2008年9月23日火曜日

67. 昼下がり


 推理と分別を終えた品々が横たわっている。二十五人が囲むにはスペース的に狭いが、ともかく全員注視できる状態で、いつものカウントを始めることにした。だが、この際、そしてこの人数である。全員総出で数え上げてもらうのがよかろうとなり、予め選り分けられた主だったゴミごとに、五人一組のチームがつく。モバイルDUOは、弥生を筆頭に、蒼葉、初音、南実、業平が受け持ち、各チームに配置される。数えるのに手間がかかるのは後回し。概ね傾向がわかればいい。五人の集計係からの申告ベースでざっとまとめてみたところ、今回は次のような結果となった。(下流側は除く)

 ワースト1(1):ペットボトル/五十二、ワースト2(2):プラスチックの袋・破片/四十五、ワースト3(3):食品の包装・容器類/三十一、ワースト4(5):タバコの吸殻・フィルター/二十四、ワースト5(-):紙片/二十一(*カッコ内は、一月の回の順位)

(参考情報→2008.3.2の漂着ゴミ

 二月の回は公式記録ではない(?)ので、一月実施分との比較になるが、上位三品目は同じ顔ぶれとなった。上位には出てこなかったが、フタ・キャップは相変わらず。発泡スチロール破片が少なめだったのはまあよしとしても、レジ袋、プラスチック製のカップ、ガラスビン、履物、ボールなどと同じく十個台。ベルト、バッグ、ポーチといった雑貨類も数点、筆記具やストラップバンドも目立った。南実は、いわゆる事業者の各位に対し、推理を織り交ぜながらも、抑制策を説いている。因果関係を明確にするのも大事だが、この現実を前にしたら、もっと先へとならざるを得ない。
 「こうなるともう誰が捨てたか、じゃ済まないんですよ。売り方を含めた問題になってくる訳です。容器包装に対する企業責任を果たす、そのために何ができるか、どう防ぐか、ですよね」
 直球で言葉を投げ込んでくる感じ。いつになく強めなのは何らかの理由がありそうだ。その強弱はともかく、こうして調べることの意義はしかと伝わった筈。と、ここまで来れば、あとは臨場感か。現場に出てこられなくても、現物に接することができなくても、現実を伝えられれば、心動かされるものもある。即ち、調査結果を手早く共有することが不可欠。
 そう、そのためにこれがある。
 「という訳で、このモバイルDUOを使えば、データカードがなくても大丈夫。いつでもどこでも調査可能です。予め送信先のアドレスを登録してもらえれば、そこにピピっと届きますんで。あと、公開モードにセットすればPC版DUOの新着情報に集計結果の一部が自動反映されます。今日の分も多分...」
 弥生流ソリューション、ここにあり、か。今日のように同じ場所で五チーム=五件のデータが流れるというのは過剰演出のように見られる可能性もあるが、調査型クリーンアップがしっかり取り組まれていることを示す上では好材料である。いずれは、DUOの登録者数をどこかに表示するとともに、発信された調査結果をリアルタイムで自動集計して出す、さらにはエリアごと、月別など、ゴミの散乱・漂着実態を統計的に追えるような仕掛けも考えているんだそうな。
 月女でもあるので、本日のまとめはこのまま弥生にお任せ。拍手、礼、解散となった時点で十五時近く。潮位も下がれば気温も下がる、そんな昼下がりである。

 記念撮影組以外の何人かで袋を集約する。出来上がった袋からステッカーを貼っていくのは石島姉妹。妹の方は手際よくペタペタ。だが、姉の方はそうでもない。今からちょうど半年前、これを持って来た時のことを初音はふと思い出し、感慨に耽っている。
 「お姉ちゃん、それって不燃じゃ?」
 「いけね、貼り直し...」
 可燃の一枚を手に、貼る先を探す初音。だが、可燃は不可燃に比べて、もともと少なめ。ステッカーを貼る袋がもうない。
 「何か、プラだけじゃなくて、ゴムとか革とかも燃えるにしちゃうとこがあるって聞くけど」
 「分ける意味なくなっちゃうね、それじゃ」
 皮革製品、運動靴、ビデオテープ、配管被覆なんかが紛れている袋を見て、これに可燃を貼るのはさすがに...と、ためらう姉妹。一枚の可燃ステッカーは結局、台紙に戻り、次の機会を待つことになった。

