2007年10月9日火曜日

08. 現場研究員

六月の巻

 五月の回は、雲行きが怪しくなる展開だったが、今日、六月三日は怪しい雲がだんだん遠ざかって行く感じ。明け方はまだ雨が残っていたようで、河川敷の路面は心なしか湿気ている。グランドのコンディションも必ずしも万全ではなさそうだが、少年野球チームが元気に試合中。今日は過去二回と勝手が違ってきそうだ。定刻十時。潮は退き気味。干潟も雨のせいか黒く湿っていて、毎度の如く、見本市状態である。背景が黒っぽい分、余計に目立つ。今回は特に満潮時のラインにヨシ束が押し寄せ、そこに細々したゴミが絡まっているのが目に付く。そして、その束がガードになって、崖に向かって軽量ゴミが留まっているのが特徴。ペットボトルや弁当容器が潮にさらわれることなく、安住してしまっている。ヨシ束を取り除いた後、大潮が来ることがあれば、川へ逆戻りしてしまう、ということか。ムムムと自問する千歳。人が近寄ってきても気付かない程、悩んでいるご様子。「千ちゃん、おい!」 業平(ごうへい)が声をかけてやっと振り返る。
 「おっと、失敬。よくぞお越しくださった」
 「ちっとも気付かないから、具合でも悪いのかって」
 「まぁ、見て頂戴よ」
 「一カ月でこうか」
 デジカメを取り出す千歳の傍らで、業平はケータイでピピとやっている。
 「そう言えば、データ入力ケータイってその後どうよ?」
 「似たような仕掛けがないか調べながら、仕様書は書き始めてるよ」
 「次回にでも、デモができればいいんだけどね」
 男二人で話す間を割って入るように自転車が突っ込んできた。
 「おはようございます!」
 「櫻姉さん、ご到着」
 業平らしい返しである。
 「蒼葉さんは?」
 「六月病で、欠席です」
 「へ、六月病?」
 「いえ、急に撮影の仕事が入っちゃったとかで」
 千歳の第一声が蒼葉だったのが気に入らなかったようで、少々冷ややかにはぐらかしてみる櫻。つい撮影なんて言ってしまったが、大丈夫なんだろか。すかさず業平が反応。
 「やっぱりモデルさんだったか」
 「あ、通販のカタログとかですよ。ファッションモデルだったら、何か別のことやってますって」
 妹に口止めされてたが、滑ってしまうものである。あわてて話題を変える。
 「今日はサプライズゲスト、来ないんですか」
 「予定日とか伏せてますからね。特に問合せメールも来ないし」
 モノログ上でクリーンアップ参加者を広く呼びかけていいものかどうか、これは櫻との相談事と決めているのだが、まだ話を切り出せずにいる。プライベートビーチ感覚で取り組みたい、というのが正直なところだが。
 「そうそう、私が来る前、何の話されてたんですか?」 今度は申し訳なさそうな口調。
 「例のケータイシステム、調子はどうって」
 「あぁ、蒼葉の友達もピピっと来たらしくて、渋谷でランチ中にもうその話題になってたんですって」
 「え、櫻さんが話す前にってこと?」
 「そうなの。だから彼女なりにもう何か考えてるかも」
 業平も乗り気。「じゃ、次回デモやれるかな」 プロセス管理ネタとなれば千歳の出番。「仕様書、お早めにね」

 十時十分過ぎ。雲が少しずつ晴れてきた。試合は続いていて、時折歓声が上がる。三人はようやく干潟に降り立った。
 「ゴミ袋、持って来ましたよ。あと、データカードと、これ!」
 「通行量調査とかで使うカウンタ?」
 「センターの備品なんですけど、借りて来ちゃいました」
 また「いいもの」を持って来たものである。「櫻さん、ご覧の通りなんですけど、今日の手筈はどうしましょう?」 一帯を見渡してしばらく考えてから「干潟が露出してるうちにできるだけ水際をやって、それからまた考えましょうか」 いつもながら、得心させられる。今日は今までになく遠浅に潟が拡がり、いつもは水没している辺りに護岸もどきの石が積んであることや、水際に接する崖地にカニの巣穴と思しきものが無数にあることが新たにわかった。崖下ではヨシの若茎が垂直を競い、逞しく天を目指している。「じゃオレ上流側」 前回カラスにしてやられた方向へ、業平はそそくさと急ぐ。「あの石の辺りは危ないでしょうから、僕が」と千歳が一歩進もうとした時、干潟に着地する軽やかな足音。「オー、サプライズ」 ここでも接客担当は櫻?
