開きかけたところ、またしてもタイムリーに若き乙女がやって来る。
 「こんちはぁ...ありゃりゃ? ご、Goさんが二人?」
 噂には聞いていたが、続々と女性が来るもんだから、開いた口が塞がらない。ポカンとしてるのがバレずに済んだのは、マスクのおかげ以外の何物でもない。

 「へぇ、双子なんだぁ。どーりで。顔はそっくりだけどぉ、性格って対照的?」
 弥生もしばらく唖然としていたが、すぐ様いつもの調子でズケズケ斬り込んで来る。正に仰せの通りなので兄弟は返す言葉がない。いや、太平の方はどうも様子がおかしい。弥生を一目見て、先刻からこうである。「萌えー」(何ヲタクだ、この人は?) その暗さ加減といい、好い意味でひきこもり傾向はありそう。だとすると弥生嬢との共通点、なきにしも非ず、か?
 さて、勘違いからちょっとした失態を演じてしまった文花は、双子の背後でもじもじ中。いや、こっちも様子が変である。
 「太平さん、いいかも」(ありゃりゃ?)
 全くの余談ではあるが、墨田区において、文花(ぶんか)と業平(なりひら)は川を挟んでお隣どうし。太平(たいへい)は南にちょいと離れている。だからどうということはない。文花的には急接近モード。業平を飛び越せば太平なのである。

(参考情報→文花~業平~太平

 スギ花粉症ではない文花にマスクは要らない。方やもろに花粉症中なのは、何と緑のおば様。
 「カモンさんはいいけど、花粉さんはゴメンだわ」
 「探偵さんは常にマスクしてなきゃな。他にも変装用の七つ道具とかあんだろ?」
 「ハ、貴殿にもマスク、じゃ効かないわね。口止め用のテープが要るわ。この減らず口!」
 作家コンビに同行中の寿(ひさし)はただ苦笑するしかない。そう、まずはこの掛け合いについていけないことには...。
 監事としてのお役目を自覚しつつも、愉しませてもらうことも忘れない。こういう小粋なところはさすが江戸っ子である。

 そんなご年配三人が現地入りした頃、
 「ヤッホー! 千兄!」
 花粉症シフトの千歳はノロノロと自転車を駆っている。そののろさ故、あっさり追いつかれてしまったの図である。河原桜の手前でゆっくり停車して振り向く。
 「あぁ、蒼葉さん。いいね、そのサングラス」
 副賞の恩恵を与(あずか)ってからというもの、蒼葉にてんで頭が上がらない千歳である。まずは無難にご機嫌とり。
 「千さんもマスク似合ってるわぁ、なーんて言えないか。大丈夫ですか?」
 「それほど深刻じゃないけど、ま、予防を兼ねて」
 「そっかそっか。そういうことならなおさら。バレンタインデーにとりあえず一夜過ごせてもらえてよかったかも」
 「?」
 「花粉症が本格化しちゃうと、夜だってツライでしょ。ちゃんとした状態で相性とかね。早めにわかってた方がいいかなって。それで...」
 何の相性?とはとても訊けないので笑って誤魔化すしかない。だが、妹は真剣である。
 「姉さんてそういう魅力ない、かなぁ?」
 姉がヤキモキするならわかるが、妹がこうである。プロセスマネジメントを超えた領域なので、どこまでどう、というのをただでさえ計りかねているマネージャーではあるが、そう言われては元も子もない。
 「いやいや、決してそんなこと。スローラブだからさ」
 蒼葉はどこか白々としながらも、強めの視線を向ける。下手なことは口にできない。
 「って言っても許してくれないか。でも...」
 「ん?」
 「今日はね、ちゃんといいもの持って来たんだ。あとで櫻さんに渡すつもり」
 「そう、ま、いっか。C’est la vie, C’est la vie.」
 河原の桜はまだ冬の中。だが、春に向けた準備は着々と進めている。見た目にはわからなくても着実に進行するプロセスというのがあって、それはこの木々にもある。恋愛も然り。桜に喩(たと)えてその辺の境地を説きたいところではあったが、やはり口は重く、おまけに「ハ、クション! うぅ」。噂話もなくはないが、正真正銘のクシャミが出る始末である。

