2008年1月29日火曜日

29. 気まぐれ?パンケーキ


 湊は、六月と小梅を連れ、荒川の資料館に行くと言う。文花の招待客は「船で帰りたい」などという輩もいたが、三々五々帰って行った。「ま、今日の催しのレポート書いてもらうことになってるから、それでどの程度、環境とか地域のこと考えてるか、わかるってもんだわ」 掃部先生が一目置くだけのことはある。チーフはなかなかのやり手である。
 それはいいのだが、一人だけ徒歩、というのがちと冴えない。「えーっ、私、走るのイヤ」
 そこは先輩思いの後輩。
 「はいはい。これ貸しますから」
 「ラッキー! これ乗ってみたかったんだぁ」
 「先輩、壊しそうだからなぁ」
 「それ、出発っ!」
 やり手かも知れないが、茶目っ気もあったりする。これも櫻の影響だろうか。
 電動アシスト車の文花、RSB(リバーサイドバイク)の初音、酷使の跡が窺える自転車は八広。あとは普通の自転車が三台。アスリートの南実は「そのお店まで、1kmないでしょ? 楽勝、楽勝」と軽快に駆け出す。七人が向かう先はいつものカフェめし店。だが、ちょっと待てよ。
 「干潟の下見、先にしましょう」 櫻リーダーからもっともな提案がなされる。少々遠回りになるも、とにかく下見!なのである。
 各人各所、干潟を巡視した直後だけあって、思いもひとしお。彼等にとってのフィールドである干潟がどれ程のものか、すぐにでも見たいという気持ちが高まる。が、同時に、増水禍を見るのが怖い、という気持ちも。いやいや、来るべき一般参加型クリーンアップに向け、ここは入念にチェックしなければ。
 同じ惧(おそ)れでも、この人の場合はちょっと違う。「ハハ、魚が打ち上がってたら、どうしよう...」 別の心配が先に立っている。今はただ、陸から一望するばかり。水際に近寄らなければいいのである。
 「思ってたよりもマシじゃない?」
 「文花さん、それがそうでもないんですよ。ホラ、あっち」
 「あちゃー」
 干潟面は事も無げだが、その崖上だったり周辺だったり、つまり「上陸ゴミ」が只ならぬ様相を呈しているのである。目立つものでは、大小様々なベニヤ板、灯油容器、給水用のウォーターサーバ、簡易打上げ式花火のセットが入っていたらしき大きな円筒缶、そしてどこかのスーパーの店内用カゴ... 干潟ではこれまでお見かけしなかった珍品のオンパレードである。斜面のヨシ群も上の方から横倒しになっていて、増水時の水位を身を以って示している。そこには拉(ひし)げたビニール傘が挟まっていたり、各種プラ袋が絡まっていたり、よく見ると枯れ枝の束も横たわっていて、さらにはいつもの常連ゴミの姿も。時折、ガサガサと音を立て、存在を誇示してくる。プラスチック系が目立つが、己の軽さに反比例して、その雑音は重く、叫びのようにも聞こえる。一同、沈思黙考の図となるも、それぞれに思いを深めるにはいい機会となった。

(参考情報→台風9号後の漂着ゴミ

 南実はそろそろと干潟へ下りていく。
 「今ちょうど退いてきた時間ね」
 「小松さん、それ何ですか?」
 初音は研究員の所持する手帳が気になる。
 「潮時表っていうの。荒川標準てのはないけど、東京港の干満時刻がわかれば、だいたい察しがつく訳」
 「こういうのも気象要素の一つスよね?」
 「そうなのよね。ふだんはあまり意識しないけど」
 現場では本当に学ぶことが多い。天気と気温は基本だが、川の汚れ具合、水位、そして干満。これらを総合することで、気象の因果、大気と川の関係性、さらには流域環境予報のようなものが導けるような気がしていた。初音の社会勉強は深みを増しつつある。
 思索家の八広、画家の蒼葉、この二人は表現者として何かを思い描いているようである。彷徨しては立ち止まり、というのを繰り返す。

