2008年4月15日火曜日

41. 11.11

十一月の巻(おまけ)

 矢ノ倉事務局長の采配で、法人役員の選考プロセスは着々と進んでいて、十月第四週には公募開始、その二週間後が締切、第二土曜日は掃部(かもん)先生の定期顔合せ日になったので、十日に一次選考と相成った。論文審査には、先生を筆頭に、文花、千歳、もう一人のレポート合格者の四人。残念ながら合格とならなかった、これまでの役員(世話人)の何人かは、合格者のレポートや、先生書き下ろしの模範論文などを見て気が引けたか、公募に応じることはなかった。地域振興の系譜で世話好きの方々に集まってもらっていた世話人会だったが、これで事実上の解散となる。年内いっぱいはまだお世話になるが、十二月からは法人シフトも並行する。意思決定等、徐々に理事会に移行していこう、という目算である。
 十七日は、業平が来る。その際、役員就任に必要な書類等を再度確認する予定。これは翌週の二次選考が済んだら、すぐにでも所定の手続きに入った方がいいだろう、という文花なりの読みに基づく段取り。その二次選考日は、祝日の翌日に当たる。一次合格者はプレゼン等の最終準備など念入りにできる訳で、こうした配慮も文花流。なかなかの日程配分で結構ではあるのだが、櫻の言う通り、しばらくいそがしくなりそう、な十一月である。石島課長の話を聞く会開催はいつになるやら。言うだけ言ってみた感じの櫻に対し、むしろ乗り気な文花だった。
 「あら、ちょうどいいわよ。新しい理事さん達にも入ってもらえれば、プレゼンとかで頭使った延長でいい意見も出てきそうだし。十二月一日でどう? で、翌日はクリーンアップ&現場視察。現場志向イベントのトライアル、ってね」

 「ということで、一日だったら、千歳さんも出勤日だからちょうどいいでしょ? 先生も大丈夫だって言ってたし」
 「開催案内って、明後日には出すんですよね」
 「当の石島トーチャンは先週中に調整とれましたしね。開催案内と要請文書が同時になりそうだけど、ま、大丈夫かと」
 十一月十一日、十一時発の送迎バスの車中で合流した二人は、デートだってのに、この通り仕事の話中。気が付くと、もう商業施設に着いている。
 「あ、一並びの瞬間、見損なっちゃった」
 「まぁ、2001年じゃないんだし、それほどのことは」
 「01.11.11 11:11 11秒... 1が十一って。ハハ」
 「今日はちなみに、細長いものの日。棒状のスナック、もやし、煙突...」
 「ま、1が四つ並べばそう見えなくはないけど、煙突四本ってのもね。あぁ、例のお化け煙突か。でも、煙突の日って何するの?」

(参考情報→十一月十一日

 スーパー店内はその○○の日にちなんで、逞しくやっているだろうけど、そういうのは後回し。今日はまずシネマコンプレックスである。ネットで事前予約すれば話は早いのだが、招待券を持っているばかりに、席の予約は劇場で当日、となる。
 「帰りのバスに何とか間に合う。十五時半の回で、と。席はここね」
 「先月に続き、今回もご招待扱いで。毎度ありがとうございます」
 「へへ、これね、共通券だから他にもいろいろ観れたんだけど。とっといてよかった」
 大衆娯楽系とか、お涙頂戴系とかも鑑賞できる券だったが、櫻が選んだのは昭和三十四年を舞台にしたあの名作映画である。本日のメインイベント、映画鑑賞会は後ほど。