 マスクの千歳、サングラスの蒼葉、お顔に何かを着用する、という点では共通だが、サマになってるかどうかで云えば、大違い。
 「蒼葉さんはカッコいいけど、千兄さん何それ?」
 案の定、小梅からダメ出しを食う。
 「いいのいいの。素顔出すとモテちゃって困るから、でしょ?」
 毎度のことながら、櫻に助けてもらう訳だが、照れくさいの何のって。口許に締まりがなくなるも、一同に悟られることはない。不測の事態に備える上で、マスク(あるいは仮面)はやはり必需品なのであった。
 本多兄弟にはドッキリさせられたが、人手が増える分にはありがたい。ここまでで実に十三名。いつでも始められそうだが、そうはいかないのが当地の慣例。追加メンバーが風を切るようにやって来た。まだ真新しさが残るRSBでのお出まし。
 「おっ、待ってました」
 「あーら、須崎さん、お久しぶり」
 「やぁやぁ、皆さんお揃いで。こんにちは」
 清はお師匠さんだが、緑はその上を行く存在。地域振興時代からの顔なじみだったのだが、おば様根性で縁談がどうのこうのってやられた時期があったりしたので、今なお苦手意識が先行する。意中の女性説を持ち出して何とか回避したが、おば様の耳にはその後の話が入っていないので、突っ込まれたらヤバイ状況ではある。もっとも、辰巳が未だ独身であることは、ここにいる一部メンバーは承知しているので、今日この場で緑にバレてしまう確率は大。かなりリスキーな状況下に自ら飛び込んできたようなものなのだが、それは覚悟の上である。相当の理由があったから来た。それだけである。
 「いやね、初めて師匠からメールが来て、こりゃ大変だって思って。わざわざアドレス取って、案内メールよこすんだから、一大事でしょ。たまには現場感覚養わないといけないし。あとは事務局長殿にね、ご相談をと思いまして」
 干潟にあまり顔を見せない割には、それなりに知られた人物ではある。故に、大して気兼ねするでもなく、ご自身のペースで事を進めている。だが、元・意中の女性と顔を合わせるのが気まずいというのもあったらしく、次の瞬間には文花を連れて移動してしまった。
 一同、取り立てて気に留めるでもなさそうだったが、訝(いぶか)しげに見送るのが一人いた。業平である。

 センターに足を運ぶのを躊躇(ためら)っていたのも、やはり櫻絡みだろうか。とにかくそうも言ってられなくなった、というよりも機が熟してきた、といった方がいいだろう。相談事とはつまり、
 「センター運営業務の委託の件がね、こっちでも大詰めになりまして」
 そもそも法人化に向けて動いているのも、全てこのため。辰巳は辰巳で役所としてはあまり例がないケースと向き合いつつ、地域社会の持続可能性を慮ってあれこれ腐心していたのである。
 文花はさまざまな想いがこみ上げてきて、ドキドキモード。市民社会への理解の深さ、何とかセンターを盛り立てようとする心意気、掃部(かもん)直伝の一端とは云え、普通こうはいかない。そんな惚れ惚れさせられる要素の上に、もしお互いがこういう立場じゃなければ、とか、今は確実にひとり身なんだから、とかが加わっている。設立総会を控えている都合上、今からあまりドキドキしない方がいいのだが、魚類と対面した時のそれと比べれば、比ではない。
 「で、ご批判もあるかとは思うんですが、指定管理者か企画競争入札か、で絞られては来ました」
 「私としては臨むところです。ただ、どっちにしてもまず総会が成り立たないことにはね」
 「何だかかえって負担をおかけしてしまってるみたいで...」
 「いいえぇ、おかげ様で心強い布陣が整ってきましたし。いろいろと勉強にもなったし、いろいろな出会いもあったし、感謝感謝です」
 「出会い、かぁ...」
 「そうそう、一度、オブザーバーとして理事会にいらしてくださいな。順調に行ってれば議案を送る段になってると思いますけど、点検方々... ステキな出会いもあったりして」