 「こりゃ、人数要るわぁ」
 「一般参加、解禁ですね」
 「榎戸さんの情報誌にも載せてもらいますか」
 文花、櫻、千歳の三十代トリオはすでに協議モードに入っている。続きは皆でカフェめしをいただきながら、と。
 「あ、写真撮らなきゃ」
 「私もバックアップしまーす」
 そんな二人の撮影係を見ながらチーフは呟く。
 「やっぱいいわね、あの二人。週一度なら、職場仲間ってのも許される、かな?」
 策士文花は確実に何かを企んでいる。お節介ともとれそうだが、あくまでセンターのことを慮(おもんばか)っての一計のようだ。と、その時、
 「先輩、これ見て」
 後輩がケータイで撮った何物かをお目にかける。
 「キャー!」
 それは潮が退く途中の干潟水面に出現したコイ(?)の雄姿であった。大きな魚はまだまだ苦手のご様子。
 「それって、先輩イジメじゃないスか」
 「こうやって慣れてもらわないと、本番の時困るでしょ。先輩想いって言ってよね」
 南実としては、下見、即ちリハーサル、ということらしい。

 十三時近く、七人の団体様がカフェめし店にやって来た。いつもは店員を務める初音も今日は非番なのでお客扱い。それでも大事なお客様は自分で接遇しようということで、レジに回る。満席に近い状態だったので、他の店員はバタバタ気味。「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ!」 店員初音はここぞとばかりにお姉さん方にアピールする。晴天も手伝って、その接客態度は実にしなやかで良好。ここでは別人(こっちが素性?)になる、ということを存ぜぬ文花、南実、蒼葉はキョトンである。櫻、千歳、八広は勝手知ったる何ぞやでさっさとお気に入りメニューを頼んで、奥の円テーブル席へ。打合せ場所として事前に予約しておいた訳だが、来店人数は乗船人数から数人引く程度という初音の読みはピッタリ。七人が囲むテーブルとしてはちょうどいい大きさである。

 迷える女性三人は、店員から説明を受けながらようやくメニューを決め、すぐに食べられる状態あり、番号札あり、と各々異なるトレーを持って席に着く。七番目の客は、自分用の気まぐれプレートとともに、大皿のサラダを持って来た。
 「ご予約のお客様向け、サービスです。お召し上がりくださーい」
 夏野菜をはじめ、色とりどりでイイ感じ。六人は歓声を上げつつ「いただきまーす!」といいご発声。
 「初音嬢、ここのお野菜って有機?」
 「えぇ。できるだけ地場に近い農園から買い付けてるって聞いてます」
 「持ち込み野菜ってアリかなぁ。うちのもそれなりに気は遣ってるんだけど」
 「貸切で何かやる時とかなら...」
 文花は、また何かを思いついたらしく、野菜を頬張りながら頷いている。櫻がそこで絡む。
 「文花さん家の野菜って、大雨とか台風とかでどうかなっちゃったんじゃ?」
 「手塩かけてますからね。そう易々とはダメになりませんことよ」
 「手塩って言うか、お節介なだけなんじゃないですかぁ?」
 「お節介くらいでちょうどいいのよ。ねぇ?」
 と周囲を見渡すも、どうも同調する空気が感じられない。
 「いいわよ。持って来ても食べさせてあげないから」
 お時間をいただくメニューが来るまでのつなぎにしてはゴージャスな一皿である。自然と笑みがこぼれるが、文花と櫻の漫談は皆の笑気をさらに高じさせて止まない。サラダに「華」を添える二人である。
 ピザトーストが運ばれてきた。大きなトマトの輪切りが乗ってたりして、ヘルシー感あふれる一品。「ここのメニュー変わってて、つい目移りしちゃったけど、私的にはこれアタリ」 南実の分がそろったところで、ポツポツ打合せに入る。こういう時の進行役は、年長のチーフに委ねる。
ふ「募集をかけるのはいいとして、あんまり人数多くなっちゃってもねぇ」
八「増えた時点で会場を分けるってのはどうスか?」
さ「それなら最初から振り分けた方がいいかもね」
ち「どこでどう分けるか...」
ふ「干潟チームと陸上チーム?」
あ「何かの競技みたい」
み「あぁ、いつもの干潟の下流側にもプチ干潟ありますよ」
ふ「じゃ、そっちを第二会場にして、『情報誌見た』組にしよっか」
 初音も打合せに加わってはいるが、本来のお客様の飲み物のお代わりだなんだで気を回しているため、落ち着かない。
さ「情報誌って、持ち物も載せる形になってましたよね」
八「軍手、レジ袋、濡れてもいい靴、帽子、飲み物... あと、何だっけ?」
あ「筆記用具は?」
ふ「センターの備品、出しましょうか。でも、ケータイで直接打っちゃう、かな?」
さ「一応、データカードとクリップボードはあった方がいいでしょ。ボールペンは記念品として渡してもいい訳だし。備えあれば何とやら」
 情報誌担当者は今頃スタンバイモードの筈なので、とにかくどう載せてもらうか、の議論を先行させる。
ち「読者層から考えて、お子さんばっかりってことはないだろうけど、家族で参加する人もいるだろうから、持ち物の他に注意事項もしっかり載せた方がいいかもね」
ふ「未就学児童ご遠慮とか、お子さんだけの参加はNGとか、ってこと?」
八「一応、監視役しますけど...」
さ「水の事故って有り得ますね。監視はもちろん大事だけど、いかに事故を防ぐか、でしょう」
ふ「今日下見した限りでは、何とか無事そうだったけど、南実ちゃんどうだった?」
み「下りちゃえば平気だけど、途中の斜面ていうか、段差ですよね。下りる時に誰かついてればOKかなって感じ。小学生以上なら...」
 ここで初音がようやく入ってくる。
 「その役、私やります。子どもに近いって意味でも」
 「それはごもっとも。初音さんなら、安心ね。まぁ、蒼葉もまだ子どもみたいなとこあるけど」
 「あら、私はずっと青葉さんですからね。若々しくていいでしょ。誰かさんみたいに散ったりしないもん」
 「言ったなぁ!」
 という訳で、受付は二手に分け、情報誌組は、専ら大人中心。家族連れの場合は、基本的には親御さんに安全上の注意をしてもらうも、八広が監視なりフォローに入る。人数にもよるが、プチ干潟の方も視野に入れ、その第二会場には千歳がリーダー、冬木はサブリーダーと仮に決めておくことにした。いつもの干潟の方は、小学生以上を受け付けるも、初参加の方は干潟面にはあまり誘導せず、主に陸上をやってもらうという案がまとまった。ただ、活ける教材である干潟を紹介しない手はないので、安全の確認がとれたら、降り立ってもらう、というオプションも設定する。何だかんだで十四時。文花はここで席を外し、情報誌担当に連絡を入れに行く。引っ込み思案でも何でもない、堂々たる物腰。「そんじゃ、ビシっと話してくるわね」
 「魚が出てきても、あの調子だったらいいんですけどね」
 そんな文花が食べていたのは、週替りの「サーモンマリネ丼」である。

