2008年5月13日火曜日

46. 検証


 そして日は変わり、気だるい朝を迎える。クリーンアップに取り組み始めてから初、午後からの開催というのはどうも調子が出ない。リーダー、発起人ともに何とも間延びしたような感覚に包まれていて、いつになくノロノロしている。蒼葉はまたさっさと弥生と出かけてしまったので、櫻は一人遅い朝食(または早い昼食)をとっている。千歳はと言えば、目をパチクリやりながら今日の開始時刻をモノログ上の特設掲示板に一応入れ込んでいる。昨日の今頃は、バタバタやっていた最中なので、余計に変。だが、ノロノロとは正反対な人達もいる。文花宅で一泊した南実は、十月の回よりもゆっくりでいいだろうとタカを括っていたのだが...
 「初めて行くところが二箇所あんのよ。早くしないとマズイわぁ」
 「だからカーナビ付ければ、って言ったのに」
 「それとこれとは別。あってもなくても、とにかく余裕持って行かないと何が起こるかわかんないから...」
 「多少遅れてっても本多さん怒んないでしょ?」
 「待たせても悪いでしょ」
 落ち着かないながらも気合いは入っている。クルマを出す旨、自ら持ちかけてしまった手前、ここは確実に行きたい。先輩の律儀なところはわかっているが、どうもそれだけではなさそう。いつも以上にフェミニンにおめかししているところからして見え見えである。
 業平の自宅兼オフィス到着予定時刻は十一時。そこから例の金森氏の小工場はそう遠くはないが、十一時半には経由することになっている。商業施設に寄って三人で昼をとって、それから干潟に乗り付ける、そんな段取りである。強行スケジュールな観は否めない。助手がいるからいいようなものである。
 「私には時々厳しいこと言うのに、自分には甘いんだからぁ」
 「まぁまぁ。一泊二食付きで、さらにお昼もご馳走してあげようってんだから。大目に、ね?」
 ついつい後輩に頼ってしまう憎めない先輩なのであった。

 昨日のうちにお詫びメールが入っていたのはいいとしても、論客の八クンが現場検証に来られないのはちと痛い。higata@連絡メールはチェックしていた筈なのだが、てっきりいつも通り午前中開催と思い込んでいたばかりに、そうと知った時は後の祭り。午後はルフロンとデートである。(そのルフロン嬢もhigata@メンバーなのだが、どうしたことだろう? この理由についてはまた改めて)

 ペースは狂うも、寒さをあまり感じなくて済むのが午後スタートのメリットだろうか。ゆっくり河川敷を散策できるのもありがたい。
 花見に興じた河原の桜は、今や落葉の最中。それでも枝にはまだ多くの葉を残している。その色は橙とも朱ともとれる実に鮮やかな彩り。河川敷の斜面には落ち葉の絨毯ができていて、やはり同じ色合い。花見とはまた違う風趣を堪能する千歳だったが、桜と来ればこの女性が来ない訳がない。いつもながら絶妙のタイミングである。自転車を押しながらそろそろと近寄る。
 「千歳さん? どしたの?」
 「あ、櫻さん。桜の木の下で櫻さん登場、さすがだねぇ」
 「フフ、それにしても綺麗ね」
 「櫻さんもね」
 時刻は十三時過ぎ。優雅なお二人とは対照的に、軽自動車三人組はドタバタ。桜並木の下あたりに来て、ブレーキ?
 「おふみさん、装置倒れちゃいますよ」
 「ごめんごめん。徐行してたのにね。私、つい強く踏んじゃうもんで」
 「あ、あれ、おば様?」
 曲がるところを間違えかけて停車したところ、助手席にいた南実が偶然目にしたのは、緑色のセミロングを羽織ったご婦人。クルマを降りて、声をかけに行った。
 「あら、貴女は... 先生のお弟子さん?」
 「えぇ、昨日はどうも」
 てなことで、正真正銘、緑のおばさんが当地にやって来たのであった。
 「乗せてくださるの? 悪いわね」
 業平の隣にちゃっかり腰を下ろすと、早速ペチャクチャやり始める。
 「あなた、ゴーヘイさんて仰るの? カモンさんといい、面白いわねぇ」
 業平は言葉を返すも何もあったものでない。徐行運転とはいえ、現地はすぐそこ。「あ、先客がいらっしゃいますよ」と言うのがやっとである。