 相談と言っても短時間で済むだろうと思っていたら、なかなか終わらないので清と緑、そして櫻もノコノコやって来た。話はいつの間にかNPO論になっている。
 「そうか、随分とまたお詳しくなったもんだと思ったら、そういうことでしたか」
 「NPO法ができて十年経つんですってね。良くも悪くもいろんな事例とか知見とかが蓄積されてきてるから、ある意味やりやすいだろうってアドバイザー氏がね。それで気が楽になったかな」
 「僕の印象ではそのNPO法って、役所の便法みたいだなって思ってたんだ。市民活動をコントロールしやすくするために公的なルールに乗せようって魂胆? 法人て付けば他の会社とかと同じ括りにできるでしょ。だから、法人化前提とは言っても、そうだな、それをうまく逆手にとってもらえそうな聡明な人に来てもらえれば、って考えてた」
 「センセ仕込みとは言え、須崎さんも役者ですね。それでよく管理職やってるワ」
 「いや、役者ってことじゃ矢ノ倉さん、あ、事務局長殿の方が一枚も二枚も上手だよ。とにかく人選としてはバッチリだった訳だ。ウン」
 「須崎さん...」
 ちょっとイイ雰囲気だったが、センセが首を突っ込んでくれる。
 「おいおい、お二人さん、傍(はた)で聞いてると何だか学者が意見し合ってるみてぇだぞ。NPOがどしたって?」
 「えぇ、須崎課長の考え方って、公務員離れしてるって言うか。感心しながら聞いてたんです」
 「まぁ、氏は地域慣れっつぅか、それこそ場慣れしてっからな。現場を知ってる分、役所の矛盾とか限界とかもよく存じていらっしゃる。で、NPOに期するところ大ってなる訳さ、な?」
 「えぇ、まぁ」
 師匠からこう持ち上げられては調子も狂う。師の意見も伺いたいところだが、どうも言葉が出ない。すると、
 「カモンさんもいろいろ思うところあるから、代表さんをお引き受けなさったんでしょ?」
 お世話係のおば様がしっかり継いでくれた。
 「NPO云々だけとっても思うとこは多々あるさ。こないだ入船監事さんも云ってたけど、出しゃばりNPOとかはゴメンだし、あと気を付けるべきは、お手盛りNPOだろな。役所がでっち上げて作ったようなのは特にどうかと思う。まぁ何だ、スタンドプレーだか、パフォーマンスだか、そういうのが好きな首長(くびちょう)さんのとこは要注意さ。そうならないようにしっかり自律して、実践して、だよな? おふみさん」
 「あとは、委託=丸投げにならないように、ですよね、センセ?」
 「そう、協働ってのを掲げるならなおさらな。最初はてっきり『今日どう?』って聞かれてんかと思って、ドキドキさ。ワハハ」
 掃部節ジョークはさておき、協働ってのは一緒に汗かくような語感がある割には、ともすると主従関係のようになってしまったり、割り振った役割を果たすだけで終わってしまったり、つまり文字通りに行かないことが多いとされる。本来なら行政側・市民側双方の行き届かないところを補い合うような、または一つの目標に対してお互いの持ち味を活かし合うような、そんな狙いあっての協働である。成果が上がらずに疲弊する場合もあるが、真意がつかめず、ただ言われるがままに取り組んだとすれば、その困憊(こんぱい)はさらに度を増すことになる。
 「あくまで一緒に、とは言っても、あえて指定管理者とか競争入札とかを導入するってとこが悩ましいのよねぇ。その方が協働しやすいってんなら、仕方ないんだけど」
 辰巳が心配していたのは、正にこの点である。故にご相談となった訳だが、文花はこの際、形式論にはこだわっていない。事務局長たる者、その展望は常に一歩先。
 と、そんな黙考を破るが如く、
 「まぁまぁ、私みたいなのもいることですから。出向扱いを続けさせてもらえるなら、公務員との協働ってことになりますよ、ね?」
 ウズウズしていた櫻がようやくここで一言挟む。言われてみればもっともな話ではあるが、
 「櫻さんはもともと公務員ぽくないじゃない」
 「て、文花さんの公務員像って何なんスか?」
 「え? それは...」
 「お言葉ですが、そういう先入観が協働を阻害することだってあるんですよ」
 冗談交じりでつい口走ってしまったのだが、この通り返り討ちに遭ってしまった。立場を超えたところで働く者ならではの実感がこもっていて、強い。櫻がセンターにとって不可欠な存在であることがよくわかる件(くだり)だが、よくよく考えるとこれも辰巳の人選の妙である。
 見る目はあるが、それを恋愛に活かせないのが本人の短所であり、長所でもある。
 「ま、名ばかり協働にしないってのが第一よ。そのためには行政はとにかく現場に出て、生の声を聞いて、手伝うところは手伝う。でもって、勝手に余計なことはしない。どっかの国の出先みてぇに、何かと手出ししたがるのはちょっとな。市民が先行してやってるのに、それと同じ様なことを別に仕掛けてみたり、はては横取りしちまったり、なんてのもある。協働がうまく行ってりゃそんな話も出ないだろうに、な?」
 「師匠、そりゃまた辛口で来ましたねぇ。横取りってのは極端な例でしょうけど、つい走っちゃうのはね、宿命って言うか、そうは言っても、だと思いますよ。聞きたくても聞けない、そもそも市民との接点が見出せないって、あがいてる連中も結構いるんです。悪気があってじゃあ、ない」
 このままだと師弟談議になりそうだったが、ここでも再びおば様が割って入る。
 「そしたら、やっぱ探訪に出てきてもらわなきゃ。作家と歩く荒川とか、あとは櫻ちゃんのマップ教室とか、きっかけはいくらでも。ねぇ?」
 文花と櫻はちょっとした悶着があった後なのでおとなしい。弟子は苦笑気味だったが、師匠は違う。干潟端協議、最後はビシっと代表にまとめてもらうとしよう。
 「で、第二はさ。隅田君じゃないけど、プロセスを見えるようにするってことだろな。協働でも何でも、皆でしっかり手順を考えながらよ、地域の課題に一緒に向かってく、ってことじゃねぇか」
 目標の共有もさることながら、その過程を共にするとこにまた協働の妙味はある。それでこそ「いいカンケイ」も成り立つと言うものだ。この話、代表ご挨拶でそっくり使えそうである。
 繰り返しになるが、三月前半は総会に諮る議案づくりが大詰めを迎える。今日は来るべき山場に向けての息抜きみたいなものだが、むしろウォーミングアップのようになっている。週明けからは、千歳の臨時出勤も増える見込みで、さらにはMiss.三月、弥生嬢にも出て来てもらう予定だ。法人役員・委員候補各位をつなぐメーリングリストができたおかげで、各種様式の詰めも加速し、定款もほぼ固まってきている。ファンクラブの話はお預けながら、会員制度そのものは見通しが立っていて、季刊誌をはじめ情報誌にブログに、つまり各種媒体を通じてのPRが奏功し、仮入会者も堅調に増えている状況。となると残るは、部会と事業計画のデザインといったところだが、総会でプレゼンできるレベル、正にデザイン(模式化)されたものができれば十分である。
 次回のセンター行事は、法人化前最後の一席となる「グリーンマップ講座」だが、何かを描き出すということでは、マップもデザインも共通である。当講座を格好の契機と捉える事務局長は呟く。「As-IsとTo-Beよ」
 文花の見つめる先には、法人の自立もある。To-Beをどこまでデザインできるか、そのためには描写力を高めなければ、そう自分に言い聞かすのであった。

