2008年2月19日火曜日

33. ショーの続きと終わり


 さて、プチ干潟担当の情報誌チームの方は中途参加組を含め、二十余名の一大グループになっていて、現場力が否応なく問われようとしていた。千歳流プロセスマネジメントは機能するのか、本人にとっては期待半分・不安半分といったところである。掃部先生に随行してもらっているので心強いが、元気がいい小学生が数人いるのが一寸(ちょっと)悩ましい。
 下流側の干潟を知る先生は向かう途中で何かを思い出したようにバイクに戻ると、見覚えのある機材を片手に早足でやって来た。一行の行く手にはキンエノコロやチガヤが生い茂り、水際に通じる細径(ほそみち)を阻んでいる。そのまま行けなくもないのだが、草に足を取られて転ぶ可能性もあるので、刈れるところは刈ってしまおうということらしい。細径の脇には生気の褪せたヨシが群れて斜めになっているので、そっちを重点的に刈りながら進路を拓いていく。子どもたちは親御さんに制されながらも物珍しそうに草刈り機の動きを目で追っている。関心を誘うものがこのようにあれば、キャーキャーやることもない。出来立ての草分け道を行儀よくそろそろと歩いていくばかり。
 刈った直後の草の匂いは何とも言えぬ味わいがあり、深呼吸すると不思議と平穏な気分になる。このまま穏やかな感じでクリーンアップが済めばいいのだが...

 全員が降り立つには干潟は狭い。だが、狭いながらにゴミはそれなりに散在しているので、高密度状態になっている。緩やかな崖地では横倒しヨシがギシギシと音を立て、袋に限らず、ヒモやらハギレやらが絡まっていたりする。どう手分けするか... 最初の問いに直面する千歳である。
 「お子さんはお父さんお母さんと一緒に、あちら(上流側)の平たい干潟をお願いします。グループ単位でいらっしゃってる他の皆さんは下流側の細長い干潟の方、個人参加の方々はヨシの根元や枝に付いているのを無理のない範囲で、ということで...」
 初音はいち早く干潟に下り、子どもたちを無難に誘導するも、そこから先の行動までは留意しきれなかった。川に浮かぶような状態で露出していた目先の積石にカルガモが羽を休めているのを少年の一人が目に付ける。声をかける間もなく少年は駆け出す。だが、思いがけない干潟のぬかるみに足を掬われ、呆気なく転んでしまったではないか。カルガモはその場を離れる。少年は泣き出しこそはしなかったが、その場にうずくまる。あっという間の出来事に他の家族連れもしばし呆然。
 少年の母親は、叱るでも案じるでもなく、ハンドタオルを取り出して黙って膝の泥などを払っている。
 「大丈夫、ですか?」
 初音が丁重に声をかけると、「いつものことなんで。いい薬になったでしょ」と、母親は軽く受け流してくれた。親の出方次第ではひと悶着も有り得なくはなかったが、まずは一件落着。千歳が遅れ馳せながら顔を出す。おなじみのバケツに水を汲んで持って来ていたのが、ここで役立った。注意事項の中にはさすがに「干潟で走ってはいけません」というのはなかったので想定外ではあったが、この常備品で何とかカバー。これで擦過傷(スリキズ)でも負っていたら、冬木のケータイで文花を呼び出すところだが、それには及ばなかったので何はともあれ、である。
 少年のこの転倒は実は大きな意味があった。転んだ際に手をついた目先には、何と注射器が。キャップが付いた状態だったのでまだ良かったが、これで針が露わで、手がそこに伸びていたら... 考えただけでゾッとする。奇しくもケガの功名、いや、転んでも只では済まぬ何とやら、となった次第だが、これには母親も驚きを隠せなかった。それでも、「これは確かにクリーンアップしないといけないですね」と努めて冷静に一言。当人はすっかり恐縮しながら手を拭いている。
 「よく見つけてくれました。どうかこれに懲りず、引き続きよろしくお願いします」
 萎縮されてしまっては元も子もない。転倒の功をさりげなく伝え、少年を元気づけてみるのであった。
 こういう時、漂着ゴミというのは有用である。空のペットボトルならいくらでも転がっている。ラベルが剥がれたボトルを手にすると、千歳はその物騒な一本を格納してフタをする。危険ゴミサンプルの出来上がりである。

(参考情報→注射器も漂着?