 今日の一番乗りは、そのカモンさんであった。
 「おぉ、おたまさん、お迎え付きとはいいご身分だぁな。さすが作家先生は違うわ」
 「ホホ、時には楽させてもらわなきゃ」
 「立ちっぱなしで旗振ってりゃ、疲れるもんな」
 「そういうカモン公は釣竿振りでございますか」
 太公望の先生は、片手に竿、もう片方の手には、十月の拾い物、疑似餌をいくつか乗せている。
 「この時期はもともと少ないからな。何試しても食いつかねぇわな。ま、春先でも、いいのが釣れたらセンターに持ってくさ。そしてら、その場で料理教室。な、おふみさん、いいだろ?」
 「へ? 魚のですか?」
 「そういうこと。それまでに少しでも慣れといてもらわねぇと」

 業平はバックドアを開けてもらうと、本日の機材三点セットの点検を始める。当初予定では、簡易発電機と掃除機だけのつもりだったが、金森工場への取材に立ち会ってから、事情が変わっていた。その一大装置を表に出すか出さないか躊躇(ためら)っていると、千歳と櫻、それと詰所の辺りで合流した理事・運営委員の新候補数名とが寄ってきた。挨拶もそこそこに、千歳が冷やかす。
 「これのことですかい? また随分と大げさな」
 「あぁ、これは例の情報誌の一件でさ。行って来たんだ金森さんとこ。その日にいろいろと話が弾んじゃって。で、これは今日貸してもらった一品。もっと大型なのかと思ったら、コンパクトなのが出てんだね」
 清と緑も何事かと近づいてくる。
 「...てな訳でその取材成果は、早ければ明日にでも出回ると思います。情報誌サイトにも部分的に載るでしょう」
 「その後、そんな話になってたとはな。紹介した甲斐があったってもんだ。しかし、あのぶっきらぼうな金森氏が...」
 信じられんと言った顔の清だが、技術者どうしというのはちょっとでも通じるものがあれば多くを語る必要はないのだろう。この装置、ちょっとした高額品なのだが、コンパクトなのには理由がある。現場で稼動させることの意義をわかっているからこそ貸与してくれた、ということらしい。
 「クルマに何かあると大変だから、一旦降ろしましょう。あれ、南実ちゃんは?」
 強肩の助手は独りで干潟の偵察に行ってしまったので、ここは業平と千歳と新顔男性の三人でどっこらしょ。廃プラを詰め込むタンクと抽出した油を貯めるタンクの二頭立て。これが噂の「油化装置」である。

(参考情報→廃プラをその場で油化する

 原料となる廃プラは現地調達である。プラスチックゴミがそこにあるから、との期待は不謹慎ではあるが、幸か不幸か今回も袋ゴミはそれなりに散らばっていて、事欠かない。
ご「予め充電しといたんで、すぐにでも動くんだけど、その油が出てくるまで一時間くらいかかるんだって。なもんで、先にプラ関係集めてもらっていいかなぁ?」
さ「プラなら何でもいいの?」
ご「PP、PE、PS、何でもOK。でも純度を保つ意味では、識別しやすくて洗いやすいのがいいかな」
ち「そっか、洗う手間、か」
ご「不純物が混ざってても平気なのもあるみたいなんだけど、これは簡易式だから。借り物でもあるし、より丁寧にやった方がいいだろね」
 という訳で、容器包装系プラを中心に、汚れが少ないものを拾い集める、これが最優先事項となった。バーコードが付いているものは、可能な限りスキャン。データを蓄積してから油化するんだとか。現場でのネタが増えると、段取りも多段階になってくる。時すでに十三時半。戻って来た南実を含め、higata@メンバー中心に干潟端会議を始める。