 それはそれでいいのだが、気になるのはご自身のTo-Beの筈。それとも愛だの恋だのは、その後の話なのだろうか? いやいや自称恋多き女は、ちゃっかり同時進行を目論(もくろ)んでいた。目の前にはかつてちょっぴり想いを寄せた人物がいて心惑わされるも、今日の新たな出会いを大事にしたいと思う。三角形もいいけれど、そろそろ...。
 揺れる乙女心というのがピッタリ来そうな場面だが、三十路の揺れ具合は趣が異なる。こういう心情はむしろ愉快なもの。
 文花が嬉々としていると、同様に奇々、否、喜々とした人が近寄ってくる。
 「で、須崎さん、お相手って矢ノ倉さんだったの?」
 「はぁ?」
 訊かれてる本人よりも早く、文花が反応する。そう言われて嬉しくない、ということはないのだが、真意不明につき、何のこっちゃである。女心は微妙に揺れる。
 「あ、いえ、ハハハ。候補が多くてね。今日も沢山おいでだし」
 「まぁ、お年頃の女性(ひと)、確かに多いけど、貴方、不惑過ぎたんでしょ。二十代女性ってのは有り得ないんじゃ」
 昔々、永代(ひさよ)とはちょっとイイ感じだったなんてことは知らない。櫻を見初めてたことは数ヶ月前にやっとわかった。情報通の文花がこんな程度、緑の方は旧知ながらも、なぜか全く以って知らぬ存ぜぬである。ちゃんと経緯を話せば、かくも言いたい放題にはならずに済みそうなものだが、何せ相手は女流作家。話したが最後、自分をネタに一本書かれてしまう可能性は否めない。不惑とは因果なもの。男も大いに戸惑い、揺れている。