 これが教訓となり、千歳は他に危なっかしいゴミがないかチェックしながらプチ干潟の巡回を始める。チーム榎戸はと言うと、受付係の女性とロジ係の男性が下流側で参加者に交じっているのが救いといった感じで、撮影係は今ひとつ動きが緩慢、チームリーダーの冬木に至っては、デジタルオーディオプレーヤーの録音機能を使って、特に家族参加者に対してインタビューを試みたりしている。もともと自前でクリーンアップをするつもりだったくらいなので、何らかの企画というのがあったのだろう。情報誌においてイベントレポートを掲載するのは至極当然。媒体こそ違えども、その辺の心得は千歳にもあるので、まぁ大目に見ることにした。当エリアはあくまで情報誌読者が中心でもあるし。
 いや待てよ。読者とともに創る行事というと聞こえはいいが、どうなんだろう。生の声を聞いて悪いことはない。だがそれは、活動に支障をきたさない範囲で、という条件つきであることは心したい。冬木はどこまでわかっているのやら... それが心配になる千歳であった。
 動画はいいから、とにかくスクープ系のゴミを撮影するよう、緩慢カメラマンに指示を出しながら、参加者に声をかけて回る千歳リーダー。冬木の取材のおかげでクリーンアップに身が入らないご家族参加者の傍らで、比較的おとなしくゴミ拾いに勤しむ子どもたち。初音はバッチリ目を光らせつつ、大波小波にも注意を向けている。空を睨(にら)む時と同じような表情なので、冬木はインタビューしたくてもできない様子。さっきから何となく遠巻きにしている。するとブログチーム会場を騒がせたと同じ巡視船が走り抜けて行った。
 「あっ、波が来ますよぉ!」
 業平が叫んだ時はイマイチ効き目がなかったが、初音のこの喚起はバッチリ。一斉に崖側に退避して、波を見送っている。水位の変化は、少年が転んだ跡を含め、皆々の足跡を波が消してしまったことからも明らか。波が収まってからは、俄然拾うスピードが速くなる。これは、取材が中断したから、ばかりではない。干潟面積が徐々に狭くなっていることを実体験したから、である。百見は一実感に如かず、体験は人を変える、というのがよくわかる件(くだり)である。
 インタビュアー殿もこれでクリーンアップに合流か、と思いきや、今度は先生に話を伺うことを思いつく。ところが、
 「ま、話聞いてるシマがあったら、クリーンアップなさいよ。ホラ、あのお嬢さんだって、さっきから一人で力仕事してんだし」 とあしらわれてしまった。
 顎で示した先では、弥生嬢が蒼葉と同じような役回りを実践していた。斜面がなだらかな分、負担は少ないが、ゴミ袋を集積するのに都合のよい平地まで距離があるので、結構な運動量になっている。袋を空け、空になった袋を持って来ると、また新たな満載袋を手にバサバサ。冬木は「何事も体験」という業平の言葉を思い出し、渋々ながら袋の搬出を手伝うことにした。これでいいレポートが上がれば言うことないが。
 掃部先生は草刈り機でもって、横倒しヨシを刈り、吹き溜まりゴミを集めやすくしている最中である。足場が傾いているものの、ここはご自慢の蟹股が奏功し、抜群の安定感を見せる。その斜面には、先の波で何となく避難してきたグループが群を成している。下流側の細長干潟は、引き波でその表面を大きく洗われたものの、高低差と斜面があったので、辛うじて助かった感じ。ヒヤヒヤ続きの千歳だったが、ここで一旦小休止し、避難者に対し、警報の解除を知らせるとともに、次の手順説明に入る。
 「おかげ様でだいたい片付いてきたと思います。水位も上がって来たことですし、あとは先生に草刈りしてもらった辺りを重点的にやって引き揚げるとしましょう」

 同じ頃、上流側はと言うと、勢いに乗じてヨシの絨毯を撤去する段に入っていた。だが、思ったよりも水位上昇が緩やかと見切った撮影係は、「これぞ、ヨシの原っぱよね。ヨシヨシ」てな感じで悠長に構えている。先刻まで人を焚き付けておいて何だかなぁ、である。千と櫻の両想いを焚き付けたりと、点火系な役回りの南実ではあるが、ここで実際に火を放ったりしてはシャレにならない。だが、万一この原っぱに火が走るようなことがあったら... いつになく漂着ライターが多かった今回、これは決して冗談ではないのである。南実はそんな物騒な一品をまた見つけると、「川も例外ならず、いやこっちが発生源...」と溜息交じりにポツリ。海岸に漂着するライターは、川からだったり、他国からだったり、そんなことを思い返してみるのだった。

(参考情報→ライターを集めてみると...

