2008年5月20日火曜日

47. re-re-reset


 結構な人数に残ってもらっているため、分担を決めた方がいいのだが、プログラムの⑦よりも⑨が部分的に先行してしまったこともあり、まずは段取りの組み直しから始める。着手前の撮影は済ませてあったので、A.男衆中心に大物ゴミの除去、B.並行して表層ゴミの回収、C.表層分の分別とカウント、D.スクープ系などの撮影、ゴミステリー用の記録、E.残る漂着ヨシの撤収→埋没ゴミの回収、F.微細ゴミは掃除機に任せてみる、あとは当初プログラムの⑩以降に同じ、ということで落着。
 「途中、波が来たら手を休めて、皆さんで検証を...」
 櫻がこう言い出したところで、待望の波が来ることになる。下流から上流に向かって程よい速さでプレジャーボートが過ぎて行った。退潮が進んでいたので、干潟面は広く、装置担当兼 荷物番の業平を除く全員、至近距離で波を検証する恰好となる。当地特有の小刻みな断続波は、皆々の緊張感と照応する。うねりはやがて幾重もの波を起こし、干潟に到達し始めた。
 「キター!!」
 「は、激しい」
 新任理事候補の男女もさすがにたまげていたが、程なく出たご感想は、「波も余興のうちでは?」とか「わざわざブロックする程でもないような」と至って冷静。初めての体験者の声によりけり、ということからすれば、やはり消波実験は無用になろう。京は他の面々の分も含め、ひたすらメモをとる。千歳はデジカメをずっと構えていて、動画モードで撮っていた。動いている波=動かぬ証拠、である。
 十四時半、やっとこさ段取りAがスタートする。清と緑のご年配コンビは別行動。女性陣は、各自持参のレジ袋にペットボトルなど目に付く容器類を放り込んでいるが、そのあまりの量に袋が追いつかず効率がよろしくない。中程度の袋を手にしていた文花は、取っ手の付いたプラカゴを見つけると、方針転換。これも現場力のうちか、漂着物を見事、クリーンアップ用具に仕立ててみせる。手当たり次第にポイポイとカゴに入れていたらすぐに満杯に。
 「文花さん、カッコイイ!」
 「この冬流行のマイバスケットよ」
 「じゃ、あとはお任せしちゃおっかな」
 「次は櫻さんの番。残念でした」
 冗談はさておき、実用性が高いバスケット作戦。大量であっても軽量な物であれば、こういう形でドシドシ運んでしまえばいいのである。文花と櫻が何度か往復するうちに、流木類など大物も大方片付いていた。この時点ですでに見違えるようにはなっている。再々リセットの目処が立ってきた。
 表層になお散らばるは、殺虫剤などの各種スプレー缶、栄養補給系ドリンクの瓶類、喘息用か何かの吸入器、そして化粧品やら日用品やら... 毎度、ドラッグストア並みの品揃えである。
 今回の特徴は、とにかく飲料・食品関係が全体的に多いこと。ペットボトルを筆頭に、缶飲料もパック飲料も数十単位。食品缶とそれに対応する金属フタもあれば、卵のパック、果物を包むネット、大小ストロー、納豆のお一人様用容器、さらにはクイックメニュー店のテイクアウト用味噌汁カップまである。これらは一同手持ちのレジ袋に挙(こぞ)って集められていった。
 サッパリした新名所、入り江の辺りを歩いていた清と緑は、段取りBの様子を眺めながらも、目の前の屈曲した枯れヨシの合間を覗き込んでいた。
 「ありゃりゃ、あんなところにも何かの袋が」
 緑が指差す先に釣竿を差し入れる清。枯れてはいても、手を伸ばして掻き分けて、というのはちと厳しい。竿の先に刺さったのは、
 「ハハ、ぼた餅だとよ」
 「崖からボタもち、と」 手帳に綴る。
 「何だよ、それじゃダジャレじゃねぇか」
 「もし毒が入ってたら? ただの餅じゃ済まないわよ。被害者は正に崖っぷちだった訳。ダイイングメッセージになるように、崖に置いて流されないようにした。スリリングでしょ?」
 「先が思いやられるわ...」
 「何ですって!」
 「おぉおぉ、これだからシ、ヒステリー作家は困るんだ、シシ」
 作家先生が杖でも持ってたら、ビシビシやられそうな一幕である。
 さて、段取りDの記録の片方はこんな調子なので、ここは古参の撮影係がしっかりしないといけない。だが、回を重ねて見慣れてしまっているせいか、スクープ系と言ってもピンと来なくなっている。ある程度個別には押さえてあるが、モノログに掲載するレベルとなるとどうだろう。物流用木製パレット、ブラウン管テレビ、カーテン状の繊維製品、今日はそんなところで落ち着きそうである。