 「あのぉ、矢ノ倉さんから聞いたんですけど」
 「え、文花さんが」
 「今度、第一日曜日にこの辺に行くと発見があるかも、って」
 膝丈のパンツに長袖のチュニック、濡れても良さそうなスニーカー、フィールドを弁えたスタイルで颯爽と現われた一人の女性。「文花さん、また気を回してくれちゃって」 櫻の心境は複雑。業平はすでに没頭モードでこちらには気付かない。
 「漂着モノログの管理人、隅田さんって、貴女?」
 「いえ。私は文花さんの同僚で千住 櫻と言います」
 「あぁ、お噂はかねがね。地域事情にお詳しいとか...」
 「櫻さん、お知り合いですか」 遅れて千歳が間に入る。「あ、スミマセン。私、研究員をしている小松南実(みなみ)と申します」 名刺を手渡す。海洋環境関係がご専門らしい。名刺文化から遠ざかっている千歳だが、一応、オリジナル名刺は持っている。
 「隅田千歳です」
 「あ、私、名刺...」
 バッグを取りに行く櫻。そう言えば千歳とは名刺交換してなかった。ちょっと焦る。
 「モノログ、拝見しました。千歳さんててっきり女性だとばかり。ここがその現場だったんですね」
 「日時も場所も載せていないのによくわかりましたね」
 「えぇ、その矢ノ倉さんて、ちょっとした情報通なので」
 程なく「改めまして、千住です」 そしてやや冷めた感じで「千さんにも、ハイ」 面目なさそうに千歳も櫻に手渡す。業平はやっとこさ気が付いたようで、すでにペットボトル類であふれそうになっている自前のレジ袋を片手に三人のところに戻って来た。名刺交換会の最中とわかるや、彼もウエストポーチからガサゴソ出してきて「初めまして。本多業平です!」 南実に真っ先に渡している。千歳も櫻も業平の名刺は初見。名刺というのは誰かが出すと連鎖反応的に出てくるものだったりする。こういう場では必ずしも要らない気もするが、まぁいいか。
 ともあれ、お互いの名前と職業はわかった。自己紹介は後回し。今そこにあるゴミに気と目が向くばかりの四人。そういう点で一致していれば多くを語る必要はないだろう。潮はまだ退きつつある。
 「今日は築地標準で十二時半過ぎ。海面よりちょっと高いくらいになります」
 「小松さん、それって?」
 「潮時表で調べてきました。この辺りだと時間はずれるでしょうけど、海は今干潮に向かっている時間なので、まだ退いていくと思います」 三人「へぇー!」
 「千ちゃん、もしかしてその潮時表を調べてからクリーンアップする時間、決めた方がいいんじゃないの?」
 「漂着ゴミをしっかり片付けるってことならね」
 「ねぇ小松さん、次回七月一日ってどうですか?」
 名刺を入れていた潮時手帳(芝浦標準)をパラパラ繰って、「あ、今日と同じくらいで良さそうですよ。でも今まではたまたま干潮だった、ってことですか?」 専門家には頭が上がらない。千歳は「いやぁ、調べ方がわからなくて。まさか海と連動してるとは」と苦笑気味に答える。櫻も専門外なので、ただ相槌を打つばかり。なかなかゴミに手が回らない。すると次なるサプライズ。退潮のためか、魚が迷い込んできたのである。しかも図体がそれなり。
 「コイ?」
 「まさか」
 櫻もわからない。
 「詳しくはわからないけど、ソウギョだと思います。大陸魚、淡水魚ですね」
 「何でまた荒川に?」
 「中国が原産ですが、昔、蛋白源として活用するために川などに放流されたとか」
 櫻が突っ込む。
 「淡水魚ってことは海には出られない訳だから、海水が逆流して来るとどうなっちゃうの?」
 「海水を避けて遡上して来るうちに、迷い込んで打ち上がったり、てこともあるようです」 ソウギョは干潟に這い上がってきて、口をパクパクやっている。戻る気はないんだろうか?