 本日のプログラムは、①まずは現場の写真撮影、②全員で干潟表面に散らばるプラを集める、③業平は識別しながらスキャンとか洗浄とか、④乾いたら油化装置へ、⑤装置稼動中に、消波実験絡みの現場視察など、⑥干潟がゴミを集めるメカニズムや受容能力を検証、⑦十月実施時の手順に沿って、表層ゴミの撮影→大物回収→小物回収、⑧表層分の分別とカウント、⑨その間、ヨシ束の除去→埋没ゴミの回収、⑩油が抽出できたら、発電機を動かし、掃除機スイッチオン(微細ゴミの回収なるか?)、⑪可燃・不燃等、再分別→袋詰め、⑫記念撮影後、解散...といった流れ。一般参加型クリーンアップの際も段階豊富だったが、それに匹敵、いやそれ以上に盛り沢山である。
 これら十二の手順はリーダーの櫻から訥々(とつとつ)と説明された。新顔さんはこれですでにいっぱいいっぱいになっていたので、現場を見たら悲鳴を上げそうである。櫻も千歳も、今日はまだ干潟にお目にかかっていない。二人はおそるおそる皆を率いて新ルートへ。
 「きゃあ!」 かつてない声を上げてしまったのは古参の方だった。櫻はすっかり「あ」の状態で口を開けたまま。二の句が出ない。今やヨシの群生の大半は朽ちている。そのため、崖地が露わになっていて、これまで以上にゴミが漂着しやすくなっていたのである。
 「ハハ、リセットして、再リセットして、そんでもってまた今日もやるとなると、再、々...」 千歳もすっかり動顚している。おちゃのこ再々という訳にはいかぬ。再にも程があるというもんだ。
 一団を見かけて、他にも何人か集まってきた。理事・運営委員の新人候補は男女二名ずつがこの時点で揃った。昨日の聴講者もチラホラ来ているようだ。
 「あ、失礼しました。改めまして、ここがその現場でございます。ゴミを集める干潟のパワー、これでよくおわかりかと...」 櫻はこう言いながらも、呆れ顔。
 「暫定とは云え、つい受け容れOKとか決めちゃったけど、こんなだと確かにねぇ」 南実も自嘲気味になっている。
 初めて当地を見る人達は、むしろその現実をしかと受け止めているようで、さほど驚いてもいないようだ。緑のおば様に至っては、泰然かつ自若。
 「これがありのまま、ってやつでしょ。とにかくやるしかなさそうね」
 「それにしても、石島のトーチャン、遅いな」
 清が気付くまで、誰一人、肝心の人物が不在であることに思い至らなかった。娘達への並々ならぬ思いを吐露してまで事情を打ち明けたのに、これでは報われないというもの。
 トーチャンの代理人が現われたのはこの時である。九月の登場時よりはラフな出で立ちながら、やはり貴婦人風。顔見知りを何人か見つけると、
 「あ、皆さん、すみません。遅くなりまして」
 「京(みやこ)さん、どうして?」
 南実がいち早く応対する。文花は初対面ながら、親近感を持ったようで、すぐに自己紹介を始める。
 「初音嬢、小梅嬢のお母様ですか。姉妹が麗しいのは母譲りってことですネ」
 「いえいえ、似てるのはじゃじゃ馬なところでしょう」
 姉妹の話は承知しているので、その母親ということで周囲の目は温かい。あのお騒がせ課長の妻という見方はこの際なし。
 「今後は事前に説明会を開くなり、とにかく素直に話をすることを心がけたい、と申しておりました。皆様にはよろしく、と」
 「了解しました。報告の中にはその旨記載して、聴講された方々はじめ、広く伝えるようにします」
 昨日のまとめがようやく出た感じだが、まだまだこれから。実地見聞をしないことには結論が固まらない。
 「それにしても、旦那(ダンナ)は何だ、ってんだよな」
 「当人がいないことには、ねぇ?」
 明らかに自分よりも年配の男女がいることにやっと気付き、細君は一寸焦る。
 「ご挨拶が遅れまして。石島京と申します。いつも主人が...」
 旦那が駄目な時こそ、妻の出番。一段と柔らかい物腰で以ってフォローする。京を代わりによこしたという点では失点を取り返して余りある。これも策のうちか。
 「ま、本人も反省してるんだろうけど、とどのつまり、話の進め方の問題だった、ってことさ」
 「いいことをしたつもりでも、手続きがダメだとアウトですよね」
 手続き関係は元来役所の得意技の筈なのだが、時と場合によるらしい。だが、この話、石島家でも通用するのではないか?
 「てことは、お嬢ちゃん達にも何かと誤解されてんじゃない?」
 「それよりも何よりも、主人は放ったらかしのことが多いですから。良かれと思うことを理由ともども話して聞かせなきゃいけないのはむしろ、わたくしの方でしょうね」
 干潟端会議はいつしか家族のお悩み相談会のようになっていた。緑は京にとっていい相談相手になりそうだ。