 業平の隣で、南実による即席分別講座が開かれる。
 「データカードの見本をご覧いただくとわかる通り、何が発生源か、というのは概ね見当つくと思います。でも分けやすいのは可燃か不燃か、とか、プラか金属か紙か、といった素材別、でしょうね。今日は試しに素材で分類しましょうか」
 主だった廃プラはさっさと集めてカウント済み。油に変身中のもの以外は一所(ひとところ)に固めてあって、細々したゴミについてはあえて現場に残してある。今、平地に拡げてあるのは、割と手に取りやすく、識別もしやすいものばかり。種々雑多ではあるが、皆さん分別盛り。テンポよく撰(え)り分けられていくのであった。それにしてもペットボトルをこうして集めてみると、その量の異常さがよくわかる。畳二つ分くらいにはなりそうだ。

 小型ゴミや埋没ゴミを除き、この時点で暫定カウントを行う。今日はカウンタ要らずのルフロンさんがいないので、センター備品の手動カウンタを使って主だった品目を数え上げる。結果は次の通り。
 ワースト1(3):ペットボトル/百二十三、ワースト2(5):食品の包装・容器類/六十二、ワースト3(2):プラスチックの袋・破片/五十五、ワースト4(1):発泡スチロール破片/四十八、ワースト5(4):フタ・キャップ/三十七(*カッコ内は、十一月の回の順位)。順位に変動はあれど、上位品目は不動である。後続は二十から三十ほどの品目が肩を並べる。ボトル缶を含む空き缶類、スプレー缶、紙パック類、個別包装類、レジ袋、硬いプラスチック破片などなど。漂着硬球、日用雑貨、ストローが十前後と続く。

(参考情報→2007.12.2の漂着ゴミ

 データ入力画面は、更なるversion upが施され、南実の言っていた素材別での入力もできるようになっていた。文花はケータイを取り出すと、画面にアクセスし、その新しいテンプレートを呼び出す。発表のあった分を入力し終わると、あとは目に付く塊を数えながら、ピピとやっている。現場での操作性は確立できてきた。あとは、協賛金を頂戴できるレベルに仕上げつつ、PC版のリリースを待つばかり。

 十五時を回った。ここからは段取りのEに移るところだが、Fの方も準備が整ったようだ。装置稼動からすでに一時間以上が経っている。発電機を動かすに足るだけの油が採取できたかどうか、注目が集まる。
 「おぉ、いい色だ」
 淡い黄色の液体を取り出すことに成功。五百mlばかりあるので、全く動かせないということはなさそうだ。簡易発電機に注入し、エンジンを動かし、干潟へ持って行く。粒々が多く散らばってそうなところに設置したら、お次は廃品掃除機の出番となる。プラグを発電機につないだらスイッチオン! ノズルの先には大きな漏斗状の特殊吸引装置付き。
 「金森さんに相談したら、業務用の漏斗に格子網の円盤を取り付けてくれたんだ。これなら間違えてカニとかに当てても吸い込まないだろうって。小型の袋は難しいけど、概ね三立方糎(せんち)未満のものならこれでOK、かな?」
 人手では拾いにくい発泡スチロールの断片、プラスチックが微細化したもの、そして勿論粒々も。吸殻も小さいものなら吸引することがわかった。努力した甲斐あって、発電機が止まることも掃除機が故障することもなく、まずはめでたく実機試験終了。吸引の音が止まると、どこからともなく拍手が沸き起こる。だが、
 「ねぇ、Go Heyさん、この掃除機を充電式にすれば何もこんな大がかりなことしなくてもいいんじゃないの?」 文花が軽くツッコミを入れる。
 「ま、いい感じだけど、水にも強くないとね。あとは吸った粒々を自動で選別してくれる装置があるとありがたいんだけど」 先輩に釣られて後輩も続く。
 「油化装置も不思議よね。自分で出した油を自分が動くのに使えないのって何か変じゃない?」 櫻もなかなか手厳しい。
 ある意味、モテモテな業平だが、こうも立て続けに来られちゃたまらない。しかもどの声もごもっともだから余計にツライところ。
 「いやぁ、これはこれで立派なソーシャルビジネスモデルでしょう。充電し損なうことだってあるだろうし、現地で油が調達できるってのはとにかく素晴らしい!」 冬木が助け舟を出す。油化装置が充電式ってのがまた微妙ではあるが、その場で役立つ実機モデル、という点では合格だろう。