 焼き払う訳にはいかないので、兎にも角にも次はヨシ原っぱの撤収である。前回・前々回に業平と八広のお手盛り工事で作った防流堤は、その効果が過剰覿面(てきめん)だったのかどうか、完全に原っぱの下敷きになっていて、姿形が見えない。この手の除去作業は男手中心ということで、業平は防流堤辺りの束をせっせとどかしている。手を休め、ふと左右の崖ヨシに目を向けると驚く勿(なか)れ、大方のヨシが横倒しになっていて、真っ直ぐに伸びている方が少なくなっている。さらにその横ヨシには袋ゴミが随所に引っかかってたりするから余計に哀れ。表立ったゴミという意味では、この袋類もカウント対象だろう。長身を活かし、時折ジャンプしながらそれらを取り除く業平。着地すると弾力を感じる。防流堤は板材なんかで強化してあるから、そこそこ厚みはある筈だが、その存在を感じさせない程、ヨシ束は厚く堆積していた。こうなると絨毯というよりもマットである。
 南実は、撮影係 兼 監視係をしている。ヨシ束の中継役もやっていたが、業平が大小の袋を手に上がって来たので些か拍子抜け。彼はそのまま分別コーナーへ。
 「蒼葉さん、これも」
 「あれ? 絨毯の下の分は数えないんじゃ...」
 「ヨシに引っかかってたんだな、これが」
 「ハハ、何かヨシってフィルターみたいね」
 干潟が水のフィルターだとすると、ヨシはゴミのフィルター? 捕獲装置と言ってもいいかも知れない。
 櫻は、運搬途中でこぼれ落ちるゴミを集めながら、除去後に出てきた深層ゴミにも着手し始めていた。ボロボロの袋類、個別包装の小袋、吸殻、そしてプラスチックの粒々など。これらをカウントに加えると、南実の言う通り収拾がつかなくなりそうなので、ぐっと抑えて別枠扱い。収集と収拾の両立を図るのもリーダーの大事なお役目である。
 業平が防流堤の内側に滞留していたペットボトル類を拾い上げると、いつしか干潟表面はほぼきれいサッパリに。学生諸君は内輪で盛り上がっている。すると、そんなはしゃぎ声など何食わぬ顔で珍客が飛来。薄汚れた感じのドバトである。何を捕食するつもりか定かでないが、久々に露わになった干潟を嘴で突っつきながらチョロチョロしている。間違えてレジンペレットなどを摘(ついば)まなければいいが、と案じる向きもあるが、この余興鳩に一同が和んだのは言うに及ばず。

 所変わればゴミ事情も変わるようだ。プチ干潟では注射器の他、家庭用電球、複数のレンガが繋がったような瓦礫、大きめの観賞用植物、物流用の木製パレットなど、初物がチラホラ見つかった。だが、こんなものでは済まない筈。人数が多かった分、総じて回収も早かったため、スクープ系を撮りこぼしてしまった可能性は大。弥生がバサバサやってくれた中にどれだけ珍品が混ざっているか、妙な期待が高まることになる。

 約二十名がぞろぞろと上陸し、初音、千歳の順で干潟を後にしようとした時、櫻のいいもの其の二、ホイッスルが吹かれ、その合図音はマイクを通じて鳴り渡った。
 「十一時? 早っ!」
 膝上までのチュニックをひらつかせ、初音は駆け出す。一瞬ギクとなる千歳だが、ちゃんとレギンスなるものを穿いているので、心配はご無用。これぞ初音流のクリーンアップスタイルなのである。そんなヒラヒラと秋風が重なる。詳しい名前は後で先生に聞くとして、複数種類のトンボと蝶がその風の中を泳ぐように飛んでいる。プロセスをあまり意識せずとも、場の流れの中で一定のマネジメントはできた。それよりも何よりも大過なくクリーンアップを終えられたことが何より。安堵感に包まれる千歳にとって、秋風はただただ快かった。

 だが、そうも言ってられないのが現場である。三つめのエリア担当、陸上ゴミチームが大いに苦戦していたのである。若い二人はスタッフ任命されて張り切っていたのだが、例の塊はまだしも、大物ゴミに手が出せず、あえなく頓挫。一大ネックとなったのはベニヤ板であった。大きいのが何枚か見つかり、その下にいろいろありそうだったのだが、結局手付かず。ここのチームに加わった飛び入り組は何をしていたかと言えば、崖上の堆積ゴミからカウントできそうなゴミを掘り出すのが関の山だった。飛び入り参加者は少人数だったので、各人の判断で動いてもらえばいいと思っていたのだが、それでは不可(いけ)ない。相応のコーディネートは常に必要なのである。急遽、監督者となった永代だったが、マムシに腰が引けたか、そうしたお役は十分に果たせなかった。近くにいた文花もクシャミが収まるまでに時間がかかり、あまり加勢できない有様。会場全体のコーディネートが不足していた観は否めない。