 そうこうしているうちに現場に集う人数は増え、総勢二十名弱になっている。晴天、微風、午後の陽射し... 好条件はそろってはいるが、十二月の川辺行事でこれだけ集まることもなかなかないだろう。文花が思い描く現場、ここに在り。ハコはなくとも場があれば、である。
 千歳がデジカメを取り出すのに呼応するように、櫻は昨日の受付名簿を引っ張り出す。「えっと、玉野井 緑さん、はい...」 上から氏名を読み上げていく。このように点呼をとることで、お互い何となく和むものである。自己紹介は割愛可。だが、
 「そうだ、皆さん、ボランティア保険とかは?」
 参加者の半数はボランティア保険には加入していないことが判明。ただし、今回の視察(+クリーンアップ)は前々から予定されていたことなので、行事保険は掛けてあった。堀之内先生の助言が役に立っている。
 「じゃ皆さん、十分気を付けて」 と文花が会場責任者らしく声をかける。が、
 「魚が苦手な方は特に。出てきてビックリ!で転んだりなさらぬよう」 櫻がおどかすもんだから、斜面で滑りかけてしまう責任者さんなのであった。
 「櫻さん、覚えてらっしゃい!」
 「おぉ、こわ」
 一行は注意を払いながらもクスクスやっている。ゴムボートが作った草分け道は、さらに幅を広げ、人々を緩やかに導く。干潟に通じるアクセスは、今のところ整備無用であることがまず立証される。だが、これは季節限定。夏場になれば背高草などで茫々となるのは経験者なら承知済みである。だからと言ってスロープだとか階段状の工作物を設けるのはどうかと思う。あくまであるがまま、でいいのである。
 その新ルートだが、斯様(かよう)にオープンになったおかげで、ゴミの流入アクセスも良くなってしまったようである。それは今までは見られなかった怒涛の漂着とでも呼ぶべき現象。六月がいればきっとこう言うだろう。「ゴミも上陸したいのさ」 こうなると否が応にも注意力が高められる。ペットボトルを除け損ねたり、スプレー缶を踏み外したりしたら、即、転倒である。弁えある視察団一行は、隊列を作り、全員無事、下り立つことができた。が、漂着物で溢れている上にこの人数。舞台は満員御礼となるも、どうにも窮屈だ。