 混雑する前にランチにしよう、ということで、二人が入ったのは屋内イベント広場に面するシーフードレストラン。「あ、この店...」 花の日に、当日お誕生日のあの女性と来た曰(いわ)く付きの店である。まごつく千歳だったが、悟られてはいけない。
 「どったの? 千歳さん」
 「今日って、鮭の日にチーズの日? それで、サーモン増量のクリームソースパスタにチーズたっぷりで召し上がれって?」
 「ホリデーランチセットで1,100円? ハハハ」
 11.11限定メニューのおかげで、ボロが出なくて済んだ。ところで、チーズの日は歴史的由来がありそうだからいいのだが、鮭ってのはまた何で?
 「ホラ、土って十と一でできてるでしょ。それが二つ重なってるから、11.11。圭の字を当て込んだだけだと思う」
 「そしたら、桂の日、蛙の日も良さそだね」
 「あーら、崖だって畦だって、あとは何たって街でしょ」
 「へへぇ、おそりいりました」
 「ご褒美にちょっと頂戴」
 櫻は鮭の限定メニューをクルクルやっていたが、千歳の皿をちゃっかり隣に置くと、そっちをクルクルやり始めた。八月の時とは若干内容が変わっている。その桜エビの和風パスタに載っているのは、もやし、大葉、メカブ等々。今日はもやしの日だが、あいにく増量にはなっていない。その分、セットで900円とお手頃。
 「しかしまた、健康的というか、お手軽メニューなことで。あとでお腹空いても知らないから」
 「桜エビ、好きなんですよ」
 「フーン、桜エビねぇ。本当はさくらがつく誰かさんを食べちゃいたいんじゃないの?」
 「う...」
 メカブのネバネバが発声を遮っているのは確かだが、正直なところ二の句が出ない彼氏である。眼鏡をかけなくなった櫻は、小悪魔ぶりにさらに磨きがかかったような気がする。
 窓側の席なので、広場のデコレーションが目に入る。食事を終えてやっとこさ、恋仲風の会話になってくる。
 「ありゃりゃ、もうクリスマスの飾りが付いてる」
 「てことは、夜は夜でイルミネーション?」
 「十一月からこれが始まるようになって、一年が早くなった気がする。それとも単に年のせいかしら?」
 「何を仰いますやら。お若いのに」
 「冗談ヌキでね、今年は特にそう思うの。多分目の前にいる人のせいね」
 「へ? 僕そんなに櫻さんの時間とっちゃいました?」
 「そうねぇ、鍵盤に向かわせっ放しとかね。フフ」
 彼氏をからかうのは愉快である。だが、それじゃいつもと同じ。7.7 9.9に続く展開をここらで軽く入れておかないと。
 「あ、それだけ充実してたってことですよ。感謝してます。千歳さま」
 頬が桜エビみたいな色になっているのは気のせいか。「それは僕も同じ。Merci beaucoup. 櫻姫」
 ここで姫様は予定通り、甘えちゃう作戦に入る。
 「ところで千歳さん、十二月二十四日は、誰と過ごされるんですか?」
 「今、目の前にいらっしゃる美しい方と、過ごせたらいいなぁって」
 「そう... どうしよっかなぁ。まだ先だしな」
 ついついからかいたくなってしまうのは何故なんだろう。おかげで彼氏はもやしみたいになってしまった。ヤレヤレ。
 「二人とももともと休みだしね。振替休日ってのが面白くないけど、まぁ、ありきたりじゃないとこ行きましょ♪」
 セットのドリンクはバイキングスタイルなので、その気になれば上映時間前までいられる訳だが、一時過ぎには店を出る。じっとしていられないのはお二人の共通点。
 「では今日も調査しますか? 隅田クン」
 「ハイ、先輩...って、僕はアシスタントですかっ」
 「相棒かしら、ね... あ、いいもん見っけ!」
 スーパーでは、チーズと細長いスナック菓子に関してはコーナーが特設されていたが、七五三が近いとあらば、これに力を入れるのが本道だろう。
 「千歳飴だ、キャハハ」
 「櫻さん、あのねぇ」
 「貴君が飴嫌いな理由ってこれでしょ? さんざからかわれたってヤツ」
 「齧(かじ)ってたら歯がとれちゃったってのもあります」
 この場にいると、千と櫻の何とかショーになりそうだったので、エスカレーターで三階へ急ぐことにした。「て、千歳飴も細長いじゃん。今日記念日だぁ。ハハハ、ハ、笑えるぅ」
 お茶目な姫様の相手は大変である。

 「はいはい、櫻姫、着きましたよ」
 「ここどこ?」
 「先週撮った写真、今からお出ししますから」
 「あ、見せて見せて」
 蒼葉に撮ってもらったツーショット写真、千歳が撮った姉妹の写真、どっちもよく撮れている。
 「よかったわねぇ、千歳さん。手帳に入れる写真増えて」
 七月一日の四姉妹の写真、七夕に撮った「ヨシと織姫」、九月九日、六月君に撮ってもらった一枚、十月の回の集合写真、千歳のセンター出勤初日の記念写真... 手帳の脇にはすでに五枚のフォトプリントが挟んであるが、とっておきの一枚が今回加わり、新たに見開きを飾ることになる。
 「これはこれで貴重だけど、櫻さんのポートレートに勝るものなし、かな」
 「なぁーんだ、千歳さんも結局、私の顔に惚れちゃったってか。要するに見た目主義?」
 「櫻さんはね、心がまず美しいから、それがお顔に表れて益々...」
 今日も素直な彼氏は、ちゃっかりとボーナスポイントを稼ぐことになる。いいものが待っている十万点まではあと十日だったが、縮まる可能性がこれで出てきた。