 櫻と千歳は申し訳なさそうに、陸上チーム各員に頭を垂れつつ、若い二人にも労(ねぎら)いの言葉をかける。これはタイムテーブル立て直しか、と雲行きが怪しくなった時、詰所方面から少年野球チームがこちらに向かって行進してくるのが見えた。さらにその後方からはRSBタイプの真新しい自転車に乗って、長身の男性が走ってくる。少年野球ご一行を抜き去ったところで、その人物は判別された。
 「須崎さん、やっと来たワ」
 文花の嘆声に、櫻と先生がまず反応。今日ここにいるhigata@メンバーも(冬木を除き)一度は顔を合わせているので、「あぁ」とか「おぉ」とか声が出る。リリーフ役と映ったか、タイミング的には絶妙だったようだ。
 永代は初顔合わせかと思いきや、
 「須崎、って辰巳さんのこと?」
 「あら、何でまた?」
 「ダンナの学友なンだワ」
 こうしてまた新たな再会の場が供されることになる。情報通の文花と云えども、そこまでは存じてなかったので、自分で招いておきながらもサプライズを食う。
 「辰巳さん、お久しぶりね」
 「エッ、何で堀之内さんがここに?」
 どうもこの二人、過去に何かあったような印象を受ける。文花はちょっと穏やかではない。

 一般参加者がいる手前、このまま暫し休憩時間という訳にもいくまい。何しろ「単なるゴミ拾いではない」ことを実証するため、とにかくブログチームと情報誌チームの分だけでもカウント作業に入りたいところである。そんな中、初音は接近して来る父君を避けるように、
 「じゃ、お店で待機してますんで。今日は何人いらっしゃいますか?」
 今のところハッキリしているのは、女性三人、男性二人か。他はそれぞれ予定がありそうなことをのたまう。そうこうしているうちに、野球チームの監督さんが到着。開口一番、
 「おぅ初音、これ持ってきてやったゾ」
 「いけね、つうか、サンキュね」
 河川事務所特製シールである。これがなければどうなっていたことか。姉に代わり、妹が受け取り、「へへ、これが目に入らぬか、って」 六月と小芝居を演っている。
 櫻はマイクをとると、
 「援軍が駆けつけてくださいました。えっと、チーム名は...」 小梅は芝居を止め、恥ずかしそうに小声で伝える。
 「ヘ、トーチャンズ? ハハ、石島監督含め十三人、『トーチャンズ13』の皆さんです。拍手ー!」 どっかの映画か何かで聞いたような名称である。会場が何となく沸く中、進行役の櫻はタイムテーブルを見ながら、
 「ちょっと押せ押せになってますが、今から二十分程度で分類とカウントを... 一応、これを配りますので、品目を確認しながら数えてみてください」
 学生諸君やご家族参加者など、上流側・下流側でそれぞれ二セットずつ、データカード&クリップボードが渡される。
 「で、トーチャンズの皆さんは陸上ゴミの続き、で大丈夫?」
 六月が手を挙げ、早々と一群を率いて、大物ゴミのある先へ向かった。六年生の貫禄に加え、現場を知る者ならではの威厳すら感じさせる。取り残された監督は隙があったらしく、気が付くと清と南実に挟まれてバツが悪そうな状態。試合は午後からだが、トーチャンのいいとこ見せたろう、ってことで早めにやって来た。助っ人なんだからもっと厚遇されても良さそうだが、何故か肩身が狭い。
 この間、文花は後部座席からバスケットを持ち出して来る。
 「初音嬢、この野菜、今日でも使って。私はセンターに戻るからお店行けないけど、皆さんに召し上がってもらえれば...」
 「ありがとうございます! じゃ、代わりにこれ預かっててもらえますか?」
 「あら、いいわね」
 デジタル温度計である。只今の気温、二十五度。平年並みだとか。よく晴れていて、お天気お姉さんの表情も実に晴れやか。そんな初姉を拍手で送り出したかった櫻だったが、時すでに遅し。忽然と去って行ってしまった。仕方なく、ここでひと区切り。
 「では、十一時半になったらまた合図します。よろしくお願いしまーす」
 カウント作業の指揮は、上流側は蒼葉、下流側は弥生が執ることになった。データカード上でメモ書きしてもらって、「なぜ、こんなゴミが」とか「どうすればこうならずに済むか」とか話し合いながらケータイ画面に打ち込んでいく。実践型社会科学と言えなくもないこの作業。二人の学部生は今そこにある社会問題と向き合いつつ、解決策を模索しているように見える。ケータイによるデータ入力画面はその一助、参加者とのコミュニケーションはそのヒント、といったところか。