 商業施設関係各位も記念撮影を終え、会場を後にする。が、ただ帰るだけでは面白味がないので、詰所のとこまでは袋を運んでもらうおまけつき。再資源化系もついでに、と行きたかったが、乾ききるまで待ってもらうのは忍びない。ペットボトル、食品トレイ、プラ容器包装は、恒例に従い、本多弟が担当。今日は兄が加わり二人体制である。漱ぎ終わったところに、弥生が近づいて来る。
 「Goさん、今日はピカピカとかやんないの?」
 「ピカピカ? あぁ、スキャナのことか。一式持ってくんの大変だし、ここにあるのを持ち帰って自社でやれば済むことだから、いっかなって」
 「春の新作、てゆーか新発明とかもなし?」
 「弥生クンがDUOの説明してる時にさ、兄貴とネット起業の話、してたんだ。で、ネット?で閃いた」
 「はぁ」
 「リセット直後に、ネットというか、網状のカーペットみたいなのを敷いとく訳さ。粒々はダメかも知んないけど、その網をこうダーッと引き揚げりゃ、いっぺんに回収できるじゃん、って。つまり一網打尽...」
 業平らしい発想ではあるが、果たしてそんなにうまくいくものか。
 「なーんか、あんまし面白くないかも。それよりあんな流木来たらおしまいじゃん」
 「そ、それもそだね。トホホ」
 しょげてはいるが、にこやかではある。もっとツッコミが来ても良さそうだったが、今の弥生は抑えが利いていて、唇を尖がらせることもない。微笑み交わす二人がいる。

 一応笑顔ではあるのだが、笑みの質が異なる二人がいる。ここは某ランチ店。初音不在シフトで、カフェめし店の代わりに八広と舞恵が時々来ていた一軒だが、よりによってクリーンアップ日に遅いランチ? いや、何やら訳アリのご様子である。
 「よかったね、八クン」
 「まさかこういう展開になるとは... 本当にいいんスか?」
 大事な話があって、来店していた二人。目の前には一服するか否かで迷っている業界人、今日のところは採用担当者、そんな人物が居る。
 「これもご縁ですから。ただね、隅田さんにはまだちゃんと話してないんだ。僕から話してもいいんだけど、どうかな?」
 「舞恵の出る幕でもなさそうだし...」
 「そこはやっぱ自分で。って言っても、少しは手伝えると思うんですが。甘いスかね?」
 「そりゃやってできなくはないと思うけど、年俸制で契約ってことになれば、そうそうね。あとはイイカンケイの運営委員も続けるんだとしたら... ご自身の持続可能性との相談、じゃないかな」
 「そう、スね」
 晴れて社員となると、違った意味で悩みも出てくる。当面は様子を見ながら、ということになるだろうか。
 「じゃちょっと話を変えて、と。六日のステージだけど、お二人は定位置でいい?ですよね」
 「舞恵は少々動き回ると思うんで多少広めで」
 「自分はその分、狭くしてもらってOKス」
 リズムセクションの位置が決まれば、あとは鍵盤関係とマニピュレーターをどう配置するか、である。情報誌の方が落ち着いてきたので、今は中途採用だったり、ライブイベントだったり。冬木なりの段取りが組まれ、進行していく。年度の変わり目、俄然動きが良くなって来た。

 充電式掃除機など、開発したい実機はいくつかあったが、舞恵から頂戴した融資話は、人件費見合い。そこへ、これといった就活をしなかった反面、余念なくスキルアップを続け、現場ニーズにも着々と応え、何だかんだですっかり自立志向を高めていた弥生が乗った。今回の社会的起業=地域課題解決向け融資は、そんな見習い起業家にとって渡りに舟の格好。運も実力も、で来た訳だが、ここはきちんと二人の代表に挨拶しておかなければ。
 「改めまして、Goさん、それから太平さん、履歴書持ってちゃんと面接にも行きますけど、まずはよろしくお願いしますね」
 「まだ融資、実行されてないけど」
 「四月になったらとにかく押しかけます」
 黙々と乾燥作業に勤しんでいた兄君だったが、これを聞いて、
 「へへ、大歓迎」
 春の日が三人を照らす。洗い上がったプラ包装類が妙にピカピカしている。これにスキャナを当てたら乱反射しそう...。