 まだ時間はあるので、打上げ時にお世話になったカラオケ店に行くという選択肢もあったが、文系、いやカルチャー系の二人は、本、CD/DVD、楽器の各店舗を巡っていれば事足りる。かれこれ三時近く。彼氏はここでふと、あることに気付く。
 「櫻さん、洋服とか小物とか、そういうのは?」
 「はぁ、千住さん家(ち)はファッションコーディネーターがちゃんとついてまして、ご存じの通り、お上がりなんかもいただけるもんですから、こういうとこでは別に。それとも、おねだりすると買ってもらえるとか? 悪いなぁ」
 迂闊な質問をしてしまったものである。だが、
 「私ね、衣食住よりは、住食衣って感じだから、どうぞご心配なく。こんな服がいいとか、もしお好みがあればそれだけ教えてくだされば。蒼葉を通じて入手しますんで」
 衣料品売場では、通販カタログと同じものを扱っているため、カタログに載っているものから指定する、という手もある。
 「あの子、出てたっけかな?」
 「あ、これ!」
 「ハハ、テーラードジャケット、タックフレアスカート、で編み上げのショートブーツかぁ、やるなぁ」
 「これって、そのまま櫻さんにも当てはまるんじゃ?」
 「ま、姉妹ですからね」
 店頭で同じものを見つけるも、櫻曰く、
 「ここで試着しちゃ、つまんないもんね。いつになるかわかんないけど、どっかでお披露目します。ひとつお楽しみに」
 千歳は、櫻も十分モデルとして通用するのでは?なんて考えてもみたが、モデルであれ何であれ、まずは彼だけの櫻さんであってほしい、という想いが占めている。
 「さ、櫻さん...」
 「ん?」
 「いえ、何でも」
 「あ、そろそろ行きますか」
 何を言おうとしたのか、少々気になる櫻だったが、作戦が上々であることを確信していたので、あえて尋ねなかった。
 「千歳さんもブレーキ解除になってきたかな、フフ」 その通りである。

 空模様が冴えない日は映画に限る。
 「で、千歳さん、前作はどなたと?」
 「一人で観て泣いてました」
 「おぉ、それはそれは。今日も泣いちゃったりする?」
 「さぁ、櫻さんと映画に来れたってだけで、すでに涙モノですが...」
 冗句のようにも聞こえるが、偽らざるところ。今やすっかり口達者になっている。
 続編は続編で見せ場はあった。多少展開が読めてしまうところが引っかかるも、純粋にその世界に浸っている間は、心動かされること大。
 「夕日が目に沁(し)みるって、さ」
 「ハハ、レンズ外れそうになっちゃった。こういう映画は眼鏡じゃないとダメねぇ」

(参考情報→「夕日が目に沁みる」

 大笑いしたり大泣きしたり、浮き沈みというより哀楽が激しい本日の櫻である。素顔になった分、ありのままが出るようになった、というのも考えられるが、千歳の前ではそれが尚更。感情を素直に出せるようになっていた、という訳である。

 立冬を過ぎただけあって、暗くなると肌寒い時節である。映画のように夕日が出ていれば劇的だったんだろうけど、すでに日没後。クリスマス向けの屋外イルミネーションもどこか寒々しい。送迎バスを外で待っている間、櫻は手をこすり合わせる。ジャンパースカートにステンカラーコート、ちょっと軽装だったか。
 「パーカーとか着て来ればよかったかなぁ」
 「寒い? 平気?」
 「櫻さんは春女だから、ちと弱いかも。千歳さんは秋男...あっ」
 11.11は千歳が仕掛ける番だったようだ。バス待ち最後尾で、人目に付かないのをいいことに、彼は彼女の手をとる。そして離す。次の瞬間、気が付いたら抱き寄せてしまっていた、というくだり。
 「ありがとう...」
 櫻の眸(ひとみ)には熱いものが溢れんばかりになっていた。だが、ここでこらえないとレンズがまたどうかなってしまいそう。僅か数秒のシーンだったが、眼を閉じていた櫻には、数十秒にも数分にも感じられるのであった。季節外れの遠雷の音が、聴こえる。
 鮭でも街でもない。十一月十一日は、二人にとっては「佳(よろし)」き日、ただそれだけである。