 少年チーム13人は面白いように大物を運び出してくる。少年野球と言えば、チームワーク。それが機能しているのに加え、六月のコーディネートが冴えている証拠だろう。一人では困難だったベニヤ板も複数男子の手にかかればお手のもの。試合前にクリーンアップでひと汗、というのもアリなのである。
 陸上の堆積ゴミについては今のところ分類どまり。そこへ大物の下敷きになっていた各種容器&包装類、スプレー缶、ボトル缶、食品トレイ、プラスチック破片等々がそれぞれ選り分けられ、嵩を増していく。フタもいつの間にやら相当量になっていた。この調子だとカウント作業は間に合いそうにない。担任教諭の前で自由研究テーマの再現を図りたかった六月だったが、文花曰く「今日はさ、この後も時間とれるから、後でゆっくり数えよっ」... これで気が楽になった。目に付くフタを手にして、永代先生に解説し出している。
 「そうそう、フタを集めてるとこ、見つかったわよ。ちゃんと再生してくれるみたい」
 「フタのビフォー・アフターだね」
 「そ、アフターケアが大事ってこと」

 監督の次女、小梅は正に紅一点。腰を痛めたり、ケガをしたりしないよう、少年達に適宜声を掛けて回っている。多感な小学生諸君は、年長のお姉さんに羨望の眼差しを向けつつも作業に精を出す。小梅は早くもトーチャンズのマドンナ的存在となった。ピッチが上がる訳である。
 「昔はあの子、泣き虫だったのに。今はすっかりお姉さんね。見違えちゃったぁ」
 「永代も前はよく泣き言云ってたじゃない。最近はどうなのよ」
 「今はイジメもなくなったし、教室もキレイになったかな」
 この話の続きは閉会後に持ち越される。

 リリーフ役の辰巳は、師匠の指導のもと、ヨシの束を処理することになった。束を立てて、夾雑物(きょうざつぶつ)を振り落としてから、先生ご推奨の小道具、小型結束機で締めていく。今回は量が量なので、この場に放置しておくには忍びない。自然物ではあるが、河川事務所関係者がいる手前、一応搬出しやすい形態にしておこうということである。振り落とされた微細ゴミが気になる南実だったが、分類鑑定に付き合っているので、今のところは諦めている。データカード恨めしや、か?

 スクープ系を追う千歳は、木製椅子の座面、円筒形容器に入った綿棒セット、某ファストフード店の紙コップ、ジョウロなんかをご愛用のデジカメで撮っている。
 「千歳さん、いつもながら入念ねぇ」
 「他に何か気になるゴミありませんでした?」
 「あぁ、こんなん見つけましたよ」
 櫻が透明プラスチックの小箱を開けると、ミミズやらタガメやらを模した、いわゆる疑似餌が正体を現わした。
 「櫻さん、よくもまぁ。気味悪くない?」
 「最初はビックリしたけど、別に動いてる訳じゃないし」
 「こっちは、これかな」
 ペットボトルを手にして振って見せる。
 「えっ? 注射器、それに錠剤...」
 両者引き分け、といったところだろうか。そんなお二人の傍では、性懲りもなく冬木がインタビューを敢行中。撮影係は動画モードでその模様を記録している。当地でのクリーンアップの一つの特徴である、分類&カウントにしっかりスポットを当ててもらえているのなら、良しとしなければなるまい。
 業平は、ちゃっかり別行動に移っている。自前ノートPCを起動させると、スキャナをピカピカやり出す。現場で実機検証をしようという魂胆である。数え終わった容器包装系ゴミのバーコードにスキャナを当てると、とりあえず番号部分はPCにうまく記録されていく。蒼葉が不思議そうに覗き込む。
 「本多さん、番号だけで何か意味あんのぉ?」と尋ねるのも無理はない。
 「これでもちゃんと認識させるのに苦労したんだな。ひとまずデータを蓄積しといてまた考えるよ」
 何処で売られたものかがわかったりすると発生源対策につながりそうだが、このバーコードはトレーサビリティ用じゃないので残念ながらそこまでは行かない。

(参考情報→小型結束機 & バーコードスキャナ

 別行動と言えば、この人も同じ。トーチャンズ監督である。お目付け役の師弟男女に挟まれていたところ、まんまと逃れて、かつてない美観を取り戻した干潟を気分よく散策している。だが、どうにも怪しい。脆弱な崖部分とか横倒しヨシとかを眺めながら、「やっぱ、引き波禁止エリアにするよりは、いっそのこと粗朶でも並べて干潟保全した方がいいんじゃ...」 良さそうなことを言っているが、果たしてどうなのか。higata@メンバーが揃っている今日のような時ほど、協働協議に打ってつけなことはあるまい。課長の器量が問われる場面だが、億劫さの方が先に出る。と、プレジャーボートが猛スピードで上流に向け走って行った。ボートから発したうねりは波を作り、大きく小刻みに干潟を襲ってくる。石島課長への洗礼ともとれるが、実は逆効果だった。これが引き金となり、工事への意を強くさせてしまうことになろうとは...。
 「この一件は、内々で、と」 ドバトの耳には入っているが、伝書鳩、いや伝聞鳩って訳じゃないから、広報されようがない。