 業平と南実は吸い上げた粒々関係をバケツ水に浮かべて、あぁだこうだとやっている。他のメンバーは、段取りEを行うも、今までと違うのは枝を持ち上げてそのままバサバサやってから陸へ持ち運ぶスタイルになっていることだろう。埋没ゴミは思ったほど出てこなかったので、漂着ヨシを退(ど)かしたところで再び掃除機を稼動させる。消波実験は不評不発だったが、こうした家電製品を使った実験は好まれるようで、発電機が止まるまでとは言わないが、皆で代わる代わる試している。今となっては貴重な油だが、こういう使われ方は許されよう。微細ゴミは一朝一夕では吸引しきれないのである。
 厄介モノのペットボトルについては、半分程度は再資源化可能と見た。別働隊が洗い上げて、十五時半には半乾きになる。その傍らでは、可燃・不燃等の再分別が進行中。木製パレットは足場か何かに使えそうとのことで現場放置。ブラウン管テレビは金森工場行き。その他の再資源化関係も今回はクルマで運ばれることになった。可燃少々・不燃多々の袋詰めが終わり、千歳がステッカーを貼る。プログラムはこれにてほぼ終了。あとは再々リセット(=re-re-reset)後の干潟にて記念撮影となる。
 撮影係は、新ルートの入口から見下ろすような感じでデジカメを構える。早くも沈みかかっている夕日が干潟から川面にかけて残照を落とす。その紅がやけに眩しくて、シャッターを押す手が震える千歳だった。(「夕日が目に沁みる」アゲイン?) その後は冬木が情報誌用に撮る、何人かのケータイ所有者も入れ替わり立ち代わり、と続く。流域の人気スポットである何よりの証左である。
さ「今日は皆さん、長々とありがとうございました。ご意見ご感想は例のKanNa掲示板の方にぜひ」
ち「合言葉は『干潟』。半角小文字・ローマ字です。書き込み、お待ちしています」
 毎回恒例、一同礼&拍手を以って散会。社会人野球の試合も丁度終わる頃合いになっていた。

 結局、ホームランボールが直撃することはなかったが、クルマまであと十メートルというところに一球転がっているのを見てhigata@各位はザワザワ。引き揚げる選手めがけて、南実が遠投で返す。今は本塁側がザワついている。
 「ちょっとヒヤヒヤものでしたね」
 「ガードしといたに越したことないって、よくわかったわ。サンキュです」
 業平と文花が微笑み交わす脇では、クルマから降ろした枝を結束機で縛る先生と、それを見守る女探偵が居る。千歳と櫻も何となく一緒。つまりクルマの周りには都合三組の男女がいて、ちょっとイイ感じという次第。離れたところでなお残っているのは、冬木、京、南実の三人。
 「それにしてもジャンバーとか衣類も流れ着くなんて」
 「河川敷生活者が着てたものかも知れませんね。あの状態だとさすがにリサイクルには向かないんでしょうけど... あ、京さんが勤めてたスーパーって自社ブランドの衣料品、回収してるんですよね?」
 「えぇ。でも自社品だからって、漂着衣料ってのはやっぱりねぇ。漂白ならまだしも。ホホ」
 冬木がここで冴えたことを云う。
 「自社ブランドの食品とか飲料とか、そういうのの容器包装類ってのはどうですか? 洗って乾かして持ってけば引き取る、そんなサービス」
 「特定できればそれは... あぁ、いわゆる事業者責任ってやつ?」
 「抑制策の一つにはなるでしょうね。売ったらそれでおしまい、じゃなくて再資源化できるものはしっかり回収して次に活かす。CSR以前の話。社会的責任として当然と言えなくもない、かな」