 「業平君、ちょっと」
 「ハイハイ」
 デジカメに収めてから、男衆二人は魚を押し戻し始めた。ちょっとした手応え。こういう体験は得難いものがある。女性二人は心配そうに見つめる。
 「エサがほしかったのかな?」
 「いや、話をしたかったんじゃないの」
 千歳の切り返しも櫻並みになってきたか。無事水中に帰ったソウギョは、しばらく潜行した後、背鰭を見せつつ、バチャと音を立てて去って行った。魚なりに謝意を表したかったのだろう。
 時刻は早くも十時半。ゴミは前回以上と見受けるため、同じ四人でもまた時間がかかりそうだ。南実は心得があるようで、ソウギョがいた辺りのプラスチック系容器包装類を集め始めた。業平は南実の方を気にしつつも再び上流側を当たる。櫻は干潟の内側、ヨシ束が集中している辺、そして千歳は下流側の積石周辺。一応、エリアごとに分かれた恰好にはなったが、果たしてこれらを持ち寄って、分類・カウントするとなると... 少々気が遠くなりそう。どこかで見切りを付けた方がいいだろうか。
 初めて足を伸ばす下流側の奥干潟。水分をたっぷり含んでいるためか、足元が少々覚束(おぼつか)ない。腐食した空き缶が埋没していたり、自転車のサドルが刺さっていたり、潮の満ち干に関係なく、ただじっと時を重ねていたゴミがそこにはあった。これもスクープ系と撮影に余念ない千歳だったが、いや待てよ、他にもいろいろ押さえておいた方がいい品々があるのでは、と思いつく。まずは櫻のところへ。
 「ねぇ櫻さん、スクープ系って拾っちゃいました?」
 「いえ、袋類をどかすのに気を取られてて」
 「先に皆で一巡しながら、ひととおり撮影してから拾うのもアリかなって、急に思いついて」
 「本多さんはケータイで何かやってたし、小松さんも撮ってるみたい。私のところを押さえれば大丈夫でしょ」
 櫻さんも記念に一枚どう?と言い出しかけてグッとこらえる。
 「ありゃ、これって洗濯物干すやつじゃ?」
 「川で洗濯って、ちょっと時代が違いますよね」
 いつもの櫻節が聞けてホッとする千歳。
 「何か見つけたら声かけてくださいね」
 「じゃ今日は、千さんでお声かけします」
 「いや、それはちょっと」
 「スミマ千!にしますね。フフ」
 サドルをひとまず置いて、配置に戻る。穴はあれど、カニは出ず。人の気配を察したか、ゴミに懲りたか。積石の間にも何やらひっかかっているものがチラホラ。土嚢(どのう)や肥料の袋片が絡んでいるかと思えば、傘の柄のようなものも。ふとハエが唸っている一角があったので、何事かと覗き込むと、先のソウギョと同じくらいの大きさの魚の白骨が。「ウヒャー」 思わず音を上げる千歳に、水際沿いに下流の方へ来ていた南実がひと声。
 「どうしました?」
 「これもソウギョでしょうか」
 「あぁ、どこかで腐乱してしまって、ここに流れ着いたんでしょうね」
 櫻も動じない方だが、この南実さんも相当なものとお見受けした。
 「海に出ると、鳥やカメの遺骸に遭遇しますからね」
 「それはやっぱりゴミによる被害とか」
 「そうですね。親鳥がヒナに口移しでエサを与える鳥の場合、海面に浮いているプラスチックの雑貨なんかをそのまま... ヒナの胃の中は大変なことになります」
 十時四十五分。櫻が合図する。「スミマセン。皆さん、いったん集合!」
 「千住さんがリーダーなんですね」
 「えぇ。タイムキーパーもお願いしてます」
 二人そろって戻って来たのが引っかかるが、そこは千歳君。開口一番「いやぁ、白骨化ソウギョが見つかったもんで」 怪訝(けげん)そうな櫻に弁明する。
 「塩水にやられちゃったってこと?」
 「おそらく、この間の大雨で一時的に水質が悪くなって、窒息とか」
 業平も帰って来た。
 「あっちにも白骨あったよ。思わず合掌しちゃった」
 「川の汚れ=窒息って?」
 今日の櫻はいつになく突っ込みモード。南実曰く、水量が増して川底の汚濁が巻き上がると、有機物が放出される → するとそれを栄養源とするプランクトンが殖える → 水中の酸素が不足するので、魚に影響が出る、とそんな脈絡らしい。ソウギョは外来魚なので、いなくてもいいと言えなくはない。だが、ブラックバスやブルーギルとは訳が違う。この辺では川の主と言ってもいい。そんな風格ある魚が窒息死というのはいたたまれない気もする。「ブラックバスなんかは窒息しないんですかねぇ」 外来魚について詳しい口ではないが、ふとした疑問が突いて出た。
 「私のところでも地域ネタとして調べられそうだけど、ここはやはり小松さんかしら」
 「あ、わかりました。荒川の外来魚の実態ってことで調べてみます」
 いやはやまたしても話が拡がってきたような...