 一般参加者各位は、さすがに疲労の色も出てきたが、南実の鑑定や櫻のアドバイスが良かったようで、漂流漂着ゴミへの関心を程々に高めてもらえたことが、交わされる会話からもわかった。機に乗じて業平はスキャンしながら[プラ]識別表示の講釈なんかをやっている。
 「この表示が付いている以上、何らかの再資源化を考えてほしいもんですよね。でも、『可燃でいいや』って自治体が増えてるんだそうで...」 なかなかいい調子だったが、「あれ、バッテリ低下?」 USBスキャナというのは思ったよりもPC本体の電源を喰うようである。やむなくスキャナを停止し、手入力に切り替える業平であった。本人はトホホだが、この程よい哀愁は二十代の女性にはウケてたりする。データ入力&送信を終えた蒼葉と弥生は、嬉々としながら業平に視線を送る。その視線はスキャナほどではないかも知れないが、結構鋭く彼を捉えていた。社会科学的考察の一環、と今はしておこう。

 再資源化系と危険物の他、電球、電池、ライターも別袋を用意。まだ使えそうな品々も何となく除(ど)かしたところで、再びホイッスルが吹かれる。十一時半を回った。本日の櫻のいいもの其の三、成果発表&クイズの時間である。
 「皆さん、お待たせしました。集計結果がまとまりました。まず情報誌チーム...」 ケータイ画面でデータ確認モードに戻せばチェックできなくもないのだが、ここは敬意を表してデータカードの出番。ケータイではなくクリップボードを手に弥生が発表する。ワースト5:食品の個別包装(小型袋)/十五、ワースト4:発泡スチロール破片/十八、ワースト2(同数):フタ・キャップ&プラスチックの袋・破片/各二十八、ワースト1:ペットボトル/三十二、となった。小型袋は、食品の包装・容器に加味していいのだが、あえて分けてカウント。カップめんの容器も五つあったが、それも別にした。雑貨や紙類も具体的品目で分けたりしたため、ワースト6以下は、十個前後の品目がいくつも並ぶことになる。分散化傾向、つまり多種多数という実態がこれで浮き彫りになった。
 「では、モノログチーム、行きますよ。カウントダウン!」 妹に振ったつもりだったが、逃げられてしまったので、姉がそのままカウントダウン紹介する。
 対照的にいつもの干潟では、ワースト5:発泡スチロール破片/三十九、ワースト4:食品の包装・容器/四十、ワースト3:プラスチックの袋・破片/四十六、ワースト2:フタ・キャップ/五十、ワースト1:ペットボトル/五十二、といった具合で、常連ゴミが大勢を占め、偏重傾向が現われた。次点の小型袋は二十三、その次の飲料缶が二十と続く程度で、そこから先は十前後に落ちるのである。表層のみの集計なので、ヨシマットに紛れていた分を加算すると破片類が増えるなど、また違った結果になるのかも知れないが、基調が把握できればひとまずOKだろう。

(参考情報→2007.10.7の漂着ゴミ

 「素人考えですが、同じ干潟でも向きとか形が違うので、川の流れ方や潮の上げ下げも変わってきて... 流れ着くゴミも違ってくるのかなぁと、どうでしょうね?」
 「でも、ワースト5は似たり寄ったりだったでしょ? 総合的には実情をよく反映してると思いますよ」 専門家の見地から南実がフォローする。粒々を数えていないのが痛いところだが、レジンペレットはこれまでも別枠だった。今日拾ったサンプルを示して、
 「レジンペレットについては、数よりもまず、こうして漂流・漂着するという実態をわかってもらえれば、と思います。でも、数えるのが好きな方はあとで私と」
 南実はモテ系(櫻談)というだけのことあって、これで男子学生数人を助手に付けることに成功。閉会後のオプショナルイベントは今日も盛り沢山になりそうである。
 「という訳で、その粒々は対象外なんですけど、こっちの干潟でこれまで拾って調べてきた数をまとめてみました。今日の結果がヒントです。わかる人!」
 クイズのフリップを蒼葉の画板に挟むとややはみ出す感じ。ようやく人前に出る機会を得た千歳だったが、はみ出たフリップ係ってのもちと冴えない。まぁ、ここは進行役に委ねるとしよう。
 最初のうちはフリー回答。何番目は何?なんて野暮なことは訊かない。こういうのは子どもたちが得意なので、ドシドシ答えてもらって紙で隠してある品目を明らかにしてもらう。(これを「千と櫻の紙隠しクイズ」というかどうかは不明)