 干潟端でこんな人情劇が繰り広げられてしまっては、どうにも始めようがない。だが、他の面々にも相応のドラマ、配役がある。決して時間を持て余している訳ではないのだ。
 文花が時折視線を送っていた先には本多兄弟がいて、七人の男女が囲んでいる。お互いを紹介し合うような図に見えるが、初顔どうしの対面がどうやら優先されている模様。
 対面者の一、太平はhigata@メンバーについては弟を通じて予備知識を得ているので、顔と名前を一致させれば済む。対面者の二、寿は先月の祝賀会の席で大方顔合わせ済みなので、特に違和感なく振る舞える。自己紹介する場面は今日のところはないであろう、ここに来るまではそう踏んでいた両者である。だが、互いにノーマークの人物が現われ、目前にいる。
 挨拶の二つ三つは交わせても、対面者はどこかぎこちない。業平と千歳が引き合わせるような形で、何とか話をつないでいる。
 この図をアイスブレイキングと称する向きもあるが、棚氷がどうこうと叫ばれる折、語弊があるし、人を氷呼ばわりというのも失礼な感じがする。ウォーミングアップとするのが妥当だろう。

 蒼葉と弥生の社会派コンビはと言うと、先月すっぽかしを食った分、気合い十分。男性四氏のやりとりに耳を傾けながらも、干潟近景を見渡し、あぁだこうだやっている。
 「宣言通り、課題解決に向けてプログラムの改造とか何とか、とにかくいろいろやんなきゃ!ってこれ見てると思うんだけどぉ... 仮にそれがうまく行くとやっぱ減ってきちゃうのかな?」
 「まぁ、この調子だとまだまだ先じゃない?」
 「そう、そうよね。散らかってる方が何か落ち着くし。ってやっぱ変?」
 確かに変な話なのだが、彼女達にとってはこの漂着&散乱は違う意味を持っている。それは漂着物がある限り、当地での集まりは続く、ということ。
 いつかは終わるかも知れない。だが、今は、しばらくは、とにかくお楽しみ要素なのである。

 「今日は雨女さんがお休みなので、このまま概ね晴れでしょう」
 「何、それが予報? 気象予報士めざしてるんだったら、風とか雲とかで天気読まなきゃ」
 「初姉の気まぐれ天気予報よ。悪かったわね」
 「ま、お姉ちゃんがニコニコしてっから今日は大丈夫ネ」
 若い姉妹は青空同様、実に清々しい。空を見上げる。すると、後ろからポン。
 「さ、お二人さん、首伸ばすのもいいけど、腕も脚もね。体動かす前にストレッチ!」
 南実をコーチとする俄かアスリートチームが結成され、元気よく準備体操を始めるのであった。このようにクリーンアップ前に体をほぐしておくというのは、実は結構重要。今日のような気候だからできるというのもあるが、逆にこれまでなかった、というのも不思議な気がする。リーダーも発起人も考え及ばなかった次第。
 「ハハ、千歳さん、一本取られたって感じね」
 「僕はムリだな。あそこまで体曲がらないよ」
 「じゃ、私が手伝ったげる」
 「いや、それは...」 ストレッチが続く傍らで各員何となく集結し、同じように屈伸したり背筋を伸ばしたり。ウォーミングアップが済んだら、いよいよ本番である。