 崖地の崩落具合は二班に分かれて見に行くことになった。ガラクタを踏みつけないよう、かつヨシの枯れ枝が成すマットを踏みしめつつ、先発隊は下流側へ歩を進める。後発隊は干潟の中央部にて、長い枝が折れて干潟に刺さる図や、その周りに打ち上がった丸太、角材、板など木々のコレクションを鑑賞している。今のところは鑑賞レベルで構わないが、この後は力仕事が待っている。興々にして恐々、そんな観念だろうか。
 先発隊は崩れた崖が新たな地形を形成していることに息を呑んでいた。その変化を知る者、初めて見る者、両者ともにインパクトを受けている。それはまるで切り立った入り江の如く。ポケット、隠れ処、兎(と)も角(かく)ここに一度嵌ったら、出たくなくなるような空間が出来上がっていて、すでに飲料容器等、漂着先を見つけたゴミのいくつかが安住するようにスッポリと収まっている。
 自然の作用を目の当たりにした上、ゴミの抜け目のなさを認識することになる。これはどうしたらいいものか。合意案に従えば、補強なり補修ということになるが...
 「自然の働きを学ぶってことじゃ、このまま放っておいて観察するのも悪くないわな」
 「でもセンセ、ゴミも溜まっちゃうとなると自然作用が巧く働くかどうか...」
 「わざと回収させるんだったら、この地形、面白いんじゃなくて?」
 「ゴミを取ろうとして崩れてきちゃったら、と思うとちょっと」
 公募以前に理事候補として名を連ねていた四人が議論を交わす。他の先発隊諸氏は四人を取り巻きながら、頷いたり、発言したり、まちまち。埒が明かない感じなので、櫻、南実、京はじめ、後発隊も集まってきた。
 「今日ゴミを取り除いて、安全性を確かめてみて、崩れそうならやっぱり固めてもらう、ってことでどうでしょう?」 南実のこの発案を受けて、
 「その後は経過観察して、また入り江になっちゃったら、それはそれで新名所ってことにすれば」 櫻がまとめる。
 何となく案が固まったところで、先発隊の一部はプラを集めながら業平のもとへ。彼は一人、干潟中央に散らばる袋類、特に[プラ]の識別表示が付いてそうなのを重点的に集めていたが、これは段取り違い。プログラムの②は全員で、の予定だった。現場特有の何かが一行の動きを急かしている。プログラム①の方も怪しい。現場検証が先んじて、撮影係はその役を果たしていないように見受ける。
 「いけね、廃プラ回収前ってのを撮ってないかも」
 「私を置いてこっちに来ちゃうからよ。せいぜい、入り江のプラを撮っておくのね」
 干潟に立つ前に何枚かは撮影しておいたから良かったものの、スローな彼にしてはあるまじき失態。しかも彼女の機嫌まで損ねてしまってはもう...である。穴があれば入りたい心境の千歳の足元には、夏場よりも大きくなっている巣穴がチラホラ。入れりゃ苦労はしない。

 大人数に反応したか、枯れたヨシ群の間から何とヤブ蚊が出てきた。夏には見かけなかった筈だが...
 「な、なんで?」
 「私達、何か悪いことしたかしら」
 「あの辺に殺虫剤のスプレー缶が転がっていたような...」
 「いくら何でもそりゃ顰蹙(ひんしゅく)でしょう」
 「はいはい、お二人さん、ここはひとまず退散退散」
 文花に追い立てられるような形で千歳と櫻は入り江を離れる。蚊の発生も自然の摂理となると、受け容れざるを得ないところだが、人によってはいっそヤブ地を消滅すべしと訴える向きもあるだろう。だが、十二月初旬にしては陽気な気候がもたらすのだとしたら、蚊の住処をどうこうしたところで効果は薄い。発生源を抑えるという意味で対症療法ではないかも知れないが、より根本的な策が求められることは判然としている。これは漂流・漂着ゴミについても同じ。