 乱反射でなければ、乱気流か。詰所の辺りで客を見送った後、三人の様子を見て、たまらず駆け込んできた文花である。本多兄弟を独り占めさせる訳には行かない。
 「ど、どしたんすか? おふみさん」
 すっかり余裕の弥生に対して、
 「いえ、何か光ってるからね、何だろうって思って」
 「フーン」
 兄弟は、ちょっとドキドキしながら、それぞれに想いを寄せる女性を見守る。対応を誤ると、ちょっとしたドタバタ劇になりそうだが、ここはあくまで干潟端。干潟というのはよくできたもので、時々の感情もうまく浄化してくれるものである。文花は呼吸を整えると、兄の方に話しかけながら、二人きりで会話できる状況に持ち込んでみる。
 「今更こんなこと尋ねるのも何ですが、今日はどうしてこちらに?」
 見上げる質問者に対し、回答者は見下ろすような感じになる。従って答えは上から降ってくるような状態。ポツリポツリというのがピッタリ来る。
 「実は業平に唆(そそのか)されまして。出会い系とか何とか、あ、いえね、社員候補が来るから、会っておけって、それで...」
 舞い上がっていたらしく、つい本音も出るが、決して間違ってはいない。
 「出会い系、ですか。ま、確かにそうですね。業平さんともここで会ったし、今日は太平さん。で、その社員さんはどうでしたか?」
 先行カップルが羨ましく思えてきた今日この頃。文花も随分と積極的になったもので、こんな問いも軽くこなせるようになっている。敏感な男性ならここで、その質問対象者よりも、今ここにいる女性の方を持ち上げるなりしそうなものだが。
 「えぇ、イイですね。来た甲斐がありました」
 やけに素直なご返答だったもんだから、質問者がずっこけたのは言うに及ばず。「わ、私は?」とはさすがに訊けない。とんだ問いかけをしてしまったものである。
 「なぁんだ、弥生嬢の一人勝ち? ムム」
 何の何の、太平→弥生かも知れないが、当の弥生は、業平一筋である。幸い、業平→弥生の線が弱まっているので、矢印がどこかで途切れることはない。追っかけっこのようになっているので、円形になぞらえることもできるが、円満とは言うのは憚られる。三角形が複合化して、四角形に対角線を引いたような形になったと言えばいいだろう。
 本日ほんの数時間でとんだ図形が出来上がってしまった。四者全員理系ながら、こうした幾何の解き方はご存じなかったりする。しばらくは平行四辺形なり等脚台形なり、互いに距離を押したり引いたり、が続くことになりそうだ。

 そんな四辺形を横目に、南実は先生との語らいを楽しんでいる。すでにメールのやりとりは回を重ねていたが、生の対話に勝るものはない。
 「こまっつぁんのさ、粒々レポートも引用させてもらうつもりなんだけどさ、ペレットに関して云えば、その工場とか倉庫とかにまで踏み込まないと、つまり現場を押さえないと、インパクト不足ってことだよな」
 「えぇ、でも最近は工業会の自主規制が進んできたので、露骨には出なくなったようです。ここに流れ着くのは、それこそもっと遡ったところか、運搬途中でこぼれて側溝や下水を通ってきたものか、まぁペレットのまま使われるケースもありますしね。特定しきれないから、悩ましくもあり、逆に研究のし甲斐もあり、ってことなんですが」

(参考情報→レジンペレットはどこから?

 予防策重視の論点を盛り込んだことで、論文は上々の出来に仕上がった。だが、フィールドでの研究にはなお詰めきれていない点が残る。頼りになるのはやはりhigata@か。ここに先生にも加わってもらえれば、さらなる調査も、より深みのある考察も、と思う。
 「ま、もうちょっと慣れてからだな。そのシガタアットマークに入れてもらうのは」
 センターのメーリングリストを捌くのに苦労を強いられている折りである。今のところは正にしがたない(?)のであった。