(参考情報→川魚の窒息

 この時、対岸では巡回中の掃部(かもん)公が、得意の草刈り機でイネ科植物をバサバサやろうとしているところだった。ヨシが結構な高さになっているので、川岸まで来ないと対岸の様子はわからない。「間違えないようにやらないと」 見極めながら一本一本刈り始める。この芝刈り音は何となく四人にも届き始めた。「何か音がするけど」 櫻がまず気付く。「貨物船でもないし、ジェットスキーでもないか」 千歳には思い当たるフシがあったが、姿が見えないことには言及しようがない。「では皆さんの収穫をひとまずここに」 いつしか地ならしした一画ができていて、一メートルほどの板切れが防波堤の如く挿し込んである。櫻の現場力、なかなかである。「予想はしてたけど、これほどの量とは!」 海の漂着物に慣れているはずの南実がこう言うんだから、これは尋常じゃないんだろう。「私、何となく分けてますんで、皆さん、引き続き収集の方、お願いします」 眼鏡がキラと光ったのは気のせいだろうか。太陽が顔をのぞかせて来た。絶妙なタイミングで反射するものである。三人が持ち場に着いた頃、掃部氏は川岸に。「おや、ゴミしろ(拾)いってか?」 千歳が顔を上げた時、一瞬草刈りおじさんが目に入ったが、貨物船がゴーとやって来て、隠してしまった。すぐにヨシの蔭に分け入ってしまった掃部公。視認しそびれてしまったが、「いやきっとこの間の...」 千歳は確信した。「キャー!」 水際で南実が叫ぶ。今度は千歳が駆けつけるも、その理由はすぐにわかった。船が通り過ぎた後の波の襲来に立ち竦んでいたのである。
 「ここは浜辺と同じなんですよ」
 「でも、こんなに小刻みに押し寄せて来るなんて」
 防水仕様だとは思うが、スニーカーは何となく波をかぶり、膝下には干潟の泥が。バケツの水を用意していないことに今頃気付く千歳。「あ、ペットボトル水、持って来たので」 膝下を軽く洗いながら、櫻と笑い合っている。こちらもつい頬が緩む。いい日和だ。
 十一時になった。干潟面は何とか拾い集めた感じ。残るは湾奥のエリア。ヨシ束より奥にたまっていた軽量系は櫻がそこそこ集めたが、ヨシ束そのものの処理は彼女だけではどうしようもない。
 「これを今やると収拾つかなくなるから、いったんここに集まった範囲で数えましょうか」
 「千住さん、私、目立つ分だけでもやります。研究対象なので」
 足元には吸殻が絡まったヨシ束が横たわっている。それをいくつか摘み上げて、慎重に別区画へ運び出す南実。彼女はスコップを持参していた。干潟を少し掘って、束をバサバサやって細かいゴミを落としていく。三人は顔を見合わせ、一様に「おぉ」と感嘆。
 「じゃ、こっちやってるね」
 「ハーイ」
 何かいい按配である。
 南実はさらに標本収集用と思しきチャック付きの透明袋を何枚か持ち合わせていた。吸殻などはさっさと袋に詰めていく。傍らでは三人であぁだこうだやっている。すると今度は「バケツ貸してください」ときた。ペットボトル水を注いで、軽く選り分けたプラスチック片だけを浮かべていく。珍しい光景なので、三人もやって来た。「こうやると小石とかは沈んでプラスチック素材だけ浮かぶんです」 百均系のプラスチック芝の欠片(かけら)も目に付くが、カラフルな粒状のものも浮遊している。櫻が手にしているクリップボードを指差して、
 「データカードにレジンペレットって項目ありますよね。それです」
 「へぇー、ペレットかぁ」
 櫻は妙に納得した様子。「これ、工業原料じゃん。何でまたこんなに」 業平は不思議そう。南実は「海にだけ漂着するんじゃないことが、これでハッキリしました!」と我が意得たりの態。千歳はただ畏(おそ)れ入るばかりである。「じゃこれも証拠写真てことで」と言うのがやっと。「今日とりあえず持ち帰って、数えておきます」 レンズ状の大粒ペレットは確かに魚の卵か何かに見える。櫻は「これ、生き物が間違えて食べちゃうってわかる気がする」と憂い顔。「あら、束にこんなものが」 南実が手にしたそれは、細長いウキ。