(参考情報→前向きな事業者責任

 冬木としては情報誌ネタ、南実としては企業へのアプローチネタ。京は元勤務先の話ということであれば取り次ぐのは十分可能。夫君の名誉挽回の心算(つもり)はないが、今日の第一部での談議がしっかり頭に残っている以上、何らかの貢献はしたいと思う。いや、少しでも役に立てるなら願ってもないこと。CSRつながりで言うなら、冬木はそのスーパー本部の担当者とはすぐにでも話はできる。
 かくして、干潟端での何気ない雑談は「三方好し」に通じる要談となり、新たな展開への布石が打たれることになる。三人から七人に増えたところで、まとめとしてはこうなった。文花曰く、
 「じゃあ、京さんから店長に話をしてもらって、うまく行けば本部のCSR担当にも同席してもらう、と」
 南実が継ぐ。「榎戸さんと私とで話を聞いてきます。本当は漂流漂着の話もしたいけど、まずは事業者責任に沿った取り組みを伺おうという趣旨で」
 ここで業平が一石を投じる。
 「今日スキャンした中に実はさ、そこの自社ブランド品も混ざってたんだ。それって何か使える?」
 「現物があればよかったけど、原料に戻しちゃいましたよね」
 「あ...」
 「いいですよ。次回、一月もやりますよね。その時にしっかり証拠を押さえれば。もし見つからなくても、今回の読み込みデータがあればないよりはいいでしょうし。となると、話が大きくなるから...」
 これで同席者を増やす必要が出てきた。業平はPC持参で必須、それと現場に詳しい人物が要る。千歳か櫻か両方か。対談形式とすると人数バランスを考慮しないといけないから悩ましい。それでもhigata@にこの話題を振ってみて、出れる人には出てもらおう。先方とは年内に日程調整して、年明けどこかで一度、と相成った。

 十六時ともなると段々暗くなってくる。清と緑の著述家コンビは、日が沈みきるまでは散歩するんだとかで、仲良く去って行った。今日はスクーターではなくバス+徒歩で来た京はクルマに便乗して、早速店長に会いに行くと言う。南実も同じく商業施設までは同乗。文花は運転席、助手席には業平。クルマ組はこの四人というのが決まったところで、取り残された観のある冬木がポツリ。
 「皆さん、忘年会とかは?」
 「ハハ、そう来ましたか。メーリングリストでもそういう話なかったから何とも。でもホラ、音合わせ会はしますよ。年の瀬の祝日だけど。それが代わりですね」
 「櫻さん、それって僕もいいんですか?」
 「あの楽曲データ聴いてピンと来るようでしたらぜひ。ねぇ、ソングエンジニアのお二人さん?」
 文花はカラオケ会には居合わせなかったので、音楽的傾向どうこうというのは定かではないが、この音合わせ会には参加する意向を固めている。これに冬木が加わるとなれば、higata@メンバー十人全員が揃うということになる。
 「そうそう、見てて思ったんだけど、あの発電機ってアンプスピーカーもOKだよね」
 「燃料をしっかり充填すればね」
 「てことは、ここでも演奏会できる訳だ。まぁ小規模だろうけど」
 「ははぁ、千ちゃんの考えてることわかってきたぞ。音楽を通じた訴え。違う?」
 「大衆小説の話がヒント。ゴミについて考えてもらう曲ってのもアリかなぁって。荒川とか干潟とかは想定してたけどさ、メッセージソング風も一つ」
 と、主にエンジニアのお二人で音楽放談中。同じ頃、気になるリズムセクションの二人はと言うと、何と都内某所のスタジオでドタスカやっていた。こちら、弥生に斡旋してもらったとのことで、なかなか要領がいい。だが、
 「これハチ、そこ早い!」
 「こういう曲あんまし叩いたことないから」
 千歳原曲、業平編曲のダンサブルナンバーがモニタースピーカーから小出しで流れている。間奏に差し掛かったところで待ったがかかった、という一幕である。
 「こっから舞恵のコンガが入るんだからさ、ドラムがうまく橋渡ししてくれないと」
 「コンガらがっちゃうってか?」
 舞恵はその辺にあったカウベルのバチで一発。ハチ君、とんだトバッチリ?
 音合わせ会に先立って、ということではあるが、千歳と業平の知らない間に話が進んでいる。今日は全部で四曲、音、いやリズム合わせをする予定というから見上げたものだ。