 「はい。Edyです」
 「あ、榎戸さん。higata@ではお世話様。矢ノ倉です。お話しするの初めて、ですかね」
 さっき話し合ったことをざっと伝えるものの、どうも相手の反応が思わしくない。
 「え? すでに流れちゃった、ですって? フライングじゃないの!」
 「いえ。詳しくはホームページで、ってしてあるので、先ほどのお話はそこで」
 「だって、誌面は誌面でしょ。当日参加OKってことになってるんだったら、尚更ちゃんと書かなきゃ」
 「いやぁ、こっちも切羽詰まってたもんで。あとでまたメーリスに最終形、お流ししますんで」
 「最終形って何よ。ちょっと!」

 この間、初音は厨房へ。残った五人は、店の出入口の方を気にかけるも、距離があるので様子はわからない。「いやぁ、やられたわ」 ヤレヤレ顔で戻って来た文花に千歳が問う。
 「榎戸さん、何ですって?」
 「たく、何がエディよ。どっかの電子マネーじゃあるまいし」
 話が見えないが、何か良からぬことが起こっていることはわかった。誰かがうまく聞き出さないと、文花だけに「噴火」しそうな勢いである。この時、厨房では、
 「ありゃ、パンケーキはじけちゃった。これが本当の『パン』ケーキ、かな?」
 何かを暗示するようなプチアクシデント。だが、決して笑えない。