 「あ、それ双眼鏡で目撃したやつかも」
 「え、双眼鏡?」
 業平は事情がわからない。
 「そう言えばこの間のモノログに橋から目撃どうこうって書いてましたね」
 「えぇ、このウキ、上流から流れて来たんですよ。干潟に着いたらしいことは見届けたんですが」
 「じゃ記念にどうぞ」
 南実は本人肖像付きでの撮影を勧める。ウキ効果か、千歳はまた浮き足立っている。さすがにこのまま載せる訳にはいかないから、要トリミングかな。
 南実がヨシ束から選別した吸殻やプラスチック包装破片類も足し合わせて、データをはじき出していく。櫻が持って来たカチカチカウンタが威力を発揮。多少の誤差はあるだろうけど、実態調査としては十分な数字が得られた。
 ワースト1:食品の包装・容器類/百四十三、ワースト2:プラスチックの袋・破片/百二十七、ワースト3:タバコの吸殻・フィルター:七十四、ワースト4:フタ・キャップ/三十九、ワースト5:飲料用プラボトル(ペットボトル)/三十三、といったところ。発泡スチロール破片も多く三十前後。その次はプラスチックのストローか。ストローとセットになりそうな紙パック飲料は十ほど。必ずしもセットで捨てている訳ではない、ということか。そして前回同様、エアコンの配管被覆類がまた二十弱見つかった。

(参考情報→2007.6.3の漂着ゴミ

 「さて、他に変わったゴミを見つけた方!」 櫻は要領よくまとめに入っていく。分別しきれなかった「その他ゴミ」コーナーがいつしか出来上がっていた。四人で見遣りながら、まずは千歳が拾った一品「バット」、次いで業平は「トラロープ」、櫻「プラスチックのカゴ」 しりとりの始まり始まり。
 「ハイ、小松さん、ゴ」
 「え、何でしりとり?」
 「千ちゃんがモノログ書くのに使うんだって」
 「ゴ、そうだ、ごま油!」
 「え?」
 意表を衝かれた三人。確かにごま油のビンが転がっている。いつの間に?
 「隅田さん、ラ」
 「そういや落花生の袋がどこかに」
 すかさず業平「イ、色鉛筆」 櫻の番だが「ツ、ツ、続きはまた来月!」と、こんな感じで時は流れていく。他には、ビデオテープのケース、スリッパ、歯ブラシ、シャボン玉のストローなど。枕と布団のセットもあったが、さすがに搬出するのは断念した。
 十一時半を回った。ここでまたサプライズ。満載の袋を陸揚げしようとした矢先、近くのヨシ原に硬球がドサッ。試合はいつしか終わっていたが、ホームラン競争でもやっていたようで、特大の一発が飛び込んできたのである。少年野球も侮れない。ヨシは時折風で擦れる音を立てていたが、それとは別にギョシギョシと不思議な音をさせていた。そこへこの一球。「おぉコワ」 男二人がビビっている脇で、そのギョシギョシの主が飛び立って行った。「あの鳥、何て言ったっけ?」 櫻は空を見上げる。南実はボールを探しに走る。ヨシをギシギシやってたかと思うとすぐに出てきてヒョイと返球。二塁ベース手前まで飛んで行った。結構強肩だったりする。二塁手選手と監督らしき人が帽子をとって頭を下げる。「あの四人、袋持って出てきたけど、クリーンアップボランティアかな?」 この監督さん、実は某河川事務所の職員だったりするが、四人には知るべくもない。監督さんもチームを連れて引き上げ始め、今日のところはここまで。頃合よく洗い場が空いたので、いつもの如く、再選別に入る。缶は十程度、ペットボトルは拾ったうちの三分の一くらいが再資源化可能レベルと見た。今回は食品トレイも数枚いけそうだ。朝方の湿っぽさは今はなく、グランド脇の草地も着座可能。スーパー行きの品々を乾かす間、四人でしばし座談会と相成った。櫻が切り出す。
 「今日は小松さんのおかげで捗(はかど)ったし、勉強にもなったし」
 「いえいえ、こちらこそ。ありがとうございました」
 「それにしても文花さん、どうしてここがわかったのかしら」
 「最初にデータカードのことを聞かれました。で、しばらくして漂着モノログの話が来て。調べてる人がいるから行ってみたら、って」