 順番はバラバラだが、「ワースト6:袋類/九十六、5:発泡スチロール破片/百四十七、4:飲料用プラボトル/百七十、3:ふた・キャップ/二百二十七、2:プラスチックシートや袋の破片/三百四十一」は子ども(&ファミリー)から答えが出た。残るは七位、一位である。
 「ワースト1は四百八個、今日は一位じゃなかったからわからないかな? じゃ...」
 いつの間にやら受付名簿を持って来て、指名し始める。会場は騒然となるも、これも櫻の計算のうち。指されれば何か話したくなるのが人のサガである。
 「はぁ、缶でございますか。昔は多かったと聞きますが、最近はねぇ... ちなみにワースト九位です。あ、そこのお兄さん!」
 こんな調子で、フリップを隠していた紙が外されていく。
 「という訳で、七位のタバコの吸殻から、一位の食品の包装・容器まで、よくぞ当ててくださいました。こうして見るとどうですかね。素材で言うとやっぱりプラスチックが多い感じでしょうか。ふだんの生活の中で、これはプラスチックじゃないといけないのか、ってちょっと考えてみるだけでこうした状況も変わっていくような気がします。あ、そうそう、周りにプラスチック依存症の人がいたらひと声かけてあげてくださいネ」
 回答した・しないに関わらず、ここで記念品(参加賞)としてボールペンが配られる。
 「今は大して珍しくないかも知れませんが、軸はいわゆる再生プラスチックでできてます。食品トレイが原料でしたっけね」 マスクの女性は何か言いたげだったが、小さくコクリ。

 十一時五十分近く。十二時を終了予定にしていたので、まだ多少の余裕はある。こうしたボランタリーな行事のペース配分は基本的にスローでいいのだが、適正規模・適正人数だったこともあり、いい感じで進んでいる。すでにタイムテーブル上もアドリブOKの時間帯である。進行役はペースを維持しつつ、アドリブ開始。
 「それでは閉会に先立って、情報誌チームを代表して、エドさん、どーぞ」
 気負っていた割には、こういうのには気が回っていなかったらしく、明らかに不意を衝かれた様子。だが、女性スタッフがアンケート用紙を差し出すと、我に返ったように話し始める。
 「...情報誌を生き生きとさせるのと同時に、地域ももっと生き生きと、そのために何が必要か、というのがわかった気がします。今日はインタビューさせてもらったりもしましたが、さらに皆さんの声を聞かせてもらえればと...」
 欲張りな気もするが、こうした観点はさすがである。冬木を除くhigata@の面々は一本とられたとばかり慨嘆の息を漏らす。この際なので情報誌チームに限らず、参加者全員(家族連れは代表に一枚)に書いてもらって、その場で回収、またはFAXということにしてもらった。思いがけない形で冬木はアドバンテージを得るも、これでやっとお騒がせの失点を回復できたというのが正直なところだろう。イベント慣れこそしているが、彼にとって今回のクリーンアップはいろいろな意味で鍛錬・研鑽の場となったようである。