さ「フライング、ですかぁ」
ふ「やっぱ、広告代理店系ってダメねぇ。自己都合で走っちゃうんだから」
み「まぁ、今回は掲載不可って話じゃないんだし...」
ふ「不可って話になってたら、どうするのよ! これは信用問題。あぁ、頭来ちゃう」
ち「メーリングリストでそこそこ詰めてたから、大丈夫だと踏んだんでしょう。ま、その最終形とやらを拝見して、こりゃあんまり、ってことだったら、今後は願い下げ、ってんでどうです?」
さ「あとはとにかく、そのホームページ情報の方をしっかりフォローするのと、当日受付を強化するのと、ま、こっちでできることを考えましょうよ」
八「そうスね。どんな案内が出るにせよ、物を言うのは『現場力』。それが試されるいい機会だと思えば... 経験者豊富なんだから、大丈夫っしょ」
ふ「現場力かぁ。いいこと言うじゃん」
 年長者ゆえの責任感か、激しい一面を見せた文花だったが、櫻がうまく取り持ち、この八広のまとめにより、一件は収束に向かう。
 「皆さん、お待たせしました。ちょっと早いけど、おやつの時間ですよ」
 男性二人は丼、千住姉妹はデニッシュプレートを食べ終えていたが、文花の丼、南実のトーストはまだ少々残っていた。議論に熱が入ると食事がそっちのけになる、というのは研究機関関係者の特性なんだろうか。ゆっくり食べるというよりも、単なる食べそびれ。おやつが出てきたところで、あわただしくパクパクやっている。これはスローフードとは言えない。
 「それじゃお先に」
 「いただきまーす!」
 櫻と蒼葉が唱和する。この辺の呼吸の良さは姉妹ならでは、か。大皿には七枚のパンケーキ。ハチミツ、ジャム、ホイップクリームが別に添えられ、好きなように試せる。
 「あ、飲み物、お代わりお持ちしますね」
 「まぁまぁ、初音さん。お熱いうちにどーぞ!でしょ?」
 客は一様に美味しそうに食べている。それだけで満足だったが、自分でも同じシチュエーションで食べてみないことには、である。
 「ヤバイ。美味しいかも」
 ここでのヤバイの意味は、アラウンドサーティーまではわかっていたが、年長さんには理解できないようだった。
 「え、どっちなの?」
 「文花さん、それって天然?」
 「天然? パンケーキのこと?」
 「ダメだ。本当に天然ボケだわ」
 和やかな時間が流れていく。パンケーキはその名の通り、場をパン!と盛り上げるのに一役買ったようだ。

 同じ頃、資料館をひと通り見学した若いお二人さんは、ロビーで休憩中。六月は、リュックからある品を取り出す。
 「あのー、これ」
 釜めし店の袋に入っていたのは、釜めしの容器。ご丁寧に購入時同様、ヒモで結わえてある。
 「へへ。これ欲しかったんだ。ありがとう」
 「でも、何に使うの?」
 「お姉ちゃんとこで、釜めし作ってもらおうと思って」
 「釜めし? カフェめしじゃなかったっけ?」
 「あ、もう一つのミッションは?」
 「忘れてもうた」
 周到な六月君に限って、そういうことはない。小梅は首を傾げるも「ま、これ重いのに持って来てくれたんだもんね」と満足そう。川の流水模型を試しながら唸っていた湊だが、同様に満足げな顔で戻って来た。
 十五時、父と次女は家路につく。少年は再び上階へ。流域の大地図を見つつ、今日の巡視ルートを確認している。「千住桜木、オイラも行こっと」 六月にとっての秋はやっぱり行楽のようである。

 さて、残る議題は、天候判断、タイムテーブル、より詳細な役割分担、といったところ。結構ロングラン状態になっているが、まだまだこれから、である。
 「弥生さんにショートメール入れます。八時にモノログ掲示板に載ればセーフ、スよね?」
 「万一、雨天の時は翌週、それとも翌日?」 ハレ女さんが心配する。
 「いろいろ準備したものがすぐシフトできるって意味じゃ、翌日の方がいいんじゃない?センターも休みだし」
 「じゃ、その辺も開催予告に載せときましょう」
 実施手順はhigata@上の議論で練ってあるので、あとはそれを時間軸に落とし込むだけ。だが、
 「ま、あんまりスケジュール固め過ぎちゃっても何だから、あくまで目安ですね」
 当日はコーディネート役だが、タイムキーパーも兼ねる都合上、櫻としては余念がない方が安心なのだが、あえて緩やかに設定した方が身動きがとりやすい、という経験上の判断が働いた。会場設営の案が今日まとまったことを受け、次はタイムテーブルの素案作り。役割分担もそこに盛り込もうというのが櫻の発意である。
 船で配られた流域地図の裏が白紙だったので、そこに線を引き、ワイワイガヤガヤと時間割を埋めていく。参加者数にもよるが、レクチャーをどこまで充実させるか、が論点となる。
 「タイムテーブルと注意事項は、模造紙大にでもして掲げるとわかりやすいでしょうね。その説明は私がするとして、あとは『ゴミと生き物』とか『漂着ゴミの実状と課題』とか、『なぜ』の部分...」
 「僭越ながら、小松南実が担当ってのはどうです? 解説用のフリップもあるんで」
 何だかすっかり頼り甲斐のある好人物になっている南実嬢。千住姉妹が警戒心を解くのも尤(もっと)もである。
 「時間があれば、実地研究?」
 「いえ、手が空いたらゴミの相談係しながら、手伝いますよ」