(参考情報→十二月の蚊

 本日のプログラム⑤のうち、アクセス通路の整備、崖崩れの修復、この二つの要否については一応検証が済んだ。あとは実際に波が来た時の状況考察を残すのみ。順序は前後してしまったが、③と④については、参加者の数人を交えて業平が進めているところである。となると、今は⑥か。干潟のメカニズムとは言うけれど、根源に遡った抑制策についても討究したいところである。
 「どうでしょうね、皆さん。これを片付けるのは人の使命ってのは実感していただけると思うんですけど、果たして干潟に甘えてしまっていいものか、ということなんです」
 「今あるゴミを何とかする、ってのと、出るであろうゴミをいかに防ぐか、その両面てことですね」
 櫻と南実、いつしかいいコンビになっている。higata@メンバーで論議していってもいいのだが、折角の機会である。櫻は再び名簿を出して、指名作戦に打って出る。現場にいるからこそ成り立つディスカッションがある。それをわかる者でなければこうした采配はできない。
 「そうそう、さすが櫻さん」 文花は満足そうである。
 廃プラを片付ける中で思い至ったらしく、「生分解性プラの普及を」とか「容器や袋はデポジット化すれば」とか「捨てるのがもったいないと感じるような容器・包装にしたら」といった声が出たのには、文花・櫻・千歳もビックリだった。南実先生は、
 「生分解にバイオマス、今は総称でバイオプラスチックって言いますけど、これを普及させることは次善の策でしょうね。そうしないよりはした方がって、ことです。そもそもプラスチックじゃなきゃいけないのかって、買う前に考える方が先決。ね、櫻さん?」
 「え、あ、そうですね。思いつきで恐縮ですけど、プラスチック依存度チェックとかってゲームソフトか何かあると、予防につながるかもって思います。どうでしょ」
 一団はどっとなっている。勢い話はさらに深まって、買う時に購入者登録とかをして、購入量に応じた自動課金をしてはどうかなんてアイデアまで出てきた。それにヒントを得たかどうかはいざ知らず、いい加減な捨て方をした奴を洗い出せばいい、てなことを仰る方が現われた。緑のおば様である。
 「探偵ごっこじゃないけどね、これを使えば何かわかるんでないの?」
 作家は作家でもミステリー作家だったりするもんだから、小道具がまた凝っている。年季の入った虫眼鏡を出すや否や、置き去りになっていた釣り餌袋をつまんで眺めてみる。と、次には指紋を採取して照合するシステムがあれば犯人捜しもできるだろう、なんて話に。
 「おたまさんよ、そりゃ面白ぇけどよ、処罰とかしようがねぇだろ、それじゃ」
 「自動で課金するってのは?」
 「ま、じっくり考えて新作のネタにするんですな」
 「ま、処罰どうこうはいいとして、漂着ゴミで以って何か一本書けそうね。ゴミのミステリーで『ゴミステリー』って、どう?」
 「何だい、ただのゴミかと思ったら実は凶器だったとか? ハッハ」
 「先生は犯人役で出したげる。ヨシヨシ」
 ちっともヨシヨシじゃないのだが、ご年配コンビの小噺で場はすっかり盛り上がっている。プログラム的には脱線してしまった観はあるが、ゴミについての関心を高めてもらえたのなら結果オーライだろう。干潟がいかにゴミをキャッチするか、これは時間をかけて定点観察しないことにはどうにも明解にはならない。ただ、水位の高低差、つまり満潮時に漂着したものが干潮時に取り残される、という仮説は大いに説得力がある。消波ブロックで漂着が遮断されるというのはもっともな理屈である。
 「下手に遮られちゃゴミステリー書けなくなっちゃうワ」
 干潟にはお気の毒だが、こういうニーズもあるので引き続き受け容れてもらうとしよう。

 議論は再び対策面に移る。参考意見として拝聴したいとの石島夫人の申し出もあったので、ざっくばらんに並べ立ててみる。
ち「例のバーベキュー広場にリサイクルステーションを常設しちゃうとか」
ふ「いっそ、油化装置をゴミ捨て場に併設して各自試してもらったら」
さ「それは漂流・漂着前の対策でしょ。やっぱりもっと遡った対策も考えないと。ホラ、割れ窓の話じゃないけど、窓を割られる前にできること、って何かあると思うんだけど」
み「櫻さん、データカード使って調べるのって、正にそれですよ。世界全体で対策考えようって、ね?」
さ「あ、そうだった...」
き「ま、あとはミステリーでも何でも、作家先生にさ、時代に警鐘鳴らす一品書いてもらうってのも結構イイと思うよ。俺のはどっちかっつぅと専門書だけど、緑さんのは大衆向き。な?」
 その作家先生は、今度は厚手の手帳を手にしている。早速何かを書き留め始めているようだ。「そういう手もあったか」 higata@メンバーは一様に得心した面持ちで手を打っている。
 一方の緑はデータカードの話を聞いてキョトンとしている。
 「あら、ちゃんと調べることになってたの?」
 「いえいえ、銘柄とか具体的な品目までは調べないので。引用できそうなゴミはしっかりメモしてもらった方が」 千歳がフォローするも、
 「バーコードが付いてるのは、Mr. Go Heyが読み込んでくれますから、メモしなくても平気ですよ、多分」 文花がチャチャを入れる。