 クルマは詰所脇で停まり、ステッカーを貼った袋が冬木と業平とでせっせと下ろされる。クルマが戻ってくるまでの間、干潟端では、京と千歳、南実と櫻、という組合せで何やら話をしている。
 「昨日は結局お話できなくて... 南実さん、何て言うか、勘違いしてたみたいね、私」
 「いいえ、私こそ紛らわしい真似して。自分でもよくわかんなかったんだけど、そう、兄を彼女にとられちゃう妹の気持ち、ってとこだったみたい。ま、兄と妹の組み合わせだと、妹の方はなんてゆーか、こう張り合おうとするでしょ? どうもそういうのが抜けてなくて。勝手に櫻さんをライバル視してたってゆーか。やーね」
 南実はまた涙目になってきた。櫻はレンズを落とさないためにも、ここはぐっとこらえる。
 「小松、いや南実さんでいいのよね。今後もどうぞよしなに。お願いします」
 櫻が手を差し伸べると、南実は両手で受け止めた。
 「兄、いや千さんをお願いしますね。櫻姉」
 「姉ってか。あんまり変わんないのに、何か変」
 「学年は一つ違うでしょ? 十分お姉さんよ」
 京とCSRの話なんぞを真面目にしていた千歳だったが、笑い声を聞いて新姉妹のところにノコノコやって来た。
 「あ、千歳さん、いいとこに来た。南実さんの隣に並んでみ?」
 「は、はい」
 「ウーン、そうだなぁ、確かにどっか似てるような... 特に目、かな?」
 「ヤダな、櫻さん。思い出し泣きさせる気?」
 今更ではあるが、千歳は南実を見入ってみる。
 「千さんまで、そんな。見つめないで」
 南実が千歳に寄せる感情は恋愛のそれとは違うことはわかった。だが、その逆は? 櫻はふとこんなことを考える。「もし、私より先に南実さんと出会ってたら、どうなってたんだろう?」 千歳も正直わからない。顔がどこかしら似ていれば親しみを覚える、情も移る。これは自然な流れだろうけど...。
 笑顔も似ている気がするが、決定的に違うのは、えくぼが有るか無いか。これまでも少しは気付いていたが間近に見たのは初めての千歳。南実のえくぼは魅力的である。その近く、頬を伝うのは涙の細い線。心動かされない訳にはいかない。
 「こ、小松さん?」
 「あ、平気平気。夏女は冬に弱いの。寒風がね、目にしみるというか」
 「・・・」

 四人を乗せたクルマが発った頃、西の方角では深い青が拡がって来ていた。千歳はまだボーッとしている。
 「今日は廃プラも消化しちゃったし。手ぶらで帰るのって初めてネ。千歳さん、聞いてる?」
 「あ、えぇ。それはそれでいいんだけど、今日って櫻さん恒例、いいもの、やったっけ?」
 「ハハ、玉野井のおば様があれこれ出すもんだから、圧倒されちゃって、その」
 初姉のはデジタルだが、櫻が持って来ていたのはアナログの温湿度計。
 「安物だからあんまり正確じゃないけど、片手で持てるのがポイント。ちなみに今は... 十℃? 湿度は四十%。この時期にしては、寒くないし、乾いてもない、か」
 「櫻さんといると、暖かいし、潤うし、へへ」
 「何だかなぁ。熱でもあんじゃないの? これで計って差し上げましょうか?」
 十六時半である。冬至に向けて日脚はどんどん短くなっていて、夕闇が包み始める。別れ際にこういうセリフが出るのも無理はない。
 「暗いなぁ、怖いなぁ。一人で帰るの、ヤダなぁ」
 「妹さんに迎えに来てもらったら?」
 「へぇ、そういうこと言うんだ。やっぱ、どっかおかしいんじゃない?」
 「へへ、冗談冗談。まずは拙宅でひと休みして行ってくださいな。で、お帰りの際はちゃんと自転車でお供します。OK?」
 「そう来なくちゃ♪」