(参考情報→クリーンアップイベントでの掲示例

 higata@メンバーで今のところ出欠不明なのは、業平と舞恵。分担もまだ決まっていない。
 「Go Hey君は実機のテストもあるからきっと来るでしょう。少々頼りないけど、粗大ゴミ専任てとこでしょうかね?」
 「ルフロンにはあとで聞いときます」
 「え、何? フロン?」 文花の天然が始まりそうだったので、ここは蒼葉がフォローする。舞恵からは自己紹介メールが流れてはいたが、あっさりしたもので、当然呼び名についての説明なんてなかったものだから、疑問に思うのも無理はない。
 「『まえ』でle frontねぇ。彼女のメアドの理由がわかったわ。私もそういうカッコいい呼び名考えよっかな」
 「やっぱり『ふみふみ』でしょう」
 「先輩、昔は『おふみさん』て」
 「生きていたとは~、知らぬ仏の『おふみさん』てか」
 「八広氏、何でそんな懐メロ知ってんの?」
 当人は正に知らぬ某で冷めた珈琲を啜(すす)っている。「いいわよ。隅田さんも『おすみさん』にしちゃうから」
 文花は何だかんだで人気者である。笑いを誘っておきながら、すまし顔。そのさりげなさが人気の秘密のようである。

 「そうだ、いいもの持って来てたんだ♪」
 一同の衆目が集まる。ここからは余興である。
 「おすみさん、手伝って」
 「櫻さん、あのねぇ」
 「いいからいいから。こっち半分、隠しといて」
 画用紙を丸めたものを取り出すと、左半分が見えないように、さっき使った白紙で隠すよう指示が出る。
 「では、皆さんに問題です。こっちに書かれたこの数字、実は五月から九月までのクリーンアップで調べたゴミの集計数だったりします。干潟ゴミ ワースト10。わかるかな?」
 ワースト10:五十三、9:七十六、8:八十三、7:八十七、6:九十六、5:百四十七、4:百七十、3:二百二十七、2:三百四十一、ワースト1に至っては何と四百八!
 「データカード対象外品目が二つ入ってます。あと、レジンペレットは別枠です」
 「櫻さん、上位十品目でこんな数字になってるってことは、全体だといったい?」
 「確か二千二百くらいだったかな」
 「チリも積もれば、じゃないけど、要するにその数、数えたってことよね」
 「これも皆さんのご協力のおかげ。その成果を分かち合おうって企画です」
 選択肢がないと難しいところではあるが、下から順に当ててもらうことにし、何とか、紙パック飲料、缶、ホース(被覆)類が出た。カード対象外品目二つがネックだったが、見慣れているせいか、案外すんなり出たので出題者は拍子抜け。だが、難しいのはここからである。
 「あとは目に付くのを言っていけば当たるんでしょうけど、せっかくランキング形式にした訳ですから。では、蒼葉クン、第七位どうぞ」
 「雑貨じゃないの?」
 「残念でした。それは十一位。おふみさん、わかりますか?」
 「当たったら何かもらえるの?」
 「ハズレたら罰ゲーム!」
 「何よそれ」
 こんな調子じゃいつまで経っても終わらない。とにかく、タバコの吸殻、レジ袋系、と出て、残すはワースト五品目。
 「ここからは、すでに名前が挙がったものもあるので、皆さんお手持ちの紙に書いて当ててみてくださいネ。制限時間は二分、かな? ご参考までにデータカードの見本、回しまーす」
 「なぁーんだ。早く出してよ。櫻姉!」
 「頭のトレーニングよ。これがあるとかえって迷うでしょうし」
 十六時近くになり、正解が発表される。
 「ピタリ賞はいませんでしたねぇ。惜しかったのは小松さん?」
 「ペットボトルが四番目だったんですね。発泡スチロール片の方が多いと思ったけど」
 「いや、隠れてる分もちゃんと数えると変わるかも知れないです。ワースト1から3が合ってれば、大したもんだと思いますよ」
 「でも海ゴミとは微妙に違うのね。より生活感があるっていうか」
 概ね好評だったので、十月七日当日は、アトランクションとしてこのクイズもやることになった。選択肢を用意して、ワースト7を当ててもらう、そんなイメージである。
 ふと八広が疑問を投げかける。
 「二回やってみて思ったんスけど、その起源別ってイマイチ伝わりにくい感じしません?」
 「これが世界共通らしいから、とりあえずそのままだったんだけど、言われてみると確かにね」
 「他には、可燃・不燃・資源の別、素材別、品名の五十音順、いろいろアプローチはあるみたいだけど」 情報源さんが応じる。
 「いずれにしても、子どもにとっては難しい面もあるだろうね。形状別→素材別だと、わかりやすいかな?」 これは千歳の発案。
 「データカードも併用するんだったら、そのモノのイラストをちょこっと入れると直感的に把握できるようになるかも。破片が悩ましいけど」
 「とりあえず当日はケータイ画面をメインで使って、カードは予備かな。品目の配列については、またじっくりhigata@で議論...」 と言いかけたところで、櫻は初音に目を向ける。
 「初音さんもメーリングリストに入ってもらえればいいんだけど... 受験生に負担かける訳にいかないもんね」
 「弥生さんと適宜やりとりしてますから、大丈夫ですよ。受験が落ち着いたら、ぜひ!」