 こういう日に限って船とか水上スキーとかが来ない。波の件はひとまずお預けとして、KanNaの特設掲示板にご意見などを書き込んでもらうことにした。管理者曰く、
 「念のため書き込み用のIDを設定します。ご面倒かけますが、パスワードの代わりとしてhigataと打ってアクセスしてください。お名前は実名でなくても構いません。夕方にはわかるようにしておきますので、よろしくお願いします」 さすがは情報担当である。
 緑は作品中の人物(女探偵?)さながら。虫眼鏡、手帳に続いて取り出したるは懐中時計。十四時を過ぎ、短針と長針が重なる時分になっている。それを見てリーダーが声をかける。
 「では皆さん、ここで第一部はお開きとします。第二部、クリーンアップは今から十分後、二時二十二分になったら始めようと思います。お荷物はクルマのトランクへ」

 十四時を過ぎたくらいから、グランドでは社会人野球チームが練習を始めていた。少年野球ならあまり心配は要らないんだろうけど、社会人となると気がかりなことがある。そう、自分でもかっ飛ばした特大ホームランである。試合が始まる前に、油の抽出を終えられればいいのだが、取っ掛かりが遅れた分、微妙である。文花のクルマが盾にはなっているとは云え、リスクにさらす状態で実機を稼動させるというのは、業平にとっては不本意極まりなかった。が、それ以上に本意でないのは、クルマはどうでもいいのか、と誰かさんに責められることだろう。グランドの様子を気にしつつも、然るべく手を打つことにした業平は、クリーンアップ開始前にそそくさとヨシの枝を集め出す。

 「業平君、どしたん? 段取りではまず大物ゴミが先で、枯れ枝は後じゃ...」
 「いやいや、おふみさんの愛車にさ、ボールが飛んで来たらヤバイっしょ。取り急ぎボンネットとフロントガラスをカバーできればいっかな、って思った訳」
 「あぁ、試合始まるのかぁ」
 三十男の動きがあわただしいので、ひと休みしていた参加者各位もザワザワし始めた。手順を再確認していたリーダーは「何事?」となる。女性研究員は「あぁ粒々が」と気が気でない。
 視察団の数名が退場したのと入れ替わるように、やって来たのはチーム冬木の二名。当人と若手女性の組合せなので、思わず「ご関係は?」とツッコミを入れたくもなるが、そうは言っていられない。
 「本多さん、先月はどうもお世話様でした。おかげ様で...」
 「ちょうど良かった。榎戸さんもお願いします」
 「?」
 乾いていて、夾雑物が少なそうな枝を選びながら、フロントガラスに並べて行く千歳。それを見て冬木は合点が行ったようだ。クルマの持ち主も遅れ馳せながら現われて、ザワザワの発端を了知する。
 「あらあら、中古なんだから別にいいのに」
 「いえ、何かあってクルマ動かなくなっちゃうと大変なんで」
 つい自己都合な本音が出てしまった業平だが、文花は意に介さない。
 「ま、ただ片付けられちゃうよりは、ヨシも本望でしょう。ヨシヨシ...」
 バックドアを開け放って屋根代わりとし、油化装置はその下に持ってくることで、とりあえずの安全策も講じた。屋根の上にも枯れ枝を並べて万全を期す。三人の男手があれば、造作なく済んでしまうものである。 PM 2:22になった。第二部のスタートである。