 メンバーがなかなか解散しないので、石島姉妹も戻って来た。業を煮やして、とかではない。戻って来たなりの理由がある。硬球を模したゴムボール、一mほどの塩ビパイプをそれぞれ手にしているところから、何らかの余興を思いついたようである。いずれも拾いたて、かつ洗い立てというところが憎い。初音はまずピッチャーを指名する。キャッチャーには妹、守備は暇そうな男性諸氏に適当についてもらった。
 話には聞いていたので、どこかで対戦したいと思っていた。球春とはよく言ったもの、この佳き季節に夢の対決が実現することになったのである。豪腕であっても、軟球では速球は繰り出せまい、というのが初音の読み。対する南実は球に違和感を覚えつつも投げる気は満々。ご指名とあらば応えない訳には行かない。
 ご年配各位も注視する中、第一球。小梅は逃げ出してしまったが、この際、キャッチャーは無用。初音はその細くて軽い一本を完璧に振り抜く。次の瞬間、見事に大飛球が舞った。
 「ま、まさかあんなに...」
 遅めの球だったので、打ち返されるのは必至だが、それにしてもよく飛ぶこと。母親譲りの運動能力もさることながら、準備運動&クリーンアップエクササイズの方も奏功したようだ。
 「あぁ、スッキリしたぁ。南実さん、ありがとっ!」
 いろんな想いを乗せた打球は下流側干潟の先を目指し、やがて見えなくなった。

 「ところで初姉、パンケーキって、大丈夫なの?」
 思い出したように櫻が問いかける。
 「えぇ、今日は一応、お休みってことにしてあるんで。でも、この後、皆さんいらっしゃるようなら、またサービスさせていただきますよ」
 以前のようにそそくさと去ることもない。どこかのお兄さんの影響か、いい意味でスローな感じになっている。
 かくして、電動アシスト車には文花が乗り、持ち主の南実は小走りモード。辰巳はサイクリングを諦め、清、緑とともに回り道しながら商業施設方面へ。本多兄弟は勿論、同施設へ直行。入船氏は興味津々で兄弟に付いていくことになった。弥生もそれに続くかに見えたが、蒼葉に引き止められて断念。デザートに勝るものなし、か。カフェめし店には、石島姉妹を先頭に計六人の女性が向かうことになる。
 残るはお二人さんである。
 「うん、あとでね。千歳さんとちょっと話があって」
 「あらあら、相変わらずラブラブなことで」
 弥生はとりあえずツッコミを入れるも至って嬉しそう。蒼葉は再びサングラスを着用し、涼しい顔で手を振る。
 「À plus tard.」
 「A bientôt.」

(参考情報→続・フランス語 小会話

 河原桜の木の下で、ちょっとイイ時間が流れる。
 「明日、ひな祭りなんだよね」
 「そうね。奇数が並ぶ日でもあるけど」
 去年の七夕に始まるこのシリーズ、3.3 でめでたく五回目を迎える。何となく予定は立ててはあるが、その前日に何もない、ということもあるまい。
 「櫻さんにこれを渡そうと思って...」
 タネも仕掛けも簡易包装もない。装飾としては某銀行のケータイストラップをくっつけた程度。一本のディンプルキーである。
 「何よ千歳さん、どっか出張とか? 留守番しろってか」
 思わぬ反応にたじろぐ千歳。慣れない加速はするもんじゃない。
 「あ、いや、妹さんにダメ出しされる前に、と思って」
 「蒼葉対策? 何だかなぁ。でも...」
 ストラップを懐かしそうに見つめながら、彼女は続ける。
 「すっごくうれしい。ありがたくお預かり、します」
 さて、世の中にはホワイトデーというものが存在するが、白にちなんだ日は別にある。
 「十四日はね、無理していただかなくて構いません。その分、誕生日にまとめてもらえばOK。ホワイトも白もおんなじ」
 「あぁ、そうか、白ね」
 「今日は櫻さんお決まりのいいもの出せなかったけど、代わりに今いいものもらったことだし。とにかく来月六日に、ネ?」
 マスク越しだと、失礼な感じもするが、この時間帯に外すと、それこそ花粉の思うツボ。己の症状にはこの通り敏感な千歳だが、恋人の気持ちにも敏感になったようである。
さ「ところで、アイカギのアイって?」
ち「loveだと思う」
 彼が押す自転車の前カゴには、収集品であるビンと缶が少々。音に敏感(ビンカン)であれば、何を運んでいるかすぐにわかる、そんな運び方。だが、今、その音は鳴り止んでいる。 彼女の手には誰かさんのマスクが引っかかっている。