 進行役の櫻は、忘れちゃいけない、小悪魔さんである。愛しの誰かさんを驚かせるのが愉しくて仕方ない。「では、今回のクリーンアップの締めに入りたいと思います。そもそも何でここに皆さんがこうして集まることになったか、それはこの人のせいなんです。ね、隅田さん!」
 こういう場面では、そのクールさが前面に出る。驚くどころか至って冷静。千歳はマイクを受け取るとスラスラとトークを始めた。
 「漂着モノログをご覧の皆さんはどこかで隅田千歳という名前を見た覚えがあろうかと思います。ここにいるのが本人でございます。悪友からは千ちゃんと呼ばれりするもんですから、ここでクリーンアップしてると『千と千歳のゴミ探し』とか、からかわれることもありますが、一人二役はムリな話です。皆さんあっての取り組みでして...」
 こうも飄々とやられては櫻としては面白くない訳だが、乗じない手はない。もう一本のマイクで軽くツッコミを入れてみる。
 「『千と皆でゴミ調べ』ですね」
 「へへ、その通り。でもね皆さん、映画の方の主人公は女性でしたけど、ここにいる千は男性だったりします。今日、女性の千歳さんに会いにいらした方には申し訳ありませんでした」
 子どもたちの一部はチョロチョロ動いてたりするが、会場は概ね千歳ワールドになりつつあった。自身のワールドを繰り広げる点では一枚上手の掃部先生も半ば脱帽。朗笑するばかり。呆気にとられているのは女性陣である。間合いを推し量りつつ続ける。
 「千歳さんがダメでも、この干潟に集う女性は美しい方々ばかりですから、よかったでしょ。そんな干潟シスターズを、ここでご紹介します」
 櫻に言われなくても、わかりきっていたように切り出す千歳。以心伝心、またはそれ以上?
 「現場研究員かつアスリート、小松南実さん、データ入力システムの開発者、桑川弥生さん、今日は弟の六月君も一緒です。あ、シスターズ+1てことで。へへ。彼は銘柄研究家という顔も持ってます。で、そんな彼の自由研究仲間、石島小梅さん、今やトーチャンズの姉御ですね」 拍手がその都度起きるも、間はとらず、次々と振っていく。こういう時はいつものスローでいいような気もするが。
 「ご紹介して、よろしいでしょうか、ね?」 とここへ来て一息。視線の先は堀之内先生である。櫻が気を利かせて、マイクを持って歩み寄る。
 「あ、今日は大してお役に立てなくて... 六月君の現担任、小梅さんの元担任、堀之内です。二人の成長ぶりがここに来てよくわかりました。どうも...」
 ご自身でここまで喋ってもらえれば御の字である。そのお隣には、マスクを着けたままのシスターズ一女さん。櫻はニコニコしながら一女にマイクを向けるも、マスク越しでは喋りたくても喋れない。ここぞとばかりに櫻はいつもの冷やかしを入れる。
 「ありがとうございました。初登場ながら助っ人を引き受けていただいて。大助かりでした。もう一度拍手を。で、隣にいらっしゃるのが、堀之内先生の古くからのご友人、そして今回の影の主催者でもあります、矢ノ倉文花さん。人呼んで『おふみさん』です。拍手ー!」
 笑顔のようなのだが、どことなく引きつっているような... マスクというのも良し悪しか。
 「そして、正真正銘のシスターズを紹介します。画家であり、モデ、もとい、モテ系の千住蒼葉さんと、看板娘、我らがリーダー、千住櫻さんです! 大きな拍手を」
 一大拍手が起こる中、リーダーがポツリ。
 「ふだんは黙々と拾って&調べてをやってる千さんですけど、今日はどうしちゃったんでしょうねぇ。川の神様のせいかしら?」
 心なしか、目が潤んでいるようだが、気のせいか。
 「十月は神無月ですからねぇ。神様お留守ですよ」
 「はいはい。もうツッコミませんから。閉会の辞、行っちゃってください」
 櫻と目を合わせ、ひと呼吸。ここからはいつものスローな千歳に戻る。
 「毎月のように拾って参りましたが、おそらく今日ほど片付いたのは初めてのことだと思います。台風通過後は凄まじいことになってましたが、その傷も癒えました。干潟もヨシもまた元気になったことでしょう。自然の元気は人の元気につながります。今日お集まりの皆さんはもともと元気な方ばかりだと思いますが、どうですかね、益々元気になられたんじゃないでしょうかね? 僕もその一人。どうかしちゃった、というよりも元気になっただけですよ。ハハ」
 言葉を選びながら真顔で、時に笑顔で話す千歳。櫻はボーッとなってきた。
 「御礼というのも何ですが、ボールペンの他にも何か記念に、という方は、そこに『もったいないゴミ』とか、人によってはお宝ゴミなんかもありますから、どうぞお持ち帰りください。大丈夫ですよね。石島さん?」
 河川事務所課長殿は、拾得物やら遺失物やらの定義を思い出そうとしていたが、よくわからんといった感じで結局「お任せします」とだけ答える。実際のところはどうなんだろう?
 「じゃ、櫻さん、振ったついでで、男性陣の紹介、お願いします」
 「へ? あ、そっか。石島さん、掃部先生、それに先生のかつての弟子、須崎さんです」
 拍手が疎(まば)らになったところで、蒼葉と弥生は、待ちぼうけを食ったような顔した、ある三十男を指差す。何だかんだ言いながらも、今日これだけの人数が集まったのはこのつなぎ役がいたからこそ。
 「最後になりましたが、重要人物を紹介します。モノログと情報誌の橋渡し役といっていいでしょう。発明家の本多業平さん、Mr. Go Hey!です」
 いつものノリならマイクを受け取って何らかのパフォーマンスをしそうなところだが、今日はパス。思いがけない紹介、そして少なからぬ拍手に感無量だったようである。
 ダブル司会者は、間合いをとりながら、小声で示し合わせる。
 「じゃ、せーので」
 「あ、ハイ」
 正午ちょうど、千歳と櫻は声をそろえ、
 「今日はありがとうございました!」 四月一日から約半年。舞台はこうしてオープンになり、プライベートビーチだ何だとは言えなくなってしまったが、干潟や川に対する二人いや一同の想いがより多くの人に伝わるなら、この上ないことである。遊びに来るもよし、個人的に拾いに来るもよし、ここは今や地域の財産。少なくとも、今回の参加者に当地をぞんざいに利用する人はいないだろう。盛大な拍手がそれを裏付けていると言っていい。