 一方、クルマ組の四人は、商業施設に到着したところである。
 「あ、京さん、レジンペレット、また使います?」
 掃除機で集めたペレットは選別され、ジッパー袋に入れてある。色とりどりなので見ているだけでも楽しい。
 「実は以前いただいたペレットで試してみたんですけどね。隙間ができないように無理やり伸ばしてたら何だかただの円盤みたいになっちゃって」
 「型抜きは何を?」
 「ハートだったんだけど」
 「それが円形に?」
 前の席の文花も業平もこれを聞いて大笑い。
 「初音さんも丸いの好きですもんね。夫婦円満てのもありますし。よろしいんじゃないでしょか」
 「ホホ、じゃあまたトライしてみます」
 そんなやりとりを残して、後部座席の二人は下車した。南実の両手には袋いっぱいのペットボトル等々。不審な感じがしなくもないが、元店員が付いていてくれるので、何とかなるだろう。

 運転手は文花、助手は南実ではなく業平。川沿いの道路をしばらく走って、最初の赤信号で停まったところで、ようやく運転手の口から言葉が出る。
 「Go Heyさん、十二月二十四日ってどういう日?」
 「はぁ、今年は振替休日だなぁってくらいですね」
 「じゃお休み?」
 「昼間は人と会う約束があるんですが、その後は別に」
 「そう...」
 何ともまどろこしい会話だが、ズバッと聞けない・言えない、そんな事情が互いにあるようで。

 リズムセクションの二人をスタジオに案内した後は、まったりと青山通りを散策しながら表参道界隈へ。優雅な午後のひとときを過ごして、今は某シアトル系カフェで熱めのコーヒーを啜(すす)りながら語らう。弥生と蒼葉である。
 「で、二十四日空いてるっていうから、早めにお昼ご馳走してもらって、その後はスタジオで特訓しようってことになったの」
 「まさかそういう展開になるとはねぇ」
 「本多さんの音の創り方って何かイイのよ。八十年代風なんだけど、重くてグルーヴがある感じ。でも、あたし所々いじっちゃったもんだから。とにかく一度スタジオで鳴らしてみて、その場で補整する。この際だからベースも生で、て訳」
 蒼葉はカップを手にしたまま、こんなことを呟く。
 「実は私、ちょっと気になってたんだ。でも、弥生ちゃんがイイ感じそうだから」
 「エ?」
 「いいの。これで決まり。やっぱり今年は彼に逢いに行く。メールがダメなら直接行動よ。ついでにセーヌ河の漂流ゴミなんかも見てくる」
 「何か、スケール大きいし」
 「ま、も一つのきっかけは姉さんね。去年までは一人で過ごさせるの可哀想だったから、気が紛れるように付き合って差し上げたけど、今年のクリスマスはおかげ様で見通し立ったから」
 「そっかぁ。でも、お二人さん、どこまでいい関係になったんだろ?」
 「こないだ、私じゃましちゃったみたいなのよね。その後、どうなってるかは不明。遅咲きでいい、みたいなこと言ってたから、まだまだ、と思われる...」
 「櫻姉のことだから、ちゃんと仕掛けるわよ。何かがあるとしたら、二十四日、でしょうね」 フムフムと頷き合う応援団シスターズなのであった。コーヒーはようやく程よい温度になってきたが、この手の恋愛談話はそうそう冷めない。青山の空も濃い青から今はすっかり黒に変わっている。