 「あ、私、モノログ見ながら質問したからだ。でもちょっと垣間見ただけで、場所と日時まで見抜くとは!」
 「いえ、今日皆さんとお会いできたのは偶然ですよ。だってここまで自転車で一時間かかるなんて思わなかったし」
 南実はスポーツ派であり行動派、ということを裏付ける話である。河口の方から自転車で「遡上」してきた訳だ。電動アシスト車とは云え、やはりただ者ではなさそう。
 「矢ノ倉文花さんは、今は私と同じ職場ですが、小松さんにとっては元同僚ってことですかね?」 名刺を見てピンと来た櫻は、南実がやって来た経緯がいま一つ呑み込めていない男衆への説明を兼ね、フォローを入れる。
 「違う部署でしたが、先輩に当たります。大先輩と言った方がいいかな」
 「いずれ矢ノ倉さんにもおいで願いますか」
 何の気なしに千歳が発した一言は、「いや、それは...」 女性二人にとっては芳しいものではなかったようだ。二人して同じ台詞とはいったい? 業平がツッコミを入れそうでヒヤヒヤしたが、彼も何かを察したようで、黙っている。スーパー行きは放っておいて、その他のゴミを可燃・不燃に分ける作業に入る四人。
 「え、隅田さんとこに持って行くんですか?」
 南実は面食らった様子。
 「まぁ、今日は多めでしたけど、持ち運べる量ですし、いつでも出せるので」
 「そっか。それなら気軽にクリーンアップできますね。海ゴミだと、どこが運ぶ、どこが処分する、でモメ事になったりしますから」
 燃える・燃えないの区分が、南実の地元とはまた違うようで、それも彼女を当惑させた。
 「プラスチック、可燃なんですか?」
 「『サーマルリサイクル』だとか、もっともらしいことが書いてありましたが、せっかく分別(再資源化)意識が高まってきたところでそれはないだろう、と思ってはいます。形を成していないプラは仕方ないので可燃、それ以外の容器包装関係なんかは不燃、て感じで、少しばかり抵抗してますけど」
 「油に戻す取り組みを進めている自治体、増えてるのにねぇ」 櫻が一言。業平は会話を聞きながら、また何かを考えているようだ。すると程なく「データカード上で、各自治体の分別ルールを反映させてみると何かわかるかも?」 珍しく口数が少ない業平がここへ来て冴えたことを言う。

(参考情報→プラスチック製容器包装

 「ここでの品目は、発生起源別ですからね。可燃・不燃は加味してないし、日本の生活実態とは違う面もあるし」
 「自治体ルールをテンプレートにして、それをダウンロードした上でデータカード画面を開く。そこに入れた数字は元のデータカードに反映されるとか...」 業平の調子が上がってきた。南実は「?」状態。千歳が簡単に解説すると「それができたら、スゴイかも」と目を丸くしつつ、「荒川版のデータカードもあって、品目には日常性を持たせてあるし、再資源化を促すような分類になってるんですけど、各自治体の分別ルールには対応していない。自治体ごとの可燃・不燃のゴミ実態を知る上では、確かにまずテンプレートありき、ですね」
 研究員ならではの説得力。櫻もすかさずひと押し。
 「あとは、テンプレートに載っていないその他のゴミをどう数えるか...」
 「なるほど、なるほど」
 業平の頭の中で仕様ができ上がってきた模様。
 「次回のデモは、当地の分別ルールに沿って、ってことでOK?」
 「俄然やる気になってきた!」
 太陽が完全に姿を現し、ちょうど天頂に来ている。スーパー行きの品々も乾いてきた。
 「それにしても、今回は吸殻が多かったね」
 「路上を追われた愛煙家が川岸でウサ晴らししてるんだろ」 業平は今のところ断煙中。吸わないと落ち着かないのか、カリカリし出した。袋にさっさと放り込んではみたが、スーパーに持ち込むには目立つ大きさになってしまった。その袋一つを担ぎ、いつものRSBを引っ張り出す。結構サマになってるから可笑しい。南実は同じ方向なので、「本多さん、途中まで...」 業平は表情一変、カリカリもどこへやら。「じゃ、お二人さん、また!」