 こうして午後の部は終わりを迎えた。文花と南実は居心地がいいからとか言って、二人席に移って珈琲タイムを続けている。当店はカフェなので、カフェオレの他、カフェラテ、カフェモカなどもあるが、お代わり可能なのは、普通のコーヒー(Hot or Ice)とティーのみ。長居を想定して、アイスとホットのコーヒーを頼んでいた二人は、お代わりしながら交互に飲み比べをしている。研究者というのは何事も研究熱心なものである。
 「すっかり長居しちゃって。でも助かりました」 初音に一礼する千歳。
 「いえいえ。今日はパンケーキの試食会も兼ねてましたから。モニターさんにはサービスしないと」
 「じゃ初音さん、あれメニューになるの?」
 「週末のティータイム限定で、枚数も限定。でも、ネーミングが...」
 ネーミングと来れば、この人。
 「『初姉の気まぐれパンケーキ』ってのはどう?」
 八広案の採否は不明だが、十月からは新たなデザートメニューが加わることはほぼ確実(いや、それこそ気まぐれ?)、乞うご期待である。
 日中は暑かったが、この時間になるとさすがに風は秋の涼気を含む。八広は商業施設の送迎バスルートに沿って帰って行った。千歳は姉妹としばらく並走していたが、途中で折れる。「では、櫻姫、蒼葉姫、また!」 妹がいる手前とは言え、秋風のようにクールな彼であった。

 橋に出るまでの坂道を、自転車を押して歩く姉妹がいる。
 「千さん、帰っちゃったけどいいの?」
 「いずれ、お招きいただくことになってるから、今日のところはいいんだな」
 「それはそれは。ところで姉さん、眼鏡だけどさ...」
 「まだ外しちゃダメってか?」
 「今日はハラハラしちゃったわ」
 「千歳さん、どんな顔するかなぁって」
 「そういうお楽しみはとっておかなきゃ」
 眼鏡をかけているのは、近視の他にも何か理由がありそうである。

 もう一方の姉妹は、釜めし容器を前にしてちょっと盛り上がっている。
 「六月クンたら、切符がどうのって自分から言っといて、忘れてもうた、だって」
 初音はぼやく小梅をなだめつつ、ヒモを解く。
 「あれ?」
 「あ、何これ?」
 小梅が取り出したのは、硬券切符二枚。
 「大金<=>宝積寺だって。どこだろ?」
 「メモが付いてんじゃん。『お姉さんと分けてください』だって。いい子だねぇ」
 「合格祈願とはちょっと違うけど、縁起良さそうだからいっか」 なかなか手が込んだことをする小学六年男子なのであった。勿論、自分と実姉の分も忘れてはいない。ちゃっかりしている、といった方がいいか。